ある土曜日、前月〆の帳簿つけで手間取ってしまい、ふと気づくともう四時、おーっと、帰らねばと思っているとふと顔を上げて目があってしまった上司に、「お、なんだ、まだ残ってんの。それなら呑みに行くぞオラー!」とゴーインに拉致されてしまいました。“築地直送!新鮮魚介料理”という文字がおどる居酒屋に、敵状(?)視察だ、オラー!と入りまして(“全国各地の地酒”につられたと言う説もありますが……)。
小さな黒板に書かれた今月のオススメは「生白子のポン酢」。「私、白子はあんまり……」「白子の美味しさも判らずに築地に勤めているとはフトドキ千万!」「そ、そんなあー……」というわけで、注文されてしまいました。白子だけでも苦手なのに、しかも生だなんて……うー、と思っている私の前に出されたそのポン酢和えをひとくち口に含み……おおおーっとお!ビックリ!エエッ、新鮮な生の白子って、こんなに美味しいのお!実は私、白子って、お吸い物に入っているものしか食べたことが無く、味があるんだかないんだか、しかもあのポインポインした食感もダメだったのですけれど、その生白子は、まるで生クリームのような濃厚な味わいとなめらかな舌触りで、それがポン酢の酸味と絶妙に絡み合って、うわあ、なんて美味しいんでしょ!
食材、特に魚介の食材って、ほんとにまだまだ知らないものがたくさんあるのだなあ、と実感しました。河岸の中の膨大な量の食材の、そのうち多分80パーセント以上が食べたことのないものだし。そのうち、うにもかにミソもほやも美味しく食べられるようになる……のかもしれないなあ。
ちなみに、その店の牡蠣鍋もまた絶品でした。牡蠣鍋も私は初体験だったのですけど、甘目の味噌仕立てに、ふっくりした牡蠣、そのおだしもよく出てて、しっかり太い冬ねぎがとろけ、いやーもう、感涙感涙。そして辛口の地酒もこれまた絶品、上司のオゴリですっかりホクホクな私でありました。
一尾で実に30切れぐらいの切り身が出来ました。見事に真っ赤な身の色に、皮までてらてらと脂が乗ってて実においしそう。さてさて前回のフグ雑炊以来、なんだか雑炊に凝っちゃってる私は、迷いもなく鮭雑炊に決定。同じようにといだお米を水から入れ、昆布を一緒に入れておだしを取り、沸騰したら引き上げてお酒を少々。お米と一緒に生鮭を入れるとやはり川魚特有の生臭さがついてしまうし、鮭の色が煮汁に溶け出してしまうので、鮭は別に焼いてほぐしておきます。鍋とかお汁ものだったら鮭からもおだしを取れるけれどね。そしてまたじっくりじっくり弱火で炊いた雑炊に、ほぐした鮭を散らしてお醤油も散らして出来上がり。
はふはふ、はぐはぐと頂きます。はー、美味いです。残りご飯を使う雑炊より、ちょっと芯が残る感じの炊きあがりのこの作り方がやっぱり私は好きですね。でもトラウトだとちょっと雑炊には脂のりすぎかな。洋食に向いてる鮭。雑炊には脂の少ない、いわゆる塩ジャケの方が美味しいかな。
さてさて、雑炊といえば、あるんですあるんです。雑炊のおいしい店が。以前お話した和菓子の茂助さんでなぜかやってる玉子雑炊。といいつつ、私はまだ一度も食したことがないんですけど、冬になると河岸の人はみんな、ああ、茂助の玉子雑炊食べたいなあ、って言うんです。うーうーうー、私も食べたいけれど、以前より早出になった関係上、なかなか河岸のお店で食べることが出来ないんですよー。ああ、食べたい、茂助の玉子雑炊!
それで思い出しました。そうそう、年が明けるとすっかりヒマになってしまう河岸、仲間の仲買の山○さんが帳箱によっかかって茂助の玉子雑炊らしきポリ丼で食べているので、あ、茂助で買ってきたんですかあ、とのぞいたら、茂助は茂助でも、お汁粉でした。そう、茂助は和菓子屋さんですから、むしろこっちが正当なわけですが、長靴はいて、ねじりはちまきして、くるぶしまで長いゴムの前掛けしている、もうモロお魚屋さん!な、あんちゃんがお汁粉食べてる図ってのは……いや、いいんですけど、なかなかカワイイですけど。
でも、河岸の男性は、甘いものが好きな人、多いです、ほんと。考えてみれば肉体労働ですから、ある種本能的に体が求めていると思えば当然かもしれない。忙しい時間帯、仕事しながら取ってる朝食といえば、海老担当のIさんはカスタードクリームの入ったメロンパン、同じく海老課の常務は揚げ食パンにグラニュー糖をまぶしたやつとか、ピーナツバターパンだったりするし。あと、仕事の合間につまんでもらうために、帳箱の前にはなにがしかお菓子をおいとくのですが、黒糖かりんとうだの、アーモンドチョコだの、そんなクド甘なものが、さーっ、てなくなっちゃいますから。美味いんだよね、これ、なんて言いながらつまんでいく男性たちはなんか微笑ましいものがあったりして。
しかし、肉体労働していない帳場の私まで同じように甘いものをつまんじゃったら、つまんじゃったら……あああ、あっというまに××になっちゃうんだよー!と言いつつ、つまんでるけど……もともと自分の好物を買ってきてるからさあ、あっはっは(ヤケ)。
違う違う、本題はそうでなかった。前回、お正月の主力商品であるカニの紹介をしましたが、そうそう、お正月商品の一つに玉子焼がありまして(っていっても私の仲買じゃ扱ってないけど)。地味だからといって軽視してはなりませぬ。あの上品なだし巻き玉子の魅惑の味……(ウットリ)。もちろんご家庭でその家伝来の味の玉子焼を作るのがベストなんですが、河岸(場外市場)にもありますよ、美味しい玉子焼屋さん。ふだんは玉子焼きながらのんびりあいさつをかわす玉子焼屋さんも、年に一度のかきいれ時で、殺気立っちゃってます。コワッ。
いやだからそんなことはどうでもいいのだけれど、美味しい玉子焼屋さん、そう、有名なのはデパートにも入っている松露さんなんかで、この時期は一般の人の行列が出来るのですが、河岸の人(少なくとも私の知っている範囲での)に人気があるのは丸武さんの玉子焼。控えめな甘さと、絶妙の柔らかさ、おだしの味も上品で、ボリュームもばつぐん。会社の事務所のすぐ近くなもんですから、焼きたてのあつあつを買って帰ってみんなでおやつがわりに食べたりします。冷凍可、食べる時は冷蔵庫で解凍します。なんでもこのお店はテリー伊藤さんの御実家だそうで、彼は玉子を上手く焼けなくて、玉子焼屋になるのを断念したとか??ほんまかいな。ちなみにテリー氏のお兄さんはあんまり彼に似てません。
場所は築地本願寺の面した大きな通り(新大橋通)を魚河岸方面に歩いて行って二つ目の信号を左に折れ(食べ物屋さんがならぶアーケード、曲る角は練り物専門の佃権さん、ここも美味しい)、ちょっと歩くと左にあります。いろいろ種類がありますが、プレインなもので充分美味しいです。
先日芝海老を初めて購入しまして。どうしたことか芝海老、えらい安かったんですわ。いつもならハコ3000円は優にするのに、その日はなんと1200円!海老課の常務曰く、10年に一度くらいこういうことがあるんだよね。ほお。んで、私ら帳場には1000円で売ってくれました。先輩と山分けして一人500円。いやあー安い安い。どさっと目の前に置かれた芝海老……お、重い!一箱5キロ入りでっせ、あーた。一人当たり2・5キロ……ほとんどサンタクロース状態で持って帰りまして。どーやって食うんだ、と思いつつも、美味しいから誰にもあげないもんね、と幾つかに小分けにして冷凍庫に押し込む。うーむ冷凍庫中芝海老だ(ちょっと幸せ)。
芝海老はコマいし、おひげがやたら長くて処理がめんどいのだけれど、マキ(車海老)に匹敵するほどの甘みがあって、殻は柔らかいのでそのままボイルしたり揚げたりしても美味。あ、でも頭からつんと出ているトゲがやたらに固くて鋭いのでこれは取らないと。じっくり揚げても口の中に刺さるほど固く、処理してる時も手にぐさぐさ刺さって痛いのなんの。頭にはミソが入っているのでほんとはこのトゲだけとって頭つけたまま揚げたりしたいところなのですが、私はめんどくさがりやなので頭ごと取ってしまいます。タマネギや人参、春菊なんかといっしょにかき揚げにするのがベストなんだけど、めんどくさいので(こればっかり)おひげ(これはつけてるとゴミっぽくなるので)のついた頭と尻尾だけ取り、体の殻はつけたままで素揚げ。美味〜♪
前回は冬のお魚の話をしたのだけれど、おっと、忘れていました。冬といえばカニですね、カニ。それも年末になるとカニは稼ぎ時です。今は昔のように常備菜としてのおせちは機能を果たさなくなったので、お正月=おめでたいという発想からタイだのカニだのエビだのといったものがお正月の食卓に並ぶようです。ので、この時期は天井知らずに値段がぶっ飛ぶのだけど、それでも買わずにはいられない、冷生タラバ!そう、買うなら生冷に限ります。ボイル冷凍ものの赤い鮮やかな色にごまかされてはなりません。確かに最初から見た目もいいし、値段も手頃だし、解凍してそのまますぐに食べられるけど、冷生タラバを解凍した後、アミ焼きした、あのプルプルしたカニ肉の美味しさにはとうてい、100万年およばず!
私はカニミソが苦手なので、毛ガニは買いません。巨大な足に肉がどっぽんと入っているタラバが一番いいですね。タラバも活けものがあるようですが、冷生で充分。多分、船凍もの(漁をした船で即冷凍にしたもの)のほうが活けより甘みが出て美味しいのではないかと思われます。エビなんかでもそうだけど、甲殻類は新鮮なうちに冷凍処理したものの方がいいみたい。毛ガニの場合はカニミソが主体になってるので活けものを重視する向きも多いですが、これもあがってしまった(死んでしまった)、あるいは瀕死の活けガニより冷凍をうまくゆでたほうが良いという話もあります。冷生タラバは見た目すごくグロです。紫色しててタランチュラみたい。足だけが冷凍になっているものを片足分、これで家族四人は充分満足できます。今年はいくらくらいかなあ……今からお金を確保しておかなきゃ!
先日、場内から事務所にあがり、さあお昼ご飯を食べようと思ったところにリンリンと電話がなり、「山下さあん、私い〜、今築地に来てるんだわ」と懐かしい津軽弁が。いやー、びっくり、中学時代の友人のJさん(私の映画狂のきっかけとなったお人です。私の自己紹介参照)がお母様と一緒に築地に遊びに来ていたのでした。「山下さんのお店探して死ぬほど歩いちゃったよ〜」……そりゃそうでしょ、店の名前だけを頼りに、あの数百店舗ある場内を探そうだなんて、そりゃ無茶という話。とにかく、急いで場内に駆けつけました。お昼がまだだというので、一緒にすしまるでランチです。そう、以前、このコーナーで、値段設定していないからぼったくられるかもしれないと書いてしまったお寿司屋さん。ごめんなさい。今は、2000円&3000円のセット出してます。ので、ぜひすしまる、行ってみてください。雑誌に載ってるお寿司屋さんにずらあり人が並んでいるのを横目で見ながら、河岸の人か、河岸の人が連れてきた人しか入っていない寿司屋に入る、これ気持ちいいですよお〜。カウンターのみで、10人も入れない小さな店。ちなみにこの日は2000円のコース。白魚の軍艦巻き、ねぎとろ巻き、中トロ、アナゴ、ホタテ、イワシ、玉子、イカ、……えーとそれからなんだっけ、あといくつか。3000円だとウニとか甘エビがつくみたい。これにアラのお味噌汁。どれも超絶美味しいけれど、めずらしい白魚のお寿司、中トロ、アナゴは絶品。特にアナゴ!まるで、早炊きのたけのこのように淡い色をしていて、なんだろう、これ、と口に入れるとすうっと溶けゆくこの身の柔らかさと上品な味づけ!いやー、タンノウしました。ちょっとね、握りはあまくて、一カンだけ置いてると、ことん、と倒れちゃったりするんだけどね。……え、それって腕が良くないってこと?いやいや……。
お昼を食べた後、彼女のお母様、ぜひともホッケを買いたいんだけど、とおっしゃる。ホッケ!そうだ、冬の魚といえば、北国の人間にとっては最もポピュラーな惣菜魚のホッケ。鮭より魅力的かもしれない。お魚用のお皿には乗り切れないくらいのあの大きなホッケ!地味な色と形のお魚だけど、あのじんわりと脂ののった味はこたえられません。残念ながらこの日は時間的に場内はほぼ店じまいしているし、場外ではホッケを扱っているお店を見つけられずに断念。近いうちに送るから、と約束してこの日はお別れしました。
ホッケはやはり一夜干しでしょうか。一夜干しに限らず、お魚は一晩置いた方が身が落ち着いて美味しくなるものが多いです。活けじめにするカンパチやタイなどはその典型。なにかととれたてや新鮮ばかりを持ち上げますけど、それは青魚とかイカなんかには当てはまるけど、すべてではありません。タイが欲しいんだけど、と言うと、必要な日はいつ、と聞かれるんですよ。それで、その日の前日にくれるんです。冷蔵庫に寝かせておけ、って。お刺身にするにも焼き物にするにも、しめてその日では身がこわばってしまって美味しくないのです。
鮭も出てきたし、ふぐも出てきたし、不景気といえど、唯一河岸に活気の出る季節がやってきました。