河岸のおはなし



アジは味なり。

昨日、職場からアジをいただきました。さばくのがめんどくさくて(というよりヘタで)、無理やり手開きにしましたが、イワシじゃないので、やはりアジに手開きはいけません。骨もしっかりしてるから、身もなんもぐちゃぐちゃになっちゃいましたけど、いいや、新鮮だしタタキにしちゃえば、とひっぺがし、トントンたたいて薬味もつけずにおしょうゆぶっかけてペロリ。今日は休日だから遠慮なく昼からビールをいただいて、ああ、至福。とかく旬の感覚が薄れている一般のお魚と同様、アジも年じゅう出回っているお魚ですが、初夏の今の時期は脂ものっててとってもおいしい。なんでもアジは“味”からきているそうですから、噛みしめるごとに旨味が出てくる。噛みしめなくても、この脂ののり具合でするする食べて充分おいしい。おしょうゆにじゅわっと脂が浮いているのです。私、アジって案外ダメで、何がだめかっていうと、あのぜいご(ぜんご、ぜごともいう)が生理的にキライという、訳のわからない理由でダメなんですけど、味の面でも、なんか鉄分ぽい味がするというようなイメージなのですが、このアジは旨かったっすねー。血合いの部分にまで脂がのってて。これなら、塩焼きにしてもさぞ旨かろう。じゅるるる。

大衆魚のイメージが強いアジですが、今は漁獲量も減って、かなりの高級魚なんだそうです。確かに時々ビックリするぐらいの高値の相場になることもありますけど、それでもやっぱり一般的になじみの深いお魚。手に入りやすいお値段の時のほうが多いし。その大きさによって、大羽、中羽、中小、小アジなどと分けられ、イワシとともに、常においてあるお魚の1つです。おなじ大衆魚でもサンマなんかはない時期もありますが、アジ、イワシは常にある、というか、常にないと困る、という感覚で、お客さんの注文の電話なんかでも、「今日、アジ、イワシはどう?」とか、「アジ、イワシの担当出して」とか、アジ、イワシの担当じゃなくて、近海(あるいは鮮魚)の担当なんですけどねー、というぐらい、必須品なわけです。

ああでも、今の人って、お魚食べてくれてるのかなあ。ましてやこんな暑い時期になると、足の早いお魚を敬遠するのもわかるんだけど。特にこういう青魚は扱うと手についた匂いがなかなか取れないしね。でも、確かに取れないけど、新鮮なお魚の匂いって、そうじゃないお魚の生臭さとは違うんですよね。まあ、スーパーなんかでどかっとパック詰めにされているようなのなんかはやっぱり足が早いでしょうが、こういうときこそ、いわゆる魚屋さんに行ってほしい。パック詰めではなくて、ちゃんと水氷に入れられたお魚がきゅっとひきしまって、新鮮さを保っているはずです。パック詰めって、見るからにお魚が呼吸困難に陥っているようで、どうも食べる気がしないんですよね。傷むのも早い気がします。目が充血していたり、とろんと濁っていたりするでしょう?新鮮なお魚だったらぴん、とえびぞリ状態に体がしなっているものですが、パック詰めのお魚はそれも押さえつけられてぐたっとしている。そんな感じです。

えー、ちなみに、いま“水氷”と言いましたが、河岸では氷水とは言わずに水氷(みずごおり)といいます。氷を入れた水の中にお魚が入れられている状態です。一方、お魚の下に氷が敷き詰められている状態を下氷といいます。この状態の違いによってだけで値段が変わります。

先日、東京ガスによる土地買い上げが決定して、築地魚河岸の豊洲への移転が決定的になったそうです。建設その他の準備期間で、今から10年〜15年はかかるでしょうが、ああ、やっぱり……ととても寂しい気持ち。ここでいう“移転”は、場内市場だけが該当し、場内の回りに広大に広がっている場外市場がどうなるのかは、判りません。この築地という土地を大事に、ここに残るお店も多いのではないかと思います。そうなると、この築地が完全に崩壊してしまう……。移転した先の豊洲で、ピカピカの、コンピューター制御された魚河岸になってしまったら、いわゆる流通としての機能だけになってしまうんだな、と残念でなりません。もちろん市場なのだからそうなんでしょうけれど、でも築地はそれを越えた部分にこそ魅力があったのだから。場内市場があって、場外市場が広がって、人が集まって……。本当に残念でなりません。




お魚しりとり。

4月、歓送迎会の宴会シーズンだというのに、まるで2月なみの低調ぶりです。食、という、最も根源的なことを扱う職場は、世の中の経済の動きがストレートに反射されるので、ほおんと、景気の低迷がよくわかります。で、あんまりヒマなので、かえってみんな妙に和気あいあいとしちゃって、いつもは忙しく早々と帰ってしまうお客さんもお店でのんびりおしゃべりに興じていたり。
あーあ、ヒマだねー、しりとりでもやろっかあ、なんてことになっちゃうと、ほんと、もう、ダメだな、と思うんですけど。しりとりが出たら、もうおしまいだ、って思いません?これほどヒマなことはないってことですよ、ほんとに。おまけにこれでやたら盛り上がってしまうんだから、不景気ここに極まれリ、といった感じ。んで、じゃあ何のしりとりやろうか、やっぱり魚しりとりだ、ということになりまして。

タイ→イサキ→キンキ→キンメ→メダイ→イカ→カキ→キハダ→ダルマ→マグロ→ロブスター→タチ→チコダイ→イチモチ→チカ→カマス→スズキ→キング→グチ→チアユ→湯引きハモ→モズク→クルマエビ→ビンチョウ→ウニ→ニジマス→スルメ→メカジキ→キス→スミイカ→カツオ→オヒョウ→ウツボ→ボラ……
うーむ、さすが河岸に勤めてるだけある、一般の人だったら、こうすらすらとは出てこないよね、などとお互い自画自賛?しつつ、中には実は同じもので呼び名が違うだけだったり、河岸の中だけの略称だったり、そりゃ魚じゃないだろうというものがあったり、加工品があったりしつつ、この辺りまでは良かったんですよ。しかし、ボラ、ときて、ラ、ラ、ラ……と考えても一向に出てこない。ズルして商品リストを見ても、ラのつくものがない。
仕方ない、と、「ライン河で釣ったブラックバス」などと(しかしなぜブラックバス?)、苦しまぎれに乗り切り、またスケ→ケガニ→ニシン……、あ、やば、ンがつく。
「ニシンの開き!」
ずるいよー、それじゃあ、なんでも開きをつければいいんじゃない、と言いつつも、ほかにニのつく魚が思い浮かばない。そうすると今度は開きのオンパレード。キンキの開き→キンメの開き→メダイの開き……。
ちょ、ちょっとまった、それじゃキで終わるのばっかりになっちゃう。仕方ないなあ、じゃあ、メダイの一夜干しにするか、ということになって(そんな加工品あったかなあ……)、白魚→オマール……あ、もうつまった。
「……ルクセンブルグで食べた、美味しいマグロのカルパッチョ!」
……ルクセンブルグでカルパッチョ食べたことあるの?
ううん、行ったこともない。
もうこうなると手がつけられません。リトアニア風スズキの香草焼きだの、モーリタニアで取れたシマエビだののオンパレード。
「えーと、ロ、ロ、ロッキー山脈の……」「ロッキー山脈で魚が取れるかッ!」「いや、川魚が……」とか、
「ゲルマン民族の釣った……」「ゲルマン民族って狩猟民族じゃなかったっけ?」「……ゲルマン民族が初めて食べて感動したトロ」「……どこでトロなんて食べるの」「……日本に来て」
「ガンジス川で釣れた……」……ガンジス川で魚って釣れるんかしらね。あんまり考えたくないけど。

一番困ったのは、妙に出てきてしまうラ、なのです。
「ラ、ラ、……ライスの上の、うなぎ」って、そりゃ、うな丼かい!それライスって言うか、普通?
「ラ、ラ、……ラストダンスの後で食べる、エビの包み揚げ」なんだそりゃー!

かくして大変な盛況のうちに、妙な虚脱感を残してしりとり合戦は終了したのでした。ああ、ヒマって、イヤねー……。




イイカゲンでアバウトなのが河岸のいいところ!?

帳箱が、どうやらずいぶんと傾いているらしいのです。するっと開く金属製の引き出しが、ひとりでに開いてしまうし、ちょっと椅子を引いただけでグラグラと揺れるし。こりゃあ、自動船酔い機(そんなものなんの役に立つんだ)かしら、と思うほど。
帳箱というのは、お客さんとお金と伝票のやり取りをするために帳場さんが入る、宝くじ売り場のような小さな箱のことなのですが、これが通路に面してたりすると、ターレットと呼ばれる立ち乗り荷物運搬車にドーン!とぶつかられることがよくあるのです。金属製の箱なので、ドアはベコボコになってしまってて、開け閉めにもコツがいる始末。
んで、この間、これまでの最高記録!って確信するほどの勢いでドッカーン!とぶつけ飛ばされたもんですから、正面の視界が別の角度に変わってしまったほどで、そしてこの始末。河岸の人ってえのは、こんなことしても、ヤー、ゴメンゴメンで済ましちゃうほど、ま、その辺のアバウトさがイイわけですが。

ずいぶん以前にここでビッグコミックで「築地魚河岸三代目」という、場内仲買を舞台にした漫画が始まるので期待している、と書いたことがありましたよね。私はこういう河岸のイイカゲンな魅力が大好きで、きっとそういうことを描いてくれるのではないか、って勝手に期待してたんですけど。なんか、甘いというか、、ぬるいというか。「美味しんぼ」そのまんま、って感じなんですよねー。あのね、旬のもの、新鮮なものが美味しいのは、当たり前なの。時に値段が張ることがあってもそうしたものを食べることが出来たらそりゃ最高だけど、八割、九割のお店や消費者はそういうものを求めてるんじゃなくって、安くて美味しいものを、求めてるわけでしょ。「築地魚河岸三代目」では、とにかく旬のもの、そして国産礼賛、で、そんなの、誰だって言えることなんです。それこそ「美味しんぼ」や、テレビのグルメ番組のレベルなんです。旬をのがしたものや、輸入もの、冷凍もの、そうしたものをいかに安く、そしていかに、あるいはそれなりに美味しく食べるか、っていうのが、河岸の取引の常識、そして現実的な庶民の生活なわけだし、そっちの方がずっと奥深いんです。

よく、テレビ番組で、取れたてのエビのお刺身を船の上なんかで食べてて、バラエティタレントの女の子が「んんー、美味しいッ!」かなんか、言ってるでしょ。ああいうのもどうかと思うわけね。確かに大方は、より新鮮なものの方が美味しいですよ。でもね、甘えびとか、ボタンえびとか、エビをお刺身で食べるんなら、生きたままとか、死んだ直後とか、そんなの硬いだけで美味しくないんですよ。少し身が落ち着いて、柔らかめのプリプリ感になって、そうすれば甘みも出てくるし、美味しいわけです。白身のお魚なんかも、そうです。確かに河岸の人間って、そうした世に流布していることを、どうせ素人だから、って笑って見逃すようなところがあって、そういうのってホント良くないとは思うんだけど、まあ、こうした自分勝手なところなんかもいかにも河岸的なんですよ、実は。そういうワガママな職人気質とも言えるところが、また人間くさくて面白いんです。だからだから、「築地魚河岸三代目」が甘くてぬるい、なんて感じてしまうんです。

ついでに言うと、ただでさえ休みが少ないのに、休市の日に店をコッソリ開けていることを美談みたいに語らないでー!それでなくても年中無休のスーパーやデパートなどの要望に応えて休日も男性陣は交代で出勤してて、正月休みも取れないくらい。週休二日に有給休暇が当たり前の世の中、一般の人にビックリされるぐらい、休めないんだから。もう、石原都知事、移転なんか決める前に、そっちを何とかしてください!




冬こそ、お刺身

先日、築地のとあるお寿司屋さんでウマヅラハギというのを初めて食べました。河岸の中では折々見かけていたのですが、ウマヅラと言ってもたいして馬には似ていなくて、平べったくて、鈍い色してて、決して美味しそうには見えないお魚なので、あまり興味がなかったのですが。お刺身で出された身はきれいな半透明の白身で、なるほどカワハギの仲間であるので、コリコリとクニャッが共存しているような歯ごたえと淡白で新鮮な旨味がなんとも美味。それに!ウマヅラハギのすばらしさは、そのキモの超絶美味なのです。キモ、正しくは肝臓ですが、私の持ってるお魚辞典でも「カワハギより肉の味は落ちるが(いや、美味しいっすよ)肝臓はかなり美味」と書かれていたし。見た目もとても繊細できれいで、まるでホイップされた生クリーム、舌触りはそれよりずっと軽くてメレンゲのよう。キモから想像される、例えばアンキモや生白子(白子はキモじゃないけど)ほどに濃厚ではなく、その舌触りと連動するかのような繊細な甘味とコク!そして、これを、先ほどの白身肉と一緒にいただくと、歯ごたえ、舌触り、旨味、甘味、コクがもうもうコンランしてしまうほどの美味しさ。嗚呼!

そういやあ、見た目で気になっているお魚といえば、断然ヤガラです。アカヤガラ、と呼ばれる方しか見たことがありませんが、それもまた、ほんとにまれにしかお目にかかれません。知ってますか?アカヤガラ。すごい形してるんですよ。円筒状にえらくひょろ長くて(平均1.5メートル!)、つるんとうろこがなくて赤くて、何よりびっくりするのは、体の三分の一が長いくちばしみたいになってること(フエフキという別称があるというのもナットク)。そしてこのくちばしの断面は六角形になっているとか!海底で棒のように漂ってて、そのくちばしで小魚を吸い込む……なんてケッタイな魚!詳しい生態が判ってないせいか、あまり獲れないお魚らしく、時々見かける時も、専用のハコなんてないから、発砲箱の中にくるりと窮屈そうに巻かれて、それでも入りきらないで曲がらないくちばしが仕方なく空けられた穴から飛び出ているのです。聞くところによると、最上級の高級魚のひとつで、淡白ながら旨味の濃い白身のお刺身はものすごくものすごーく美味だとか。あああ、食べてみたい!!

口当たりがさっぱりするからといって、夏にお刺身を食べたがる人が多いですけれど、河岸に勤めてると、とんでもないッ!て思っちゃうんですよ。場内市場って屋根があるだけで冷房が効いてるわけじゃないので、お魚がどんなに氷付けにされていても、夏の暑い中じゃすぐ溶けちゃうし。だから当然冬より足もはやいし。そういうのを見てしまっていると、夏には絶対お刺身を食べる気には、ならないのです。やっぱり、お刺身は、冬ですね。お刺身に限らず、お魚は冬が美味しいものが多いです、やっぱり。冷たい海水が身を引き締めたり、あるいは逆に寒さから身を守るために脂を充分にのらせたりしているのかもしれません。

アカヤガラを食べたことのある人、または、食べさせるお店を知っている人、ぜひ教えてください。あ、高級割烹店とかだったら、スポンサーになってくれる人もあわせて紹介してくださいね(笑)。

next!