河岸のおはなし



日中貿易摩擦!

いやー、こういうことがあると、仲卸にいるんだなあ、って感動?しちゃいますね。何があったかって、貿易摩擦のあおりがすぐ!即!瞬時に来たんですよ。中国からの輸入エビに抗生物質が入っているというニュースが流れたその朝、私なぞはそのニュースさえ知らなかったんですが、それに即座に反応して納め先の水産会社(スーパーやデパートに店を持っている会社です)がうちで扱っているボイルエビが中国産だったので全部返品扱いにしてきたんです。大卸元とこの水産会社の間に入って、しかもこの水産会社の何十とあるそれぞれの支店に全部確認をとらなければいけなくなり、大慌ての電話のやりとりで一時事務所内は戦争状態!?2月なんて一番ヒマな月なので、年末の忙しさの反動でことさらノンビリ仕事をしていた私は、思わずスッカリ目が覚めちゃいましたね。あのネギだのタタミだのの輸入制限でピリピリしていた中国との輸入相互問題ですが、何でもそれから派生した中国の、あるいは中国のメーカー側のイヤガラセで、ということらしいのですが。

それにしてもこういう国際問題でうちみたいな小さな会社、いやいや、もとい決して大きくない会社(同じじゃ!)が揺らがされるなんてほおんとビックリですわ。でも考えてみれば冷凍海産物などは大体が外国産だし、その為に東南アジアとかに出張に出かける仲卸の仲間などもいたりするので、寿司屋や魚屋が相手の、日本伝統の魚河岸、ちょっと大きな下町のお魚屋さん?というイメージでも、なかなか国際的だったりするんですよね。ふむふむ。

国際的といえば、外国人の観光客も毎日訪れている魚河岸。スモークサーモンとかギンダラとかいうものを買っていくお客さんもいます。この間も外国なまりがありながらも妙に日本語をペラペラとまくしたてるお客さんが現れ、符丁で値段をツーシー(2、4という意味。ここでは240円を通したのです)と通されたその言葉に興味を抱いたらしく、ツーシーとはナンデスカ、どういう意味デスカ、と勢い込んで質問してきたので、ううむ、どう説明すべきかなあ、と悩んでいると、常務が助け舟を出してくれました。これは符丁といって、数をあらわしており、魚河岸のそれぞれの店にあるスペシャルワードなんだと。それを聞いたそのお客さんは、ナルホド、関西弁とかと同じデスネ。築地の言葉、築地弁デスネ!と嬉しそうに言ったので、ちょっと違うような気もしたけど(それぞれの店で符丁は違いますからね)、なかなかうまい言い回しだとも思ったので、そうそう、そうかもしれない、スペシャルワード、築地弁!ということになってしまいました。

またまた全然違う話。同じ帳場さんの先輩と話をしていた時のこと。地方によっては今でも結婚式だというとトラック一杯の嫁入り道具を積んでいったり、スゴい引き出物が出たりするんだよねえ、という話になりました。先輩曰く、うちの父親がとある地方の知己の結婚式に出た時、こおんな(と先輩は手で直径30〜40センチの円を描きました)大きいかまぼこが引き出物に出て驚いたよ、地方の結婚式って時々驚くよね。お金を撒いたりもするし。と、私はスッカリ大きなかまぼこ、というのが頭の中に残っていたので、えッ!かまぼこを撒くんですか!?と大ボケ。かまぼこなんて撒くかい!それ、当たったら相当痛いでしょ!とつっこんでくれた先輩。更に話は続き、どこだかの地方で、ちょっと大きな家の長男の結婚式に出た時なんかさあ、花火が上がったっていうのも聞いたことがあるよ。いまだに巨大なかまぼこが頭を支配していた私は、えッ!かまぼこから花火が上がるんですか!?と更にボケボケ。えーい、かまぼこから離れんかい!

かまぼことかちくわとかって、何となくそういうオチャメというかオマヌケというか?イメージがあるのは、ひらがなで書いた時の字面のせいなんでしょうかね。あれもお魚のすり身から出来ているものだから、そういう練り物専門のお店が河岸の中にもたくさんあります。っていうふうにムリヤリ河岸の話に結びつけたわけじゃないんですけど(笑)。でも河岸にきて、今までは鍋焼きうどんとかおそばの中に入っているようなピンクと白のかまぼことか、その程度のイメージしかなかった私は、ああいう庶民的な練り物でも相当なピンキリがあるということを初めて知りました。ええッ!かまぼこがこんな値段!?っていうイイものは、本当に奥深い味はもちろん、絶妙にむっちりとした歯ざわりから香りからぜえんぜん違うんですもんね……こんなものはやはり鍋焼きうどんになんかもったいなくって入れられないよなあ。

一年で一番寒い時期に突入し、ババシャツ二枚重ねに、靴下二枚履き、はるカイロを腰と肩甲骨のところに、これまた二枚はって、電卓を叩くため手袋は出来ないので、こればかりはむき出しの氷のような手をこすりながら仕事をしている毎日です。早く春が来ないかなあ!




数の子と剣菱で仕事納め。

去年の仕事納め、12月30日の日は、5時ごろ業務が終了した後、場外の鮭屋さんのお店に行って、酒をかっくらい、ぎりぎりの電車に乗って両親のいる宇都宮(今いるだけで、郷里じゃありませんが)についたのは何と翌31日の午前一時!起きて待っててくれたお母様に恐縮、恐縮。その日までは一週間ぶっとおしで休みなしの、12時間労働の激務でも気を張ってて風邪ひとつ引かなかったというのに、ちょっとノドがあやしくなってしまいました。

私らが仕事を終わってても、一般のお客さんを相手にしている場外のお店は、まだまだ開いており、忙しそうに最後の追い込みをしている鮭屋の社長さん、従業員さん、年末のバイトさんたちをしりめに、部外者の私ら二人は、一足早く剣菱をちびりちびり。横では数の子をバラしている方がいて、いえいえ、気にせずやってくださいよー、というのを聞かずとも、ちっとも気にせず呑っているフトドキモノ。しまいには、そのバラした数の子を肴にとかすめるありさまで、まったく、トンデモナイ。塩抜きしない、そのままの数の子はとんでもなくしょっぱいんだけど、ほんのちょっとだけかじってかまずにお酒を含むと、お酒がとても甘く感じられて、数の子本来の味も出てきて、いい感じ。

数の子をバラしている女の子は、手が塩で真っ白。この寒さもあいまって(店先でやってるから、当然アウトドアなわけ。さっむー!)、塩がしみていかにもツラそう。その手、ホント凄い、痛くなるでしょう、と言ったら、仕事の後にはクリームとかいろいろ塗ったりもするんだけど、ホント、全然ダメね。と、こう手をかざして見せてくれたら、こういう仕事だからつめもきちんと切ってて、その深爪ぎみのところにまで塩がビッシリつまっちゃってて、ビシビシにフリーズドライ状態!ホント、大変……。

ところで、そのバラしている数の子は、キレイにパック詰めされているものなんですよね。どうしてバラすのかと思ったら、折れものとしてビニールに小分けにして売るんですって。折れてないのに、わざわざ折るんですよ。それでお得感を出すわけです。今は小規模家族が圧倒的なので、1キロ入りとか500g入りでもなかなか売れない。しかも数の子というとやっぱり高級品なイメージだから、きちんと形になってたりすると、返って売れない。だからパックモノのほかに、そういうタイプの商品もお店で加工しなおすわけ。確かにスーパーとかで折れものの数の子をお買い得品として置いてあるのを見たことがあったから、こういうカラクリがあったなんて、ちょっと驚いちゃいました。

でも、お正月にしか食べないような感覚の数の子でも、その“お正月にしか食べない”伝統は根強く薄れることなく、たとえ高級品イメージであったとしても、この不況下に売り上げが落ちるということもなく、きちんと売れているんですよね。若い夫婦もちゃんと買ってくんです。こういうのって、なかなか嬉しいものがあります。ところで、今はそのまま食べられる味付けの数の子なども数多く出ていて、それらもなかなかに美味しいのですが、こうした塩漬けの数の子を塩抜きして食べる、というのは、めんどくさそうに思われているけれど、そんな事はない、とその女の子が教えてくれました。塩水につけて、真水につけて、何度も取り替えて……という方法が一般的に流布していて、それではいかにも手間なんだけれど、米のとぎ汁につけちゃえば、一発でしっかり塩が抜けるんだそうです。これは私も知らなかったので、耳寄り情報でした。皆様も、試してみてね。

その後、仕事の終わった社長さんや、他のお店の社長さんも交えてささやかな宴会開始。水だこや酢だこも肴で出てきて、もう、旨い旨い。仕事の終わった開放感と、心地よい疲れの中で、外で呑んでても寒さも感じなくなって、ついつい呑み過ごしちゃったのがマズかったかな?これ以上風邪を進行させないように気をつけなくっちゃ。

今回両親の家に送って、正月にむさぼり食った食材は、タラバの足、正油づけのイクラ、刺身用ホタテ、甘エビ、塩焼き用のでっかい有頭エビ、薄口の味付け数の子、スモークサーモン、中トロマグロ、うに、ふぐの詰め合わせ(ふぐちり、ふぐ刺、ふぐひれ酒)、丸武の玉子焼。あー、河岸って、最高!でも五日間の休み、一キロずつ太って、帰る頃にはすっかりほどよく豊満な魅力!?ダアアーッ。




本物のイクラを食べましょう。

久しぶりに谷崎潤一郎をひも解いている今日この頃。今は大作「細雪」を再読中です。もう3回ぐらいは読んでいる大好きな作品なのですが、前回読んだのはもうずいぶん前で……というか、どうやら、この河岸に勤める前だったらしい、ということが判明。というのも、ある記述に今回初めて心づいたのです。二女の幸子のもとに友人の夫人たちが訪ねてくる場面の会話。舞台は関西なのですが、その夫人の中に北鎌倉に住む相良夫人というのが出てきて、神経衰弱をわずらっていた際に“聖路加病院”に入院していた、というくだり。この聖路加病院だけでも結構オオッと思うものがあったのですが、思わずウケたのは以下の台詞なのです。

「海が近いから涼しくって、ことにこれからがあすこはいいのよ。でも中央市場が近いもんだから、時々生臭い風が吹くの。それに本願寺の鐘が耳について。――」

が、がびちょーん。ううッ、そんなッ!ひ、ひどい谷崎ったらッ!もともとはあんただって、東京の人間だったはずなのに、すっかり関西びいきになっちゃってさあ!と、別に東京生まれでもない私が言うのもなんですが。そういや新しく開通した大江戸線でも築地市場駅で乗り込む人たちで急に生臭くなるとかいうのは、冗談ではないらしいんで。いいんですよお、この生臭さは河岸で仕事している証しだもんッ。

というわけで、日々、生臭い匂いをまき散らして(笑)銀座あたりも平気で闊歩しちゃう私です。12月に入って、お正月商品も本格化してきました。冬になるとうちの店では必ずパックもののフグをやるのですが、これがなかなかにおいしくて、今年は実家に買って帰ろうと思っています。というのも、先日こちらにきた両親にフグをおごらせた(笑)のですが、両親は前に食べたのがいつだかわからない、というぐらいに久しぶりに食べたフグだったそうで、すっかりご満悦……だったのは、ヒレ酒呑んだ父が主だったかもしれませんが、今度の年末にはフグを持ってこい、とのご命令なので。

ところで、そのフグ料理屋さんで、私が絶対ヒレ酒を呑まなきゃダメだよ、最初のより、2番目のつぎ酒が柔らかくなっておいしいの、あ、ここは火はつけないんだねー、などとやっているのを目にして母親、嘆息とも感心ともつかぬ調子で「……あんた、慣れてるわねえ」。
……はい、もう三十路も近いんでね。酒呑みもベテランすよ。

そうそう、お正月商品、お正月商品。今年は魚卵モノの出来がいいみたいです。先日なじみの鮭屋の社長さんのところで今年出すというイクラを食べさせてもらったんですが、お椀に出した途端、そのきらめくさまに思わずため息が出、口に含み、上あごで玉子をぷわんとつぶしたとたんに、「あっ、すっごく、おいしい、これ……」という単純な言葉しか出てこない、ぐらいに。もちろんこれでご飯が何杯でもいける、のですが、わりと上品な塩味で、口の中にしつこくない旨味がひろがるので、ご飯と食べるのももったいないぐらい。その時はおきまりの剣菱(ご承知でしょうが、日本酒です)でやってましたが、これがもんのすごく、合うの。一緒に出された味付け数の子もおいしかったなあ。アラスカ産、だと言っていたかしら?大きめの玉子のひとつひとつがブッチブチで。

ところで、イクラにはニセモノが出回っているというのは、今では割と有名な話になったのでしょうか。実はどうやって作るものなのか私も知らないのですが。こうやって一粒をお皿の上とかに置いておくと、いつまでたっても形が変わらない、というのがニセモノ。張り切ってて美味しそうに見えるのですが、その実ゴムボールのようだという、アレです。本物は、置いておけば次第にしぼんでクシャッとなっちゃうもんです。そのあたりを割りと取り違えやすいんで。

実はついこの間まで、しつこい風邪を引いていまして。風邪なのかどうかも判らない。のどがいつまでも痛いんです。軽い気管支炎を起こしていたらしくて、酒まで禁止されてえらい難儀しました。でもね、ラクになったかなー、と思っても、帳場では大声を張り上げなきゃいけないんで、まだのどがガラガラになって、というくりかえし。帳場さんの中には、ボヘミア〜ン♪と歌っていた、かの歌手のような声になっているお姉さんも結構いて、私もいずれああなっちゃうのかなあ、ああ、この美声が……(笑)などと愁いているんですが。こののどの時には、ほんと叫ぶのは辛い。でも叫ばなきゃ仕事にならないのでね。大きな店では、マイクとスピーカー使っているところもあるんですが、まあそれだと確かに味気なくなっちゃう、あの河岸の喧騒が失われるのもつまらないとは思うのですが。それにしてもツラい。

最近ホント不景気で、私が年末楽しみにしているお魚カレンダーもあんまりこなくて、今年ももらえそうもありません。つまんないなー。


next!