河岸のおはなし



スゴい長靴ってどんなんだ。

何かあっという間に涼しくなってしまって、かなりビックリです。前回書いたのがあんなに暑くて暑くて、もうずっと永遠にこの暑さが続くんじゃないのかしらん、と思うぐらいだったのに、もう、10月で、年末商戦の話とか出てきて、驚いてしまいます。

毎月一度、大手スーパーとの商談があり、その際にこちらでのオススメ商品を出すわけですが、調理した場合の味や見た目を提示するために、事務所で調理を頼まれることが結構あります。一つしかない小さなガスコンロで炒めたりあげたり焼いたりするわけです。最近は加工食品も含めていろんな商品が入ってきているので、昔は鍋ひとつあれば何とか対応できたのが、いつのまにかフライパンやら魚焼き用の網やら、なんだかんだと調理器具がどんどん増えちゃって、妙に本格的。こうなったら電子レンジとかオーブンも欲しいなあと、それは多分にお弁当時に自分たちが使うことを想定してそんなことを言ったりもしているのですけれど。

今月頼まれたのは、子持ちシシャモ、でした。アラスカ産、って言っていたかな?シシャモって、ホンモノのシシャモというのはとても数が少なくて、河岸の中でも実際に食べたことのある人は少ないと言われているぐらい。ほとんどがカラフトシシャモとかキュウリウオと言われるもの。ホンモノのシシャモは卵だけではなく身まで美味しく、いわゆる代用品のシシャモたちとは格が違うそうですが、かくいう私もホンモノは食べたことがないので。あ、キュウリウオっていうのは、本当にキュウリの匂いがするんだそうですね。実はこれも私はお目にかかったことがありません。あるいはもう生干し状態になっているものが多いから、気がつかないだけかなあ。

しかし、そのシシャモはなかなか、というかかなり美味しかったです。他の人はどうか知りませんが、私のイメージでは、子持ちシシャモの生干しを焼いたやつって、まあ、卵はプチプチ美味しいけど、割と地味というか、そんな、美味しいー!!って感動するような感じじゃないんだけど、これはちょっと感動しちゃいました。というのも、凄いんですよ、脂が。ちょっとのり過ぎってほどで。焼いてるとじゅうじゅう脂が滴ってくる。これって、ホントにシシャモ??ほとんどサンマかサバじゃないのってぐらいの脂ののりようで、焼きたてあつあつがたまらなく美味しい。バリバリペロリと頭から尻尾まで食べちゃう。調理係の私一人でさんざん味見して、何かかなり数が少なくなってしまいました。

ここでビールがあれば最高なんだけど、只今私はまたしても風邪をひいてノドをやられてしまったので、お酒は御法度。この3、4日で鼻水3リットルぐらい出てるんじゃないかと思うぐらい、ヒドい時には15分おきに鼻かんでました。そうそう、お医者さんで薬を処方される時に、妊娠している可能性がありますかと聞かれ、絶対にありません、と言ったら、そんなに断言しなくても……と苦笑されてしまいました。いいじゃん、別にッ(プンプン)。この風邪、私だけじゃなく、会社じゅう、ゴホゴホ、ブシャンブシャン、というありさまで、社員が順番に風邪にかかってしまっており、もう今週末には社員旅行をひかえているのに、これじゃ行ける人数の方が少なくなってしまう?行き先は、道東です。北海道の人間の割には道内ほとんど行ったことないので、楽しみ。憧れの留辺蕊にも行けるんです。やった!

毎年、年の初めに心機一転、長靴を買い換えるのですが、今年の長靴ははや半年強でダメになってしまいました。長靴は河岸に勤める人間にとって必需品。これがないと場内はとても歩けないのですが、あっという間に靴底が磨り減ってかかとに穴があいて、水が入ってきてしまったのです。場内は常に水だらけなので、これではどうにもなりません。最初は先輩の長靴が先に穴があいて、先輩は体重が増えたせいなのかしら、などと冗談半分で言っていて、私も笑って聞いていたのですが、私の長靴まであいてしまったら、こ、これはひょっとして二人して体重が増えた??だなんて、そんなのヤダよー。そうかもしれないけど(笑)そうとは思いたくないです。今年のは不良品だったんだと二人して思い込むことにして、それでもどうしても年初めに買い換えたくて、ビニール袋を中に履いたりしてガマンしていたんですが、この間の台風で浸水がいよいよひどくなり、どうやっても足がビッショリ濡れちゃって、さすがに買い換えました。

で、買い換えたのが、何か凄いゴージャスというか頑丈というか、スゴい長靴で。スゴい長靴ってどんなんだと言われても困るんですけど、まあつまり帳場が履くような長靴じゃないというか、実際に魚を扱う男性陣が履くような感じのスゴいやつ。お前、そりゃ帳場の長靴じゃないだろーって、我ながらちょっと思ったのですが、再来年の年初めに買い換えるまで、今度は一年半近くはもってもらわなきゃ困りますから。それと、太らないようにします。本当に太ったせいなのかなあ、もしかして……。




“鰤”読めます?

この蒸し暑さは一体なんなんだあー。
一年で一番イヤーな季節がやってまいりました。河岸は屋根だけある屋外なので、店に出ている間はこの暑さに耐えなければなりません。朝からびっしょり汗かいて、全身砂糖水でも浴びたみたいにベットベト。ああ、やだやだ。
何だって人間はアスファルトなんつーもんを考えちゃったんでしょう。いや考えるのはいい。何もこんなに意地になってるかのように隅々まで貼りめぐらさなくったって良かったじゃないのおー。このアスファルトから立ち上る熱気!うおお。
もう夏になると、東京中のアスファルトをひっぺがしちまいたくなります。

お客さんも例外なく、第一声は「暑い暑い」
「ああ、どこに行っても暑いねえ。涼しくなるのなんて、カアチャンのハダカ見ちゃう時ぐらいだよ。ゾーとして」…………ちょっと、魚金さん……。
「ホント、ダメだね。もう年とるとブヨブヨしちゃって。この前までは燃えたんだけどねえ」!!う、魚金さーん!!この前までって……この前ぇ?
ちなみに魚金さんは推測70は超えているだろうと思われる、ねじりハチマキに腹巻がトレードマークの魚屋のおやっさんなんですが……。

日ざしがどんどん強くなって、店から事務所に引き上げる昼前頃はカンカン照りになってしまうので、帽子は必需品です。ところが、去年まで使っていた帽子がどうしたことか見当たらない……。
仕方がないので買うことにしました。気になってたんですよねー、河岸のお兄さんたち(ご承知でしょうが、河岸では男性はいくつになってもお兄さん、女性は同様お姉さんです)がかぶっているのを最近よく見かけるキャップ。前面に“鮪”(まぐろ)って明朝体で大きく刺繍してあるというもので、そのイミネーところがイカす(死語?)というか。私も欲しいなあ、と思って売っているお店を場内に探し当てました。すると、何とまあ“鮪”キャップだけではなくて、あるわあるわ、“鰻”(うなぎ)に“鯉”(こい)に“鮭”(さけ)に“鱸”(すずき)なんてのまで……ありとあらゆる魚のキャップが。

こうなったら、鮪というのもありきたりかなあ、うちの店は鮪扱ってないし(そういう問題じゃないんだけど)という気がして悩んだ挙句、読めない人も結構いそうな“鰤”(ぶり)キャップに決定、購入いたしました。ウキウキと事務所に帰って、見て見て見て、と見せびらかすと、上司がひと言。
「何、鰤って、ブリッコだからブリなの?」
な、なんとゆーことを!
「そーゆーこと言われるんなら、鰆(さわら)あたりにすれば良かったですかねえ」
「鰆ぁ?鰆にしたって、春は来ないよ」
「………………(くっそう)」。

気を取り直して。その日は一日中晴れてて暑かったので、映画を観に行った渋谷にもかぶっていったのですが……気のせいなのか、何か視線が突き刺さるような……何か振り返って見られているような……。
やはり、“鰤”は読めないからなのかな?それともただたんに、悪趣味だと思われているとか(まあ、確かにね)。
キャップだけではなく、Tシャツとかでも、魚の漢字をデザインしたものは特に外国人観光客に売れているそうです。鰤の字の意味を聞かれた時に答えられるようにしとかなきゃいけないかしらん。ちなみに鰤は“yellowtail”っていうんだそう。確かに尾っぽ(だけでなくひれや体の中央に走るラインも)黄色ですな。なるほど。

というわけで。この夏、“鰤”キャップをかぶっているセンス無し女を見かけたら、それは私ですので、見逃してやってくださいね。

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おまけで、もひとつ無駄話を書こうかなー。

ここ2〜3カ月、ノドの調子が一進一退で、どうも落ち着きません。
先日、声を出すだけで激痛が走るような状態になってしまったので、お昼休み、たまらず病院に駆け込みました。私のノドを覗き込んで先生、
「うっわーあ、真っ赤っ赤よー」
熱があるんじゃないか、と言われたんですが、不思議なことには熱はないんです、これが。
「ひょっとして、しゃべる仕事してる?」
「河岸の帳場なんで……毎日どなってます。」
「そうかあ……やっぱりね。仕事じゃ仕方ないけど、それ以外はなるべく声を出さない方がいいわね。おしゃべり禁止。お酒も厳禁よ」ひえッ!
その日の午後はひたすら筆談。思わずボディランゲージが豊かになった?

3〜4日後の週末、治りかけたかな、と思ってついつい飲んでしまったビール、1杯のつもりが2杯、3杯……。ヤバいと思った翌日、案の定、ノドのゴロゴロが再発してしまいました。月曜日、私のノドを見て先生、
「あらッ?ぶり返しちゃった?……何か、ムリした?」
……さすがに酒を飲んだとは言えず、「いえ、あのう……ちょっと残業が込んでまして……」大ウソ。
結局、自業自得で1週間たった今でもまだ完治せず。はああ。

それにしても。噂には聞いてたんですが、帳場も4年、5年と経ってくると、そういう症状が出てくるって。来たなあ、という感じです。ベテランの帳場のお姉さんたちって、カラスみたいなガラガラ声だったりするんですよね……私もそんな風になっちゃうのかなあ、うわあ。




クジラさんと海の生態系。

あの牛肉の偽装事件があってからこっち、魚の表示も大変に厳しいです。実際、輸入品がその大部分を占める中、国産モノの値段は上がりがちなので、国産と偽った輸入品が店頭に出回っているという話も聞きますが、業者に売る仲卸である段階ではそんなメンドくさいことしているヒマはないし、大体、箱の表示でわかっちゃうことが多いですからね。それでも伝票を切る時は、いちいち産地を入れなきゃいけない。しかしこれがなかなか難しいんです。たんに産地を入れればいいだけなのに何で?ってですねー、冷凍モノなど、既にパッケージとしての商品になっていたりする、単純に箱に書いている場合は問題ないんですけど、特に鮮魚など発泡や木箱で分けてもらってきたりする場合、判然としない場合も多い。しかも、産地っつったって魚ってのは回遊するわけです。つまりさまざまなとこ泳ぎ回るわけ。一応捕れたところ、っていうことになるわけですが、でっかい大西洋だの太平洋だのに船出して捕って、どこの国って言われてもねえ、っていうか、その場合その捕った船の国籍、つまり輸入した国がどこかっていうことになっちゃう。果ては産地と加工地が違ったりするとまた混乱が大きくて。こないだなんか、産地を営業の男性に聞いたら、「兵庫のカリフォルニア!」って答えが返ってきてびっくりしちゃいました。兵庫のどこにカリフォルニアがあるんだー!って。つまり、カリフォルニアでとれたものを、輸入して兵庫で加工した、っていうんですよ。ああ、ややこしい。

しかも、モザン(ビーク)だ、カナリア(諸島)だって言われると、えー?どこそれ?って話になっちゃう。お客さんにそれどこ、って聞かれて、帰って世界地図で調べてきます、なんて冗談じゃなく言っちゃったこともあります。それに、絶対国名で書けって言われて、アラスカじゃなくてアメリカ、とか言われると、えー、だってハワイだってアメリカだしさあ、なんて思っちゃう。ほんと、ヘンなもんです。

ところで。今河岸はクジラの話題で盛り上がっているようです。というのも、IWC(国際捕鯨委員会)がそろそろ始まるから、なんですね。クジラの商業捕鯨が禁止されて久しく、細々とはいってくるクジラにはとんでもない高値がつき、かつて小学校の給食に竜田揚げが出たなんて、遠い昔の話になってしまいました。世間的、一般的には捕鯨に対しては国内でもあまりいいイメージはないようです。クジラは頭がいい動物で、ホエールウォッチングとか盛んで、そういう、どこか愛護動物みたいな感覚が広く伝わっちゃったせいもあるし、あるいは日本がクジラを捕りまくったからもはや絶滅に近いとか、海の生態系の頂点に属するクジラは捕るべきではないとか、かなりもっともらしいことも言われています。果たしてそうなんでしょうか?

確かに陸上動物で言えば、生態系トップのライオンを食べるとかいう話は当然、出ません。しかし、畜産動物に関しては自然のものを狩猟して食べる、ということは世界の流通的には殆どないんだから、それはあたりまえなわけです。しかしその点、魚は、いくら養殖が発達しても、その大部分を漁による大量捕獲でとってくることでまかなっています。本来入るべきでない海の生態系の輪の中に、人間が割って入っちゃっているわけです。

捕鯨が禁止されてから、クジラの個体数は当然増える一方で、クジラたちは人間の食べるイワシだのイカだのを好んで食べ、その量は人間の漁業生産の6倍にもなるそうです。まさしく、食いまくる。市場の中で流通している冊子や新聞に、ニシンを食いまくるクジラ、なんていうキャプションで写真が出ていたときには、そのキャプションの言い回しに思わず笑ってしまいましたが、でも実際、河岸でクジラを扱ってきた人たちにとって、捕鯨禁止やクジラ保護の動き、あるいは日本人のクジラ食文化の否定は本当に苦々しいことであるようなのです。実際、クジラだけを捕らないことで、海の生態系は乱れてきているといわれているし、日本人は決して野蛮な趣味でクジラを食べていたわけじゃない。それに頭のいい動物を食べるなんて、という議論って、簡単に差別主義に裏返っちゃう矛盾をはらんでるし。むしろ、そうやって日本を批判するアメリカなどが、かつての軍需産業華やかなりし頃、鯨油を機械油として使うためだけにクジラを捕獲し、その他の部分は捨て去っていた過去をまるでなかったかのように攻撃するのが我慢ならない、と。日本人のクジラ食文化は、廃棄部分の殆どない、クジラを愛するが故の食文化だったのですから、なるほど、怒るのも納得できるわけです。

加えて、このままでは、それ以上に大きい、日本の魚の食文化すらその生態系の乱れによっておびやかされかねないわけで。確かに絶滅危機が叫ばれる種のクジラは存在します。しかし、人間が食用にしているクジラではありません。むしろ、世界的なすしブームで、乱獲されているマグロの方が絶滅危機を言われはじめているくらいです。それでも世界の流れにはさからえず、それならば研究を進めて決してムリなことを言っているのではないことを実証しようと、長いこと努力を重ねてきた……今まではその研究結果すらろくろく聞いてもらえないようなところがあったけれど、世界の流れは少しずつ、変わっているらしいのです。でも、新聞などを見ると、日本のグリーンピースなど、いまだに強硬に反対しているみたいですね。私も河岸にいなかったら、そちら側の意見にいたかもしれない。河岸にいると、こうしたクジラ問題をその顕著な例として、一般的に見えている“常識”とは随分と違った見え方をすることが結構あります。

クジラが高値になってしまうことで、たまに網に引っ掛かってしまうようなイルカがクジラ肉として出回る、なんてことも起こってしまいます。まあ、確かにイルカ肉じゃ一般的なお客さんには売れないでしょうけど……。でもイルカ肉って、案外出ているんですよね、実は。

そういえば以前、海岸に迷い込んだクジラを助けられなくて、死んでしまった時、その土地のおばあちゃんたちがその肉を家に持ち帰って喜んで食べたとか、そんなニュースをテレビで見ましたが、美味しいんだよね、なんて言って佃煮にしているおばあちゃんを見て、これでいいんだよね、ただ埋められてしまうより、食べてもらった方がなんぼかクジラだって幸せなんじゃないのかなあ、なんて思ったんですが……それはやっぱり河岸にいるから思うこと、なんでしょうか。

さて。日本人はクジラ食文化を取り戻すことができるんでしょうか?


next!