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「え」


2007年鑑賞作品


2006年 110分 日本 カラー
監督:廣木隆一 脚本:斎藤久志
撮影:鈴木一博 音楽:オオヤユウスケ
出演:美元 高良健吾 大森南朋 田口トモロヲ 木下ほうか 平山広行 渋川清彦 戸田昌宏 なすび 奥田恵梨華 馳星周 七尾藍佳 蜷川みほ 大口広司


2007/10/19/金 劇場(渋谷ユーロスペース)
冒頭、同窓会からの帰り、タクシーの中で聡子は男に口説かれている。華奢で長身、小作りな顔の造作、それに反して驚くほど豊かな胸、男の興味を惹くのには充分な女。しかし彼女は、その誘いをやんわりと断わる。
「そんなにこれが気になる?」男は彼女の左手の結婚指輪を手でもてあそぶ。「当然でしょ」返す彼女の即答は、即答だけになんだか不自然な感じもする。
家に着く。ソファで夫が幼い息子と眠りこけている。「同窓会、どうだった」と夫が聞いてくる。
「皆、オジサンとオバサンになってた」「自分は、どうなんだよ」「自分じゃ気付かないものなのね」着替えをする聡子をじっと見つめ、夫はぼそりと「……まだまだイケてるよ」と言った。
しかし聡子は、夫の誘いに応じなかった。まるで、それに気付いたのは遅すぎた、とでも言うように。

聡子は、客を取っていた。夫が会社に、息子が学校に行っている、陽の高い時間に。
5万円。それが彼女の値段。しかし今は、そこから3万円を搾取されている。「昔から、売春を仕切るのはヤクザだと決まってるんだよ。最近あんたみたいに勝手にやるヤツがいて、困ってるんだよね」
いわゆるヤクザに引っかかってしまった聡子は、言いなりになるしかなかった。「なぜこんなことをやってるの、おこずかいが欲しかったの?」そう聞かれた聡子は、こくりと頷く一方で、「寂しかったから」と答えた。
聡子は昔、幼なじみの父親への思慕に苦しんでいた過去があり、それを引きずっていた。
聡子は一人の少年と出会う。息子とキャッチボールに興じていた、新聞配達の稔。彼はひょんなことから、聡子がヤクザの手引きで売春をしていたことを知る。
その昔、母親を守るために父親を刺殺した彼は、いつの頃からか聡子に母親を重ねるようになる。そして、事件は起こった。

壊れていく女の話は割と好きな方だと思うんだけど、なんか最近、随分と続いてるよなー、て感じがして、なんか……ウンザリ感をちょっとだけ感じてしまった。特に「寂しかったから」というお決まりの台詞が発せられた時は、出たーっ!って感じで。
正直、今時こんなこと言わないよな、って気がする。いや、女が男に感じるおいてけぼり感は、時代によってその深さや状況は変わってくるにしても確かに普遍のものだとは思うんだけど、それをこの台詞に集約してしまうのは、古い、って気がする。
古いことが悪いことだとは思わないけど、ある種のカテゴライズがされてしまうから、彼女の気持ちがパーフェクトに再現出来ず(それは、彼女自身も感じるところだと思う)、共感という部分から外れていってしまう気がするのだ。

だって聡子は、決して全ての女性が、ああ、こういうことあるある!てな状況には置かれてない。ほんのちょっとした気の緩みでこうして足を踏み外すことはあるかもしれない、とは思うけど、大部分の女性はそうならずに済んでいるのだもの。
だから、この聡子に共感させるためには、彼女の抱える心の虚しさや闇を、決して「寂しかったから」のひと言で集約させてはいけないと思うのだ。
そう言ってしまった途端、私たち普通のフリして生きている女たちと彼女が同じの筈でも、なんだ結局それだけのこと?って感じで遠くに行ってしまう。

それに、聡子が何を考えているのか正直よく判らないし。特に説明することなくストイックに描写しているんだろうけれど、それがイコール、彼女が禁断に足を踏み入れた充分な説明にはなっていないのだ。
いや、それはやっぱり私がニブいだけなのかなあ。でも正直、唐突に聡子が携帯の掲示板に「28歳ってオバサンですか」と書き込み、唐突にヤクザに脅され、子供がどうなってもいいのかなどとあまりにも古典的な脅しに屈するのも、子供や夫を含めた家族に対しての思いをまるで感じることが出来ないままこの場面に達するから、ええ?それで屈しちゃうの?と、どこまでも唐突感を感じずにはいられないのだ。

そうなの、彼女、家族に対してはあまりに記号化された妻であり母であって、そこに彼女の彼らに対する愛情を感じ取ることは出来ないんだよね。それはあくまでストイックを貫き、女が堕ちていく闇に焦点を絞ったこの脚本のネライなんだろうけど、なんか気持ちと場面がつながらない気がしてさあ……。
それに、女ってそんなに弱いだろうか。「壊れる女」はグッとくるけど、「弱い女」は、書き手や作り手になんかバカにされてる気がする。
「壊れる女」はそれまで必死に堪えて、踏みとどまって、ついにそこを踏み外してしまって壊れるんであって、だから共感も出来るんだけど、「弱い女」は最初から何をどうしようとか考えず、「弱い女」ということを一種の武器にしようとするイヤなしたたかさを持っているから。勿論、したたかさを持っていなければ、女は生きてはいけないんだけど……。

聡子が稔に語る、幼なじみの同級生の父、テツヤパパに恋していたという話はどこまで本当なのか。恋していた、というのはきっと本当だろう。その息子のテツヤと恋人同士になったというのも、同窓会で口説いてきた相手や夫との会話で本当だと思われる。
だけど、このテツヤパパが彼女の母親と愛人関係にあったというのは?それ以前に彼に「抱いてもらえなかった」というのだって、そこまでのトライがあったのか?
そして明らかにウソなのは、つき合っていたテツヤが聡子の気持ちに気付いてしまって、両親を殺して家に火をつけたという話。ラスト、聡子に母親から電話があって「お隣のおじさんが亡くなったの。ガンだったんですって。あなた、可愛がってもらっていたでしょ」という台詞でそれが知れることになる。
なぜ聡子はそんなウソを、あるいは妄想を抱いていたのか?ただ、この初恋ともいえるテツヤパパへの気持ちに、トラウマを抱いていたのは本当。むしろ、単純な「寂しかった」という言葉は、このおじさんに向けて発せられていたのかもしれない。

それは、稔に出会うことによって、より具体的に結実する。彼は幼い頃、母親に暴力を振るう父親を刺し殺してしまった。その母親は息子に感謝するどころか、息絶えた夫にすがりついて息子に憎悪の目を向けた。そこから、彼の転落人生が始まる。
少年院を出て、新聞配達所に住み込みで働くようになっても、どことなく、なんとなく感じる、冷たい視線に心を開けずにいた。というか、心を開ける相手もいなかった。やたらかまってくる先輩(なすび。怪演)は暗い彼を心配しているのかヒマ潰しなだけなのか、風俗やらエロサイトを見せたりやらと、やたらエロ方向に誘ってくるし。
しかしこの先輩が強引に見せてきたエロ画像に、稔はふと引っかかるものがあった。
グラウンドで一人、ぽつんといた少年とキャッチボールをした、その少年を迎えに来た母親に似ている。
どうしても気になった稔は、ある日出かけた聡子の後をつけた。ガラの悪い男に促がされてホテルに入っていく彼女。稔は全てを了解した。

稔のいわゆる、不良少年的な描写も描かれる。少年院時代の仲間にクスリを請いに行く。参加するドラッグパーティー。そこでムリヤリヤられちゃう女子高生や、ラリって腰掛けた窓枠から転落して、あっけなく死んでしまう女の子や。
ショッキングというより、何となく説明的描写のような趣。稔が、今やこんなところには気乗りがしない、とでもいう風に淡白なのとの対照も、この描写がショッキングだろ、と押し付けているように思えてしまう。どうも、居心地が悪い。

更には、ホストをやっている仲間がどうしても落ちない熟女にてこずっているという話を聞きつけ、じゃあ皆でマワして言うことを聞かせようじゃないか、というエグイエピソードも持ってくる。この誘いに、それまでどうも気乗りのしない風な稔が案外すんなりノるあたりで、あら、これはひょっとして……ともう予感がし、組み伏せたこの熟女に、マスクの奥の彼の瞳が動揺を示したことで、それが確信に変わる。
結局、稔はこの女を犯さなかった。背中を向けて、仲間たちがヤッているのをじっとやり過ごした。帰りの車の中で後輩たちが「あのババア、ビッショビショに濡れてましたね。ババアだと聞いて気乗りしなかったけど、勃っちゃいましたよ。ヤミツキになりそう」と無神経に盛り上がと、彼はザクリとこの後輩にナイフを突き立てる。「アレはオレの母親なんだよ!」と。
ううう……あまりにも予測が出来たから、そしてあまりにもどこかで聞いた台詞だから、そう、聡子の「寂しかったから」に通じる、こっちがいたたまれなくなる、ベタな台詞でさ、もうどうにもこうにも、居心地が悪くなってしまうんだ……。

稔は聡子に売春をやめさせたくて、新聞の集金を装って家を訪れる。強引に中に入り込んで、訳も判らず怯える聡子に、もうあのヤクザに従うな、と組み伏せる。聡子は、何を思ったのか、荒い息をもらし、「お願い、して……」と稔に誘いをかける。
???うう、なんだかよく判らないんですけど……っていうか、一番ヤーな展開になる予感を既にここで感じつつ、稔はそんなアホなことを言う聡子をとりあえずはぶっとばし、ヤクザをこの手で始末するべく、自分が彼女の客として名乗りをあげる。そこからクライマックスに突入するんである。
聡子がごっちゃになった過去のトラウマに没入したのは、稔に押し入られた時からだったのかもしれない。その聡子に引きずられるようにして、稔もまた、漏れはじめていた自らのトラウマを引っ張り出す。

客として聡子の前に現われた稔は、元締めのヤクザを呼び出せと、ワザと荒々しく彼女を縛り上げる。駆けつけたヤクザは慌てて聡子をほどくも、後ろから忍び寄ってきた稔にナイフを突き立てられ、壮絶なバトルの展開の末、バスタブの中で息絶えた。
その時点で二人は、というか聡子は、完全にトリップしてた。その前から稔のことをパパ、と呼んでいて、それはどうやら、片思いのままに終わった“テツヤパパ”だと思われ、この惨劇が終わった時、パパごめん、と繰り返して稔に抱きついた。
それに対して怯えたように身体を震わせる稔の方も、どこかの時点から、彼女のことを母親だと思い込んでいた風があった。

なんて不毛なんだろう。お互い、愛してやまなかった親(聡子の場合は、他人だけど)に袖にされて、そしてここで、全く何の縁もない他人にその許しを見い出して、お互いに慰め合う、だなんて。
それに、聡子がパパ、パパ、と絶叫した時、あの「寂しかったから」の台詞の時よりも更にゾッとしてしまったのは、なぜなんだろうか。稔がどうやら、“母親のために二度父親を殺した”ことにもゾッとしてしまったのは、なぜなんだろうか。
つまりは彼らの間には、二人だけの特別な感情など存在せず、今はもういない者に対しての、自分自身を整理するためだけの、いわば傷の舐めあいが存在するだけだったからなんだろうか。別にそれが古い新しいってワケもないんだけど、なんかどうにもこうにも、前時代的な気がするのはなぜなんだろうか……。台詞が、どうしてもグッとこないのだ。

二人はヤクザの死体を置き去りにして、バスローブ姿のまま逃走する。その後、二人がどうなったのか、判らない。二人はどこに行きたい訳でもなかった。それを確認し合った時、もう二人に行き先などなかった。
カットが変わり、稔はどことも知れぬ寂れた食堂で、“出会い系サイトを取り仕切っていたヤクザが、関係者とのトラブルで殺害された”ニュースをメシを食いながら無表情に眺めている。
一方で聡子は、夫と幼い息子が河岸のグラウンドでキャッチボールをしているのを、穏やかに微笑みながら眺めている。それは、どこか不安げに息子と稔がキャッチボールをしていたのを見ていたのと、明らかに対照的である。
でも何か、どこか、とってつけたような“平凡で幸せな”ラストにゾッとしてしまうのは、何故なんだろう。

最後までカヤの外に置かれている夫が、抱えたままの不安をどうしたのかが気になる。結局彼は、同僚から見せられたエロサイトの、目を黒く塗られた“人妻”が、どうやら我が妻らしいことに気付いたものの、妄想だけを膨らませて、何をどう行動するということもしない。
突然妻が切り出したバイトの話も、彼女の話をただ鵜呑みにしてしまう。いや、鵜呑みにしている訳ではないんだろうけれど。結局夫はなんだったの?
解説では、夫は妻を、もはや子供の母親としか見ていないなんて書いてたけど、そんなことないでしょ。ナマ着替えする妻に目をしばたたかせ、「まだまだイケてるよ」と実践をカマそうとしたんだしさ。
どうも夫に、何の役割をさせようとしているのか判んないんだよね。それとも残業続きの夫という描写に、妻の寂しさを象徴させたとか?それもまたあまりに古すぎる気がするんだけど……それが売春に結びつくなんてさ。言い訳をそのまま実践してパートに出るとか、いくらでもやりようがあるんじゃないの??戸惑う大森南朋は素敵だったけど……。

それにねー、縛りのシーンが用意されているんだったら、全部ムいた状態にしてくれなきゃっ。下着とストッキングもつけた状態じゃなあ。それは稔の躊躇した気持ちがジャマしていたということなの?気持ちが全部剥き出しにされるクライマックスだけに、ここはキッチリ描いてほしかった、気がする。
それに、聡子が最初にヤクザに怯えるシーン、しゃぶれと命令された彼女が、ベルトを外して中からモノを引っ張り出して、何かに気付き、後ずさりをする、ヤクザは「ちゃんとしゃぶれや!真珠が入ってるんや。これでヒーヒー言わせたる」
……真珠を仕込んでるって、なんかこれもやけに前時代っぽい気がするんだけど。一昔前はそんな話も聞いたことある気がするけど、今のヤクザもこんなコテコテなこと、すんの?どーもこういう、ひとつひとつのエピソードにガックリきちゃうんだよなあ。

このMって、一応SMのMから来ているようなんだけど、冒頭、客であるヤクザに向かって「SMとかじゃなければ、なんでもやります。お尻の穴もダメです」と言っているように、とてもとても、SMではない。
「汚いもの垂れ流してないで、シャワー浴びてこい」という台詞があるから、真珠を埋め込んだモノでグリグリやられて大出血でもしたのかと思ったけど、彼女が身体を起こしたあとのシーツは真っ白だったから、あれは涙のことだったのかなあ。なーんだ……って、そんなことで失望する方がおかしいのかしらん。

ヤクザにサイト用のいやらしい写真を撮られる時の、ちょっとビックリするぐらいの大きな美しいおっぱいと、知らず知らず漏れる苦悩とも興奮ともとれる息遣いは、ちょっと萌えた。
確かにこのヤクザに、精神的にSを仕掛けられているとは言えるのかもしれないけど。
でもそうじゃなくって、痛めつけられることによって、自分が愛されたいんだと気付いてくMなのかなと思う。★★★☆☆


エンマ enma
2006年 84分 日本 カラー
監督:長江俊和 脚本:大野敏哉
撮影:平尾徹 音楽:海田庄吾
出演:塚本高史 近野成美 佐藤重幸 山田明郷 ベンガル 坂本爽

2007/3/2/金 劇場(渋谷Q−AXシネマ)
最初聞いていたタイトルは「enmanote」で、その後デスノートの大ヒットがあったから、あららと思っていたら案の定、公開時にはnoteがとれて、エンマだけになってた。まー、即座に連想しちゃうから仕方ないか。
前のタイトルはつまり、エンマ帳を意味していたと思われ、それは罪を犯した人間が未来永劫に渡って裁かれることを最終的に示唆していて、……それが誰の手によって行われているのか判らない、まさにエンマ様の手にゆだねられているような不気味さもあって、だから出来れば元のタイトルは残したかったかもしれないけれど。

実際、「エンマ」だけでは意味がよく通んない。まあ、「エンマ」は“彼”に施された刑罰の名前ではあるけれど、やはりねえ。
その、“彼”が誰なのか、最後の最後になって判る。密室に閉じ込められた6人の男女は、そこに設置されたモニターに映し出された「エンマ遂行中」の文字と、刻々と変わる時間を目にするけれど、“彼”以外は「RESET」されるだけで、その“受刑者”ではない。
“受刑者”という文字は最後の最後になって現われ、「エンマ」が刑罰の名前だということ、“彼”の他の人間たちは、“彼”の刑罰のための材料に過ぎなかったことが、判るんである。

なーんていう要素が、最後の最後の最後に(私もしつこいが)バッと現われると、まあ、それまでに、じりじりと謎解きはされるんだけど、バカな私はんん……?って感じで瞬時には理解し難かったりするのであった。んー、なんか結局、夢オチのような雰囲気もあるし。
ただ、“彼”の、いわば夢の中での、他の5人との展開は、その密室状況といい、演技のガチンコ勝負といい、かなり舞台風。んで、「かなりオイシイ役」だと語ってた記憶のある佐藤重幸氏は、おっしゃるとおり、主人公の塚本君を含めた6人の中で最もオイシイ。スゴイノリノリだもん。メガネをかけた白シャツと神経質な感じとが、「CONPOSER」のフランツと、「山田家の人々」の光さんのようだとか、ついついファンオタクなことを思ったりするんである。

最初はね、なんか思わせぶりな台詞から入るのよ。台詞というか、文面か。「このけいかくは、ぜったいにせいこうする だれかがだれかをたすけることなく まんなかからくさってゆく。そして ひとりひとりしんでゆく」力の入った、カクカクとした文字が綴られてゆく。後にそれが、テロ予告の文面として新聞に載っていることが明らかになる。
この予告文を書いたのは誰なのか、そして今、密室で目覚めた6人はなぜここにいて、そして外では何が起こっているのか。

密室で6人の老若男女が目覚めるまで、あるいは目覚めて疑心暗鬼なやりとりをしている間も、彼らの頭の中にはずっと、思い出せない記憶の断片が右往左往している。
刑事だと自称する韮崎という横柄な男が、テロの予告文のこと、それによって自分は渋谷の町を捜査で歩いていたという。「気楽なもんだな。靴底をすり減らして事件を追っていたのは俺だけか」と吐き捨てるように言って、皆の荷物を強引に調べ始める。
これを演じるベンガル氏がもー、イヤなヤツをさすがの力量で演じていて、見ていてすっごくイヤーな気持ちになる。私の中ではそーゆーイメージのない役者さんだったので驚きつつ、うう、役者だわ、としみじみ思うんである。

まあ、気楽なもんだな、なんていうのは、ここにいるのが大学生の遥冬や、いかにもパンクな兄ちゃんの村田、孫のおもちゃを買いに渋谷に来たというおじいちゃんの遠山、暗く引きこもっていたらしい亜美などというメンメンだからなのだろうが。
ま、その中で佐藤氏演じる君嶋だけは、製薬会社の研究者で、薬の入ったトランクを大事に抱えているんだけど、これまた「テロの薬物じゃないか」などと韮崎に疑われるんである。
そうそう、皆、渋谷にいたこと、は徐々に思い出し始めていた。予告文があったこともあって、最初はテロに巻き込まれたんじゃないかと思った。次には誰かにハメられているのだと思った。

……などと色んな可能性を疑心暗鬼になって取り沙汰するんだけど、それを一番ハイテンションに、というか、おびえ切っているがためのハイテンションで口にするのは君嶋である。
地球上に生き残っているのは自分たちだけじゃないかとか、細菌テロで感染するんじゃないかとか、もう、色んなことを考えて、一人勝手に怯えまくって、ヒーヒー言ってるもんだから、なんか段々、笑いがこみ上げてくるのはマズいのかしら。
まあ確かに、唯一科学者肌だから、彼の言うことは一番信憑性があるように聞こえるんだよね。
曰く、これが本当に生物兵器とか薬物によるテロなら、感染だ。感染には二種類ある。空気感染と接触感染だ。空気感染なら、僕ら皆とっくに感染している。でも接触感染なら……などともう、ヘタに知識があるだけに、色んな最悪のパターンを考え得ちゃって、やたらと怯えるもんだから、余計にホントらしく聞こえてしまう。

そして、彼らにはもうひとつ共通点があった。パンクな兄ちゃん、村田が指摘した、腕の麻酔注射の跡。
一体どういうことなのか。誰が何のためにそんなことをしたのか。この部屋を誰かがどこかから監視しているのか、自分たちだけがなぜここに閉じ込められているのか。
自分だけはとにかく正しく、他の人間を疑りまくっているのは韮崎だけで、彼がこの疑心暗鬼を引っ掻き回している風はあるんだけど、皆、確かに不安になってくるんである。

そうこうしているうちに、パンクな兄ちゃん、村田の様子がおかしくなる。彼は、恋人に会いに行くはずだった。言葉の端々から、その恋人のためにクスリをやめたんだと知れた。
韮崎は、クスリをやってたんだろ、自業自得だ、ともう断定しちゃうんだけど、ここでも君嶋が一番怯えて、ボクに触るな!と叫ぶ。彼は最初から、接触感染を疑っていたんだろう。
結局、村田は目を白く濁らせ、こめかみの小さな一点から血をひと筋たらして死んでしまう。「クスリでこんな死に方するわけないでしょ」と君嶋は更に怯える。

君嶋の予告どおり、次には、唯一村田に触ったおじいちゃんの遠山が同じくあがき苦しんで死ぬ。1年ぶりに孫に会えること、あんなに熱望していたのに。
これはもう、接触感染だ。しかももの凄いスピードだ!と怯えまくる君嶋。そして村田と遠山の遺体には、不可思議な文字が浮かび上がった。
「W?S?」君嶋はそう読んで首を傾げたけれど、あれは最初っから3と5に見えたよー。わざわざそう言うから、あら、数字じゃないの?と思ったけど、やっぱり数字だった。うーむちょっとムリがあったかな。

でね、遠山の状態を見るために覗き込んでいた君嶋が、死んだはずの遠山から突然腕をつかまれて、ああ、触ってしまった、もうダメだと怯えまくっちゃってさ(もう、シゲちゃんノリノリ)、死にたくない、死にたくない!と韮崎につかみかからんばかりになるから、韮崎がとっさに彼の腿を隠し持っていた拳銃で撃っちゃうのよ。
刑事だからといって、警察手帳も拳銃も毎日持ち歩くわけではない、なんて言っていたから、遥冬は大激怒、「持ってないって言ったじゃないか!」
……なーんか、ここらあたりから、ツッコミどころ満載になってゆくのよね。まあ、後から考えれば、ここもかしこも夢ン中、みたいな状況なんだから、不条理なのはいわば当たり前なのかもしれないけど。

だってね、それまで厳重にカギがかかっていて、ここから外に出られないことに皆してイラ立ってたのに、この銃が登場したら、韮崎はドアに向かって発砲してぶっ壊し、アッサリドアの外に出て行っちゃうんだもん。だったら初めからそうしろよ……と思わずにはいられんじゃないの。
しかし何よりツッコミたくて仕方ないのが、血だらけになって苦しむ君嶋に、「すぐ助けを呼んでくるから!」と一緒に外に走り出た遥冬と亜美が、階段のところで呑気に立ち話していることなんである。
おいおいおいー、部屋ではシゲちゃんがのた打ち回って苦しんでんだろー。これも全部悪夢だから、オッケーってことなんだろうか……。

なんかね、亜美が疑われ始めていたんだよね。みんなの断片的な記憶の中で、徐々に思い出されていくその最初が、彼女だったように、皆が思い始めたのよね。
苦しむ彼女を助けた、その順番。「苦しむ人を助けようとする心で、感染するんだ」そんな超ネガティブで非科学的なことまで言い始める。遺体に現わる数字(だとようやく気づくわけ)は、彼女に触った順番なんじゃないかって。しかし1番がいない。
1番は、彼女だった。“彼”に触った順番だったのだ。テロを起こしたのは、“彼”。

車椅子、そう、一台の車椅子がこの病院(だったのよ)にワザとらしく放置されてて、「そうだ、彼女は車椅子に乗ってた……なのに彼女はなぜ歩けるんだ!」
まあ、これが夢の中だからなんだけど、彼らは、というか“彼”はそれが夢で、他の皆が夢の登場人物なんて思ってないから。
あー、めんどくさい。ここらへんでオチばらし。“彼”っていうのは、つまり遥冬なのよ。彼もまた記憶があいまいだから、自分自身がテロを起こしたなんてこと、記憶のかなたに飛んじゃってる。
一方、誰にも触っていないはずの韮崎までもが、苦しみ、あがき始める。そんなばかな、接触感染じゃなかったのか、そして彼は、遥冬と亜美の方を指差して、「そうか、やっぱりそうか……」そう言い残して、息絶えてしまうのだ。
思えば村田も遠山も、死ぬ直前、遥冬たちの、いや遥冬に向かって何かを言おうとしていた。死の直前、記憶がよみがえったのか。
でも、あとから全ての回想がつなぎ合わされても、彼らが、遥冬こそが最初だって認識していたとは思えないけどなあ。

「私が持ってきたのかもしれない……」と、自分こそが原因じゃないか、つまりは犯人じゃないかと思いつめる亜美に、「君じゃない。君は笑っていた。本当だ」と遥冬は言う。彼の記憶の中に残された彼女の記憶は、この時点で彼に笑いかける彼女の笑顔だったのだ。
しかしその笑顔は一体、どういう意味だったのか、この時の彼はまだ判っていない。

彼女が「持ってきた」というのは、白いハンカチである。濡れたハンカチ。それは冒頭でもう示されている。ビニール袋から落とされたびしょ濡れのハンカチ。それを落としたのが誰なのかは、最後にならないと明かされないけど、まあつまり、遥冬なんだよな。
亜美は、ひきこもりの生活から脱しようと、車椅子で恐る恐る街に出てきた(しかしそれが渋谷だってのもムチャだが)。そのハンカチを拾って、落とし主に届けようと必死で追いかけた。
そしてその先が、ここにいる6人がいた銀行のATM。「これ、落としませんでしたか」と彼女が差し出したのは……。
まだ、まだ思い出せない。しかし遥冬は、悩む彼女の手を握ろうとして、その手に一瞬、白いハンカチが見え、思わず手を引っ込める。彼女は哀しい顔で、「……ウソツキ」そう言って彼から走り去ってしまう。

事態は更に不条理を増し、死んだはずの村田や遠山が、トイレやエレベーターの中に現われる。しかし部屋に戻ってみると、彼らの遺体はやはりそこにあるんである。
もはや苦痛を通り越して疲れ切った様子の君嶋が、撃たれた足を引きずりながら笑っている。死にたくない。明日はドイツに行くはずだったんだ。抗がん剤の研究が、もう少しでモノになるんだ。なのに……狂ったように笑いながら。
遥冬の携帯電話に、挑発するような電話が何度もかかってくる。ざらざらとノイジーな声。ここからは決して出 られない。正義の味方のつもりか。あの女を信じるな。そんな言葉が遥冬を乱れさせる。

「お前は一体誰なんだ、どこにいるんだ!」そうイラだった遥冬の耳に聞こえてきた、信じ難い台詞。「お前だよ。野上遥冬だよ」
自分の声が自分の携帯電話から聞こえてくる恐怖。うーむ、これは味わいたくないな……。
亜美が、遥冬に思いつめた表情で、言った。私は遥冬にハンカチを届けた。あのハンカチは遥冬のもの……「あなたなんでしょ」そう、言った。そして、「あなたに言いたかったことがあるの」
遥冬を襲う凄まじい頭痛。螺旋階段に満ちてくる光、その遥か底に見えているのは……放射線状に並べられた6人のベッド?

再び、遥冬は目覚めた。
何か、違和感がある。こめかみに手をやり、引き抜いた。そこには小さなプラグのついたケーブルがつながっていた。
ガバリ、と起きる。放射線状のベッドに横たわった他の5人、それぞれのこめかみに同じようにつなげられたケーブル。そしてモニターに映し出される、「エンマ執行中」の文字。
被害者の記憶をコードを伝って、彼の頭に流していることが示される。ということは、彼以外は皆植物状態で、記憶だけが生きているということなんだろうか……。そして唯一生きている彼に、永遠に恐怖の復讐をしているということなんだろうか……。
いや、遥冬も植物状態なのかも。ちょっと判りづらい。

自分だ。ようやく気づく遥冬。屋上に駆け上がる。後ろから声をかけられる。亜美だ。「これを拾わなきゃ、私は変われない」そう思って、ハンカチを遥冬に届けた。記憶の全貌が見えてくる。
ハンカチを落とした遥冬を見ていた、車椅子の亜美、びしょ濡れのハンカチを握りしめて、遥冬を追いかける亜美。ATMの自動ドアが開く、「これ、落としませんでしたか」振り向く遥冬、そして……。
「お礼を言いたかったの。ありがとうって言ってもらえて、嬉しかった」
あの時、遥冬の記憶に焼きついていたのは、その時の彼女の笑顔だった。しかしそれは一瞬で、亜美はすぐに、そのハンカチに含まれていたと思しき薬物に苦しみ始めたのだ。そしてそこにいた、彼女を助けようとした他の4人も……。

「もっと早く、遥冬と出会いたかった。そうしたら友達になれたかもしれないのにね」そう、泣き顔で笑う亜美。
遥冬が亜美にシンパシイを感じたのは、自分がイヤで、消えたくて、世界を消したくて、怯えていた不安が、同じだったから。
だからこそ、彼だったのだ。遥冬は実際に世界を壊し、そしてその裁きを今、受けている。
永遠の裁きを。
でもそれを、執行しているのは誰なの?

一番怖い言葉は、携帯電話から聞こえてくる自分自身の名を名乗る声よりも、亜美の「あなたなんでしょ」という、哀しい、おずおずとした、しかし慈愛に満ちた問いかけの方だったかもしれないと思う。
こんなことをしでかさなければ、彼女との未来があったかもしれない。
いや、こんなことをしでかしたから、彼女と出会ったのだ。
なんと虚しい「たられば」だろう。

正直、あまり怖くはなかったけど、SFっぽい不条理な世界観と、舞台風の緊迫したやり取りはスリリング。★★★☆☆


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