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ノーカントリー/NO COUNTRY FOR OLD MEN
2007年 122分 アメリカ カラー
監督:ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン 脚本:ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン
撮影:ロジャー・ディーキンス 音楽:カーター・バーウェル
出演:トミー・リー・ジョーンズ/ハビエル・バルデム/ジョシュ・ブローリン/ウッディ・ハレルソン/ケリー・マクドナルド
だって、頭の中から何にも出てこなかった。困るくらいに。まるで頭の中が、真空管のようにがらんどうになって、シーンという音がしている気がした。
あのね……ホントに判らなかったのだ。なぜ、皆が一様に絶賛するのか。アカデミー賞で作品賞までをも取ってしまうのか。判らなくて、怖かった。
つまらないとか、駄作だとか、言うつもりはない。その異様なまでの緊張感、逃げ出したくなるほどの恐怖は、まるでヒッチコックの「サイコ」を観た時のことを思い出すぐらいだった。……それぐらい、昔まで遡らなきゃいけなかった。
だって結構、グロい映画や血みどろの映画も観ている、と思う。暴力的な映画に腰が引けるほどヤワじゃないつもりだったんだけど……でもそういう部分じゃなくて、いやそういう部分もあるんだけど、本当に、これが何を訴えかけて、作品賞を取るまでに至るのかが、本当に判らなかったのだ。
でもそもそも、私はコーエン作品に対しては、理解度が未熟すぎるのかもな、とは思う。そんなに作品数自体観ていない……これで3作ぐらいかなあ。でもその度に、こんな感覚に襲われていたように思う。
でもいつも、今回ほどには強くはなかった。それは恐らく、オフビートなユーモアに寄りかかってしまえば、何とかついていけたから。
本作は、……うーんでも、オフビートはあるとは思う。だってコインを投げ上げて決める運命に、やけに生真面目に従う殺人者だなんて。そしてその殺人者が、あんなおかっぱ頭をしているだなんて。そして銃創を自分で治療するために、薬局の奥に入るだけの理由で、店の前に止めている車を爆破させちゃうだなんて、そりゃ、オフビート以外の何ものでもないんだけど。
でもそれを、本人がそれが最良の選択だと思ってやっているのが、怖いのだ。いや本人だけじゃなく、演じている役者も、これを作り上げた脚本も、そして監督も。
ちょっとでも笑えたら助かったのに、そう思い続けながら、ずっとずっと身体をこわばらせていた。
この殺し屋は、彼の進路にいる人たちを容赦なく殺す。容赦なく、などという言葉がジャマになるぐらい、まるで小石をどけるようにして殺す。巨大なエアガンのような武器も異様だし、突然発せられる爆発音にいつもビクビクしながら、彼の凶行をつぶさに見せ付けられることになる。
でも、彼本人はまるで取り乱しもしないし、本当に、ルールに乗っ取って冷静に人を排除していくだけなのだ。
勿論、そこには理由がある。というか、彼が主人公という訳ではない。いや、この作品の主人公がこれから語る人物なのだとしたら、彼、ルウェリン(ジョシュ・ブローリン)は、このおかっぱ頭の殺人者によって後半、殺されてしまうのだ。
ルウェリンは本当に主人公だったのだろうか。でも、凄く凄く粘ってた。半ばなりゆきのようにこの殺人者に追われることになった彼だけれど、全力の智恵と体力で逃げ続けて、中盤味方らしき人物も現われたりして、このまま逃げおおせてハッピーエンド?になるんじゃないかとも思った。
でも、解せないといえば、ルウェリンの行動が一番、解せないのだ。
多分、いつものように狩りに出かけたのだろう。そこで彼は異変に気づいた。打ち捨てられているように見える数台の車、いや、そこにはもう干からびかけている数体の死体もあった。犬までもが腹を見せて転がっていた。
たった一人、虫の息で生き残っている男がいた。恐らくスペイン語で水、水……と彼に訴えかけていた。
トラックの荷台には大量のヘロイン。ルウェリンは、彼らを皆殺しにした誰かが近くにいると考えた。
遠くに見える木の下に、投げ出された足が見えた。ずっと監察しても動かない。慎重に近づいてみる。その男もまた心臓を撃ち抜かれていた。そしてそのそばにはギッシリと金の詰まったトランクがあった。
なぜそれを、ルウェリンは持ち去ってしまったのか。この惨状を届け出ることもせずに。
いや、届け出てしまったら、この金の存在も明らかになる。黙って自分のものにしてしまえばいい。まあ、判らなくもない……ちょっと、判らないけど。
でも、水を欲して息も絶え絶えだった最後の生き残りのことを、ルウェリンは思い出してしまう。自分でもバカだと思いながら、彼に水を運びに行った。一体なぜそんなことをしてしまったのか。
そこには、恐らく木の下の男を殺した一味が集まってきていた。まさに犯人は現場に現われる、だ。金がないことを知った彼らは、これまた現場に戻ってきてしまったルウェリンに容赦なく銃撃を加え始める。
しかし、不思議なことに、そんな彼らと味方の顔をして現場にやってきたおかっぱ頭の男が、彼らを撃ち殺したのだ。眉ひとつ動かさず。
そして、その男、アントン・シガーはルウェリンを執拗に追いかけ始める。
このシガー、見事オスカーを勝ち取ったハビエル・バルデム演じる妙に生真面目な、それだけに100%、いや、1000%残酷な殺人者が、もう気持ち悪くて。おかっぱ頭とぐりぐりとした瞳の上の、くっきりとしすぎている二重まぶたが、どーにもこーにも生理的にNOOOOO!で、彼の容赦ない殺戮よりも、そのどうしようもない生理的嫌悪感に、最後まで苦しめられた。
つまり私は、このキャラ造形が受け入れられなかったから、どうにもこうにもダメだったのかなあ。本当に、彼がスクリーンに出てくる度に、ぞわぞわと肌があわ立つ感覚を止められなかったもの。きっとそれは、製作者側からすればしてやったりなのだろうけれど。
でも彼のこと、他作品で何度か観ている筈だし、実際、素の彼も普通にダンディーな男優なんである。ううううう、つまり私、してやられたということなんだろう。なんか、悔しい。
シガーが殺した人間からは、弾丸が出てこない。大きな空気ボンベを持ち歩いて、爆発的な空気の力を使った特殊なエアガンを用いているからである。妙にエコ?な殺人者。
でも、カギのかかったドアも狂いなく吹っ飛ばすこの凶器があまりにも恐ろしくて、彼がドアの前に絶つ気配がするたびにビクビクとしてしまう。本当にこのあたりはホラーなのだ……。
それにしてもなぜ、ルウェリンは途中、この金をあきらめることがなかったのだろう。その先には破滅が待っていると判ってた。それはかなり早い段階で。
しかしそれは、どうしてもこの金が欲しいとか、男としての意地とかいうんではなく、本当に、ただこの流れに乗ってしまったがゆえの悲劇、もう突っ走るしかない、てなシンプルなものに見えるのが不思議だし、そしてどうにも歯がゆいのだ。
モーテルを転々とし、排気口に金を隠す。出来るだけポールのあるテントを買い求めて、そのポールをつなぎあわせて、隣の部屋の排気口から金を取り出したり、まあ、感心するぐらい、シガーの目を何とか欺こうとする。
その割には、仕掛けられた発信機に気づくのが遅すぎる気がするけど……。
愛する妻がいるのに。こんな金、投げ出してしまえばいいのに。
彼がベトナムからの帰還兵だという設定が、結構執拗に言われていたのも気になるけど。金という即物的なものにこそ執着する理由になっていたのかなあ……。
いや、彼は結果的にはこの金を投げ出した。アメリカとメキシコの国境で。でも、もう遅かった。
シガーに金を渡しても、シガーの道義としてルウェリンは殺される。それは判ってた。あまりに長く意地を張りすぎていた。
ルウェリンに唯一対抗できる殺し屋として、こちらは割と現実的な感じの男、カーソン・ウェルズ(ウディ・ハレルソン)がルウェリンに接触してくる。自分に任せてもらえれば解決すると。
しかしルウェリンが彼のホテルの部屋に電話をかけた時、出たのはシガーだった。もう彼の手によって、ウェルズは殺されていたのだ。
まあ……ここまでくれば、もうルウェリンもシガーによって殺されてしまうし(それはでも、ここまで引っ張ってきた割には本当に唐突って感じなんだけど)、メインに見えながら、実は彼らはちっともメインじゃないのかもしれない、と思う。
だって、省略された邦題じゃ判らないけど、ノーカントリー、フォー・オールドメン、なんだもの。
語り部は、この事件を解明することになる老保安官、エド・トム・ベル。
演じるのはトミー・リー・ジョーンズ。上映前に、オフビートどころかナンセンスに彼が宇宙人を演じてる、あの缶コーヒーのCMが流されていただけに、彼の諦めきった弱々しい老人の姿に、なんか戸惑っちゃう。
常にこの血なまぐさい事件をちょっと遠くから見つめてて、一応現場には行くけれども、それ以降はちょっとでも気分の悪そうな検証には立ち会おうとしない。
彼は「最近の犯罪は判らない」とごちる。昔は事件の動機は単純で判りやすかった、と。
言い忘れてたけど、舞台は1980年代、アメリカのテキサス。でもなんかもっと古い時代のようにも感じられるのはなぜだろう……保安官っていうのもちょっと時代っぽいし。でも彼の言っていることは、まさに現代の日本にもダイレクトに通じることなんだよね。
私の頭の中が、真空管のようにカラッポになってしまったのは、金を奪って逃げたルウェリンにも、彼を追うシガーにも、そうした、「最近の犯罪は判らない」というベル保安官の気持ちに通じるものがあったんだと思う。
彼の家系は代々保安官だった。そのことを誇りに思っていたし、跡をつぐように自分も保安官になったのは、自然な流れだった。でも今や、判らなくなってしまったのだ。なぜ自分はこんな仕事についてしまったのか。
今や小さなおじいちゃんといった風情で、面倒なことにはなるべく関わらないようにしている老保安官。でもルウェリンのことはよく知っているし、彼の妻が夫を心配しているのも見過ごせなくて、自らルウェリンが滞在しているモーテルに出かける。
恐らく彼が能動的に動いた最後。そこで彼は……こともあろうにルウェリンの死体の第一発見者になってしまうのだ。
ルウェリンを介して重要な位置関係にいるシガーはでも、ベル保安官と顔を合わせることはない。
保安官は、ドアノブが特殊エアガンで吹っ飛ばされているのを確認してるし、それはルウェリンの住んでいたトレーラーにも同じく使われていることも判ってた。でもその部屋に息を潜めていたシガーとは、結局は邂逅することはないのだ。
やはり保安官だった父親の最期を、彼は知らなかった。ラスト、ベル保安官はそれを父親と同僚だった、引退した保安官に聞きに行く。
ケチな強盗に殺された父。その父の遺体を手ずから埋葬した母。
残酷の先にある死は、なんとあっけないのだろう。
シガーは結局逃げおおせてしまう。
突然出てきた車に追突されて、骨が突き出るほどの大怪我をしたのに。通りがかった少年から上着を借りて、逃げおおせてしまうのだ。
ルウェリンの妻の母が、最もオフビートなユーモアをかもし出していたかもしれない。かなりガンコな母親。娘と共に避難するために移動させられるのに始終ブツクサ言い、荷物を持ってくれた男に「メキシコ人にも親切な男はいるのね」などと失礼極まりないことを言う。でもなんというか、彼女にだけは、そうした「最近の……云々」といった判らなさを感じない、単純だけど人間らしさを感じてホッとしてしまう。
それが、そういう差別的な部分だっていうのも、皮肉なんだけどさ。★★★☆☆