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「つ」


2012年鑑賞作品

終の信託
2012年 144分 日本 カラー
監督:周防正行 脚本:周防正行
撮影:寺田緑郎 音楽:周防義和
出演:草刈民代 役所広司 浅野忠信 大沢たかお 細田よしひこ 中村久美


2012/11/18/日 劇場 (TOHOシネマズ渋谷)
うっ、お、重い……後半、検事との一対一の場面になってからは特にキビしくて、かなり本気で劇場から逃げ出そうかと思ってしまった。
無論、このシーンはそれが最も計算されている場面だとは判ってても、検事が、つまりはこのシーンを書いた監督こそが、彼女を、そして観客を煽り、憤らせるためにそう言っているんだと判ってはいても、観てられなかった。
観客は、彼女と同じように、この場所から縛られて動けない。やはり、イチ観客として劇場に入り、シートに身を沈めたならば、その終幕まで席を立つことは出来ないんだもの。

このシーンに至るまで、つまり彼女と共に死の尊厳というものを考えさせられ続けてきて、超絶見下げた態度をとる検事に、ぶっ殺したくなるほどの嫌悪を覚えても、でもそれでも、彼女、告発された美人女医、折井綾乃のワキの甘さというか、隙を感じずにはいられない。
原作から“大胆に脚本化”したという記述が、そうなると気になった。原作は未読だからどこがどう“大胆”になったのかは判らない。私は勝手に、折井のそうした甘さの部分を意図的に示したんじゃないだろうか、なんて思った。

それを、本格的な女優になりたてホヤホヤの草刈民代氏が演じるというのも、ひょっとしてひょっとしたら計算上にあるのかもしれない、なんて。
そりゃまあ「Shall we ダンス?から16年経っての役所広司との再タッグ、勿論監督も、という魅力はあるにしても、この難しい役どころはそれこそ、幾多のベテラン女優さんが演じたがるとも思ったし……。

折井医師は長年の担当である患者、江木に懇願されて、意識がなくなった彼からチューブを抜く。家族たちにも説明し、相談するように促した故ではあったけれど、3年経って家族たちから告発される。脳死でもなかった、回復の見込みがないではなかった、積極的に殺したのだと。
近年取りざたされる尊厳死の問題、私らが単純に考えるところは、江木が折井医師に頼むのと似たり寄ったりのシンプルさ。意識がなくなって、ただ生かされている状態になったら、もう延命はしないでほしい、と。それで充分だと思ってた。これのどこがあいまいなのと思ってた。

でも検事は、判例となる基準の厳しさを説く。明らかに死期が迫っていること、本人の意思が確認できる文書があること、身近にいる家族に本人の意思が確認できること。それもまた単純なんだけど、突き詰めるとこれがバカみたいに(そう、ホント、バカみたいに)難しいことになってしまう。

ていう、クライマックスに至って、本当ならば、検事のふりかざす横暴ともいえる杓子定規にまっすぐに憤っていいハズなのであった。それであったら、スッキリした。
でも、そうはならない。そこまでに観客も何かモヤモヤとしたものを抱えてる。実はそれが、女医、しかも美人女医であるというところに引っかかるってあたりが、女としてはヤなことなんだけど、でも今の日本ならそれだけで、劇中にもあったように週刊誌やワイドショーでやいやい言われるところなんである。

んでもって、その相手となる患者に対して、単純に、あるいは純粋な使命を持った医者としての立ち位置じゃないんである。解説で“愛と医療”なんて書かれるぐらい、折井医師と江木の関係は危なっかしい。
いや別にナニがあったという訳じゃない。本当に何もない。ただ、数多くの患者を抱えて忙しい身であるはずの医者の身にしては不自然なぐらい、江木とはゆっくりと語らうシーンがある。
江木からぜひ聴いてほしいと手渡されたオペラのCDに、傷心の折井医師が泣き崩れるシーンなど、まさに二人の心の触れ合いを象徴しているんである。

そう、折井医師は傷心なのだ。失恋したばかり。こんなお年のキャリアウーマンに失恋なんて言葉を使うこと自体ハズかしいが、なんかそんなウブい危なっかしさが、彼女には最後までつきまとい、それこそが先述のように計算ずくのように思えるからさ……。
同僚の妻子ある医師、高井との不倫。なんとなんとそのお相手は浅野忠信。病院のがらんとした空き病室、ビニールの養生シートがかけられたベッドでのカラみ。おぉっと、監督の奥さん、ちゃんとおっぱい見せてますなあ。おぉ、さすがのお腹ぺったんこ、さすがさすがと、妙に感心して見てしまう。
こういうトコも奥さん起用の理由かもしれない。このテーマでこのシーンで、脱ぐことは必要か否かとか、フツーに女優さんなら抵抗しそうだもの。

でもここは、彼女の女としての弱さを示すのに必要なトコ。後に高井の浮気(ていうか、彼女自体、浮気相手なのだからそこんところは難しいが)が発覚し、「もう疲れた。いつまで待てばいいの」とこぼす彼女に、高井はきょとんとして言い放った。
「え?結婚したいの?俺、結婚するなんて言ったっけ」アゼンとした彼女は、傷心のフラフラした状態で、自身そんなつもりはなかったんだけど、他の同僚から寝酒を勧められて、眠れないから睡眠薬を足して、足して、足して……自殺未遂騒ぎを起こしてしまった。

まああのう、彼女のお年で、相手が妻子アリで、彼が愛人その2を作っていたのは(しかも若いコ)確かにムカつくけど、「いつまで待てばいいの」は、ウブ過ぎる台詞だよね。実際彼女は、ホントに彼がいつか奥さんと離婚して、自分と結婚してくれると考えていたんだろうか、ホントに?

そういうあたりが、ホント、危なっかしくて。そりゃこの場合、悪いのは男に決まってる。決まってるけど……同じ女として、彼女の立ち位置の弱さにハラハラするばかりなのだ。
高井は弱りきった彼女に、「あてつけのつもり?こんなみっともないことして、どうするつもりなの」と苦々しげに吐き捨てる。確かにコイツも男としてサイアクだけど、でもこんな男に「いつまで待てばいいの」と思っていた彼女のほうがサイアクなのだ……。

この、意図せず経験した自殺未遂で、彼女は、“客観的には意識がなくても、聞こえてるし、痛くて苦しい”ことが判ったと、それを最大の根拠というか、よりどころにして、検事に訴える。
そのために、あの愚かな不倫があったのだと、そういう展開設定だとも言えるのかもしれない。でもやっぱり、彼女の弱さ、ワキの甘さ、隙を作るためだったと思えてならない。

でもね、そう、また検事とのシーンの話に戻るけど、こんなにワキが甘くて弱くて隙だらけの彼女なんだけど、検事からどんなに恫喝されても、へこたれないんだよなあ。必ず言い返す。毅然と、というにはなかなか難しいけど、泣きそうになっても、実際泣いても、言い返す。
凡人なら、あんな超上から目線で、時に慇懃無礼で、蛇のように狡猾なやりかたで恫喝されたら、萎縮しちゃって、何も言えなくなって、やってもいないことも言っちゃいそうだよ。いや、きっと、言っちゃうよ。

日本の有罪率の異常な高さは、検事、あるいは刑事の、決め付けありきの取り調べのやり方にあるという。特に検事の悪名高きは最近、ホントあるよね。何か、監督がいわば悪意を持って(爆。そんな言い方しちゃ良くないか。正義感を持って、か。)検事のイヤらしさを描写しつくしているように思えてさあ。
それでも言い返す、最後まで言い返す。「あんたの講義を聴きたいんじゃないんだよ」とか「だから、聞かれたことだけを答えろ」とか、めちゃくちゃイヤミったらしく言われても、メゲない。まあ実際、それだけのディベート能力がある才女だってことなんだけど。ソレこそ凡人なら、出来ないよなあ、あんな風には……。

でまあ、そう。脱線したけど、折井医師は、自分の体験と、江木さんに対する思いがあって、彼の申し出を心にとめ、救急搬送されてきた時から、もう意識がなかったから、ずっとずっと、その時をどうするかと、思い悩んでいた。
江木さんと最後に会ったのは彼が退院して、しばらくして、折井医師が彼の家の近くに往診に出かけて、偶然出会った。偶然、とは言い切れない。江木さんが、海岸沿いを散歩するのを日課にしていると聞いていたから。
そこで江木さんは、この出会いこそが運命だと思い定めたかのように、思いつめた様子で、先述の、延命治療を望まないことを口にした。
それは、彼の奥さんが長いこと看病をしてきて、治療費入院費がかかるばかりで、もうこれ以上迷惑をかけたくない。アレ(奥さんのことね)は、強くないから、延命を打ち切るとか、そんな決断は出来ない。そんな思いはさせたくない。全て先生にお任せしたい、と。

奥さんのことを“強くないから”とか“そんな決断出来ないから”と決め付けたりするのも、計算だったんだろうか。この場面、一見すると患者と医師との信頼しあう様に見えなくもないけど、この時点でもうヒヤリとしていた。
奥さんは本当にそんなに弱い人だったのだろうかと。いや、劇中では最後まで、そんな印象のまま終わらせてしまったけれど、それもまたヒヤリとしたけど、判らないじゃない、そんなの。

その江木さんの言葉を受けて、彼の意思を私こそが尊重するんだとチューブを抜いてしまった折井医師を、その時は流されてしまったけれど後から考えて告発した奥さんの気持ち、……判る気がするんだもの。
折井医師はあくまで医師としての立場で、なぜ意味もない苦しみを彼に与え続けなくてはならないのかと、涙ながらに訴える。それは正論、自分が死する立場なら、間違いなく彼女に旗を揚げるだろう。

でも……日本ってさ、死んだ人、あるいはそれこそ死にかけている人になると、重きをおくのは、尊重するのは、同情するのは、その当人じゃなくて、家族や周囲の人間、なんだよね。そういう文化がもう、出来上がっちゃってる。葬式は当人を悼む場というよりは、身内の気持を静める場。そういう文化が出来上がっちゃってる。
チューブにつながれまくってギリギリまで生きさせるのも、客観的にでもなんでも意識がなくなってからは、あるいは言っちゃえばそのゴールが見えた入院の時点から、死は当人のものではなく、身内を始めとした周囲のもの、という文化が、日本では出来上がっちゃってて、根強くて、それをそうそう簡単にはくつがえせないのだ。

折井医師が江木さんの気持を汲んで、奥さんに話をして、子供たちを呼び寄せて、チューブを抜く決断をさせる。彼女なりに充分に家族の了解をとったつもりであり、見た目にもそうは見えるけど、江木さんに最後に会った時に持ちかけられた場面で、ぼんやりと不安に思っていたことが、ここで大きく明瞭にせりあがる。
江木さんに文書なりで承諾もらってないよね、と。彼女は医師で、カルテにしても、処方にしても、手術にしても何にしても、とにかく書類の大事さは判っていた筈なのに、どうしてここでとりこぼしたのか。検事に言われなくったって、それこそ素人だって判ることなのに、って。

ヤハリ、江木さんに対して、失恋の後で、どこか恋のような思いがあったのか、って。そんな相手に文書を作ることは確かに女としては……。
江木さんからその話をもたらされた時、彼女は了承したけれど「江木さんがいなくなったら私、どうしたらいいんですか……」と泣き咽んだ。それはとても、医師が患者に対する言葉では、なかった。
そしていよいよ江木さんのチューブを抜く時、想定外に江木さんは苦しんで暴れ、彼を押さえつけ、そのために薬を次々に投与し、それが告発の要因のひとつになった訳なんだけど、それは後の話として、江木さんがついに息を引き取った時、折井医師は、彼のなきがらにすがって泣いたのだ。おんおんと、苦しめてしまってごめんなさいと言って。

えーっ、と思った。奥さんと子供が、家族がいるのに。衝撃的な夫の、父親の死を目の前にした家族がいるのに、折井医師は、彼にすがって、おんおん泣きながら、ごめんなさい、苦しめてしまって、もっと早くこうすべきだった、ごめんなさいと……。
おいおいおいおいー、と思った。いくらなんでも不用意だろ、と。彼らの間にどんなタイプの愛があったのか、あるいはなかったのか、でもこれは誤解させるにあまりにも充分すぎる。

そりゃ奥さんだって、弱い人間だと断じられるままだった奥さんだって、イラッときて、告発ぐらいしたくなるわさ。だって子供たちのことに関してだってさ、折井医師の目線からだけで、仕事が忙しくて見舞いには殆ど来てないとか、遠隔地に住んでるから孫も会わせてないとか、やけに単純に子供の冷たさを断罪してるんだよね。
医師として空気のいい場所への転地療養を勧めるものの、長男があっさりと却下前提で、それも母親が慣れない土地で苦労するというのを言い訳にして父親に告げるとかさ、見た目的には冷たいだけの子供に見えるけど、見えるようにしてるけど、そんな単純なことじゃないじゃん。メロドラマみたいにベタだなと思いながら、冷や汗を感じた。

だから正直、クライマックスとなる検事とのいわばバトルでも、折井医師にストレートには共感出来ないんだよね……。それはでも、お医者さんは完璧に強いんだと、申し分なくスキがないんだと、思い込んでいるからなのかもしれない。
彼女は、医者というより人間で、人間というより女の弱さで、なんか、だからこそ見ていられなかった。

草刈さん、やっぱり歩き方はガニなんだね。なんとなくそれが気になっちゃったりして。それは監督、指摘したりしないのかなあ? ★★★☆☆


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