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「ゆ」


2012年鑑賞作品

夢売るふたり
2012年 137分 日本 カラー
監督:西川美和 脚本:西川美和
撮影:柳島克己 音楽:モアリズム
出演:松たか子 阿部サダヲ 田中麗奈 鈴木砂羽 安藤玉恵 江原由夏 木村多江 やべきょうすけ 大堀こういち 倉科カナ 伊勢谷友介 古舘寛治 小林勝也 香川照之 笑福亭鶴瓶


2012/9/19/水 劇場(楽天地シネマズ錦糸町)
たった四作目で多くの人に新作を待たれるようになった西川監督の最新作に、私も心躍らせて足を運ぶ。
冒頭いきなり朝まだあけきらぬ河岸の岸壁の引きショットにテンション上がる。大きな白菜を愛でるように抱え、仲卸の人間と人良さげに話す阿部サダヲ。自転車に乗せてゆっくりと走り去る。
まるで、穏やかな人情物語が始まるかのような錯覚を覚える。

そんな筈ないのに。

まさに、そんな筈ない。しかもいきなり主人公からも切り離されて、いかにもな不倫カップルの朝の別れ。恋人にチューした男は画面から見切れて道路を横断したとおぼしきあたりの間で、キキキキ、ドカン!
……てな具合に、のちのち阿部サダヲ=貫也とその妻、松たか子=里子夫婦の結婚詐欺に巻き込まれていく男や女がそんな風に、切り離されたエピソードのように唐突に差し挟まれ、そして夫婦と出会ってしまい、堕ちていく。
それは、夫婦が主人公であるのはもちろんだけど、彼らに騙されるそれぞれにも、確かに愛しい人生があるのだと、言っているかのよう。

特に、本作を観る前に監督が出ているスタジオパークなぞを見てしまったせいもあってか、ウェイトリフティング選手のひとみには大きな思い入れが傾けられているように感じてしまった。
NHKのドキュメンタリー番組で彼女たちを取材した監督は、魂の清潔さという言葉で彼女たちの美しさに魅せられたことを語っていた。
夫婦の詐欺の手にかかる女性たちの中でただ一人、大きなお金を出さずに、里子の仮病を心配して見舞金という形のささやかな額を差し出した女性。それを里子はクサし、貫也はそんな妻を罵倒する。

それまで騙されてきた女たちは、特に一人目の、麗奈ちゃん演じる咲月とその一連の女たちが、貫也の勤めていた料亭のカウンターにズラリ並んで同じように騙されたことをそれと知らずに告白するシーンで顕著だけど、愛情をお金であがなおうとしているのよね。
でもそのことこそが純粋な愛情だと、彼女たちは思ってる。信じて疑ってない。
いや、咲月はそれがゆがんだ愛情だと気づきかけたから、里子が貫也をあおって芝居をさせて、結局大金を引き出させたのだけれど。

……などと思いついたことばかり言っていると収集がつかなくなるから最初から行く。こういう、つぎつぎとエピソードが連なってく映画は面白いけど書くのはタイヘンだな、と勝手なことを言ったり(爆)。
とにかく阿部サダヲと松たか子である。絶妙な取り合わせである。初共演というけれど、確かにそうであろう、なかなかこの取り合わせは思いつかないもの。
なんかここでは何度も言った記憶があるけど、私、阿部サダヲはファーストインプレッションが、彼のある種の異様さというか、独特さに、その目を赤く塗りたくなるんである(爆)。なんか、そういうイメージなんである。

この物語の基点となる、彼らが営んでいたいかにも居心地のいい小料理屋を突然の火事で失ってしまった時、それを寄り添って呆然と見つめる二人の姿が、まさにこの作品のイメージショット、ポスターともなる宣材写真のメインに据えられているのだが、その阿部氏の目が、炎を映したように赤いんだよね。
そこで私、なんかわーっとそんな記憶を思い出したのだ。彼の赤い(イメージの)瞳は、なんか魔力があるというか。決してイケメンとかじゃないのに、ひきつけられるのは、まあ確かに人懐こい印象もあるけれど、それと裏腹の、何か魔力のあるあの目、なんだと思う。
妻の里子が彼に結婚詐欺をそそのかしたのは嫉妬が起爆剤だったけれど、思いがけずそれが成功してしまったのは、そんな魔力があったからのような、気がする。

劇中、貫也は妻の里子のことを、別に美人でもないけど、今からなら人生やり直せると思うから、と、まあ思いやる発言として言う。
松たか子みたいに美しい人に向かって美人でもないけどって!とも思うが、確かに彼女、凡百の美人女優とは違う独特のファニーフェイスこそが素敵なのかもしれないなあ、と思う。
判で押したようにどんな女優もキレイキレイともてはやすテレビが、だから好きじゃないなあ(爆)。

まあ、そんなことはどうでもいいんだが。でね、火事のショックで貫也はまあわっかりやすく、落ち込んじゃう訳。また10年前と同じ、一からスタートするだけじゃない!10年なんてあっという間だよ!と里子がいくら励ましても、じくじく嘆くばかり。
新しい店をやるにしても稼がなくてはと紹介された割烹店で働き始めても、腕に覚えのある板前である貫也は、材料を粗末にする現場がガマンならずあっという間にケンカして飛び出してしまう。
一方、里子は大衆的なラーメン屋でチャキチャキと働く。こんなレベルの低いラーメン屋、と口をゆがめる貫也は、妻と主人との仲さえ疑う。もう、ヤメてよ、と困惑する里子。

この時点から、いやもう、最初、火事が起こる前の二人の様子から、二人で結婚詐欺をやりはじめて、ケンアクな状態にもなって、貫也が本気になりかけた女性も出てきたりしても、それでも、二人はずっと、お互いに惚れきっていたんだと思う。
夫婦というより、まるで恋人同士のように。そう考えると、全てがぱあっと見えてくるんだもの。

貫也が里子のように前向きになれなくて、クサってクサって、火事で黒焦げになった店の前で毎晩のように缶ビールを開けて、そんな中、店の常連だった玲子(砂羽さん)に飲んだくれ同士で出会った。
玲子は不倫相手が生死の境をさまよっていて、不倫だから面会も出来ず、そのカレシさんとやたらソックリな弟(香川照之の二役が、このシリアスをやわらげてくれる面白さ(笑))から、兄からだと手切れ金を渡される。
お互いヤケになっていた二人は流れで玲子のマンションでセックスし、彼女はこんな手切れ金見たくもないから、貫也の事情を聞いてそれを差し出した。これでまた店を始めてよ、って。

それがそのまま通っていたら、単純な美談になっていたのに。いや、貫也のヘタなウソが奥さんにバレるのは仕方ないにしても(こういう事情の金の中に、手紙のひとつも入っていると推測せずに、舞い上がっちゃうあたりがねえ)玲子の言うように、これを頭金にして慎ましく始めたら良かったのに。
事情を知った里子が結婚詐欺を思いつき、次々と孤独な女たちを食い物にしていく。もっともっとお金が必要だとハイエナのように生き生きしてくる里子に、貫也がうんざりするまでになる。

貫也が、もう後戻りは出来ない、妥協するなら意味がない、スカイツリーがビヤッ!と見える場所で、白木の一枚板のカウンターをシャキーン!と張って、と、居抜きを嫌がったのは確かにあったけど、でもそれは、この詐欺商売で金がたまって、つまり、感覚がマヒしてかなり経ってからの話だった。
玲子から金を受け取った時点ならば、これを頭金に慎ましい店を探して、っていうのでも彼は充分乗り気だった筈なのだ。なのに。

ウソがあっという間にバレた夫を煮えたぎる小さな浴槽に突っ込んだまま、「相手の弱音に同調して、どうせ私と別れた方がいいとか、言ったんでしょ」ともうそのまんまズバリの図星。
この場面は、煮えたぎる風呂に恐れをなしてこっそり水で埋めようとする貫也に、据わった目のまま足でそれをよける里子=松たか子の恐ろしさが、コミカルそうになりそうでならない恐ろしさっ。
いや、その前に、玲子から受け取った札束を据わった目のままガスコンロにかざし、据わった目のまま火のついた札束を風呂入ってるダンナに投げつける恐ろしさ!
松たか子が上手いのは知ってたけど、なんかこの彼女の怖さはなんか、違うぞ!

弱ってる相手に、こっちも弱ってる様を見せつける、決してイケメンなんぞではない男でも、女はクラリとくる。いやそもそも、女がホントにクラリとくる男は、顔かたちじゃなくって、自分に弱みを見せてくれる男であり、実はもっと真実は、自分の弱みを判ってくれる男である。
……そう考えると、お互い弱みを見せ合って、タイヘンだよね、判る判る、可哀想だね、と傷をなめあっている訳で、こんな不毛なことはない。
でもそれを、人間は、弱ってる人間は(ていうか、人間は弱いから、いつでも大なり小なり弱ってるんだもん)求めていて、あっという間に堕落してしまう訳。

里子は貫也に、ウソを言う必要などないと言った。今の事態に落ち込んでいる貫也に、その通りのことを言えばいいのだと、相手に弱さをさらけだせばいいのだと。
案の定、弱っている女たちは、一緒に落ちてくれる貫也にあっさり引っかかった。
麗奈ちゃん扮する、アラサーシングル、キャリアウーマンと言うには能力的にも年齢的にも微妙な感じ、両親と同居中というわっかりやすい女性がまず引っかかる。里子の思惑どおり、貫也の“本当の話”に自分の弱さを重ね合わせてクラリと同情し、恋愛感情と混同する。

先述したように彼女は、彼の気持ちをつなぎとめるためにカネを使うことに躊躇する。彼女と同時進行にカネを巻き上げられたマダムたちは、恐らくその躊躇がなく、貫也はウソを言わずに、正直なままでいられた。
だから疑われなかったんだよね。あの人はウソをつけない人。確かにそうだった。
カネを出すことに躊躇した咲月に出させるために、里子が本格的にシナリオを書いてしまったことが、今思えば発端だったんだよなあ。貫也がウソを突き始めるキッカケのさ。

それ以降はコンカツパーティーで里子が出会った(というか引っ掛けた)ウェイトリフティング選手のひとみも、すぐに金を貢いでしまうという点では騙す必要さえなかったかもしれない、過去の暴力男に怯えている風俗嬢の紀代も、「奥さんの里子がガンである」というウソによってカネを引き出させようとしてる訳で。
里子が乳がんだの子宮がんだのという専門書を読んでいる場面は、えっ、まさかと思ったけど、まあ仮病のために勉強してたって訳で。

ただ……気になるんだよね。この夫婦に子供がいないこと、まあ夫婦だから子供がいるとか、いないのはなぜかとか、そういうことを言うこと自体、今の世ではヤボ極まりないことぐらいは判ってる。
たださ……やっぱりこれを女性監督が作っていること(そんなことを理由に考えてしまうことこそがヤボなんだけど(爆))、今までの10年、と彼女が口にするぐらいの年数が経った夫婦であること。やっぱりそれは、考えちゃうよ。

何より……これは観ている時ちょっと不思議で、どういう意味なのかなと思ってたんだけど、里子が生理になる描写があってさ、トイレでうーんとうつむいて出た後に、ナプキンをショーツに装着して下着を替える、女性ならではの手慣れた手つきのシーン。
あれ、ちょっとアンダーヘア映ってないか、松タカいいのかなどと、つまんないことが気になる(爆)、まあつまり、それぐらい、リアリティに赤裸々なシーン。
しかもその後、量の多い日に立ち働いて油断したのか、ショーツにもれたのを気にしてジーパンを下げるなんていうシーンまで用意されてて、そこに訪ねてくるラーメン屋の店主、なんてとこまで!
なんでここまで女性の生理押しにするのかなあ、と思ってたの。いや、明確な答えがなんなのかは、正直やっぱり判らないけど……子供がらみのことなのかな、と思った。

生理シーンよりもセンセーショナルなのは、松タカ嬢の自慰シーンであるかもしれない。別にガッツリ見せる訳じゃないけど、むしろその表情だけとらえるこの描写の方がリアリティという点では実に生々しく、ちょっと、かなり、ビックリする。
別にエッチな何かを見てそそられたとか、そんなこともなく(まあ、そういうのって、男子はそうなのかもしれんが、女は脳内妄想の方が多いと思うし……(爆))、なんか突然、淡々と行う。
でもその表情がね、恍惚というよりも空しさ、空虚さの哀しさの方が浮かんでて、胸がしめつけられるのよ。

ダンナは、まあ自分がたきつけた訳だけれど、毎夜(夜とは限らないかも)セックスしている。良かれと思ってやったことなのに。
お金を出してくれた女性たちには、店が成功したら倍にして返そうね、と二人で手を合わせたのに、もう無邪気にそんな風に思えない。
いやいやいや、無邪気になんて、最初から思ってなかった、よね?ダンナを煮えたぎる風呂から出さずに、据わった目で結婚詐欺を思いついた場面を繰り返し思い出す。

カンタンにくじけて、女房が可哀想だから別れてあげようと思う、などとあっさり弱っちゃうダンナより、里子の方が、実はダンナにベタぼれだったんじゃないのと思う。
いや、貫也だって里子にベタぼれだったからこそ、彼女にやらされた詐欺に苦しみ、どんどんさもしくなっていく妻を哀しんだ訳だけど……でも彼は、だからこそか、本気の恋を見つけかけちゃうんだもん。

新しい店を始める前に、とりあえず当座の賃貸の店をと、ハローワークで求めた、その女性職員=滝子と貫也は後に偶然出会う。シングルマザーで、可愛い盛りの男の子がいるなんてあたりが、実に皮肉である。
彼女の老いた父親が倒れて入院した先で、この幼い男の子をあやしていた貫也と滝子は出会う。
貫也は里子に「公務員で、ダンナの生命保険も入って貯蓄はしっかりある。折を見てお前の病気のこと話すよ」と、嬉々としている。彼の方から計画を話すなんてこと、初めてである。
ああいう人は一度他人に頼るとそのまま頼っちゃうから、とお惣菜をタッパにつめて、マイ包丁まで持参して嬉しそうに出かける。頑張ってね、と見送る里子。

案の定というかなんというか、貫也はそこに入り浸って、帰ってこない。店さえほったらかして。
里子は一人きりきりまいして、今日はてんぷらは出来ないんです、ごめんなさいと謝って、実家からかかってきた電話に、地道に頑張ってるよと、うん、お正月には行けるといいななんて、必死に、必死に涙をこらえて、涙声を悟られないようにこらえて、明るく、言うのだ……。

携帯にかかってきたこの電話の、その直前、漬物のたるを流しの下から取り出して、そこで大きなねずみと目があって、そして携帯がかかって……という、流れが、なんか、たまらなかった。
夫は帰ってこない。口では、上手く騙すよ、みたいなこと言ってるけど、観客に判るぐらいだもの、彼が今までとは違う、本気の恋に落ちかかっていることぐらい、判る。

いや、その前の時点、ウェイトリフティング選手のひとみに、その“清潔な魂”に、夫が夢中になりかけたことをけん制して「そりゃいい子よ。でも、あの子を相手にするのはちょっとキツくない?」と、言うにこと欠いてとはこのことだよなと思うヒドいことを里子が言ってさ。
でもそれは、そんな“キツい子”だからこそ、その子の真の魅力に夫が気づいてしまって、つまり本気になってしまったら、もう自分なんて太刀打ち出来ないってこと、判ってるから、なんだもの。
ひとみちゃんに関しては、彼女がまだ若くて、そして慎ましいお見舞金どころかなけなしの大金を出そうとしたから、貫也がそれを泣いて止めて恐らくそれで……オワリになった。
ケガで選手生命を断たれた彼女が、子供たちを指導している場面がラスト示されたから、心底ホッとする。

貫也は、最初に騙した咲月が探偵に相談したことで御用となる。
探偵は鶴瓶師匠で、冒頭シークエンスの香川照之共々、戦友たちの友情出演という趣。クライマックスではあるんだけど、鶴瓶師匠の背中にハデなイレズミが彫られていて、駆けつけた刑事はヤクザあがりなのか「情けないですよ」と嘆息するしさ。
いや、包丁で彼を背中からドスッとやったのは貫也ではなく、滝子の幼い息子であった。しかしその凶器、路上に捨て置かれていた包丁は、嫉妬に狂った里子が貫也を刺そうと持ち出したものでね。
でもその、“浮気相手”の幼い息子にはばまれて、路上に投げ出したまま、その場を去っていたのだ……。

里子が嫉妬に狂ったのは、別に滝子とのイチャイチャを見た訳じゃなく、滝子の老父の会社を手伝っていた場面を見てしまったことであった。
まるっきり信頼されまくって、いや重要なのはそっちじゃない、貫也自身がまるっきり彼らを信頼して、ここで生きたいというオーラを出しまくって。
だからね、あんな惨事がなければ、それこそ世の中に凡百ある浮気からの別れ話で、彼らもまた、まあそれまで色々色々あったにしても、別れてしまってもしょうがないのかな、と思った。

でも、そんなトンでもない事件に発展しちゃって、幼い子供をかばって罪をかぶった貫也は実刑をくらい、刑務所の中では腕を生かして調理係。
里子は河岸でフォークリフトを操っている。彼女が上に向ける視線、そして彼が窓に向ける視線はまるで、お互いが見える場所で、目線を合わせているようだけれど、違うよね。全然違う場所の筈。でも合わせてるんだよね……。

ラスト、何かに、誰かに気づいたような表情をハッとした里子でカットアウトは、普通にヤボに考えれば、出所した貫也が彼女に会いに来たのに気づいたと、思っていいのだろうか?

考えるにつけ、不思議なこのタイトルの意味。夢売るふたり。詐欺をしていたのに、夢売る、って。
とまあ、思ってたけど。でも……女はこんな風に、騙されたいかもしれないとは、ちょっと思ったりする。
騙されていたことを、知らないまま、そのまま、夢のままならば(恐らく、咲月と共にカウンターにずらりと並んだおば様たちはそうだろうと思う)、騙されてみたいと思うほどに、貫也は、阿部サダヲは、これぞ女が求める理想像なんだよね。
女はイケメンだのを求めてるんじゃないのっ!清潔なハンカチ差し出され、涙を指でそっとぬぐわれ、残ったまつげも丁寧にとってくれたあのシーンは、女の心理を判ってなきゃ、出来ないっ。
こんな夢なら買いたい……いや、私あんまり貯金ないから、この、頬についたまつげを拭い取ってくれるだけでいいっ。 ★★★★☆


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