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憂愁平野
1963年 113分 日本 カラー
監督:豊田四郎 脚本:八住利雄
撮影:岡崎宏三 音楽:団伊玖磨
出演:森繁久彌 山本富士子 新珠三千代 浪花千栄子 仲代達矢 長門裕之 大空真弓 乙羽信子 久里千春 若宮大祐 桜井浩子 中谷一郎
それでもここまで観てきた何本かは、モリシゲがモリシゲらしい喜劇タッチであったので、本作に接して、ああこれぞ文芸映画!と思う。
てか、モリシゲは主役ではない。いや、主役だけど、言ってしまえば狂言回しのような趣もある。完全に、主役はこの女二人なのだ。女の恐ろしさ、いや切なさ、いやいややはり……怖さのように思う。
モリシゲ扮する納所賢行はちょっとした会社の重役ということ以外に、それほど魅力のある男のようには思われないのに、美しき妻と、若くこれまた美しい女とで取り合いとなるんである。
いやいや、モリシゲは大好きだが、ほとんど彼の何たるかは重きが置かれていないように思う。
妻と愛人……ですらないな、コトに及んだのは最後の最後だろうから、とにかくその二人の火花の散り合いの恐ろしさこそが、本作の魅力なのだ。あんな狐とタヌキのばかしあいみたいな会話を、ホントにするのか、女は、コワい!!
まあ、アウトラインを言ってみる。冒頭が何とも不穏な予感を漂わせていてワクワク、というか、ゾクゾクする。
美しき妻、亜紀。そう……山本富士子は本当に美しくてただただ見とれるばかりなのだが、次第にその美しい顔がどアップになって愛人を追い詰めるごとに、恐ろしくなるんである……というのはまぁ、後の展開なので。
亜紀が急に不安に襲われて、夫がゴルフに行っている軽井沢に車を飛ばすんである。急に、女と会ってるんじゃないか、と。何の根拠もないのだが、それがなんたってモリシゲだから、そりゃまあそう思うよなあ、などと、この時点ではこちら側も軽く受け止めてる。
実際、この冒頭、プロローグとも言うべき場面は、タバコに火をつけてよこせとか、下着を用意しろとか、ささやかな亭主関白を見せるモリシゲと、それにむくれる富士子さんのやり取りが可愛らしくて、あら、いい夫婦じゃないの、と思ったりする。
この時点ではモリシゲの喜劇タッチもほんのりと漂っていて、モリシゲだわー、とウキウキするも、この後はどんよりシリアスになるばかりなのであった。
実際、こんな追い詰められるモリシゲは初めて見るような気がするのである。
そらー、若い恋人に会おうとするたびに妻にジャマされてしらじらしくとりつくろう様はコミカルといえばそうなんだけど、女二人がどシリアスだから、モリシゲの軽みが負けちゃうのだ。それは悪い意味ではなくて、それだけ女のドラマだということなんだけど……。
そう、でね、この不穏なプロローグが可愛らしく収束するかと思いきや、いろんな種をまき散らすのだ。
まあ大丈夫でしょ、と夫を残して帰途につく奥さんは、衝突事故を起こして往生している若いカップルに遭遇し、助けてやる。夫の方は、これが重要な出会い、というか再会……亡き親友の妹、美沙子に会うんである。
これがね、まるで夢のような場面で……。霧の中なのだ。ゴルフ場のキャディーさんから、名古屋の女の人たちが来るそうですよ、と聞かされて、胸ときめかせていた時点で、この二人の再会には充分な意味があることは判っていたが、あまりにも運命的をほっぺたが赤くなるぐらい演出してくるのだ。
あのモリシゲが、マジ顔をし、彼女の方は可憐な風情で、そそと走り去ったりするんである。うわうわ、何この、純情系の運命の出会い的な!後の修羅場を考えると、この場面はなんか、逆に悪意を感じるなあ(爆)。
美沙子はなぜ、そんなにも賢行に執着したのかなあ。いやモリシゲは素敵だけれども(爆)、何か、美沙子にはウブが故に思い詰めたような切迫感を感じるんである。
そうか、彼女が新珠三千代なのかあ。これまた伝説の女優の一人。山本富士子が古風な妻(充分華やかな美人だけど!)に対して、洋装が似合う現代の女の子。
なのだが、途中、その生い立ちが明らかになるところによると、没落豪族のお嬢様で、家は確かに立派だが、もう見るからに土壁とかぼろぼろで、お母さんは野良着スタイルで、結婚なんてしちまえば収まるもんだと、娘が条件のいい結婚をして楽になることだけを考えている、みたいな。
なんかいろいろ複雑なバックグラウンドなんである。見合いを何回も繰り返しつつも、理想は聖母マリアの受胎告知であり、望む子供を穢れないまま産みたいという……。
こういう女が一番ヤバいと思う。お育ちが良くて、でも今苦しんでて、愛こそすべてと思ってる。「奥さんが怖いの」とか真顔で言っちゃう。
そりゃま、所有先があるから愛の権利も失われているとまでは言わない、いろいろな事情があるから、世間には(爆)。
でも、自分が愛しているから、他に愛している人がいるとは思ってない、奥さんは単に奥さん、とさらりと思っているらしいこの若い女の子に、ゾワリとするんである。彼女は最後まで被害者ヅラをしているから……。
かといって、この奥さんの方に肩入れしているという訳でもない。彼女は夫とは見合い結婚。しかも彼女こそが創業者の娘、なのだから夫は頭が上がらない筈、なんである。
その図式を、彼女はそれなりにかざしているようにも見えるのだけれど、夫はそんなへりくだった態度はとらないんだよね。親友の妹さんを悪く言うなんて不愉快だ!と、ヤキモチ焼いてる奥さんの気持ちを逆なでするような態度を取り、ほほえましい夫婦喧嘩はしかしかなりエスカレートし、この家をぶっ壊してやる!!と柱をノコギリでギコギコやりだすという(笑)。
お手伝いさんがおろおろしつつも、こんなことは以前もありましたから、としれっと言い放つ当たり、ケンカするほどなんとやら、などと言いたくなるんである。
実際、そうなんだよね。彼は確かに若い美沙子に肩入れしたけれど、奥さんのこともはっきりと愛しているんだもの。愛している、とそう言った。それはラストもラストのシークエンス、この要素は重要な部分なんで、後にとっておくけれども……。
わき役たちがかなり楽しい。てか、偶然に過ぎる脇役たち(爆)。奥さんが帰途に乗せたカップルは長門裕之と大空真弓。騒がしすぎる(笑)。傍若無人な彼女に振り回されている長門裕之が可愛すぎる。
乙枝(長門氏)が信子(大空氏)との仲を相談しているという友人が仲代達矢。ああ、この喋り方、今も変わってなーい!その仲代氏扮する巽という彫刻家が美沙子のいとこ、だなんて、い、いくらなんでも偶然に過ぎるだろ!!
信子は無邪気に納所夫婦の家に遊びにやってきて、賢行とも仲良くなっちゃう。そしてのちには、だんなさん、ゴルフに連れてってくれるって言ってたのに、若い女の子と出かけちゃったのよ!なんて、無邪気すぎる爆弾を妻の亜紀に落とすというサイコーの役どころをまかされちゃうんである。
そうそう、このね、乙枝と信子のくだりで、振り回された亜紀がダンナにやつあたりするシーン、これまた軽い、いやちょこっと重い夫婦ゲンカになるんだけれど、ぱちりと明かりを消すと、“それでも夫の腕に抱かれてしまう”的な彼女自身のナレーションが入って、なんか、そんな、雰囲気でカットアウトする訳よ。
いやー(照)。照れてる場合か(爆)。そう、照れてる場合ではない。このワザをコイツはクライマックスで使っちゃうのだから。本当に子供が出来たのかもしれないのだから……。
そう思うと、それなりに結婚から年数が経っている夫婦で、子供がいない、という設定がかなり重く思われてくるんである。
で、まあそれはちょっとワキに置いとくのだが、その問題の、子供が欲しい、受胎告知が理想、とかほざいているあの若い女である。彼女のいとこの仲代達矢、巽は美沙子のことを愛している。なんでそれに彼女が気づかねーんだよ、と周りが思うぐらいバレバレな感じである。だって、彫刻家である彼が念入りに作っている作品は、彼女の顔なんだもの!
実際、美沙子自身も弱い部分は彼にしか見せられないのだ。あんなオジサンに恋しているのは、亡くなったお兄ちゃんの面影を追っているにすぎないのだ……。聖母マリアが理想なんて、なんて甘ちゃん!このクサレ処女!(言い過ぎ……)。
あの思い詰めた下のアイラインがくっきりきている顔がコワすぎるんだもの。妻と愛人のバチバチバトルの場合、敵役は奥さんの方、というのがフツーであるとは思うが、奥さんの前ではおどおどするくせに、甘え切ってるいとこの前では奥さんをクサしまくるというこの女がかなり許せないので(爆)。
でも彼女のことを愛している巽は、そんな彼女の弱さ汚さもちゃんと判ってる。だからビシビシ指摘するんである。自分の気持ちも言えないのに……。
奥さんと巽はちょいとイイ雰囲気になる。東京にも何千年も生きている古木があるんですよ、と言う巽に、連れてってほしいワ、と奥さんは言い、ちょっとしたデートをするんである。その先で、だんなと愛人の密会未遂に出くわす、というのもちょっと偶然過ぎるけどねえ。このあたりはほんの少し、モリシゲのあたふた喜劇が見られて楽しいけれども。
奥さんは本当に、この若き彫刻家に恋していたのかなあ。少なくとも映画の中では、そこまでではなかった気がする。にっくき美沙子のいとこということで、どこかアテツケのように誘い出していたような気もする。
だって巽が美沙子のことを愛していることはかなり早い段階で判っていた訳で、つまり、二人の男がこのにっくき女を愛している訳で、奥さん、取り残されたような気持になってたように思うのだ……。
美沙子だっていいとこのお嬢さんで、でも没落して、奥さんも婿を取ったような立場だったのに夫に大きな態度とられて、いわばちょっと似たとこある二人なのにさあ、こういうの、なんか皮肉だよね。ハタから見れば、似たもの同士なのに、と思うのに。
で、そう、男はなんでこーゆー女を好きになるのかね、と思うのが美沙子であり、だからなんだか奥さんが不憫な訳。見た目ではかんっぜんに、奥さんがコワいし、メッチャダンナを追い詰めるし、愛人を追い詰めるし、コワいんだけど、壮絶に美しいから、なんかもう、見とれるしかないっつーか!
美沙子から、あなたの子供が産みたいと迫られ、賢行は陥落しちゃう訳さ。このさ、奥さんから執拗にマークされながらも、なんとかなんとか会うことが出来て、こんな決定的な台詞をぶつけるシーン、夜の闇をメッチャ上手く使って、表情を隠して、見せて、隠して、気持ちを見せて、隠して、見せて!
このウブ過ぎる女、ハラ立つけど、この思い詰めたまっすぐさに男が陥落するのはムリないと……思ってしまう。
ああ、ああ、涙を流す彼女をひしと胸に抱き(抱いちゃったよ!)、頬を濡らす涙を観客に見せるかのように彼女の前髪をかき分ける、そのモリシゲの美しい指、いやらしい指(爆)、ここまでモリシゲのモリシゲたる感がなかなか得られなかったが、あの手慣れた指でモリシゲー!!と思ったよ!!
二人は軽井沢で一夜を過ごす。帰らないと知ってるのに、奥さんは別居中のダンナのホテルで待ち続ける。
翌朝、巽がまず、ダンナのもとに乗り込む。美沙子は明け方巽のもとに帰ってきて、女の顔して帰ってきて、巽と大ゲンカした。その、美沙子の決意を伝えに来たんである。
妻と別れるというダンナを叱責し、その帰り道で奥さんに出会う。奥さん、道の途中でハンドルに手をかけたまま逡巡している。もう美沙子は二度とあの人に会うことはありませんよ。行っておあげなさいと巽は言う。二人は握手し、きっとこの二人も、淡い思いをぶつけた二人も二度と会うことはないと思う。
ダンナはね、つまりモリシゲは、巽から問い詰められて、二人とも愛していると言ったのだった。あんまりな言い様だけど、でもそれに対して、巽も責め立てることはなかったんだよね。
言いたかないけど、それが男の生理というもんなのかなァ、という気はしている。奥さんの巽に対する淡い恋心も描かれはしたけれど、それはヤハリあくまで、ダンナに対するアテツケのように思ったもの。
男のそんな思いも純粋なものなのかもしれないけど、女もしたたかなのかもしれないけど、やっぱり女がソンだし、男はズルいと思っちゃう。だって、私だって女だもん(照)。★★★★☆