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ねぼけ
2015年 111分 日本 カラー
監督:壱岐紀仁 脚本:壱岐紀仁
撮影:壱岐紀仁 白川祐介 音楽:織田祐亮
出演:友部康志 村上真希 入船亭扇遊 大竹佳那 秋山勇次 吉田智則 代田正彦 緒方利幸 椎井蘭 もりのめぐみ 五十嵐和弘 市原叶晤
でも、やっぱり悲しい。
彼は気づくのが遅い。圧倒的に遅い。いや、気づいていたんだろうとは思う。ただ“正面切れなかった”だけだ。
逃げる、という言葉を、この独特の表現で、師匠は三五郎に言う。いいかげんに正面を切れと。何度も何度も。
それでも遅くても、いよいよ正面を切れただけ、彼は幸せだったのだろうか?
主人公はクズもクズな落語家、三五郎。ごろりとした体格は人好きがする、落語家に似合いの風貌だが、とんでもない酒飲みで、稽古もろくにせず、落語会で話を忘れて客に失笑される。客から笑いが起きるのはそこだけ。つまり、笑われているんである。
その客席には、厳しい顔で座っている女性が一人。
彼女は、楽屋にオミヤをもって訪ね、客に深々と頭を下げ、三五郎から無心されるまま金を渡し、「飲み過ぎないでね」と言いながら夜遅くまで彼を待っている。ぬか床の妻のようだが、まだ二人は結婚していない。つーか、かんっぜんに、三五郎は彼女、真海のヒモである。
後に、生意気にも浮気なんかしやがった三五郎が、その相手のブリブリ女子から、彼女のどこが好きなの?と問われて言う。「味噌汁に卵を落としてくれるんだよ。そこかな」「それだけ?ヒドイ!!」
後から考えれば、そんなところに真海の愛情を気づけていたのに、“それだけ”ですませて彼女を失いかけたんだから、本当に、コイツはバカなんである。あー、信じらんない。現代女子はこんな男は一瞬で見限るね!本当にクズなんだもの。
師匠のおかみさんの墓前に、と渡された金はとーぜんパチンコに消える。常にカップ酒を持ち歩いてる。つーか、彼に金を渡したら酒に変わることぐらい、誰だって予測できるのに、真海は渡しちゃうんだよね。
彼女が後に言うように「大切な人を、ダメにしてしまった」ということなのだ。だから彼女にも責任がある……というのは酷だが、でもちょっと不思議だった。なぜ判り切っているのに彼に金を渡してしまうのか。後からちゃんと怒るのに、なぜ渡すのか。
信じたかったからなのか。
三五郎はどんどん、落ちていく。そもそも、浮気した相手も後輩のカノジョというキチクぶりである。
まあこのブリブリ女は一癖あるコで、「フーゾクやってて、バツイチなの。これがカレに知れたら殺されちゃうかも」と三五郎に迫るんである。
三五郎の落語に大笑いはしていたけれど、その理由は「だって、途中で話忘れちゃうんだもん」という、まさに先述の、落語家大失格の理由であり、でも三五郎はそれを知らないで鼻の下を伸ばしてる。
その理由を聞いているのは師匠の点雲であり、苦り切った顔をしている。彼がこのどーしよーもない弟子を切って捨てないのも、真海が三五郎を捨てないのと同じぐらい不思議でたまらないのだが、そーゆーことを言っているから、私はダメなのであろう(爆)。
でも、点雲師匠はヤハリ三五郎の中に、捨てきれない落語家としての向きを、感じていたのかな……。
点雲師匠を演じるのは自身も名人級の落語家、入船亭扇遊。落語には明るくないので知らなかったんだけれど、もう一目でホンモノの落語家だと判るたたずまいと、三五郎に諭して聞かせる形の一席「替り目」の圧倒的素晴らしさ。
もともと俳優さんかとみまごうぐらいの芝居力の高さもあいまって、彼の存在が、まさに本作にホンモノ感を与えているんである。
そして、そう、その点雲師匠が落語家としての彼を見捨てなかった。やはり弟子であり、テレビが中心の売れっ子落語家から、なぜ三五郎に替り目を教えたんだと、私の方が彼より上だと口をゆがめて迫られた時、穏やかな笑みを浮かべて師匠は言ったものだった。
「できないから、教えるんだ。お前なら私からいくらでも盗めるだろう」と。完璧な答えだった。彼はグウの音も出なかっただろう。
認められているようで、認められていない。お前は勝手にやればいい、可愛い弟子ではないと、言っているようなものだもの。できない子ほどかわいいとは言うが……なんとまあ!
テレビに出ている落語家、というのは、私たちが笑点に出ている落語家さんぐらいしか知らない、日本の伝統芸能なのに、というあたりを皮肉ってはいるのだけれど、三五郎が、そんなテレビ落語家の先輩をののしる時、いやいやいや、おめーはそれを言う資格ねーよ、それだけの努力も何もしてないで、酒飲んでるだけやんか!!と思い……。何とも複雑な気持ちになるんである。
だって、酒を、酒飲みを、こんな風にただダメだと言ってほしくないよーっ。酒を愛している人は、仕事の後の、努力した後の酒が一番おいしいと知っているんだから!!
……最終的に一番大切な真海を失いそうになった三五郎はようやく気付いて、酒をやめて彼女に土下座するけれど、真海は「信じられると思う?」
……うう、ううう、酒が悪者になるのは、哀しすぎるーっ!
この、真海という女性がちょっと不思議で。ただの内助の功バリバリ女性ではないのだ。三五郎が真海に引け目を感じているのは……彼女が大切にしている流木の存在、なんである。
真海はそれを何よりも大事にしている。時に、三五郎にソデにされた夜に、オミヤのスイーツを“お供え”したりする。酔っぱらって浮気して帰った三五郎はそれを横目で見ているんである。
後に明らかにされる……のが、ちょっと上手く理解できなかったのがイタかった(爆)。真海の故郷の神楽と信仰である。なぜうまく理解できなかったかと言えば、それを説明してくれる、真海の伯父の方言がキツすぎて、聞き取れなかったからなんである(爆)。
モントリオール映画祭では絶賛されたという本作、恐らく字幕で完璧に事情を理解できたからであろう。わーん、そんなのないよーう!
……確実に判るのは、彼女の父親が神楽舞の名手であったことと、若くして亡くなってしまったことと、彼女の故郷である宮崎県新富町では、流木を亡くなった人の魂的にとらえ、だからいつまでも持っていてはいけなくって、海に帰してやらなければいけないんだと。
それを、お父さんの“魂”をいつまでも持ち続けている真海は危険な状態、というか、とにかく、捕らわれ続けているのだ。
クズクズ、ダメダメな三五郎が、真海が何より大事にしていたと判っているこの流木を粉々にした時には、ホンットにこの男、死ねばいい!!と大激怒したものだけど、そんな彼をこの期に及んでも責めもせず、ただ……もう世界が終わるかのように慟哭して拾い集め、姿を消した真海に、ただならぬものを感じはした。
彼女の執着は何か、呪術的なものを感じたから。それをあの聞き取れない伯父さんの説明で(爆)聞かされた後、クライマックスの海でのシーン、凄く強い印象のシーン。
流木を海に帰そうとする三五郎に、大激怒してつかみかかる真海、という、胸がつまるシーンがあったとしても、その後、つきものが落ちたように三五郎は立ち直り、真海がそばにいたとしても、……確かに安心しきれないものは、あったのだ。
大体、真海がいなくなっただけでは、このクズ男は目が覚めない訳。浮気していたブリブリ女の不幸話が本当だったのかさえ、彼女に貢ぎかけて、見限られて、捨てられて。
見かねた師匠が、三五郎が盗もうとしていた看板噺を圧倒的な力量で演じてみせ、膝をついて涙が止まらない。優しいんだよね、本当にこの師匠。こんなクズ弟子、放り出しちゃえばいいと思うのに(爆)。
小さな喫茶店での落語会でも、前回は予約が真海だけで、断られた始末だった。立ち直った三五郎は、師匠から教えられた替り目を見事に披露し、拍手喝さい、真海も笑顔を見せる。
その間に、いくつかの回想が挟まれる。三五郎なりの替り目を披露するためにと、なごやかに、実に幸せそうに稽古に付き合う真海。すっかり酒を断っている三五郎の姿に、若干の不安を覚えたのは……間違っていたのか正しかったのか、判らない。
味噌汁に落とす玉子がない、と買い物に出た真海。この状況だけで不穏さはピシリと感じたが、玄関を出る直前に振り返った真海に「酒?いらないよ。気を使うなよ」と彼女が何も言わなかったのに察したように返した三五郎に、微笑んだ真海に、更にイヤな予感が増し増した。
玉子がないから買いに行くなんて、劇映画でこんなシークエンスを挟むなんて、彼女に何かが降りかかるに決まってる。それは大抵死ぬとか……と思ってたら、本当に死ぬんだもの!階段から落ちて。まるで、用意されたように、階段から落ちて!
あの時、真海の顔は、もういいよね、と言っているようだった。事故だとは思う。絶対にそうは思うけれども、真海はこのゴールに向かっているかのようだったんだもの。
父親の流木が粉々になった時から、それを海に帰された時から、彼女の魂は、その場所に行くタイミングをただただ計っているように思えた。
彼女の死にあぜんとし、なんでハッピーエンドにしてくれないの、そりゃクズ男だけど!!と思ったけど……真海には何か、どうしようも避けようのないその運命を感じたのだ。
ハラハラしていた。真海が死んで、三五郎が酒に戻るんじゃないかって。師匠の計らいで立派な寺での葬式の準備ができた。でもその立派な葬式は描くことはなかった。三五郎が、愛する妻の亡骸の前で、きちんと紋付を身にまとい、汗をかきかき、見事な替り目を披露した。
観客は、誰もいない。いるとすれば、スクリーンのこちら側の私たちだ。息詰まる10数分。
点雲師匠の替り目とはまた全く違う、キュートな感じだけれど、素晴らしい一席。冒頭、真海に「紋付だから、ドライじゃなくて高いクリーニング」と無造作に放り投げた、あの衣装か、と思う。なんてこと!
正直、ここがラストシーンかと思っていたが、違った。すべてが終わった三五郎は呆けたように川岸を歩いている。
あの場所は隅田川チックだったけれど、たどり着いた場所は、なんかまるで山奥の、まるで流行らない、だだっぴろい食堂なのだ。
大盛りの焼肉定食を注文する三五郎、やっぱり呆けたような彼にイラついた雰囲気の退屈そうなウェイトレス。気づいたように彼はウェイトレスを呼び止める。
すわ、ビールを注文するか!と緊張する私(だって、私だったら絶対注文する、焼肉定食だもん(爆))。すると彼は、「味噌汁に、玉子を落としてもらえますか」。それがラストかー!!愛はささやかで、おだやかなところにある。でもなんか……やっぱり哀しいね。優しい、哀しさだけど。★★★★☆