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「え」


2017年鑑賞作品

AMY SAID エイミーセッド
2016年 96分 日本 カラー
監督:村本大志 脚本:村本大志 狗飼恭子
撮影:加藤陽介 音楽:jan and naomi
出演:三浦誠己 渋川清彦 中村優子 山本浩司 松浦祐也 テイ龍進 石橋けい 大西信満 白戸達也 柿木アミナ 福島綱紀 高橋綾沙 藤江琢磨 野川雄大 宮本和武 芋生悠 諫早幸作 飯田芳 小山燿 澁谷麻美 浦浜アリサ 村上虹郎 大橋トリオ 渡辺真起子 村上淳


2017/10/23/月 劇場(テアトル新宿/レイト)
なーにが驚いたって、今回の企画、俳優事務所が企画したというこの映画、つまりつまり、そこに所属している役者総出演、そのメンメンが、しんっじられないほど素晴らしいメンツだということ!なに、なになになに、皆同じ事務所なの、これ全員??信じられない!すっばらしい才能ばかりじゃないの!
渋川清彦、渡辺真起子、三浦誠己始め、この人が出ているから観に行くわ、という人ばかりじゃないの!!いやー……ほんっとうに驚いた。どうやったらこんな素晴らしい才能ばかりが集結できるんだろ、確かに確かに、所属俳優だけでめちゃくちゃ贅沢な映画が一本作れるわ!

と、誰かが思ったのか、名目上は事務所創立25周年記念で作られたということだが、そういう記念で映画が作られるって、あんまり聞かないもんなあ。誰かが思ったのかもしれない、いや誰だって思うかもしれない。この人たちで映画を作りたい、って!
皆芝居がべらぼうに上手いのであんまりそうとも思わないが、落ち着いて考えてみると、ちょっとほっぺたが赤くなるような、青春回顧ものであることに気づく。そう、皆芝居がうますぎるんだもん、なんか、凄くシリアスに観ちゃうけど、大学時代の映研で青春を共有した、今はそれぞれに事情を抱えている大人たちの群像劇、というのは、そういう物語はなぁんとなくどこかで聞いたことがあるような、気もするのだ。

今ここにはいない、咲き誇るバラの魅力のまま死んでしまったマドンナ、いや、彼らが言うところのファム・ファタル(シネフィルが使いたがる言葉だ)を、ひとりひとりの視線で回想していくというのも、すごく、すごぉく、ありそうと思っちゃう。
カタカタフィルムが回るような、この若く美しい命を散らしたエミの映像がまた、そんな既視感をあおってくる。ああ、なんか、青い青い青春物語なんである。

この日はトークイベントがあって、ムラジュンと虹郎君親子が登場し、大いに盛り上がり、しかし上映が始まるとなると、ザーッと何十人も帰ってしまうというショックな状況を目にしてしまった。ああ、ああ。映画を観に来たんじゃなくて、多分この場合は今が旬の俳優、虹郎君が目当てなのであろう、なんて悲しい。
実際村上親子、特に虹郎君の方は本作ではかなりのチョイ役で、帰ってしまったほとんどが女子の彼女らにとっては、イケメン君が見れたら、映画なんてどーでもいいということなのだろうか……それじゃそもそも本作の企画が泣くではないか。

と、ついつい愚痴ってしまうが。でも実際、映研に属した青春時代を回顧する物語、今もばんばん、シネフィル魂が炸裂し、あれこれ伝説の映画が彼らの口にのぼる。
伝説の役者のマネをした青春時代を語り、ファム・ファタルはベティ・ブルー、台風クラブの相米慎二 、コッポラの最高傑作は「カンバセーション…盗聴…」と嬉々として語る彼らの姿は、確かに確かに、一般的庶民的良心的?(かどうかは判らんが)ファンを遠ざけてしまうかもしれない、と思う。

映画を愛するという名目の上で、こういう作品には少なからず出会うことがあるんだけれど、私はちょっと、苦手なんだよね。時代が経てば経つほど、世の中に存在する映画は星の数じゃ済まないぐらい膨大になっていき、そうなると一人に一人にとっての名作は、絶対に違ってくるはずで。
んでもって、これは観ておかなければ、とか言われて観てもピンとこないこともあったりする、のは、人間の個性の千差万別をいい意味で示していると思ったりする訳で。

私はさー、映画は好きだが、それを語り合うとかあんまり好きじゃないのよ。そういう理由があるから。勧めたりも、あまり好きじゃない。トンでもない映画は、トンでもないところから現れると思ってるから。
それに本作で語られる映画はほぼほぼ外国映画、だよね。それも気に入らない。まぁ、彼らの年代の青春時代がそうだったということ??いや、でも私より若いよね、ちょっと背伸びしている感覚が大学生ということなのかなあ。

なんて、個人的見解ばかりを言っていてもしょうがない。本作はかなり並列な群像劇だけれど、その中のメインといえば、三浦誠己。これはかなり嬉しい。彼のことはずーっと見てきたのに、その魅力に開眼したのはホントについ最近なのが、ハズかしい。なんなのこのえも言われぬ色気は!と思っちゃう。
かつては受賞歴もある才能ある映画監督……まではいかなかったのか、インディーズのまま、その先が続かず、今はパン屋の店長さん。その店の店員で虹郎君がチラリ出演する。
映研時代の仲間と再会する場面のクライマックスで、もう一度映画作ろうよ、お前、才能あるんだからさ!!と盛り上がるものの、結局は思いがけぬ横やりによってしぼんでしまう、そんなことはよくあることなのかもしれない、と思う。

……のは、実際、受賞歴があって将来を嘱望されていたり、この一作最高!と思うデビュー作を撮ってその後の行方がどこへやら、という人は、……そらぁまぁ、映画ファンを長年やってれば、片手じゃ足りないぐらい、覚えがあるから。
あるだろう、そりゃあるだろう。金が腐るほどあるおぼっちゃまじゃなければ、自由に映画なんか作れはしない。才能よりも、企画力と売り込み力とコネと、……もっと言ってしまえば、もっともっと、イヤラしい力が必要なのかもしれないと思う。伝説の映画を語り合っている彼らは、あまりに純粋で、そんなところに出ていける力はもともとなかったのかも、しれない。

なによりエミである。エイミーセッド、エミが言ったこと、つまりエミの死因、それが物語の焦点になる。
有機農法を追求している夫婦、渋川清彦&中村優子とゆー、もー、私にとってピンポイント過ぎるカップリングッ。飛び降り自殺したエミに、最後に会ったのは私だと、長年抱え続けていたことを吐露する形で話す直子(中村優子)の告白を起点に様々なエミ像が展開される。

さながら、ラショーモナイズである。全部を言うとメンドクサイので(爆)、大体まとめると、女どもは、あまりエミにいい印象を持っていない雰囲気なんである。それはエミのことを、男どもがみぃんな、好きだったから。
そして三浦誠己演じる主人公朝田と、キーマンとなる大西信満演じる川崎が、エミを取り合ったことがこんな年になって明らかになり、一触即発の事態になったりする。しょうもない。もうエミは死んでいるのに。

そう、エミは死んでいるのだ。自ら飛び降りて。なぜエミは死んだのか。直子は朝田と川崎のどちらの子か判らない赤ちゃんを宿してしまったと告白されたと言った。でもそれは、真実だったのか。
次々と明かされるエミの……てほどでもないんだよな。正直、直子以外が語るエミの人となりは、それ以上の具体的なエピソードを付与したものではなく、それぞれ個人がエミをどんな女の子として見ていたか、ということに過ぎない。

だからかな……何か、物足りない感じがしちゃうのは。特に、女子が語るエミは、男子にとってはアイドルだったけどさぁ……ということに終始していて、私、朝田君のことが好きだったからさ、とか言い出す女子もいたりするからさ、あぁ、単純。
何より残念なのは、男子からも女子からも生身の人間として見られてない感じのエミの、女の子としての肉体がイマイチ伝わってこないこと、なんだよね。

なぜエミが死んだのか、すぐそばにいた筈の彼らによってさまざまな憶測が示されるものの、最終的に朝田が蓋をしていた記憶の扉を開けて示される“真実”ってのもなんとも……。
エミだけを見ているエミしか目に入らない朝田は、その才能が伸び行かない。エミはそれに気づいて、だから朝田の才能を伸ばすためには、自分がいなくならなきゃいけないから、と死を選んだ。ホントかい。

だからエミが死んだのは自分のせいなんだー!!ともう、三浦誠己渾身の芝居で語りつくしちゃう。べらぼうに芝居が上手いからついつい聞き入っちゃうし、その恋のライバル大西氏もめっちゃシリアス系だからうっかり流されそうになるが……そんなことあるかーい!と思っちゃう。
そんなことで女の子が死んじゃうなんて、男の幻想だよね。ないないない。あるとしたら、エミという女の子自体が妄想だったんだよ。実はそういう話かも??
だってここにはいない、ただ記憶として語られるだけ、花も盛りに死んでしまった女の子。エイミーセッド、エミが言っていたことは記録されている訳じゃない、誰も証明できないのだもの!!

あ、ひとことだけあった。シュート!とエミが言ったのだと、朝田が言っていたんだっけ。撮って、と。それは、私ばかりを見ていないで、ちゃんと作品を撮って、ということなのだろうか??
スイマセン、朝田の決死の独白のあたりが一番眠くて(ゴメンナサーイ!!)なんか判然とせぬのだが、だとしたら、ますますもって、幻想の女、だよなあ。数少ない女子メンバーが、モヤモヤした言い様をするのが、すっごくよく判る。男の子たちにとっての女の子、なんだもの。

という思いが堂々巡りする中で、資金繰りに悩んでヤクザに脅されているIT社長、木塚(テイ龍進)だの、売れない役者っぷりを糊塗するために、事務所のマネージャーに台本を持ってこさせる岡本(山本浩司)だの、きちんきちんと、すべての役者に見せ場を持ってこさせる。
なもんで、メイン主人公である筈の朝田がひたすら寡黙だから、しばらくは存在を忘れかけてしまうほどなんである(爆)。こういうあたりが、群像劇の難しさだなぁと思う。

一夜の物語、隠れ家的バー、甘い弾き語りを聴かせるピアニスト、鬼のように厳しかったのになぜか人情味を利かせるヤクザ、……でも、見せちゃうのは、何度も言うけど、皆べらぼうに芝居が上手いから(爆)。
特に起点となったのは、直子の「どちらの子を宿したか判らず、自殺した」という発言で、情緒不安定な芝居を見せる中村優子に震撼するほどのインパクトを覚えたのだが、それも最後の最後、「いい演技だった」と朝田が言うのが本当だったのだとしたら??
なんつーか、皆、今、それぞれに厳しい時代を生きているという設定ながら、なんかなんつーか、甘やかなんだよね。それは素敵だとも思うんだけど……。

いやー、しかし凄い事務所だわ。この役者陣の顔触れは本当に衝撃だった。
あ、そうそう、それこそチョイ役、ムラジュンの子分役の飯田芳氏もそうなんでしょ!彼は近年、最も気になる俳優の一人。いやー、すげー事務所だな!!★★★☆☆


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