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「け」


2017年鑑賞作品

芸者小夏 ひとり寝る夜の小夏
1955年 105分 日本 モノクロ
監督:青柳信雄 脚本:梅田晴夫 宮内義治
撮影:中井朝一 芦田勇 音楽:飯田信夫
出演:岡田茉莉子 杉村春子 志村喬 森繁久彌 一の宮あつ子 山田巳之助 持田和代 大城政子 北川町子 中北千枝子 紫千鶴 沢村貞子 音羽久米子 楠トシエ 藤木悠 笈川武夫 中村哲 堀込ひさ子


2017/8/23/水 劇場(神保町シアター)
彼女の心情がちょっと判りづらいな、と思ったのは、メインタイトルの「芸者小夏」の続編であり、それを観ていないというせいもあったのかな。芸者の子として生まれ、旦那に身を任せるしか生きていくすべがない弱さを歯がゆく思いながら、芸者から抜け出せない彼女の心情はきっと、第一作によって充分に語られていたことは想像に難くないのだ。
森繁の名前ですっとんできちゃったが、きっと最初は彼はほんのワキだったんだろうなあ。だって第一作目では岡田茉莉子は池部良と熱烈な恋に落ちていたというんだから!やっべぇそっち観たいよー!!

期待にたがわず森繁はなんとも可笑しくてクスクス笑いが止まらないのだが、でもなんだか彼は、切ないんである。森繁の役どころは、旦那を亡くして身の振り方に困っている夏子に、その旦那の部下という立場でなにくれとその後の手続きやらなにやらの面倒をみている、川島というしょぼくれサラリーマン。
夏子と言うべきか小夏と言うべきか悩むところだが(タイトルは小夏だし)、川島や、その後彼女の新たな旦那になる佐久間(志村喬)は夏子の方で呼んでいたからなあ。でも彼女は結局は芸者に戻るしかない運命だから、このタイトルなのか。

まあとにかく。川島はそんな立場だけど、もうハッキリ夏子にホレてんのよね。彼女もそれを判ってて、結構したたかに彼を使っている。家の名義を替える手続きも、当面の生活費も、しおらしい顔をして川島に工面させるんである。
勿論、しょぼくれサラリーマンである川島の懐から出ている訳ではなく、死んでしまった旦那の親友である実業家、佐久間に相談してすべてを出してもらっているのだが、時に自分の懐を痛めたような顔をする森繁のとぼけ加減に噴き出し、それが佐久間によってあっさりと暴かれて慌てる様にさらに爆笑してしまうんである。
もう、なんつーか、可愛いやら可笑しいやらの場面が満載。夏子の元を訪ねた時に佐久間が突然現れて、別に何をしてた訳でもないのに慌てて庭に飛び降りちゃうのにも爆笑したなー!もう、森繁!って感じで!

夏子に対しては岡惚れであり、彼にも妻子がいる。これがまあ強い奥さんで、旦那の稼ぎが悪いからと結婚相談所を切り回している女傑なんである。社長の用だからとばかり言って夜は遅いし日曜は出かける夫を追及しまくる彼女は、あんなに気が強そうに見えても結局、夫にホレてるってことなんだろうなあ。
出っ歯にメガネというもうお約束の風貌!結婚相談所にやってくる高望みの女たちに、キッと眼鏡をずり上げて、今はね、そんないい条件ありませんよ、もうまったく、とばかりにちゃきちゃき資料をめくるのが、面白くも結構カッコイイのだよ。

夏子の買い物に付き合って、デパートに風呂桶を買いに行っているところを奥さんに見つかっちゃうシークエンスはマジ爆笑。デパート、そうあれは、新宿伊勢丹!
デパートに風呂桶を買いに行く、っていうのがなんつーかカルチャーショックであり、それを後で奥さんが夫を問いつめ、そらとぼけて今日だけじゃないかとか言い訳するところにおっかぶせて「そんな毎日風呂桶買われちゃ困りますよ!」と言うのには爆笑!毎日風呂桶買われちゃ、そりゃ困るわ!!

うーむ、森繁ラブでつい暴走してしまった。森繁は出てくるたびにラブだが、でもやはり、決してメインではないんである。夏子は本作の中では結局、誰のことも好きになっていない。何かこう……どう生きていくべきか、迷っている、とさえいかない、ふわふわしている感じ。
仕方なし、と言った感じで佐久間に身を寄せるが、彼のことを別に好きじゃないから、今日は和装、明日は洋装、と細かく指示をし、人前に出たくない夏子を取引先の相手たちと一緒にゴルフをさせて、夏子はすっかりヘキエキしてしまうんである。

旦那をもって生活していく身である夏子のそんな態度は確かにワガママに違いなく、“お母さん”の元に戻って愚痴ればそりゃあ、叱られちゃうんである。
このお母さん、正確には養母だが、置屋の女将の粋っぷりが最高にカッコイイ杉村春子。彼女は芸者に生まれついた女がどう生きていくべきか100%以上心得ていて、それを完璧な営業スマイルでやってのける。それが恐ろしくも、何ともカッコイイんである。

これもまた、仕事を誇りに思っている、言ってしまえばキャリアウーマンに違いないって。夏子は、いやこの場合は小夏は、やはりまだまだ甘いのかもしれないのだ。
金づるである筈の旦那に甘い夢を見てしまうのは、過去に激しい恋を経験したからなのか。だからといって、純粋に自分に想いを寄せてくる川島に惹かれることもない。だって彼はカネがないからさ。ああ、なんて身勝手で皮肉なのか。

志村喬がこんな役どころなんて、かなり意外でドキドキとする。川島が相談する登場シーン、ならば私が引き受けようか、という台詞に、えええ、志村喬がそんなこと言う!!と思って飛び上がり、その通りにサプライズまで使って小夏に会いに来るんだから更に飛び上がるんである。
うん、この場合は小夏と言ってしまう。かつての仕事場、伊豆の温泉街に帰ってのんびりしていたところを、客からどうしてもと請われて出かけて行った。
一応はお客様という立場だからと言われつつも、その先のことをお母さんや受けた宿の女将さんは承知していたんだから、やはり小夏という芸者としての立場で呼ばれたに違いないんだもの。だから、いつでも帰っていいと口先では言われながら、実際にその通りにすると、お母さんから叱られちゃうんだもの。あんたが生きていくためにはこれしかないと。判っているんだろうと。

実際、佐久間は金回りがよく、何不自由ない生活を夏子に提供してくれる。それだけで、旦那としては充分すぎるほどの合格点。ひかされる身ならば、それ以上のことは望むべくもない筈。
でも夏子は……時に川島にも色目を使い、突然佐久間に歯向かってみたり、何か芯が通らない。こう生きたい、という気持ちが上手く見つからずにイライラしているみたいな。

女中なんかを、雇い入れてみたりする。あれだけヒマそうなんだから、家事なんてやり放題だと思うんだけど(爆)、そういうあたりもなんとも夏子である。
この女中が留守中に恋人を引っ張り込んだりしちゃう。妊娠か、流産か!なんていう騒動を引き起こすものの、実際は盲腸だったという大オチ(爆)。でもこの笑ってしまうようなドタバタシークエンスは、なんとはなしに、夏子の心にふっと影を落とすような、感じもしている。

別に、旦那の子供を産んだっていいと思うんだけど、そーゆーこともやっているんだし(爆)、でも夏子からはそういう雰囲気、というか、気持ちが感じられないのだ。自分が生きていくすべのことで頭がいっぱいで、とても美しくて誰もを振り向かせずにはいられないような人だけれど、子供を産むとか育てるとか、まるでそんなところからは無縁のように見えて……。
実の母は死に、養母である“お母さん”杉村春子があまりにビジネスライクというか、言ってしまえばこれぞキャリアウーマンにドライにちゃきちゃきと、“娘”の夏子に対しても接するから、そういう世界に生きる女、ってことなんだろう。
けれど、夏子がそこまでの自覚もなく、大喧嘩した後に旦那の胸に顔をうずめて、やっぱりあなたが必要なの、と涙を流したって、それはカネという意味でしょ、と、それをすとんと引き受けて愛情という芝居も出来てなかったんでしょ、と……。

大喧嘩、というのは先述した、私を型にはめないで!というヤツで、その後の仲直りは、かなりの大事件。佐久間が内閣を巻き込んだ収賄事件で追われる身になってしまうんである。
その号外をつかんで駆け込んでくるのが川島。ここまでしばらく彼の登場がなかったが、この重要な役どころの後も、またすんなり姿を消しちゃう(爆)。

しばらく夏子のところにも姿を現さなかった佐久間が、ある雷雨の番、ほとほとと戸を叩いて訪れるシークエンスは、彼の胸に顔をうずめて泣きじゃくる夏子の様子もあいまって、一瞬ラブストーリーのようにも思えてしまうが、でも、違うんだよね。
逮捕状を持って警察が訪れる。彼から渡された小切手を決然と燃やして、いつまでも待っていますと送り出す夏子は確かになかなかにカッコイイが、でも「また一人になってしまった」と芸者に戻るしかない自分を案じている彼女は……やはり誰も愛してないし、それがなんだかとても寂しいのだ。
佐久間も川島も、そら勿論それぞれに妻帯はしているけれど、あなたを愛していたのに。なんてゆーことを言ったら、男の身勝手を許しちゃうようなもんなんだけどねぇ。

ラストシーンのひとつが森繁、いやさ川島だというのが嬉しい。笑いながらしんみりしてしまうような場面。奥さんから、休日ぐらいは子供たちと出かけてやってと責められていた、今日は上のお兄ちゃんと一緒に魚釣り。
でも川島はすっかりぼうっとしていて、魚なんて全然釣れない。お兄ちゃんから「エサがないよ、これじゃ釣れない」と笑われて、「エサがなければ釣れないか」嘆息するその台詞は、そりゃそーゆー意味だよね、と。
エサはカネであって、愛情ではないのかというのが哀しいところだが、愛でメシは食えないのだ。ああ。それは、芸者という立場のままでは愛を育てられない、日本独自の、いや、女は古今東西どこもそんな状況を抱えている、気がする。★★★★☆


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