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「け」


2018年鑑賞作品

犬猿
2018年 103分 日本 カラー
監督:吉田恵輔 脚本:吉田恵輔
撮影:志田貴之 音楽:めいなCo.
出演:窪田正孝 新井浩文 江上敬子 筧美和子 阿部亮平 木村和貴 後藤剛範 土屋美穂子 健太郎 竹内愛紗 小林勝也 角替和枝


2018/2/11/日 劇場(楽天地シネマズ錦糸町)
やっぱりこの人のオリジナル脚本力は実に見事である。そしてふと振り返ると、兄弟、親子、家族間の愛憎というものがとてもうまい人だなぁと思うんである。
今回は、兄弟姉妹。二組四人が感情ぶつかりまくって怒涛の如く繰り広げる、いわば壮大なきょうだいケンカ。タイトルは犬猿で、お互いのきょうだい同志はそう思っているんだけれど、嫌いぬいていると思ってるんだけど、でもどうしても気になって、心配で、悪口言われたら知らずにかばっちゃって、なんてまぁ難しいの、このきょうだいっていうヤツは!

冒頭からその上手さに唸る。本当に、本物の映画の予告編かと思った。ありがちな高校生の恋愛映画。試写を観たというていの女の子たちが興奮交じりにカメラの前で感想を言うという、既視感バリバリの映像がふつりと途切れるもんだから、あれっ、映写機の故障??と思っていたら、四人のメインキャストのうちの一人、窪田君の車の運転シーンに切り替わる。
窪田君扮する和成が車の中で観ていたテレビ、ということであり、その意外性にビックリしてしばらく動揺が収まらない(いや、ビックリしすぎか……)。
てことはよく見るテレビ用の映画の宣伝のこういう映像って、ホントじゃないんだ、作り物なんだ……という、いやすべてがそうじゃないだろうが、そんなことを考えもしなかったから、なんか今さら私も甘いというか(爆)。

でも、そういう意味でも上手いと思う。「共感、共感!!」と連呼していたその女の子、姉妹の妹、真子は実家の小さな印刷会社の事務を手伝いながらも芸能界への夢が諦めきれず、こんな小さな仕事にしがみついて、いっぱしのタレントぶっている。
でも確かに可愛いから、周りからはチヤホヤされている。それだけに彼女は引き下がれないのだが、結局は芸能界というのはそんな甘い世界ではなく……。

と、いう、まず弟と妹が紹介される。そしてその弟、和成が向かうのは、取引先である印刷会社である。和成は印刷メーカーの営業マン。彼のことをひそかに恋い慕っている女社長、由利亜が姉妹の姉、である。
社長といえども事務員の制服を着て仕事をしているぐらいの年若い彼女は、父親が寝たきりになってしまったことで、若いみそらで社長としてこの小さな工場を切り盛りしているんである。

演じるはニッチェの江上敬子嬢。とにかく彼女が本作の一番のオドロキである。てゆーか、予告編で遭遇した時から彼女の抜擢が本作のカギというか成功のかなめであることをひしひしと感じていた。
私が知らなかっただけかもしれないが、役者としての彼女のトンでもない力量に驚嘆するんである。

いや、何よりヤハリ、この役へのハマりぶりは、キャスティングの妙である。いやいや、彼女自身に感じていたイメージは明るくてイヤミのない女の子だったのだから、やはりやはり、これは彼女の役者としての力量、なのだろう。
デブだというだけでブスキャラにさせられるのはいかにも古い感覚と思うが(だってだって、ぽっちゃりが可愛い魅力になるという価値観がようやく語られ始めたじゃんか!)見た目可愛い妹に超絶嫉妬して、嫉妬は女をブスにするから(爆)。でも自分はデキる女という自負もあるし、実際そうだし、そのはざまでうわーっ!!てなって、ストーカーにまでなっちゃう由利亜、江上嬢がもう、素晴らしすぎる!

そして、その妹、真子が筧美和子嬢である。いかにも要領のいい妹。取引先の男子たちに人気があり、イエーイなんてハイタッチしちゃうもんだから、“社長”である由利亜はイライラしちゃう。
頭はいいけどプライドの高い姉を小ばかにして、家の手伝いや父親の介護などもお姉ちゃんがやりたいんだからいいでしょ、と任せっぱなしの妹は客観的に見てもイラッとくるが、実は自分の頭の悪さ、チヤホヤはされるけれど、信頼はされないことへのコンプレックスを強烈に抱えているんである。
お姉ちゃんが和成に恋していることを知っていたのに付き合い始めたのは……彼女が後に語るように、そんな嫉妬のないまぜがあったからに違いなく。

しかししかししかーし、一番の強烈キャラはなんといっても、兄、卓司。強盗の罪で捕らえられて出所したばかりの超危険な狂犬兄貴!ひさびさに、新井浩文らしい役柄である(爆)。
和成は地味に堅実に生きているタイプだから、時にチンピラに絡まれたりするんだけど、「卓司さんの弟だぞ」ということが知れるとさーっと引くという。新井浩文にピッタリ……。

卓司は自分が逮捕されたことも、誰かにチクられたからだというウラミを抱え続けていた。そして、聞くだけでアヤしいダイエット食品の輸入を起業するという。勝手に転がり込まれて和成は憮然とするしかないし、勝手に預金をおろされて一触即発の状態になるも、子犬のように小心な和成は強く出られるとごめんなさいごめんなさいの嵐で、何にも言えないのだ……。
確かに和成の方に常識はある。確かにそうだ。でも、和成はタカをくくっていた。「兄ちゃんに、起業はムリだよ」でも、卓司は見事成し遂げて、いきなり贅沢な生活に突入し、それまで和成がこつこつ返していた親が背負っていた借金も返し、大きな顔をする一方で妙に殊勝になったりもし、なんだか和成は調子が狂ってしまうんである。

一方の、姉妹の方である。由利亜は仕事の弱みに付け込む形で和成とのデートにこぎつける。妄想チックなこの場面はサイコー!ウキウキで二人歩いている後ろ姿、突然彼女がブー!!と空中に嘔吐!コーヒーカップで酔うて……なんつーか、懐かしだわ。
和成はさ、マジメ、誠実、地味、でもやっぱりズルい男なんだよ。由利亜の恋心を判らなかった筈はない。後に真子から軽めに突っ込まれるのを待たなくても、そんなことは当然だ。

由利亜から好きなタイプとか、やっぱり可愛い女の子がいいんですよねと探りを入れられて、「やっぱりフィーリングですかね」と言った彼は、本当に卑怯者である。その気もないのに仕事のために期待を持たせて、でも一切隙を見せず、「聞いてませんか?真子さんと付き合い始めたんです」なんて!!
外面的には彼は常識的な社会人だろう。和成が頭を抱えている問題アリな兄は社会不適合者だろう。でも、自分の思っていることを裏表なくさらけ出す兄のことを、どんなに問題児でも、男としては誠実だと思っちゃう私は、おかしいのだろうか??

だってさ、このシークエンスが忘れられないんだもの。和成への恋心を抑えきれず、電話に出てくれないもんだから自宅まで押しかけちゃった由利亜、そこにいたのは、起業して扱ったダイエット食品が違法薬物をつかまされて、警察に追われている卓司。
強盗で捕まった時も今回も、ハメられたことばかり言い募る彼はその点はダメなヤツであることはそうなんだけど、「本当に、知らなかったんだよ。騙されたんだよ」と最後の最後まで弱々しく言う彼には、いわば純粋なヤツなのかも……と思わずグラリと、それこそ騙されそうになる(爆)。

ということは、今は置いといて。押しかけて来た由利亜を周囲の目を気にして中に入れ、彼女の作ったチャーハンを食べる卓司。
卓司は和成と違ってハッキリと見た目で判断するから、お前ひょっとして処女?ヤッてやってもいいけど、などと言いやがって、そらー、由利亜は脳みそ沸騰、の言い合いになってチキンラーメンスナックが飛び交い、うっかりチャーハンに混ざっちゃう。
「あれ、意外とイケる」「ホントだ」これぞ、これぞこれぞ、フィーリングが合うというヤツなのよ!!結果的には二人に何かの進展がハッキリと明示される訳じゃない。でも、恋する和成にはドキドキで、他人行儀、つまりオフィシャルな対応しかできなかった由利亜がさ、卓司に対してはまるで、そう、それこそきょうだいに対するみたいに垣根なくて、そのことに、全然気づいてないのがさ!!

和成と真子は付き合っているけれど、好き合っての付き合いだったのかは、微妙である。真子はハッキリと、デキるお姉ちゃんに嫉妬したから、お姉ちゃんの好きな人をとりたかったと言ったし、和成はそれこそ単純に、見た目でカノジョでもいっかと思ったのだろう。
真子はその頃タレント活動に行き詰まり、映画の話と思ったのがピンク映画の話であり(いや、映画の話に違いない!いまや風前の灯であるピンク映画を、こんな単純にカテゴライズしてほしくないのだが……)、あったま来てその話を蹴ってしまう。

が、ほっとんどAVなイメージビデオの仕事はしてた訳だし、和成とのことで嫉妬に狂ったお姉ちゃんに、親戚一同にそのビデオを披露されちゃう。もうこのあたりになるとまさに修羅場である。
でも考えてみると、それまでは真子がそういう仕事をしていることを知っていてもお姉ちゃんは黙っていた訳だし、やっぱりそのあたりは、きょうだい愛のアンビバレンツなのかなぁ。

卓司が地元仲間に恨まれて闇討ちされて死にそうになる、というのは予想できたが、まさか由利亜が自殺未遂をするなんて、本当にビックリ。
この、兄と姉の瀕死のタイミングに至ると、それまで実に見事に、兄と姉、兄と弟、姉と妹、弟と妹のエピソードが絶妙にリンクし合ってきたかが判って、うわー、ゾッとするぐらい上手い!!と思うんである。

その直前、付き合っている弟と妹は問題児であるそれぞれの兄と姉について愚痴を言い合い、盛り上がった、と思ったのもつかの間、相手からクサされるとなぜだか自分の兄や姉をかばう物言いをしてしまい、なんだか気まずい思いに陥る二人なんである。
象徴的なのが、卓司が捕まったことを自業自得だと言い募る和成に対して、「なんだか、嬉しそう」と真子がショックを受けたように漏らすひとことなんである。彼女は自分の鏡を見たように思ったんじゃないかなと思う。お姉ちゃんが危機に陥ることを喜ぶ自分を観たように思って、そのことにショックを受けたんじゃないかと。

共に死にそうになった兄と姉が、救急車を呼ぶのに若干躊躇してしまった弟、お姉ちゃん死なないで!!私こそお姉ちゃんに嫉妬してたんだよ!!と縋り付くように泣く妹、ここは男女の差か、キャラクターの差か。
さすがにこんな場面を経験すればスッカリお姉ちゃん、ゴメン!!になる可愛い妹に許しちゃう!!と思っちゃう。その後、兄弟姉妹はすっかり仲良くなるも、まるで、どころかオチそのものでまたしても“犬猿”のケンカが勃発するのだが、それが、姉妹の方は、お姉ちゃんが髪型変えて可愛くなったのを認めないんだから!!ってことでケンアクになるってんだもの。可愛すぎだろ!!

いやー、何より何より、ニッチェの江上さんの達者さ、チャーミングさに驚くばかり!女優賞ものですよ、これは!役者さんとしてこれからもいろいろ出てきてほしいなあ。★★★★☆


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