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「え」


2020年鑑賞作品

影裏
2020年 134分 日本 カラー
監督:大友啓史 脚本:澤井香織
撮影:芦澤明子 音楽:大友良英
出演:綾野剛 國村隼 松田龍平 平埜生成 安田顕 中村倫也 永島暎子 筒井真理子


2020/2/24/月 劇場(TOHOシネマズ錦糸町オリナス)
うーん、綾野剛君やたらぱんついっちょ。そのふくらみさえ露わに、朝日まぶしい中、寝起きの彼がジャスミンの鉢にお水をあげたり、シャワーを浴びにそのぱんつさえ脱いだ後ろ姿を見せたり、とにかくぱんついっちょのシーンが繰り返し描かれ、……彼はゲイなんだろうな……と思い始める。
なぜぱんついっちょがゲイなのか、まるで差別的考えではないかとは思ったのだが非常にハッキリとした確信があって、それがヤハリ当たっていたシーンに至った時、当たったんだけど……何とも言えない気分になってしまった。だって作り手側もそう思って彼をやたらとぱんついっちょにしたんだろうと思ったんだもの。

オフィシャルサイトのキャスト紹介には、彼の元カレは旧友とされ、今カレは友人とされる。
ネタバレを避けるためとも思ったが、別に彼がゲイであることが謎ときかなんかのキモになる訳でもなく、友情と愛情のはざまであることを隠してただただ友情として解説しているのが、なーんとなく……このぱんついっちょが意味したところと相まって居心地の悪い気分になってしまった。考えすぎかもしれないけれど……。

物語の舞台は盛岡。早々に震災後のてんやわんやの様子が描写されるので、あちゃ、震災モノか、とそれを避けたがりのこっちは身構えるが、震災というどうしようもなく存在する事実によってあぶりだされる人間の本性というか、それを利用して行方不明になったのかもしれないとか、ちゃんと(というのもヘンだが)エンタテインメントとしての成立の仕方をしているので、安心(というのもヘンなのだが……)したりする。これからはこういう使われ方をする作品はどんどん増えてくるんだろうなあと思ったり……。

綾野剛君扮する今野は盛岡の支社に赴任したばかりである。いかにも人と打ち解けにくいオーラを発揮している様が、目まで隠そうかという前髪タラリの綾野君の雰囲気にピタリである。後から考えれば、恋人との関係を断ち切ってまで、まあどういう事情でそうなったのかは判らないにしても、とにかくすべてを断ち切って、見知らぬ北国にやってきたのだ。
そんな彼に気さくに、唐突なほどの親密さをもって声をかけてくるのが、松田龍平君扮する日浅。これまた後から考えれば、本当は何を考えていたのか、最初から腹にイチモツ持って近づいたのか、ただ単に本能のまま生きていただけなのか、よく判らない浮遊した感じが、ほんっとうに、龍平君にピタリである。このつかみどころのなさは、彼以外の役者ではちょっと思いつかないほど。

だからこそ、まるで運命のように今野は日浅に惹かれたのかもしれない、などと思う。だいぶ先の展開になるけれど、ついに我慢の限界になって襲うような形で日浅に思いをぶつけて激しく拒絶された後でさえ、日浅は何事もなかったように今野と友人関係を続ける。
……本当に、判らないのだ。日浅が今野をどう考えていたのか。単純に、純粋に、友人として付き合っていた、と考えることも無論出来る。本能のまま生きている感じと考えればそれはしっくりくる。
だけど震災を挟んで行方不明になった彼の“本当の姿”が次々に明らかになると、今野と親しくなった過程がやけに性急だったようにも感じ、結果的には今野には大して搾り取れなかっただけで、まさに腹にイチモツあったのかもしれないなどとも思い……。

会社でも、おばちゃん社員たちには人気の存在だった。段ボールを畳むのが異様に早いから段ボール課長なんて呼ばれて。プライベートでも親しくしていた今野にも何も言わずに会社を辞めた時にも、出世の道が望めないからねと、ちょっと同情めいた言葉さえ聞かれたほどで、不審な意見などまるでなかったのだ。
このおばちゃんスタッフの代表が筒井真理子演じる西山で、本作のメインの展開はやや昔の時間軸……つまり震災前になるのだが、物語の冒頭、震災後のてんやわんやの時に、今野の車を飛び出してむりやり止めるなんていうやり方で彼女が話を持ち掛けてくるところから、始まるんである。

西山の話はこの冒頭とその後、しばらく経ってからその後の話、というか事情というか、事実、真実が明らかにされるのだが、もはやオチバレのように言っちゃうと、日浅の転職先の契約を何口も結び、金まで貸していたというこの西山さんと日浅はデキていたんだろうなあ……と、これは誰もが思うであろう……。
筒井真理子は松田龍平よりずっと年が上の、それこそ“おばちゃん”世代だが、美人だし、(ダンボール)課長と親し気に言っていたのもやはりなにがしかを感じさせたし。
彼女から、何口も日浅の契約を結んでやっていた、金も貸していた、と腹が立ったから会社に電話をかけて、カノジョですと言ってやったという西山さんと、そんな彼女と対峙する今野の表情には、ヤハリその憶測をぬぐえなく感じてしまう。

西山さん側も、なんとなく気づいていたような気もする。「あんなに仲が良かったのに」と口にしたあの時は確かにまだ、判らなかったけど。日浅は突然今野のアパートに一升瓶片手に乗り込んで朝まで飲み交わしたり、釣りには何度も行ったし、夜釣りにキャンプを張ったりもした。
ただこの、最後の夜釣りの時に、微妙な空気になった。それは、先述した、今野が日浅に自分の思いをぶつけた後のことだったから、今野の方が妙に警戒している感はあった。

日浅自身はどう思っていたのか。この時に、タイトルの言葉が出る。お前は日の当たっている側しか見ていない。影の裏まで見るんだよ、と。無論、この時にはまだ、今野には日浅の真意は判らない。だけど、こんなことまで言ってしまう日浅は、いわば今野に、自分に好意を寄せてくれた今野に、自分の本当の姿を、今野が思っているような姿じゃない裏も表もその影も、見てほしいと思って、言ったのかな……。
日浅はゲイではなさそうだから、それは今野の彼への想いとは違うことは明らかなんだけど……。

西山さんの訴えで、自分の知らない日浅の姿を垣間見た今野が、裏切られたという気持よりも、日浅がもしかしたら津波にさらわれていたのかもしれないということを信じたくなくて、生きていてほしくて、彼の父親や兄に接触し、更なる日浅の裏の顔を知ることになるシークエンスは本当に辛い。
その間に、今野の元カレとの邂逅も会ったりする。元カレだけど、カノジョになっている。今野の台詞から、付き合っていた頃には男子性であったことがうかがわれる。
つまりトランスジェンダーだったということかと思い、まだまだ無知なので、ゲイの恋愛とトランスジェンダーのそれって、違うんじゃないのかな、どうなんだろう……と考えこんじゃったりする。

女の子になった元カレ(ややこしい言い方だが)に対して今野は、かつての恋愛感情をどうしまい込んだのだろう。ホテルの部屋の入口まで“送って”行って、ハグして帰っていく今野に、そしてそれを見送る元カレ(カノジョ)に、色んなことを考えてしまう。
が……この元カレ(カノジョ)に扮する中村倫也氏が、ひげの剃り跡も青々として、イタい女装男にしか見えないのはかなりツラい。そうなった、ということ(今野の台詞からも)は、手術なりホルモンなりやってる筈で、ホント女性と見まごう感じになるイメージがあるからねえ。

衝撃の展開は、今野が日浅の父親を訪ねる展開でピークになる。父親は今野の日浅への友情に感謝しながらも、感情を努めて抑制しつつ、もう縁を切ったんだと、あんな不肖の息子の捜索願なんか出せない、被害に遭われた方々と同列に扱うなんておこがましすぎて出来ない、と静かに、かたくなに、言い募る。
それは、四年間大学にやっていた筈が、行っていなかったこと。授業料も何もかも着服され、こともあろうにあやしげな筋で卒業証書を偽造し、そこからの脅しが来たことで、初めてその事実を知ったのだと。

それまでの経過でなんとなく、くえないヤツというのが予測されたにしても、今野と共に絶句せざるをえないこの事実。松田龍平ののらりくらりのキャラが、妙にそれを納得させる感じもある一方、今野自身がそれを信じきれなくて、日浅が慕っていたというお兄さんまで訪ねていくのが痛々しい。
このお兄さんを演じているのがヤスケンで、ああ……なんか……この弟の、なんというか本性を、判ってはいたけど、でもそれがこんな風にバレちゃう不器用さというか、天然さというか、それを感じているようでもいて、きっとあいつは生きてますよ。そういうヤツですから、というのも、愛情なのか諦めなのか、何とも言えない感情のミクスチャーで、それに、今野はついていくことさえ、出来ないのだ。

後から思えば、めっちゃ片想い、純愛、みたいな、切なさを感じる。最後の最後まで、今野は日浅の面影を見ている。ラストには、カワイイ男の子を新しい恋人として迎え、しかしそのデート先は、日浅と共に楽しい時を過ごした、山奥の渓流の釣りスポットなのだ。
カワイイ恋人がいるのに、今野は山陰に日浅の幻想を見る。その直前、日浅から乞われて契約したセレモニー保険のバージョンアップの勧誘の返事を促すお知らせが届いていて、無造作にうっちゃっていたその勧誘のDMが、まさにまさに、日浅のサインと共に送られてきていて、今野は覚えず落涙するのだ。

が……これってこれって、日浅が生きていたという証拠なのか、それとも震災前に送られてきたものなのか、情報を見落としていたかもしれないんだけれどちょっと判然とせず、あれあれ、と焦ってしまった。
どっちだったんだろう……でもこれで踏ん切りがついたみたいな感じだったけど、ああでもでも、だったら余計に、どっちだったんだろう……。★★★☆☆


エキストロ
2019年 89分 日本 カラー
監督:村橋直樹 脚本:後藤ひろひと
撮影:藤田浩久 音楽:鳥居真道
出演:萩野谷幸三 山本耕史 斉藤由貴 寺脇康文 藤波辰爾 黒沢かずこ 三秋里歩 石井竜也 荒俣宏 大林宣彦 加藤諒

2020/6/3/水 劇場(新宿シネマカリテ)
これが最初っからフェイクドキュメンタリー、いやただのコメディだと知っていればこんなにガックリ、というか、腹も立たなかっただろうとは思うのだが(爆)。うーむホントにこれは、情報を入れとくべきだったとは思うがそもそも情報を入れないのが私の信条だからなあ。
いやそもそも作り手側も、少なくとも導入部分は“ちゃんとした”ドキュメンタリーに見える、“ちゃんとした”ドキュメンタリーかと思いきや、という展開にするつもりで作っているのは明らかなんだから、むしろ情報を入れないで対峙した観客に対して、ドキュメンタリーじゃなくてフェイクか!そしてコメディか!!という驚きと爆笑を誘いだすつもりだったんじゃないかとは思う。でもそれが……うーん私には、腹立たしいばかりだったのは私の心が狭いからなのかもしれない(爆)。

だってホントにいい題材だと思ったんだもの。働きづめに働いたおじさんが引退後打ち込んでいるのがエキストラ。映画やドラマが好きでほんの画面のすみっこに自分を刻みたいと、それは、目立ちたいとかいうんじゃなくて、自分の愛する映画やドラマの世界に対するリスペクトからくるささやかな夢。いいじゃないの。素敵じゃないの。
という感じで登場した、もちろん“ドキュメンタリー”なんだから実名が役名そのままの萩野谷幸三氏の、エキストラとして参加する撮影に向かう早朝のシーン、雑然とした生活感満載の部屋、手狭な台所で手早く作る半熟の目玉焼き、父親の仕事である歯科技工士をついだ息子のコメント等々、そのまんまドキュメンタリーだと信じちゃうほどの緻密で真実味のある作りだったから、私はすっかり騙されて、引退後の夢、エキストラにかける荻野谷のドラマにめっちゃ期待を寄せてしまったのだ。

私のような観客がいたんならしてやったり、なんだろうが、あれれ?と思わせられるのはかなり早い段階である。ひげをそることを拒否し(しかもすいませんすいませんとやたら下手に出ながら絶対に受け入れない)町人から農民にキャラ変更させるワガママに、えっ……映画やドラマへの愛があってのじゃないの。いや、意外にこれがエキストラ世界のリアルなのかも……とドキドキしていた自分をぶっ叩いてやりたくなる。
最初っから、コメディなのだ。フェイクドキュメンタリーの形を借りてはいるけれども形も何もあっという間にそれもぶっ壊れて、やる気ないのだ。導入だけ。外形だけ。それが判ってしまうと導入部の、やたらリアルを追究した“ドキュメンタリー”チックな映像に更に腹が立ってしまう。
くだらない小芝居を打って何度もテイクを重ねさせ、しまいには胃痛を起こして倒れて退場。監督は助監督に八つ当たりし激怒、主役の山本耕史もあきれ顔なんである。

そう……まず山本耕史のエキストラという存在に対するリスペクトコメントのインタビュー映像もまたリアリティを追及しているもんだから、この時点では私はすっかり、騙されていたもんだから。
ドラマはなかなか見る機会がないもんで、「江戸の爪」というドラマの撮影風景と聞けば、なるほど、NHKのBSあたりでやっていたのかもしれないとあっさり信じてしまう。
なんたって実際のつくばにある時代劇撮影所、NHKも製作クレジットに名を連ねているぐらいの本格派だから、時代劇撮ってます!!という画はなんの遜色もないどころか、リアリティそのまんま、なんだもの。

でも「あの人、胃袋が痛いって言ってたよ。胃袋って言うかな」と山本氏がつぶやくあたりから、さすがにどうもおかしいなと思い始める。本作はやたら豪華なスター俳優プラスアルファが登場するのだけれど、山本氏に関してはなかなか見破れなかった。
寺脇康文氏が登場し、製作中止になった特撮映画のエピソードが出てきた時点でようやく、ようやく、ああもう、これただのコメディやん!と判ってガックリ膝落ちする気持ちになり、最初から分かっていたなら楽しめたのにと、恨めしい気持ちになったんであった。

でもこれもねえ……寺脇氏が若い頃に主演した幻の特撮映画というテイなのだが、とりよせたフィルム缶の感じは古びた感をちゃんと表現しているのに、映してみたらフィルムなのに完全にデジタルだろというクリアな映像でまずガックリ来て(フェイクでコメディとはいえ、こここそ再現するべきだったんじゃないの……そんなに難しいことではないような気がするけどなあ)、寺脇氏は当然全然若くないしさ。

このエピソードのために駆り出される、エキストラ派遣会社の古株メンバーのおば……いやお姉さんに話を聞く場面で、もう完全に心が離れてしまった。このエキストラ派遣会社、ラークはさすがに実在の会社なのかと思っていたら、これも違うということだよね??
ラーク代表の渋いおじさま、事務員の女の子は、この古株お姉さんが登場するまではリアルに業務を遂行している感じが出ていたんだけれど、古株お姉さんとの会話シーンに突入すると、急に芝居臭くなり、あ、これはドキュメンタリーじゃないわ……と、ここで判っちゃうというのはどうなのかしらんと思っちゃう。事務所でわちゃわちゃ電話受けたりして仕事しているシーンからいきなりの落差なので、ここでギャップを感じるのはないかなあと思ったりする。

ラークにかつて所属していたといテイで登場する黒沢かずこ嬢が、当時叱り飛ばされたことを泣きじゃくりながら告発してカメラから見切れて出て行っちゃうなんていうシークエンスも導入部分近くで差し挟まれている。
この時点では私もドキュメンタリー?フェイク?コメディ??と半信半疑のあたりだったので、黒沢嬢の激昂は演技にしても、ラークは実在で彼女は実際在籍していたんじゃないかとか、代表のおじさまがエキストラの指導に厳しいのは本当じゃないかとか、モヤモヤと心の中で推測したりしていたので……。

だってフェイクドキュメンタリーっていうのは、現実社会を巧みに取り入れて、どこまでがホントかウソか、っていうところを楽しむものだからさ。エキストラ派遣会社っていうのは本作のテーマのキモだし、そこがホントじゃなかったっていうのは、かなりガックリ来たなあ。
実際にエキストラしてましたという人が、つまりは本作に一人も出ていないということでしょ??それじゃそりゃあ、ガックリくるわなあ……。

そのガックリ感の大きいところはヤハリ、エキストラに対する想いを、あの大林宣彦監督にインタビュー映像とっているからこそである。タイトルになっているエキストロは、大林監督が語る、映画を愛し、本当の人生を生きてプロの役者を生きた芝居に引き込むマエストロだと語るところからきている。
勿論大林監督はシャレの判る人だから、このコメディ作品に喜んで参加していたのだろうけれど、今見ると、すっかりやせ細ってしまっているそのお姿だけで辛い気持ちになってしまう。大林監督だけじゃなく、そうそうたるスターたちにこの茶番……いやコメディに大真面目に参画させているのが、いかにもコネクション!!という感じがしちゃって……。

特撮映画の原案になっている、つくば市に言い伝えられているという設定の伝説の怪鳥のくだりはマジいらなかったと思っちゃう。したり顔で出てくる地元の寺の住職、それっぽいニセ巻物、住職がその鳴き声をマネするくだりまで出てくると、もう見てられない。
更にあの荒俣宏先生までもこのくっだらないフェイク伝説に駆り出すとは……。これはまあ……私がそーゆーノリが苦手だというだけのことだとは思うのだが、ツラ過ぎる。

そして“全裸で熱唱”事件をたびたび起こして、テーマソング担当の数々の映画やドラマを製作中止に追い込んだという松崎しげる氏を。何度も何度もイジるのも、そんなに面白いかなあと思っちゃったなあ。勿論、松崎氏もまたそういう悪ノリに快く乗ったということなのだろーが……。

しかもクライマックスに至っては、エキストラとは云々なんて全然関係なくなってきちゃうし。
エキストラ登録している中に麻薬密売人がいて、警察官が潜入捜査をするためにエキストラとして参加する、という展開になると、もう萩野谷氏は完全に捨て置かれる。

そもそもこんな極秘事項をドキュメンタリー撮影班に得々と説明してくれちゃう時点でもはやフェイクドキュメンタリーの設定を投げ出してるも一緒なのに、その矛盾に対して笑わせる部分さえない。
潜入捜査する警察官は口では実践のプロだとか言いながら、道場ではヘタレそのもの、どころか、このあたりから完全にコント展開で、グダグダ組手、組手じゃなくて組体操、なんか創作ダンスかよ、みたいな様相を呈してきて、劇場ではおじさんが二人ぐらいは笑い声を立てていたが、……つまりここで笑えなければツライ、かなりツライぞ。

エキストラとしての彼らは萩野谷氏以上にヒドい力量で、監督に叱り飛ばされ、劇団のワークショップに通い、シュールな演技訓練を受ける。「ワークショップにも通ったし、芝居に自信が持てた」という彼らに、今日の撮影現場、その密売人が参加している、ということを告げると、とたんに動揺する。
……こーゆーくだりはかんっぜんにコントだよね、と思う。本来の目的を見失って、いや、判ってますよ、みたいなのって、コントなら成立するけれど、いくらコメディでも映画であり、ここで起きている物語、展開がある映画でそれをやるのはやっぱり、違うよなあと思っちゃう。

しかもその密売人を、CM撮影で来ていた斉藤由貴が取り押さえ、ピースサインの写真がスポーツ新聞の一面を飾るんである。そーゆー展開の映画にしたいなら、思わせぶりな設定と導入は逆効果だったとしか思えないんである。
どんどん安っぽくなっていくばかりなんだもの……コメディはコメディで好きなのに、“これってただのコメディだよね?”なんて言い方、したくない。

完全に出会い方を間違ったな、私。出会い方が正しかったら、面白がれたかもしれないのに……。 ★☆☆☆☆


縁側ラヴァーズ
2020年 77分 日本 カラー
監督:今野恭成 脚本:今野恭成
撮影:葛西幸祐 音楽:pachi
出演:松田岳 三山凌輝 笹翼 秋葉友佑 岡野陽一 咲希 樋谷怜穏 長田舞莉依 有賀洋之 温水洋一

2020/7/23/木 劇場(シネリーブル池袋)
2があるんだというが、本作だけでいいかな(爆)。つるんとした顔の男の子が四人も五人も出てきて、見分けがつかないとまでは言わないものの、個性のぶつかり合いとまではいかない感じが物足りない。
作劇の仕方のせいなのかもしれんが……。縁側ラヴァーズというほどに縁側への愛を感じられないのがそもそも物足りない。このタイトルからはかなりの期待をしていた。縁側を愛する男子、なんていいじゃないの。縁側でのんびりゆったり。ごろごろして居眠りしちゃったり、本を読んだり、お茶とおせんべいでおしゃべりしたり。猫が日向ぼっこしてたり、庭で芝犬があくびをしていたり。

……全然、なかったね。縁側にわーっ!て集まって、補助テーブルに一気におかずを並べてワイワイ酒飲む。それもまた楽しいけど、縁側愛からイメージした、ゆっくりと時間が流れる……てなことからはあまりにかけ離れていて、まあ私の勝手な期待だったんだけれど、ちょっとガッカリしちゃった。
せめて猫か犬は登場してほしかったなあ……縁側付きの家に不可欠だと思うのは、凝り固まったイメージを持ちすぎだろうか??

……だってこれ、縁側である必要、あんまないじゃん。ただ単に、都会の生活に疲れてのんびりしたくて地方にやってきた、というだけで、まあ縁側付きの一軒家を安く借りられるという設定はいいけど、わざわざ縁側ラヴァーズと名付ける必要もないほど、縁側活用は酒盛りだけなのがもったいなさすぎる。
縁側と若き男子の組み合わせの妙に期待したからこそ、若き男子がそのまんま若き男子の生命力ズドーン!とドラマ展開しちゃうから、縁側関係ないじゃん……と更に思っちゃうんである。

つまり私は、ドラマ展開を欲してなかったんだよね。タイトルから、縁側そのものが主人公であるべきだと思っていた。悩める青少年でもいいよ。その悩める青少年をひと時休息させる場として機能してほしかったと、勝手に期待しちゃったんだよな。
この縁側付き一軒家に引っ越してきた二人のうち一人、料理上手の佐々木はそういう気持があったのかもしれないと思う。しかし彼が思うところというか、バックグラウンドは全く語られないのも物足りないというか、キャラクター上語るべきだったんじゃないかと思う。

佐々木は友人の田井を連れて、“都落ち”した。田井が過労で倒れたのを助けたのだ。田井はあくまで、新しいデバイスの特許を取るために会社を辞めたのだと言い張るが、それは対外的な見栄に過ぎない。でもその見栄を張り続ける。縁側のあるこののんびりした田舎町に来ても、彼は一向にその魅力を享受しようとしない。
てゆーか、佐々木も大して享受しているように見えないし、享受しているのは、アル中かとも思われる大家の“没落貴族”大野と、ご近所さんの年の差ゲイカップル、藤原さんと島田君ぐらいである。それも先述したとおり、酒盛りでワイワイだけでオワリである。もったいなさすぎる。

年の差ゲイカップルを登場させるのはなかなかにチャレンジングだが、成功したとは正直、思われない。何かひと昔もふた昔も前の、差別的な思いをわざといだかせるようなキャラ設定。年の差だけではなく、わざとらしいペアルックでジョギングさせたり、こんな発想、平成どころか昭和だよな……と思わせる。
令和に生きる大家の娘のミーコちゃんが気持ち悪がるというのも哀しいが、そもそもこんな時代錯誤なカップル造形をするからだろと思っちゃう。そして彼らへの理解が、「決めつけるのはよくないよ」なんていうぼんやりとした佐々木の戒めだけで終了とは、とりあえず今の時代のLGBTQ的なもの出してみました、てなことにしか映らないじゃないの。

田井の発明したデバイスというのが今一つピンと来ないのも、物足りなさの大きな要因である。何?これは妄想?ファンタジー??
田井自身は精密な設計図を書き起こしていて特許も取ったんだし自信満々だったが、どこの企業からも採用されないうえに、劇中でたわむれにこのデバイスを装着する男たちは誰もが、田井の意図するところの“見たいものが見える”ことにはならなかった。

ただ一人、ミーコだけが、両親が離婚したのか死別したのかよく判んないけど、“ママ”をその目にしたのである。
ただ……その後ミーコにそのことをきちんと確認はしていないし、飲んだくれの父親に嫌悪を感じているにしても、ママに会いたいと焦がれているという描写はその後一向に現れず、むしろ田井への恋心の方がその後の展開の優先になってくるからさ、あのママが見えた描写は何だったの??とか言いたくなるわけよ。

ホント、あのデバイスはなんだったんでしょうね。後にひょんなきっかけで……本当にひょん、よ。東京から仕事を投げ出して逃げ出してきた友人と、その友人を追ってきた上司とのドタバタで更に縁側感が薄れていき、うーむ……と思ったところで、いきなりの展開。
友人と上司、そしてあの飲んだくれの大家がなんだか海鮮バーベキューみたいなところで盛り上がって、そこにテレビの取材が入って、大家がなぜだか、なぜだかというのもナンだが、もーここまでにはくだらないドタバタがあって、思い返すのも面倒なのではぶくが(爆)、あのデバイスを装着してて、佐々木が、ずっと眠ったままだった親友の発明を売り込んだのだった。

テレビの力は絶大で、その後田井の電話は鳴りっぱなし。あれだけ人生に焦って、親友にも周囲にも当たり散らしていた田井が、その一発で改心するというのは、あまりに都合がよすぎないか……。
だって、結局はテレビの力だよ。それで売り出して、どうなるかなんて判らない。そもそも少なくとも劇中ではミーコにしか“見たいものが見える”実証は得られてない。発明者本人が得られていることさえ示されていないのに、なぜそれが信用できるのか。

この発明品に対する説得力のなさが、本作のもの足りなさにおける最大の原因だと言っていいと思う。
造形だけは妙にカッコよく、片目だけっていうのが“眼帯”なんて言われて確かにメカニックとアウトロー的なカッコ良さはあるけれど、肝心の機能がファンタジーで終わってしまっては、そりゃ企業からはハネられただろうし、今回の殺到も、話題性だけで、更にヒドい事態に陥ってしまう可能性大じゃないのお。

ひょっとしてそのあたりが2で描かれる、とか??でももういいかなあと思う……。
この一軒家でののんびり生活に憧れて突然飛び込んでくる、“ブラック企業から逃げ出してきた”友人の描き込みもあまりに弱いよね。追ってくる上司がいる、ってこと自体がリアリティに薄い。ブラック企業なら社員を追うなんてぐらい大切に思ってない。てか、そんな余裕もない。
実際、この上司が言うように「セール期間中は忙しいって言っただろ」「2年で店長になれるって、お前まだ2年経ってないだろ」という、結局はコイツの甘さだけってことなのだろうが、縁側生活に逃げたいぐらいのツラさ、というのを、いわば作劇上の要素だけにして、こんな風にフワッっとさせちゃうのが、どうなのと思っちゃうのだ。今の時代、それは笑えないわ……。

先述したように年の差ゲイカップルに対するのも、アル中シングルファザーに対するのも、やはり同じよ。
現代的要素として取り入れているのかもしれんけどフワッとさせちゃったら、意味がない。年の差ゲイカップルが、この地で一緒に暮らすまでのこと、アル中シングルファザーが、奥さんと子供との決着がどうやってこうなったかということ、社会派的なことを散りばめても、そこに深い洞察がなければ上っ面で滑って行ってしまう。

アル中大家さんが亡き祖母?の幻聴を聞き、古い梅酒を探しまくるというくだりも、結局彼の目に触れないままに作劇の中途半端なアイテムに使われて終わっちゃう上に、「美味しそうだな」とは決して思われない、苔が生えたようなドブ色の梅酒の造形に、こりゃー酒好きの人が作ってないなと思っちゃう。
梅酒は保管の仕方も難しくないし、年数を経ればいい感じになる。そこまでは判っていたんだと思うが、あんな色には絶対ならない。あれはヒドい。劇中、酒盛り場面が幾度も出て来たけど、アル中キャラを出してきた時点でイヤな予感はしていた。本当の酒好きは、酒は人生の友であり幸福そのものなんだからっ。

劇中の料理もね、なんかうっすらという感じでピンとこない。佐々木は料理好きというキャラで来るのだが、煮込み料理について語るだけで、あとは引っ越した後にミーコに残す常備菜をひたすら作ってタッパに詰めて積み上げる、それを田井が「ミーコのだったのか……」と佐々木とケンカしたことを後悔する、というくだりにだけしか感じられず、料理がおいしそう、というまでにも至らない。
あー、なんか全部全部中途半端だし、縁側ラブ全然感じないし、子役ちゃんは一人子役の役割背負わされて気の毒な感じがするし!!……これはちょっと、ハズしたかなあ。縁側はもっともっと素晴らしいし、可能性があるよ。それを単なる青春ドラマで閉じ込めちゃった気がしてならない。★☆☆☆☆


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