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「ら」


2020年鑑賞作品

ラストレター
2020年 120分 日本 カラー
監督:岩井俊二 脚本:岩井俊二
撮影:神戸千木 音楽:小林武史
出演:松たか子 木内みどり 森七菜 中山美穂 広瀬すず 庵野秀明 豊川悦司 神木隆之介 水越けいこ 鈴木慶一 福山雅治 小室等


2020/1/20/月 劇場(TOHOシネマズ渋谷)
観終わった途端、てゆーか予告編の段階から、うわー、ザ・岩井俊二だと思ったものだが、それはまるで双子のように、亡霊のように、アンサーソングというよりはつきまとう影のように切り離せないあの「Love Letter」こそがそうであって、実はそれ以外には前衛的だったり社会派だったり、かなりつらい描写を描くこともあったし、決して決してロマンチックなだけの作家ではない筈なのだから、そう思われるのは本人としてはどうなのかなと思うのだが。
でもやはりやはり、大多数の人が、岩井俊二といえば「Love Letter」をまず基本として思い出してしまうのだから、もしかしたらそれに決着をつける意味合いもあるのかしらんとうがった見方もしてしまう。あれだって大人になって過去の淡い恋愛を振り返る物語だったが、若い大人、であった。本作は大人も後半戦であり、監督自身の年齢とも近い。それは、「Love Letter」の年代と共に彼がたどった経過でもあるような気がしている。

そして、松たか子である。「四月物語」!そうだ、あれもまた、ザ・岩井俊二ともいえる掌編であったのだった。本作の物語世界なんて、そっくりそのままそんな少女漫画があったんじゃないかと錯覚してしまいそうな筋立てなのだが、「四月物語」に関して言えば、こんなウブな女の子ホントにいるんかいなと当時でさえも思ったものであった。
そうだ、今のしっとり系大人美女松たか子はあの時、あんなにもいじらしいほどの少女であったのだ。そう思うと隔世の感を覚えずにはいられないが、本作における松たか子は、そうその「四月物語」の、純な面影を引きずっているのだ。

実際の家族がカメオ出演したかの作品でも当然彼女は妹であり、本作でも妹である。女優、松たか子から普段は感じることのない妹気質を、今の彼女から引きずり出してしまうのだから恐るべしである。
勿論、妹として憧れの姉を自殺で失ったという背景は辛い出来事に違いないのだが、「Love Letter」がそうであったように死んでしまった人は語られるだけで登場することはなく、だからなんか一種の妄想ちゃうの、とツッコミたくなるぐらいなのだ。

でもそれをさせないのが、女優たちと情景の恐ろしいまでのみずみずしい美しさであり、辛い過去は語るにとどめて、思い出される過去の思い出はただただうっとりする、まるで絹の手触りのような甘やかな青春なのだ。……そう見えないながら、相当の剛腕だよなあと思う。

松たか子扮する裕里は姉、未咲の死を伝えるために、同窓会に赴くも未咲自身と勘違いされて訂正も出来ないままスピーチまでしてしまう。そんなんあるかと思う観客の気持ちをけん制するかのように、その顛末を聞いてあきれた夫に、そうなのよう、とスネたような物言いをする裕里。
漫画家である夫(庵野秀明!)が裕里に連絡を取ってきた当時の先輩に嫉妬してスマホを風呂に投げ入れるとか、この夫婦がなんかコミカルながらラブラブを前面に出してきて、……そんなん今時あるかと思いながら、つまりそれもまた、裕里の無邪気な可愛らしさが家族に愛されている様を示していて、……松たか子だよねぇ、岩井監督スゲーな……と思っちゃうんである。

そりゃもちろん、憧れの姉が悪い男に引っかかって心の病にかかって、ボロボロになって自殺してしまうという顛末は、なんたって憧れの姉なんだから辛い経験には相違ない。ただそれは、不思議に遠いんである。岩井演出の凄いところは、こんなソーゼツさを、ロマンチックの向こうに置いちゃう強引さにあるんである。
母親が自殺しちゃった、その原因は自分の父親にある、という立場にある娘ちゃんの鮎美に至ってはその壮絶さは計り知れないし、裕里よりもその重さを受け止めている感はあるのだが、でもそれも、母親が恋し続けていた乙坂鏡史郎がお母さんを迎えに来るのを待ち続けていた、という……まあちょっと信じられない純真さが、若い女の子のパワーで妙に説得力を持っちゃって、押し切られてしまうのだから、なんか凄いのだ。

広瀬すず嬢が、鮎美とその母親の未咲、二役を演じる。遺影さえも「若い頃の写真しか残ってなくて……」てんだから、ソックリなんである。
二役つーても、未咲が死んでしまった後年は描かれないから、高校時代、つまり今の鮎美と未咲とを、髪の長さだけが違う形で演じる。勿論超優等生で生徒会長であった未咲と、ごくごく普通の女子高生に見える鮎美とは印象は全然違うのだが……。

未咲は生徒会長をするほどに優秀で学校の有名人だったし、同窓会に現れた裕里を未咲と勘違いして取り巻くかつての同級生たちは未咲が現れた!というだけで狂喜乱舞だったが、これってかなりツラい描写だよね……と思っちゃう。
だって、だってだってだって、いくら姉妹でも、いくら20年以上経ってても、見間違えるなんてこと、ある??未咲を待ち構えていた、まさか妹が代理で来るとは思わなかった、そういうエクスキューズは確かに成立するかもしれない。でも「すぐに判った。なんでみんな判らなかったんだろうな」という鏡史郎の台詞は、そらそうだろうと思い……。
つまりそれって、未咲が、当時の学園のアイドルであったのは間違いないにしても、その後友人として付き合いを続ける人もなく、つまり今の彼女を知る人が誰もいなくて、いやそもそも今の彼女に気づけなかったということは、当時からして……ということを、想像できてしまうのだ。クズみたいな男に引っかかって身を持ち崩した、というのはいわば陳腐な展開なのかもしれない。でもその裏に、本当の、赤裸々な自分を見てくれた友達なり恋人なりがいなかったということなのかと思っちゃう。

それは家族でさえも、である。妹の目から見てもまぶしい憧れの存在だったお姉ちゃんは、だからこそその辛い最期が哀しい出来事だったんだろうけれど、でもその本当の辛さは……どうだろう……。
正直ね、未咲を追い詰めた元夫に豊川悦司、彼の今のパートナーに中山美穂が出てきた時には、うわー、「Love Letter」組をそう使うか!!とただ単に嬉しくなっちゃっただけなんだけど、時を経て、あのムネアツのラブストーリーに、しかも純愛の関係のままであった二人が、すべてを飲み込んだ、疲れ切った“後半の”大人としてさびれたアパート、さびれた飲み屋街にどんよりと現れるのが、ああ、少女漫画なだけではなかった、と思って……。かつて、少女漫画的ロマンチックで胸を躍らせた二人を、胸躍らせた観客の前にドーン!!と落として、でも一方で、広瀬すずや松たか子には、ロマンチックを継承させ続けるのだ。

広瀬すずはまぁ、判る。だって若いし、まさに今ピチピチ旬の女の子だし。母親の辛い過去、自分自身も辛い記憶を通ってここにいるんだけれど、母親の自殺にも、「お母さんは悪くないのに、それを隠すなんて」と憤る強さがある。
母親の元カレに対して「ずっと待ってました。もっと早く来てほしかった。」とぜってーこんなの言えねー!!とかつてのダサブス女子高生時代を思い出して身震いするワレをよそに、可憐に言ってのけるすずちゃんに、はー、かなわないなあと思っちゃう。

でも、松たか子を、その可憐さに引きずり下ろす手腕には……驚嘆したなあ。初恋の先輩に、つまりは当時彼女は失恋した訳で、先輩からお姉ちゃんに託された手紙を握りつぶすという所業をやってのけた訳で。結構アッサリスルーされた感があるけれども、当時の裕里の心理状態や、手紙を握りつぶした経緯はかなりの悶絶があった筈で。
でもそれは、美しき過去という中に容赦なく収れんされ、それもまた……残酷なまでの手腕だと、思うのだ。

見た目には、優等生のお姉ちゃんが、そんなことしちゃいけない、自分の気持ちを伝えなさいと指導し、先輩に告白して玉砕、という、いわば美しき正しき展開なのだが、まー、フツーに考えて、こんな出来たお姉ちゃんに嫉妬の炎を燃やしてバチバチするのが本当だよね。でもそれをやっちゃうと、ザ・岩井俊二は崩壊してしまうのだ。
こんなんないさと思うが、素直な妹がアラフィフになってもそのまんまで、初恋の先輩と再会出来て、本にサインをもらってキャーキャー言ってるのが、「四月物語」の松たか子が、そのまんま年月を経てここにスライドしてきた、それをやらせちゃうのが、本当に凄いと思って……。

鏡史郎は売れない作家で、世に出たのは未咲との思い出を綴った一冊のみで、今は鳴かず飛ばず。もはや絶版の本だが、まず未咲が当然持ってるし、未咲を追い詰めた元夫も持ってるし、鏡史郎の手持ちを裕里にプレゼントもする。そしてその三冊すべてに請われて、鏡史郎がサインをするってのが、なんか最後には笑えて来るんである。
自身、書けない作家、売れない作家と自覚しているのに、数十年ぶりに訪れた郷里で、元カノにソックリな彼女の娘に出会ったり、廃校になる直前の母校に訪れたり、なんかなんか……甘美すぎてクラクラして、売れない作家なのに、まるで作家先生みたいに三冊もサインして、書き続けてくださいと、自分に恋してくれていた、恋人の妹から言われて……何これ、何なの、甘美すぎるだろ!!

そうだ、岩井監督自身も言っていたけれど、「Love Letter」は冬の物語で、本作は夏の物語。すずちゃんと、彼女のいとこである森七菜嬢は、過去では姉妹役で、その、一方がしっかりしてて一方がちょっと甘えたちゃんというのもそのままで。
現在時間の夏の日のワンピース姿の二人、やけに巨大なワンちゃんと白々と輝く非現実的な夏の日の中散歩している二人、それに偶然行き会う鏡史郎、まるで当時の姉妹にタイムスリップして出会ったような錯覚を起こす感覚とか、甘やかなんだけど、なんかちょっとぞくっと来るような感じがするのは……勝手に姉妹幽霊、「シャイニング」とか思い出しちゃったからかしらん。こわいよーっ。

言い損ねたが、子供たちから老いらくの恋とはやされる、裕里の夫の母親と彼女の恩師の淡い関係、ここにもまた、本作の中で貫かれる、手紙のいとおしさがあって、そうか、そうだった、本作は、手紙こそであり、それは「Love Letter」がまさにそうであり、「Love Letter」もその行き違いの切なさが見事だったけど、本作はさらにそれが他の関係性による手紙のやり取りもサブでおりまぜる面白さもあった。
裕里と鏡史郎のメインのやりとりにも、その子供たちが割り込んで身分を偽って手紙を出すスリリングさがあって、でもそれを大人は見抜いてて、みたいな、見抜いてるけど、あえてその中で本心を吐露する、みたいな、手紙重層ハーモニーみたいな!
本という点でもそうか、そうだった。手紙もそうだけど、本も共通して重要なファクターだったのだ。ファン心をくすぐりまくるなー!★★★☆☆


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