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タイトル、拒絶
2019年 98分 日本 カラー
監督:山田佳奈 脚本:山田佳奈
撮影:伊藤麻樹 音楽:
出演:伊藤沙莉 恒松祐里 佐津川愛美 片岡礼子 でんでん 森田想 円井わん 行平あい佳 野崎智子 大川原歩 モトーラ世理奈 池田大 田中俊介 般若
仕方ない。適宜役者さんの名前を使いつつしかない。伊藤沙莉嬢演じるカノウは確かに主人公には違いないが、ほどなくして狂言回しに近い存在であることが判ってくる。
ここに集う様々な事情、というか、様々なワガママを抱えた女の子たち、そしてスタッフの男の子も含めてすべてが主人公であるわけなのだ。
カノウは何を思ってこの世界に飛び込んだのか。リクルートスーツにきっちりと履歴書を持ってフーゾク店の門をたたいた女の子なんぞ、これまでいなかっただろうが、チンピラ以上ヤクザ未満といったふてぶてしい風体の店長は特にそれを不思議がる訳でもなく、さっさと客の元に行かせる。
カノウは判りやすく中年男の醜悪さにショックを受けて、下着姿で逃げ出してしまうんである。
本当に、なぜ風俗をやろうと思ったのやら。カノウの過去は特に明かされない。意外に他の女の子たちのバックグラウンドは重要なところはちらりちらりと明かされるから、カノウの語られなさの方が逆に際立つ。
だからこそ狂言回し的印象がより濃くなる。彼女は特に、複雑な家庭環境で苦労したとか、就職活動に落ち続けたとか、語られることもないのだ。ただふっと、フーゾク店にリクルート活動し、“営業”に挫折し、“裏方”スタッフとなる訳なんである。
かまびすしい、という表現がピッタリの、雑居ビルの一室の小さな待機部屋だが、よーく観察してみると耳をつんざくような声でしゃべくっているのは三人ばかしである。
奥の方に、体育座りをして大学ノートに何かを書き連ねているメガネ女子、容姿端麗でクールな女子はしゃべくり女子たちを氷のように見下していさめ、ベテラン女子(礼子さん)は特に動じることはないが時には一喝したり。その間をカノウはおろおろ行き来している、といった感じ。
花のようにその場所にくるくると舞い降りてくるのが一番の売れっ子、マヒル(恒松祐里)。いつもアハハ、ウフフと笑って、こんな苦界に身を沈めている(古風な言い方をしてしまった)ことを感じさせない、アイドルみたいなカワイイ子である。
後に彼女の妹、という子が出てくる。ちっとも似てないモトーラ世理奈嬢である。一番の似てなさは、妹ちゃんはちっとも笑わないこと、なんである。でもそれが不思議に、子供っぽさに思えてくる。妹だから、というんじゃなくて。
デキ婚して、でも金がなくて姉に金を借りに来た(返す気はないだろうが)というのに、要領よく生きているズルいお姉ちゃん、と憎悪を隠そうとしないんである。金を融通してもらってそう言うか、と思うがお姉ちゃんであるマヒルはそんなことを言われても、やっぱりアハハ、ウフフと笑っている。
……次第に彼女が狂気の女に思えてくる。あながち、彼女が冗談めかして言う、東京なんて全部燃えてしまえばいい、という台詞が冗談に聞こえなくなってくる。
いや、ここに集う女の子たちは多かれ少なかれ、そんな思いを抱いているのだろうと思う。
いつも部屋の隅っこで、大学ノートに何かを書き連ねていたメガネ女子は、結局それが何を書いていたのか明かされない。カノウは置き忘れた彼女のノートをめくるけれど、カメラはズームしないから。
アツコ(だったよね、多分……佐津川愛美嬢)が自身のワガママが原因でトラブルを起こし、ギャーギャー騒いで暴れまわった末にわんわん泣き出した時、いつも静かに座り込んでいたこのメガネ女子が爆発した。どこかからの電話を深刻にとった後だった。簡単に泣かないでよ!!と言い放ち、店長に帰宅を願い出た。
「父親が、病院で死にました」ただ、死にました、ではないこの言い回しは、ずっと闘病していたことを予測させ、こんな仕事をしている理由を憶測させる。
そして、電話口で母親をなだめていた口調に、……彼女にとってお母さんは、あるいはそれ以外の家族親戚も、頼れる存在ではなく、自分が経済的にもその他にもしっかりと立っていなければならなかった立場だったのだろう。
スタッフの二人の男の子は共に印象的である。入ったばかりの若いコは、始終運転手をやらされているが、免許を取り立てなのか単にビビリなのか、運転が恐怖らしくいつも「替わってくれませんかねえ」と気弱く言うが聞き入れてもらえない。
そんな彼だが店の女の子にホレられてしまっている。カワイイ子だけれどまあわっかりやすく重いコで、どうやら“一度ヤっちまった”ことでつかまっちゃったらしい。
それが彼女の計算づくだったにしても、手編みのマフラー(!!)やら、結局お腹を壊した弁当(!!!)やらを断り切れない、てゆーか、内心では嬉しいのにそのコワモテを必死にポーズで保ってる感が、何度も何度も、観客にあたたかい笑いをもたらす。
彼の中の、誰とでも、禿オヤジともヤるフーゾク嬢がカノジョだなんてありえない、というのは、実に純粋な理想論なのだが、そう言って、つまり汚いモノ扱いして突き放しても結局戻ってきてしまうのが、笑えるし、切ない。
もう一人のスタッフの男の子とはまさにその点、対照的である。多少、彼よりは年かさで、落ち着いているようには見えるけれど、最初は大差ない感じに見えた。カノウとも気安く話が出来る相手で、マヒルから、彼のこと、好きなんでしょ、とからかわれたりしていた。
穏やかで何の問題もなさそうに見えた彼だが、「飲みにいかない?」とカノウを連れて行った先で、荒れた。飲みに誘われた時のカノウの一瞬の微妙な表情の変化で、それまでも、マヒルが言わなくてもなあんとなく、そうかなという気はしていたが、やっぱりそうだったか、と思った。
でも行く先は、彼のやけ酒だったんである。後に彼はカノウに、ぐっと年上の女性になぐさみで付き合わされていることを告白する。
つまりここのフーゾク嬢と同じ立場だということ、なんである。そうなると、好きだからセックスとか、よく判らなくなる、彼は何か虚無の中にいる。
その時点では、この店ももう崩壊寸前、アツコが放火直前の暴れ方をし、すわ大爆発!!と思ったところでカットが切り替わる。ちょっと焦げたぐらいで済んだらしい事務所を彼が片付けているところにカノウが手伝いに入る。
その時に交わされた会話で、なぜ自分にそんなことを話してくれるのか、そう問うたのはなにがしかに期待があった、のかもしれない。多分、そうだろうと思う。
もうその時点では大半のスタッフ、キャストが離れていて、あともう一人、ルンルンでハデハデ、しかしきっと心は乙女なおばちゃんがいるっきりである。
彼女に関してはギャグみたいに登場したし、店長の言うことを真に受けて“ひどい目に遭いそうになったら金玉を噛み切れ”というのを、実行しかかったらしく、それでひと騒動持ち上がってデリヘル嬢たちの間で私情、事情が入り混じって大混乱になるのだけれど、その時だってこのルンルンおばちゃんは全く動じることなく、むしろ素直に指示に従ったのだと言わんばかりなんである。
いや、……もしかしたら彼女が最もマトモだったんじゃないかと思えてくるから不思議である。劇場中の男性客たちはこのおばちゃんが登場するたび爆笑していたが、私は不思議に笑えなかった。
見た目的にもいかにもコメディリリーフだとも感じるのに、笑えなかった、のは、彼女は彼女の信念に従って、まるでふざけている気持ちはないであろう、と思っちゃったから、なんである。
つまり、笑っている男性陣、その笑い声からして、恐らくそれなりに中年以降の男性陣は、そもそもフーゾク嬢としてここにいること自体、オバチャンだしバカみたいにハデハデだし、頭悪そうだし、失格だろ、と思っているのが判る、侮蔑の笑いであるのだというのが、判っちゃう、んだよね。
同じ妙齢の女性でもこれが美人の片岡礼子なら、そんな笑いは起きないのだ。
この時、カノウが、自分自身無意識に恋をしていたスタッフ青年から、「(こんなことを告白するのは)カノウとはそういう雰囲気にならなそうじゃん」と言われて思いがけず大ショックを受け、大号泣をした。居合わせたハデハデおばちゃんは、アメちゃんを差し出したりしてカノウを慰めようとした。
この時にも男性陣の客層から笑いが起こった。でもその一瞬後、カノウが最上級の怒りをおばちゃんに爆発させて、ドーン!!と突き飛ばした、のだ。シャレにならない本気のドツキだった。いきなり笑いが収まり、シーンとなった。
スクリーンから見切れたおばちゃんはそれ以降、登場することはなかった。ただただカノウの号泣が続くばかりだった。こんなの、おかしいんだけれど、観客側に、カノウのワガママさ、自己満足さな感情が沸き上がってきた。
優しい気持ちでカノウをなぐさめようとしたオバチャンを無常に突き飛ばし、スクリーンの外に追いやって、いわば亡き者にする資格があるのかと。
その後もアツコさんが店長を殺しそこなったり、運転苦手青年が結局すっかり彼女の尻に敷かれていたり、後日譚が示される。
小さな雑居ビルで繰り広げられた人間模様は、そこにいた男女にとっては人生そのもので、売れっ子であることも、店長とヒミツにヤって金を得ることも、オーナーにへこへこすることも、客とのトラブルをもみ消すことも、そしてそれぞれの事情……死んでしまった父親としがみつく家族、不倫がズルズル続いてフーゾクに流れて来たキャバ嬢、人生、そのものなのだ。
こんな小さな空間のことなのに。カノウのことを改めて思う。ヤハリ彼女は、名前さえ与えられてはいたけれど、どこか仮面のようにその人生たちを見つめている存在だったように思う。カノウの存在に、彼ら彼女らが生かされていたのだ。★★★★☆