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「や」


2020年鑑賞作品

893愚連隊
1966年 88分 日本 モノクロ
監督:中島貞夫 脚本:中島貞夫
撮影:赤塚滋 音楽:広瀬健次郎
出演:松方弘樹 荒木一郎 広瀬義宣 天知茂 近藤正臣 ケン・サンダース 稲野和子 三島ゆり子 桑原幸子 高松英郎 穂高稔 宮園純子 潮健児 脇中昭夫 遠藤辰雄 神戸瓢介 待田京介 丘椎三 那須伸太朗 加賀邦男 横山アウト 小島慶四郎 藤岡琢也 佐藤綾子 勝山まゆみ 藤健次


2020/4/17/金 録画(東映チャンネル)
わっかいわっかい松方弘樹率いる愚連隊のメンメンの“チンピラ京言葉”とでもいったものがめちゃめちゃ早口で全然聞き取れず、苦しみまくる。それは、彼の大先輩、往年の映画スターのオーラを否応なくにじませる天知茂の、同じ男臭いなまり方でもじっくりと耳なじみのいい声と喋り方とはまるで違っている。
それはもちろん、彼らの対比もそうだけれど、映画の世代間というか、ナマな青年としてスクリーンに持て余す若さをぶつける松方弘樹たちと天知茂の対比をも思わせて面白い。

てなわけで最初の方は、台詞が聞き取れないことが物語が判らないことなんじゃないかと思って焦っていたが、次第に本作がクールにまとうモダンジャズのように、音楽のようにハーモニーのように彼らのはっちゃけたやりとりを聞いていればいいのかもしれない、と思い始める。
そもそもの、この愚連隊ということである。彼らは自分たちをそう称している。“シノギ”はケチなものばかりで、タクシーの払いに細かい金がないから両替してくるとトンズラしたり、たこ焼きを買いに行って一緒にいた男に渡させ、「あいつのことなんて知らん」と料金を払わなかったり、実にセコい。

松方氏演じるジローがこの若きグループのリーダー的存在だが、思いがけぬ人物と再会する。愚連隊としての先輩の杉山である。天知茂である。だーい好きな、天知茂である。
ああなんという美しさ。そして改めて彼はなんとまあモノクロが似合うこと。松方弘樹の若さだけではないヤンチャであか抜けないぼっちゃん的な雰囲気と比して、まるで貴族のような上品な男前。まさに、映画スターとしての時代と性質のいい意味での溝を感じさせる両極である。

天知茂からは愚連隊、だなんてイメージはわかないが、実に15年ムショにブチ込まれたその前は、そんな血気盛んな若者だったのだろう。
ところでアッサリ15年と書いてしまったのはデータベースを信用してからのことだが、そんなには……だってこの時の松方弘樹マイナス15年ってまだ子供じゃないのとか思っちゃうし。さすがに15年はないかなあ。

だって、待たせていた愛人も、そりゃあ15年経っていたら待ってるってことはないだろうしさ。「あんたがいいひんまに、世の中は変わってしまった。落ち着いてしもたんよ。」キッツい台詞である。
愛人は、友人の妻となっていた。子供もなして、幸せそうだった。この友人ももともとは愚連隊ということだろうが、今は博奕打ちとして鳴らしている。愚連隊にしろ博奕打ちにしろ、観てるこっちにはそのネーミングはイマイチしっくり来ず、頭の中で、愚連隊=チンピラ、博奕打ち=極道と変換しつつである。

そして舞台が京都であるというのも絶妙に面白くて、大阪でも広島でもなく京都でのヤクザものというのは、なかなかお目にかかれないんじゃないかと思うんである。まー北の片田舎を転々としてきたこちとらとしては、西のなまりや文化風土の違いはなかなか区別がつきにくいけれど、判りやすく頭に浮かぶオオサカとは、確かにちょっと、違う気がする。
セコさとムチャクチャさを行ったり来たりのワカモンなのに、博奕打ちの“お兄さんがた”に粛清されるととたんに去勢された犬みたいに大人しく引き下がるあたりが、オオサカやヒロシマじゃないのかも……と思ったり。

しかし、彼らは結構エグいことをやる。人妻を言葉巧みにたらしこんで、仲間内で輪姦したのち、言いがかりでしかない不条理な借金を負わせて、スナックのママという名の売春をやらせるんである。鬼畜である。
ちなみにこの人妻、のぶ子をたらしこんだのは、いかにもチャラい優男で女の子と遊んでいたところを、脅迫めいたスカウトで加入した大隅という青年で、なんとまあ、近藤正臣でしたか!!今の、銀髪の素敵なおじさまにどうやったらこのチャラ男がなるのかと不思議になるぐらいだが、言われてみれば確かに近藤正臣!!

てかもー、コイツがヒドいやつで、つまりはキーマンで、そもそもが純粋な?愚連隊じゃないから、そういうなんていうか、仁義っていうの??ていう意識にことごとく薄いんだよね。
確かに女をひっかけるのに適した人材として引っ張ったし、その役目を天から与えられた才能のように見事にこなすんだけれど、残酷で、人情のかけらもなくて、どこかそんな彼の気質がグループ内にも染みわたってしまって。
だから……こののぶ子を……こともあろうに……言うことを聞かすためとはいえ、あまりにもひどい……仲間内での輪姦という悪魔の所業にさらすのだ。

もう、見てられない、と思ったのは、観客だけではなかった。愚連隊メンバーの、純朴な青年ケン。彼の母親が、そういう目にあっていたところを目撃したのか、あるいは自分がその果てに産まれた子だったのか、でもとにかく、そういうことだったのだろう。
風貌からも察せられるとおり、彼はこの戦前戦後の落とし子、杉山と出会った時から妙になついている子犬のように可愛らしい彼の発した、最初の台詞が忘れられない。「兵隊やってたんなら、ウチのパパと戦争したやろ」

きっと彼は、父親は無論のこと、母親のことさえ、知らないのかもしれないと思わせる。杉山と親子ほどに年も違うのに、不思議にシンパシィが合ったのは、あの可哀想な人妻、のぶ子が杉山と情を合わせ、ケンともまるで友人と親子の半分このようにつながり合えたから。
疑似家族というか、そもそも家族の定義っていうのも怪しげだし、切なくはかないこの三人の関係が、きっときっと、このまま幸福には終わらないだろうと予感させられて、祈るような気持ちにならざるを得ないのだ。

杉山は元愚連隊ということだったけど、やはり年齢的にどこか、仁義を重んじる博奕打ち側の雰囲気がある。
若くて血気盛んで、卑怯なことや残酷なことも臆せず、セコいことにも恥を感じずに突き進むジローたちとは明らかに違う。

女を商売にするにしても、ヒドいやり方をする彼らに杉山は疑問を呈するが、おっさんが何言っとるん、てなぐあいに彼らは鼻であしらう。
「(博奕打ちは)昔の殿さんと同じで、殿さんの息子じゃないといい思いが出来ない。その点愚連隊は民主主義やさかいな。博奕打ちと違って親分はいない。」という台詞がすべてを言い表している。

その民主主義てのは強い相手にはとことん弱く、その相手が博奕打ちだっていうのは、皮肉というかさ。
でもラスト、キモを据えて、死をも覚悟して、男であり人間だということを胸に刻んで闘うのには、このしつこいぐらいの伏線が必要だったということなのだろう。

杉山は、自分を慕ってくれるケンと、いつか情を交わしたのぶ子と、どこか遠いところに行って穏やかな生活をしたいと願う。ナマイキなメンバーたちにぐっとこらえて、こつこつとシノギを得る。
そんな中、昔の仲間から大きなシノギが舞い込む。発売前の原薬をいったん横取りして、発売日をタテに買い戻させるという大仕事。杉山にとっては、これを機会に足を洗うためにもしなければならない仕事。ジローたちも大いに盛り上がる。

しかしてこの時、あの大隅である。近藤正臣である。あの食えない青二才が、既に博奕打ち側に寝返っているんである。しかもそれが情けない理由というか、うぬぼれ小僧のコイツは、博奕打ちにへこへこしている愚連隊にもの足りなさを感じ、自分一人で出来るしね!と、旧知の女を巻き込んでのトンズラを図っていた。 しかし、博奕打ち側からそのナマイキ思想を見込まれて脅迫まがいにスカウトされると、……いつの時代も現代っ子、新人類としか呼べない手合いはいるもので、コイツは、あれだけ唾棄すべきオッサンぐらいに言っていた博奕打ち側に寝返っちまう。

とーぜん、このシノギを横取りするべく密告、博奕打ちに対してはとにかく弱腰の愚連隊たちだからタカをくくっていたんだろうが、杉山は、杉山だけは……首を盾には振らなかった。そして……無残に殺されてしまった。
もーう、そんな予感はしていたが、大体、女とハッピーエンドなんて、こーゆー手合いの映画ではあり得ないんだから、予感はしていたが、私の大好きな大好きな天知茂を殺さないでーっ!!(泣)

杉山の死、そして、彼の死に打ちのめされたのぶ子が、愚連隊の子飼いである立場の彼女が、このうぬぼれの生意気の、なのに無力な彼らに、ウジムシ、ゲジゲジ、インポ!!と浴びせかけ、ジローが突然、目覚めるのだ。
「ワシはインポやないで」そこかい!!とツッコみかけるが、彼の眼はマジである。

杉山とのジェネレーションギャップ、シノギのやり方の違いは常にあった。「兄貴の頃とは違う。食うもんも着るもんも余っとるんや。」
「食えないからじゃなくて、おもろないから愚連隊やってる。スケをどんどんこましたらええのや。」
「楽しく行こうや。電気冷蔵庫には5年の保証があるけど、わいら人間には明日の保証もないんやで。」

ジローがぽんぽん浴びせかける、“民主主義の現代”の言葉は若々しく勢いはあったけど、でも心はなかった、気がする。
それを、最後の最後、杉山が死んでようやく気付くっていう、バカかお前ら!!っていう……。

救いだったのは、ケンとのぶ子が、その疑似親子関係を保持して、希望を持って新天地に向かうシークエンスを挟んでくれたこと。
その後、ジローたちは知恵を振り絞り、横取りされた原薬と引き換えの大金を奪う計画を立てる。捨て身だから、もう怖いもんなしである。メインキャストの杉山が早めに死んでしまっているので、それ以降の死亡者が出るかも……とドキドキしながら見守る。

しかし、最後は途中で切れた建設途中の高速道路、という、そんなところに偶然迷い込むか!!とツッコミたくなるが(彼らの動揺っぷりからは、最初からその計画だったとは考えにくい)、見事なドライビングテクニックで、ジローはキキキと手前で車を止め、猛スピードで追っかけてきた相手はそのままダイブ!墜落!!
しかしオチがその後にちゃんとあって、その顛末を見守るために車を降りたジローたち、乗っていた車がブレーキをかけていなかったらしく、ずるずると道路の傾斜をあとずさり……なんかに突き当たった衝撃で、オイルが漏れたのかしらんが、とにかく炎上!!あぶく銭は露、いや、灰と消える。

そこでエンドになるのかなーと思ったが、愚連隊として生き残ったジローたち三人が、まるで映画の冒頭に戻ったかのように、ケチな言いがかりで小銭をせしめたりしているのにちょっと笑っちゃって、たくましいな、コイツら、最初から野心とかいい意味でなかったもんな、と思わせ、ちょっと好きになっちゃうかも、と思わせて終わる。
考えてみれば大隅や杉山は、彼らにとっていらない、異物だったのかもしれないとも思ったりする。一番たくましく、強いのは、彼らのような、いい意味で恥知らずで、いい意味で自分勝手で、いい意味で……いい意味なのかしらん、本当に??ああ、判らなくなってきたわ。★★★★☆


約束
1972年 88分 日本 カラー
監督:斎藤耕一 脚本:石森史郎
撮影:坂本典隆 音楽:宮川泰
出演:岸惠子 萩原健一 南美江 三國連太郎 中山仁 土田桂 大久保敏男 姫百合子 殿山泰司

2020/5/24/日 録画(日本映画専門チャンネル)
岸恵子だからついついイメージ先行でそう思ってしまうのか、まるでフランス映画みたい、と思ってしまう。落ち着いて考えてみれば、こんな奇跡の恋なんて絶対にない。ない筈なのだが、物憂げなトーンの色合い、繰り返される悲哀たっぷりの旋律、なんだか酔わされてしまう。
冒頭のシーンが、時間軸をさかのぼった現在であり、ラストにつながっていることに、実にラストになってああそうかと気づくほど、あまりにも哀しく孤独な魂の彼女の姿にそのままスルリと物語に誘われてしまう。

仏頂面の初老の女に付き添われて、北へと向かう長距離列車に乗っている女。いかにも意味ありげである。そこへ気軽に乗り込んできて馴れ馴れしく隣に座る若い男。
すその広がったボトムスにロングコートをひらめかせ、キザに黒いネクタイにサングラスまでしたいでたちはチンピラ感さえあるのに、サングラスの下の顔があまりにも無邪気で人懐っこくて、決して口を開かないと決心しているような女の口元さえ、ほころばせてしまう。

「あんたの顔って笑った方がいいね」なんてナマイキなことを言うこの男こそ、ショーケン。ショーケン!!まさかの可愛さ。
いや、私はあまり彼の作品に接するチャンスがないのでそもそものイメージとかはあまりないんだけど、こんなこんな、人懐っこく、列車に隣り合わせた年上の女に、しかもその女には仏頂面のオバサンがついているのに、気にせず話しかけ続け、弁当までおごって、飯粒を口の周りにくっつけながらがっつくなんて、なんて可愛いの。

アプローチがあまりにもまっすぐで、一目惚れしましたと直球で表現していて、たじろいでしまう。岸恵子との年の差はかなり感じるが、実際はどの程度だったのだろう。
劇中、彼女は自分が35年も生きてしまったといい、彼は自分の年は明かさないが、たった35年ぽっちと笑い飛ばすのは、まさに若さゆえ、だろう。岸恵子のアダルティな魅力も相まってか、下手したら親子にさえ見えてしまうほどの釣り合わなさが、逆に狂おしい恋心を彼女の中にも燃え立たせてしまったのが、外見はクールなままに押し切るだけに、ギャップで目に見えるようで。

岸恵子演じる螢子(けいこ)がなぜこの列車に乗っているかというと、そもそも彼女は殺人の罪で刑に服しているのだが、模範囚ゆえに特別外出を許されたんである。
それは母の墓参り、ついでに同じ刑務所にいる女囚からその地に住んでいる彼女の夫に託された手紙を届けるため。こんなへき地の同郷が同じ刑務所に服しているというのもそんな偶然あるかいなとも思うが、そこはいわば同じような愛の道に迷った女同士を示すエピソードだからなんである。

螢子の罪は、新聞の小さな記事の見出しで一瞬語られるのみである。暴力をふるう内縁の夫に苦しみ続け、殺した。
しかし後に裁判で言い渡される情状酌量の文句は、「犯罪の出発はまさしく愛の欠乏からであり、夫の心を所有すると必ず生まれる幻影のとりことなり、情熱が愛するものをとらえた瞬間、精神的肉体的愛する対象としての夫と自分がすべて結合すべきと思い込み、喜びが過ぎて欠乏の淵に堕ちた。女である自分の狭い限界から逃げるために罪を犯した。無限の乾いた世界の中で貧しい時分に気が付いた」だのと、哲学の授業かい??と思うほど意味が判らない。でもこーゆーあたりもなんとなくフランス映画っぽいような?

だからまあ……いい意味で現実感があえかな美しさがある、ということなのかもしれない。そこにまるで野生の猿のように飛び込んできたザ・闖入者、ショーケンは彼女が黙りっきりなのにまるで臆せずに話しかけ続ける。
「外国映画で見たんだ。育ちのいい人は知らない人と口きかないってね。だったらマッチを通じて知り合った仲じゃない」とタバコをぷかぷかふかし、「あんたおしかい?可哀想にねえ」とかとんでもないこと言って、手話だかなんだかインチキな手ぶり身振りで振り向かせようとし、隣の幼い女の子が笑いだす。

結局彼はこの列車に乗った先で強盗を犯し、しかも仲間割れして瀕死の重傷を負わせ、逃亡するという事件を犯す。
いわば大仕事をする行き先の列車で、そんな精神状態でめっちゃ年上の女性に一目惚れし、一仕事終えた後にぜひ会いたいと願い、みたいな、落ち着いて考えてみればなんなんだ!!と思うんだけど……。
なんかもう、ショーケンが中学生男子みたいに恋する瞳で、そう、まさに、大人の女の先生に恋する中学生みたいでさあ。

そういえば、根掘り葉掘り、彼女の正体を聞き出そうとしていた中で、「中学校の先生?」と彼は聞いていた。まるで、中学生の男子である彼が、女教師に恋していた過去があるように思われた。
螢子の荒れた手に気づき、「見かけによらず働き者なんだな」と言う。ハッとする彼女。「おふくろに言われたんだ。手がきれいな女は男を騙す。気をつけろってね」

その後、列車の手洗い場で荒れた手を水に浸してハンカチで丁寧にふき取る彼女のシークエンスが、どういう気持の推移だったのか……。彼に言われたことで、夫へ尽くした過去がよみがえったのか、荒れた手を見られたことへの恥じらいなのか……。
ただ、いくら若いとはいえ女に対してそんな見た目のことをぽんぽんと言えるあたりが、いや、だから若さなのか。だから彼女もしつこくついてくるこの可愛い男を振り切れないのか。

目的地に着き、それでも彼はしつこく彼女の後を追う。夜まで時間が出来ちゃったからついて言ってもいいだろ。知らない町が怖いんだよ、なんて言って、動揺するかどうか彼女の顔色をうかがう。
あっさり降参して、「あんたの母性本能をくすぐってみたんだよ」なんて言う。もうなんなのコイツ!!ってな感じである。なんでこんなに無防備なのだ。こんなヤツに犯罪なんてそもそもムリだ。あけっぴろげすぎる。だから……最初から結末は目に見えていたのに。

彼は彼女について、墓参りにまでやってくる。彼女は……ひょっとして服役中に母を亡くしたのだろうか。嗚咽を抑えきれなくなる。彼は幼いから、それを受け止めるだけの度量も持たないんだけれど、でも黙って泣き終わるのを待っている。
「俺、墓参りが一度してみたかったんだよな」そんなことを言う。「おふくろは死んじゃったし、親父は見たこともない。名前も知らない。おかげでケンカが強くなった」だなんて、そりゃ苦しいこれまでとは思うものの、なんて幼げな物言いだろう。

彼女にホレちまった彼は、なぜここに来て、こうして墓参りをしているのか、何があったのか聞きたがるが、彼女はなかなか言いたがらない。彼は彼女の名前を聞く。ケイコ、その字を、まず岸恵子の恵子、恵の子だろうというあたりの遊び心である。
螢でケイと読ませるのは珍しいから、当たらない。種明かしをする。螢なんて見たことないと彼は言う。私も、と彼女も言う。螢がこの世の中にいるなんてもう信じない。そうつぶやく彼女に一瞬黙り込んだ彼は、遠くの漁船のあかりを指さして言う。ほたるだよ、と。泣き出してしまう彼女。

誰もいない動物園、誰もいない遊園地、はしゃぐ彼をあたたかな目で見つめる彼女。恋愛というよりまさに母性、親子、姉と弟みたい。
でも彼女が苦しめられ続けてきてついに殺人までも犯してしまった暴力夫、そして彼女が手紙を届けた男(殿山泰司)が、恐らくその原因となった女関係、今の愛人に対して容赦ない暴力をふるっている様といい、常に女が恋愛関係、あるいは夫婦関係において苦しめられ続けている男女の上下関係の理不尽さであり、苦しさである。
男にかしづくことが女の愛の条件のように、今はさすがにないと思うけど、本当につい最近まで、思われてきた。そんな中に現れた、子犬のような年下の男。

明日の3時の汽車に乗らなければいけないという彼女に、明日の昼に会おうと彼は押し切った。あそこに見えている旅館に12時と言って、腕時計まで託した。旅館、というのが生々しい。彼女は約束の時間に行くけれども、部屋をとることが出来ずにロビーで待っていた。でも来ない。恥を忍んで部屋をとるが、来ない。
強盗の仲間割れでゴタゴタしていた訳である。しかして彼は列車の時刻を聞いていたから、駅に走る。彼女を捕まえる。まだいいだろとゴネる。もうどうしようもなく、彼女は彼に自分の事情を告げる。あなたには言いたくなかった、というその言葉が、彼女もまた、この子犬のような男に恋してしまったことを告げている。
私は囚人なのだと。模範囚として外出を許されてここに来たから、明日の8時までに戻らなければならないのだと。

彼はそれを聞いても、ムリクリ彼女の乗る列車にねじ込む様に乗り込む。お互いの気持ちを確かめるようにやたらと壁ドンしたり、膝にかけた上着の下で手を握ったりする。そして疲れたのか、勝手に眠ってしまう……。
なんて頼りなく、なんて愛しい男なのか。だってひと言も、ひと言も、なんの愛の言葉もお互い言っていないのに。彼の胸元から見えている血の付いたハンカチと、列車の乗客が聞いているラジオから流れてくるニュースで、彼女は当然、彼のしでかした事件が判っていた筈。でもデータベースでは、それを知らなかったから2年後の待ち合わせ場所でただただ待ち続ける……となっていたんだけれど、違うよなあ。

まあ、データベースは原案や撮影前の脚本段階のものがアップされているものも多いというから……。とにかくさ、彼女はその血痕から、自身の犯罪をフラッシュバックするんだもの。それは、愛する人を独占したいがために犯してしまった罪、と考えれば、この愛しい男の子に対する想いも、自分と同種の匂いを感じながらも、セーブしなければならないと思ったのかもしれない。
しかし彼は追ってきて、乗り込んで、一緒に逃げようと言った。そんなこと出来るはずないよね、だってあんたは模範囚、優等生だもの、と彼は自嘲気味に言った。彼女は黙っていた。

思いがけないキッカケが訪れた。土砂崩れで列車が止まり、復旧の見通しが立たないという。刑務所に戻る時間が決まっている付き添いのおばちゃんはあせって、車掌に事情を聞きに行った。
ヤバい。こういうチャンスを彼、いや彼女も待っていたに違いないのだ。だってだってだって、あの旅館で彼を待っていた時、彼女はどこかで買い込んだらしい化粧品を紙袋から取り出してお顔を整え、まとめていた髪をおろし、“旅館”で彼を待っていた、のだ。女として!

これは運命だと、見てるこっちもそりゃ思ってしまう。彼は彼女の手を引いて、列車から降りる。走り出す。どこか誰も知らない遠くの町に行って暮らそう。……百万遍聞いた台詞である。それがぜっっったいに上手くいかないことを、35過ぎてなくたって、誰もが判っているし、彼にだって、きっと判ってるのだ……。
予想以上に、逃亡の距離も時間も短かった。短かったからこそ……切なかった。トンネルのような闇の中で、お互いの気持ちを確かめるように、獣のように激しく抱き合って、口を吸い合った。誰も見てない。観客だって、よく見えない暗闇の中のこの切ない、しかしとてつもないエロスを息をのんで見守っている感じだった。

「結婚とかじゃなくていい。弟でもなんでもいいんだ。」一緒にいたいという気持を、そんな愚直な台詞で、……いわば自分の年齢なり立場の頼りなさをあらわにして言い募る可愛い可愛い男の子であるショーケンがたまらない。
あまりにも短い逃亡。土砂の復旧、列車の再開までに二人は戻り、心配していた付き添いのおばちゃんは何とも言えない顔で二人を迎える。

刑務所に戻る直前の、屋台のラーメン屋でのシーンも忘れられない。最後の最後、ねじ込む様にワガママを付き添いのおばちゃんに頼み込んで三人でラーメンをすする。いや、すすったのはおばちゃんだけで、二人はまんじりともせずにみつめあうだけである。
刑務所の中に姿が消えたとたんに、ぱーん!!とはじけるように彼が走り出す。柵を掴んで彼女を呼ぶ。叫ぶように、まるでまるで、そう……あの時二人で見て回った寂しい動物園の柵のあっちとこっちのように。

泣きながら、彼女は二年後に出るから、あの公園で会いましょう、二年後の今日に、と訴える。泣きながらうなずきまくる彼。
でも、でもでも!!あの時彼女は、ラジオのニュースと、血だらけのハンカチを見ていた筈なのに。そう簡単にはいかないこと、判っていた筈なのに。

彼女への想いが止まらないままフラフラとさびれた町にさまよい出る。しまっている洋品店のガラス戸をガンガン叩いて、ムリヤリ開けさせる。寒い冬の日、彼女への、愛する彼女への差し入れを思いついて、あたたかな婦人ものをめくらめっぽう買いあさる。
しかしそこに……そうだよね、彼を追っていた刑事、三國連太郎さ。列車の中でニアミスしてたし、こんなずさんな逃亡がそのままな訳ないことは、判ってた。ただ、ただ……彼女がそれを、そのことをさ!!2年後の約束を彼女は、本当に何も知らずに迎えたとは思えない。判ってて、来ないことを判ってて、あの北の公園に赴いたに違いないのだ……。

過去のある大人の女と、無鉄砲で無邪気な男の子との、まさに一夜の奇跡のラブストーリー。ショーケン未経験に近い私は、あまりの無邪気なチャームに死にそうなほどにヤラれてしまった。
忘れられない、彼女への差し入れをしたいんだ!したいんだ!!絶叫しながら、子供のように地団駄踏んで引きずられながら、連行されて行く、あんなふうに、あんなにも、純粋に恋されちゃうなんて、そんな人生ってあるのって。
2年後、彼が来なくても、来なくても来なくても、いいよって、思っちゃうほどの恋が、人生が、あるのかって。★★★★☆


やさしい男<インターナショナル・バージョン>(変態怪談 し放題され放題)
2019年 分 日本 カラー
監督:山内大輔 脚本:山内大輔
撮影:中尾正人 音楽:project T&K AKASAKA音効
出演:星川凛々花 並木塔子 玉木くるみ 安藤ヒロキオ 森羅万象 ケイチャン 佐々木狂介 櫻井拓也 長谷川千紗

2020/10/23/金 劇場(テアトル新宿)
もうー、まじやめてまじやめてまじやめて。ピンク映画時々ホラーにめっちゃ本気出してくるんだもの。まじで心臓止まる!!
タイトルからはホラー要素を全く感じられなかったから、うっかり足を運んでしまったよ……ホントにやめて……。

事故物件映画。そんなジャンルはないが、まるで亀梨君のヒット映画の柳の下に二匹目を狙ったように一瞬思ったが、考えてみれば同時期の公開、そんなことが判る訳もないよな。いや、向こうさんの製作ニュースは伝わっているんだからホントにぶつけてきたかな??
亀梨君のは未見なのだがこれは……充分対抗できる!いや対抗する必要なんてないけど(爆)。

冒頭、中古の一軒家を内見しにきた、やけに顔色の悪い客、案内する不動産会社営業の江口。その男は不審な動きを繰り返す。トイレあたりをやけに気にしている。江口が窓を開けながら説明しつつ振り返るとスッと押入れが閉まる。男の姿は消えている。ふすまの外を赤い服の女が通り過ぎる。
……ああ、心底この映画を観に来たことを後悔した。ここから最後まで、ひと時もリラックスできずに緊張しながら観ることになることを確信する。
押し入れの中には誰もいない。焦った江口は廊下に出る。廊下の先には赤い服の女。一瞬!一瞬で江口の目の前にワープして、その恐ろしいゾンビ顔でウガア!と大口を開ける!心臓止まるよもう!!

カットが変わり、江口はそのエピソードをまるで笑い話のように新入社員に披露しているんである。おいおいおい、笑いごとじゃないだろと思ってるんだが、江口は新婚さんでラブラブで、もうそんな怖い体験などは大したことでもないとでも思っているのか。案の定、顔色を変えた新入社員はすぐにやめてしまったというのに。
妻とは絵に描いたようなラブラブ生活。その日の朝もいつものように愛妻弁当を持たされて出勤。何も変わらなかった。なのに帰ってみたら妻が置手紙の上に指輪を置いて、姿を消していたんである。

観客だけには、何が起こったかが示される。江口が出て行った後、誰もいない筈の部屋のドアが開く。不審に思った奥さんがそのドアを恐る恐る開けてみる。と!!あのゾンビの白い手がガッ!と奥さんをその部屋の中に引き入れたのだ。
……この恐ろしい記憶を観客は頭に刻みながら、その後の展開を見守ることになる。江口が本気で奥さんが浮気をした男と出て行ったと、その前の晩情熱的なセックスをしたのは彼女なりの惜別だったとかアホなことを考えてすっかり腑抜けになっている姿を見て、ばかやろー、おめーが連れてきたバケモンが彼女をとり殺したんだよ!!とイライラする気持ちを隠せない。

江口はすっかり気力をなくし、不動産会社もクビになり、カネもすっかりなくなるし、奥さんとの愛の巣を出たい気持ちもあって、きったない字で貼り紙されてた寮付きの解体会社の求人に応募するんである。
奇しくもそこの社長は、江口が勤めていた不動産会社の社長とつながりがある。すかさず、イヤな予感が立ち上るが、しばらくはその予感がつながることはない。
むしろあの一軒家での恐ろしい体験と、奥さんがいなくなった時の出来事がそのままに放っておかれている印象で、あれはなんだったのか、切り離されて別の物語展開になっちゃってるのか、と不安を覚えだしたりする。

江口に与えられた仕事は、解体される予定の廃病院の資料写真を撮ることだった。不動産会社での経験を買われた仕事。
廃病院、たった一人、かつては多数の人々が行き来していた空間が廃墟となって余計に不気味に立ち上るその巨大な建物の中に一人入り込む、もうそれだけで不穏な予感マンマンである。

……この映画はとにかく、見切れオバケが怖すぎる。気配を感じさせまくりなんである。見たくないのに、画面の端っこにオバケを探してしまう。そして、発見してしまう。そのたびに心臓がギュッと収縮する。マジで死ぬよ!!と訴えたくなる……。

江口が一軒家で遭遇した女性オバケ(つーか、見た目はゾンビそのもの……)はウサギのなれのはてみたいな薄汚れたぬいぐるみを抱いていた。そのぬいぐるみが、このオバケさんのいた痕跡の目印のように、そこここに置かれているんである。
江口は気配を感じまくる。もうこんな薄気味悪い場所は退散しようと思う。しかし、床に放置されたボロ布がビクビクと動き出し(ヤメテー!!)その中からはい出したウガアオバケがまたしても江口を直撃!!
まじでやめてまじでやめてまじでやめて……江口は昏倒、気づいたら何もないんだけど、もう恐怖のあまり全力疾走でその病院を後にするんである。

ピンク映画、だからさ。カラミシーンはタップリ。こんな具合だから、セックスシーンになると思わずホッとする。いきなり平和に思えてしまう。そんなことはこれまでのピンク映画体験ではなかったこと。

会社の寮にはやたら美人な住み込みお手伝いさんがいる。それは社長の愛人である。聞くところによると、ダンナの借金のかたに買われてきたんだという。そんなクズダンナなのに、彼女は未だに金を貢いでいるんだという。そのためにナイショでデリヘルまでしているという。
その客になっちまったと、江口の先輩が嬉しそうに吹聴する。このオオサカベンの先輩がケッサクで、思いっきり芸人気質のシャベリで楽しませてくれて、彼もまたこの恐ろしい物語の中の一服の清涼剤である。

この美人の住み込み愛人、藤子こそがキーパーソンである。登場してきた時にはワザとらしい三角巾に割烹着スタイルで、コスプレか!とツッコミたくなるようなキャラファッションだったし、社長とズッコンバッコン、オオサカベンとズッコンバッコンやるから、これはカラミ要員かしらねと思いかけたところがトンでもなかった。
妻に去られて感情の喪失の次に身体の喪失も感じ始めたのか、江口は先輩の話を聞いてから藤子から目が離せなくなる。まさしくストーカーよろしく、彼女を付け回しては、画面から見切れる勢いで隅っこからじっと見ている画には思わず噴き出すが……思えばこの見切れはまさしく、あのゾンビオバケたちと同じなことに気づく。

そして……もうオチバレで言っちまうけれど、この藤子こそが江口が事故物件で遭遇し、妻を取り殺したゾンビオバケだったのだ。
正直、江口がこの解体会社に就職するところから物語が分断されたというか、序盤のシークエンスが置き去りにされているように感じていたから、突然つながって、うっわ、そーゆーこと!!と戦慄する。

藤子は今でもクズダンナに金を渡しているという話を聞いて、江口は彼女の後をつけていく。そこでダンナの姿がマントに包まれて示されないところで、ようやく、あれっと、思ったんである。あれっ、ひょっとして、と……。
それを感じたのは観客だけで、江口は、そしてカンサイベンも気づかなかった。この二人の男の心をとりこんだのは、当然藤子の策略だった、のか。「私が欲しかったら、社長を殺してよ」凡百の愛憎ものならこの台詞で凶行に及んで、ただ後悔してオワリである。だって相手は人間だからである。まさかこんなエロエロセックスしてる藤子がオバケだなんて、思う訳ない。

つまり江口は、先越されたんである。本気で社長を殺して藤子を自分の女にするつもりだった。藤子とのレイプさながらのセックスで自己嫌悪に陥った絶妙のタイミングで持ち掛けられた殺人依頼は、彼を奮い立たせたのだが……。
そして江口は再び職を失い、途方に暮れたところで逃げた奥さんから連絡が入る。そんな筈はない、そんな筈はない!!と思うのは観客の方である。奥さんが涙ながらに登場。でもこの奥さんは奥さんじゃないことは、観客は知っているんだよう!!

この時点で、カンサイベンに殺された社長の指紋が、あの事故物件で夫婦ものを殺害して犯人が判らないままだったそれと一致していたことが明らかになっている。
うっわ、こうやってつながる、ってか!ああなのに、江口は自分の奥さんがこのゾンビ女に取り殺されたのに気づかずに、“やさしい男”だから、許しちゃってそして!!
とり殺された訳ではなく、魂を吸い取られていただけだったのか、ゾンビに変貌した奥さんを江口は死に物狂いで……絞め殺してしまい、煽情的なニュースとしてその事実が流される。

タイトルにもなっている“やさしい男”と言ったのは、カンサイベンに連れていかれた表面上は単なるスナックだけど、裏で金をとってホステスに身体を売らせている店のホステスだった。
江口の相手となった彼女が、藤子と相似形で、働いていないダンナの代わりに身体で稼いでいる。そのことを、あっちが仕事してないからこっちが仕事してるだけ、みたいなスタンスで、それは男女平等とは違うだろ……と思いつつ、彼女がダンナを愛しているから、全然そのことに疑問を持っていないことに戦慄するんである。

そして、首を絞めるセックスを江口に求める。「ダンナが好きなんだ。アソコも締まるって言って。」江口には出来ない。妄想の中で、浮気された妻を絞め殺す画が浮かぶからである。
そもそも彼女とセックスする気もなかった。ただグチを聞いてほしかった。そのことも、首を絞められないことも、彼女は「やさしいね」と言った。褒め言葉には聞こえなかった。意気地なしだと、自己中だと、言われている気しかしなかった。
やさしいことと愛情は、違うのだ。やさしいってことは、自分がイイ人に見られたいってことなのだ。それが判ったから、帰ってきてくれた妻とやり直せると思ったのに……。

ああ、もう、ホンットに怖かった。落ち着いてこうして内容を思い起こせば、せつな哀しい作品なのだが、とにかくショッキング演出が凄まじくて……。
ずっと緊張しながら観ていたからマジで筋肉痛だよ。やっぱりラストクレジットの後にもウガア!!と来たしさ!もうマジでやめて……。★★★★☆


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