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「そ」


2021年鑑賞作品

そして、バトンは渡された
2021年 137分 日本 カラー
監督:前田哲 脚本:橋本裕志
撮影:山本英夫 音楽:富貴晴美
出演:永野芽郁 田中圭 石原さとみ 岡田健史 稲垣来泉 朝比奈彩 安藤裕子 戸田菜穂 木野花 大森南朋 市村正親


2021/11/29/月 劇場(TOHOシネマズ錦糸町楽天地)
中盤から徐々に謎が明かされだすと、なぁるほどねえ、とうなりつつ、必死に自分の記憶を手繰り寄せ、ああ、だからここは……でもここはなぜ?これから解明されるのか、ああされた、なるほど……と答え合わせをしていくのに必死で、うっかり感動し損ねてしまった。
うーむ、こーゆー時、自分の頭の悪さにイラだってしまう。きっとみんな、そうかなるほどね!と素直に腑に落ちて物語に没入できるのだろうと思うと悔しくて仕方ない。

同時進行の物語が同じ時間軸であると見事に騙されてしまったこちとらとしては、映画ならではのアイディアのようにも思えたが、原作である小説を読み進めていたんだったら、いくらでも時間をかけて行きつ戻りつしながら確かめられたんだと思うと、ああやっぱり文学というものは最強の芸術であるのかもしれないなあと思っちゃう。
時間に制約のある芸術は、咀嚼の時間に個人差がある場合、こーゆー事態を招いちゃうのねと。

それにしても上手く出来ている。みぃたんと優子と梨花という、三人の登場人物がバラバラに紹介される。まさかみぃたんと優子が同一人物だなんて思いもよらない。
同時進行されるいくつかの物語は、次第にみぃたんと梨花が親子になることによって収斂されるところもあるのだけれど、同じ時間軸だと思い込まされちゃってるし、三人のうち二人が同一人物、という変則スタイルがアリだなんて!と後から歯噛みする想いなのだ。

だから、なぜこの二つの家族(かなり早めにみぃたんと梨花の母子関係は固められるから)が同時進行されるのか、どこかでこの二家族は絡まるのか、でも全然そんな雰囲気ないしなあ……これはひょっとして、トンでもないミステリで、あっと驚く犯罪が待っていたりして……と謎解きが大の苦手な私はかなり構えて見てたりもする。
梨花に石原さとみ嬢を持ってきたところが最大の作戦勝ちだと思われる。冒頭でまず、梨花が同窓会にドレスアップして現れ、“目的のためには手段を選ばない女”として、年収の高そうな男を物色しているところから始まるんだから、そらー騙される。
まさかそれが、愛する娘、みぃたんのために、若くて丈夫で稼げる夫を見つけるためだなんて、その謎が解明された時でさえ、うっそぉと思ったぐらいだった。石原さとみという女優の持つ、絶妙な炎上感がそうさせるってあたりが、ワレら観客は試されてたんだなって思っちゃうあたり。

みぃたんの実の父親、梨花の最初の夫が夢を追ってブラジルに行くというのを拒否、みぃたんと二人暮らしが始まる。
夫についていくことをかたくなに拒否した梨花の姿に、やっぱり何かの打算で結婚したんだこの女、苦労をしたくないから日本に残るとゴネて、きっと血のつながらない娘に遠からず暴力でもふるいだすぞ。なんたってこの夫から、冷凍食品を温めるだけの女だと言われてたんだからさ!!とか思っていたのだが……ああ、ああ、ごめんなさい。本当に恥ずかしい。

いまだに女におふくろの味を求め、家事が出来ないことが女失格(まだ人間失格と言われた方がマシだ)とかゆー価値観の日本社会につばを吐きたい気持ちなのに、そんな風に夫から罵倒される梨花に、やっぱそーゆー女かねーとか一瞬でも思ってしまったことが恥ずかしくて仕方ない。

料理なんかできなくてもいい。レトルトでも冷食でもいいじゃんか。梨花は常にみぃたんに愛情を注いでた。見ていてほっぺたが赤くなるぐらいスキンシップたっぷりに。
確かに料理は出来なかったし、夫はブラジルできっとあっという間に失敗し、だから母子の生活も困窮したんであろうし、かなり早い段階で夫婦ではなくなっていたんだろうし。
パンの耳をタダでもらってきたあたりで気づくべきだったのだ。そんな商店街的習慣は、現在の時間軸では考えにくい。いや、永野芽郁嬢の子供の頃と考えてもどうかなあ、かなり昭和な感じがするけれども。

こうした、梨花とみぃたんの血のつながらない母と娘の幸福な時間はすべて、過去のものだったのだ。みぃたんの目、というか観客側からの目からは、男好きのする、夫を次々乗り換える、恋に奔放な女に見えていた。
さすがに最初の頃に危惧していたみぃたんに暴力をふるうんじゃないか、あるいはネグレクトとかするんじゃないかというのは、常にみぃたんにラブラブ、みぃたんもママにラブラブという描写が重ねられるにつけ、ホントに愛しているんだなあと、疑いながらもやっと信じられてはきたけれども、でもやたらと夫をとっかえるのが、こんなに娘を愛しているのに恋には貪欲なのね、でも常に結婚じゃなきゃいけないのかあと、思っていたのに、そのからくりに気づけなかった自分が悔しいんである。

ちょっと落ち着こう。現在の時間軸。幼い頃はみぃたんである、みぃみぃ泣き虫だったから、みぃたん。今の時間軸ではちゃんと優子と呼ばれているし、結構気の強さも見せていて、泣き虫の片りんは見えない。
それどころか高校生活、いつも笑ってばかりいるのが逆に誤解を招いていて、ええかっこしい、男子に媚びてる、等々、と浮いちゃってて、友達も出来てないんである。

卒業式の合唱のピアノ伴奏者に選ばれたのも、ちょっとしたイジメのようなものであった。優子より本格的にピアノが上手い、音大を目指しているような子たちを差し置いてだったから。
優子のことはこの時、数年しかピアノを習っていない、という言われ方をしていたから、これもちょっと騙されたというか、誘導された感があった。実際は優子は、梨花の二番目の夫、泉ヶ原さんの豪邸で見事なグランドピアノを与えられ、熱心にピアノを習い始めたのだ。
だから始めたのはかなり幼い頃だけれど、泉ヶ原さんとも別れ、今の優子の父親、だけど森宮さんと呼んでいる三番目の夫に至って、今では電子ピアノがあるにしても、それに至るまでにはブランクがあったということだろうか。

メンドくさいから経過もオチも全部言っちゃうと、梨花が夫をとっかえひっかえしたのはすべて優子のため。病気のために子供を望めない身体である梨花が、最初の夫、水戸さんと結婚したのは、彼というより母親を早くに亡くし、父親に愛情を注がれている優子にこそ恋に落ちちゃったのかもしれない。
いや、それは言い過ぎか。ただ、水戸さんが自分の夢を追いかけるために会社を辞め、ブラジルに行く、と言った時に、彼女の選択肢はハッキリ判っちゃったのだ。

夫より優子。血がつながってないとかそんなことは関係ない。この時には事情が判らないから、不安な土地に、経済的にも不安になるのに、と訴える彼女が、夫を信じてない、愛してない勝手な妻に見えた。先述したように、石原さとみという女優が理不尽に持たされている魔性の女的な。
でも、彼女はどんなに貧乏に陥っても、みぃたんとの暮らしを手放さず、みぃたんの、ピアノを習いたいという夢をかなえるためだけに、お金持ちの泉ヶ原さんとの結婚を決行したんである。

泉ヶ原さん。演じる市村正親氏が、泉ヶ原さん!!という感じである。最終的には、病に倒れた梨花が最後の最後に頼り、身を寄せたのが泉ヶ原さんであり、優子の晴れ舞台である卒業式の合唱伴奏も泉ヶ原さんに支えられてこっそり見に来ていたんだし、泉ヶ原さんが、彼女の最後の、最愛の男だったんじゃないのかなという気がする。
謎解きの転換点となっているのも、泉ヶ原さんだもんね。どちらも同じ時間軸だと思い込んでいたのが、あれ?と思わされ、そうだったんか!!と後から地団太ふんじゃうあのタイミング。

もともと身体が弱く、この転換点の時点では病魔に侵されて余命いくばくもない状態。オシャレに大きなお帽子とスカーフで頭を覆っているのは、ああそういうことかと。
でもそんな状態で会いに来た、ほんっとうにひさっしぶりに顔を見せた梨花に、もうすぐ死ぬだなんてことを森宮さんは見抜けなかった。後にそれを、優子から糾弾されるけれど、泉ヶ原さんが口添えするように、そんなことが見抜かれるような、ハンパな愛じゃなかったのだ。

物心つかないうちに実の母親を亡くしているみぃたんが、華やかで美しい眩しいぐらいの新しいママを得て、最初は戸惑いながらも、もう恋人かってぐらいのラブラブになる。
「いつまでも死なないで。」恋人の戯れのようにみぃたんが梨花に言った言葉が、本当に、真実懇願だと判っていたから、梨花はこの子に、二度までもママの死を味わわせたくないと思った。

そして、ピアノを習わせてあげるために、実にそれだけのために選んだ親子ほど年の離れた泉ヶ原さん、すべての事情を呑み込んで真実愛してくれているのは判ってたけど、高齢の彼もまた、早い時期にみぃたんを残していってしまう可能性が高い。
ならばならば……。みぃたんのために、そのためだけに、若くて丈夫で、稼ぎのある男をつかまえねばと。それが、今の時間軸、メインで語られる、優子から森宮さんと呼ばれる最後のパパ、なんである。

森宮さんは娘がいるとは知らされないまま結婚までこぎつけられちゃうんだし、泉ヶ原さんはみぃたんにピアノを習わせたいためだけに結婚しちゃうんだし、水戸さんだって、まさか自分より血のつながらないみぃたんを梨花が選ぶだなんて、ということだったろう。
ちょっとだけでも思い返してみれば、梨花のみぃたんへの執着はなかなかに異常なまでのものがあったと思うのだよね。すべての夫が理解がありすぎるような気もしたり……。
そこらあたりは、ヒロインがみぃたん=成長した優子となり、人生の選択に至るにあたって、自分自身のアイデンティティをめぐる旅に出かける、出かざるを得ない、に至って、検証しなおされることになるんだけれど。

最終的には、結婚や子供を持つことに幸福の決着を求め、それがタイトルに印象的に響いて、ラスト、グッと締めて気持ち良く終わる。
そもそもこの決着こそが私は気に入らないし、病気で死ぬとかも大嫌いだし、子供が得られないから得られた愛する子供のために、男たちをくわえかえる、っつーのも、好きじゃない。
事情が判ってるならまだしも、判ってるのは泉ヶ原さんだけで、判ってないのに、そして事実を知らされて、そうか、でもよかった、その一端に関われて、みたいな、そんな都合のいいことってあるのかよと思っちゃう。ああでもそれは、すべては梨花のシナリオだもんなあ。

実際のヒロインは優子なのに、梨花のインパクトが強すぎて。優子を演じる永野芽郁嬢はセンシティブでめちゃくちゃ魅力的だし、天才ピアニストの早瀬君とのあれこれな恋愛事情、卒業後の再会ですぐに決めちゃう結婚とか、ドキドキエピソード数多くさ。

でも、本作の影のヒロイン、というか、実際のヒロインだったのは、梨花=石原さとみ嬢だった、んだろうなあと改めて考え直しても確実にそうだと思っちゃう。
ズルいなあ、死んじゃって印象残しちゃうとかさ、死んじゃうことで泣かせるとか、いっちゃん嫌いさ!と思うんだけれど、うーん、なんか、受け入れちゃうのは、すべての事情が判って、愛されてるのが判ってはいても、子供が故にそれを返せなかったことにいら立つみぃたん=優子=永野芽郁嬢のないまぜの感情が繊細に爆発し、美しい、真珠のような涙を流されちゃうから、もうそりゃ、何も言えんよと思っちゃうさあ。

三人の父親に見守られて、夫にバトンを渡されたみぃたん=優子。まあその、この図式自体、バージンロードとか、女を父から新郎に渡すとか、改めて考えると、フェミニズム野郎はこんのヤロー!と思ったりもするのだが……。★★★☆☆


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