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「や」


2021年鑑賞作品

ヤクザと家族 The Family
2021年 136分 日本 カラー
監督:藤井道人 脚本:藤井道人
撮影:今村圭佑 音楽:岩代太郎
出演:綾野剛 舘ひろし 尾野真千子 北村有起哉 市原隼人 磯村勇斗 菅田俊 康すおん 二ノ宮隆太郎 駿河太郎 岩松了 豊原功補 寺島しのぶ


2021/2/3/水 劇場(TOHOシネマズ錦糸町オリナス)
時代に取り残されていくヤクザっていうのはほかの映画でも観た記憶があったが、ああ、なんていう作品だったか思い出せない!!コミカルに描いていたような記憶もあるが……。
本作は真っ向勝負、シリアス。ヤクザの中で口にされる“家族”“兄弟”という疑似身内、そして一方での本当の家族、兄弟、友人たち……。どこに本物があるのか、本物とは何なのか。社会に否定されるヤクザの存在の中の疑似的家族や兄弟に本物はあるのか。
実の家族でもヤクザの存在を否定されることで、ひどくもろく崩壊されるところに本物の関係性はあるのか。ひどくまっとうに、まっとうに。

ここ最近の自粛期間中、CSの映画チャンネルで古い映画を観ていると、ヤクザ映画の系譜というか、侠客、博徒、渡世人、テキヤ、すべてがヤクザと呼ばれるが違う、しかしそれが暴力団になり、今は反社という呼ばれ方が一番ピタリとくるだろうか。
その違い、世間とのかかわり方、認められ方、それがどんどん変わっていく様を興味深く眺めたものであった。

本作におけるヤクザ、綾野剛氏演じる主人公、山本がその世界に足を踏み入れる時にはすでに、世の中的には暴力団と呼ばれる世界で、かつての映画黄金期の仁侠映画の中で描かれているような、社会の中で一目置かれ、困った時には頼りになるという幸福な?時代は遠く過ぎ去っていた。
要するに脅して巻き上げる金で彼らは存在しているのに、そこに男の美学やら、男を磨き上げるやらという価値観をなぜだか見いだせているフシギな人たち、みたいな。

山本が入ることになる柴咲組は覚せい剤には手を出さないし、舘ひろし演じる親分さんは穏やかな人物で、もちろんここぞという時には凄みをきかせるけれど、事務所の入っている小さなビルの屋上でのんびりゴルフ球を川に打ち込むといったような、穏やかな風のような人なんである。
舘氏のその辺りの緩急というか、根本的にはなんだかかわいらしいところのあるキャラクターが絶妙に反映されている。だからこそ、柴咲組がこの時点ですら、どうやって組を存続させられているのかがぼんやりとしているんである。

覚せい剤には手を出していない。それは山本が求める絶対条件であった。父親がそれに溺れて金を使い果たして自殺したから。いわゆるショバ代というか、用心棒代なのだろうが、その辺りの描きこみは少し、弱い気がした。
まあだからこそ暴対法が整備されるとこんな穏やかな組は真っ先に凋落するのだろうが……。ヤクザ稼業を描くことを主軸にしていないのは判っていても、なんかピンとこない感じは、したかなあ。

でもそれは、敵対する侠葉会との対比であったのかもしれない。若頭の加藤(豊原功補)と補佐の川山(駿河太郎)がイヤーな、これぞ世間に毛虫のように嫌われるザ・ヤクザを体現する。
当然、覚せい剤を扱ってる。その取引現場を目撃した山本は強奪した。そしてそれを海中に投げ捨てた。うっわ、こんなことしてただで済むわけがない。

当然、とっつかまった。海中に沈められる直前だった。山本が持っていた柴咲の名刺が一命をとりとめた。その直前、山本が懇意にしている焼き肉屋で偶然居合わせた柴咲組組長への襲撃を、山本が何の気なしにといった感じでヒットマンをぶちのめして組長の命を救っていた。
そしてお呼ばれして、組に入ることを勧められたのだが、生意気な不遜な態度で断っていた。ただ名刺だけはポケットにあったんである。

山本はグレた少年ではあったけど、堅気の少年だったのか。ちょっと見ている時には判らなかったけど、父親はフツーのサラリーマンであったらしい。ただ、冒頭の葬式のシーンで父親の存在は明かされるが、それ以外の家族はさっぱり登場しない。まるで父子家庭&天涯孤独の身の上みたいな。
ちょっとそれも、不自然な感じはしたかなあと思う。正直、そもそも父親もその筋の人で、覚せい剤に溺れて死んじゃって、だからこそヤクザに嫌悪してるのかなあと思ってた。

まあとにかくこんな経緯で、山本と、その襲撃に居合わせていたこれまた半端モンの友人二人が柴咲組に入ることになる。その二人は細野(市原隼人)と大原(二ノ宮隆太郎)。大原はかなり早い段階で侠葉会との軋轢で死んでしまう。卑怯なことに外部のヒットマンを使って侠葉会は知らぬ存ぜぬで、大原はいわば犬死に。
二ノ宮氏はこーゆー、はかなく切なくほろ苦い末端の人間を演じさせたら天下一品で、ああもう、役者の方で大成しちゃう!天才監督なのに!!なんかホント、塚本晋也的だよなあ。

もう一人の友人である細野を演じる市原隼人氏(君と言いたい……)にはちょっと、驚かされた。それほど芝居に器用なタイプじゃないと思うし、結構ブレイクして出てきちゃったから、もしや主演にこだわっていったらこの先厳しいかなと勝手に心配していたのだが、杞憂だった。とても良い脇役を印象的に、深く、哀しく、生きていた。
若い頃はそれこそ大して考えてなかった。山本のついでみたいに柴咲組の世話になることをラッキーぐらいに思っていたかもしれない。でも山本が侠葉組とのいさかいが高じて、刑務所にぶちこまれることになって、実にその間14年の月日がたち、暴対法が追い打ちをかけ、柴咲組のような、ビジネスに不慣れな組はあっという間に落ち目になってしまう。

山本が髪に白いものを生じて14年ぶりにシャバに出た時、細野は家庭を築き、ヤクザから足を洗っていた。しかし彼が言うには、「ヤクザをやめても5年はつきまとう」苦しさであった。
仕事、保険、銀行口座……。人間としての存在証明が得られない。山本の出所を喜んでくれても、決しておごられようとしなかった。反社という言葉を、このとき山本は初めて聞いたんじゃないかと、思う。

山本には忘れられない女がいて、実に14年経った後も彼女を探し出す。ちょっとこれは……なかなかのストーカー行為である。
学費を稼ぐためにホステスをしていた由香、演じる尾野真千子氏は、綾野氏と共に20年の時を演じるのだが、綾野氏は等分に演じるけど、オノマチ嬢はほぼほぼホステス時代の描写が主で、これは結構、キツい(爆)。ムリヤリのデートにこぎつけた山本が彼女の年を聞いて、老けてんなと言うのがなんか作品的に言い訳みたいに感じちゃう(爆爆)。

共に実際の年齢に近い状態での最新の時間軸でのシークエンスはそれほどないんだもの。山本が入獄する直前、つまり抗争相手の組員を殺した罪を、兄貴分のそれを被る形だったのだが、つかまる前に、つまりは愛する女のもとで羽を休めた訳だ。

うーむ、そういう言い方は正しいのかどうか。そもそもここまでの間に、山本と由香はちゃんと恋人同士になってなかった。山本はあまりにも恋愛初心者で、ヤクザの鎧でムリヤリ近づこうという青臭さがミエミエ、由香の方はホステスなんて仕事をやっているのは学費を稼ぐためであり、がちがちのマジメ女子。
まあいわば似た者同士だったのかもしれないが、手負いの獣状態で、捕まる直前に由香の部屋に転がり込んだ山本、その時のたった一回が、二人の間の子供を作っちゃったのか。14年後出所した彼がいきなり14歳の自分の娘に遭遇するだなんて、なんか少女漫画みたいで。

フェミニズム野郎としては、由香の動向は決意が足りない、甘すぎる、という気持ちがどうしても沸き起こる。刑務所に入っちまった山本との子供を産み育てる決意をして今に至るのだったら、山本の出現に驚いたりするのはおかしい。姿を隠していたにせよ、それは予測の範囲内ではないか。
そして拒絶するのは一度だけで、二度目に訪ねてこられたらアッサリ同居し始めるのは早すぎないか。いくら彼が足を洗ったといったって、元ヤクザという過去がそう簡単にはがれないことぐらい、14年間シングルマザーとして踏ん張ってきて、しかもお堅いお役所勤めの彼女が想像できないハズはない。

山本は出所してきて柴咲組に戻るものの、組員は激減、トッショリばかりが残ってて、ほこりっぽい事務所でうだつの上がらない報告をするばかり、組長はがんを患ってて余命いくばくもなく、義理と人情の仁義マジメ兄貴分であった中村(北村有起哉)もシノギが集められなくてどうしようもなく禁断の覚せい剤に手を出している。
もう、終わりである。組長も、山本の心情をおもんぱかって、組を抜けるように言ってくれた。細野の世話で産廃工場に勤め始める。

後輩スタッフが、何気なく写真を撮った。特段、元ヤクザということに重きを置いていないようだった。逆にカッコイイっすね、というライトさだった。
これこそが危険信号だった。コトの重大さを判ってないから、あっさりSNSに流した。彼にしてみれば、「元ヤクザだっていうけど、案外いい人」というコメントで、ちょっといいことしたぐらいの気持ちだったのだろう。恐ろしい、恐ろしい。想像力の稚拙さと、それを凌駕する世間、社会の許さない厳しさ。

由香は職場を追われ、あっさり山本を捨てる。自分ばかりが被害者のように号泣して、出てけと糾弾する彼女に、フェミニズム野郎としては、これが女の正義として描かれるのは納得できない思いが残る。
正直、女の描写は甘いと思っちゃう。タイトルに家族と示していながら、家族の中の女はいなかった。山本行きつけの食堂を切り盛りする女将も、その夫は柴咲組の組員で命を落としている。彼女はただただこの食堂を女の細腕で切り盛りしている、いわばキャリアウーマンである。

息子がいる。最初の時間軸では小学生ぐらい。山本が出所してきた時には、アングラ格闘技をライブ配信し、かつてのヤクザのような用心棒的仕事をしながら、ちょっと、いや、だいぶ違う、組に縛られないビジネスライクな、これはいわゆる“半グレ”というやつなのだろうか。
親分子分、兄弟分、盃、そんな価値観が存在しない、おのれの実力のみでのし上がっていける、まさにビジネス。

もう柴咲組はこの世界からほぼ手を引いているけれど、かつては柴咲組こそが老害だとクサしてのし上がってきた侠葉組が、この半グレ若手に押されまくっている。
これまでのようにコワモテで脅しつけても、彼らは全然怖がらない。全然通じない。オッサン何言ってんの、ぐらいな感じである。本当に隔世というものは恐ろしい。

隔世の中で、取り残された者たちは死にゆくしかない。私はね、本作の中で最も瞠目したのは、正直役者としての先行きを不安視していた市原隼人君であった。決して器用なタイプじゃない、熱血キャラは立っているけれど、端正な顔立ちがそのキャラ立ちもジャマしている感じがした。

脇役に転じるのは意外だったが、それがものすごくよかったと思うし、子供を持つ親としての経験が彼の素直なキャラとして生かされていて、なんか泣けた。男くささも自然な形で加えられてて、良かった。
ヤクザであることがすべての幸せを奪い、逆恨みの形で山本を刺しちゃうラストシークエンスは、辛かった。山本が、親友の彼にそこまでさせてしまったことに、自分自身だって打ちのめされているのに、ごめんな、悪かったな、と血だらけになりながら、彼の頭を掻き抱くのが、たまらなかった。

ヤクザは死にゆく。社会に頼もしい存在として認知され、機能していた侠客としてのあの時代、むしろそれが失われた今の乾いた組織図こそが残念なことなのではないのと、言ってしまってはいけないのかもしれないけど。 ★★★☆☆


やくざ非情史 刑務所兄弟
1969年 83分 日本 カラー
監督:松尾昭典 脚本:中西隆三
撮影:星信夫 音楽:鏑木創
出演:安藤昇 丹波哲郎 川地民夫 本間千代子 長門裕之 町田祥子 夏川大二郎 大坂志郎 原恵子 安部徹 近藤宏 有村道宏 河野弘 晴海勇三 丹羽又三郎

2021/1/31/日 録画(チャンネルNECO)
なんかやっぱり、安藤昇一人が違うなあ、本物だなあという気がする。彼の作品はそれほど多く接していないんだけれど、そして役者さんになったぐらいだから端正な顔立ちで、周囲を取り巻く役者陣の中には彼よりコワモテがぞろぞろいるのに、やはり本物の感じがする。顔というより締まった体つきというか空気感というか、やはりオーラなのか。

ヤクザものの定番、出所シーンから物語は始まる。安藤氏演じる直治と一緒に出てきたのは、だーい好きな川地民夫演じる二郎である。刑務所内で兄弟分になったという二人だが、のちにそこにはもう一人加わっていたことが判る。丹波哲郎扮する政次郎である。この時間差が心憎く、そして切なく苦い展開を生み出す。
この冒頭の場面では何かほのぼのとしている。兄弟分という言い方をするけれど、つまりは刑務所内で気が合った同志ということなのだろう。てゆーか、わっかりやすく二郎は直治になついている。川地民夫の人好きのする無邪気な笑顔にキューンとする。

二郎は直治に着いていきたい気持ちマンマンなのだが、自分なんかじゃお前の面倒は見られないから、と刑務所の前で二人は別れた。筈だった。直治に迎えが来ていた。ガキじゃあるまいし、迎えなんか来るかい、と言っていた直治だったのに、「岩本(直治)さんがお勤めの間に組に入った」という男を信用してしまうとゆーのはちと甘くないか。
結構そういう、案外信じちゃったりワナに陥ったりしていっちゃうのよね、直治さんは。そしてその都度、怒りを爆発させて乗り込もうとするのを周囲から抑えられて、そしてその周囲がどんどん死んでっだちゃう(爆)。

いきなり襲ってきた相手をかわし、異変にきづいた二郎が駆けつけて加勢し、敵は逃げ去った。追っ手を気にしながら傷を縫うこともなく医者で簡単な手当てをして直治の妹のもとに身を寄せる。
妹は出所がのびたと聞いていたという。それこそがワナであった。妹の由紀子は小さなスナックというか、喫茶店というか、そんなささやかな店を切り盛りしていて、ずっとお兄ちゃんが出てくるのを待っていた。

この時二郎を紹介するから、ああきっと二人は惹かれあうんだろうなと予感したが、その予感は当たったけれど、あんな悲しい結末が……いやそれは先の話だが、お兄ちゃんは妹をずっと心配していたのだ。こんな稼業の兄を持った妹に男が近づくまいというのは、妹の口からきかなくても判ったこと。
まだまだ結婚が女の幸せと疑いなく思われていた時代というのもあり、それ以上に彼女が、恋することさえ許されない状況にあったというのがつらく、そこに刑務所に入っていたってことが信じられないような天真爛漫な二郎が現れたのだ。

二郎のムショ入りの理由は、チンピラ的なケチなことだった。聞いたそばから忘れちゃうような。だから直治のような筋金入りのヤクザに盃をもらうことはなかったのだ、本来は。
なのに直治はキャンキャンなついちゃって、ちゃっかり直治がいた組にわらじを脱いでいて、気働きのできる青年だからすっかり気に入られちゃって、押せ押せで直治から盃をもらっちゃう。可愛すぎる……。

しかしなんたって、直治が襲われた事件である。当初はそもそも直治がムショ入りした原因となった黒川組の残党の逆恨み(逆じゃないか……)と思われたが、その抗争ですっかり黒川組は解散、ほかの組にそれぞれ吸収され、「たてつくほどの気骨のあるやつはいない」(えらい言われようだが……)という状況。
黒川組の仕業と思わせて、実は……ということが明らかになってくる。そもそもは、いわゆるシマ争いである。直治が所属していた飯沢組をはじめとした地元の組たちの連合会に、関東を一手に掌握する敷島会が合併を持ち掛けてくる。ここはそもそもどこが舞台なのだろう……。敷島会の事務所はわざとらしく(爆)東京タワーが見える事務所で、ザ・東京である。関東のどこか一地方なのだろうか。

ちょっと話を置いといて。川地民夫ともう一人、私をキュンキュンさせるのが長門裕之である。ああもう、大好きすぎる。誠という役どころは直治の弟分だが今は足を洗い、料理屋の主人として堅気になっている。恋女房、加代子とラブラブである。
ああ、彼にぴったりの、こーゆー役どころはほかの作品でも見た覚えがある、まさに長門裕之にぴったりの役どころなんである。
堅気になってしっかりやっていける、女房と臆面もなく仲が良い、堅気になってもヤクザ時代のきずなを忘れない、それがゆえに悲しい展開が待っている……。彼の人情味あふれる優しい性格は、その見てるだけで泣いちゃうお顔からにじみ出まくっている。

彼の恋女房は、この合併話を欲得ずくで持ち込んだ高城組の親分さんである。当然、直治を襲わせたのも彼だし、その後もそんなキチクな所業、ある??と驚く非情の殺しをバンバンやってくるんである。
てか、バカじゃないの。そんなあからさまなことしたら、怒って立ち向かわれるのは必至じゃないの。まあそのあたりはヤクザ映画の目をつぶってくださいというところなのだろーが……。

誠の舅が問題児なのだから、恋女房、加代子が板挟みになることをまず彼は心配する。ラブラブ……。そして周囲も、そんな風に優しいから手ぬるいやり方しちゃう。何とか説得しようとかさ、こんな欲得男にそんなの通じる訳がないのだ。
高城は二郎を殺し(!)、加代子の父親を殺す(!!)。ギャー!!!何やってくれちゃってんの!!私の大好きな川地民夫を!!

二郎はさ、由紀子とイイ感じになっていたところだった。由紀子の誕生日に、こういうの判んねえと悩みながら、洋品店の親父さんに相談しながらプレゼントを選んでいた。
カードに手書きでおめでとうなんて書いて、同僚たちにからかわれていた。そのプレゼントは殺し屋に踏みにじられて泥だらけになった。

ちょっと話が前後するんだけれど……丹波氏演じる政次郎よ。彼は敷島会の代理人として登場する。思いがけぬ、直治と二郎との兄弟分三人の再会である。敵対する立場としての再会でどうなるのかと思ったが、政次郎は「お前とは敵対したくない」と言い、この合併話から手を引くように説得してみる、という。

……もうこうなると、悲しい結末は見えすぎるほどに、見えちゃってる。政次郎と常に行動を共にしている、非情の殺し屋として恐れられている秀という男がいる。人を殺すことに絶対の自信を持っていて、どこか知恵足らずのようにただただ猪突猛進な男なのだが、政次郎は彼にとって絶対の存在らしいんである。
ある時、はむかってきた秀に、俺を殺せるのか!と政次郎が一喝したら、彼はピタリと止まった。二人とも、敷島組のもとで働いてはいるものの、秀は政次郎に心酔しているようだった。なのに……。

二郎と麻生が秀によって殺され、自分のダンナ、そして直治が窮地に立たされたことで板挟み中の板挟みになってしまう加代子。その前に、麻生が殺される前に、義理の娘の加代子に麻生は、これからどうなるかわからない。覚悟を決めなければいけない。父親を選ぶか、夫を選ぶか、酷な問いだけれども……と、嫁に優しく問いかけた。
答えは決まってる。あんな鬼親父を選ぶ筈はないし、それ以前に、この夫婦は超絶愛し合ってるんだもの。

無論、日本的価値観で、嫁に来たらその家のもの、というのはあるにしても、この優しき舅は、大事な方を選んでいいんだよ、と言ってくれた。泣かせる。この時愛する夫と、優しき舅を選んだのだから、もうそれで振り捨てればよかったのだ。
父親を説得しようだなんて、そりゃ責任を感じたというのはあるにしても、これまでの経緯、キチクの所業を見てればそんなん、ムリに決まってるのに。
逆に軟禁されて(!!キチクすぎる……)部屋の中にガスの元栓を見つけてしまった加代子。あーあ、もう、ガスの元栓と涙目の加代子の顔のカットバックで判っちゃうじゃん。サイアク……。

いや、サイアクなのは逆恨みもここまできたら感心しちゃう、責任めっちゃ感じた娘の自死を、こともあろうに直治たちのせいにしちゃう高城である。あったま、おかしいんじゃないの!!
とーぜんもう誰にも止められる訳ない直治は斬り込みに行く。誠が行くというのを堅気なんだからと制するが、舅に続いて、自分を選んでくれた恋女房が死んだとあっては止められる訳がない。

この斬り合いの場面の誠の死こそが、悲しく苦く切なかった。彼はね、死んでしまった加代子がソファに横たわっている部屋に入っちゃうのよ。そりゃさ、その遺体を抱き寄せずにはいられないよ。
つらい遺書も残されている。説得なんてできるはずもなかった彼女のつらい心情が、短く記されている。そして誠は、その隙を襲われて絶命した。愛する妻を追うように。

そして、政次郎である。直治の危機に駆けつける。麻生親分の葬儀に集まった一円の親分さんたちに味方になってもらって、高城を成敗する、筈だった。秀が、人斬りの秀が、政次郎のことは慕っていたはずの彼が、政次郎を拳銃で撃った。
信じられない顔で倒れる政次郎。なぜ、なぜ……。敷島の会長から殺せと指示された彼は、苦悩の末に、相打ちされる隙を見せて彼を撃ったのだ。なんということだ……。
相打ちではなく、秀を刺したのは直治だったよね?そう思うと秀がちょっとかわいそうなような……だって、死にゆく政次郎を腕に抱きとめるのは直治、腐女子鼻血ブー!な場面よ。秀こそが政次郎に対してそういうラブな兄弟分の感情を抱いていただろうに……不憫な……。

そしてまた、直治は刑務所に入る。見送る涙涙の弟分たち。繰り返されるヤクザのループ。だんだん衰退せざるを得ない世相を加味して、どんどん切なくなる世界観がたまらない。★★★★☆


優しいおしおき おやすみ、ご主人様
2020年 70分 日本 カラー
監督:石川欣 脚本:石川欣
撮影:田宮健彦 音楽:
出演:あけみみう 明望萌衣 並木塔子 重松隆志 吉田憲明 安藤ヒロキオ

2021/7/25/日 録画(日本映画専門チャンネル)
最初のうちはヒロイン、あけみみう嬢が演じるバカロリっぽい女の子な感じが、うーむこれはキツいかもとも思ったのだが、最終的には女優としての彼女の素晴らしさに感嘆してしまった。
彼女が演じるひなこの本質はそのバカっぽい、いや、純真な女の子なのだろうが、彼女はヒモのヒロシ(あれ、かつてそういうタイトルの名作ピンクがあったな)によって“ネトラレ”を実行するため、誘惑する女を演じ、そしてこれまたヒロシに命じられて彼を捨てる非情な女を演じる。

二重三重に様々な女の顔を見事に見せ、そして最後の最後には、「もういい??上手く出来た?もうやだよ〜」と元のバカっぽい、いやさ純真な女の子にケロリと戻ってしまうのだから、驚いてしまった。
しかもそれは、まさにヒロシの目指したところなのだ。彼がリスペクトしてやまない谷崎潤一郎が、自分が創造して女たちに演じさせた、それをひなこはたった一人で受けて立ったのだ。

最初はただの、ヒモおじさんと若い女の子のダルダル系ラブストーリーかと思って観ていた。実際、前半はそんな感じだった。もともとヒロシとひなこは同じ会社の上司と新人社員。ひなこを月10万の契約愛人として雇ったキチク男。
しかしそれにひなこはあっさりと乗ったのだった。計算さえない。好きだと言われれば、自分もあっさり好きになるような女の子、に見えた。

だから、ヒロシに命じられて“ヤキトリ”(焼き鳥屋の店員だから)を誘惑した時には、本当にこのまま彼のことを好きになっちゃうかもとも思った。
でもひなこは、観客さえも欺く、本当に一途に“ご主人様”を愛しぬく“マゾひな”だったんである。

冒頭のシーンが彼女のすべてをパーフェクトに示している。床に置かれたスマホを正座してじっと見つめている。LINEが入ったとたん秒速で、まるで競技かるたのようにひったくり、「かしこまりました!」とこれまた秒速で入力。
隣の部屋で始終セックスしているカップルに、ドア越しにチャリ借ります!!と声をかけるひなこ。喘ぎ声ではーい、と返す描写に噴き出してしまう。こーゆーのはピンクならではのコミカルさ。

ひなこには、突然眠りに落ちてしまうという症状がある。私ら世代には即座に思い出す、リバー・フェニックス主演のあの映画である。
本作に関しては、ひなこがヤキトリと寝たか寝なかったか、というキモの部分で、ひなこはラブホで彼と映画を一緒に観ているうちに眠ってしまったもんだから、記憶にないんである。

ヒロシから、寝ている間に襲われたんじゃないかと責められて、一瞬考えこむのには爆笑するが、このシークエンスはかなり重要である。
ヒロシは自分からひなこをヤキトリに差し向けたのに、本当に彼と寝たんじゃないかと気をもんで、朝帰りしたひなこを刑事の尋問よろしく、嫉妬の炎に燃え狂いながら、何度も何度も、ヤッたんだろ、ヤッたんだろ、と責め立てるのだ。

その執拗さに音を上げながらも、ひなこは自分のために嫉妬に身を焦がしているヒロシに幸福の笑みを隠し切れない。ああもう、この時点で、いや、最初から判っちゃいたけれど、どちらが勝ちかなんて、ハッキリ判っていたのだ。
勝ちというのも違うかもしれないけれども、ひなこはどんなにヒロシから理不尽な指示を出されても、ご主人様のためなら、とためらいなく奉仕し、そのことが何よりの幸福。

しかしその設定、ご主人様と奴隷という関係だって、ヒロシが与えたものなのに、今やひなこは、ヒロシさえ、そのことを忘れてしまっているかのようだ。
ひなこはまさに、水を得た魚のように、ヒロシが喜ぶことならと、ヤキトリを誘惑し、ヒロシのもやもやをスッキリさせるためにヤキトリときっちりセックスし、ヒロシにメイクをして女装させ、縛り上げ、そしてヒロシを捨てるのだ。それこそ谷崎がよだれを垂らして欲するような女ではないか!!

ヒロシは小説家志望、なんである。「直木賞は無理でも、芥川賞ならなんとかなりそう」という台詞には思わず噴き出すが、ひなこは、その本質はなんたってバカ……いや純真な女の子だから、すごーい、アクタガワとるぞー!と大盛り上がりなんである。
その小説のネタのために、ヒロシはさまざまにひなこに無理難題を言いつける訳なんだけど、先述のようにそのことによって苦しむのは彼自身だというていたらくと、逆にひなこがどんどん、女として、そしてあけみみうという女優として輝いていくこの皮肉というかなんというか。

中盤からは、ひなこが「ただヘンタイ趣味に邁進しているだけかも」と疑うような、女装やら緊縛やらに行っちゃうもんだから、彼女同様、パソコンはお飾りで、書いてなんかいないだろと、なかば確信めいてすら、思っていた。ところが……。

ヒロシが眠りこけている時に、ひなこはこっそりと彼のパソコンを覗き見る。しっかりと、文章が紡がれているんである。そしてその内容は……。
劇中では、ひなことの関係がバレて、奥さんから三下り半を突きつけられ、その慰謝料に補填するために会社のカネを横領したことでヒロシはクビになった。奥さんからはだめんず、あんたはホントにだめんず、と突き放されて、とりつくしまもなかった描写しか描かれない。

実際、そこで終わったのだと思う。客観的に見て、そういう印象を受ける。ただ、ヒロシが小説として書き起こした中では、奥さんに対してひなこは単なる愛人であると言い訳し、お前だけを愛しているんだと言い募り、そのみじめな姿を奥さんに征服される形で、奥さんに犯される形でセックスする場面として描かれていた。

あくまでフィクションだ。ヒロシがひなこに、文学なんぞ1ミリも知らないだろうなーと思われるひなこに、まあエラソーに教えたもう、現実からしかネタは得られないという、まさしく見本である。
ヒロシ自身にそういう希望的観測がなかったかといえば、それは難しいところであろうが、劇中の展開において、ヒロシがひなこにすっかり参っているのは間違いないところだし、実はひなこよりも、ヒロシこそがマゾだろうというのは、観てる側の感覚としては100%そうだろうと思われる。

本作の面白いところはそこで、ヒロシがマゾを調教しているひなこはとても強く、ヒロシが言う、“ノリの良さと体育会系”というのは言い得て妙であり、ひなこは決して、真正マゾなんかではないのは明らかなのだ。
ヒロシが大好きだから、彼を喜ばせるために、自身がマゾだと思い込んでいるだけ。だけ、と言っちゃったけど、こんな強靭な精神力はない訳で。

一方のヒロシは、谷崎に心酔するゆえに、サド側からひなこを調教したいと思っていたのに、ひなこの、まったく疑わない純真さゆえに、反転してしまって、自身が調教されたいと願ってしまう。
女装や緊縛は、それを判りやすくさせるいわば照れ隠しで、ヒロシの本質は、奥さんが指摘したように、だめんず、弱さゆえの、女に征服されたい欲望だったんじゃないかと、思っちゃう。

ひなこがヒロシのパソコンを覗いて、思いがけずしっかりとした原稿を目にする。そしてその内容を読み進めると、先述のような展開で、ひなこはその奥から、奥さんが自分を嘲笑している幻覚を見ちゃうんである。
所詮こんな男よ、と、パソコンの画面いっぱいに、ざんばら髪に歯をむき出して嘲笑する奥さんが怖すぎる!!そのまま貞子みたいに画面の外に這い出てきそうな迫力。
ここを起点としてからひなこが、もともとのバカっぽい可愛さを封印して、ヒロシをまどわす二巡目、三巡目の女となっていくから、これはマジかと。彼女はマジにそうとってしまって、ヒロシから離れようと思ったのかと感じてきちゃったから……。

隣の部屋のセックスばっかりしてるカップルは、単なるカラミ要員かとも思ったが、まあそれはそうなんだけど(爆)、中盤、ちょっと大きな地震があり、ひなことヒロシ、そして隣室カップルが飛び出してきて、一時公園に避難するシークエンスがある。
けが人が出たから手伝ってほしいという要請に、男子二人が駆けていく。なんとはなしに女子二人が会話する展開になり、隣室の女性は、それって略奪愛じゃん!とひなこの話に感心するんである。

ひなこの方はええ〜?という反応で、そりゃそうだろうな、彼女は一切略奪してない。むしろ、侵略されまくっているのだから。
世間的に、男が離婚して新しいパートナーを迎えると、もれなく略奪と言われることに対する違和感を改めて思う。男女が逆だと言われないのに。この女性蔑視の価値観を、不思議に日本という国はいまだフツーに持っちゃっているのだ。

そっちにシフトすると、フェミニズム野郎は筆が止まらなくなるので、自制しときます(爆)。
妄想奥さんのインパクトがあったから、ヤキトリ君のことが本当に好きになっちゃった、というのはウソだろうとは思ったが、ヒロシと別れようというのはホントかなあという感じはあった。それぐらい、さんばら髪でニヤリと笑う、パソコン画面の画カクいっぱいの奥さん=並木塔子先生の迫力はスゴかった。

同じ女性なのに、年齢、立場、直接会ったこともないのに、お互い知り尽くしている相手、パソコン画面のあちらとこちらで、その原因となっている男が知らないところで、牽制と闘いが勃発している。
正直この時、ひなこが負けてしまったと思ってしまったから、それぐらい奥さんのインパクトが強かったから、ヤキトリが好きになったから別れたい、というひなこの言葉を、ヒロシと共に信じてしまったのだ。

ヤラれた。ひなこはそんなことで心折れるような女の子じゃないのだ。なんと素晴らしい!!
女装して緊縛したヒロシをムチでしばきまくるまでの展開になるのに、むしろこの時点でこそひなこは冷静で、そういう役割を求められているだけという冷静さで、冒頭感じてたバカ……いや、まあ、そういう女の子よ。一般的なら当然、ピンクならそれ以上、そーゆー女の子は量産されているのだもの。

でも彼女はそうじゃなかった。最後の最後に、ぺろりと舌を出すがごとく、あー疲れた、もういいでしょ?とヒロシの前に無邪気な顔を見せるのだ。これは、ヤラれた。男のプライドもきっちり守り、女側のそれも自身の力で囲い込む。
しかし表面上は、そんなゴリゴリを微塵も見せず、ご主人様の愛のためだけに私は生きました!というスタンス。冷静に考えればコワい女、いや、平凡に考えて、この純粋さを信じりゃいいのさ。
てか、判ったでしょ。男は女にかないっこないのだ。軽くあしらったつもりで、あしらわれてる。束縛したつもりで、されている。愛されてるつもりで、愛してる。サイコーじゃないの!!★★★★☆


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