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8日で死んだ怪獣の12日の物語
2020年 88分 日本 モノクロ
監督:岩井俊二 脚本:岩井俊二
撮影:岩井俊二 神戸千木 音楽:蒔田尚昊 ikire
出演:斎藤工 のん 武井壮 穂志もえか 樋口真嗣
それにしても不思議な物語。カプセル怪獣、つまりもともとはガチャの中に入っている怪獣の卵、ということなのだろうか。豆粒みたいな小さな卵が手のひらに乗せられて登場するからそのあたりは判らないけれど、主人公タクミはそれを通販で買った、という。
そういやあ、通販、という言い方をしていたんだと思い当たる。今だったら絶対、アマゾンで買った、と言うところである。役者仲間ののんが星人(宇宙人ということ)を買ったのも、彼女はポチッたという表現まではするが、やはりアマゾンとは言わなかった。
そしてタクミの先輩であるソウの飲んでいるビールは“定番の太陽”であり、決してアサヒではないのだ。そしてタクミが見ているお気に入りの動画チャンネルは、YouTubeだと言うことも決して、ない。
これはどういうことなんだろう……と考える。緊急事態が発令されて閑散となった渋谷の街などが映し出されたり、コロナという言葉はハッキリ発せられるのに、それ以外はわざとらしいぐらいにずらしたり、不自然なぐらいに言わなかったりする。
それは今の、リアル現代における当たり前のことに限られているように思う。タクミが“監督”と話す怪獣のあれこれは、私は詳しくないからアレなんだけど、でもウルトラセブンとかはハッキリ言っているし、おそらくどれも、実際にシリーズに出てきた怪獣たちなのだろうと思う。なのに……。
そもそも本作はモノクロで作られ、リモート撮影の不思議なのどかさを感じる一方で、がらんとした渋谷の街を映し出したりすると、なんだか戦争がおきて、人々がいなくなってしまったかのような錯覚に陥る。
いや、錯覚ではないのだろう。経験したことのないこの大惨事に、その初期に、私もそうだし、あちこちから聞かれた。まるで戦争のようだと。経験はしていないけれど、先が見えないということと、無差別に生命が脅かされること、そしてそれが日常になってしまうということ……戦争、そしてそれはここでは、言い方間違ってるかもしれないけど、一種のファンタジーとして描かれる。
この世界は、今の世界のように見えて、決してそうじゃない。タクミは斎藤工ではなくサトウタクミであり、のんはのんではなく、丸戸のんである。
樋口監督はフルネームが明かされないからただ一人、まったきリアルな彼のように見えるが、タクミとの会話で幼少期を語る、そのエピソードはあきらかにフィクション。
かつてはよく宇宙人が来ていた、自分の兄はそれを見に行っていたらしい、と真顔で語り、ハッキリと、この物語世界が、ドキュメンタリーチックに見せながら、決してそうじゃない、まったきフィクションとして描いているのだという作り手の意図を確認するんである。
でもそれは……なぜなんだろう。ちょっと先走ってラストを言っちゃうと、皆でコロナに打ち勝ちましょう、とかタクミがカメラ目線で言うラストに、何これ、不思議世界で魅了してきたのに、なんか教育番組みたいに、共に頑張りましょう!!みたいに言うの、気色悪っ、と思ったのだが、それも計算ずくだったのか。
なんかね…のどかで不思議な可愛らしい世界観のように見えながら、モノクロも手伝って、なんかこれは、ひょっとして結構怖いのかもしれないと思い始めるのだ。
のんが買った星人、ペロリンガは画面ごしのタクミにはその姿が見えない。最初はのん嬢特有の天然さに寄せた描写なのかなと思っていたが、そもそもカプセル怪獣ってのだって尋常じゃないんだし。
のん嬢が、星人から転送できないということを聞いていて、だから見えないんだと落着させるのに、最初はなんじゃそりゃと思うのだが、なんかだんだん……ついつい……納得してしまうんである。
武井壮氏演じるソウは、この中では彼自身のパーソナリティーからは最も離れたキャラクターデザインをなされている。
タクミものんも樋口監督も、その職業はまんま彼ら自身のそれなのに比して、彼だけが、タクミの恐らく学生時代の先輩であり、海外に拠点を置いてビジネスをしていたのがこの状況で危機に陥り、海外に残してきた家族の元に帰れず、日本で済む場所もままならない、という状況なんである。
キャラクター造形はまんま武井壮なのだが、彼だけに課せられた、この決定的な違いが、なんだかひどく……意味あるものに思えてくるんである。
私たち観客から見て、タクミ、そして彼が見ている動画チャンネルの女の子が育てているカプセル怪獣は、どー見たって紙粘土で作られたつたない造形物なのだ。
それをウルトラセブンに出てくるなにがしっつー怪獣だとか、翼が生えてて今にも飛び立ちそう、尊いー!とか、画面のこちら側にいる観客は、いやいや紙粘土じゃん……と戸惑うばかりなのを、最初からこのソウ先輩は、消しゴム?紙粘土で作ってるの??と喝破しちゃう。
そんな先輩をたしなめるように、いや違いますよ、と説明を始めるタクミの方に、見てるこっちも段々引きずられちゃって、ソウも最後には、変身をし続けるカプセル怪獣に、タクミが襲われるんじゃないかと本気で怖がって忠告を加えるまでになるのだが……。
でもそうだ、そうだ!ソウ先輩には明らかに、私たちと同じように、紙粘土にしか見えていなかったのに!!この、少しずつズレてくる感じが、なんだか怖くなる。
最初からタクミ、そして樋口監督も明らかに紙粘土怪獣に対してマジで、三個あった卵、孵ったそれぞれの形のプチ怪獣たちに、ウルトラセブンの怪獣たちの造形からあれこれと推測して、弱いだの強いだの、議論しているうちは、はいはい、男子ね、という感じだった。
でもそれが、ひょっとしてお前らマジ?と思い、決してそんなウルトラセブンの怪獣ではなく、なにか違う、得体のしれないものなのかもしれないと感じ始めて……。
そして、のんが育て、すっかり仲良くなった星人と共に、宇宙留学をする、と言い出す展開になると、最初思っていた、セミドキュメンタリーのようなことでは、ぜんっぜんないぞ!!とようやく思い至る、んだけど……でも、どうなんだろう。
作り手側は案外、百パーセント本気の、今の瞬間の世界に向けての物語を作っていたんじゃないかという気も、している。
見えない宇宙人と共に、宇宙留学に行って、今の地球を救いたいとか、共食いしたり姿を変えたりする怪獣に一喜一憂しながら、この小さな生命体に地球の危機を救ってもらいたいとか、でもそれは自己欺瞞じゃないかと思い返したりとか……。
コロナ禍でにっちもさっちもいかなくなったソウ先輩にやたらと同情したタクミが、引っ越し先に過分な贈り物をしているシークエンスが印象的っつーか、なんか気になってしまった。
タクミは家電から食器からなんとまあ、現金まで送るのよ。ソウはやりすぎだよ、一度は怒りながらも、でもありがとうな、と受け取るけれども、これはさ……大人として後輩の想いを飲み込んで、というには、送り付けるモノがあまりに露骨すぎて。
これはさ、これは……絶対、意味を含ませてるよね。食器一式ぐらいならまだ判る。いやそれも過分だと思うが、家電て!まだそこまではブツだから贈り物と思ってもいいけれど、現金はないよね……これはどういうことなんだろう、本当に。
いくら困っているからって、しかも先輩に対して、これはあまりの“仕打ち”と思うのだが、ソウはよほど困っているのか、そのプライドを決して見せない。
それは、ここが現実の今じゃない、どこかのパラレルワールドだから価値観が違うということなのか。いろいろ不思議な本作だったけれど、この点はさすがに看過できなかったんだよね。
武井壮氏がこのソウと、性格的なキャラはそのままながら、設定がハッキリと、彼だけが違ったことが、ヤハリとても、気になっていたのがあると思う。作り手の、意味を感じてしまう。
タクミが先輩の窮状を思ってのことだって、これは、やりすぎ、っつーか、やっぱり“仕打ち”レベルであると思う。こんなん、後輩からされたら耐えられない侮辱だ。
でもここは、パラレルワールドだからなのか……ソウ先輩はありがたく受け取っちゃう。ただ、ショーゲキの事実をタクミに告げる。彼が世話しなければいけない家族がもう一つある。だから余計に、苦しんでいるんだと。
なんか、古き良き(?良きと言ってはいけないか、フェミニズム野郎の立場としては)時代の日本では、まあありましたな、こーゆーのは、というヤツだが、この価値観の相違の別家族の存在に対して、これは面白くなる展開の要素だったのに特段言及しなかったのは惜しかったかなあと思う。
この部分を、それなりにでもいいから掘り下げてくれれば、面白かったのにと思う。紙の上での契約関係から外れれば不倫、背徳と騒ぎ立てる幼稚な日本社会にウンザリしてるもんだからさあ。
のん嬢の、宇宙留学のその先が見られたら面白かったと思うが、“両親に反対された”ことでかなわない。うーん、残念!!ここはそれこそ、予算が下りれば、のん嬢ヒロインの、宇宙留学物語が実現しただろうから!!彼女だったら、その設定でさぞかし面白い作品が出来上がるだろうもん。 ★★★☆☆