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「れ」


2023年鑑賞作品

零落
2022年 128分 日本 カラー
監督:竹中直人 脚本:倉持裕
撮影:柳田裕男 音楽:志磨遼平
出演:斎藤工 趣里 MEGUMI 山下リオ 土佐和成 吉沢悠 菅原永二 黒田大輔 永積崇徳 信江勇 佐々木史帆 しりあがり寿 大橋裕之 安井順平 志磨遼平 宮崎香蓮 玉城ティナ 安達祐実


2023/3/21/火 劇場(ユナイテッド・シネマ豊洲)
久しぶりの竹中直人監督作品は、その鮮烈なデビュー作品を思い出さずにはいられなかった。
漫画原作、そして漫画家自身を深く投影しているというのもそうだけれど、どうしようもない自己否定感、抜け出そうとする気力さえあるのかないのか、でもどうしようもなく生きていくしかない、そんな一人の男の物語。
竹中氏自身の持つ照れや明るさが反映されたポップな作品にも心躍っていたが、10作目にしての原点回帰とさえ感じた。

どうにもこうにも共感できない、他者や社会への侮蔑を隠そうともしない、言ってしまえばクズ男である。
彼のまき散らす不満に必死に対応する奥さんに深く同情したり、その不毛な、そして双方傷だらけにしかならない議論に見ているこっちが疲弊するのだけれど、そしてそんなどうしようもない男の生きざまを描いているのだと観ている時には思っていたのだけれど……いやそれは確かにそうなのだけれど。

鑑賞後、原作の試し読みが出来ることを知って、ほんの30ページだけなのだけれど。思いのほかこの冒頭を忠実に映画でも描いているのが意外のような気がした。
もちろん、その後も忠実に描いているのか、映画は尺が限られているからなかなかそうもいかないように思うけれど……とか考えたり。でもそれでも、この冒頭部分を忠実に映画となった本作にも映しているのが、ここにこそ、本作のキモが詰まっているってことなのか、と思ったのだった。

主人公の漫画家、深澤薫のかつての恋人の回想である。彼の漫画を初めて褒めてくれたという彼女。顔をほとんど見せず、自分の笑い顔が嫌いなのだと言い、首を絞められている時だけが安心できるとかメンヘラチックな女の子なのだが、彼女が言った、先輩の漫画結構好きです、と褒めてくれた言葉の後だった。
でももう読まない。先輩のことを知りすぎてしまうのが怖いから。彼女はそう言ったのだ。そして私はあなたがそう思い描いているであろう私を演じているだけ。深澤君は私のことを何にも判っていない、とも言ったのだった。

見事に、見事に、それは深澤が、ラスト、そのことにようやく気付いて、いや、とっくに気づいてた、どころか、うんざりするほど判ってたのに、言い散らしてさえいたのに。
まっすぐなファンの愛の言葉に直面して、その事実に自分が負けていたことに気づいて、思い知らされて、彼は声を詰まらせたのだった。君は何も判っちゃいない、と。

ゴメン、なんか何もかもすっ飛ばしているけれど。でもこれなのか、そうなのかと思っちゃったら、止まらないんだもん。だって深澤は最初の読者、初めて褒めてくれた彼女に、言い当てられていたんじゃないか。彼女は深澤の理想の女の子を演じていた。彼に好かれるために。深澤が読者に好かれるために世間に理想の漫画を描いたように。
彼女はこれ以上深澤君のことを知るのが怖いから、もう読まないと言った。つまりその時には、深澤は自由に、自分の信じる漫画を描いていたのだ。でもそれが出来なくなった。好きな相手に受け入れられなくなるのが怖いから。

好きな相手、というのが、読者、つまり、売れるか売れないかというスライドはあまりにも悲しい。それが、本当に、好きな相手なら、葛藤も闘いも産まれるけれど、闘う相手の姿が見えない。
SNS上での一喜一憂はいかにも現代的だが、いつの時代にもクリエイターは、いやすべての人たちが、声なき声に怯え、理想を掲げた虚勢を張ってしまうのだろう。それは自分を愛してほしいという渇望の裏返しだということに気づきもせずに。

ずっと深澤をツイッターで応援し続けていた女性が、ラストのラスト、新刊発売の握手会に現れた時に、冒頭の回想で示された、そして本筋でも実はずっと示され続けていた彼の中のぶすぶすとくすぶるキモが、バチッとつながったように思った。
深澤は、読者はバカだから、レベルを下げて泣けるとか感動するとかいうものを描いたに過ぎないんだとうそぶいていた。かつてアシスタントについていた女の子が売れっ子になっている、その新刊を手にしても、同じような表現で罵倒してスタッフを困らせていた。
深澤は、本当に描きたいものを描けないフラストレーションだったのだろうか。本当は、描きたいのものを描いているのに、自分の思った通りに受け止められないフラストレーションだったのか、あるいは……。

編集者と漫画家の関係、そして売れる売れないの厳しさは、本作で痛烈に、繰り返し、描かれる。深澤の妻は売れっ子編集者。
もちろん、売れっ子漫画家の深澤と出会っての結婚だったのだろうが、お互い売れっ子同士で仕事が忙しすぎて、いや違うな、お互い仕事を優先したことで、思いっきり、すれ違った。
この問題についてはあまりにも多くのツッコミどころがあり、深澤側、妻側、双方ともに自分の言い分だけを一方的に主張してるもんだから判り合える筈もなく、という雰囲気が満点ではあるのだが、どうしても同性として、奥さん側に加担してしまいたくなる気持ちは出てきてしまう。

中盤、同級生の結婚式後の流れでの居酒屋のシークエンス、あるいはその中の一人と、奥さんとも、自分の漫画家人生とも、ボロボロになってしまった後で会って話すシークエンスで、明らかになってしまう。
同級生たちは、言ってしまえばとてもとても平凡な、でも核心をきちんと明らかにして、人生を歩んでいた。深澤と奥さんが、結婚という形をとったけれども、編集者と漫画家というスタンスから何も進展せず、進展しようとせず、それは結婚の先に生ずる、子供を望むのか否かという話し合いさえなく、お互いに自分にとっての理想の夫であり妻でなかったことにフラストレーションを覚えて破綻してしまった。

二人ともが、自分勝手だったのだ。お互いがお互いの理想じゃなかった。深澤の漫画を初めて褒めてくれた彼女は彼の理想を演じてくれた、深澤は読者の理想を演じた。でもそれも、ゆがんだ形の相思相愛だ。
自分勝手であることを認め合い、ぶつけ合った先にこそ何かがあったのかもしれないとも思うけれど、判らない。漫画家という、特にこの日本のカルチャーの中でも特化して、大衆なのか芸術なのかという芸術、しかも、編集者の腕によって売れる売れないが左右される世界は、日本ならではにも思える。

ここ数年、近代文学、明治大正から昭和初期の日本文学を読み返しているのだけれど、この当時は編集者が、書き手の作品にこれほどまで介入することはなかった。これほどまでどころか、一切なかった。書いたものが、時代的に発禁になっちゃうということはあれど、だから書き直せとか、そんなことはあり得なかった。
書いたものが読者に受け入れられるかどうか、ただそれだけ。てゆーか、そもそもそれしかない筈なのに、いつしか敏腕編集者という存在が、漫画にも小説にも現れ、なるほどと思いもしたけれど、でもなんとなく、モヤモヤした気持ちはずっとあった。

書きたいものを書けないのなら、編集者や読者に気兼ねして売れ線を気にして書くのならば、意味があるのだろうかと。辛いばかりじゃないのかと。
そんな言い草が、青臭いばかりだということぐらいは判ってる。でも、深澤は、あるいはこの世のあらゆるクリエイターは、本当の自分はこんなんじゃない、本当の才能を発揮できる社会じゃないからだ、と、売れないときにはそれを言い訳にして、読者をバカにし、理解者を失い続けるのだとしたら……あんまりじゃないか。

でもね、先述したように、実はそうじゃない、虚勢を張っているだけで、読者からまっすぐに愛のメッセージを届けられると途端にひよっちゃって、本当の自分を見失ってしまうだけなのかもしれないと思う。

ほんっとうにね、深澤はサイテーな男よ。結局は自己満足、てゆーか、一度売れてしまったことで継続しなければというプレッシャーに押しつぶされている。アシスタントに仕事を与えなければという見栄のために、連載終了して次のめどもたたないのに、現場を解散することも出来ない。
次々出てくる若い才能や、タレントみたいに露出する美人作家たち、その作品の薄っぺらさを罵倒しながら、深澤は新作のアイディアを産み出すことが出来ず、荒んでいく。

解雇したアシスタントの女の子からパワハラ告発までされてしまう。この女の子は判りやすく、深澤の無防備さというか、無自覚さというか、いや、そうだな……自意識過剰、それだ、それが一番しっくりくる、それをついてくる存在である。
アシスタントに仕事を与えなきゃいけないから、という台詞にまず引っかかっていたから、メチャクチャしっくりきた。この女の子は、めっちゃ腹立つ、言ってみれば深澤と同等なぐらい自分の才能に自信マンマンが故に自分勝手マンマン、似た者同士どころか合わせ鏡ぐらいなキャラクターだから、めっちゃ腹立ったんだと思う。

深澤が事務所解散を伝えた時、他から誘われていたのを断ったのに!とかみつきまくった。デビューも近いと嬉し気に、つまり自慢げに語っていたのもあいまって、アシスタントという立場ながら、深澤を完全に下に見ていた。
彼曰くの、一度売れたことを笠に着た老害漫画家というのを、まだデビューもしていないのに、売れてもいないのに、押し出しているのが判って、ゾッとした。そしてそれはもしかしたらかつての、深澤だったかもしれないのだから。

内省的な問題についつい終始しちゃって。深澤が出会う風俗嬢、ちふゆとの物語こそが素敵なのに。
ちふゆは深澤が警戒する、猫顔の女の子。猫のような眼をした、女の子。回想で出てきていた最初の彼女もまた、猫目を持った女の子だったのだが、捨て猫の目だと、彼は表現していた。ちふゆは、結果的には、愛玩されている飼い猫の目だったのだと、モノローグされる。

時間つぶしに何げなく風俗嬢を呼んだ。ふとっちょのJKコスプレのゆんぼ嬢にあたたかな笑いをいただき、しかし深澤は思いがけず、ゆんぼ嬢に赤ちゃんのようにすべてをゆだねた。
ゆんぼ嬢がとれなくて、出会ったのがちふゆだった。安っぽいネオンきらめくラブホテルの一室で、深く心を通わせる。売れっ子のちふゆを捕まえるのも大変ながら、何度も指名し、深澤はちふゆの帰省にまで着いていった。

でもこれが、これがね……。ちふゆとは何一つ共有してなかった。風俗嬢と客だから、当然だったけれど、深澤が帰省に着いていきたいと言い、LINEを交換したことで、変わってしまった。
アカウントから検索して、ちふゆは深澤が売れっ子漫画家だということを知った。彼女にとってはなんてことないことだったんじゃないかと思うけれど、どうだろう……。深澤が、ちふゆにとって何者でもない自分だったのに、という思いを察知したのかどうなのか。深澤はあからさまに、自分自身が知られたことに動揺したし、嫌悪の感情をあらわにしてしまったし。

子供だ、あまりにも、子供じゃんと……。ちふゆがその後、深澤と連絡を絶ったのは、明らかに彼の感情を読み取ったからではないか。猫目の神秘な女の子に恋に恋する男子であっただけの深澤を見限っただけではないのか。

基本的には、深澤は余りにも自分勝手で、自分の才能を信じているのに信じ切れていないことを他者に八つ当たりして、共感なんてできない人物な訳よ。でもそれが普遍的に、誰もがそうだというスタンスで決着する訳なのだけれど……。
難しいな。最後の最後にね、冒頭の彼女、最初に漫画を褒めてくれた彼女が登場する。意味ありげに、深澤君はね……と言う唇の動きが音声オフされる。えっ、えっ、なんて言ったの、とうろたえていたら、その後たっぷりとクズっぷりが披露された後、深澤君はバケモノなんだよと、彼女が言い放つ、そのショットがしっかりと、刻まれるのであった。

バケモノか……。不器用にしか、子供のように自分が欲求することにしか進めないのなら、そうなのかもしれない。でもあまりにも残酷な幕切れに言葉を失った。★★★★☆


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