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「ぬ」


2023年鑑賞作品

ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい
2023年 109分 日本 カラー
監督:金子由里奈 脚本:金子鈴幸 金子由里奈
撮影:平見優子 音楽:ジョンのサン
出演:細田佳央太 駒井蓮 新谷ゆづみ 細川岳 真魚 上大迫祐 若杉凩 天野はな 小日向星一 宮崎優 門田宗大 石本径代 安光隆太郎


2023/4/30/日 劇場(新宿武蔵野館)
きっと昔から、人間産まれてこのかたから、常に存在していたに違いない、七森君のような男の子は、今ならば多様性という便利な言葉で理解されてしまうところだけれど、それこそ、“理解されてしまう”ということなのかもしれない。
恋愛というものが判らない、女の子と一緒にベッドに入ってもただ眠るだけで朝を迎える、そんな自分がおかしいのではないかと悩む七森君のような男の子は、その昔にも絶対にいたに違いないけれど、おかしいのではないかと悩むことすら許されていなかった気がする。
本作はそこまで……いわゆる恋愛の嗜好性や自認に対して踏み込んではいなくて、七森君をはじめとして上手く世間と渡り歩けない、心優しき人たちを、それこそ多様性に満ちた多面的な視点で、静かに見つめていく。なんだかとてもグッときてしまう。

優しい、という言葉やその意味に、七森君も、そして彼と大学の入学式のタイミングで出会った麦戸ちゃんも思い悩む。優しい、という言葉で片付けられる、それは単に弱いということなのではないかと。闘わないことなのではないかと。
そもそもこの二人が、めっちゃ内省的なこの二人が、オリエンテーションで一緒だった、というお互いの認識があったにしても、ベンチで偶然顔を合わせて、そのまま帰り道も一緒する、というのが奇跡的である。

ぬいぐるみサークルで一緒になる同じ一回生(という言い方は西ならでは)の白城さんは七森君から交際を申し込まれて、後に、麦戸ちゃんじゃないんだと思った、と語る。
観客側である私もちょっとそう思わなくもなかったんだけれど、それこそそれがひどくヤボな価値観だということも判っていたし、麦戸ちゃんであってほしいけれど、きっと麦戸ちゃんと七森君はそうじゃないんだろうな、という感覚はすごく、あった。

めちゃくちゃ魂響き合わせてるし、麦戸ちゃんが大学に来れなくなったことに心配して、まるで小学生の同級生みたいにプリントやら課題やらを届けに行く七森君。そして、七森君もまた心を閉ざした時、麦戸ちゃんが、あの時の自分の苦しさを、吐露する形で、彼の苦しさを受け止める、いや、共有する、いや……どれでもない。なにかなにかもう、グッときまくってしまう。

なんつーか、またまた感情暴走して訳判らん感じだが。そもそもの冒頭が、七森君のキャラをバシッと示していて印象的である。のどかなロケーション、地方の高校生、女子から告白される七森君は、嬉しいけど……と口ごもる。
女子の方は、私を異性として見れないんでしょ!と当然の憤りだが、まぁそのとおりではあるのだが、七森君にとっては、異性として見る、という感覚すらおぼつかない、らしいのだ。

友達として好きというのは確実、それではダメなのか。ダメな訳ない。そう考えると、恋愛というものが、めちゃくちゃハードルの高い、条件の厳しいものだということが判る。
もちろん、そんな厳しく考えずに、友達からスタートでもいい。そう思ったからこそ七森君は、気も合うし、一緒にいて楽しいし、と白城さんに交際を申し込んだのだけれど、同じ条件でも、麦戸ちゃんじゃなかったのは、白城さんがそういう方向に世慣れていることを知ったからに他ならない。

そもそも、そう、ぬいぐるみサークルである。麦戸ちゃんがチラシを持ってきた。てっきり、ぬいぐるみを作るサークルだと思っていた。どうやら違う。綿をいじくってごにょごにょと、作り方を説明しようとするけれど全然おぼつかない先輩たち。でも、圧倒的に居心地がよさそうなのが一目でわかる部室だった。
壁一面にぎっしりと並んだぬいぐるみたちは、ただ陳列されているんじゃなく、彼らとおしゃべりするために、そして常に話しかけてでもいるように、愛をもって、鎮座ましましていた。
実際は、ぬいぐるみとしゃべるサークル。こう言ってしまえば、うっわ、あぶなっ、と思っちゃう。だからチラシにはハッキリしたことは書かずに、インスピレーション、フィーリング、感応して来る人たちが、集うのだろう。

七森君と麦戸ちゃんが、このサークルのなんたるかを目にしたのは、二回目に訪れた時だった。一人の先輩が、世界の窮状を憂えて、でも自分には何も出来なくて、そんなことを、泣きながら、ぬいぐるみに語っていた。
ぬいサーの真実を、新入生にどう告げるかは非常に難しいだろうが、こんな風に思いがけずその目にしても、七森君も麦戸ちゃんも、なんだか心に染み入るようだった。

白城さんは、そういう意味では、すこし外部の雰囲気があった。その気持ちも判る、けれども、私はぬいぐるみとは話さない。そのスタンスで、他のサークルにも所属し、そこでのセクハラにイヤな想いをしているのを、ぬいサーで癒されるんだと語った時、七森君はなぜそんなサークルにいるんだと、弱腰ながら意見したのだった。
でも白城さんは……七森君と曲りなりにも付き合ってる、っていう時の描写から、世間と、社会と、女として、ナメられてる女として闘う姿勢がハッキリしていて、彼女の目線からは日和見主義のように見える(決してそうではないんだけれど)七森君と相容れないのは、明らかだった。

私はフェミニズム野郎だから、白城さんの女子として肩ひじ張った攻撃スタイルは、本当に、めちゃくちゃ判る、共感する。今の時代でさえ、女がセクハラなんつー、くっだらない暴力に屈しなければならないこと、七森君はそんなサークルは辞めるべきだと言うが、彼女にとってそれは、女の弱さを認めるそのものの屈辱なのだ。

めっちゃ判る、めっちゃ判る!!でもその一方で、麦戸ちゃんは、女性が苦しめられる、そんな根源的な屈辱に、深く傷つく。それも、自身の経験じゃなく、見てしまって、救えなかったからこその苦しみは、白城さんが自身の強さでぶち破れたのとは全く違う。
自分がその経験をしたら。それを想像して心底ゾッとするのに、なのに目の前のその人を助けられなかった。同じ女性として、苦しむその人を助けられなかった……。このループを、七森君の前で吐露した時に、彼女が学校に来れなくなって、苦しんでいたその事実を初めて知るんだけれど……。

女性が直面する、性的侮辱的あれこれは、軽重あらゆる……それは、女という性を攻撃対象にされるから、女であるだけでエロだとか、無防備なのがエロだとか、逆にブサイクのくせにカン違いすんなとか、本当に、本当にさ、なんなの!!!と爆弾ぶちかましたくなる。
そしてそんな風に言うと、被害妄想だとか、自信過剰だとか、そんな男子ばかりだと思っていたし、まぁそんな男子が数多くいた事件もあった訳だし。でも……七森君のような男子、あるいはぬいサーの先輩たち、彼らに、希望を感じてしまう。いや、七森君にしても先輩にしても、自分自身に向き合うことに必死で、そんな希望を持たれても、と思うかも知れないけれど。

そう、麦戸ちゃんが大学に来れなくなったのは、痴漢を目の前に見て、でも助けることが出来なかったからだった。それまでも、性犯罪や女性が直面するそうした事件に憤りは感じていたけれど、自身にふりかかっていなかったから、リアルに感じることが出来ていなかった。
そして、同級生たちが痴漢に遭ったことを笑いながら語っていたことが、その事実にはひどいと憤っていた筈なのに、笑ってたんだと、自分はそれを受け入れちゃってその事実の非道さが判っていなかったんだと。そして、何より、そう、笑って話題にしちゃうんだと……。

麦戸ちゃんが陥った、ぐるぐるな苦悩、笑って話題にしちゃう、なのに事実はこんなにも許せない、非道なことなのに、っていうのが、ああ、もう、判りすぎて、そして、確かに、ネタにしちゃうんだ、その事実を、忘れることはできないから、自分自身がそれで傷ついた、ってことが認めたくなくて悔しくて、だから、ソイツのバカさを強調するために、ネタにしてしまうんだ。
でも、それじゃダメなんだ。それは犯罪だし、心が殺されているのに、笑ってネタにするなんて、それは、女子として、アイデンティティを悪魔に売り渡すことなのだ。

だからこそ、白城さんの存在があるのだと思う。彼女は本来なら、ぬいサーのような、ある意味自分だけの世界観に没入するサークルにいるようなキャラじゃないし、むしろ敬遠するタイプに見える。
でも彼女は、本当の気持ちは、ぬいサーにどっぷり漬かりたいのかもしれないけれども、彼女自身、自分の役割はそうじゃないんだと無意識下でも判ってるんじゃないかなぁと思われるのだ。

だってさ、考えてみれば七森君から交際を申し込まれて、でもどうやら恋愛的好きという感情を持っていないらしいことが最初っから判っちゃってて、ベッドに誘っても朝まで添い寝だし、俗な視点で言えば、ヒドい男子じゃん。
でも、そうね……先述したように、常にそういう事例はあったと思うけれど、白城さんは、もういち早くそれを、七森君自身以前に察知していたよね、と思う。

恋愛体質、経験豊富という以上に、白城さんの、ぬいサーと外社会との橋渡し的存在は、私もきっとぬいサーに入りたいと思っちゃう時に、ぬいサーだけの、純粋培養の部員だけでとじられてしまったら、救いがない、と言ったらアレだけど、白城さんの存在は、本当に真実、必要、アンバサダー、いや、プレジデントとして必要!
流行語のように多様性という言葉が使われるけれど、それを真の意味でかみ砕く存在が、白城さんのポジションであるのは間違いない。

七森君が、母親から愛犬の死を告げられたと推測される形での帰郷、冒頭のちらっと示されるところでも、母子家庭なのかな?そして、帰省してるところを同級生と偶然遭遇して、プチ同窓会みたいになるんだけれど、あぁもう、この年頃の男子だな、彼女がいるいないみたいになって、高校時代の彼女とどうよ、みたいな流れから、童貞かよ、みたいなイジりになり、先述のようなあれこれもあって、七森君は、こうした友人の間のいわゆるセクハラに怒りを覚えて席を立ってしまう。

彼を誘った友人が慌てて取りなすけれど、振り切ってしまう。とても、切ない。友人が七森君に取りなすように言った、ジョークなんだから、流せばいいんだって、というのは確かにそのとおりだけれど、それが常に、彼や彼女のアイデンティティを、殺していくことになるのだ。
流せばいい。でもそのことで、相手だけが生き残る。私は死ぬ。その苛烈な事実を、この時、七森君は上手く言葉に乗せられず、心配する友人を後にしたことを、友人を傷つけてしまったということと同時に、自分自身もまた、傷を負ってしまうのだ。

もうねぇ、もう……こんな、傷だらけの若者を見るのは辛いんだよ。でもね、それなりに、通ってきたから、判る。大丈夫。通ってしまえば、いや、通った自信と経験があるからこそ、大丈夫、って言える。
本作はね、大学、ぬいサー、とても静かで、ぬいぐるみと対峙し、学祭も本チャンは映さずその準備だけ、しかも雨の中映し出すし、すべてが終わって、どっかに連れてかれる着ぐるみうさぎをはっしと止めて、部員たちで優しく洗い、重いなあと言いながら屋上に干しに行き、なんつーか、そういう、ゆるやかな優しさがたまらないのよ。
そしてこのシークエンスでは、なんとか闇から脱した麦戸ちゃんがいて、白城さんと、ここにはいない七森君を介した友情を醸し出してる。

ラストは、次の年。七森君、麦戸ちゃん、白城さんが入った年から一年、新入生を迎える。七森君たちよりかなり重いキャラの新入生の男の子に、まだかつてを引きずった金髪の七森君が歩み寄る。
成長、だよね……。たった一人、リュックサック姿の新入生、七森君は麦戸ちゃんと一緒に、麦戸ちゃんに手を引かれてドアを叩いたのだもの、そんな彼らより、めちゃくちゃ勇気があるのだもの。★★★★☆


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