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「そ」


2023年鑑賞作品

そして僕は途方に暮れる
2022年 122分 日本 カラー
監督:三浦大輔 脚本:三浦大輔
撮影:春木康輔 長瀬拓 音楽:内橋和久
出演:藤ヶ谷太輔 前田敦子 中尾明慶 毎熊克哉 野村周平 香里奈 原田美枝子 豊川悦司


2023/2/8/水 劇場(TOHOシネマズ錦糸町オリナス)
あの大ヒット曲の背景に何かストーリーがあったのかなと思ったが、そうではない、インスパイアされたというのとも違うような、まさにこのタイトルの言葉から想起されたのかと思われるような、見事なクズ男の逃走劇だったんであった。

予告編では彼の逃走ぶりが意味ありげに描かれるにとどまるので、何か犯罪とか、そうしたクライムミステリ―なのかと思いきや、彼が逃げるのは逃げ出したいその状況から。
その状況をなんとかすれば、つまり相手と話し合うなり自身の考え方を改めたりすれば逃げる必要はないのに、彼は物理的に逃げ出してしまう。それが重なっていくほどに、物理的にその場所や状況から逃げ出しているのではなく、実は彼は自分自身から逃げているんではないかという思いを、観客に、そしてきっと彼自身にも抱かせていく秀逸さ、なんである。

その男、裕一を演じるは藤ヶ谷太輔氏。不勉強ながら役者としての彼を観るのは初めて。同棲する恋人に対して、つまり対等の立場である筈なのに、まるで中学生が母親に甘え切っているように、用意された食事も適当に残し、片付けもせず、電球が切れてたよと言って買いもせず、替えもせず、ソファに転がってスマホばかりをいじくっている。
この冒頭からうわー、なんだコイツ、こんな男、即捨てだね!と思うし、彼女もそれにイライラしているのが判るのに、その彼女、里美(前田敦子嬢)が暴発するのは、裕一が浮気をしていたという一点のみにおいて、なんである。

さっそくオチバレだが、最終的に里美が当てつけのような浮気をして裕一を逆転一発捨てるに至るのだから、伏線回収という意味合いはあれど、同性としては、そしてこの現代の働く若い女性に対しては、そこかよ……という歯がゆさは正直、あった。
その歯がゆさは次に転がり込んだ幼なじみの親友、伸二の、実に具体的な説明的キレ方によって、そうそう、これを裕一に言いたかったんだよ!と溜飲が下がるのだが……。

でもそれこそ、伏線回収である。本来なら恋人である里美がその点にもキレなければならなかったのが、恋人であるという存在として浮気を糾弾、里美の不満を補足するがごとく、今度はそもそもの人間性としての裕一を糾弾した伸二が、裕一が逃亡した直後からイイ仲になっていた、というのだから。
ふとここに、色恋に重きを置く女子、社会性に重きを置く男子、という、差別的とまではいわないけれど、ちょっと古い先入観めいたものを思わなくもない。そしてそれを、女子のキーッ!なイメージを見事に体現する前田敦子嬢なもんだから、なんとなくもやもやとしてしまう。

いやそれは、フェミニズム野郎の偏見に過ぎない。だって、最終的にはすべての人物にもやもやしちゃってたことに気づくのだから。
最初こそは、裕一のクズさ加減に呆れて、彼にいいように頼られる知人友人に、気の毒だなー、と思っていた。
でも、いわば裕一は、まだ何も出来上がっていない人間だったのだ。中学生に対する母親、と言ったが、まさにそんな感じ。真っ白で、くにゃくにゃのこんにゃくみたいで、何も定まっていない。一緒にいる誰かが自分のために何かをしてくれるのが当たり前と、悪意なく、無邪気に思っている。

つまり、クズ男ではなく、ただ子供なだけ、だったのかもしれんのである。だから、自分を圧倒的に肯定してくれていると思い込んでいた恋人と親友から全否定されて、どうしたらいいか判らなくなって、物理的なこの状況から飛び出しちゃうのだ。
最初はね、その図式が判らなかったから、単なるクズ男のその場しのぎの逃亡で追い詰められるのが、自業自得!と思っていたんだけれど、なんか違うのかもしれない、と思って……。

ラスト前のクライマックス、母親、姉、恋人、親友の前で、彼は涙を流して逃げ続けてきた自分、変わろうと思っているけれど自信がない自分を認め、でも変わりたいんだと鼻水と涙でぐちゃぐちゃになりながら懺悔する。それで上手いこと回収されたようにも見えたけれど、なんか、なんか違うんだよね。
だって裕一は、この逃亡の中で、次第次第に、ちゃんと変わろうと、てゆーか、変わらざるを得なくなって、時にムリヤリな感はあったけれど、努力して、変わっていってたんだもの。

転がり込んだバイト先の先輩のところでは、里美や伸二に糾弾された、洗濯や買い物やごみ捨てをこなして信頼された。でもなんだかビクビクしていた。そうしなければ、また逃げなければならない状態になるんじゃないか、みたいな。
だんだんと成長はしていくものの、それは相手を思うためではなく、まだ自身の保身のためだった。でもそれでもいいのだ。変わろうと思って実践していたことは事実だったのだから。

でもこの先輩のところを出た後あたりから怪しくなる。自分を妄信してくれていた後輩から、映画みたいにカッコイイドラマを体現しているとカン違いされて、一気に行き場がなくなる。
ついに身内に手を出す。手を出す、という言い方はおかしいけれど、それまではことさらに、そうことさらに……避けていた。連絡が来ても無視し続けていた。それは、身内ならではのうっとうしさだったのか、ほっておいてもなくならない安心感だったのか、どちらもありだったろうけれど……。

お姉ちゃん役の香里奈氏が秀逸すぎる。彼女がまず、裕一にとっての身内感というか、いて当然の安心感はあるけれど、うっとうしさの方が勝っている、みたいな存在を見事に体現する。
行き場がなくなって雨の中ずぶ濡れになって突然訪ねてきた弟に対する態度は、北海道の片田舎から双方上京していて、近くに住んでいるのに疎遠、みたいなのが一発で判る。

もういい年の彼女は未婚で、そんなこと今時珍しくもないのに、フリーターでいまだに母親に金を無心している裕一を説教したら逆ギレされ、結婚できない理由は判るけどね!言われ、激高しちゃう。
そもそもなんでも話聞くよ、と言っていた姉なのに、話始めようとした弟を遮るように、お金なら貸さないからね!と説教モードに突入するのは、それはちゃうやろ、話聞くって言ったやんか、と裕一の気持ちを代弁するように観客は思っちゃう。
そう、なんだかいつの間にか、ちょっと裕一にシンパシィを感じていることに気づき始めてしまって、ちょっとうろたえてしまう。

社会人として自立しているという点では姉の方に軍配は上がるものの、二人とも一人暮らしの母親を故郷において上京していて、古い価値観ではあるけれど、いわゆる結婚とか孫の顔を見せるとかいう、平凡な親孝行が出来ていない。

このあたりのスタンスもいまだにそうかと思うけれど、確かにいまだにそうなのだろう。原田美枝子氏演じる二人の母親は、夫に捨てられ、クリーニング屋で働きながらの一人暮らし。リューマチで不自由な手足をなだめながらの生活に、逃亡の末転がり込んできた裕一は絶句する。
彼がここで思わず口にした、故郷に帰って母親と一緒に暮らす、という選択は、必ずしも自身に都合のいいばかりじゃなく、本当に母親の現状にシリアスな想いを抱いたからと思うのだが、思いがけないリアクションが。

母親は怪しげな宗教に片足突っ込んでて、裕一にも入信を勧めてきて、それを拒否した息子に対して、つまりは、そう……彼女自身が感じてきた寂寞をあんたたち子供らが判ってないからだと、そんなこと言い腐るなら出て行けと、さっさと東京に帰れ、と、裕一は雪降る極寒の苫小牧の外に放り出されるんである。

そこで、家を出て行った父親との奇跡の再会に至る。そう……思えばかなり後半になってからの登場で、尺もそんなでもないのに、強烈な印象を残す豊川悦司氏。
彼はね……つまりは、合わせ鏡というか、息子の裕一と、ソックリ、にはまだならない、でもそうなりそうな雰囲気がめちゃくちゃあって。

それはね、想像でしかないさ。父親が母親と子供たちを捨てて、出て行ったという一点しか語られないのだから。娘である裕一の姉が吐き捨てるように言った、再婚したらしいよ、というのももうずいぶんと前、裕一が雪降る中再会した父親は、再婚もあっという間に破綻し今は独り身、慰謝料をたんまり取られて友人各所に借金しまくり、踏み倒しまくってひっそり身を隠して暮らしている。働いている様子もなく、パチンコで口を糊している。

友人各所に借金をして、踏み倒しまくっている、という父親と、友人各所に転がり込んで、気まずくなったら逃げ出している、という裕一とが、重なるといったら言い過ぎなのだろうか??確かにカネが絡むと絡まないとでは全く違うけれども……。

裕一は、スマホに登録された知人友人の数で安心できてる、そんな印象がある。60数人の登録数だったと思う。その中で順番に、自分に優しい人たちをチョイスしていった。でもそれも、60数人の中の、ほんの片手に収まる数人に過ぎなかった訳だし、その後身内に連絡する勇気にタップする指が震えるほどだった。
なのにそれも、あっという間に破綻した。その後、スマホの電源を切ることで俗世やしがらみを断ち切ったように思えていたのに、いざ電源を入れてみたら、恋人からの膨大な着信に動揺してしまう。そして、それが母親が倒れたことだったことを知って、さらに動揺し、自分を救ってくれた父親とケンカしちゃって、飛び出してしまう。

60人以上とつながっているつもりだった。なのにその中でつながっているのはほんの数人で、それもまた、自分の弱さに向き合いたくなくて、関係を断ち切るんだという自身の強さを誇示する都合のいい言い訳で電源を切って、見ないふりをしていた。
それなのに、電源入れたとたんに、あれこれ不安になる。なんなの、現代人、って思う。健全につながっていれば、スマホの電源がつながってなくても問題がないんだろうけれども……。

自分的には、香里奈氏演じるお姉ちゃんが最もぐっときた。私自身は妹だから、立場的には違うし、私のお姉ちゃんは結婚して子供をなして、可愛い姪っ子甥っ子が私の幸福であり、全然違うんだけれど、このお姉ちゃんの立場こそが、結婚してなくてこどもも成してないし、というのが、私自身に跳ね返る要素だからさ…。
その上で、私のお姉ちゃんと、劇中のお姉ちゃんの違い、親にとっての、子供の結婚事情、子供事情、わーもー、これは、各所の人たちにとって、切実めくるめく問題なのですよ。私は、姪っ子甥っ子の子供たちを育てる。がっつり面倒見る。それが普通の社会になるべきと思う。

あれま、なんだか共産主義的な収束になっちまったが(爆)。そもそもの、裕一が浮気をしたという相手がロングヘアーの後ろ姿だけで言葉さえ発さず、里美にバレて関係を断った、という裕一の言葉だけで終了するから、まるでかげろうのようで。本当に存在していたのかとさえ、思って。
60数人の中で最も新しい、もっともあえかなその存在が、裕一が漠然と信じていたつながりをぶっ壊す、だなんて。

主人公の裕一が、クズ男に見えながら、実はまっさらなコドモであるところから、どんどん塗り替えられて、大人になっていく成長物語だったのかな、と思った。
と思うと、彼に影響を与えた知人友人たちは、逆に判ったつもりでいるだけのエセ大人で、最終的にはクソヤローなだけの、こっちこそがタチ悪いジコマン大人たちなのかもしれんと思えてきた……。深い、深いね、人生は。表面的な印象ではいかない。★★★☆☆


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