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永遠の待ち人
2023年 83分 日本 カラー
監督:太田慶 脚本:太田慶
撮影:河村永徳 音楽:
出演:永里健太朗 北村優衣 高崎かなみ 釜口恵太 藤岡範子 ジョニー高山
でもなんかいろいろ、戸惑ったんだよなぁ。だから、「白夜」のあらましを知って鑑賞したら感じ方が違ったのかもしれない、とか思って。
白夜ならぬ、紅葉の美しい東京が舞台の物語は、確かに大都会東京ではあるけれど、すれ違う人々もいるけれど、しんとして、現実の世界線から取り残されているよう。都会の規模が大きくなればなるほど、同じ空間にいる人間を平気で抹殺できる、それが田舎から大都会へのグラデーション。
確かにそうだけど、この東京は、本作の東京は、それとも違う感じがした。はっきり妄想、はっきり夢と判る展開がだんだんと溶け合ってきて、そうだったらいいのに、そうだったのかもしれない、と思えてくる。彼らの見えているものは、現実と希望と妄想のはざまにある。
彼ら……登場人物は、とても少ない。メインの男女。双方ともにパートナーに去られている現状。そのそれぞれのパートナー、そして男子の同僚。5人だけ。メインの男女のうち、男子の方が本作の主人公という立ち位置。
泰明は今、呆然自失の日々を送っている。鬱になって会社にも行けていない。愛する妻は去った。どうやら、会社人間の彼に愛想をつかしたらしい。
いや、これもどうなのか……前半の展開で泰明は首吊り自殺の未遂を起こし、こんなこと麻美は望んでいないよな、とつぶやくもんだから、てっきり彼女は死んでしまっているのかと思った。だってこの表現って、今はもうこの世にいない人に対して使う言葉じゃない?
でも妄想というか、回想の中に出てくる麻美はとても死んでしまう人物には見えない。ただただ、夫の泰明に憤慨し、失望しているんである。事故死は考えられるけど、っていう感じである。
愛想をつかして出て行った、というのが順当なところと思われるが、自殺未遂までいっちまう泰明の様子からは、永遠に自分の前から去ってしまった愛しき妻、そしてそうさせてしまった自分への嫌悪という、現実から目を背ける男子が陥りがちな自己陶酔系を感じさせる。きっとそれこそが、元になった原作にもあるんだとは思うけれど。
その泰明が出会うのが、もっとヤバい妄想の中に生きている女子、美沙子である。一見して美人さん、泰明が思わず声をかけたのが、単なるナンパと思われなくもないぐらいの。
曲がり角、出会い頭にぶつかった拍子に彼女が落としたのが、いかにも切れなさそうな折り畳みナイフ、入院先でりんごとか剥くためみたいな、緊張感のないやつ。なのに泰明は何度も何度も、このナイフで刃傷沙汰を妄想する。自身を刺す、美沙子を刺す。
おっと、大分先走ってしまった。でも多分、私が泰明、そして美沙子に対してもかな、彼らだけの世界線で生きている、いや、もはや、生きてすらないように感じながら見ていたから、衝撃的と思われるこんな場面も、さほど驚かなかった、のかもしれない。
泰明はからっぽの部屋でぼんやりしている。本当に、からっぽの部屋である。最初から彼の妄想という幻想というか、の中に出てくる、あらわれてはフェイドアウトして消えていく妻の麻美の姿も、このからっぽの部屋の中のみで存在している。
会社ばかりを優先して、仕事ばかりに疲弊して、休日はぐったりと寝てばかりの泰明に麻美が憤慨する場面が繰り返し描かれるが、二人が夫婦として暮らしているようにはとても見えない、何の家具もない、台所の様子も描かれない、からっぽの、まるで内見しに行った先の状態のままといった、ボロアパートの一室。
これは……見ている時には、予算がなくて美術のたてこみが出来なかったのかしらんとも思ったが(すみません……)、回想ではなく妄想、泰明の自責の念から生まれたものなのだから、妻が出ていって、今何もない部屋で悄然と生きているばかり、という描写なのだろうと思う。
でも正直、判りにくいな。麻美が今ここにいない理由も、思わせぶりな描写が繰り返されるからさ。麻美がアパートの屋上から紙飛行機を飛ばして、そのカメラワークとか、お布団に横たわっている麻美に泰明が号泣しているとか。
つーことはやっぱり麻美は飛び降り自殺をしたとかいうことなんだろうか??もしそういう設定なのだとしたら、それはないよなぁ、と激しく否定したい気持ち。
そもそも会社や仕事を男子の優先事項として妻をないがしろにするなんて、昭和なら当たり前だったさ、平成でもまぁ……でも今、本当にそれが、ないよね、という共通認識になったよね。
ちょっと驚いちゃうぐらい、ここ最近急速にだけれど、でも当然だし、嬉しいし、だから今さらこんな旧式の男子像を出してくるのかと思ってしまう。ドストエフスキーが元ネタなら仕方ないのか??そういうことでもない気もするしなぁ……。
泰明が出合い頭に恋してしまう美沙子の方が、もっとヤバい存在。結婚の約束をした恋人、遠距離恋愛となる彼を、1年後、この場所で再会しましょうという約束を反故にされてもその後、これまで3年間待ち続けているという。普通に、客観的に、この事実はただただ怖い……。
でも、描写としては、少なくとも、泰明の目から見る彼女は、ただただ、愛を信じている女性であり、彼にとってパイセン、いやそれ以上、指導者、なのである。このあたりから雲行きが怪しいというか……観客である私たちが、どうとらえたらいいのか、そもそも彼らは現実を生きているのか。先述したように、違う世界線で生きているように思えてくるのだ。
遠距離恋愛となった彼との出会いが描かれるんだけれど、これがまたなんか怪しげというか……詐欺へとつながるとおぼしき街頭アンケートで、美沙子はそれと察知しながら、運命を感じた彼に、率先して騙されることを告げる。
そして二人はあっという間に恋人同士となり、そしてあっという間に遠距離の運命がやってきて、一年後の約束を交わすのだが、果たされない。
泰明が美沙子と出会って、恋人との事情を聞いた時、てっきり約束の一年を待っているのかと思いきや、三年が経っていると聞いて驚く。美沙子はちっとも動じていないから、なんだか泰明も流されてしまう。
泰明は、妻の麻美を思ってうじうじしていた筈なのに、愛をまっすぐに信じる美沙子に取り込まれてしまう。
このあたりから、観客側に、正直最初から感じていた戸惑いが大きくなる。美沙子の語る言葉、どう考えても元カレは来ないだろ、忘れ去っているだろ、と思うのに、彼女はみじんもそう思っていない、というのが。
結果的に、そう、結果的に美沙子はついに現れた元カレをあんた誰かね?って具合にソデにしてしまうのだから、怖くなる。いつまでも、愛する人を待ち続けることこそが、彼女にとっての大事だったのかと。現れることは想定外、現れちゃいけない、余計なことするなよ、ということなのかと。
愛はそうでなきゃ、完成しないのか。物理的相手は必要じゃない、自分の中の哲学、構築が必要なだけで。物理的相手が現れてしまったら、自分の理想がぶち壊されてしまうということなのか。
本作はそこまで残酷なことを提示する訳ではないけれど……。でも、泰明、美沙子ともども、結局は二人、相手をちっとも見ていなくて、自分の愛する人との世界の中で生きていた。
一見して泰明がクールな美沙子にソデにされているようにも見えたけれど、そうじゃなかった。二人とも、愛する人の幻影を抱えて、現実じゃない世界を生きている。それが許される現代社会なのかもしれないと思う。
泰明を心配して、いや、心配するテイで、同僚の男性が訪ねて来るシークエンスが繰り返される。ここだけは、コミカルで、劇場内でも笑いが起こっていた。それは、ここで笑わなければ、キツイという感じでもあったように思う……。
持参したオミヤのお菓子を、結局コイツがほとんど食べてしまうという同僚は、泰明のことを心配しているテイでいながら、まぁ、心配してはいるんだろうけれど、不用意というか、無神経というか。お前がいなくても回っているから心配すんな、だなんて、サイアク中のサイアク。
でもまぁ、確かにそのとおりで……仕事なんて所詮、自分が生きていくための糧をいただくためのものに過ぎない。会社のためになっているなんてうぬぼれも甚だしい。いくらだって、誰だって代わりはいるのだ。泰明はそれを判っていないから、まだまだ判ってない青二才だから……。
あぁ、なんて言ったらいいんだろう。そうじゃないんだよ。役立たずとか、そういうんじゃない。人は財産、人材は人財。理想じゃなくて、本当にそう。でもそれは、もっともっと、老いてから判ることなんだよ。遅すぎるんだけれど……。
だから、このシークエンスは、回収されないことも含めて、辛かった。仕方ないとも思ったけれど……。50を過ぎなければ判らないことさ。でも、50を過ぎて、その理不尽をどうにかもできない理不尽に身もだえするしかないんだけれど。
泰明は、美沙子は、どうするんだろう、どうなるんだろう。泰明が見た、美沙子が待ち続けていた筈の愛する彼を振ったこと、美沙子の腹に泰明がナイフを突き立てたこと、双方とても現実とは思えないけれど、そもそも本作のすべてが、非現実的だから、どうとらえればいいのか。
閑散とした紅葉の美しい東京の大都会、からっぽのアパートの一室、うっすらと消えゆく愛する人たちの幻影、都会なのに、マジカルに誰もいない街かど。非現実的で、宇宙的というか、俯瞰で違う時空の恋模様を見ているみたい。
麻美は、最初から泰明には見えていた麻美は、すべてが見えていた、気がする。時代錯誤な職業観、男子感覚に酔っていたことも、だからこそ、愛に邁進する美沙子に泰明が心惹かれたことも。
ああ、良くないな、昭和女子フェミニズム偏見発動。でも正直、美沙子のアイデンティティは理解しきれなかった。どんどん、宗教的になっていった気がした。何を勧誘されちゃうん、と思ってしまった。
先述の、泰明にお土産のお菓子を持って来て、全部自分で食べちゃう同僚(つーか、先輩に見えるけど)男子が面白かったけど、美沙子との仲をストーカまがいなことまでして揶揄しちまったもんだから、それまでのイイ感じがすべて失われてしまったのがもったいなかったなぁ。
なんでそんな展開にしちゃったのか……その手前で、ただ訪ねてお土産のお菓子を自分だけ食べちゃってアハハで良かったのになぁ。★☆☆☆☆