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「す」


2025年鑑賞作品

素敵すぎて素敵すぎて素敵すぎる
2025年 67分 日本 カラー
監督:大河原恵 脚本:大河原恵
撮影:平見優子 音楽:椎名琴音(4&1/2)
出演:大河原恵 名村辰 みやなおこ 鎌滝恵利 はやしだみき 荒木知佳 安東信助 森喜行 山本圭将 金子清文 富山えり子 松崎天海 椎名琴音 廣田朋菜 福本剛士 きゅありん 見里瑞穂 松?翔平 林大貴 新井秀幸


2025/10/6/月 劇場(ポレポレ東中野)
思いもつかない発想で自由奔放に作られているように感じたけれど、後から思い返すと、ひとつひとつの画、冒頭とラストのつながり、みんなしてどこか抱えている、ワキに至るまでの登場人物の一人一人といい、めちゃくちゃ緻密に計算されつくしたプロの仕事であったように思えてきた。でも、やっぱり物語も展開もハチャメチャで、いい意味でそれを全く感じさせない。
言ってみれば超自分勝手なヒロインが、元カレをドン引きさせる不倫推奨のメッセージ動画を撮っていて唖然とさせられていたのに、他人に気づかれると、突然神の目線がごとく、どーんと引いて眺めたりする。

あ、良くないな、これはこの日上映後のトークショーでゲストに来ていた菊地監督がこの引いたシーンに言及していたから気づけたこと。トークは興味深かったけど、どうしても自分の印象が作用されるから、気をつけなくてはいけない……。
だから普段は、トークショーは避けがちなのだが、なんたってあまりにも不思議な物語なもんだから、監督兼主演の大河原恵氏、相手役の名村辰氏と菊地健雄監督のトークを興味深く聞いたのであった。

再度改めて思うに、物語は判りやすい、というか、ある意味王道というか、ヒロインの失恋物語、と簡単に言ってしまえばそうなんである。
冒頭、幸せそうな結婚式、そこに乱入する元カノである、監督さん自ら演じる主人公の春田。記念写真撮影の瞬間、元カレの腕をとってカメラ目線でパチリ。カメラを奪ってその場から逃走。

そしたら、ガシャン!と車にぶつかる衝撃音、頭から血を流して倒れる春田、という画を映し出すもんだから、すわ、これは死んでしまったか、とドキリとするが、ムチウチで済んだのか首にギプスをはめた春田は、病室のベッドで目覚めると、元カレの横溝に首を絞められているのであった。
いや、これは横溝ではなくカステラ。カステラ……?春田が交通事故に遭った時、そこに散らばっていた四角い切れ端、あぁ、カステラ!そのカステラを肩に乗っけた横溝ソックリの青年は、自分はあの時のカステラだ、食べられなくなってしまった、どうしてくれる、と春田の首を絞めて迫るんである。

カステラて。もうこの一点よ。カステラの精という訳でもなく(それもおかしいが)、自分はカステラだと言い張る横溝そっくりの青年。トークショーで監督さんが語っていた中で最も興味深かったのは、最初は横溝とカステラは別の役者さんにするつもりであったということなんである。それならまさに、カステラの精である。
でも同じ名村氏が演じて、手ひどく裏切られた元カレソックリの存在であることによって、春田はより混乱し、はたから見れば狂気の行動に突っ走っていったようにも見えるけれど、なんだろう……。
だってカステラなんだもの。見事に、横溝とカステラは、同じ役者さんが演じていて、ソックリどころじゃない、同一人物なんだから春田は惑うんだけれど、さすがというか、まったく、別人物なんだよなぁ、と思う。

横溝は、判りやすくクソである。元カノの春田(てゆーか、きちんと清算してない時点で、現カノだと思われる)にナイショで別の女と結婚して、春田から責められたらこれぞザ・逆ギレの冷酷無比。
一方、横溝にソックリなカステラ君は、最初こそ春田の首を絞めていたけれど、そう……この登場シーンは、観客を欺くものだったよね。だってカステラ君は、とてもとても優しい青年だったんだもの。傷ついた春田を見守り続ける存在だった。この冒頭は、彼自身が横溝を模して、演じて、春田の前に現れたように見えた。

それにしても横溝というクソ男はどうなんだろう!中学校かな、そこの同僚。横溝は教師、春田は清掃員か、事務員というのか、そんな微妙な立場の違い。
こっそり結婚したことを職場にすら言っていなくて、春田がそれを暴露(というのもヘンだが)したことに怒ったりする。職場に結婚をヒミツにするなんて、常識的とは思われないが……。

この横溝に関しては、どうなんだろう……。付き合っていた春田に別れを告げることさえなく結婚したというクソ男なのに、春田に逆ギレするという超クソ男。まぁ確かに春田の結婚写真撮影乱入は、彼のメンツをめちゃめちゃにしたけれど、でも自業自得だし、なんたってこの時の協力者は横溝のお兄ちゃんなのだ。
これは、かなり気になった。この危険な任務を春田に協力して遂行してくれたこのお兄ちゃん、春田のことが好きだったということなんじゃないのかなぁ、と思ったんだけれど、そんなヤボな展開にもならなかった。てゆーか、次々に個性的な登場人物が現れて、一時、この冒頭の、重要人物を忘れていたくらい、だったから。

次々に現れる登場人物、それは、春田がバイトする文房具屋のメンメンである。地方都市に古くからある、地元の学生はマストで通うような、文房具だけじゃなく、キャンディとかスナックとかも置いてあるような、中規模文房具店。
新作を求めて通うはげ散らかしたおっちゃん、ここには絶品のカニご飯がある筈だとやってくる女性客は、後に春田が“忘れられないブラ”というキャッチコピーに惹かれてブラジャーを買う店の店員さん。

そしてこの文房具屋の店長さんとスタッフの女性は、めちゃくちゃ狭い部屋、いや、クローゼットに住んでいて、店長さんはこの場所で、この狭い狭いクローゼットで、中華料理バーを経営することを夢見ている。
いつもラー油を買い忘れるんだと言って、アイドルのライブに持参するようなうちわに、ラー油忘れるな!!とレタリングして掲示している。
もうこのあたりになると、これは奇妙な世界のシュールな物語なのかとも思えて来るけれど、春田が横溝に思い続ける気持ちは驚くほどに変わらないし、そしてカステラ君は……彼は、春田のために現れた、春田の心の中だけにいる人だったのかなぁ、判らない。

でも、春田自身が、そもそも危ういというか。母親と二人暮らしなのかなという描写が描かれるのだけれど、プラスチックグラスでテーブルクロス引きを練習している母親、というところからスタートする、しかも、なんつーか、薄暗い、古ぼけたアパートの一室、みたいな感じで、この一発で、春田と母親の二人暮らしの、それまでの経過とかが想像されてしまう。
どうやら娘の結婚式の余興のためと練習しているらしいこの母親に、ちょっとした狂気も感じるし、横溝に裏切られたことを春田は母親に上手く説明できていない感もあって、この親子シーンはなかなかに怖いものがある。
カステラ君が春田の前に現れたのは、この母親の存在も関係しているのかなぁ……。春田自身も当然受け入れられず、この事情を誰一人共有すらすることがなかったカステラ君だけれど、春田の母親は何かを察知してカステラを手作りしだしたのだから。

カステラのドミノが、そりゃぁカステラ、柔らかいからトントン倒れないから、全然、ドミノ行かないよ、そりゃ、という可笑しさとかいろいろクスリとさせられつつ、私たち観客は、一体何を見させられているんだろうというシュールな展開が続いた先に、ひとつ、転機となるエピソードがある。
先述した、春田がブラジャーを買う店。試着している間に接客をバトンタッチした店員は、横溝の結婚相手だった。試着室のカーテンを開けて、双方、あっという顔をした。
正直……この嫁さんの気持ちを聞きたかったし、それこそ春田と共有できる感情もあったと思うんだけれど、それをやってしまったら、別の映画になってしまうんだろうなぁ。フェミニズム野郎としては、ムズムズしちゃうけど。

春田は、ブラジャーをつなげ、冒頭に横溝が凧揚げをしていた描写をなぞるように、ブラジャーをつないだ綱をかかげる。その先には、凧ではなく、まぁ凧なのかもしれんが、まさかの、カステラで出来た巨大ブラジャーが空に浮かんでいる!
な、ななな、何それ!しかも春田は、川の向こう側に横溝を見つけ、大きな声で呼んで、今も大好き!!と告げるんである。

それは、そう告げることで、別れを告げることではあるんだろうし、それまでいかにもうっとうし気に春田を遠ざけていた横溝が、やけにすっきりした顔で受け入れているからそうなんだろうけれど、でもさぁ……。
フェミニズム野郎としては、うっわ、この期に及んで、横溝のこと、やっぱりまだ好きなんだ……こんな、決定的に宣言しちゃうほどなんだ……と思って、なんか、ショックに近いぐらい、打ちのめされてしまった。 ポップな展開を見せながら、実際、実質の、女子の割り切れない気持ちを、ストレートに提示したということなのか。

一見してポップで可愛らしいつくりでありながら、何度も立ち止まらせてくる、これはなかなかに手ごわいよ!★★★☆☆


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