「う」

２０２５年鑑賞作品

うぉっしゅ
２０２３年　115分　日本　カラー
監督：岡﨑育之介　脚本：岡﨑育之介
撮影：江成隼　音楽：永太一郎
出演：中尾有伽　研ナオコ　中川ゆかり　西堀文　嶋佐和也　髙木直子　赤間麻里子　磯西真喜

２０２５／５／８／木劇場（シネ・スイッチ銀座）
ソープ嬢が客の身体を洗うのと、介護でおばあちゃんの身体を洗うのと。ダブルミーニングになっているタイトル、それ自体上手い！いいアイディア！と思ったけれど、それ以上の意味があった。
実は介護用として開発されたという、今やほとんどの人がスケベ椅子として認識しているであろうと思われる（いや、私がエロ知識しかないだけなのかもしれんが……（恥））、あの、大きく溝が切ってある風呂場用の椅子、ということは、身体を洗う、だなんていうライトなことじゃなくて、あの部分を洗う、というダブルミーニングであることが、映画本編を見ればわかるという仕掛けになっている。

これはなかなか……CMや予告では出せないということなのかな。それはもったいない気がした。まさにそれこそがキモなのに。あの部分を洗うからこそ、そんな、最もパーソナルで秘密で繊細な部分を任せられるからこそ、ソープの仕事も介護の仕事もプロフェッショナルなのに。
そして、こうして思い返してみて、そうだ、そうなんだよね、とその奥深い意味に思い当たるのに、思い切って掘り下げてなかったんじゃないかと思って、凄くもったいないと思った。

鑑賞後にオフィシャルサイトを覗いて、監督さんのお言葉、日本映画はジメジメ暗いと。重いテーマであっても明るくポップに描くことを目指したという、とても志高くて、非常に共感する気持ちを持った。
そして本作は、確かにそれに注力しているのは感じられたし、優しい気持ちが満ちていると思った。風俗も、介護も、必要以上に深刻に描かないというスタンスは、とても好感が持てる。

でも、難しいな、風俗も介護も、そんな描き方では仕事の大変さが判らず、というか、スルーしているように思えて、大変だけど、キツいけど、でも誇りを持って、時には楽しく働いているんだ、というのが伝わってこないのが、なんていうか……一番やっちゃいけないことなんじゃないかと、思ってしまった。
監督さん曰くの、ジメジメした日本映画作品の中に、風俗や介護をテーマとして、深刻に、重く、辛い結末を用意したりして、社会派を標榜するものは確かにある、沢山ある。時にそんなものばかりを浴びると、作り手の承認欲求を押し付けられているように思うことも確かにある。

でも……風俗や介護の、仕事としての側面を、その本当の大変さ、キツさをしっかり描かなければ、その上でのポップさを楽しめないなぁということを、本作に接して、そうね、こういうスタンスは初めて接したから、そうか、と思って。初めて理解した、と思ったというか。
ことさらに重く描いて社会派をしたり顔に描くことにイラッとすることは確かにあったから、でも、その仕事のキモのキツさを描かなければ、その先で観客を納得、説得させられないと思ったのだった。

本当に、アイディアはとても良いと思ったし、認知症のおばあちゃんに研ナオコ氏なんて震えるほど刺激的なキャスティングだし、全編に優しい雰囲気が満ちていて、イヤな気持ちにはならなかったのよ。だけど……。
おばあちゃんに忘れられている、介護に通っても朝が来れば毎回初対面であるという孫娘にとってのショック、風俗の仕事をしていることを親に言えない、そしてその仕事に誇りも持てていない、人との関りが薄くて、家政婦さんに疑似家族を求めてしまう、ウブな客から恋心を寄せられる、街中で風俗仕事のスカウトを受ける、同僚がホストにハマって姿を消してしまう、等々……。
これらのエピソードは、風俗、介護をテーマとした作品では実にあるあるなもので、それを一つ一つ特段掘り下げるでもなく、ちりばめていくだけのように見えるのが凄くもったいないなぁと思って……。

そもそも、孫娘の加那はなぜ風俗の仕事をしているのか。母親からは普通の会社員として働いていると思われているし、電話でのやり取りはそれなりに連絡を取り合っている感じで、親子間の確執もなさそう。母親の突然の手術、入院の報告に加那が心配する様子からも、それは伝わってくるし。
どうやら母子家庭らしい、その事情が明らかにされないのはまぁ、今時そんなことは珍しくもないからいいのかもしれないけれど、昭和女としては、それもちょっと、気になっちゃう。

そして、ワンオペでおばあちゃんの介護をしていた母親が、介護の大変さを身に染みて判っている筈の母親が、まったくの未経験の娘に、トリセツメモだけ置いて一週間おばあちゃんの介護を頼むというのこそ、……これが本作のメインテーマだから言いにくいけど、かなり非現実的に思えてしまう。
先述したように、風俗も介護もその仕事の大変さを描くことは追究せず、ポップな楽しさを重視しているからこそなんだけれど、ムリだよね、と思っちゃう。

大変だからこそ加那は三日で放り出してプロ介護士を雇って逃げ出した、という展開ではあるけれど、介護の実務の大変さではなく、おばあちゃんに認識されないこと、イコール、今の自分の生き方に対する懐疑に跳ね返っている印象。
それもまた、重要なファクターだとは思う。凄く辛いと思うもの。それを掘り下げたらすんごくドラマティックになったと思うのだけれど、それもふわっと着地してしまうのが、惜しい、もったいない！！と思ってしまって。

風俗の仕事、同僚たちとの関係も、丁寧に尺を割いて描かれる。ホストにハマッっている子、地道に貯金をしている先輩、それこそ、彼女たちはこの仕事についているスタンスというか、動機というか、そういうものが明確に見えている。だからこそ、加那がなぜここにたどりついたのか判らないし、この仕事に誇りを持っているのかどうかも不明である。
久しぶりに会ったおばあちゃんから、どんな仕事にも貴賤はない、仕事こそが自分を支えるものだと繰り返し言われてハッとした様子は見せるけれど、でも加那が風俗の仕事に、お客さんが喜んでくれることに、誇りと価値を見出している描写は正直、ないな、と感じてしまうのが、本当にもったいないなと思って……。

確かにね、ジメジメ暗い日本映画で、風俗をテーマにすると、思いを寄せる粘着質の客にヘキエキするとか、逆に客に恋してしまって、でも自分は性的欲望の対象でしかないことに落ち込んだりとか、超あるあるのエピソードを持ってくるから、そういうことを打破したいっていうのは凄く判る。
判るけど……それを排除してしまうと、なぜ風俗嬢になったのか、風俗嬢としての誇りはあるのかないのか、という、そもそもの、基本的なことまで吹っ飛ばされてしまうのか、そんな単純なものではないと思うんだけれど、と思ってしまう。
最終的に加那は明るく母親にも、おばあちゃんにも、風俗の仕事に行ってきまーす！と声をかけて出かけていくのだし、ネガティブには思っていないとは思うのだが……同僚たちとも仲がいいし、店長が彼女たちのメンタルケアを心がけている描写もあるのだから。

そしてなんつっても、おばあちゃんである。演じるのが研ナオコ氏であるというのが、ビックリ。認知症で、加那の前ではほぼほぼ駄々っ子の幼子のようではあるけれど、少しヒントを与えると、まるでそれまで何事もなかったかのように、すっかり落ち着いて昔話を語り出したりする。
私は経験がないから判らないけれど、きっと、実際、こういうことなんだろうと思う。おばあちゃんにとっての、鮮やかな過去。それを加那が掘り起こすのだ。

棚に無造作に突っ込まれていたフォトブック。若き日のおばあちゃんは、プロサックスプレーヤーとして異国のライブハウスで演奏していた。ほこりをかぶったサックスケースも、放り出すように置かれていたのであった。
クライマックスは、おばあちゃんがサックスの演奏をするという場面。すいません、私は全然知らんのだが、吹奏楽器って、リードの湿度の管理とか、めっちゃ大変って聞いたような……。乾いたリードでいきなり吹けないのでは。まぁ確かに吹けてはなかったけど。

プロサックスプレーヤーだったなんて、凄い、ビックリな過去なのに。それもまた、ふんわり、特段広げることもなく通り過ぎてしまうのが、えーっ！！もったいないもったいない！！
フォトブックの様子では、おばあちゃんのパートナーは、あるいはかつての恋人ってだけかもしれないけど、イケメンな外国人とのツーショットだったりして。ワンオペで介護している加那のお母さんは、恐らくおばあちゃんの娘だろうから（夫の存在が全く示されないからだけれど、これもまた、確かに必要はないけれど、なかなか難しいんだよなぁ）、だったらハーフなのかも？？……全然そんな感じもないのだが。

夜だけおばあちゃんの介護を引き受けてくれているご近所さんは、加那の幼なじみの男の子のお母さん。その彼が結婚していること、身重のお嫁さんを連れて訪ねてくることを知って加那は動揺する。
このお母さんがあっけらかんと話すように、仲が良かった子供時代の二人は結婚するんじゃないの、と親同士が盛り上がっていたぐらいで、でもそんなのさ、子供の頃の話じゃんと思うのだが、加那はこの一連の事実に動揺して、逃げ出してしまうんである。

加那のソープ嬢の源氏名が、幼なじみの彼の結婚相手、加那にとっても同級生である女の子の名前だというのが、かなりこじらせていると思うのだけれど、これまたなんの説明もなく、ふわっと置かれるだけなのが、えーっ！と思っちゃう。
お互い思い合っていただろうに、幼い恋心故にそれきり離れてしまった加那と幼なじみの彼、その当時同級生だった女の子の名前を源氏名にしたってことは、この彼女、加那にとって心に引っかかる女の子だったに違いないじゃん。

こんな爆弾投下しておいて、ただ逃げて終わりだなんて。彼にその姿も気づかれないなんて。
てか、彼の奥さん、同級生の彼女は、加那ちゃん？と気づいたのよ。その描写を入れるってことはさ！！と思ったのに、何もなしはないんじゃないの！！

撒かれた種に花が咲くべきとゴリ押しするのは、それこそ昭和的ジメジメ映画世代なのかもしれない……。でもね、とにかくもったいないと思うんだもの。
ソープ嬢と介護のアイディア、まさかのスケベ椅子の由来。おばあちゃんのしょぼくれたグレーヘアをピンクに染めて、車椅子を押してカラフルな街中に飛び出す。ビジネスライクな家政婦さんと、赤ワインを飲みながら心の内をぶつけ合うシーン良かったし。

でも、こういうヴィヴィットでカラフルなシーンが活きるのは、下地がかためられているからこそだと思う、改めて思う。志の高さを実感するからこそ、あれこれもったいない、と思っちゃう。
結構宣伝を耳にしていたのに、私の行った劇場に関しては、集客がかなり厳しく見えたのも残念だったからさぁ……。★★☆☆☆

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