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郷
2025年 93分 日本 カラー
監督:伊地知拓郎 脚本:伊地知拓郎
撮影:伊地知拓郎 音楽:伊地知拓郎
出演:古矢航之介 阿部隼也 千歳ふみ 小川夏果
ストーリーはあるにはあるけど、ある意味本作においてはそれはさほど重要じゃないのかもしれない。驚くほど台詞が少なく、むしろ大河のように流れる人生を歌うようなモノローグの方が意味深く作品を彩っていく。
そして、もう唖然とするほど美しい、監督さんの地元だという熊本の自然、景観、神様が宿るかと思うような。
映画は総合芸術であるのは確かにそうなんだけれど、映像という、これぞ直感的な技術を持ち得た最新の芸術であった時に、映像で物語ることの重要性こそが第一にあったであろうことに、想いを馳せてしまう、それほどの力がある。
主人公の野球少年、岳が、時間が遡り少年時代を過ごしていた、そして今も暮らす、神々しいまでの日本の原風景。
それでも、スタートはヒリヒリとしていた。今でも高校の野球部はこんな昭和的なの、と驚くような、上下関係、高圧的な先輩、愛情の感じられない、ただのしごきの鬼監督。
それでもその中で、岳は才能を開花し、プロ野球選手を夢見る。でもその夢も、担任教師に一笑に付される。こんなことも、いまだにあるのかと驚いてしまうが、でもあるのだろう。
なんていうか、地方の、自分たちを卑下する感覚っていうのは、きっとなかなかなくならないんだと思う。こんな田舎の高校からプロ野球選手なんて産まれる訳ない、みたいな。
でもまるで、甲子園常連みたいに思えるような厳しいスパルタを課しているのに、子供たちにその先の夢を与えずに鼻で笑って否定するなんて。まぁ、否定したのは野球部監督じゃなく、担任の先生だったけれど、でもそれでも、これは絶対にやっちゃいけないことでしょ!!
でも、彼を心配し、話を聞いてくれる優しい女性教師がいて、彼女によって最終的には転校の決断をする。映画にも何度も描かれ、痛ましいニュースも後を絶たない、いじめをはじめとする学校の中で追い詰められることから、逃げるべきだと、私もずっと思ってきていて、それを示してくれて、嬉しかった。
一方では、悪いのは向こうなのに、なぜこっちが逃げなくてはいけないのか、という論調もあるけれど、判るけれど、でも10代という、とても短いけれど人生において一番重要と言ってもいい時期を、傷つかずに過ごせることに全力を注ぐべきだと、思っているから。
岳は一方で、恋愛もしている。でもそれも、とても静かな、慎ましい恋である。二人の間にほとんど言葉はないのだ。一緒に電車に乗って帰って、彼女の弾くピアノを聴いて、ただそれだけ。
見つめ合うことさえ、照れちゃうのか、どこか視線を合わせられないような、本当にこれって今の令和の高校生??と思っちゃうような。
でも岳は、この年頃の男子高校生は、特に野球少年は、それが人生のすべてなのだ。レギュラーに選ばれた。でも先輩からイジメ同様の練習に付き合わされ手首を負傷、隠して出場したことで監督の逆鱗に触れ、退部を勧告されるに至る。
この間、岳は理解してくれる同級生部員がいたのに、そんなかけがえのない友人が心配してくれていたのに、ここを耐え抜くことが人生の全てだときっと思っちゃってる。
そんな彼をきっと危惧していた彼女からそっと待ち合わせの約束をメモで渡されていても、それをまるで見ないようにして、彼女を駅の小さなホームで、どんどん暗くなるまで待たせてしまうのだ。バカバカ!!
でもそんな、エモがりたがる昭和おばさんを喜ばせる場面はさらりと過ぎる。これはほんの、人生の一ページ、点描に過ぎない。
最初に書いたけれど、本作は神々が住みたもう、と思うほどの美しい映像美で、最初こそ砂けむりの中の高校球児たちの厳しさなんだけれど、チャプターを分けるごとに、物語の視点が、それは物理的にカメラの視点としても、次第に高い位置にあがっていくように思う。
砂けむりの中では自分の短い人生の辛さばかりに直面していた岳を、観客側に、いわば神の視点で、神々が作りたもうた、山や、森や、川や、海の、美しい景観の中に、放り込んでいく。
最初はそれを、岳の少年時代、幼なじみの隆との思い出の中で描いていくのだが、これはどこか……彼らが本当にたどった少年時代の記憶というより、どこか御伽噺めいた、それでなければ神様に守られてたどり着いた少年の冒険の一日、のように映る。
川に流す手製の紙船のような軽い気持ちで、二人の少年は放置されていた小さなボートに乗る。川から海に入ったのだろうか。観ている大人であるこっちはめちゃくちハラハラするが、巧みに櫂をこいで、二人は海岸につく。
そもそもこのシークエンス自体が絶妙に現実味がなくて、夢の中みたいに感じる。一応、心配しているであろう親に電話するくだりもあるけれど、その後二人が過ごす時間が……これもさ、今の令和の子供たちも経験してるの?おじいちゃん、おばあちゃんちの、親戚の遺影が飾られている薄暗い和室、呪いのように感じる仏壇、その中でしょざいなげにしていた子供の頃の自分を思い出す。
でもそんなことは忘れたかのように、れんげ草が果てしなく続く草原の中で、犬の散歩をしながら、軽トラの荷台に乗ったりもして、二人の少年は屈託なく楽しい時を過ごし、そのそばには、彼らをすべて受け入れてくれるおばあちゃんがいるんである。
後に、隆の家庭が上手く行ってないことも示され、だからこそ彼は家族への希求があって、岳よりずっと早く大人となって働いて家族を成すのだが、それもまた、神の視点から見れば、人間の小さななりわいに過ぎない。
いくつかのチャプターに分けられて、少年、岳の苦しみ、もがき、少年時代の回想を挟んでの未来への決断が描かれる形なのだけれど、こんな具合に、次第次第に視点が上がっていく感覚がある。
それでなくても登場人物の台詞はメチャクチャ少ないんだけれど、どんどん少なくなって、後半はとにかく、唖然とするほど美しい、神が作りたもうた自然の奇跡を見せていく。
人間の営みなんて、悩みなんて、その中の小さな点でしかない。それはネガティブな考え方ではなくて、岳のように若い男の子では判らなかったことが、彼の同年代の友達である隆は少しだけ早く気づいて、仕事を持ち、パートナーを得て、この小さな村社会で生きていくことを決めた。
一般的な尺度では小さな村社会でも、彼は、この映画が描いていたように、それが世界の小さな点であり、それこそが尊いものだと、直感的に理解していたに違いない。
岳はまだ、きっとそこまで至っていない。心ある女性教師によって、転校という決断まで至って、充実した高校生活を送れていた矢先に、部活での理解者であった田島君の不慮の事故死を知る。
友人の死に接することは、大人になってくると、そこそこあるけれど、リアル学生生活のうちでは、キツいと思う。想像も、出来ないだろうから。
この時点でもう、神の視点は次第に感じ始めていたから、人生を立て直し始めていた岳が、打ちのめされて、かつての地獄だった砂埃が立ち込めるグラウンドで泣きじゃくるシーンが辛かったけど、これは人生の通り過ぎる一点にしか過ぎないんだよ、という思いになってくる。
実際はさ、そんなこと、とても言えないよ。10代だった頃を考えれば、人生を俯瞰して見ることなんて出来る訳ないんだから。
でも、こうして、美しい神宿る森や山や川や海やれんげ草の草原や実るほど首を垂れる稲穂の水田に吹き渡る風にうっとりとさせられると、なんとか、なんとか、悩める子供たちに、この神の視点を授けてあげたいと思う。
本当に、得難い映画体験だった。こんな神の視点映画を作った才能が、次にどんな作品を作るのか、本当に楽しみ。★★★★☆/font>
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