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「れ」


2025年鑑賞作品

恋愛裁判
2025年 124分 日本 カラー
監督:深田晃司 脚本:深田晃司 三谷伸太朗
撮影:四宮秀俊 音楽:agehasprings
出演:齊藤京子 倉悠貴 仲村悠菜 小川未祐 今村美月 桜ひなの 唐田えりか 津田健次郎


2026/1/28/水 劇場(TOHOシネマズ錦糸町オリナス)
主演は実際にアイドルだった齊藤京子氏、キャッチーなタイトルもあいまって、ポップなアイドル映画のようなイメージを持っちゃうが、でも深田監督だからなぁ、そんな訳ない、と思いつつ足を運んで、そんな訳なかったのだった。
めちゃくちゃシビアな社会派、いや、社会派なんていうシンプルな言い方も違う。オフィシャルサイトの対談やプロダクションノートが充実していてめっちゃ読みふけってしまって、自分の感想がそのままなぞりそうで怖いが、そう、そこでも語られていた多面的視点。

もともとは深田監督が実際に目にしたという、恋愛したアイドルが損害賠償請求されたというネット記事から始まったといい、本作を鑑賞した後にオフィシャルサイトの豊富なコンテンツを読むと、その記事から発想したアイドル業界、事務所との関係、ファンとの関係、人権問題らが一筋縄ではいかないというか、一言では言い切れないというか、正解はないというか、めちゃくちゃ考えられているのがいちいち腑に落ちて、これは凄い……と思うのであった。

劇中でも描かれるアイドル襲撃事件は、本作の中でもふんだんに語られる、アイドルとの疑似恋愛を煽り、CDやチェキによって収益につなげるという日本独自のアイドルシステムによって、現実世界でも何度も起きている。
会いに行けるアイドル、という純粋にファンとの交流を示すものからビジネスシステムとして解釈され、どんどん細分化していった結果であり、現代アイドル文化に参加していないといびつと思ってしまうのが正直なところなのだが、本作の中で、アイドルにとってのファンの存在、その大切さも丁寧に描かれる。

会いに行けるアイドルにしちゃったからこんなことが起きるんだと思いそうになるが、私たち昭和の時代、アイドルが遠かった時代だって、共演相手にカミソリを送りつけたり、舞台にあがって殴打したり、といった事件は確かにあったのだった。
アイドルはファンに、自分と恋愛しているかのような夢を与える、日本的アイドル文化は、確かに脈々と、紡がれてきて、今に至るのであった。

「ハッピー☆ファンファーレ」という5人組ガールズアイドルグループ、真衣が本作の主人公である。物語のとっぱじめは、彼女は必ずしも華々しい存在ではない。演じる齊藤京子氏の、落ち着いた声とまろやかな風貌によって、下手したらアイドルグループという中では地味と判断されるかもしれない、とさえ思う。
実際、始まりは、積極的に配信をして人気を得ている最年少メンバー、菜々香が目立っていて、基本的に人気順だというセンターも彼女が務めていた。

だが、恋愛問題を起こしたのは菜々香の方が先だった。寮で一緒だった梨紗と共に菜々香の恋愛事情は知っていて、デートに付き添ったりもしていたのだが、まぁこれは現代社会では起っちゃう、どうしてなんだかSNSから流出しちゃうということが起こって、菜々香は恋愛を捨ててアイドルであることをとったんであった。

この事件が最初にあることがものすごく重要であると思う。恋愛禁止が暗黙のルールであるアイドル業界、それがきっちり契約書にも書かれているというのはいかにも現代的だが、菜々香も真衣も契約書に書かれていることなんて、きっとぼんやりな認識だっただろうけれど、それを受け入れるのか否か、という判断のひとつが、まず示されたんである。

これは……後に真衣が闘うことになる人権侵害の価値観は、菜々香は問題にしなかった、ということなんだろうと思う。恋人との別れは辛かったけれど、彼女にとっての人権は、アイドルとして生き続けることにあったということ。それをこの時点では真衣は、本質的には、菜々香を理解していなかったということなのか。
アイドルであり続ける菜々香に寄り添うことが間違いだったんじゃないかと真衣は後々思う訳だけれど、だからこそ自分は恋に飛び込んでいったのだけれど、後に菜々香からそれが傲慢だと言い放たれるのだから。

おっと、またかなり先走ってしまった。ところでさ、ハッピー☆ファンファーレは5人いるのだけれど、語られる、というか、意思疎通やぶつかり合いや秘密の共有をするのは寮組の三人のみ、なんだよね。後の二人は実家なのか一人暮らしなのか、それすら示されず、正直キャラクターもそれほど掘り下げられることはない。
菜々香の問題があった時、裏切り者は許せない、という憤りを示す場面はヒヤリとさせられたけれどその程度というか、この三人の物語だったのかなぁと思う。もう一人は、最後の最後で実は同性の恋人がずっといて、契約書に書かれているのは異性の恋人だから、と笑う、友情に篤くしっかり者の梨紗なんである。

真衣だって、間山君と再会しなければ、アイドルであることに邁進し、恋愛禁止が人権侵害だなどと思わなかったかもしれない。間山君は地元中学の同級生。そう……東京ではない地元の、中学の同級生。この二つが単なる再会を奇跡の再会にしてしまった。
恋に落ちたことに、この要素が運命として彼らに刻まれたとしたって、そりゃ仕方ない。凡百の恋愛映画なら、この運命の再会からの恋を貫き通すところだが、「恋愛裁判」を経て、それが壊れてしまうというところが切なくも、真衣の、アイドルの、女性の、プライド、矜持であるんだと思う。

でもそれでも。間山君との再会が間違っていたなんて、思わなかった。真衣がアイドルじゃなかったら、間山君との関係を秘していたら、裁判で和解に応じていたら。
いくつも、二人がこの恋を成就できるポイントはあった。でもそれは、恋を成就することこそがすべてのハッピーエンドだとされていた、古き良き時代の話である。

菜々香の恋愛スキャンダルが発覚して、彼女は恋人との別れを決断し、しかしチェキのファンは激減、そんな中、メンバーの誰もが知っている常連ファンの男性が、襲撃してくる。凶器を振り下ろした彼から菜々香をかばって覆いかぶさった真衣。
後にその恐怖を語る中で、いつも来てくれている人だった。殺されるかもしれないと怖かった。でも、助けてくれたのもファンの人たちだったと語る。

それは……いつもは彼女たちとフランクに接していて、理解者のような雰囲気を出していた事務所の社長が、彼女たちとファンの関係性、彼女たちがアイドルの仕事として日々奮闘しているそれを、つまり、てめーらが利益出せと言っててやってることを私たちはプライドを持ってやっているんだということを、知らねーな、ぐらいな態度でスルーしたことに、真衣は怒ったのだ。
怒って……菜々香とは違う、自分の優先すべき選択肢が、心の中で立ち上がった、のかもしれない。

間山君との出会いは確かに運命的で、間山君はとても素敵な男子で、最後までそれは変わらなくて、正直、この裁判で闘うことで彼と別れるだなんてもったいない!とか思っちゃうが、もったいないという価値観は、恋愛や、おのれの人生観を賭けた戦いに持ち込むには確かに安っぽすぎるのだった。
間山君は大道芸人。菜々香のデートに付き添っていった動物園でパフォーマンスをしていた。かつての同級生と知らずに見入っていた真衣に、フルネームで呼びかけられて、観客も、きっと彼女もうわ、ファンに見つかったと思っただろう。このあたりの演出もニクい。自分をどこまで知っているのがファンなのか、知り合いなのか。

真衣と間山君の関係は、特段進展することもなく、あくまで偶然再会した同士、だったのだけれど、お互いの友人同士が恋愛関係にあって、それが露見してぐちゃぐちゃになったことが、返って火をつけたのだとしたら、皮肉だったのかもしれない。
菜々香が恋人との別れを決断し、襲撃事件の衝撃を挟んだこともあってか、ある意味菜々香に反発する形で、まだ意思確認もしていなかった間山君との逃避行を決行した真衣。

そこから、裁判モードに突入する。印象としては、結構突然な感じ。それまでアイドルモードだった真衣が、就職活動のリクルートスーツみたいないでたちで、法廷に赴く。
もちろん間山君も一緒だが、間山君は彼女ほどかっちりとした格好をしていなかったなと、今思い返してみると、最初から二人の覚悟のベクトルは違ったのかもしれない。

恋愛禁止の契約に違反していたと訴えられる、それが、二人それぞれにであり、弁護士も別だというのが、最終的な分断に及んでくる。これって、日本的感覚とすれば、ビックリするというか、被害者として同じじゃないの、と思うが、確かに立場は明確に違う、アイドルである真衣の人権侵害と、間山君のそれは違う、確かに。
でも……そのある意味の分断こそが、二人の別離を誘発したことが、まだまだ未熟な日本の、それぞれの意志決定、それが前提な上でのパートナーの絆を痛感させられる。

恥ずかしながら、和解案が持ち上がった時、やったね!これで二人は落着すると思ったのだ。裁判シーンが続くのは辛かった。軽く明るい社長だったツダケンが、黙って圧をかけ続ける法廷で、アイドルであることはどういうことなのか、人権否定に等しいことを問われ続けるのがあまりにも辛かった。
だから、ここから脱却できるなら、多少の妥協はいいじゃんと、打たれ弱い昭和おばちゃんは思ってしまっていた、のかもしれない。

間山君は和解案に同意、というか、和解案が出てきたこと自体に、安堵している感じで、その気持ちがめっちゃ判って。それまでの二人の闘いが目に見えない形で少しずつ、少しずつ、ずれていたのかなと思うと、……凄く、哀しい。
やっぱり恋愛映画好きだからさ、ハッピーエンドを見たいし、二人の再会とその後の道行き、アイドルの修羅場を潜り抜けている真衣を心底心配して、寄り添い続ける間山君が素敵だったからさ……。

でも、恋愛よりも優先すべきはやっぱり、アイデンティティ。自分が優先すべき生きる道。
和解を蹴った真衣、和解を受け入れた間山君。二人がハッピーエンドになってほしかったから辛いけど、でも、こんな修羅場を用意されたからこそ、各々の正しい道が見えたのだと思う。

間山君の大道芸に、真衣はいつも癒されていて、それは時に、ファンタジーとしか言いようのない、間山君がふわりと空に浮かんだりするものなのだった。夢のようなそのシークエンスは、でも真衣にとっては真実で、とても幸福な時間だった。
そう思えば…外野の観客から見れば夢のような男子だけれど、真衣にとってはアイドルとしての自我を通じて自分のそれを見直すための、試金石だったのか。辛いなぁ。

いつも相談に乗ってくれていた梨紗、裁判の証人にも立ってくれたというのが会話の中で描かれる。梨紗はグループ時代から冷静に見守っている存在で、ギターが得意で、弾き語りを聞かせたりしていた。
物語の最後の最後、そうね……私たち一般ピープルが接する、メンバーが抜けに抜けてしまうことへの哀しさと疑問。でも元メンバーからの楽曲提供があったりして。その中の展開、どうなってるのとか。

それは、メンバー同士のプライバシーでもあるし、でもファンを大切に思う気持ちもあるし、その中で事務所との葛藤もあるし。
事務所とはね……事務所社長を演じるツダケンが、硬軟のメリハリが絶妙で、憎いけど難しい!っていう、これぞ、アイドル事務所の社長なんだなと感じたし、いわば中間管理職である女子マネージャーの苦しみもキツかった。

ラストシーン、それまで象徴的に語られていた、真衣の故郷のだるま朝日が美しく浄化する。それはある意味記号的収束であって、いろいろ考えさせられまくったことが収束されないままなことが、本作の何よりの収穫だと思う。★★★★★/font>


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