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2000年鑑賞作品

脳の休日
1995年 21分 日本 カラー
監督:水戸ひねき 脚本:水戸ひねき
撮影:小笠よしじ 音楽:ジョータウン
出演: 小森直也 水戸英宜 水戸笑子 渡辺泉美


2000/3/18/火 劇場(BOX東中野/レイト)
「ホームシック」の併映として観ることが出来た、水戸ひねき監督の初期短編作品。これがね、なかなか味わい深く……うーん、味わい深いというのはちょっと違うのかなあ、かなりブラック。「ホームシック」の方も、人の死(だけではなくいわゆる生命の死滅をも)を折々に混ぜ込んで構築していたし、この監督はそういった死生感に興味があるらしく、とても親近感を覚えてしまう。“脳の休日”というタイトルの意味は最後に判るようになっていて、死ぬ瞬間に、走馬灯のように過去のことが思い出されるというあれにヒントを得ているのだろうか、多分時間にすればほんの数秒間に脳を駆け巡った不条理な反復を映し出していく。それが脳の休日による旅なのか、あるいはこれから脳は休日を与えられる(=死)ということなのかもしれない。

主人公である青年が、粗大ゴミにおいてあったテレビを友人の部屋に運ぶところからはじまる。長い階段を今にも登り終わるという時、この友人は落ちている100円玉を見つけ、セコくもそれを取ろうとしてバランスを崩し、青年の方が階段を転げ落ちてしまい頭を強打!しかしこの冒頭からなんだかとぼけた雰囲気。このとぼけた雰囲気が最後まで壊れないから、どんなに全編死の匂いが漂っても、それがカラッとユーモアに変換できてしまう。

そして場面は変わり、この青年が実家に帰っている。打った頭をさすりさすり母親と会話しているのだが、この母親との会話はとにかくピントがずれまくっている。この母親、彼の質問にストレートに答えを返してこないのだ。ヘンな所から答えをねじまげて持ってきて、会話はくるくると空中浮遊していく。可笑しさとともに妙な怖さがざわざわと襲ってくる。散歩に出かける青年に、母親は後ろから声をかける。「あんた、去年ばーちゃんが死んだ時だって帰ってこなかったんだから。(散歩から)戻ってきたら、火葬場に行くからね」青年はつぶやく「火葬場?墓だろ」

かくして彼は散歩に出かける。砂浜に座ると、後ろから手で目隠しをする女。「だーれだ!」青年は思いつくさまざまな女友達の名前を言うがことごとに外れ、女の声のトーンは明らかにダウンし、だんだん不機嫌になっていく。手を外し、振り向いて女を見る青年。「……誰?」その瞬間、女の顔は硬直し、……いやほんとの意味で硬直するのだ、だって、突然ずるっと髪の毛が後ろに滑り落ち、はああ!?と思ったら上半身だけのマネキンが彼の後ろにぽつんと置かれているだけだったのだもの。そのショットをぐっと引いて映し、ゴトンとマネキンが倒れる様は、すっごく可笑しいんだけど、なんかヘンだ、なんかコワイ!

そして家に戻った青年は、両親が喪服に着替えているのに遭遇するのだ。「あんたも早く着替えなさい。今からばーちゃん焼きに行くから」「……えっ、ばーちゃんが死んだのって去年じゃ……」「お前が帰ってこないから、焼かないで取っておいたんだ」おそるおそる隣の部屋を覗き見る青年の目に飛び込んできたのは……!

このブラックなシチュエイションがややバージョンを変えてもう一度挿入され、最初の時には逃げ出してしまった青年は二度目、横たわる祖母の顔にかかる布を取ってみるのだ。祖母の顔は画面に現れないけれど、青年の驚愕の表情とあいまって、モノスゴイ状況を観客にしっかり想像させてくれる。そしてここから死にかけた青年の現実にバックしていくのだが、もう一つ、間に挟まるエピソードがまた振るっている。この郷里での、青年のガールフレンドだった女の子の登場。「いつも手紙を出そうと思って、出せなくてたまっちゃったの」ふとこの女の子が愛しくなったのか、青年「……じゃあ、その手紙、くれない?」女の子の家に行くと、彼女、ダンボールいっぱいになった手紙を運んできて、その箱の底が抜けて膨大な手紙をぶちまけてしまう。腰が引けた青年、「ごめん!」と言い残してその場からも逃げてしまう……。逃げ出す青年を引きのショットで捕らえ、部屋の奥では青年を追うわけでもなく、静かに手紙を拾い集める少女がいて……うっわー、コワ!死のブラックさではない、こんなところもコワッ!でもこれも一種の死かもしれない。読まれることのない手紙の死、いや、少女の思いの死だ。

引きのショットが利いてるんだよなあ。近頃よくある自己陶酔的なロングショットのだらだら長いワンカットワンシーンではなく、そのコワさとユーモラスさを絶妙に引き出すそのロング&ミディアムショットが。夢の世界を映し出す、独特の乾いたマイペースなテンポが、遅すぎず、急かしすぎず、こちらをきょとんとさせながらも、何だか心惹かれてしまう。なによりこのエピソードの話自体がバツグンに個性的で面白いし、その見せ方も上手い。上手いけれど、その上手さがイヤミではなく、チャーミング。自分の世界をしっかり持っていながら、その面白さを見せる(語る)術を心得てる感じ。死をシリアスにもったいぶって語るという昨今ありがちな姿勢が全くないのが素晴らしい。★★★★☆


覗かれた不倫妻 主人の目の前で……
1999年 分 日本 カラー
監督:榎本敏郎 脚本:井土紀州
撮影:斉藤幸一 音楽:
出演:伊藤猛 沢田夏子 岸加奈子 川瀬陽太 伊藤清美

2000/8/11/金 劇場(銀座シネパトス/レイト)
いささか自閉症気味のような、人の視線におびえる男、内藤。彼は妻の不倫を覗き見ることで性的興奮を得ていたが、その妻は自殺してしまう。人と接触を持たない夜の警備員の仕事をし、食事はもっぱらコンビニの弁当で、昼は古ぼけた家に閉じこもり、視線におびえて窓に新聞で目張りをしたりする。しかしそんなある日彼は昔つきあっていたアケミと再会する……。

大粒の汗を浮かべながら、いもしない人の気配におびえて発作を起こす男、精神カウンセラーに通い、忘れていたかった?過去の記憶を呼びさまされる場面の緊張感が凄い。女医は平気で残酷なことを言う。「あなたが思っているほど、世間はあなたに注目していませんよ」「大丈夫、誰もあなたを見てませんから」しんとした中で交わされる会話、まるで犯罪者への誘導尋問のように、男の性癖を探っていく女医。男の顔、女医の顔、それぞれの目が重なり合い、影を作り、男の深いトラウマを探ってゆく。女医の顔にはときおり笑みが浮かび、それはまるで罠にかかった小動物をもてあそんでいるかのようである。男の過去が明かされたことで彼女は満足し、「これからはこのことを前提に治療していきましょう」とどこか誇らしげに言う。男はつぶやく。「そんな、言葉で僕を説明して欲しいわけじゃ、ないんだ」

アケミとの再会。金持ちの“同居人”とつきあい、ゴージャスな外見の彼女。しかし彼女はどこか満たされていない様子。発作を起こした内藤を助け、付き添う彼女。目を覚ました彼は彼女の買ってきたいちごのショートケーキを手づかみでむさぼり食う。指についたクリームをティッシュで拭き取ろうとすると、彼女はつとその手を止め、官能的になめとって誘い水をかける。重なり合う二人。しかし存在もしない視線におびえる彼は、最後まで行くことが出来ない。

“同居人”とケンカして飛び込んできたアケミと再びおこなったセックスが成功したある日、川辺を散歩して草むらに座り込んだ二人はとりとめなく会話を交わす。アケミは“同居人”を愛してはいないけれど、経済的に楽な生活を捨て切れない女のある側面を自己嫌悪し、昔の恋人である内藤に、以前とは違った愛情を見いだす。「前に言ってたじゃない。アザラシはお互いに距離をとるんだって」「それ、ヤマアラシだよ」「(笑)。ようやく私たち、ちょうどいい距離が判ったのかな……」内藤もまた、彼女に安らぎを感じ、うつ気味の性格も改善され、同僚のカルい若造ともコミュニケーションが取れるようになる。人とのつきあいを避けていた彼の家には来客用の食器がまるでなかったため(食事もコンビニだし)アケミのためにひとそろえの食器を嬉々として揃えたりもする。しかし、そんな時突然に訪れるアケミの死……。

ここからの彼の壊れぶりが物凄い。彼の発作が、今まで以上に激しく襲ってくる。あらゆる人の目が画面にコラージュされ、万華鏡か、割れた鏡のように彼の顔やアケミの顔がギザギザに乱舞する。彼はおびえ、後ずさりし、その“目”をハエのようにふりはらおうとする。人が尋ねてくる。彼はアケミのためにと買った箸をひっつかみ、来客の目を突いてしまう……彼は血のしたたる箸を持ったままフラフラとあの散歩道をさまよい、アケミとのセックスを思い出し、川に入っていく。棒立ちになる。……そしてカットアウト。

しんとした中に見えない視線が飛び交い、男の、悪寒のするような緊張感がこちらに伝染してくる。男の住んでいるひどく古い家や、そこの立て付けの悪い引き戸、殺風景な畳の部屋、そこに置かれた死んだ妻の写真などが、どうしようもない寂寥感を漂わせる。彼の行くところにはいつも人がいなくて、夜の警備員の仕事の時も、その仕事があけて帰ってくる朝方も、そして立ち寄るコンビニも店員の姿などを映さない。彼は一人っきり。そこにふいと現れたアケミの華やかさと温かさ、そしてその突然の別れ……彼の壊れていく様が哀しい。

内藤の妻の不倫のセックスとそれを覗き見ている彼の姿、そしてその妻が風呂場で血に染まった湯に浸かったまま死んでいる場面が何度となく挿入される。彼のゆがんでしまった愛情は、だけどどこか純粋で本物で、だから閉じこもってしまう彼が哀れながらも愛しく感じられてしまう。……しかしその孤独が支配する彼の世界が、辛い。★★★☆☆


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