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「む」


2005年鑑賞作品

娘・妻・母
1960年 122分 日本 カラー
監督:成瀬巳喜男 脚本:井手俊郎 松山善三
撮影:安本淳 音楽:斎藤一郎
出演:三益愛子 原節子 森雅之 高峰秀子 宝田明 団令子 草笛光子 小泉博 淡路恵子 加東大介 仲代達矢 上原謙 杉村春子 太刀川寛 中北千枝子 北あけみ 笠智衆 加代キミ子 笹森礼子 松岡高史 江幡秀子 池田生二 林幹 塩沢とき


2005/10/21/金 東京国立近代美術館フィルムセンター(成瀬巳喜男監督特集)
原節子と高峰秀子の名前がツートップでバーン!と出てたから、二人が全面対決する話なのかと思いきや、この二人はどっちかというと似た価値観の持ち主で、まあだからラストには確かにある意味対決はするものの、実際コワいのは周囲の血縁関係達なのであった。
うー、コワいコワい!とか思いつつ、でも結局はね、古今東西、こうしたコワさは存在しているもんなんだよね。それこそ現代の若貴の方がよっぽどリアルにコワいかもしれない。でもここでの兄弟姉妹たちは、やけにサッパリとお金のことや親の面倒のことを口に出すから、驚いちゃうの。

いろんな話が同時進行するんだけど、最終的に重大事項として展開するのは、長男が融資先に逃げられて、担保にしたこの家を売り払わなければならなくなって、たった一つの共有財産であるこの家の分け前をどうするのか、何より、年老いた母をどうするのか、という問題なんである。
確かにあっかるくてノーテンキな三女の言うように、こういうことは自分の希望をハッキリと口にした方がいいのかもしれない。彼女曰く、センチメンタルな感情を持ち込まれると返って困る、ということも判る。けれど……当の母親の目の前で、誰が母親を引き取るのか、取り分をその分多くした人が引き取ってはどうか、言っとくけど自分はイヤだとか、分け前をもらう権利があるとか……平然と言える自信は私には、ない。それこそ“センチメンタルな感情”を持ち込んで、ややこしいことになってしまうのがオチかもしれない。
でも、人間から“センチメンタルな感情”をとってしまったら、本当にこんな寒々しい価値観しか残らなくなってしまう、んだろうな……。

でも、だからといって、ざっくばらんに話を進める彼らが悪いわけでは決してないんだけど、ただ、それに失望する長女の早苗や長男の妻の和子の気持ちの方が判るし、そっちの方こそ判りたいと、一応今の時点では思ってるわけ。
うーん、でも、そういう自分の考えが甘いんだということが思い知らされる時がくるのかな。
そう言っているようにも思えるし、あるいは早苗や和子を擁護しているようにも見える。

ただ、早苗や和子だって……特に、皮肉なことに他人である和子よりも早苗の方が、やっぱり自分の都合を優先している部分はあったのだ。彼女は自分勝手な兄弟姉妹たちに見切りをつけて、自分が母親を引き取ることを決意する。そのために、母親コミで引き取ってくれる資産家の男と結婚する決意をするのだ。本当は、別に好きな人がいるのに。
一度結婚に失敗している彼女は、結婚に自信が持てなくて、でも古いタイプのお嬢様で、周囲からも、そして自分でも職業婦人になれるタイプじゃないと思ってて、だから好きな人がまだまだ将来のある年下の男だったりしたもんだから、これはお母さんのためなんだ、とお見合いを承諾した向きがないとはいえない、のね。
それが証拠に、お母さんが、自分は一緒には行かない、お前が自分のために先方との結婚を決意したなんていうのなら、やりきれないから、と言うのに対して、すっごく当惑するのだ。だったらなぜ、私は好きな人を諦めてまで、再婚を決意したのか、と。

一方、長男の嫁である和子の方は、彼女には身寄りがないから、ここにいるしかないから、まあ今まではそういう心持ちで仕えていたようなところは確かにあった。別に、上手くいってなかったというわけじゃない。姑のあきは穏やかで思いやりがあり、余計な口を挟まないし……でもだからこそ、そう、雑用ごとをこのお姑さんが先にやっていたりするから、「そんなこと、わたしがやりますのに」と戸惑うような場面はあった。その薄い壁一枚が、唯一和子にとっては気になるところだったんだけど、こんなことになって、「あなたのお母さんだとばかり思っていたから、心の中にわだかまりがあった。でも、いい意味で赤の他人だと思えば、かえってうまくやっていけるんじやないかしら」という彼女の気持ちが、ああ、何か凄く判るなあ、と思うのだ。それは、彼女は家族が欲しくて、でも義理の家族という気兼ねの中で、でも家族を大切に思ってるから壊したくなくて、そっとそっと、暮らしてきたんだけれど、所詮は赤の他人、でもだからこそ、義理だなんだじゃなくて、対人間として、ざっくばらんに付き合っていけたら、と思ったんじゃないかと思うのね。

和子は、早苗に対して、気楽なお嬢様、ぐらいに思っていたフシがある。まあ、でもそれは確かに当たってなくもない。豪勢な商家に嫁いだ早苗だけれど、歴史の古いその家で新参者扱いされて、居心地が悪くて、彼女は何かといえば実家に帰ってきていたから。そして、悲劇が起こった。そうやって早苗が帰省中、ダンナが旅行先で事故死したのだ。アッサリと早苗を放り出す嫁ぎ先。ヒドいわね、と周囲は言いつつ、姉さんが戻って来るのよ、どうすんの、いつまでいんの、この年で再婚話もねえ、姉さんじゃ働くったってねえ、とあからさまに兄弟姉妹たちは心配というより自分の立場を優先した会話をしていて、それがあんまり悪びれないもんだから……。そういう彼らの態度を見ていて、和子も早苗に対する気持ちが、同情じゃないけど、とにかくこの兄弟姉妹たちよりは、寄り添う気持ちがあったと思う。

しっかしね、もう具体的なお金の額ばかりが飛び交うんだわ。この早苗は、夫にかけていた保険金がおりている。スキルもパトロンもない彼女にとって、このお金だけが唯一の頼みなんである。でもそれを長男の幼な子に聞かれちゃってね、まあ子供だから悪気がないもんで、「おばちゃん、100万持ってるんだって!」と喧伝しちゃうの。それがもとで、長男からは融資の援助(早い話が借金)を頼まれるし、次女からも、家から出るための資金の援助(ま、つまりは借金)を頼まれるし、彼女の頼みのお金があっという間になくなってしまう。100万の金を持ってるって聞くと、もうみんな、彼女を金づるとしてしか見てないのがアリアリなのよ。いや、そういうつもりはないのかもしれない、気づいてないのかもしれない。でもそうなのよ。100万も持ってるんだから、身内を助けるべきでしょ、みたいな。彼女には他に何の頼みもないのに。家族も、伴侶も、ないのに。それで結局長男は破産しちゃうし、次女は姑がダダこねて、引っ越すアテさえ宙に浮いちゃったのに、そのために借りた金のことは何とも言ってこないしさ。しかもね、お金持ちのおばちゃん、という意識は子供にまで浸透しちゃって、長男の子供は、始終お小遣いちょうだい攻撃で、キャラメル買ってあげるから、と早苗がさとすと、友達みんな集めてきちゃうという始末でさ……。早苗イコール100万!なんだよね。

早苗に20万の借金を申し込んだ次女の薫の実情は、確かにキビしいものがある。夫婦は共働き。この時代にはまだまだ珍しいんじゃないかと思う。子供もいなくて、帰りはいつも二人で待ち合わせて帰り、外で食事したり映画観たりもしょっちゅう。つまりはラブラブな夫婦なわけよ。でもそんな現代的な夫婦と一緒に夫の母親が暮らしていて、この母親は絵にかいたようなキッツい、そしてしまりやの、そしてそして小言大全開の姑なの。一人息子だから、もう溺愛してるし、だからこそ息子が連れてきた嫁さんもガマンして認めてるんだと言ってはばからず、しかもしかもこの息子が母親に対してなあんにも言えないもんだから、時々薫はキレちゃう。「(夫と姑が)二人っきりでいる時なんて、まるで恋人同士なんだから」と。

薫の言うことは女として本当によーく判るんだけど、まあ、負けだよな。確かにこんな姑はサイアクだ。間違っても一緒に暮らしたくなんかない。気疲れで、胃に穴があくに決まってる。演じる杉村春子の、イヤミというにはあまりにストレートに苦言を呈す姑は、もう絵に描いたような“姑ッ!”で、子供もまだいないラブラブ時代の夫婦、奥さんにとっては特にたまったもんじゃあるまい。
でも、このお姑さんの言うこと、落ち着いて、彼女の立場になって聞いてみるとよく判るんだ。何より凄く正直な人だし。薫のようにただ黙って、結局は自分の思うとおりにことを運ぼうとする嫁の方が、インケンだとも言えるんだよね。家事は全部やらせて、外で食事してきちゃって、その連絡もせずに、一人家で待ちんぼうのお姑さんは、そりゃたまらないだろう……ただこの杉村春子のキャラがあんまり憎たらしいもんだから、ウッカリ共感出来なかったりするんだけど、ホント、落ち着いて聞いてみると、お姑さんの論の方がもっともなんだよなあ。

こういう姑にはそれこそ孫の一人もこしらえてあげれば大人しくなるんじゃないかと思うんだけど、多分この夫婦、故意に作る気がないんじゃないかと思われるの。気ままな夫婦生活を楽しみたい、みたいな。いろんなところに外食に行って、音楽会に行ったりなんだりして。それはとてもステキなことだけど、それは夫婦二人だけならアリなことで、家に年老いた姑一人残して、彼女に家事の一切をやってもらって、は確かに姑の言うとおりヒドいと思われ……ただ、この姑があまりに元気で、不満をハッキリ口に出すもんだから、嫁がいじめられているような気分になるけど、違うんだよね。
だから、この二女に、姑を捨ててマンションを買う資金なんて、貸す必要、なかったのよ。気弱なダンナも確かに問題だけど、結局一番の問題は、この二女にあったように思えるんだよなあ。

お金、そしてその数字に一番敏感、というか興味津々でアッケラカンと話すのが三女の春子。彼女だけが兄弟姉妹の中で美形じゃない、なんて次男から揶揄されて、「美しさは外見だけじゃないのよ」と自信たっぷりに言うけど、それって、自分が美形じゃない、ってこと、認めてるじゃん……確かに美形ではないが……団令子、愛嬌のある顔つきってトコだわね。ワインメーカーでバリバリ働くキャリアウーマン、でもそんなクールなイメージというよりは、現代っ子でチャッカリしてて、末っ子の甘え上手、といった感じである。家族の唯一の財産であるこの土地を売れば、一人当たりの分け前はいくらになるか、というのをしっかりちゃっかり計算しているんである。「85万!いいわねえー」とすっかりノリノリで、長男が破産したなんて事態でもちっともうろたえず、「85万よ。私たち、それだけもらう権利があるんだわ」という一方で、母親を引き取ることはキッパリと拒否するんである。
それまでは、このチャッカリものの末妹は、凄くオチャメでカワイイ、と思ってたんだけど……結局上手く立ち回るばかりの彼女には結構引いちゃうんだよなあ。

春子は、勤める会社の醸造技師、黒木を偶然居合わせた早苗に紹介し、二人は運命の出会いをするんだけど、これも、哀しいだけの出会いだったのよね。それにしても、ギョロ目がガラス玉のようにぐりぐりとしている仲代達矢は、「妻として女として」の高峰秀子といい、年上のマダムとのほのかで、しかし危険な恋が似合うこと!黒木とは言ってしまえばキスまでしか行ってない。でも、キスまでも、行ったのよ!皆でハイキングに出かけた甲府のブドウ畑で、たわむれで撮った8ミリフィルムの中に、仲睦まじい二人の姿が映っていた。しかも意味ありげに、木の陰に入ったきり出てこなかったり。そして次に再会した時、彼女の再婚の意思や、結婚に対する価値観など、探り合うような会話はスリリングで、しかし早苗は防御線を張っているのか、終始黒木をワカモン扱いしているのが、かえってドキドキ感をつのらせて……そして二人きりになった時、ふっと、時間が止まったようになって、二人はくちづけを交わす。真剣な黒木の表情に、それを予期していたように、戸惑いも拒否もせず、早苗は彼のキスを受ける……のが、結構予想外で、すっごいドキドキしちゃって!しかも二回も!コノヤロー!

でも、だから、早苗の恋はそんな風に、彼女のある種の打算によって終わってしまう。
次男と彼の年上女房の話もまあそれなりに面白いんだけど、他に比べれば割とどうでもいいので、割愛。ま、彼らは、カフェとフォトスタジオという、今風の仕事で当てて、一年に一回、大喧嘩をするも、年中行事のようなもんで、結構上手く行ってるんだからね。

早苗と和子が、それぞれに真摯な気持ちであっても、双方母親を引き取ろうと火花を散らしているのは、このお母さん、もはやどんな立場においても、移動するモノ程度にしか見られていないみたいなさ。その前にはヤッカイモノみたいな言い方をされたし、還暦を迎えた時は、あんなにみんな祝福してくれて、幸せだったのに。
ふらりと、あきは外に出る。公園を散歩している老紳士に出会う。連れている乳母車の幼な子は孫かと思いきや、「近所の子を、内職で預かっているんです。おばあさんはいいけれど、おじいさんはジャマにされるばかりでね。嫁からは役立たずとののしられてます」なんて言うもんだから、笠智衆が!もう吹き出しちゃう。吹き出しちゃうけど……今までの流れがあるから、なんか、きっちりとは笑えない。しかも笠智衆、笑いながら言いつつ、間をおいて、微妙にためいきつくんだもん。それもまた、可笑しくて吹き出しちゃうんだけど。

でもそれが、ラストシーンなんだよね。あきが、その場を立ち去ろうとするも、この老紳士が預かっている子供がギャアギャアと泣き出して、彼はなかなか泣き止ませることが出来ない。あきは二度、躊躇して、三度目に、赤ちゃんをあやしに、彼の元へきびすを返す。あきは、みんなに迷惑をかけないよう、と老人ホームへ申し込みをしていて、それはあの次女の姑がカンシャクを起こしてこの老人ホームに飛び込んだ時、彼女が姑をなだめる役を買って出て、その時、“老人ホームも意外にイイ”ということで彼女とともに軽く盛り上がったりしてたのだ。その案内が来たのを和子が見つけて、ショックを受けて、エプロンのポケットにしまいこんじゃうんだけど……このラストはどうかなあ。なんか、このおじいちゃんとイイ感じじゃない!?娘は自分のために恋を諦めちゃったけど、このおばあちゃんは……みたいな。考えすぎ??いや、でも、あのカットアウトは、そうだったらいいなあ、という気分が充分、あったでしょう!

もう、こういうシュミレーションはしといた方がいいんだろうなあ……キツい……。★★★★☆


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