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月とチェリー
2004年 82分 日本 カラー
監督:タナダユキ 脚本:タナダユキ
撮影:安田圭 音楽:小宮山聖
出演:江口のりこ 永岡佑 平田弥里 蛭子能収 内田春菊 柄本明
「ラブ・コレクション」の一作である本作は、ちょっとピンクの秀作に思えなくもないぐらい、ソウイウシーンも真正面からビシッと撮ってて、そのあたりの直球もかなり好感度大。いやー、だってさ、こういうテーマで撮る男性監督の方が妙に雰囲気でウヤムヤにしている感じなんだもん。彼女自身はこういうテーマで撮るのは初なんだそうだけど、このあたり、非常に職人的ですな。いや、ホント、ピンクを撮ってみてほしいと思うぐらい、セックスが全面に出てきながら、きっちり恋愛の(それもかなり胸キュン的純情な!)形に収束していくこの手腕は、まさに適任じゃない?脚本も監督自身なんだもの、そのあたりの世界の構築はホント、完璧と言っちゃいたいほど。
大学に二浪して入ってきた田所クン、もう見るからに優柔不断のヤサ男でさ、冒頭からいっきなり柄本明に引っ張られてるわけ。柄本明に引っ張られたら、もう逃げられないよねえ(笑)。連れてこられたのは、「電気ボタン」と張り紙されたきったない部室。ちなみに電気ボタンてえのは女性性器のコトなんだそうで、ここは官能小説のサークルであったのだー(ジャーン)。
柄本明はもうこの大学に何年棲息しているのか判らないほどの重鎮、なんだけど、このサークルの本当の元締めは、もう官能小説家としてデビューしている真山さんなんである。女、である。女、なんだけど……その性格といい、口ぶりといい、限りなく、限りなーく、男に近い、オットコマエ!なネエサンである。はっきりいってまあ……美人っつー部類じゃないわな。だけどいつも、かなり露出度の高い服装してて、それがこのサバサバした男っぽさとのギャップで妙に気になるんである。
この真山さんを演じる江口のりこが、何たって最高で。ああー、そうか。そう言われてみれば、「ジョゼ虎」や「スウィングガールズ」で観てる観てる!そんでもって、そのどれもがかなりの強印象!となるとこれは、まさに満を持しての主演作、だったんだなあ。まず、彼女べらぼうに上手いのね。いわゆる雰囲気女優ではなくって、きっちり演じる人。それでいて、いかにもな演者じゃなくって、おもいっきりドライな斬り口の演技が、実に個性的。思えば今までの映画のどれもがホントそうだった。で、本作でそれが大全開、なの。まくしたてる台詞、まくしたてる中の絶妙の緩急、とでもいうのかなあ。田所君に扮する永岡佑君も頑張ってるけど、彼を完全に巻き込んじゃってる感じで、それがこの女性上位の物語をキッチリ反映させててキモチイイんだよなあ。
そう、はっきりいって、美人じゃない。一重の目は離れてて三白眼気味でちょっとコワいしさ。でも彼女が田所君のドーテーを奪って、つまり彼の最初のオンナになってから、彼の目にはなんだか艶っぽく見えてくるのが判るんだよなあ。いや彼女スパッと脱ぐし、スパッと終わっちゃうし、色っぽいだの艶っぽいだのいうところからとおーく離れてるんだけど、これがね、不思議と。
そうそう、田所君のドーテーを奪っちゃうのよ!新歓の席で、恋愛の通ぶる田所君を冷静に見据え、「でもキミ、童貞でしょ」とスパッと斬っちゃった真山さん。「何で判ったんだよー」と田所君は頭を抱えるわけだけど、そりゃムリない。真山さんは田所君なんか足元にも及ばないようなツワモノ。小説の取材の名目で既にサークル部員を(柄本さん除いて)みんな食っちゃってるんだもん。取材のためと知った彼が「僕のカラダが目当てだったの!?」と叫ぶ場面に思わず吹き出す。だってそれってぜったい男の子の台詞じゃないじゃん。
で、今回の彼女の目的は、童貞の少年をテーマにした小説だからして……でも田所君はセックスの経験もさることながら恋愛経験にもとぼしいわけだからさあ、それに真山さんがそんな男斬りだなんてまだ知らなかったから……このネエサンに恋しちゃうわけッ!
確かに真山さんが「絶対Mだと思った」(といって田所君をS女王様のえじきにさせる!)と読んだのは当たってるわけよ。だって思いっきり男女が逆転してんだもん。田所君てば、真山さんに恋するあまり、彼女に相手にされてないことに深く傷ついて、再三、泣くわけ。間山さんの方はといえば、いつも田所君に「今日、これからヒマ?時間ある?」の台詞ひとつで振り回して、セックス(あるいはSM女王様とか出張ヘルス嬢とヤラせたりとか)した後は、締め切り間近の原稿執筆に没頭するんである。田所君がそっと飲み物を用意してくれたりするのにも目もくれず、一心不乱にキーボードを叩き続ける彼女。
ああ、確かにこういうのって、女が夢見る、理想だなー、なんて思う。劇中にはね、今までの“男性映画”に出てくるような、リス系ウサギ系の女の子も出てくるのよ。田所君がバイトする本屋の同僚で、いかにもカワイイ子なわけ。私もクラッとくるようなさ(笑)。「田所君が書いた小説、もっと読みたいな」なんて彼の目をじっと見つめたりして、そりゃああの雰囲気じゃ……私だって彼女にキスしちゃうわさ(おっと)。でも考えてみれば、このコ、最初から田所君に対してカンペキにワナを張ってたわけで、それに田所君まんまと引っかかっちゃって、まあ確かにこういう攻撃受けたら、この子に対して好きなのかもしれない、なんて感情を抱くのは無理からぬことで……。で、この雰囲気で滑り込んで、ゴムなしセックスして(「安全日だから」なんて、いかにも男性側的台詞。このあたりは計算済だよね、ってことは、それに返して田所君が「そういうのって、ほとんど関係ないっていうんじゃないの?」という台詞で良く判る……つーか、田所君自身がいかに男性的じゃないかだよね)まんまと田所君の部屋に同棲同然に入り込み、田所君の会話に出てくる真山さんに嫉妬して、「もう真山さんに会わないで。サークルも辞めて。ホントの茜のこと知ってほしいの。ホントの茜はこんなんじゃないのに」と迫りまくるわけよ。
でも実際、その“ホントの茜”がどういう茜なのかっていうと……遊園地や買い物に一緒に行ってキャイキャイ言ったりしてるだけで、田所君は「これがホントの茜?ホントの自分って、なんだよ」とごちる(それにしてもこの田所君のモノローグというのがまた、いい合いの手になっててことごとく面白い。彼女に請われて愛してる、と言った自分に「似合わねー」とかさ!)。真山と一緒にいた時が、楽しかった、って思い出す。
ここ!ここなのよ!女が夢見る理想、っていうのがさ。茜ちゃんだってね、判るのよ。そら彼女、同性から見て正直好きになれないタイプだわよ。男好きのするような、っていうね。でも彼女が恋した男の子に必死になってるのは良く判る……でもだからこそ、好かれることなんかいっこも考えてない、素のままの自分で(だって、女だっていろいろタイヘンなんだから、男のためだけに茜ちゃんみたいにカワイイカワイイしてらんないじゃん)そして自分の目的のために男を振り回す真山さんが、ああ理想的!って思っちゃうわけ。だってさ、この茜ちゃんに対しては田所君だっていかにも男性っぽい無責任さが確かにあったじゃない?茜ちゃん自身は恐らく、全てが計算ずくだったから、それが卑怯だっていうんじゃなくて、逆にノセられた田所君自身の無責任さの方がなんだか腹立っちゃったりもしてさ……って、私、いくらなんでもフェミニストすぎ?
茜ちゃんと別れて、真山さんがサークルの男を全員食ってたのを知り、そして真山さんに再び声をかけられた田所君。内心ワクワクとしていたし、真山さんに自分の気持ちを告白しようとも思ってたんだけど……そこにはヘルス嬢を呼ばれてて「最終回の締め切りなの!」と真山さんは相変わらず(今更ながらボーゼンとする田所君の方が可笑しい)。で、田所君は泣きながらヘルス嬢の上で果てるのね。好きな人に振り回されて、でも、オネエサンとでも勃っちゃうんだ、なんでオネエサンとセックスしてるんだろう、って……。
真山さんはこれは取材だってんだから、押し入れの中から(これが「呪怨」みたいでちょっとコワい)覗いてて……さすがにこの彼の告白のところでは横顔の静止のアップで……何かを感じてる、風なのね。
いや、この場面以外でも、あったんだ、こんな風な……リリカルな場面。Sの女王様にさんざん痛めつけられた田所君が、キレ気味に真山さんの部屋に乗り込んで食って掛かった後、傷の手当てをしてもらって、彼女とセックスもせずに横たわったまま静かに……まるで母親と小さな男の子みたいに、彼女の胸に彼が顔をうずめる場面。とは言いつつ、迎えた朝には真山さんが作ったラーメンに入ってた玉子に彼が当たっちゃってゲリゲリになっちゃう、というオチもしっかりと用意されてはいるんだけど(笑)、でも、こんな風に男の子がメチャメチャ振り回されるスラップスティック的な展開でも、こういうリリカルさを絶妙に入れてくるから、思わず知らず、キュン、とさせられちゃうんだよなあ。
田所君はね、意を決して真山さんに言うわけ。自分の気持ちを。ずっと言おうと思ってた気持ちを。真山さんとね、言い合いになっちゃうの。彼女は、男性のペンネームで小説を書いている、そんな自分の気持ちは判らないでしょ!と激昂する……女がエロを書いてるってだけでキワモノ扱いされるから、だから自分の文章力だけで、どれだけ男をその気にさせられるのか、勝負なんだって。彼女の気持ち、凄くよく判る。それにこれって多分、タナダ監督自身の気持ちも入っているんだと思う。私も女性監督ってついつい書いちゃうけど(いやそれは嬉しいからなんだけど)ただ普通に監督って呼ばれなくて、女性監督っていうカテゴリに入れられちゃうことに、タナダ監督自身が苛立っているのがここに出ているような気がしちゃって……。でもその真山さんに対する田所君の、言ってしまえば世間知らずって言ってもいいような、でもあまりにまっとうで純粋な言葉に真山さんは黙っちゃうのね。田所君は、真山さんの作品をテクニックだけだ!と斬って捨て、人間にちゃんと向き合わなければ面白い小説なんて書けるわけない!と……恐らく決死の思いで言うのだ。意外にもあの真山さんがその台詞に黙り込んでしまう……唯一と言っていいシリアスな場面。唯一だから、すっごくビリッとくる。それにここには惜しみない尺を使ってて、真山さんの、田所君に言い返せない表情のアップショットを丁寧に見せてるのね。
真山さんは、映画の最後まで田所君に対して特別な思いがあるとかいうことは一切言わないけど、でもこの場面と、しばらくの時間がたった後、田所君と海に行って、「新しい小説のために」砂浜でセックスをする場面とが、田所君に対する、他の男とはちょっと違う思いを感じさせて、それは確かに恋に似たキュンとくる感情で……これだけ(いろんな体位で!)セックスしてる二人なのに、そういうことを感じさせちゃうのって、ちょっと、スゴいな、タナダユキ、凄い!
これは劇場のビデオプロジェクターのせいなの?サイトではクリアな画なのに、えっらくピントが甘くて暗くて、それがちょっと残念だったなあ……面白かっただけに!★★★★★
男は大学教授。妻とは来年銀婚式を迎える。今年大学に入った娘と中学生の息子がいる。明るい子供たちと、美しくしっかり者の妻……誰もがうらやむホームドラマのように見える家庭。でも一方で、この男、河野にはもう十数年続いている女、三保がいる。まあつまりは二号さんである。彼女の存在は本妻も知っていて、知っているどころか、妻の名義でやっている銀座のバー「カトリーヌ」のマダムなんである。その中から月々10万円を三保は本妻に支払うために会ってもいる。表面上はなんとはなしに上手くつきあっているようにも、見える。
この本妻と二号さんそれぞれを演じているのが、淡島千景と高峰秀子、それぞれタイプの違う美女である。淡島千景の、本妻のプライドを何とか保って、女として負けている部分を何とか見ないようにしている哀しい気の強さ、も素晴らしいんだけど、何たって本作の白眉は、いつもソンばかりしてしまう二号さんの高峰秀子の壮絶さなのだ。世間的にも白い目を向けられ、本妻からは文句なく憎まれ、唯一の頼みは自分を囲っているこの男だけだというのに、コイツがちょっとしたこと……たとえば逢瀬先の旅館で彼の教え子と遭遇したり、というだけで、もうみっともないぐらいうろたえちゃったり、彼女の頼みの綱である銀座のバーが本妻から取り上げられそうになるのも何も手出しできず、しまいには三保が、今のままの関係を静かに続けようとしないせいだといわんばかりのことを言う、サイテーの男なのだ。彼女がコイツと別れる決心をして、でももう40に手が届こうかという女が結婚もせず、何の後ろ盾もなく生きていくわけにもいかず、なんたって心血を注いできたバーを名義上の問題だけで問答無用で取り上げられてしまうのがどうしても納得いかなくて、店をもらいうけるか300万の慰謝料をもらうか、どちらか勝ち取ろうと闘おうとするんだけど、本妻にアッサリとハネつけられ、この期に及んでもこの男はうろうろとするばかりでなあんにも行動をおこさないもんだから三保の立場はどんどんと追いつめられるし、そのどちらもムリなら子供を返してくれと言って三保はさらに追いつめられ、結局はたった50万の慰謝料を投げつけられてオワリなんである……。
あっと、いきなり結末まで言っちゃったけど、この間のやりとりがもー、それはそれは凄いわけ。まず印象的なのはやはり、三保と河野の逢瀬が彼の教え子に見つかっちゃった場面だな。河野は三保の家には決して泊まらない。仕事で宿泊するという明確な理由がなければ決して家をあけたりしない。だから三保は河野の出張先まで会いに行く。久しぶりに二人で過ごせる時間。しずしずと旅館に入っていくも、そこを遊びに来ていた彼の教え子に見られてしまう。明らかに動揺する河野。たった一晩、それでも久しぶりにゆっくりと二人だけの時間を過ごせるはずだったのに、ただただ立ち尽くして呆然とするばかりの河野に三保は呆れる、というより失望してしまうわけ。「教え子に見られたぐらいいいじゃないの。みっともないわねえ」「だったら今からこの旅館を出ましょうか」そう言っても、そんなみっともないことが出来るか、と河野はうろたえながらも、言うのね。「私といることはそんなにみっともないことなの」三保は段々と激昂してくる。本当にこの時の河野ってば、もういやんなるぐらい情けないの。女一人を囲うのに、そんなことでビクビクするなんて、もう本当にガッカリなの。それはそうされる女にとって、そんなことでそんなにうろたえるなんて、私の存在ってなんなのよ!ってそりゃあ叫びたくなるだろうってなもんなの。
でも三保はそれにもずっと耐えてきた。彼女はおばあちゃんと一緒に暮らしてて、その芸者上がりのおばあちゃんはもうすっかりしわくちゃだけどイケる口の、達者なもの言いの、傑作なおばあちゃんでね。何かというと三保とチントンシャン、みたいに歌を合わせて、三保のグチにぽんぽんと合いの手を入れてくれる。「そりゃああの人はしっかりとした人だよ。でもあんた、10年も騙され続けているんだよ」「10年だって、100年だって騙され続けてやるわよ。だって好きなんだもの。しょうがないじゃない」……うっ、なんという胸に突き刺さる言葉。このまま行ったって、自分に何の利益にもならないことは三保だって薄々感じてる。でも好きだから離れられない。でもそれだけの思いを果たして男の方は持っていてくれるのか……愛情が本妻と半分ならまだしも、確実に男は家庭の方を、……まあ当然のことながら優先するんだもの。
あの二人の子供も、三保がお腹をいためた子供だった。本妻は子供が出来ない身体、そして三保のおばあちゃんが、子供にとって両親が揃ったちゃんとした家庭がある方が幸せだ、と説得し、つまりは世間体のために三保は泣く泣く子供を手渡した。それでも二人目の男の子の時には随分と抵抗したのだ……その時には三保も、先々この男に捨てられたら自分の元に残るものは何もない、と察していたのかもしれない。でもその子も、取られた。一人目の子の時には、もうこれきりだと、言っていた本妻も、二人目が男の子だと知るや(三保が言うには)目の色を変えたんだという。このあたりも実に生々しい事情で……。
などという事情と、女二人それぞれの言い分がぶつけあいになるクライマックスはもう聞いてて、いや見ててあまりに壮絶すぎて息苦しくなるぐらいなんだけど……。本妻は、自分が子供を産めない体であることにひどい引け目を感じていて、二号さんに子供が出来たと知るや、そりゃあ殺してやりたいぐらい憎んだけれど、近隣の目をあざむくためにとはいえ、同じ十月十日をお腹にさらしを巻いて過ごし、本当に子供を授かった気持ちを味わったと、だから子供たちは私の子なんだと、そりゃムチャクチャな論理には違いないんだけど、彼女のプレッシャーと、そんな彼女をいたわりもせず、二号さんで子供を、しかも二人も作っちゃうダンナの無神経さに腹が立っちゃうんである。でもやはり三保の方が切実だと思うのは何でだろう……。
本妻が言うように、本当の被害者は確かに妻の方なのかもしれない。二号さんはいつでも自分の方こそが被害者だと言うけれど、傷ついているのは私だ、と言ってはばからないし、彼女がそういうのもまあ、判るっちゃ判るんである。でも三保の目から見れば全てが奪われているのは自分の方こそで、今や食い扶持であり生きがいであるバーさえも、この本妻に取り上げられようとしている。いやそんなことはつまるところはどうでもよかったのかもしれない。いや私も最初はね、三保はこのバーにこそ執着しているんだと思ったのよ。勿論この河野のことは好き、離れられない。バーも彼との絆がつながっている証しということもあるけれど、名物マダムとしてこの店をここまで大きくして、自分がいなければこのバーはここまでにはならなかったという自負を彼女は再三口にしていたんだもの。でもこんな風にコトがこじれて、バーが自分の手から離れ、河野と別れたら、本当に自分の手には何も残らなくなる。一体自分は何のために生きてきたのか……その存在価値を求めるように300万の慰謝料を口にするけど、それも哀しいよね。お金で自分の存在価値を算段しようとするなんて。でもそれだって、そう出来ればまだプライドは保たれたけど、それもムリで、三保は、どちらもムリなら子供を返してくれ、と言い出すでしょ。本当は子供のことこそが、彼女にとって一番大事だったんだよね。ぶっちゃけ、河野と別れてもいいから、子供を返してほしかったんだよね。でもそれは言わない約束だったから、彼女はずっとずっと胸の中に閉まってて、でもその案を言い出したのがおばあちゃんでさ。おばあちゃんが説得して向こうに渡したのに!と三保は怒るんだけど、まるで自分の心の内を見透かされたように思ったのか……その案に従って、でもやっぱり破綻してしまう。
まあそう考えるとこの河野も可哀想な気がしないでもないけど……本妻が世間体や家庭を守ろうとしているのに対して、三保は自分に愛情だけを注いでくれていると思っていたんだろうし。だから彼女がバーをくれとか慰謝料とか果ては子供を返せとか言ってきたのを、彼はそんなはずじゃなかったのに、みたいな顔で呆然と眺めるばかりで。彼が言うとおり、このままこの関係を続けていければ、ベストだったのかもしれない。まあありえない話でもない。日本はそういう文化が伝統として存在するし、三保の友達の二号さんたち(二号さん仲間がいっぱいいるのがちょっと面白い。どんなコミュニティじゃ)も、本妻が死んで後釜に入ったり、きちんと旅館や美容院を任されていたり、あるいはダンナが鷹揚な人物で何の心配もいらなかったり、なかなか上手くやっているんである。河野の場合、誤算だったのは本妻が銀座のバーを三保から取り上げようとした、そのただ一点だけで、それさえなければ、確かに今までの関係が崩れることはなかったのかもしれないんだよね。河野は結局学問バカで、本妻が副業のバー経営を切り盛りしており、今度新宿に新しい店を出そうとしている。河野はその建築の図面を引くぐらいの働きしかしておらず、そっち方面は本妻に任せっきりなのね。で、本妻は銀座のバーから女の子を引き抜いてその新宿の店長に据えようと思っており、しかもその子に三保を見張らせてるわけ。銀座のバーはその新店の抵当に入っていて……河野が早いうちに、妻名義のその店を三保のものにしてあげてれば何の問題もなかったし、毎月10万の利益を払わせるなんてケチなこともやめさせてればよかったのにさ。その10万の収入でこのウチはご円満な家庭を築いていて、三保の方はおばあちゃんと二人、慎ましい生活を送ってるっていうのに。
そうそう、この三保の友達の二号さんたち、というのがかなり面白いの。三保は河野とのことで落ち込んじゃって、悩んじゃって、同じ立場である彼女たちに相談しようとするのね。この友達たちがあっかるくてさ。そもそもそのうちの一人が本妻の後釜に入ったお祝いの集まりだったのね。人の死をお祝いにしちゃうみたいなもんでそれも凄いけど、でも今まで日陰の身で頑張ってきたんだから、とアッケラカンとしているのが実にイイのよ。そういう意味では三保は二号さんになるには耐えすぎちゃって、向いてないのかもしれないんだよね……落ち込む彼女の話に、彼女たちは即答で、それはダメよ、と言い放つ。バーが妻名義なことがまずダメだと、きちんと旅館をもらい受けた友人は言い、他の友人たちも口々に、店をもらえないとしたら、それまでの10数年をお金にかえてちゃんともらわなきゃ、と言う。三保は河野との関係をすっぱりと断ち切る決意がまだ出来ていない感じだったんだけど、三保のこの状態に友人たちはスパーンと、そりゃだめよ、店か金かよ、と言い放つのが実に爽快なんだよね。まあ事態はそんなに上手くは行かないわけなんだけど……。この集まりのスポンサーとしてキャイキャイの彼女たちに連れまわされている、彼女たちのうちの一人のダンナであるおじいちゃんみたいに(自慢の手品を始終披露しているのがオチャメでカワイイ)、世間の目なんか気にせず、二号さん仲間とも仲良く、女をしっかり愛する度量のある男だったら、良かったのに。ていうか、二号さんを囲うならやっぱりこれぐらいの度量の男じゃなくっちゃねー。結局河野が二号さんを囲う器じゃなかったってことなのよ。
三保には言い寄られている若い男がいる。バーの常連客である南という作家である。これを演じているのが仲代達矢でさ、そのギョロ目がなんとも気持ち悪いんだけど(笑)。三保はちょっと、ヨロめくんだよね。彼女の心の中には、男ばかりが浮気を許されて、何で女はいけないんだと、女だって浮気していいはずだとゴチて、でも彼女自身が浮気相手だというのが彼女のその論理を実に哀しく見せているんだけど……。妻からよこされているスパイの女の子が、ことさらにそれを囃したてて、三保は彼女がスパイだって知ってたから、本妻が自分が河野以外の男と浮気するのをてぐすね引いて待っているんだと、激怒して、この女の子を突然解雇しちゃう。それは彼女が南をはじめ常連客の男と、女の子たちと、クラブに遊びに行った先での出来事だった。南は三保に対して実に紳士的な態度でね、酔った勢いで浮気しようかとか言う彼女をなだめるわけ。三保がそれまでどんなにヨロめくような発言をしても、最後の最後には扉を閉めてしまうからっていうのもあったから。でもその時三保は、「南さんのことは好きよ。でも本気にならないようにしているの。本気になると、傷つくから……」とまで言っていたのに、南のアパートまで行くんだけど、まるで急におじけづいたようになって、身を翻して帰ってしまう……。この場面の三保の表情の激変が、スリリングだったなあー。高峰秀子は本作、女がさまざまに翻弄されるその表情を実にスリリングに見せていて、子供をとられるシーンでのむせび泣きや、妻との対峙での涙目の壮絶な決意や、もうそれはそれは身に迫って鳥肌が立つぐらいなんだけど、この場面でも、それまでは酔った勢いで南にしなだれかかっていたのに、急に夢から覚めたような顔になって、あとずさりをしながら、泣き笑いのような顔で去っていく彼女が生々しくってさあ。
南は何かと三保のために動いてくれるから、彼女も信頼してたし、もしかしたら河野と別れた後は彼と……と半ば本気で思っていたかもしれない。でも結局は寝てもいない男、だったんだよね。それに彼女も都合よく動かせる男と思っている部分もあったのかもしれない。と、思うのは、彼女が息子を何とか取り戻そうとして、修羅場を前に力になってもらおうと南に電話をかけるんだけど、彼はアフリカへの出張前で、少しの時間も取れない、と必死な三保の気持ちなんかまるで取り合いもせず、三ヵ月後に話を聞きますよ、クロコダイルのバッグをおみやげに買ってきますからネ、などと寝言を言って笑顔で電話を切っちゃうのだ。このシーンは河野や本妻とのバトルのシーン同様に、結構胸をえぐられちゃったなあ……と思うのは、南は、南だけは三保のことをホントに思っていてくれていると、こっちもついつい考えちゃっていたし、三保も多分そうだったと思うんだよね。でも寝てもいない男をつなぎとめるなんて、さ。二号の友人たちは、女の体ほど高いものはないと、慰謝料の話もだからもちかけるんだけど、三保はそれに対して、逆に女の身体ほど安いものはない、と言い、友人たちもその言葉には黙ってしまうのね。それが如実に出ているような気がするんだな、ここには……。彼は結局はバーの常連客に過ぎず、ちょっと危なっかしいマダムを思慕する思いなんて、その程度だったってことでさ、なんかもう、なんつーかもう、キビしいよね……。
ラストシーン、結局は50万で彼女は全てから別れ、バーの、自分でそろえたグラスやなんかを荷造りしてる。小さなおでん屋での再出発である。50万、女なんて安いもんねとごちる側で、あのアッケラカンのおばあちゃんが、もらえないよりマシさ、生きていかなけりゃいけないんだから、と。本妻も、ダンナと別れる決意をしている。これまでの生活は虚飾だったと。でも、そうなら三保がこんな思いをして勝ち取ろうとしたものはなんだったんだろう。それになにより、この作品のラストは、このゴチャゴチャを知ってしまって、大人なんてサイテー!と家を飛び出してしまった子供たちでシメられるんである。確かに、子供たちの立場になれば、彼らこそが最大の被害者で、返すの返さないの、取り引きのモノのように扱われたわけであり……でも家を飛び出した娘、その姉を訪ねていって、僕も一生懸命勉強して大学に行ったら家を出る、と話す弟、その二人の表情はそう言いながらも明るくて、それこそ大人たちが未来のない話を情けなく続けていたことを思うと、未来を担う彼らで終わるというのはまっとうであり、でもこれ以上の皮肉はないわけで、なんかすんごい、肌があわ立つ思いがしちゃって……。
高峰秀子のスリリングな演技がとにかく、もう、凄くて。粋なチャキチャキでありながら、苦しみぬく二号さんの女が、もう鬼気迫ってて、凄かった!★★★★☆