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恋は足手まとい/UN FIL a LA PATTE
2005年 80分 フランス カラー
監督:ミシェル・ドヴィル 脚本:ロザリンド・ドヴィル
撮影:ピエール=ウィリアム・グレン 音楽:シャルル・グノー
出演:エマニュエル・ベアール/シャルル・ベルリング/ドミニク・ブラン/ジャック・ボナフェ/マチュー・ドゥミ/ジュリー・ドパルデュー/サラ・フォレスティエ/スタニスラス・メラール
19世紀のパリの社交界を舞台にした、恋愛喜劇。元になった原作はいかにも「19世紀のフランスの戯曲」って感じ。なんでもモリエールと並んで称されるというぐらいだから。まあ私は知らんけど……。でもちょーっと、ドタバタすぎるような気がするんだよなあ。めまぐるしすぎて。
シルベスター・スタローンの「オスカー」みたい……なんて、B級すぎて引き合いに出すべきじゃないかしらん。しかしあのエーガには寒気すら感じたので、もはや忘れられないのよ。
ドアをバタンバタンと開け閉めして、登場人物がくるくる入れ替わるたびに状況が変わる。まあその点については確かに上手い転換にも見えるんだけど……まるで吉本喜劇のコントみたい、って見たことないけどさ。
全編を彩るクラシカルかつ賑やかな“バレエ楽曲”は、この軽やかな恋の駆け引きにはピッタリだけど、これもまたかなり忙しくて、せわしないのよねえ。
しかし、エマニュエル・ベアールのキュートさには驚くのである。え!この人がこんなカワイイキャラにハマってしまうなんて!だってベアールといえば、アンニュイなカンペキ美女というイメージだもん。この、男を引っかき回しまくるコケティッシュな歌姫にはビックリ!
まっ、歌姫とはいえ、マトモに歌を歌うシーンはないし、ひたすらこんな感じでドタバタとしてるもんだから、歌姫としての彼女のカリスマやスター性を感じることが難しいのが、残念なところなんだけどね。
台詞で言ってるだけだから、彼女が歌姫だという設定をウッカリ忘れそうになる。“底辺から歌一本でこの地位までなりあがってきた”ってあたりが彼女のタフさ、したたかさにつながるんだからそれは重要だと思うんだけどなあ。
冒頭、しとどに泣き濡れ、執事が持ってくるナフキンが山になっている。しかし来訪者の名前を告げられた彼女の顔がパッと輝く。
ずっと待ち続けてきた恋人が現われたのだ。彼女は有頂天、昼ご飯も忘れてしっぽり励んでいるんである。
そうしている間にも、ひっきりなしに現われる彼女の信奉者たち。潔癖な妹は眉をひそめつつも、姉と男たちとの恋愛模様に興味シンシンだったりする。
だけどね実は、信奉者なんていっても、この久しぶりに訪れた恋人はビンボーで、逆タマの縁談が決まったことを理由に別れを切り出しに来たのだし、ルックスからしてヤボなヘボ作詞家は、売れっ子の彼女にとりいって自分の曲を歌ってもらうことによってブレイクを狙ってる。
そしてあれは……元恋人?それとも元夫?養育費の前借りをせびりにきている、一見上品そうな紳士は……養育費ってことは、彼女との間の子供を引き取っているということだよねえ?しかし彼が親権を持てるにしてはカイショウなさそすぎだけど。この彼女よりはマシだということなのかなあ。
彼らがガヤガヤと繰り広げる、まったく休む間のないコントさながらのこの場面、携帯電話を「古買屋で買った」というのはイマイチなギャグだし、口臭のヒドい男を揶揄する執拗な会話は次第に笑えなくなってくるし、ちょーっと居心地が悪いんだよなあ。
何はともあれこの歌姫、リュセットとビンボーな恋人、エドワールが軸となって話は進んでゆく。
エドワールは結局、リュセットの逢瀬に溺れちゃって別れを切り出せず、しかしもう新聞に伯爵令嬢との結婚が載っているもんだから、来客が持ち込む新聞がリュセットの目に触れないようにと、戦々恐々としているんである。
ライバルのようでライバルではない、リュセットの信奉者たちをニギヤカに巻き込んで、場面は第二ラウンド、婚約式が行われる伯爵のお屋敷へとシフト。
場面が変わるといきなり、トンでもねー美少女が現われる。真っ白な肌に、ぷるぷるのピンクの唇。あまりの美少女ッぷりに口をあんぐり開けて見とれていると、そこにスッとリュセットが現われる。
この美少女の、真白いオトメチックなオーガンジーのドレスをセクシーに露出させて、二人顔を見合わせてニッコリと笑う。って、おいおい、ここでは二人初対面のはずなのに、なんかいきなりのこのなまめかしいドレスプロデュースがドキドキするぞ!美少女と美女……あー、見とれる。
この美少女こそが、エドワールの結婚相手のヴィヴィアヌである。まるですべてを判った上で、同志として組んでいるような雰囲気。いや案外そうだったのかも!
だってこのヴィヴィアヌ、リュセットのようにエドワールに入れ込んでいるというわけじゃないんだもの。それどころか自分の母親こそがエドワールにメロメロで、エドワールもこんな美少女を差しおいてこの母親の方とねんごろになっている。ヴィヴィアヌはそれをぜーんぶ承知の上で、夫として都合のいい人物、として結婚しようとしているんだから、相当したたかなんである。
それにしても大女優、ドミニク・ブランに対して失礼だけど、こんなオバハンと……いや……フケ専……じゃなくて、その……。
だあって、このヴィヴィアヌ役のコ、めっさカワイイんだもん!リュセットがドレスをセクシーにプロデュースしたら、その小さめのおっぱいがひかえめに強調され、またたまらねーのよ。
でね、演じるサラ・フォレスティエは、撮影当時18歳。いやー、キモの座ってるわ。エマニュエル・ベアールとビシッとタイはってるもんね。いやー、なんという美しきツーショットなのだ。鼻血が出る。
エドワールは、リュセットがこの婚約式に歌手として招かれているのを知らなかったから大慌て。しかも事情を知っている彼女の取り巻きも招待客の中にいるもんだから、更に大慌てなんである。
しかし何食わぬ顔のリュセットがエドワールを密室に連れ込み、最後だからと言わんばかりにあからさまに誘惑!
リュセットったらエドワールの下着の中に草ッ束を突っ込むもんだから、彼、「チクチクするー!」と脱ぎ出す。それを横目に、嫣然と自分の衣服もゆっくりはいでいくリュセット。エドワール、アホか……。
かくしてリュセットのあられもない姿に、今の状況も忘れてすっかり骨抜きにされた彼、よーし最後だとばかりにリュセットにガバと覆い被さり、コトに励むのだが、「ウイ、ウイ、ウイ、ウイーーーーー!とあえぎまくるリュセットのあまりの声のデカさに(うーん、やっぱりフランスでは、こういう時もウイなのか)、皆に居所がアッサリばれ、ドアをバタン!と開けられるって、オイ!
皆にあられもない行為を見られる場面はスゴすぎるけど、それに固まった二人が、共にバタッと倒れるのはいかにもオチだよなー。
しっかしエドワールったら、自分が裏切ったことを知られるのをあんなに恐れていたのに、それを知ってもリュセットは一瞬倒れるだけで彼とヤッて吹っ切れちゃうし、「最高だったわ!」とか言ってるし。結局、エドワールが思っているほどリュセットは執着してなかったのよね。
かくしてまたも場面はバンと飛び、エドワールのビンボーアパートへ。
あ、そうだ。登場人物をもう一人紹介するのを忘れていたが……一人だけマトモな人物がいるんである。マトモ……うーん、ビミョウだけど、とりあえず見た目は美青年。
最初の場面で、リュセットを訪ねてきた成金美青年のイリグアである。成り金、ってあたりがリュセットと共通してるか。イリグアも美青年だが、彼が引き連れてきたメガネの助手?の青年の方が私は好みだけどねー。
ちなみにこの彼は後に、リュセットのあのお堅い妹とイイ仲になるんである。まあ、それは最後の最後の場面の話なのだが。
まあ、んでね。ここでイリグアは何とかリュセットに気に入られようと、勉強しまくってきたらしい美しく韻を踏んだ会話を展開するのだが、途中つまると、ドアの外に待機させているこの助手君に助けを求めるわけ。
で、彼が上手い答えを提案すると、そのつど報酬がアップし、助手君はほくそえむという……つまりこのイリグアは美青年なのに、実はアホなんじゃないか?いや、フランスの韻を踏んだ会話なんて字幕見てもピンとこないし、美青年だけど実はアホ、というギャップのおかしさがなかなか伝わらないところも惜しいんだよなー。
まあいいや。話を戻す。で、婚約が失敗に終わったエドワールである。ビンボーで水道も止められているから、廊下の共同水栓からホースで引っぱってきて、素っ裸でシャワーを浴びている。その日、階上では結婚式を控えた御仁がいるらしく、部屋を間違えた客たちが次々に顔を出し、このミジメな男に失笑を浴びせていくんである。
そこに訪ねてきたのが、あのへっぽこ作詞家。エドワールがリュセットと首尾よく別れようと、彼女に入れ込んでいたイリグアにこの作詞家こそが彼女の恋人なんだと吹き込んだことから、イリグアにつけねらわれて彼は困っているんである。
そこへ、リュセットが訪ねてくる。エドワールは作詞家を続きの間に待たせていることも忘れて、またもリュセットの誘惑に負けてヤッちゃう。つくづくアホな男である。
しかしリュセット、ここの合い鍵、持ってるんだね。ということは、何度も訪ねてきているってコトなんだ。
その割には、「貧乏もサッパリしてていいわね」の一言。でもリュセット、この時点でもうエドワールを見限ってるんである。一発ヤッたのも、「仲良くお別れしたかったの」ってんで。
エドワールとしてみれば、逆タマにのるためにリュセットと別れようとしていたわけで、それが壊れた以上、リュセットとヨリを戻すのもやぶさかでなかったわけなんだけど、そこが男の都合の良さの浅はかさ。
で、リュセットがアッサリエドワールの元を去ると、ここに今度はイリグアが訪ねてきて、作詞家も巻き込みひと騒動。まあこのあたりはしかし、“ドアの開け閉めドタバタ”をやるためだけのシークエンスという気もするが……。
ハダカで締め出され、衣服を騙し取るためにオモチャの銃で脅したりといった小ネタも用意されてる。今ひとつ笑えんけど。んでもって作詞家は露出狂として警官に連れ去られるハメに。
ま、結局は大団円なのよね。この場面にはヴィヴィアヌと伯爵夫人が来ている。ヴィヴィアヌは、母目当ての彼と愛のない結婚をすることに納得づくだったから、リュセットとのウワキがバレても全然気にしてなくて、むしろ理想の夫だとまで言うの!
更に、「私、リュセット好きよ」とウキウキ。「彼女に歌を習いたいの。ウイー!!」うっわー、すっごい皮肉!
女同士が結託するとコワイぞー。しかも恋愛に溺れず、冷ややかに見てるこの美女&美少女だもん!
リュセットとヴィヴィアヌが、結婚式に集まった華やかな客人の群れの中、並んで睦まじく去ってゆくのを、伯爵令嬢に腕を絡めとられたエドワールがボーゼンと見送るのが痛快。おおこわ。
ちなみに、いつも「仕事中だから」とリュセットの妹からの熱視線にもくじけなかった執事君も、めでたく最後に恋に落ちるのでした。良かったねえ。
劇場内、やけにウケてる人が約一名。フランス語が判るのか、それとも吉本気質なのか?しかしこんなコテコテでそんな爆笑するかなあ……。★★☆☆☆
この物語に挑んでいるのは、あ、気がつかなかった、「ミッシング・ガン」のあの若き才人、ルー・チュ―アンではないの。
あのデビュー作では、その若さに似合わぬ手だれた手腕が小憎らしいほどだったけれど、今回はその若さだからこそ発露する正義への熱い思いがほとばしる。今これを世界に示さなければという気概をもって、しかしやはり変わらずの冷静な目を伴って語ってゆく。
物語の展開自体は実に淡々としているのよ。まるで日記のように、1日ごとに、その日到着した地を追ってゆく。決してドラマチックにはしない。
それは、「ドラマ」ではないんだという監督の意思表示のようにも思えるし、その日記的な展開が、空恐ろしい底力を持って迫ってくるところでもある。
記者のガイが、マウンテン・パトロールのリーダー、リータイを訪ねるところから話は始まる。チベットカモシカの乱獲に立ち向かうべく、民間で結成された隊の隊長だ。
チベットカモシカは輸出が禁止されているにもかかわらず、最高級毛織物「シャトゥーシュ」の元として西欧で高く買われることから、密漁と闇取り引きが耐えなかった。
故郷の自然を愛する男たちが、神から、そして祖先から受け継いだ神聖な土地を守るために私費を投げ打って活動しているこの隊。しかし密猟者との容赦ない攻防戦で隊員が射殺され、世間でも問題になり始めた頃だった。
ガイは当初、話題になる記事を書いて、自分の名を売るぐらいの気持ちだったかもしれない。
いかにも「北京から来た都会記者」という青二才な雰囲気だし、それを見通していたか、リータイは最初、冷たく一瞥するばかりで彼の話を聞こうとしなかった。
でも、自分の記事がパトロール隊の役に立つはずだというガイの言葉に、旅への同行を許可する。
それは少しでも世間に判ってもらいたいという気持ちも遭ったかもしれないけど、この青二才に現実の厳しさを叩き込んでやりたいとも思ったのかもしれない。
このリータイを演じるデュオ・ブジエはチベットを代表する演技派スターというだけあって、苦みばしった魅力を放つ、存在感あふれるイイ男である。
何の報いもない過酷な任務に、命を落とす仲間たちも続出するのに、彼を慕ってくる隊員たちが後をたたないのも頷けるだけの、男っぷりの良さ。
そう、もう資金が絶対的に足りないのだ。この危機を本当に憂いているのは自分たちだけだから、国からカネなんて出ない。
隊員たちは一年も無給で働いていることを隊長は気に病んでいる。ついてきてくれることを感謝しているからこそ、なんとか打開したい。ガイを同行させたのは、そのあたりのこともあったのかもしれない。
リータイたちは自分たちが密猟者に射殺されても、決して人を殺さない。
今回彼らが捕まえる下っ端の密猟者たちの中にはマーと呼ばれる老人がいて、「マー、またお前か」という台詞から判るように、何度となく彼らに捕まえられては罰金で放免されている。
リータイたちの目的があくまでもチベットカモシカの保護にあり、人と戦うことを良しとしないということだろうけど、向こうはそうは思っていない。このマウンテンパトロール隊がただ疎ましく、高値で取り引きされる毛皮のためならうるさい隊員の一人や二人殺しても何とも思わない。
見ていてそれが歯がゆくてたまらない。あまりに人の良すぎるパトロール隊に、ムチャだよ、こんな奴らにそんなお人よしの情をかけることないのにと思うけど、その線を超えたら本末転倒になってしまうことをリータイは知っているから、決して決して、人を手にかけることだけはしない。
でも、とにかく資金難。没収した毛皮はそのまま国に引き渡すけれど、どうしてもの窮状の時、ほんの少しだけその毛皮を売ってしのぐ。それも本当に辛そうに。プライドを傷つけられながら。
でも、その事実を知ったガイはショックを受ける。そんな非合法が存在しているのなら、記事は書けない、とリータイにくってかかる。お前ここまで同行して来てこの過酷さを見て、言うか、それを。
でもリータイは少しも動じず、むしろ毅然とこう言い放つのだ。
「監獄に入ってもかまわない。非合法は承知の上だ。そうしなければ部下とココシリは守れない」
そうだ、だって彼らが何よりも、チベットカモシカの悲劇に心を痛めているんだもの。
密猟団の尻尾を捕まえるたび出てくる、膨大な量の毛皮。乾いた大地に果てしなく並べられたそれを見ながら、その銃弾の痕を確認したリータイ、「散弾銃でやられている……かわいそうに」とつぶやく。
しかも繁殖期のメスである。かつての100万頭が1万頭にまで激減しているというのに、これでは本当に絶滅しかねない、と観客に訴えかけるには充分の、見境のない乱獲である。
そして、この毛皮を高い金で買うのが、欧州などの文明国。別に防寒のためでも何でもない、虚栄心を満足させるためなのだ。
でも、本当に下っ端しか捕まらない。そして彼らは、決してトップの名を口にしない。金が介在するしがらみが、ダイレクトにギッチリと絡まっている。バラしたら自分が殺されるってことももちろんあるけど、そうしないと金がもらえない、生きていけないから。
リータイが男気溢れるイイ奴だってことは、彼らだって判ってる。自分が仕えている密猟団のトップは、金で全てを動かすイヤな男だ。自分たちも金で買われてる。気持ちまでも買われてる。
でもそのことに恥や屈辱を感じる前に、生きるための金が貧しい彼らには必要なのだ。だからいくらつかまえても、密猟団に戻ってしまう。
ガイと一緒にトラックの荷台に乗った彼らのうちのひとりがこんなことを言う。「草原が砂漠になり、放牧ができなくなったので、仕方なくこんなことをしている」今は皮はぎのベテランだと自嘲気味につぶやく。
リータイたちはあくまでチベットカモシカを守ること。金のために密猟組織に仕える彼らを救うことは出来ない。
自然はとにかく本当に過酷で、捕まえた密猟者たちにも食料を与えなくてはいけないから、窮状はさらに悪化するんである。
しかもこいつら、逃亡を図りやがるんである。こんな空気の薄いところでのおっかけっこだから、隊員もまた命がけである。
息も絶え絶えになりながら追いかける。そのために肺気腫になってしまい、倒れてしまう。
注射はあるけれど水がない。このまま見捨てるしかないのか……と思った時、捕らえた密猟者の一人の青年が、自分にやらせてくれと申し出た。かつて医者をやったことがあるという。そんな腕があるのに、なぜこんなことをして生きていかなければならないの。
何とか命を取り留めたこの隊員を、しかし医者に見せなければ危ない。リウという隊員に任せることにし、隊長たちは更に密猟団のトップを追って行くことになる。
この過酷な砂漠を戻るリウも命がけなら、先を行く隊長たちにもトラブルが襲う。二手に分かれたトラックの一台がエンストを起こしてしまったのだ。
リウが病院に仲間を預ければ、追加物資を運んで戻ってくる。それを待つようにリータイは指示。
でもそれも、あまりに危険な賭けなのだ。だって、もう季節は冬。雪が降ってしまえば、その凄まじい吹雪で周囲は何も見えなくなってしまう。待っているとは知らない仲間を見つけることは非常に困難だ。
しかもその恐れていたことが現実になる。砂漠の中、待ち続ける二人は吹雪の到来に愕然とする。俺たちは死ぬんだと、絶望に打ちひしがれる……。
リウはその前に……死んでしまっていたの。これは、これだけは見たくなかった。
実はね、その前にリウは恋人と久しぶりに会って、もう久しぶりだから、実に情熱的に一戦交えてるのよ。そんなのこの過酷な物語に必要な描写なのかなと思ってたんだけど……そのすぐ後に彼があまりに悲惨な最期に、しかも唐突に襲われるものだから、あの刹那の再会がただただ哀しく響くばかりなのだ。
流砂。たった一人、誰にも気づかれずに、砂の渦に巻き込まれて、飲まれてしまう。
いくら抜け出そうとあがいてもどんどん沈み込んで、もう胸ぐらいまで来てしまうと彼、観念してうつろな目のまま、天を仰いで飲み込まれてしまうんだもの……見たくない、これは見たくなかった。
だって、悪人を追いつめて戦って死ぬのだってあんまりだと思うのに、こんな、こんなの……でもこれも、厳しい自然の現実なんだ、って判ってはいるけれど……。
そして、その、悪人と対峙した隊長の死も、あまりにキツい。悪人と対峙してもキツい。だってその悪人は戦う気すらさらさらない。隊長が撃たないと知っているから。捕まえると言う隊長に薄笑いを浮かべるばかりなのだ。
しかも、見逃すなら金をやるとか、家を買ってやるとか、なんてことまで口にする。
そんなことで人が買えると思ってる。でも実際、買えるんだ。
密猟団のリーダーのそばには、あのマーをはじめとした、リータイがとらえた下っ端たちが数人いた。
食糧がないため、リータイは彼らを途中で解放した。彼らは過酷な砂漠の中をひたすら歩き、仲間を数人亡くしながらも、またしてもこの悪人の元に戻っていったのだもの。
絶望する。ここにマーの顔があることに、本当に絶望してしまう。
リータイは、自分たちの仲間もたくさん死んだ、とマーに言う。そうすると密猟団のトップは嘲笑を口に浮かべ、「人よりカモシカの命が大事か」
お前が言うな! お前が言う台詞じゃない!!!
そして、リータイは撃たれてしまうのだ。それを目の当たりにし、愕然とするガイ。
しかも、一発で即死させてくれない。地にはいずってガクガクと身体が震えるリータイを引きの画で見せるのは、ちょっとあんまりだよ……あんまりだよ!
そして二発目の銃弾で、リータイの身体は動かなくなる。ガイは隊員ではないということで殺されなかった。そのためにガイのリポートでこの恐るべき現実が世間に知らされることになるんだけど……。
マーが結局、この金づく男の元に戻って隊長を殺させたことは本当にショックなんだけれど、ただ、彼がガイに、この足跡を追ってこいと言ってくれたのがせめてもの救い、かもしれない。
でもまたしても吹雪が舞い踊り、足跡は消された。彼らはひょっとして……今でも暗躍しているんだろうか。
100万頭いたチベットカモシカが1万頭にまで減り、しかしこの悲劇を経て、国家級自然保護区管理局が設立され、5万頭まで回復したという。
という話を聞いても、あの隊長の無念の死を目の当たりにすると、すんなり明るくはとてもなれない。
「今立っているこの場所は、前人未到の地かもしれない」と言った隊員たちの誇りに溢れた笑顔と、ふりそそぐような星空、数少ない幸せな場面を必死に思い出しながら、彼らの冥福を祈らずにはいられない。★★★☆☆
とか言いつつ、正直前半はタイクツしてた。というか、イライラしてた。ヒロイン、たま子のカラフルなヒッピー系のファッションや、そのちょっとハズれたキャラ、そして周囲の人間とその行動も、全て監督の思いつきのように見えちゃったんだもん。
ちょっとシュールな、みたいな感じでポンポン出されてきて、そんな無造作に放り投げられても、全然話が前に進まないじゃん、とか思ってたの。
うーん、それに前半のたま子は、完全にちょっと頭のネジがゆるんだ人か、軽い知的障害みたいにさえ見えるんだもん。こういうのって、ちょっとブレると差別問題に発展するから危険だよ。純粋、を表現するのに安易にそっちにいくと。
面白そう、な思いつきだけでは映画は面白くならないのよ、などと心の中で一人ごちていたのだが。
前半のその無造作が、実は全て後半の世界の広がりに向けての伏線的意味合いを持ってたんだよな。まあそう思ってもやっぱり前半はちょっと面白くないけど。
そんな、風変わりな女の子、として近所で認識されていたたま子が、鉄かぶとを脱ぎ、つまりフツーの女の子になっていくに従ってがぜん面白くなるっていうのは、皮肉なのか、それともこれが案外ネライだったりして。
そうこの鉄かぶと、っていうのがね、たま子を最も風変わりにさせているアイテムなんだけど、あれってなんか深遠な理由があったのかしらん。
家を出て行った、アーティスト崩れのお父ちゃんが作ってくれた鉄かぶと。ただ単にたま子の見た目の面白さのためにかぶせたような感じもあって、結局最後まで判らなかったのがスッキリしなかった。つまり彼女が自分を防御していたということなんだろうとは思ったけど。
それに、あんないつでも長靴はいてたら、むれるよなあ……などと夢のないことをついつい考えてしまう。しかも雨も降ってないのに傘までさして。うー、やっぱりちょっとおつむがアブナイ方向のキャラだよなあ。
そう、近所、なのである。たま子は半径500メートルの外に出たことがない。橋の向こうにはどうしても渡れない。
しかしこれも、どうしてまた?なんかトラウマがあるの?それとも父親が出て行った時、かくれんぼと称してたま子をダンボールに入れ、「この箱の中にいさえすれば安心だよ」と言った台詞に洗脳されてるのかなあ。なんかこのあたりの設定が投げっぱなしのような気がするんだよなあ。
まあ、私がヘリクツこねたがりなだけなんだろうけど……。
その、ごくごく狭いたま子の世界、その中で日進月歩堂の甘食さえ食べていれば幸せだった。毎日クレヨンで甘食を描いては箱に収め、その紙の甘食がふくらむ様を夢想までしてた。しかしその日進月歩堂のご主人が病に倒れたことから、たま子は愛する甘食を食べたい一心で世界を広げていく。
いや、それだけではないんだった。その甘食をはじめとして、たま子の狭い世界に関わる全てが、どんどん彼女から離れていったから。
たま子たち姉弟を、美容院を経営しながら女手ひとつで育ててくれた母親は、アッケラカンとしていながらも、いつまでも自立できないでいるたま子を心配してた。
弟はたま子と違って、とても自立精神に満ちていて、高校を卒業したら手作り弁当の宅配で生計を立てる道をもはや確立しかけており(料理が上手いのだ)、こんなキテレツな姉にも、まるで気にせず友達のように接してくれてた。
家を出たものの、近所で自動車修理とアート活動でノンキな暮らしを送っているお父ちゃんは、多分たま子はこっちの血筋を色濃く受け継いでいるんだろうけど、たま子と本当に気が合って、子供のように一緒に遊んでた。
そしてたま子を見かけるといつも、たま子ラブ!と言って、ラブラブ光線を送ってくれる幼なじみのトラちゃん。
そんな、たま子にとってわずかな、“身近な人間”が、みーんな恋に落ちちゃって、彼女の存在など目にさえ入っていないような状態になる。
たま子はね、自分は甘食さえあれば幸せだと思い込んでて、そんな数少ない、彼女を心配してくれている人たちのことなんか全然気にしてなかったんだよね。でもこの期に及んで気づくのだ。自分がいかに狭い世界で生きてるかってこと。
いや、まだこの時点でたま子はイラつくばかりで気づいていないのかもしれない。「みんな自分のことばっかり考えてる」なんてごちてるし。いや、まず君がそうだったんだよ、って。
でも、その“自分のことばっかり考えてる”彼らの恋の行く先が、ちゃんとその先の将来につながってるんだよね。
母親とトラちゃんは恋に落ちて結婚し、弟は母親の幼なじみ、マーブルに憧れてバスガイドになる。お父ちゃんは恋に落ちたというわけじゃないけど、まあ、アートへの恋が頂点に達した、ってわけで、彼の活動が雑誌に取り上げられたことから舞い上がっちゃって、俺はアートに生きる!とニューヨーク行きを宣言するのだ。
そしてたま子と同じく、いつも部屋の中の、ベッドの下に隠れてたネコまでもいなくなったのは、彼(彼女?)も、ひょっとしたら恋を見つけに外に出て行ったのかなあ。
だから、たま子もラストでは、恋に落ちるのかなと思ってたんだよね、私。
恋に落ちたら良かったのになあ、あそこまで行ったのなら。
たま子が恋に落ちたら良かったのにと思ったのは、彼女が弟子入りしたパン屋さんのオーナーである。
と、そこまで行き着くのはまだ早いってば。そう、たま子は大好きな甘食を求めて、あの橋の向こうを突破し、商店街を走り回っていろんな店の甘食を食べてみるんだけど(ていうか、店先でタダ食い。おいっ。)、どこのも気に入らない。
ところで、こうしてたま子の背中を押してやるのは、恐らく彼女だけに見えている小さな男の子。以前、たま子を道路にあいた大きな落とし穴に落とした子である。
まあ、この男の子の存在もよくわかんなかったけど……(落とし穴、の展開はさらに判んない)ファンタジー味をさらに強調してはいるけど。
まあ、いいや。先進む。でね、どこの甘食も気に入らずに、業を煮やしたたま子、入院中の日進月歩堂の主人のもとに押しかけて、日進月歩堂に以前修行していた、ゲンゾウというパン職人の存在を教えてもらうのだ。
さっそくこのパン屋に突入したたま子、でも彼は今は甘食は作っていないという。しかしたま子のあまりのケンマクに負けて、翌日山盛りの甘食を作ってくれて、それは確かにたま子の求めていた甘食であり、彼女は大感激するんだけど、これ一度きりだと。売らないパンを作る気はないし、教えるヒマもない、とけんもほろろにたま子を追い返すのだ。
でも、たま子はどーしてもあきらめきれない。この甘食がなければ、彼女は生きていけないのだ。
というわけでもないんだけどね。だって実際、甘食がなくても彼女はちゃんと生きているわけだし……意気消沈はしてるけど。
でも彼女は本能的に、ここで諦めたらこれから先の人生、諦めっぱなしになる、と思ったんじゃないのかなあ。
オーナーの帰りの夜道を待ち伏せして、押し倒してボコボコに殴り、馬乗りになってウワーン!とばかりに号泣する。甘食がなきゃ、私生きていけないの、お願いー!!!と。
オーナー、しょうがなくたま子の弟子入りをOKする。つーか、顔青アザだらけで、ほとんどボーリョクに屈したって感じだけど。
このオーナーはどうやら女ギライらしいのね。だから双子のお弟子さんも、店に来たお客さんもビックリするの。オーナーが女を弟子に取るなんて!って。
そうよ、そんな彼が弟子にとったんだもの、二人恋に落ちたらなあ、と考えたのさ(しつこい?)
このパン屋での修行が、たま子に様々な変化をもたらすんである。
そもそも、彼女がまともに社会に出たのは初めてだった。トラちゃんの紹介で配送のバイトをしたこともあったけど、ほとんどお義理で置いてもらっているような状態だったし。能動的に働こうと出て行ったのは初めてだったのだ。
甘食しか食べずにここまで来た(これだけで既にファンタジーだな)たま子は、たっくさんあるパンの種類も当然判らないから足手まとい。双子の弟子たちにそれくらい覚えろよ、とイヤミ言われて、全種類買ってきて、名前のカードと味見をしながら覚えてゆく。
それを見た弟、「……ビックリした。たま子でも甘食以外のもの、食べるんだな」
弟君、バスガイドになる!と目覚めたものの、男のバスガイドなんて前例がない、ってどこからも断わられてちょっとヘコんでて、夢を諦めかけてる。でもたま子、パンだって、こんなに種類があるんだから、どこかあるはずだよ、と声をかける。
恐らく、たま子が初めて発した、姉らしい言葉だったんじゃないのかしらん。
そうだよな!と元気を取り戻した弟、そのパンのひとつに手を出してほおばり、「うめえ!」それに同意したような笑顔で味見を続けるたま子。
甘食だけに、つまり自分の世界だけに閉じこもっていたたま子だけど、甘食を食べたいばかりにパン屋に勤め、そして今は、こうしてトライさえしなかったパンを口にして、美味しいと感じてる。
あ、ちなみに弟君は、「第一号の男バスガイド」を武器に、ほとんどムリヤリ難関を突破、無事バスガイドへの道を歩き始める。……ちなみに弱みを握られて彼を採用せざるを得なくなったコスプレ趣味の上司は永澤俊矢。就職パーティーでは腋毛全開で、サンバカーニバルのカッコで踊りまくる!ヤメテー!
でね、たま子、パン屋にいる間は白い職人さんの制服着てるし、鉄かぶともかぶってないし、フツーにカワイイんだよね。
この鉄かぶとを脱ぐキッカケは、サンドイッチを作っていたたま子が汗だくになっているのを見たオーナーが、「暑いなら、そのおかしな帽子を脱げばいい」と言ったからだった。
たま子、素直に脱ぐんだよね。今までの彼女なら考えられなかったんじゃない?ここに来てから、たま子はごくフツーの、そしてまっすぐに可愛らしい女の子になった。
そして、ついに。
「甘食の作り方を教えてください、お願いします!」そうオーナーに頭を下げるたま子である。
「ついにその時が来たな」そう、オーナーは言ってくれる。
いつもオーナーはたま子のこと、見てくれているんだ。
だから恋に……しつこいって。
双子の弟子に手伝ってもらいながら、そしてオーナーが見つめる中、メモとにらめっこしながら一生懸命甘食に取り組むたま子。
そして、オーブンに入れる。ふっくらと、幸福な焼き色とともに、甘食があのひかえめなふくらみを形作る。それを見つめているたま子の幸せそうな顔といったら!
出来上がった甘食、「私にも焼けました!」うんうんとうなづくオーナー、「先生がいいから」と軽口を叩く双子の弟子たち。たま子は大量の甘食を抱えて、入院中の日進月歩堂のご主人の元にお見舞いにゆく。
口にしたご主人夫妻、「ウマイ!」「おいしいわ、たまちゃん」と喜んでくれて、たま子も鼻高々。日進月歩堂を自分で建て直す妄想の世界に入る。でも、ご主人のこの台詞で現実に引き戻される。「たまちゃんは、自分の甘食を作ることを大事にしなさい」
ご主人、ほどなくして亡くなっちゃうんだよね。でもそのことを、誰も気にしない。落ち込んでいるのはたま子ばかりで、母親とトラちゃんはヒマラヤへの新婚旅行にウッキウキで出かけていくし、夢を叶えた弟は、これまたウッキウキで新人研修に出かけてゆくし。
さら地になってしまった日進月歩堂の前で、呆然と佇むたま子。ただ一人、美容院の常連のオバチャンだけが、そこを通りかかり、たま子に声をかけてくれる。「パンのかけらも残ってやしない。はかないもんだ」
案外、他人の方が気にしてくれているってことなのかなあ。
もう、日進月歩堂の甘食は食べられない。落ち込むたま子だけど、その時ふっと気がつくの。私、焼けるじゃん、パンなら私、焼けるんだ、って。
彼女が落ちたあの穴に向かって、そして彼女がいつも一人登っている高い塔(あれは何?なんか途中で投げ出された足場みたいな)の上で、「桜井たま子はパンが焼けまーす!」と叫ぶのだ。
ついに、真の自立。その充実感に目覚めたたま子。
あの時、たま子をアルバイトに送り出した母親は、自分で稼いだお金で買った甘食の味は格別でしょう、と言ってた。でもその時には、たま子はお義理で雇ってもらってたわけで、自分の手で勝ち取っているという感じじゃなかった。みんな、ハレモノに触るような状態だったんだもん。
でも今は、自分で稼ぐどころか、自分でパンを焼く腕を身につけちゃったんだから!
いつのまにか、たま子の隣に、あの男の子がいる。
「僕、もう帰らなきゃいけないんだ」
この子はつまり、やはりたま子を見守っていた何か、あるいは彼女の中に眠っていた自立心の具現化、とかそーゆーのだったのかなあ。
「私はもう大丈夫だから」そう言って男の子を抱きしめるたま子。男の子はなんだか寂しげで……それはもう自分の助けを必要としてないんだっていう寂しさだったのかな。
そうして、あの落とし穴も閉じられる。
ほおんと、あのパン屋のご主人と恋に落ちたら良かったのになあ。私もたいがいしつこいが。ここまで進歩したたま子に、さらにハイレベルの飛躍を望むのはムリかしらん。
たま子があんなキテレツなキャラだから、周りはフツーの方が際立って良かったかもなあ。
やっぱり、後半に比して、前半が落ちちゃうんだもん。たま子は結局、後半はフツーのカワイイ女の子になっちゃうし(ま、それがいいんだけど)、そうなると周囲のおかしなキャラの中で彼女の存在が逆に立ってくるんだよね。前半も周囲が既にニギヤカなので、あれだけたま子がキテレツでも結構埋没しちゃってたからなあ。
新藤風監督の作品は、これが初見。おおらかなユーモアのセンスを臆せず前面に出すあたりは隔世遺伝かしらね。★★★☆☆