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「ろ」


2006年鑑賞作品

LOFT
2005年 115分 日本 カラー
監督:黒沢清 脚本:黒沢清
撮影:芦澤明子 音楽:ゲイリー芦屋
出演:中谷美紀 豊川悦司 西島秀俊 安達祐実 鈴木砂羽 加藤晴彦 大杉漣


2006/10/5/木 劇場(テアトル新宿)
久々に怖い映画を観た!と言いつつ、どことなく笑っちゃう部分や、不可解な部分はあるんだけど、そういう黒沢監督作品独特のトーンは、この人自体がだいぶ変わった感覚の持ち主だっていうのがようやく判ってきたので、もうあんまり気にならなくなってきている。なんていうかね、怖さにしたって、黒沢監督はそういうことを意図しているというより、フツーに面白がっている感じがするんだもん。
本作で顕著なのは、豊川悦司演じる考古学者、吉岡が、ミイラに向かって「動けるなら最初からそうしろ!」と言うシーン。言うにことかいてなんだそれ!と爆笑!いやいやいや、ここはすんごい怖いシーンのハズなんだってば!でもさあ、黒沢監督は、絶対こういう脱力部分、判っててやってるもん。そういう人なんだよね。
中谷美紀いわく、チームで盛り上がって作り上げるというより、俳優ともスタッフとも、すべてと距離のある監督だという。なんか凄い、納得。
だから彼の作品に関しては、何を言っても的外れになる気がする。違う世界でものを考えている人って感じがするから。

ところで、怖いといっても、その幽霊が安達祐実なのよね、とメンが割れてると、正直なトコ、若干怖さも薄れるのだが。
「リング」や「呪怨」がなぜあれほど怖かったかっていうと、やはりそれが、メンの割れていないバケモンだったからなのよね。安達祐実じゃあ、女優の中でもあまりに一般的に知られすぎているからなあ。
それにしても黒沢作品に出るとは、彼女もガンガンキャリアアップを図っていかなきゃ、という思いなのだろうか。
なんかそーゆー、背水の陣めいた熱演ではある。意外にふくらはぎ太い……。

物語は、新進の女流作家、春名礼子が次の作品が書けなくてスランプに陥っているところから始まる。しかもなんだか体調が悪い。気味の悪い泥を吐いたりする。担当の編集、木島に、引っ越して環境を変えてみたい、と相談する。
この礼子は中谷美紀。黒沢映画久々のヒロイン、って、いつ女性が主人公の黒沢作品があったかしらと思い出せないぐらいイメージはないのだが、ここ数年、見違えるほどに女優っぷりも女っぷりも上がった彼女は満を辞して登板、といった趣。やはり女は30からだわよねー。

そして、この木島には西島秀俊。この時点では作家の気持ちをくんだ気さくな編集といった感じだが、しかしやはり既に不穏な趣はある。実際、後半彼はじりじりとそうした不穏さを増大させた結果、豹変するのだ。
西島秀俊は、こんなブキミな役をやってもステキである。というか、彼には確かにこういう底知れない雰囲気がある。腹の中で何を考えているのか、何を隠しているのか、心の中が読めない、人を寄せつけないミステリアス。だからこそ、素敵なんだけど。
黒沢監督が割と彼を好んで起用してるのは、そういう、自身の作品と共通する部分を感じているからなのかも。

そして引っ越した礼子、古い洋館は木島の言うとおり彼女の好みの物件ではあったけど、一人で住むにはあまりに広すぎる感があり、もうその時点で、そこここに幽霊が潜める場所がいっぱいあるよ!と、見ているこっちは恐れおののくんである。
だだっぴろい草っ原にこの洋館と、窓もすすけた、廃墟のような大きな建物が向かいに建っているだけ。
それだけでもブキミなのに、そこに出入りする一人の男を礼子は目撃する。しかもソイツはシートにくるんだ人の形のようなものを運び込んでいるんである。まさか……死体?
さらに引っ越しの最中、礼子は前の住人の荷物の中から、「愛しい人」とタイトルが掲げられた、原稿用紙の束を見つけるんである。くしくも、場所を変えても相変わらず書けないでいる礼子にとって、あまりに魅力的な素材。
その、全てのものが連関し、恐ろしい因縁となって礼子を襲うのだ。

なーんていっても、最終的に礼子がどの程度まで巻き込まれていたかは不明である。ま、こんなこと解明しようっちゅー方がムダなことなのだが。それこそ監督曰くの、世界には不可解なことがいっぱいある、ということなんだろう。
まず、隣の廃墟は大学の研修施設。そこに出入りしていたのは考古学者の吉岡、彼が抱えていたのは、彼自身の手によってこの近くの沼から引き上げられた、千年前のミイラである。
このミイラは女性で、大量の泥を飲んだことによって死亡したけれど、奇しくも泥の微生物が死体の腐敗を食い止めることによって、ミイラ化して発見された。しかし、最初からそれが目的だったのかもしれない。泥を飲むことによって、永遠の美を、命を得ようとしていたのなら。

そのことを知る前に、泥を吐いてしまう現象に礼子は悩まされていたのだが、そもそもそれは現実のことだったのか。幻想ではなかったのか。
だって直接その呪いを受けていたのは、礼子の前にこの洋館に住んでいた亜矢という女子大生だったんだもん。それとも木島を愛する亜矢が、さらに礼子に呪いをかけたのか。
……とまあ、こんな風に解明していっちゃうとなんだか陳腐になっちゃうから、意味のないことなのかもしれない。言い知れぬ不気味さに身をゆだねていた方がいいのよね、黒沢作品の場合には。

このミドリ沼のミイラ、というのが数十年前、既に発見されていたらしい、というのが更に不気味さをそそるんである。
「教育映画社」に残されている古いフィルムは、そのミイラをじっと観察している。
フィルムの中では何も起こらない。でもなぜそんなに長い間、ただただ観察しているのか。いやこれは、監視だ。ミイラがいつか動き出すと思って、見ているに違いないのだ!
そう考えれば、このミイラが再び沼に沈められた理由も判る。そしてその記録が封印されたことも判る!
と、解釈されるわけではないんだけど……だからこそ、この放り出されるように提示されるフィルムが最高に不気味なんである。

一方で、木島の様子がだんだんおかしくなってくる。
礼子の住む洋館は郊外でかなり離れたところにあるのに、何かというと木島は訪れてくる。礼子が怖い思いをしている時に心強く感じることもあるんだけれど、それにしても毎回「カギが開いてたんだよ」としれっと言う。
さすがに礼子もおかしいと感じ始める。それにしても悪びれなさ過ぎる。いつかバレるに決まってるのに。
「何が目的なんですか」「おいおい、勘違いするなよ。原稿の進み具合を確かめに来ただけだよ。賞をとっても、その後が続かなくて、消えていった作家を何人も見てる。俺は君をそんな風にしたくないんだよ」
確かに彼は、彼女を異性として狙っていたんじゃないのかもしれない。亜矢に対してだって、彼女の才能に目をつけただけで、それがモノにならないと知るとアッサリ捨てたんだもの。 モノにならなかったのは多分、亜矢が彼にのぼせあがったからだったに違いないのに。
そう、ここは木島がかつて亜矢を住まわせていた場所だった。「才能はあったんだけど、芽が出なかった。そういう話、いくらでもあるだろ」

一方で吉岡には、礼子の方から接触を図っていた。まるで魅入られるように研修施設に忍び込んで、くるまれているシートをはずして、ミイラを見てしまう。「何をしているんだ」吉岡に叱責されて、必死に逃げ出す礼子。
もうそれで共犯関係が出来てしまい、施設に学生が来るという事態になると、吉岡は礼子にこのミイラを預かってくれるよう頼んだりするんである。
「あなたなら預かってくれると思ったんです」ある意味、弱みをグサリと突き刺す言葉だけど……だって、ミイラと同じ部屋で寝るなんてイヤだよ……。
礼子が目を離すと、視線の隅に、ミイラにかけてある布が床にずり落ちているのが見える。これが再三繰り返される。これがもう、すっごい気味悪い!
不思議と、後にミイラが動き出す描写より、ずっと不気味なのよね。ま、あれは「最初から動け」っつー台詞でギャグにしちゃってるしなあ。

そんなミイラを背にしながら、礼子はずっと手元に置いたままにしてあった、あの原稿用紙を傍らに置いてタイピングしだすのだ。
「あなたが千年の間捨てられなかったものを、私は捨てる」そう言って。
千年の間捨てられなかったもの、って何を指しているんだろう。プライドだと言うのは簡単だけど、何かもっと、複雑なものが込められているように思う。
意地とか、自己愛とか、まあ全てプライドに通じることなんだけど……もしそれが人間を形作ってきたものなんだとすれば、礼子のその行為こそがミイラの、というより千年の思いを目覚めさせてしまったようにも思う。
それにしても、この原稿を木島が読めば、自分のことだとすぐに判ったろうに、彼はそれを受け取っても何も言わなかった。読んだのかどうかさえ定かではなかったけど……「傑作に決まってるから」とすぐに印刷にかけてしまう。
あるいはそれをネタにゆすろうと思ったのか。この男の考えはどうも読めなくて怖い。

このあたりから、ミイラになった女性と亜矢と礼子、そしてそのミイラに強い執着心を持っていた吉岡との間で何かが、起きてくる。
吉岡は以前から、亜矢の影を見ていた。彼が彼女のことを知っていたのかというのを、それが示される時点では観客は判らないから、吉岡が怯えているのが単に幽霊を見てしまったってことだけだと思ってた。しかし車の中にミイラを座らせてそれががたん、と傾く方がよほどコワイんですけど……。
吉岡は亜矢のことを知っていた。もっと言えば、木島のことも。木島が亜矢と諍いを起こして首を締めたところを見てしまった。

彼女を助けようと洋館に侵入した吉岡の目の前で、死んだと思った亜矢は目を覚ました。いや、あるいは死んだ亜矢がこの時、千年の呪いで別の命を得たのかもしれない。
まるで、とりつかれたように、吉岡に迫る亜矢。私を救いに来たの?どうやって私を救ってくれるの?そして、「一緒に地獄へ行こう」
恐怖にかられた吉岡は、彼女の首を締めてしまう。元のように、そこに横たわる亜矢。
そこに道具を携えて戻ってきた木島は、何も気づかずに亜矢をシートにくるみ、その死体を運んで行った。
まるで、あのミイラのように。
吉岡は、亜矢が埋められるのもじっと見守っていた。そして……そこから彼の記憶はアイマイになる。

礼子の前にとぎれとぎれに現われる亜矢の幻影も、この時の場面が元になっている。
隣の部屋からのぞいている、横たわった亜矢の足。恐る恐る部屋を覗き込んでみると、いきなり目の前に亜矢が立っている!
その描写が再三、繰り返される。しつこいくらいに。いや、何かを訴えるように。
吉岡が、どうしてもそこからの記憶を取り戻せないのを、思い出させようとしているかのように。
なぜ、吉岡はあの沼からミイラを引き上げたのか。何の確信があって突如そんな行動に出たのか。
沼に張り出された桟橋は、いつも不気味な霧に覆われている……。

そして、木島が指名手配される。行方不明になっている女子大生に関わっているという容疑で。言うまでもなく、亜矢のことだ。
木島は礼子の元にやってくる。秘密を知る彼女を殺そうとする。まるで普段のように、あの笑みのままに。こんな時でも相変わらずステキなもんだから、やはり西島秀俊は底知れない。

木島が捕らえられ、秘密を知る吉岡と礼子が取り残された。このあたりから、吉岡と礼子の信頼関係が恋愛感情となって、急にメロドラマチックになってくるもんだから、観客のこっちは、なんだなんだ!?と戸惑っちまうんである。
見えない記憶と亜矢の影に怯える吉岡に、「私がついてる」「あなたのためなら何もかも捨てる」「永遠に離れない」とか、急にトーンが変わるんだもん。そんな昼メロみたいな台詞、今までのトーンじゃ絶対、出てこないじゃない!
彼らが恐怖をぬぐおうとして、お互い運命の相手、ってな方向に持っていこうとしているのかな、というのも感じられるんだけど、とにかく可笑しくて。
それは破られるために用意されているというのもあるんだろうな。つまり、最後に訪れる恐怖とのギャップである。

吉岡が見たという、木島が亜矢を埋めている場所を掘り返してみる二人。何も出てこない。運命に勝ったのよ!と昼メロチックに盛り上がる二人だが、吉岡の記憶はさらに続いていく。ここから彼女を掘り出した。そして沼へと行ったんだ……ついに、ミイラとつながってゆく。
怯える吉岡を急きたてて、沼に垂らされた滑車を引き上げさせる礼子。しかし何も出てこない。今度こそ運命に勝った!と喜び合う二人。だけどさ……。
そもそもなんでこんなものがここに用意されてるの?
その矛盾に気づく間もなく、カラカラと滑車がまた引き上げられたその先には、びっしょりと濡れた、目を見開いた、黒衣の女の死体。恐怖のあまり腰が引けて、水中に転落する吉岡。滴る死体を背に、呆然の礼子。そして、暗転。
なんという、極めつけのラストだ……。

それにしてもさあ、全くもう、豊川悦司はスタイル良すぎだよなー。
考古学者にこんな完璧な体形の人がいるのか?(凄い偏見。いるかもしれんじゃないの)
埋められた場所にふっとしゃがみこむだけで、その長過ぎる足を折りたたんだ風情が、キマりすぎだっちゅーの。
この人もどこか不思議な雰囲気を持っている人だけど、やはり西島秀俊にはかなわないから、本作ではマトモに呪いに呑まれる方に回ってる。

西島秀俊といえば、彼が最初に黒沢作品に起用された「ニンゲン合格」を観た時、それまで黒沢作品は数作しか観てなかったけど、彼の作品に共通するものは、喪失感なのかな、と思った。って、私、書き残してた(サイト開設前)。出会ったばかりの黒沢映画と格闘していた頃。メモ程度にしか残していなかったそれまでと違って、悩みながら長い文章を書き始めたキッカケのひとつの作品だった。
黒沢監督はちょっとほかと違うんだから、と思ってる今はあまり悩まずに観てしまうんだけど、でも黒沢作品を判りやすい言葉で自分の中で解読するならば、やはりそれが当てはまるように思う。

本作も、千年もの間受け入れてくれる相手のいなかった喪失感。しかも40年前に引き上げられているのに、またしても捨てられてしまった女の喪失感。永遠の美を得るはずが、そう望む魂だけが残ってしまって肉体がカスカスになった彼女を、喪失感という言葉でしか表現できない。
千年の間待っていた彼女は、具体的にどんな男を待っていたんだろうか。永遠の美を得た自分を受け入れてくれる男はつまり、自分と同じ時を生きなければいけないという矛盾に死んでから気づいたのなら、虚しすぎる。★★★☆☆


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