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「み」


2006年鑑賞作品

Mr.&Mrs.スミスMr. and Mrs. Smith
2005年 118分 アメリカ カラー
監督:ダグ・リーマン 脚本:サイモン・キンバーグ
撮影:ボジョン・バゼッリ 音楽:ジョン・パウエル
出演:ブラッド・ピット/アンジェリーナ・ジョリー/アダム・ブロディ/ケリー・ワシントン/ヴィンス・ヴォーン


2006/2/9/木 劇場(有楽町スバル座)
この二人がホンモノのカップルになっちゃったらしい、ってことで観に行った、私のよーな不貞なヤカラもきっといるだろうな。ホントは、ビリー・ボブ・ソーントンとの方がシブくて良かったけどね。ブラッド・ピットとじゃ、あまりにカンペキにスター同士すぎてつまんない。
なんか久しぶりにザ・ハリウッド!って映画を観て、かなりスッキリ。いやー、なんかホント久しぶり。久しぶりに観るからいいのよね、きっと。ハリウッドならお手の物の画面いっぱい爆発シーンとかで素直に驚いちゃうし(笑)。

ま、観ようと思ったのはやはり、アンジェリーナ・ジョリーの存在が大きいかなあ……あの唇には惹かれる。
今更ながら、「トゥームレイダー」観ときゃよかったかなあ……などとちょっと後悔したりして。うーん。でもあれ、予告編の段階からもう完璧すぎて、なんかそれだけで観たような気になっちゃうっていうか、それこそ「ザ・ハリウッド」過ぎて腰が引けてたのかもしれない。
それだけ完璧なキャラなんだよね、彼女って。
今更ながら、アンジェリーナ・ジョリーが名を売ったのが社会派アート系で、オスカー取ってから世に出てきたというのがちょっと信じられないよなー。近年稀に見るザ・ハリウッド・ヒロインだもん。カッコよすぎ。セクシーすぎ。美人すぎ。
うーん、美人、よね。不思議と?だって唇だけ見てるとキモチワルイのに(いやこれが好きなのよ、もちろん)、これがこのパーツと組み合わさると、なんでこうもまた、ヤバイぐらいのパーフェクトになっちゃうんだろう。
アンバランスが、パーフェクトを引き出す不思議だよなあ。

さて、お話はというと、南米、ボゴタで運命的な出会いをした男と女が結婚し、5、6年もたった頃、お互いの正体がバレる。二人はともに腕利きの殺し屋さんだったというわけで。しかも敵対する組織に所属するライヴァル同士。
ある場面で同じ標的を狙って鉢合わせしてしまうのね。この世界では正体がバレたらその相手を48時間以内に始末しなきゃいけない掟。かくして二人はプライドをかけて愛した相手を殺すため、壮絶な戦いに突入ーっ。

というメインは実に単純なんだけど、これじゃハッピーエンドは望めないわけで、ひとひねりしてるわけ。そう、ほんのひとひねりに過ぎないんだけど、私、久々にハリウッドアクション見たからさあ……。
つまりね、実はナニナニ、実はコレコレ、というのが明かされるたびに、え?ちょっと待って、ということはあれはこれで……と頭の中で反芻しているうちに、もう銃の撃ち合いバンバンになるんで、え、ちょっと待って、納得させてからにしてー!と焦るわけ。普段ゆっくりな映画ばっかり観てるとこうなる(笑)。
一番のオチである、実は最初から双方の組織が手を組んで、二人を消そうとして、同じホシを狙わせ、殺し合いをさせようとした、っていうトコが、特にね(またしても早々にオチを言ってしもうたが……)。
でもなあ、双方ライヴァル組織だから、それぞれに夫婦者がいたら何かと困るっていうことだけど(そういうことだったような。もう展開早くて判らん)、そんな理由で手を組めるんなら、もっと方法があったような気がする……どちらかがどちらかを相当の報酬で引き取るとかさ。

そんなことで悩んでても仕方ないんで次行こっと。
ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー、一応両主演の形をとってはいるけど、彼、完全に彼女に食われまくってるよね。ブラッド・ピットさー、筋肉なのかもしれないけど、なんか随分とこんもりと見える体形になってるよ。下手すりゃ中年腹に見えるし!
私が彼女に目を奪われているからばかりではないと思う。劇中、彼は何度も仲間のエディに、完全に尻に敷かれてるな、と揶揄されてるし(そーゆーアンタもママと同居のマザコンの匂いがプンプン)、殺した経験も、彼は60人足らずなのに、彼女は312人も殺してるってゆーんだから。

殺し屋としての性質も対照的で、彼、ジョン・スミスは直感で動くタイプであり、彼女、ジェーンはもともとは情報収集のスパイが本職で、緻密な計算の下でしか動かない。つまりもう最初から、お互い了解してチームを組む立場になってしまえば、彼女が彼に指示して動かす、っていう図式になっちまうわけで。
しかも彼女の所属する、高性能オフィスの、女だらけの殺し屋組織がまたカッコイイんだ。彼が通ってるトコは、建設業者に見せかけて世間の目を欺くためなんだろうけど、ぼろっちい事務室って感じなのとこれまた対照的。
でも、一応、ね。彼も男としてのプライドがあるから、人質の前で恥をかかせるな、とかボソッと言ったりするんだけど、彼がコワモテで迫っても全然陥落しない人質に、離れて見守っていた彼女がスッと立ち上がって電話機でガーン!と一発顔面ぶん殴っちまえば、アッサリ白状するわけで、もはやあのブラッド・ピットがこの女王様の前では完全にコメディリリーフの下僕になっているのが可哀想なような可笑しいような。

そう、女王様、なのよね!まんまそんなファッションの彼女も出てくんの。まだお互いに正体バレてない時、それぞれの仕事の様子を見せたりするんだけど、もうこの時点から完全にアンジェリーナ・ジョリーがスバラシすぎるんだもんなあ。
SMクラブみたいなとこで、長いコートを脱ぎ捨てると、そのボンテージファッションはまさに女王様っ、似合いすぎ!黒革がピカピカの、アミタイツの、ガーターベルトの、ミニワンピースの、あああ、もう完璧、鼻血出そー!
しかも、押しつぶされた巨乳(こんなにスレンダーなのに)が腕を動かす度に柔らかそうに上下し、ミニの裾からチラリと見えるハミ尻に卒倒しそうになるぐらい興奮!美脚がまた、お前はバービー人形かってなぐらい、恐ろしく長い!
そりゃあ、こんな彼女にならムチでピシピシやられたいわ。でも標的であるそのヘンタイ男はかるーく叩かれるだけで、うーん、せっかくこんな完璧なファッションなら、もっと本格的なSM見たかった……ってそれじゃ違う映画になっちゃう(笑)。

あ、でも考えてみたら、ブラッド・ピットがその役目を完全に負ってるんだわね。だって、お互いの正体がバレ、掟どおりに相手を殺そうと……彼の方には終始躊躇があるんだけど、彼女はもうまったくそれがないからさあ。彼女に轢かれるわ、撃たれるわ、刺されるわ、まあ気の毒のなんの。
まあそれは後においとこう。二人が同じ現場でハチ合わせし、標的を逃がしてしまい、あいつはダレなんだ、と双方ともに探ると、なんとお互いの伴侶だってことが判る。んで、彼が彼女のオフィスに電話をかけるでしょ。彼女は多分、番号は教えてなかったんだろう、そりゃそうだよな……で、バレたと判った彼女は、しかし何事もなかったかのように、そう、いつものように7時に夕食、と彼に伝える。
その日の夕食の攻防戦ときたらサイコーだよなー。どれかに毒が入っているんじゃないかと彼は差し出されたマティーニを植木に捨て、彼女の目から自分の目を離さずに、料理のサーブを受け、ワインを注ぎ……。ふとワインのボトルを落としてみる、と、彼女はテーブルの下で床に落ちる寸前で止める、なんてこと素人が出来るワケがない!
もうそれでバレバレ、彼女は取り乱したように車で出て行ってしまう。さー、ここからが史上最高の夫婦喧嘩がはじまるわけだ。

彼女は言うように、彼と結婚した目的自体が、自分の身分を上手く隠せるってことだったのかな、やっぱり。結構躊躇なく彼を攻撃するもんね。
躊躇があったのはエレベーターに爆弾しかけた時だけで……あの時、彼女は口では威勢良く脅しながら、本当はもうひとつの選択肢、街から出て行ってくれればいいと思ってたんじゃないのかな。
でも彼女のサヨナラ、に部下が反応して爆弾スイッチを押してしまったもんだから動揺した彼女、外に飛び出して彼の安否を確かめようとする……実はそこは彼もプロ、隣りのエレベーターから自分の映像を飛ばしてただけなんだけど!(これまた、一瞬、え?どういうこと?と悩んでしまった私はバカだなー)
彼を殺してしまったと思い込み、涙を流してレストランに一人座る彼女に近づいてくる彼。この時だけだな、彼の方がカチョイーと思ったの。

でもこの時点から、彼女はより本気モードになる。もう逃がそうとか考えず、本気で彼と対峙する。ダンスを踊った隙に服に爆弾仕掛けたり。でもそれは、本当に運命の相手かどうか、命を預けていいのかどうか、確かめるつもりだったのかもな、とも思う。

彼女の結婚の目的がそんな風に計算づくであったとしても、仕方ないよなー、彼は彼女に最初から負けてるもん。
お互いのウソをひとつひとつ明かしてゆくと、お互い見事にウソだらけだけど、ウソの数、というかウソのパーフェクトっぷりは彼女の方が数段上。確かに彼女は自分を偽装するために彼と結婚するのが得策だと思った部分はあったんだろう。今は彼を愛していても。
最初から彼女にゾッコンだった彼の方が、やっぱり最初から負けてるんだよね。
メキシコのバーに入って来た時、まず彼はひと目で恋に落ちたに違いない。彼女の方はこの危機を乗り越えるためにまず利用する部分が合ったように思う。二人の表情にそんな微妙な違いがあったような。
その時二人は白一色のおそろいだった。運命的。胸元をしどけなく開けた彼女には、そりゃあ、男なら、いや女でも!?目線を吸い寄せられるに違いない。

しっかしこれは最高レベルの夫婦ゲンカだわよね。銃撃戦が終わると家中ぶっ壊す勢いでリアルファイトになるでしょ。これが激しくなればなるほど、ケンカじゃなくて二人の愛し合う姿、つまりセックスに見えてしまうのは私だけかしらん。あー私、頭おかしいわ、もう。
だってさあ、馬乗りになったり、駅弁スタイルになったりするじゃん(やっぱりどーかしてるかな、私……)。
しかもこのリアルファイトで、そう、ホントにリアルファイト、一歩間違えれば絶対どっちか死ぬっていうマジモードだったのに、お互い目を合わすと、結局二人とも相手を撃てなくて、彼女なんかウルウルになっちゃって、そのままなだれこんでヤッちゃうもなー。
で、銃声やら騒音やらガンガン聞こえてきたのを心配して通報した隣人がドアを開けると、二人ともすっかりしどけないカッコで幸せそうに笑みを浮かべて出てきて、ホンバンやった後なんですヨ、ってな具合なんだもん。もおー。

仲直りしたあと、お互い白の下着姿で朝からイチャイチャする。白一色、は出会った時のことを思い出させる。なーんて甘い空気も一瞬で、二人を狙う殺し屋の群れが早速襲ってくるもんだから、その後しばらくそのカッコで銃撃戦を繰り広げたりするのよ。
でさ、ブラッド・ピット、白のTシャツにトランクスなんて、カッコ悪すぎ……しかもそれにブーツ履いたら可笑しすぎ。もちろんそれはネライで、一方のアンジェリーナ・ジョリーが、胸元を開けた白いワイシャツに下は多分Vラインがぐいっと入ったセクシーショーツだろーなーと思わせるカッコで、さんまさんが喜びそうな(笑)、それにブーツを合わせるとこれがまたセクシーショーッット!鼻血吹きそう……。

しかしさー、彼女、このスタイルだから、マニッシュなカッコも似合うのよねー。つーのはその次のシーンでありクライマックス、逃げ込んだ大型スーパーのマネキンの服を失敬して着替えたパンツスーツに黄色いサングラスの彼女のカッコいいこと!
黄色のサングラスは彼もおそろいなのに、彼女のカッコ良さにばかり目を見張ってしまうわあ。
しかもこのシーンでは二人の上下関係がまた如実に出るのが面白いトコで。売り場のナイフを的確に敵にブン投げる彼女、しかし一度だけ手元が狂って彼の太ももにグサッ!「ゴメン」と唇を動かす彼女に、顔をゆがめて「後で話し合おう」と言う彼には笑った!
そうそう、それと、エレベーターを使ってフロアを移動するんだけどさ、凄い戦闘モードの後エレベーターに戻ると、やけにノンキに「イパネマの娘」がかかっちゃって、二人ともビミョーに無言なのにも爆笑。この名曲が素晴らしいコメディリリーフになってしまうとは!

お互い逃亡手段はあるけれど、ここで逃げてしまえば一生、逃げ続けなければいけない。ならば勝ちに行こう、と。心の中ではそれが無謀だと百も承知だけど、「楽勝よ」と笑みを浮かべてガシャリ、と銃を装填するアンジェリーナ・ジョリー、カッコ良すぎ!
二人そろって敵の銃弾雨あられの中、二丁拳銃で飛び出していくシーンは、どー見たって「俺たちに明日はない」のラストだわよねー。でも死なないけど。あれがハッピーエンドになるとこうなる!という。
そういやあ、この時点では二人ともまだ本当のオチを知らないのだった。この場を見事切り抜けて、二人が助かる唯一の道、あの時取り逃がした標的をこの手に取り戻すこと、を彼女の情報収集とリードで、彼が潜入し、見事やってのける。でもそのつかまえた青年、二人に殺しあいさせるための、最初からおとりだったことを先述のように彼女に電話機でブン殴られて白状するのね。

そういやあさ、この青年も若いし、次から次へと標的や殺し屋にワカモンが出てくる度に、二人とも言うでしょ。「坊やね」とか、「若造ばかりだ」とかさ。これって、世代交代も手伝って、腕利きの二人があっさり用済みと判断される皮肉を物語ってるよね。でも、こんな風に、実際はどんな若造も二人にはかなわないのに。
しかもこのおとりとなったワカゾー、「これで数人殺せば管理職だ」って!そりゃ二人がムカついて殴り倒すのも仕方ないよなっ。

で、二人、勝っちゃうんだもん。もうこれで何人殺したやら。これで勝ちを手にするってことは、つまりは全員皆殺し?ひえー。
ホントなら、こんなバンバン人を撃ち殺す映画って、なんだなーと思ったりすることもあるんだけど、こういうザ・ハリウッド映画だと、どんなに殺しても、数を誇っても気にならない。ちゃんとエンタメだっていう前提で作ってる意識がシッカリしてるからだよね。死のリアルを売りにしないのが、重要なんだな。
男と女の犯罪逃避行とゆーと「ゲッタウェイ」も思い出したりする。でもそれを考えても、女は時代を経てどんどん強くなってくのね。
そういやもうひとつ思い出した映画が。二人並んでソファに座って、誰かに話を聞いてもらってる。秘密を知る前と、知ってから。ヒミツってワケじゃないけど、その形態が「恋人たちの予感」がそんな感じだったような。あー、懐かしいわー。★★★☆☆


水の花
2005年 92分 日本 カラー
監督:木下雄介 脚本:木下雄介
撮影:丸池納 音楽:
出演:寺島咲 小野ひまわり 津田寛治 田中哲司 黒沢あすか

2006/8/25/金 劇場(渋谷ユーロスペース)
どんどん若い才能が出てくるのにはもう驚かなくなった、と思っていたのに、これにはさすがにキイー!となる。
もー、なんかムカつく!81年生まれってなんだよー!こういうことにショックを受ける年でもないんだけど、老成しすぎだよ!もっと若々しい作品を撮れよ!などと理不尽に身悶えてしまう。だって、それほどまでに見えちゃってるんだもん、コイツには。

半分だけ血のつながった妹への、複雑な思い。惹句に用いられているように、殺意だけを感じるほど単純じゃない。いやそもそも、妹のはずなのに、妹と呼ぶことも出来ない。
この悩める少女を演じるのは、寺島咲。ほおんとに、大林監督は少女女優発見の天才である。「理由」のあのコ。「母のいる場所」?そんな映画知らん!(爆)「のど自慢」を見なかったのは不覚だったなあ。
この寺島咲という少女の、空気をそのまま自分のものにしてしまう力はただならぬものがある。そもそもこの作品のその画面の空気の力、それを保たせる演者の力への配分が相当重く、しかもその最も多くが、この美奈子を演じる彼女にかかっているんだもの。

そう、このカットを長く切る語り口は、最初はね、あーなんかPFFが好きそうな雰囲気だなー、暗い私小説って感じで、なんて思いつつ見てたのよ。なんか最初から玄人じみててヤダな、ぐらいの思いで。
でも、シーンごと、カットごとのその長さが、自己満足の長さのように思えそうになるんだけど、違うのだ。全てを見終わってみると完璧に計算されているんだもん。参ったとしか言いようがないじゃない。
人の心っていうのは、監督の主観でのカッティングじゃ描けない、これだけ、じっとガマンして見つめなければいけないんだというのを、この“玄人じみた”監督はカッチリ提示してくるんだもの。

静かに、するりと始まる。どこかぎこちない父子家庭の風景。お父さんの作ったお弁当を気まずげにバス停で受け取る、中学生の美奈子。
バスの中でも、他の通学生に遠慮してなのか、会話もない。でも降りる時には小さく手を振る。思春期の照れくささというより、この親子に何か、どうしようもない気まずげな要素があることが、この場面だけで判ってしまう。
お昼休みだろう、女の子たちはバレーボールの円陣パスに興じている。あさっての方向へ飛んでいったボールを、リフティングして蹴り上げる一人の男子。
「サイテー」と女の子たちは言い捨てて、元の位置に戻る。美奈子だけは、戻らない。幼なじみの彼をじっと真正面から見据えている。
知らないフリを決め込んでいる彼女たちだけど、美奈子の事情をうすうす知っているから、心配してるのがまたイイんだよね。オマセな季節の女の子たち。

しかし一方、幼なじみの男の子は甘酸っぱいけど、美奈子の気持ちまで汲んでいたとは思えない。まだまだ女の子の気持ちが判んない男の子の季節だから。
美奈子は彼に階段の踊り場に呼び出される。前の場面からの流れといい、ここまでは、全編を包む柔らかな光が、かろうじて甘酸っぱさの意味を含んでいた。でもそこで彼の口にした言葉は、予想とは違っていた。
「お前のお母さん、見た」
固まる美奈子。ややあって彼女は返す。
「もう、関係ないから」

自分たちを捨てた母親が、この街に戻ってきていた。他の男との子供を作って、家を出て行った、決して許せない母親。もう何年も経つのに、この父子家庭にも慣れた筈なのに、どこかぎこちなかったのは、ぬぐいきれないこの母親への思いだった。
お父さんも、知ってた。「何も変わらないよ」と言うけれど、変わらない筈はない。実際、動揺したお父さん、飲めない酒に溺れて、元妻と錯覚して娘を押し倒した。
この場面は、あまりにキッツイ。だって娘、中学生だよ!ザ・多感な時期にこれはキツすぎる……。
美奈子の怒りは母親が出て行ったあの時から、母親のお腹の中にいた妹である優に向けられていた。

なんだよね、本当のところは。美奈子は口では、母親のことこそを許せないと言ってた。異父姉妹になる妹のことは一言も言わなかった。
実際、母親に怒りを向けることこそが正当だ。でも結局、美奈子は母親のこと、恋しく思えど怒りを感じてはいなかったんじゃないの。でも自分でもそれはおかしいと、理不尽だと感じていたから口ではそう言っていたけど。
そして多分、お父さんの方もその思いは同じ。
娘が許せないと言うから、それが判るから、自分が元妻を擁護する言葉なんて言えやしない。多分……今でも未練タップリなのに。

一方の、この幼い妹の優である。まだ小学校1、2年生程度と思われる。母親が街に戻ってきたのは、結局この男とも別れたからだった。母子家庭となり、慣れない水商売(と思われる)に就く母親。
女が手っ取り早く金を稼げる仕事であるのは判るけど、でも、それってなんだかズルい。
彼女は一時、化粧の手を止めて、優が帰ってくるのを待っている。そして優が部屋に入ってくると、改めて白粉をはたきはじめる。
つまり、こうして生きていくしかないんだと。女はそうするしかないんだと、見せつけるのだ。
そして優に、使い古しの口紅を引いてやる。母娘らしい、いいシーンのように見えるけど、そこでも同じ価値観を娘に植えつけているだけなのだ。
この口紅のシーンは、後に異父姉妹である美奈子にも引き継がれる。そこに優は母親を見たのだろう……。そして、同じ母親によって、二人は同じ哀しい運命を辿るのだ。

優は後ろ姿で、母親を責めた。
「バレエは続けさせてくれるって言ったのに!ガマンしてるよ!パパともお友達とも別れたのも!」
こんな幼い女の子に言わせる台詞じゃないよ……。
優の言葉は、いつもどこか大人びている。多分だけど、この母親が優の父親である新しい男と別れるに至るまで、そうそう平穏な時間はなかったんだろうと思われるし。
だってこんなに幼いし、物心ついた時にはもう、両親の仲は上手くいってなかったってことでしょ?

そしてある日、街を一人で歩いているのを美奈子が目を止めた。
いつ、美奈子はこの子が優だと認識したんだろう。
だって調べなきゃわかんないじゃない。街中で、ふと通り過ぎただけで、判るなんて。
そして、ゲームセンターで一緒に遊んだ。優は家に帰りたくないと言う。美奈子は海の見える家を知っているから行かないか、と誘った。今は空き家のまま放って置かれている祖父母の家、深夜バスと列車を乗り継いで、二人は旅に出た。

「妹に、殺意を抱いた」
と、惹句は一場面に絞った。海についた二人、埠頭で海を眺めてしゃがみこむ優に、音もなく近寄り、立ち止まり、……しかしそのまま身を離してきびすを返す美奈子。
ドキッとはしたけど、彼女が最初から最後まで優に対して殺意を抱いていたとは思えない。でもこの旅に誘ったのは、やっぱりそういう気持ちがあったのかな、とも思い、それはちょっとゾクッとくるんだけど。
でも、妹なんだもの。たった一人の。そして、同じ辛さを抱えているただ一人の同志であることに、美奈子は多分、ここで初めて気づくんである。
でもそれを、優とは共有することが出来ない。優は美奈子の最初の気持ちを見透かしたように、最後まで美奈子を姉としても、同志としても見ることはない。
哀しいけど、でもそれは、優を憎んでいた、今までの美奈子とまるで同じなのだ。

美奈子は優が自分の妹だって、ただ一人、気持ちを共有できる妹だって、だんだんと思うようになるのが、伝わってくるんだよね。
孤独な人形遊びはかつての自分をほうふつとさせるし、かくれんぼや、花火や、波打ち際でのたわいのない戯れが、幼い遊びだけど、美奈子は妹とそうして遊んでいるのが本当に楽しく思っているのが判るんだもん。
友達との相対とは明らかに違う。友達にはそこまで心を開いていないし、多分自分より幸せな立場の友達には、本当には判ってもらえない。
誰より憎むべき存在、でも唯一自分の気持ちを理解できる立場の存在。
なんて凄いアンビバレンツなんだろ。

海の見える家。小さな頃遊んだ人形。可愛がってくれた祖父母が買い与えてくれたんだろう、ちょっと豪華なドールハウス。きっとその頃は、疑いもなく幸せだったのに。
「海、見たことないの」「海の見える家があるんだ」「連れてってくれるの」そう言って、優が美奈子にすぐになついたのは、やはり血をどこかで感じたからなのかもしれないと思う。美奈子の正体を知るまでは、優もまた美奈子を姉のように慕っていた。

でも、美奈子はまだ中学生。優よりはずっと大人でも、まだ自分だけで生きていく力なんてないのだ。逃げていく先も今はいない祖父母の家。血の中でしかまだ生きられない。お金を引き出すのも、庇護のもとのキャッシュカード。
汽車の切符を買う時、「大人一枚、子供一枚」と言った美奈子に、優は「美奈ちゃんは、大人なの?」と言った。
憎たらしいぐらい、ドンピシャに示唆している台詞。
大人じゃないのに、ムリヤリ大人にならなきゃいけない。そうしないと、傷つくから。でもムリヤリ大人にさせる本当の大人の方が、自分を処すことのできない大人未満なくせに。
そしてここでは、美奈子は優に対してはちゃんとした大人にならなければいけないのだ。
だって目の前にいるのは、かつての自分だから。不完全な大人によって傷つけられた子供の自分だから。
でも美奈子もまだ子供なのだ。まだどうしようもないのだ。

美奈子と優は、時間の止まったようなこの田舎町で、日がな一日ただただ遊んだ。
いくらでも隠れるところがありそうな古い家で、かくれんぼをした。目隠しして100まで数えて。隠れる場所を探して開けた押し入れの中に隠されたアルバム、ここには出てこないおじいちゃん、おばあちゃんの、子供や孫を不憫に思う気持ちが感じられる。
そのアルバムをめくって見てしまう優。

「ここに映ってるの、優のママだよね。どうして?」
かくれんぼのはずが、自分から美奈子の前に出てきた優は、問いただす。こんな幼い子がする行動じゃない。それだけ、彼女は平穏な生活から遠ざけられていたのだ。だから、このアルバムの意味を理解してしまうほどの術を身につけてしまったのだ。
美奈子は答える。「優ちゃんが生まれる前、私のお母さんだったの」
こんな言い方って、ない。だって二人は、姉妹なのに。
美奈子が、自分から母親を引き離す原因になった優を、殺したいほど許せなかったのは判る。妊娠したことで母親は出て行ったから、余計に。この少女時代はあまりに潔癖だもの。
でも、今は確かに、妹として優を愛しているに違いないのに。でも目の前にいるのは、優を憎んでいたかつての自分なのだ。
「美奈ちゃんは本当は私のことがキライなの?」という優に、何も言えないなんて……。

一方、かつて夫婦であった美奈子の父親と優の母親は、互いの子供が行方不明になったことで、警察署で再会するんである。
「送っていこうか」「仕事場に断わりに行くから……」そして彼女はかつての夫に、ハスッパなカッコをした自分を自嘲するように言うんである。「似合わないでしょ」
これはホント、女のズルさだよね。だって、自業自得だよ。全てがね。わざわざこんな、落ちた女の憐れみを言う必要ない。別れた夫であるあんたにも、なにがしかの責任があるんだとでも言いたいみたいじゃない。
そしてそれに、子供は巻き込まれる。
でもこの子供二人とも女の子、いずれ女になる。母親を反面教師にしなければ、いつか同じ愚行を繰り返すかもしれない。

でも、なんだかんだ言って、やっぱり母親にはちょっと同情してしまう。
この母親、別れた二番目の夫から、今回の事態を心配して、こんなこと言われちゃうのだもの。
「俺のところで優を育てた方がいいと思う。両親もいるし、経済的にも安定してるし」
男は当然のように、そんなことを言いやがるのだ。そんなこと言うぐらいなら、養育費をたんまりくれりゃいいのだ!だってそうじゃない。あんたのために、夫と娘を捨てたのに。また娘を引き離して、彼女を孤独にさらすつもりなの。

でも、それはあくまで大人の気持ちや立場を前提とした考え方であるってのも、判ってる。子供が幸せになる最善の方法を考えるべきであって、大人が孤独になるからどうとか言うのは、間違ってるのは判ってる。でも。
例え自業自得でも、二度も娘から引き離されるのはツラすぎる。娘から、である。単に子供から、でないところが何気に重要なんである。母親にとって、幼くても同じ女である娘に側にいてもらう重要性は、計り知れないのだ。

美奈子の、優に対して次第に変わっていった気持ちだって、それと似てるって思うもの。
最後には、美奈子は優を、妹として家族として、愛していた。絶対。
そう思ったからこそ、美奈子はかつての母親に電話をした。でもこの経過を前提にした、思いがけない言葉を提示されてしまった。
「優は、父親に預けることにしたの。やっぱり私には子供を育てられないみたい」
「そんなこと言わないでよ!」
あんまりだよ、あんまりだよ。これで二人は、同じ立場になってしまった。二人とも、母親に捨てられた。
もうこうなったら、美奈子は優を憎むことなんて出来ない。愛することしか出来ない。だから美奈子は、優の気持ちが判るから、助けてあげたいと思って、そのことを告げたのに。

優は、まだ、かつての美奈子だった。
「美奈ちゃんと違って、私は(母親に)嫌われてないもん!」 それはあまりにキツい台詞だけど、でも優もまた、現実にさらされてしまうのだ。
全てが判ってしまったから、美奈子は優から拒絶されるのが辛い。
まるで、誰もいないところに忍び込んだかのような、カラオケ屋で、ミラーボールのゆっくりとした無意味な光にさらされる二人のロングショット、胸が痛くて。
寝入ってしまう優、頭を膝に乗せて何気なく髪の毛を整えてやる美奈子。それだけで気持ちが判ってしまう。妹なんだもの。愛しいんだもの。
でも優は、かつての自分のように、母親を自分から取り上げる存在である“姉妹”である美奈子に、拒絶反応を示しているのだ。
自分が憎んでいたはずなのに、今は向こうから憎まれてる。
憎んでる相手なら、憎まれてもいいはずなのに、愛してしまったから、心が痛いのだ。

優はバレエ、美奈子はピアノを習ってた。お互い、こんな家庭の事情で今は続けていない。
雨の中、優は美奈子のピアノに乗せて踊る。美奈子はそんな妹の無邪気な舞を見て、泣き崩れる。
「どうして泣いてるの?」
「判んないよ」
ここで美奈子は確かにその理由は判らないだろうけど、見ている観客にはあまりに判っちゃって、ずんときちゃうのだ。

優は、美奈子から別れて、一人駅で保護された。
美奈子は海岸沿いを歩いている。ずっとずっと、歩いている。このたまらなく深く重いドリーショット!
タイトルの意味が、ラストのラストで判る。ドリーショットの果てに、美奈子はふと立ち止まる。足元の水たまりに顔を映す。そしてカットが切り替わり、口元に手を添えた彼女、その唇には、華のような口紅の色。
少女がムリヤリ大人にならなきゃいけない痛ましさ。ひどく生々しくて、心臓がズキンと痛む。
この横移動のロングショット。あの水たまりの位置を確認してのシーンなんだよね、もちろん。くうー、この玄人過ぎの新人!憎たらしいー!

こんな若い男ナンゾに少女と女の、大人になる痛みが判りやがるのが、悔しくてたまらん!★★★★☆


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