home!

「り」


2008年鑑賞作品

Little DJ/小さな恋の物語
2007年 128分 日本 カラー
監督:永田琴 脚本:三浦有為子 永田琴
撮影: 音楽:佐藤直紀
出演:神木隆之介 福田麻由子 広末涼子 佐藤重幸 村川絵梨 松重豊 光石研 賀来賢人 小林克也 西田尚美 石黒賢 原田芳雄


2008/1/10/木 劇場(シネスイッチ銀座)
この監督さん、デビュー作観逃がしてしまったのよね。それをちょっと後悔しながら二作目で初見。本当はこの作品で去年を締めくくりたかったのだけれど、後半急速にバテてしまって失速。しかし楽しみにしていた一本。
それはやはり、今まで“函館映画”にはハズレがないこともあるし、何たって胸を焦がした名作「小さな恋のメロディ」(マーク・レスターではなく、ジャック・ワイルドに焦がれた!)をほうふつとさせるようなサブタイトルだし、そして美しくはかない美少年、神木君の主演作であったからである。
いやまあ、結果的にはボロ泣きだったんだけど。絶対、泣きポイントを仕掛けてるよな、って部分にものの見事に足突っ込んでボロボロ泣いてたんだけど、でも泣いてる一方でなんか、頭のどっかであーあ……という思いはちょっと……あったかもしれない。

その一番の理由は、うう、福田麻由子ちゃんである。うーむ、映画でも何作かで観てるけどあんまり印象ないし、めったに観ないドラマでちらりちらりと見たぐらいだったのだが、んで結構重用されているみたいだし、彼女もまた名子役なのかなと思っていたのだが……ど、どうなのだろう、これは。
あのね、この作品は確かに神木君が主役ではあるんだけど、一方でこの女の子、たまきの回想録でもあるんだよね。
冒頭とラストで現在(より少し昔になるのかもしれない)のたまきが登場する。彼女が従事するラジオ局のディレクターという仕事は、中学生の頃出会った、ひょっとしたら初恋だったかもしれない男の子からの影響である。
だけど彼女の担当する深夜のつまらないヤッツケ状態の番組には、まったくリクエストが来なくて、スタッフがニセのリクエストを書いていた。「何やってんだろ」とつぶやく彼女は、この仕事にどうしてもつきたかった記憶を手繰り寄せる。
ラストには彼の仏前に手を合わせ、彼が結局投函することができなかったラジオ番組へのリクエストハガキを発見して涙し、失いかけていた仕事への情熱を、また彼によって取り戻すことになる。つまり大きな部分では彼女の視点での物語とも言える。

でもね、麻由子ちゃん、なんかひたすらにっこり笑ってるだけなんだもん……。
もちろんそれは、彼女に恋してしまった神木君演じる太郎の目に映る、まぶしい女の子としての姿なんだろうとは思う。そういう意図での監督の演出もあるんだろうと思う。
でもねでもね、彼が死の間際、決死の告白をした場面でさえ彼女はニコニコと笑いながら、嬉しい、私も太郎君大好きよ、と彼の唇にキスをするのは……これ以上ないクライマックスの筈なのだが、な、なんか、え?そんなにカンタンなの?もうちょっと照れや戸惑い、驚きやいとおしさといった表情はないの?と、思っちゃう。なんか思いっきり一本線、彼からそう言われることを予期していたようにニッコリ笑って嬉しいよって、そりゃないだろ……。
しかもここからは防護のためのマスク外しっぱなし。彼がその夜容態が急変したのは……などとありえないツッコミもしたくなる。
まあ、神木君が最初から最後まで、そうした一本線から絶妙に踏み外しながらの表情を見せてくれていたから、余計に麻由子ちゃんの終始べったりニッコリ笑顔が気になっちゃったんだろうけれど。

そうなの、神木君はね、やっぱり素晴らしい。役者さんってどんなにベテランになっても、完成されていない部分を残していなければ、魅力的ではないように思う。それは意図的にそうしていたり無意識だったりするのかもしれないけれど、定まらない何かがある役者さんが好き。ラインは決まっててそこから大きく外れて転落することはないけれども、常に絶妙に踏み外していく振り幅が絶対に必要だと思うんだよね。
本作の麻由子ちゃんはね……思いっきり太線の一本線なんだよなあ……。彼女の振る舞いからは、太郎を好きだっただなんて思いが、なんか感じられないのだ。友達として好きだったというんなら判るけど、この年頃の、胸が苦しくなるほどの恋を考えたら、彼女はあまりに単純すぎる。常に笑顔をとでも言われたのか、やたらニコニコして歯ぐき出っ放しなのも気になるしさあ……。

で、そう、これは太郎が院内放送のDJをすることにより、彼自身や周囲の人たちまでをも元気に、勇気づけていく、というのが物語のメインになっているわけよね。子供の頃はかなりのラジオっ子、しかもFM大好きだった私としては、大いにそそられる内容なんである。
しかもあの小林克也御大を伝説の名DJに持ってきて、小さな恋の記憶と大人とをつむぐなんて、なんとも粋。

太郎のかかった病は白血病。うーむ、悲恋映画、難病映画の王道過ぎるほどの王道である。実話が元になっているとはいえ、舞台は70年代だし、なんたって小さな恋の物語だし、多分にノスタルジック、ファンタジック、癒されチックな思いは否めない。実際、彼のお昼の院内放送が、病気やそれに伴う家族間のギクシャクでクサクサしていた患者たち、更には医者や看護婦さんたちをまで幸せな気持ちにさせるのだし。

太郎はもともと、ラジオが大好きな少年だった。でもなぜか父親の前ではそれを見せなかった。このあたりは明示はされないけど、父親はどっかマッチョな考えを持つあの時代のオヤジだから、ラジオや野球実況のモノマネなんかに興じている姿を見せたら、怒られると思ったのかもしれない。
そういえば鼻血を出して倒れたことも、父親にバレるのをひどく恐れていた。ひょっとしてひょっとしたら、野球も父親の印象が良くなるようにやっていたのかもしれない。だって入院後はそれほど野球をすることに対しては、執着していないんだもの。

その病院は、母親の妹が看護婦として勤めている。お昼に1回クラシックが流れる。曜日ごとに違う曲が流れてくるスピーカーの線を、ある日太郎は辿っていってみる。すると病院の外の大きなお屋敷にたどり着き、そこには学校の放送室なんかよりはるかにりっぱな設備と、膨大な数のレコードがあった。
胸を躍らせた太郎は、大好きなラジオ番組「ミュージック・エキスプレス」のマネをしてマイクに語りかけてみた。そこにぬっと現われたのがこの病院のオーナーであり、今は息子に任せて半隠居のようになっている大センセイ(原田芳雄)。彼は太郎に「最高の治療」として院内放送のDJをやらせてくれることになる。そこからタイクツと不安に満ちていた太郎の入院生活は一変した。
しかしあれだけバッチリな放送施設と膨大なレコードがあるのに、なぜ今まで同じルーティンでクラシックだけをかけていたのだろーか……。

実際、入院生活というのは、私も一度だけ、3ヶ月ほど体験したことがあるのだけれど、ひどくたいくつなもんだよね。私の場合、全然深刻な入院じゃなかったから余計にタイクツで、ひたすらマンガを読み、お菓子をバリバリ食べてたら、人生で一番太ってしまった(爆)。
たまきはいわば、そうした側の患者なんだよね。最初彼女は太郎が「ミイラ人間だ!」とビックリするほど体中を包帯でぐるぐる巻きにして、片方の目だけをぎょろりとさせて登場した。インパクトは絶大。
でも結局はそうした外傷だけで、傷が治ってくると普通のカワイイ、ひとつ年上の女の子として彼の前に現われる。いつもニコニコして、ドギマギする彼に臆することなく寄ってきた。時には深夜、一緒にラジオを聞くために彼のベッドにもぐりこむなんて大胆なことさえする。「太郎君の放送が始まって、入院生活が楽しくなったんだよ」と笑顔で言う彼女に、彼は本当に心ときめいたし、そのことで自分の放送が患者たちに思わぬ影響を与えていることを知ることともなる。

でもやっぱりたまきだけは、この病院の中で唯一深刻さのない患者なんである。傷が完治すればアッケラカンと退院し、太郎の病気のことだって、その時点ではどれだけ判っていたのか。
太郎と仲良くなったクラッチというあだなの男の子は、入院している弟を見舞いにきていたけれど、弟が退院する時、窓から見送る太郎を何度も何度も振り返っていた。別に明示される訳ではなかったけれど、ひょっとしたらクラッチの弟は重い病気で、ここから出るということが必ずしも喜ばしいことではないこと、そして太郎もまたそうなんじゃないかということを判っていたんじゃないかとも思うのだ……。

そう、ここを出るということは、必ずしも病気が完治して退院、という訳ではないことを、太郎は知ることとなる。 入院生活は、DJをしたこともあるけれど、それがなくても決してイヤな思い出ばかりではなかった。病院の皆で王選手のホームラン新記録達成に盛り上がったりもしたし、子供たちとも仲良くなった。でも……。
一番初めにリクエストをくれた結城さんは、そのリクエスト曲をかけた放送を知ることなく“退院”した。つまり、この世を去った。 結城さんを演じるのは、最近ことに私の心を切なくかきむしる光石研。何の病気なのか、腹部が大きく膨らんだ彼が太郎にリクエストした時、もう本当にせっぱ詰まった感じで先が長くないことが知れた。

結城さんの息子、周平との邂逅が、この映画の中でも白眉の印象的なシーン。
仕事に忙しくてちょっと倣岸なところがある太郎の父親は、あの時代にはありがちな存在だったのかもしれない。こんなイナカの病院で何が判るのか、とか、太郎の秘密のノートを気軽に覗いてヘーキな顔をしていたりとか、女子供にはガマンならない言動をするような父親だった。
でもこの父親も、息子の発症と、その入院生活で初めて自分の生きがいを見つけ出す息子の姿を見るにつけて、変わっていく。

父親が秘密ノートを見てしまったことで、太郎が大激怒。何とか機嫌を直してもらいたいと、クイーンのレコードを買ってきた父親に素直になれない彼は、レコードを床に叩きつけてしまう。
その時見舞いに来ていた周平はサングラスをとってゆっくりレコードを拾い上げ、丁寧にケースに収める。「そんな風にレコードを扱っちゃだめだ。キズがついたら音が悪くなる。「愛が全て」俺も好きな曲だ。クイーンのレコードを買ってきてくれるなんて、いいお父さんじゃないか」
この時、太郎のお父さんよりたまらない顔をしていたのは、当の結城さんだった。
後に明らかになることだけれども、周平もこの時の太郎のように、レコードを買ってきてくれた父親に素直になれなかった。クイーンのレコードなんて欲しくない、そう言って、父親を困らせ、黙らせてしまった。そのことを後悔している、と。本当は嬉しかったのに、素直になれなかった、と。

素直になれなければ後悔する、そう教えてくれた人はもう一人いる。入院費を踏み倒して姿を消してしまった捨次さん。演じるは松重豊。光石研と松重豊、滋味溢れるバイプレーヤーであり、どこかコミカルな部分を持つ二人が、それぞれの持ち味を存分に発揮して、少年に影響を与える大人を演じ分けているのが、見ていてたまらなく楽しい。
松重豊はコワモテなのにどっかヌケたコミカルさがある魅力が、近年非常に印象を残してきていて、ここでも一筋縄ではいかない、牢名主的な患者がピカイチ。
しかも彼のラストシーンが、黒部ダム跡と思しき荒野で、渋くタバコをくゆらせているというんだもの(笑)。

捨次さんが太郎に伝授したのは、好きな女には好きだと言っておくべきだということ。男は好きになった女を生涯忘れられないように出来ているんだと、昔話を語りだす。
捨次さんが恋した女郎の話は切なく、どんなに彼がしたたかに無銭入院を繰り返しているとしても、なんだか許せちゃうのは……彼が基本ロマンチストであることがこうして明かになるせいだと思われる。だからこそズルいんだけどさ(笑)。

太郎を見舞いに来たたまきに持ちかけて、二人は病院を抜け出す。太郎は彼女に思いを伝えたくて手紙を書いた。とても自分の口からは言えそうになかったから。一緒に映画館に行く。初めてのデート。
たまきが好きな「ラストコンサート」という映画は、白血病にかかった女の子が、その残り少ない時間を恋に燃やす物語。
やはりこの時点でたまきは、太郎が何か重大な病気にかかっているとは感じながらも、まさかその白血病であるとは知らなかったと思われる。そりゃそうだ、彼にだって両親や医者は隠していたんだから。知ってて誘ってたらそんな無神経なこともないし。
という展開が、アホみたいに(ゴメン)再見の映画を涙しながら見る彼女に、ちょっとなあ……という気持ちを抱かせるんである。

この映画を観ても、太郎の方は泣いていない。そりゃそうである。彼こそがその病気にかかり、この映画の中の少女のように死に行く運命にあることを、賢い彼はカルテを盗み見して察していたのだから。泣くなんて余裕がある訳も無い。
ただ太郎は、捨次さんから言われたことが頭にこびりついていた。好きだと言わなければ後悔する。それは勿論、もうすぐ自分が死んでしまうからに他ならない。
そして、もうすぐ自分が死んでしまうから、両親、特に父親には、レコードを買ってきてくれて嬉しかったこと、素直になれなかったことを伝えたい。

二人で抜け出した秘密のデート、思いを伝えられずに雨が振ってきて、一緒に雨宿りをし、朝を迎える。北斗七星のすぐそばで光る星を見つけたら、願いごとを言おうと待っていた。それはそれは切なく美しいシーン……なのだろうな。
でもさでもさあ、雨を避けて太郎のコートに二人寄り添うシーン、長いし、引きのまんまだし、たまきのリアクション全然ないし、もの凄く間延びする思いで見ちゃったのは私だけかなあ?せっかくの不安やときめきが失われてしまう。
それにあんな寒々しい状態でそのまま寝ちゃって、朝を迎えるなんてありえない。そして太郎は倒れて救急車で搬送される。心配して探し回っていた母親は、呆然と付き添ってきたたまきを平手で殴る。まあそうだろうな、普通は……。

父親はこの時、太郎のコートのポケットからたまきに渡せなかった手紙を発見する。あの時太郎にあれほど怒られたのに、またしても手紙を見てしまう(爆)。
雨でにじんでいる。たまきへの思い。太郎が自分の死を察していることをハッキリと示していて、父親は号泣。母親は隣で疲れきって眠りこけていた。
手紙はもう一通、ずっと後にたまきに発見されるリクエストハガキもあるわけだし、そこでも当然、たまきは涙を流すわけだし、なんかちょっとクドいよね。キーになる手紙は一通でいい。二通は多すぎ。
しかもその手紙でお父さんが泣くのも判りやすすぎるし、横で妻が疲れきってまるで気づかずに船をこいでいるのも、ちょっとネライすぎの構図かなあ。

正直ね、太郎が院内放送のDJをして、それに病院全体が活気付く描写を、あんな点景みたいな感じじゃなくて、もっとずっぽりと魅せて欲しかった気持ちはあるのね。
確かにとても、楽しげではある。フィンガーファイブに合わせて廊下で腰をフリフリ踊りだす二人のナース、若先生のゲストトークにナースステーションは大盛り上がり、たまきをゲストに迎えた時は、太郎の気持ちを察している大センセイがハートマークやらなんやら、からかい気味のカンペを出して彼を困らせたり。しかしそーいう時も麻由子ちゃんはただただニッコリなだけなんだもんね……。

で、この物語のメインであるハズの太郎のDJに沸き立つ描写っていうのは、そんなもんで終わってしまうんだよね……。彼の病状が悪化して放送どころではなくなってしまい、それを皆が残念に思っていると口では言っても、それほどピンとこない。
患者は勿論、医者や看護婦にも心を開かなかったおばあちゃん患者のタエが、誰よりも放送の再開を心待ちにしていた。その思いが通じて最後の放送が実現したシーンは恐らく最も大事な場面だと思うんだけど、そうした“伏線”が、深かったらなあ……と思ってしまうんである。

大センセイの屋敷の“放送局”に行けるような状態ではない太郎のために、父親が買ってきてくれた二日早い誕生日プレゼント。それは、当時は最先端の、今の目から見れば懐かしいアンティークなラジカセ。結果的には最後になってしまった放送を吹き込む太郎。
いや、彼は、これが最後になってしまうことを判っていた。判っていたから、いつも一緒にいてくれた母親に「キレイな母さんが自慢だった」と言い、素直になれなかった父親に「ありがとう」と言ったのだもの。
そして、結局は途中でストップボタンを押してしまったけれど、たまきへの告白も、ラジカセに向かってだった。
この時録音ボタンを押していたのに、告白の直前に結局ストップを押して告白したのが、惜しかったなあとか、じゃあなんで最初録音しながら言ったのか、意味ない伏線じゃんと思ったりもしたんだけどさ。ああ、私ってなんて無粋。

ラスト、大人になったたまきは、それまでなあなあでやっていた深夜帯で一念発起、伝説の番組「ミュージック・エキスプレス」を復活させようと決意する。もちろんそれは、太郎が投函することが出来なかったあのハガキを見つけたから。
太郎憧れのDJ、尾崎誠に声をかけると、彼はこんな若い人が自分のラジオを聴いてくれていたのか、と喜ぶ。生放送にこだわり、リスナーとのコミュニケーションを大事にしたいと言う彼に、大きくうなづくたまき。「死にもの狂いでリクエスト集めますから」と誓い、一人の自己満足もみんなの自己満足になれば、それはもう自己満足じゃない、と笑いあう。
そして太郎が最後にかけることが出来なかったたまきのリクエスト、「年下の男の子」が流れ出す。ラストエンディングに突入して、涙……。
の筈なのだが、ちょっと待て。「年下の男の子」だけにしてくれれば、最後まで泣けたのになー。なんでフェイドアウトしちゃうのだ。ああもう。

今こうして聴くと、やはりシュガーベイブは凄い。
でもって、オクラホマはバッチリだったのに、あきんこねえさん、見つけられなかった……。★★★☆☆


りゃんこの弥太郎
1955年 94分 日本 モノクロ
監督:マキノ雅弘 脚本:八木保太郎 毛利三四郎
撮影:岩佐一泉 音楽:鈴木静一
出演:小泉博 河津清三郎 藤間紫 千秋実 森健二 玉島愛造 忍美智子 水原真知子 小泉澄子 城実穂 路マサ子 江畑絢子 春海テル 石黒達也 山室耕 本郷秀雄 清水元 沢井三郎 田中春男 国友和歌子 永田光男

2008/3/14/金  東京国立近代美術館フィルムセンター(マキノ雅広監督特集)
頼みにしているgoo映画のあらすじが、ラストあたりどーにも違うような気がする、というか、絶対違う!ので困惑する。ええー、だっておとしと直造親子はそのまま逃がして終わりだったじゃん!弥太郎が太吉に化けるとか、太吉が人質でおとしと引き換えなんて、そんなシーンなかったでしょ!うーむ、なぜデータベースでこんなことが起こるのだろう……。

と、困惑しつつも、そんな自分の記憶に自信が持てないあたりが、ほんとダメダメな私(爆)。でもさ、やっぱり面白かったからさあ!自信のない記憶でも頑張って残しておきたいわけ!
これは私の大好きな「昭和残侠伝」なんかに通じるであろう、ヤクザ者二人のバディムービーの先輩格で、日本のお家芸、もう既に素晴らしい完成形を見せている。
水際立ったハンサムの弥太郎と、お世辞にもイイ男とは言えないのに自分がモテ男だと言い張る自信過剰男の桂馬の政とのコンビは、爆笑必至の可笑しさ。このあたりは、アメリカンコメディのバディムービーにも劣らないものがあるよなあ!彼らもそうだし、コメディリリーフである盲目二人のコンビもそうなんだけど、二人寄ると楽しげに歌いだすちょっとしたミュージカルっぽい楽しさも、彼らの軽さにいい按配を与えてる。

だってまず二人の出会いがね、政のイカサマくじを弥太郎が見抜くところから始まってね、一両もの掛け金を払う余裕などない政は弥太郎に決闘しかかるんだけど、これが二人とも真剣にやる気があるのかないのか、もう最初っから笑わせムードの掛け合い漫才でさあ。
勿論これは、クライマックス、二人が本当の腕前を披露する段にあたっての軽いジャブとも言えるんだけど。ひとこと言っちゃあ、おっとどっこいみたいな感じで軽く刃を合わせて、エイッと必殺技をキメたかと思いきや、相手はお互い上手く交わし、「おかしいなあ、死んでない」「おかしいなあ、斬れない」と言い合うナンセンスが可笑しくてたまらない。お前ら、ホントにやる気あんのかよ!みたいな。
で、もうカットが変わると二人はすっかり意気投合してるの。まあ始終、自分の方がモテる、いやオレの方がと言い合ってはいるんだけどね(笑)。

ところでこのタイトルロールである弥太郎を演じる小泉博、どこかで遭遇してはいるんだろうけれど、主演作を観るのはおそらく初めて。でもオープニングのタイトルクレジットでは河津氏の方が先に名前が来ていたからあれれと思ったけど、やはり東宝からのゲストということで製作会社のスターの方が先に名前が来るのかしらん。ま、先にといっても縦に三人並列で並んでいるとも言えるけどさ。

で、あら、こんな美青年を私、今まで見逃していたのかしらん、と思ったのであった。ま、確かにコンビとなる政を演じる河津氏の暑苦しさの側に立てば、ちょっと整ってるだけですんごく美しく見えそうだけど(失礼!)それにしても美しい。
政の「あの子はオレに気があるのよ」という根拠のない自信過剰はイコール笑いをもたらすけれど、弥太郎が同じような台詞を言うと、まあそうだろうなあと思っちまうのが逆にイヤミというか?
いやいやいや、その辺を、この政がうまーく緩和しているのよね。それに政自身が弥太郎の男にホレこんで、彼とおはるをくっつけようとするのだし。

あ、おはるというのは、この地で二人が巻き込まれる騒動の中心人物。全体にコメディの雰囲気が漂っているとはいえ、ストーリー自体は結構シリアス。それに、ちょっとユニークというか、個性的な設定なんだよね。
二人がいる地は絹の名産地桐生と、その桐生に追いつけ追い越せと台頭している足利の、中継地点とも言うべき川股。折りしも機織り娘の年季の切り替え時で、有能な娘を引き抜こうと、双方の斡旋屋がやっきになっている。
桐生側は機織り娘たちを一から教え込んでこれまでに育て上げたのに、腕を身につけた娘たちがそれまでのコストも考えず、高い金を出す足利側に流れるのを苦々しく思っている。
一方の足利側は、そうした義理で縛られている娘たちにその能力に見合った給金を出して彼女たちを救い出し、桐生を追い抜かんと躍起である。

一応、桐生側が悪として描かれてはいるけれど、どちらの言い分も判るんだよね。
ただ、弥太郎がおはるに言う、「今まで育ててきた義理があるからと言ったって、使えなくなると思えば放り出すし、おはるさんがお嫁に行って子供を生んで、また戻ってきても、それだけで給金を下げられてしまうんだ。そんなものなんだ。だから足利に義理立てする必要なんてないんだよ」という言葉は、まさに今の世も、男女平等の法律が出来たのもつい最近、それが出来てさえ、この弥太郎の台詞がまんま当てはまるというのが、コワい。
その昔から、そして今でも、だから女は腕に職を身につけ、そしてしたたかにならなければならない。
でもこんな風にそれを手助けしてくれる優しくて強い男が、今の世の中にいるのかしらって話!

おはるは機織り娘たちから慕われていて、彼女の決心が多くの腕のある娘たちの意向をも左右するもんだから、足利側は陰険な脅しまでも使って彼女を牽制するのね。彼らからすれば「今までの恩も忘れてつけあがりやがって」といったところなんだろう。
でも、おはるはそんなことは考えていない。あくまで仲間たちに迷惑がかからないように、彼女たちがいい方向に向かうようにと、一度は自分を犠牲に考えることもある優しい娘。そして美しい娘。
そんなおはるに弥太郎はひと目惚れするんだけど、自分みたいなヤクザ者におはるさんと一緒になる資格はねえ、と尻込みするのね。

そしてもうひとつ、これはこうした心優しきヤクザ者VS悪徳斡旋業者によくある図式、いわゆるお約束モノも盛り込まれている。この地に新しく機織り娘として奉公を希望してきたおとしと直造親子がいるんだけど、もう15になったおとしは、直造の希望する十両の契約でとってくれる業者が見つからずに、足利側の斡旋業、木戸屋の宿に駐留していた。
で、木戸屋ってのは斡旋業のウラで女衒めいたワルイこともしているもんだから、このおとしを女郎として売り飛ばそうとするわけ。どうやら年老いた父親、直造が字が読めないのをいいことに画策したみたいなんだけど、それを示唆する場面はなかったから、契約書に父親がサインした時、あれっと思ったんだけどね……。

で、その宿には足利側と契約を交わしているおはるたち機織り娘と一緒に、弥太郎と政も逗留しているんである。弥太郎達はこの直造親子と相部屋で、弥太郎がノンビリ風呂に入っている間に、政は足利から来たワルイ男がおはるたちを探りに来たんだと見張ってると、おとしの方に行ったもんで……まあとりあえず、って感じで、彼の懐から契約書を掏っちまう。
この手際が鮮やかでさあ、鮮やかなだけに、彼が恐らくそうやって世の中渡ってきたんだろうと思うと、何だか笑っちゃうわけ。だって彼の目の前を、ほい、ほい、とニ三度ジャマしただけで、政の懐にまんまとこの契約書が入ってるんだもん!

入浴中の弥太郎に、何のんびり風呂に浸かってやがんだ、と政は契約書を見せ、なんとかこの親子を救ってやろうと考える。
どうしても十両が必要なんだという直造、そのせっぱつまった理由が判らないのがちょっと歯がゆい気もするんだけど……とにかく、女衒をやっていることなど認められるわけもない木戸屋にそれを突きつければ、前金としてもらった五両はそのままに契約はチャラに出来るはず。
そしてあと五両だ……と、弥太郎と政の有り金でやっと三両、そして足利との契約を結んだばかりの機織り娘たちにおはるが、私に二両貸してくれないかい、と呼びかけて(あ、この時点でおはるはまだ足利との契約を結んでないのね)、無事残り五両が集まり、親子は感謝の涙を流して何度も頭を下げながら、皆に見送られて、宿屋を去ったのであった。

で、問題はその女郎の契約を破棄することと、おはるの問題である。おはるは、弥太郎と共に木戸屋に行って、自ら話をつけるという。彼女だって黙って逃げてしまえばいいのに、おはるは仲間たちに類が及ぶことを何より恐れる心優しい娘なんである。
その間に、盲目香具師二人組のごぜ松、ごぜ竹に頼んで、香具師仲間たちを集め、祭りの喧騒にまぎれさせて機織り娘たちを無事足利まで送り届ける算段をつけるのね。

そうそう、この物語の流れだとなかなか言及するトコがないんだけど、このごぜ松、ごぜ竹のコンビはほんっと、素晴らしいの。もういちいち笑わせてくれる。目の見えない二人だけど、そんなハンディキャップを感じさせない、というか、それをこっちがたじろぐぐらいしたたかに利用してくるのが、実に頼もしいんだよなあ!
彼らを見つけて声をかける人たちを、即座に察知する。それは声を覚えていると言うのはそうなんだけど、新しい、藍の絣の上物を身につけているなんてことも判っちゃう。「藍の匂いがプンプンしてるよ!」という訳なんである。でもこの時点で、ホントに見えてないのー?と思わせるようなしたたかさを感じさせもしたんだけどね。

で、機織り娘の動向を探りに木戸屋から遣わされた小間物屋を、玄関口で引きとめる。「契約金をもらってれば、小間物を景気よく買うから」、それで契約を交わしたかどうかを探ろうとする算段を見抜いたんである。
「目が見えなくても、触ればいいものかどうか判るんだから」と、勝手に荷物をあけて触りまくり、「皆まだ契約してないから、買わない。私たちなら、いくらでも買う。来年払いでね」(オイ!)と。
ついでにどんどん袖口に放り込み(爆笑!)、挙げ句の果てには、「木戸屋からお小遣いをもらって偵察に来てるのは判ってるのよ!」と、荷物ともども放り出す。勿論、その前には懐にバカバカ商品を放り込んでいる。うっ、ちょっとカワイソウかも……。

彼らより先に政たちに接触する、毒消しの後にガマの油売りに転向し、ざんばら髪にいさましいハチマキとたすき姿でガマの油売りの口上を披露する、政言うところの「オレに惚れてる」(驚くべきことに、それは本当らしい!)勇ましい娘を演じる藤間紫もいるんだけど、この盲目コンビの素晴らしき軽みにはかなわなかったかなあ。

で、木戸屋につく直前におはるを説得して引き返させた弥太郎、しかしその前に、ヤクザの女房になってみる気がしてきた、みたいなニュアンスのことを言われ、二人は気持ちを確かめ合うのね。そういうアイマイな言い方でお互いの思いを探り探りで確認しあうトコが、昔の映画のおくゆかしく、そしてドキドキするとこなんだよなあ!でもアプローチは結構積極的で、なんたって出会って数日で一緒になることまで決意するんだから、結構やりやがる、ってなもんなんだけどね!
で、木戸屋に乗り込んだ弥太郎は女衒の契約を無効にさせ、そして足利に向かうおはるたちを追っ手から守るべく、急いで辞する。その前にも二人で一曲朗々と披露するあたりが、ノンビリしてていいのだッ。

盆踊りの喧騒に紛れて足利に向かう機織り娘と香具師仲間たち。このあたりは同じマキノ作品で今回出会った「次郎長三国志」をほうふつとさせる。
追っ手とのチャンバラもあるんだけど、それは拍子抜けするほどあっさりと終わり、というか、強引にカットアウトされて、一行が落ち合う弥太郎と政を待っている川岸である。

なかなか来ない二人にじれる一行。ようやく姿を見せた二人だけど、何だか剣呑な雰囲気、おはると弥太郎がすぐに一緒になるかどうかでモメているんである。
クライマックスで見せた鬼気迫る剣はどこへやら、二人は冒頭のへっぽこやりあいに戻ってる。
どうしてもすぐに一緒になるべきと主張する政と、ヤクザ者の自分はおはるさんと一緒にはなれない、一年離れてキッチリ堅気になって戻ってくる、と主張する弥太郎。おはるも勇気を振り絞って、弥太郎さんが好きです、と声を絞る。その言葉に揺れそうになる弥太郎。

で、これは冒頭、弥太郎が行き先を決めるためにしたことなんだけど、笠を放って、運命を決めるというのね。放り投げた笠が表なら、すぐにおはるさんと一緒になる。裏なら、一年旅に出て、堅気になってからおはるさんと一緒になる。
表が出ますように、と願う弥太郎。おいおい、もうその時点でその気持ち決まってんじゃん!なんかそれがおかしくってさ、おはるも、表が出ますようにと手をあわせ、他の皆も一様に願う。
でも、というか、当然、というか、出た目は裏。バディームービーなら当然の幕切れよね。荷物を頭に載せて、さらし姿で川を渡っていく弥太郎と政、政はこの一年の後見人を自ら引き受けたんであった。
可笑しくも切ない幕切れだけど、方々片付けて堅気になって、おはるさんと幸せな夫婦生活を送ることを考えたら、きっとこれがハッピーエンドなのよねえ。

ところで、りゃんこってなんだろう……。★★★☆☆


トップに戻る