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ホルテンさんのはじめての冒険/O'HORTEN
2007年 90分 ノルウェー カラー
監督:ベント・ハーメル 脚本:ベント・ハーメル
撮影:ジョン・クリスティアン・ロセンルンド 音楽:コーダ
出演:ボード・オーヴェ/ギタ・ナービュ/エスペン・ションバルグ/ビョルン・フローバルグ
そして、そんなホルテンさんの、“オジサンの悲哀”は、それこそ日本のモーレツサラリーマンにも通じるものがあると思われる。
だってなんたって導入部は、67歳の定年まで一日も休まずに働いてきて、表彰までされちゃうってくだりで、もう、超マジメなオジサンなんだもの。
いや、正確に言うと、一日だけ、彼は遅刻してしまった。それも……表彰された次の日。もう最後の勤務日で、その日を終えたら晴れてお気楽な定年後の生活が待っているという日。
……まあ、ホルテンさん自身が定年後の日々をそう楽しみにしていたかどうかは疑わしいところなんだけど……ってあたりも、日本のサラリーマンと似ているよね。
恐らくホルテンさんは、このまま本当につつがなく皆勤を全うして定年を迎えたら、趣味も何にもなさそうだし、独身で暗い部屋で小鳥なんぞを飼っているだけだし、もうあっという間にボケ死にしそうだったんだもん。
もちろん、だから遅刻したってワケじゃない。本当に奇妙な偶然が重なってしまった。
皆に祝福された表彰パーティー(しかしこれまた、妙に冷ややかなんだけど)、その後同僚の部屋に場所を移して飲もうということになって、ホルテンさんは翌日最後の仕事があるからと最初は断わったんだけど、断わりきれずに参加することになる。
しかし仲間の一人からタバコを買うのを頼まれたホルテンさん、マンションのドアを開ける暗証番号を教えてもらうも、そのオートロックドアはあっけなく壊れてしまって、ホルテンさんは締め出されてしまうのね。
そのマンションは工事中で、建物全体に保護シートがかぶせられている。ホルテンさんは外側に組まれた足場の階段を伝って、最上階の部屋を目指すも、入り込んだのが男の子一人で留守番している部屋で「僕が眠るまで一緒にいて」というその子の懇願に負ける形で寝かしつけているうちに、ホルテンさん自身も眠り込んでしまったのだ。
そして、気付くと朝!男の子の家族が揃って朝食をとっている。焦りながらこっそり抜け出すホルテンさんに、男の子は気付かれぬよう、そっと手を振った。
……ていうか、タバコを買いにパシりに行かされるあたりで既に、ホルテンさんのこの仲間内における位置関係が判るような気もしたけどなあ(笑)。
かくしてホルテンさんは最後の勤務日を遅刻し、彼の乗務する筈だった列車は彼の目の前を虚しく走り去っていった。
ホルテンさんを探していた同僚たちが「いたぞ!」と走りよると、条件反射でか、ホルテンさんは、思わず逃げ出してしまったのだ……。
後にホルテンさんの自宅に、彼の表彰盾が送られてくる。ホルテンさんが逃げ回っていたから。
きっと皆はそんなこと気にする必要ないって言いたかっただろうにさ。それどころか二次会に来なかった時点で、彼のことを案じていたに違いないのに。
何がどうしてこうなったのか、晴れがましい皆勤を終えての定年だった筈が、ホルテンさんはその後、仲間から逃げ回っているうちに、様々な人に出会うんである。
思えば恐らくホルテンさんは、それまで他人に出会うってこと、きっと殆んどなかったんだよね。
外界の知己はほんの少ししかいない。そのうちの一人は恐らく、ホルテンさんが長年想い続けていた女性。
いつもホルテンさんに食事を提供してくれる上品な婦人は、ホルテンさんが最後の勤務の後、飛行機でオスロに発つと聞いた時、目を見開いて驚いた。だってずっと列車に乗り続けて、外になど出たことがなかったことは、彼女が一番知っていたんだもの。
ホルテンさんがまた来るよと言っても、皆そう言うんだといって、寂しそうな笑顔を見せた。
二人の微笑みあいは、その気持ちがホルテンさんの一方通行じゃないことは感じさせたけど、なんせ見るからにホルテンさんはオクテだから、この時点ではどうなるのか見当もつかなかった。
ホルテンさんはまず、施設に入所している母親に会いに行く。
もう息子のことも判らなくなっているらしい、まるで反応のない母親に、しかしホルテンさんはぎこちなくも呼びかけ続ける。
後で判ることなんだけど、この母親はホルテンさんの誇りだったんだよね。
当時、パイオニアだった女性スキージャンパー。誇らしげな写真が残されていた。でもジャンプは男のやるものだという当時の世間が、彼女の夢を打ち砕いた。
少なくとも若い頃は、ジャンプに打ち込んでいた筈だし、どの時点で彼女がそんなどん底の境遇に落ち込んだのかは……。
子供を育てて、年をとって、自分は何をしてきたんだろうと、自分にも夢があった筈だと思ってしまったのなら……ツラ過ぎる。
ホルテンさんは実に様々な人に出会う。彼のヨットを長年欲しがっていた、空港に勤めるフローなる男性に会うのには実に苦労するんである。
言ってみればここが一番、映画的に作りこんでいるシークエンスだったなあ。恐らく空港で会おうぐらいにしか言われなかったであろうホルテンさんは、最初から実に不安そうだったし、それが的中して、散々空港内を歩き回った末、そんな人はいないとまで言われる。
途方にくれた彼が滑走路でパイプをくゆらしたのを見咎められて、連行されてしまうんである(笑)。しかも「なぜ麻薬犬が反応するんだ?」「判りません」……ゴム手袋をした捜査員がカーテンの中に消えていくショット、あれは……恐らくお尻の穴に指を突っ込まれたんだろうなあ……。
でも結局フローにはヨットは売らなかったのかな?商談の途中でトイレを理由にそのままホルテンさんったら帰ってしまったし……。
そして最も印象的な出会いが、深夜、街中で酔っぱらっている老紳士、シッセネールなんである。
助けおこして家に送り届けると、これが結構な豪邸で、彼と共にウイスキーなど傾ける。
アフリカやインドシナなどに勤務した外交官だったと語る彼は、“原始的な武器”なぞをコレクションしている少々変わり者。
そして、たった一人いた弟の話をする。若くして死んでしまった弟は発明家だったのだと、誇らしげに語る。
後に判ることなんだけど、弟は死んでなんかいないし、しかも弟の方が外交官であり、発明家だったのはシッセネールの方だったのだ。
弟は「兄は天才でした」と語った。天才が世に受け入れられないのは、いつの時代も同じことで……だからこそ彼は、「発明家は死んでしまった」ことにしたのだろう。
シッセネールは、「目をつぶっても見ることが出来る」と言い、「目をつぶったまま運転が出来る」と、ホルテンさんを早朝早々のドライブに誘うんである。しかしシッセネールは、そのまま運転の途中で神に召されてしまった。
彼が飼っていたモリーという名の犬を、ホルテンさんは引き継ぐ。その後、彼の弟に会ってモリーの行方を聞かれたけれども、「僕には飼うことは出来ないけれども……」と言った弟にそのことは言わなかった。彼の誇るべき弟だということが判っただけで充分だった。
いろんな人の、それぞれの家族や兄弟のあり方が、実に滋味深く透けてみえるんだよね。
ホルテンさんに関しては、それは今やボケてしまった母親だけだけど、ジャンプに青春をかけた母親をホルテンさんは深く尊敬している。そしてシッセネールは、外交官の弟を尊敬すると同時に、報われなかったけれど、発明家としての自分自身も誇りに思ってる。
そしてエピソードの最後に出てくる、ホルテンさんが行きつけにしていたタバコ専門店の、長年の付き合いの主人もまた、奥さんにとってかけがえのない人で。
思えばこの物語、やたらと人が死ぬんだよなあ。このタバコ屋の主人も、最後の最後、ホルテンさんが訪ねた時にいつも店先にいる彼がいないから聞いてみると、奥さんから「他界した」と言われるんだもん。
そして奥さんは、ホルテンさんが自己紹介も何にもしないのに、「ひょっとして、ホルテンさんですか?」とすぐ見抜いちゃうわけ。そして、「私もあの人がいなくなるなんて思ってもいませんでした……」と語るのだ。
ホルテンさんは、ジャンプ、するのだよ。スキージャンプ!板を持ってね、ジャンプ台に向かう。暗くてどこだか判んなかった(爆)。最初、あの締め出されたマンションかと思った。しかしそこは、シッセネールが「スキージャンプの街(ホルメンコッレン)に住んでいる」と誇らしげに言った、母親が出たくて出られなかった大会が行なわれたジャンプ台だった。
きらめく夜景、そこにホルテンさんは一瞬、若かりし母親の姿を見る。振り返った輝く笑顔。
そしてホルテンさんは、夜の街の夜景に向かってスキージャンプ!
私、この時、ホルテンさん、死んじゃったのかと思った……。
でも次のシーンでね、ホルテンさん、モリーを連れて駅に降り立つのよ!
そこにはね、あの上品な婦人が待っているの。
そうか、そう来たか。ホルテンさん自身は勤め人としてまっとう出来なかったと自分をおとしめていたのかもしれないけど、仲間の誰もがそんなこと思っていない筈だし、何より人生はそんなことでは決められないし、そう、人生が決められるのは、この瞬間なのよね、ベタだけどっ。
この瞬間に様々な人々の人生の深みが凝縮してる。
ホルテンさん自身は独身で過ごしてきたし、だからこのたった数日間に凝縮して、様々に人生の勉強が出来たと言うことなのかもしれない。
そういやね、たった一晩の付き合いだったシッセネールは、列車の運転席に乗るのが夢だと言っていたんだよね。
規定でそれは出来ないけれども、出来ないこともない、とウィスキーを傾けてホルテンさんは笑った。そうこなくちゃと、シッセネールも笑った。
でも結局翌朝シッセネールは死んでしまって、その夢は叶えられなかった。
そのかわりに、ホルテンさんは、モリーを運転席に乗せてやるんだよね!
なんかそれも、妙に良かったなあ。
シッセネールが持っていた“47億年光年を旅した隕石”の話も良かった。シッセネールの、「しかしこれが旅の終わりではない」という言葉が、人生の、夢の、未来の終焉を勝手に線引きしていたホルテンさんの背中を押したと思うもの。
そう、「人生は手遅ればかりだが、逆に考えれば何でも間に合う」
カウリスマキ並に寡黙な物語だったけど、この価値観が語られるだけで、充分だった。★★★☆☆