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「こ」


2014年鑑賞作品

2014年鑑賞作品

こっぱみじん
2013年 88分 日本 カラー
監督:田尻裕司 脚本: 西田直子
撮影:飯岡聖英 音楽:
出演: 我妻三輪子 中村無何有 小林竜樹 今村美乃 はやしだみき 高瀬アラタ 大槻修治 佐々木ユメカ 対馬大翔 久保真一郎 吉田芽吹 森山静香 山本愛莉 中野麻衣 阿部帆朗音 田中紫苑 東郷蒼汰 山本珠里


2014/7/29/火 劇場(K's cinema)
一回目に観た時、途中から涙が止まらなくなって、しかもラストの、「でもなんだか幸せなの」という台詞で号泣!と思ったらパシンとエンドのブラックアウトで更にキャーッ!!とドカンと来た。
こ、こ、この涙を、号泣をどこに持っていけばいいの!うぐうぐうぐ、と思いながら、必死に胸を押さえて劇場を後にした。やばいやばい、やばいやばいやばいとつぶやき続けながら。これは絶対もう一回観なければとつぶやき続けながら。

ああ、田尻監督の映画って、そうだ、こういう感じだった、こんな風に繊細で、人物たちに緻密に迫ってて、緻密なんだけど冷たくなくて、風合いが凄く優しいの。優しすぎて、涙があふれる。そんな画を描く監督さんだったと、思い出した!
でもこのエンドシーンのカットアウト、まるで「たまもの」みたいなインパクトだなあ、と思ってオフィシャルサイトをつらつらと眺めていたら、この作品自体がいまおか、田尻、榎本、坂本監督で作った製作会社の第一回作品なのだという!
キャーッキャーッ!!なんということ!!正直もう止めようのないピンク映画の製作減少で、才能のある監督たちはどうするんだろう、って思っていたのだ。こういう形が見られたのは本当に嬉しい、嬉しい!!

それにしても、なんでこんなに胸に迫るのか。正直ね、中盤までは割と、のーんと観ていたの。のーん、てなんだ(爆)。でもそんな感じ。
そうかあ、音楽も効果音もなし、それは後から言われなければ気がつかなかった、それぐらい、みんなナチュラルで、自然の音、特にヒロインの楓が働く美容院での、シャンプーの音とか、ナイロンのさらさらという音とか、そういうのが妙に胸にさわさわと響いて、心地いいような、胸騒ぎを感じるような、そんな独特の気持ちを持ちながら見ていたのだった。
こういう感じ、好きなの。登場人物、特にメインの人物に凄くカメラが近いんだけど、それがこれ見よがしじゃなくて、こころにチョクで寄り添ってる感じなの。

舞台は桐生川の流れる、決して都会ではない、かといってド田舎という訳でもない、それこそ楓が勤めるような美容院もあれば、拓也の勤めるような大きな総合病院もある街。
でもやっぱり東京のような大都会じゃないし、何より象徴しているのは、自転車もろとも乗り込めるような二両電車。
でもそこに乗り込むのは、恋人にウソついて浮気相手に会いに行く、ちゃんと女の子なカッコした有希ちゃんだったりする。

いつものようにつれづれに書いていると、この人間関係が判んないから、とりあえず基本情報をば。
ヒロインの楓。演じる我妻三輪子嬢こそが、田尻作品ということと同様に足を運ぶ魅力の一つだった。監督の言うように、日本人の役者には珍しいくるくると変わる豊かな表情はまさに彼女の魅力なのだけれど、それが田尻マジックにかかると、こんなにも彼女自身の静謐さを引き出して胸が苦しくなるような切なさになるとは!
……って、もう、人間関係をとりあえず書こうとしてるのに、もう私、ダメじゃん、もう(爆)。

えーと、だから。その楓ちゃんは専門学校出たてで就職したばかりなんだけど、どうも仕事に行き詰ってる。仕事だけじゃなくて恋愛にも行き詰ってる。
付き合ってと言われて何となく付き合い始めた彼氏とのファーストシーン、さっそく押し倒すから、オッと思ったら彼氏「……いいや。誰でもいいんだろ」“何となく”ってのが、どうやらバレバレだったんである。

そんな楓の前に、かつての初恋の相手が。てか、この作品の冒頭が、その子供時代の回想シーン、いや、回想音声なんであった。
楓とお兄ちゃんと、お兄ちゃんの友達の拓也で撮った三人の写真は、今でも楓の宝物であった。
その川遊びの回想音声は、ラストで語られるところによる、拓也の恋心&ゲイというアイデンティティの目覚めであったことなんぞ、当然当時の楓、そして現在進行形の楓は知る由もないんである。

そのお兄ちゃん、隆太はオシャレなレストランを経営、長年の付き合いの恋人、有希ちゃんもよく店を手伝ってくれている。実に6年の長き付き合いなんだという。
この設定を知った時には、長すぎる春、という言葉が即座に浮かんだし、何年の付き合いなんだと聞いたのがほかならぬ拓也だったから、そこまで長く付き合って結婚しないのか、しない理由があるのか、ならば……などと観客に思わせたりしたんであった。
いやそれは、もうこの映画の誘い文句で、拓也が隆太を好きだってことが判っちゃってたからちょっとアレだったんだけどね。
出来れば楓と同じタイミングでそのことを知りたかった気もする。最初から知っていたから、それが明かされる場面をじりじりと、怖いような気持ちで待っていた。

その有希ちゃんの“浮気”は、本気だったのか、それとも長すぎる春のせいだったのか、なあ……。
結局はね、皆が片思い、その切なさで終わるじゃない。切ないけれど、だけど幸福、その台詞を楓ちゃんが言うことの、その幸福の充満じゃない。
だから、有希ちゃんはその浮気が、隆太へのアテツケなんてことじゃなくて、本当に本気だったのかなあとも思った……実際、そういう台詞も相手に投げつけてるしね。

でも、それでも、とプロポーズした隆太に、この子と二人で生きていくことを決めた、という言い方をするし、何より楓に「私がこの子を産みたいの」という台詞を言ったから、有希ちゃんの本気の思いの相手は、誰が父親であるとか関係ない、赤ちゃんというまっさらな存在だったのかなあ、って。だったらここだけ両想いだ、ここには誰にも勝てないなあ、って。

おーい!!人間関係言うはずが、メインストリームから脇にそれたぞ!!だってだって、そんな具合に全てが見逃せないんだもん!
でもでも勿論、楓ちゃん、そして拓也君である。楓ちゃんの初恋と言ってもいい相手の拓也君、拓也君の隆太君への思いだって、初恋と言っていいだろうと思う。
つまり二人は、決して成就することはないと、世界的に?言われている初恋をずーーーーっと、引きずっているんである。

楓に関しては、その相手が久しぶりに目の前に現れるまでは、忘れていた。恋愛なんてこんなもんか、という感じで専門時代の同級生の男の子のウチでコンビニ弁当なんかつついてた。
同じ専門学校、そして同じ道に進んでいるんだから、つまり夢や未来は共有する筈なのに、「ただ何となく」のループに巻き込まれていた楓は、この彼氏にも、そして同僚である友人にも置いてかれる焦りを感じ始めていたんである。

んでもって、拓也との再会、この青臭い悩みをぶちまけると、「仕事が嫌いで悩んでるの?上手く出来ないから悩んでるの?」この拓也の台詞はメチャクチャグサッとくる!
拓也がこの郷里に転院してきたのは、職場でゲイであることで心無いウワサをたてられたからなんだけれど、でもやっぱり仕事人としての先輩である彼は、楓が根本的な部分できちんと立っていないことをしかと見抜いているんだもの!
少しずつでも出来ることを増やすしかない、そしてその仕事を好きになればいい。お若い方に言われる、このひどくプライマリーな台詞に、おばちゃん心打たれてしまうんである。
ああ、やはり、いい映画というものは、そういう基本的な理念がしっかりとした台詞に裏打ちされていると思うんである。

楓はホント、こういう感じの女の子だし、中盤までは本当にのーん、という感じで見ているんだよね。この、拓也に諭されてから急にやる気を出す感じも、たんじゅーん、とか思って見ているしさ。
だからやはり転換期は、有希ちゃんの妊娠話で、なんつーか、やっぱり、女ってこういうの、女の要素って単純だなというやりきれなさというか。
でも有希ちゃんが相愛の相手を赤ちゃんに定めたことに、女としての誇らしさも感じるし、でもやっぱり……なんか色々、複雑な気持ちなのだ。

あ、そうそう、こんな魅力的なシークエンスもあるの。拓也の勤める総合病院に入院しているおじさまの元に通い詰めている女性。見るからに愛人、という風体。そらー、ユメカ姐さんが演るんだから、もう一発でそういう雰囲気醸し出しちゃう。
本妻に見つかっちゃって追い払われて、意気消沈している彼女をほっとけなくて缶コーヒーを持って休憩室で対峙する拓也。
「家庭を壊すつもりなんてないんです。ただあの人を好きなだけなんです。そういうのって……ダメですかね」
これもまた、赤ちゃんに対するのと同様、単純だけど単純と言いきれない、女の哀しい……いや、恥ずべきことなどない、心だと思う。

……などと言ったら色々語弊がありそうだが(爆)、恋愛と夫婦愛と親子愛と家族愛はそれぞれ別に存在し、勿論それがライン上にあるとはいえ、そのラインに枝葉が別れることもある、ことは、ティーンエイジャーの頃は理解も受容も困難だったけど、まあ大人になればそれなりに判ってくることでもあるんであり。
ユメカさんが言うんだもの、メッチャ、説得力がある。この台詞は純粋に、その“枝葉”を抽出していると思う。そしてそれは、この作品に登場する人物たち、ことに楓と拓也にもまさに通じる思想なのだもの。

楓の場合は、かつての幼い恋心を徐々に思い出してきたという感じだったと思うけど、拓也は多分、ずっとずっと、苦しい思いを抱き続けてきたんだろうと思う。
でも、到達する部分は一緒である。「ただ、あの人を好きなだけ」
……あのね、号泣の起点はやはり、拓也が隆太に告白するシーンだったと思う。いや、その後、隆太が拓也を再訪するシーンかな。ま、とにかく、そのシークエンスなのだよ。

有希ちゃんは拓也が自分の彼氏をずっと好きなことを知っていて、自分への憎悪も知っていて、だからすべてがバレても開き直るようなところがあった。ずっと好きだったって言えばいいじゃん、と吐き捨てるように言った。
それは、長すぎる春を待ち続ける自分とは違って、純粋な気持ちを(彼女にとっては)勝者のように持ち続ける拓也への、積年のいらだちだったのかもしれない、などと思う。
勿論それが理不尽だってことは判ってる。隆太は有希を愛しているのだし、それを示されて拓也は決定的に失恋する訳だし……。でも決定的に失恋しなければ、直面しなければ、前へは進めないのだ。

まさかの恋人の浮気告白、子供は別タネの事実にうろたえ、酒に溺れる隆太に、告白&キスする拓也。
そのシーンもドキドキだが、更にドキドキなのは、「お前、こっそり引っ越そうとか思ってたんじゃねーの」と無邪気に訪ねて来て図星を突く隆太とのシークエンスである。これはマジで泣く!

「親にバレるのも、職場で噂を立てられるのも、世間なんてこんなもんかと思えた。でもお前に気持ち悪いと思われるのが、一番怖かった……」まるで屈託のない隆太に震えながら泣きだす拓也に、そして演じる中村無何有氏が本当に素晴らしくて、切なくて。
正直、このシーンまでは、本当にのーんと観てたからさ(爆)、それまでにこんなに着々と積み上げられていたことに気づかずに、つまり知らない間に作り手側にヤラれてたってことなんだけど!

……なんて、切なく、そして優しく、愛しいんだろう。そんなこと思う訳ねえだろ、と返す隆太は、判ってるけど判ってない、そのことを隆太自身もちゃんと判ってる、そんな切なさ優しさ、愛しさなんだよ!!
有希ちゃんが一人で赤ちゃんを育てるために実家に帰る、それを知って動揺する隆太の背中を押す拓也をがばとハグし、「お前は本当の友達だ」これ以上嬉しく、これ以上切ない台詞は、ない!!でも本当に、これ以上の台詞は望めない……。
ハグされて、抱きしめ返そうとした手が宙に浮く、てのは若干お約束だけど、でもやっぱり、切ない!!
でも隆太は有希ちゃんにフラれ、その後もアタックしようとする場面で終わるけど、拓也の言うとおり、「彼女は一人で生きていけるタイプだから」フラれそうな雰囲気が濃厚なんである。

やっぱり一番好きなのは、隆太が有希ちゃんを追っかけていくシーンを挟んだ、楓と拓也の二つのシークエンス。
河原にひとり、ぽつんと腰かけている拓也を、チャリに乗って橋の上を走っていた楓が見つける。
そうだ、その前に、楓が拓也に、こっぴどく拒否されるシーンがあって、思い余って仕事明けの拓也を待ち構えていたのに、「ゲイだから同情してんの」と冷たく拒否された。実際、あの時点では、楓は自分の気持ちをきちんと判っていなかったと思うし。

色々、色々経て、楓と拓也が、かつて子供の頃、無邪気に遊んでいたこの河原で対峙するシーン。
拓也が隆太に思いを打ち明けて自爆したように、楓も、ようやくようやく、自覚した思いを言う。「お兄ちゃんのことがちゃんと好きな、拓ちゃんが好きなの」
思いが涙となってあふれる楓、いやさ我妻三輪子嬢に本当にグッとくる。この思いを観客に届けられるからこそ、あの大好きな、大好きな、ラストシーンにつながるのだよ!!

いつか、カットをお願いするよ、それが実現するラストシーン。このコンパクトな尺の中に、楓の成長がきちんと刻まれて、シャンプーテストに合格するシーンは、本当に感動するし!
隆太兄ちゃんを見送って、拓也の部屋で新聞紙を敷き、ゴミ袋をケープ代わりにして、きちんと挨拶をして拓也の髪を切っていく楓。
髪を切るって、なんてセンシティブで、愛を感じるのだろう!しゃきしゃきという、静かな音だけが響いて、ドキドキして胸を押さえながら見ている。もうこの時点では流れる涙が抑えきれない状態なんである。

もう一生結婚できない気がする。だって、好きになった相手が自分を好きになってくれて、一生一緒にいたいと思うなんて、そんなの奇跡だよ。そんな楓のつぶやきに、拓也もまた無言の肯定を返すしかないのだ。
でもそれでも。楓は「ヘンなの」と言って拓也を慌てさせる。「違うの、髪のことじゃなくて」ここまでも、我妻三輪子嬢の独特の舌足らずなエロキューションにはヤラれていたが、もうここらあたりでは沸騰寸前にキュンキュンきている。

そう、もうガマンしきれず言ってしまった、あの台詞である。髪を切っている相手を上から覗き込み、「上向いて、もっと」と逆方向に目を見合わせてのキスもキュンキュンアイテムだが、でもそれは、このシチュエイションなら結構予測できる。
何より、「でも、幸せなの」……ああもう、私、宇宙空間に飛んでいくかもしれないと思うぐらい、撃ち抜かれた。それは、まさに、そう思っていたことを言われた衝撃と、なぜそう思っちゃうんだろうと思っていたことを言われた更なる衝撃とであった。

片思いが幸福だなんて、なんでだろうと思うけど、片思いをその片思いの相手に知られているってことは、ある意味では両想いと言っていいんじゃないかと思う、そんな幸福かもしれない。
想いがかなう、って、なんだろう。叶った後にこんなすれ違いが待っているんなら、自分の思いを相手が判っていてくれることだけで幸せじゃないのか。
でも勿論そこに、100%の幸せがないことぐらい、判ってる。この台詞のカットアウトに流れた涙が、幸せ100%じゃないことぐらい、判ってる。でも私は、凄く幸せだと、思ったんだ……。

有希ちゃんが浮気相手とナシをつける喫茶店で響き渡る地震警報。本作においてかなりインパクトのある要素で、その真意が知りたくてオフィシャルサイトを覗いた、って気持ちもある。
震災後の映画の、震災を絡めるやり方について、田尻監督の感覚は、今まで見てきた“震災映画”含めたすべての映画の中で、一番しっくりとくるものだった。
震災後、避けて通れないということは充分に判っている。ならば本当に、こうしたナチュラルな感覚こそが大事だと思った。それこそが難しいというのは、勿論判っているんだけれども……。

とにかくすべての場面が丁寧で、精緻で、繊細で、優しくて、柔らかいの。裏テーマっつーか、楓とお兄ちゃん、そして有希ちゃんとこは母子家庭なんだけど、そういう、いわば現代的テーマも、ドロ、ベタ、じゃなく、普通の感覚と、何より優しさなの。
楓がイソガシお母さんの髪をブローしながら、お父さんのことを聞く場面、さりげない場面だけれど、なんだか好きだった。
別れた原因はお父さん、でも、「楓も隆太も一人前になったし、私も仕事が楽しいし、お父さんを好きになって良かったってことじゃない」
……世の中、ゲーノージンやらの泥沼恋愛劇ばかりを見させられている中、ふと、幸せを感じてしまうヒトコマなんであった。

こういう、ホントにちょっとした部分、でも人物設定の繊細な部分が本当に丁寧で、いや、それはきっと、演じる役者こそが、それを台詞を通して内面から精緻に構築しているからだと思う。
とにかくとにかく、三輪子嬢はじめ、若いキャストが素晴らしいの!! ★★★★★


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