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夜の女たち
1948年 75分 日本 モノクロ
監督:溝口健二 脚本:依田義賢
撮影:杉山公平 音楽:大沢寿人
出演:田中絹代 高杉早苗 角田富江 永田光男 村田宏寿 浦辺粂子 富本民平 大林梅子 毛利菊江 青山宏 槇芙佐子 玉島愛造 田中謙三 加藤貫一 加藤秀夫 岡田和子 西川寿美 林喜美子 滝川美津枝 忍美代子
だからこそ先日観た「風の中の牝鶏」で、貧窮から身体を売ってしまう彼女にそれなりにビックリした訳なんだけど、そのことにひどく後悔する姿は、やはり私の中の貞淑の女、田中絹代のイメージだったのだった。
それがどうよ、本作の彼女は!途中までは確かにそのイメージ。夫が戦死し、子供も病死し、悲しみにくれる戦争の犠牲になった女。
それが、社長秘書という名の愛人になって、社長室でその貞淑の和服姿のまま横抱きにされる姿でまずのけぞったが、そこまではまだまだ、田中絹代のイメージのままだった。まだ恥じらいと不安とがあったのだから。
それが、妹に彼を寝取られたと悟った途端、夜の女に転落、男に性病移しまくって復讐してやんねん!と言葉までヤンキー大阪女、カッコもいきなり、パーマに派手なリボンを飾って、ケバい化粧の、ザ・パンパン女。
うっそでしょ、田中絹代、気でも狂ったか、いやいや!ほっんとうに驚いた、半ばマジで、田中絹代、どうしちゃったのと思ったぐらいだったのだが……。
とゆー具合に、またさくさくと行ってしまってはよく判らない。そもそも、ああ、溝口健二、溝口健二なのね!戦後直後の作品特集の今回は、時代というものがヴィヴィッドに作用して、大御所がその作用に敏感に反応して作品作りをしているスリリングがたまらないものがある。そらー田中絹代にパンパンやらせよう、ってもんだわよ!
でもそれは、前半まではザ・田中絹代であるからこその、効果である。戦争に行った夫を待ち続ける。着物も売りつくして、子供に滋養のあるものを食べさせることも出来ず、幼児結核を患ってしまう。夫の弟は自堕落で酒ばかりかっ食らってろくな稼ぎもない。
ラジオで夫の家族を探していると、夫の妹が駆け込んでくる。しかしそれは、彼の戦友が形見を携え、その死を知らせるためのものだったんであった。
そこで出会うのが運命、というか、諸悪の根源の成金社長。この戦友がコイツと引き合わせたとか、そーゆー感じだったか(爆。うろ覚え……)。夫の死の知らせに打ちひしがれているのに追い打ちをかけるように、子供は哀れ、息を引き取ってしまう。
こらー、どんな暗い展開になるのかと思いきや、次のシークエンスではバッと時間が経過した模様、田中絹代、じゃなくて彼女演じる和子は義妹の久美子を伴って銀座をそぞろ歩いている。あの頃の、貧窮している感じじゃない。
そこで偶然行き会うのが、朝鮮に行ったきり会えていなかった妹の夏子である。二人はずっとお互いに行方を探し続けていたから手を取り合って喜ぶんである。
しかし観ている方としては、もうこの時点で不穏を感じる。だって、田中絹代と、夏子に扮する高杉早苗が、とても姉妹とは思えない真逆のタイプだからなんである。だからこその田中絹代の変貌が更に効いてくる訳なのだが……うーむ、それがあまりに衝撃だったので、どうしても早くそこに行きたがるな(爆)。
とにかく、そう、夏子はモダンガール、なんだよね。パンパンに落ちる前の田中絹代は、私のイメージにばっちり沿った田中絹代だから、楚々とした貞淑な女、なんだよね。成金社長に、可愛がってあげとるがな、大事にしてるがなと、大阪弁で言うとなんで更にうさんくささが加味されるのかしらんと思うが、まさにその通りのうさん臭さで落とされちまっていることも逆に、彼女のウブさを強調しているようなもんでさ。
でも妹の方は、もう顔がバタくさいし背もスラリと高くて、職業はダンサー!つまり、ダンスホールで客のお相手をするというダンサーね。
和子はそのおミズな感じに眉をひそめるが、一緒についていった義妹の久美子はキャーキャーとはしゃぐ。いいわあ、素敵やわあ、と。
夏子が見栄だといいつつ身に着けている上質な服も、この年若い女の子にはキラキラな憧ればかりを与えるのだ。ああ、もうこの時点で、危ない、危ない!!
それにしてもあの成金社長、演じる藤井貢、私初見。しかしこの色魔(とゆーのは解説でのお言葉。なんか懐かしい(汗))のオオサカな男が強烈に似合いすぎ!
それなりにイイ男で、この役にピタリとはまる。知らない知らない、私この役者さん、知らなかったなあ!つまりあれよね、姉妹丼(爆。下品かしら……)。
判り易く、修羅場に遭遇する訳よ。警察のガサ入れがあるという。ヤバいものを隠してほしいと部下に言われる。私のアパートに持っていきましょうと和子。
この時の、捜査に来たソフト帽にトレンチコートの刑事たちのメンメンのカッコよさと、見つかるんじゃないかというハラハラにしびれる。
そして「帰る筈じゃない時間」に帰ると、色魔社長と妹がとりつくろった様子で出てくる。わっかりやすい修羅場である。
だが、この時点では和子は、妹に道を踏み外さないでほしいと懇願するばかりである。なるほど、この当時の日本映画では結局はその程度かと思ったりする。
夏子ははすっぱに、いいのよ、どうなっても、妾として生きていくのよ、と、姉が既に囲われ者であることも知らずに言い放つ。このあたりは案外、スレているように見えて、単純な可愛げがある。一見、お姉ちゃんは世間知らずだからナ、みたいな風情を出しておいて、ってあたり。
そして姉の出奔に本当に心配して探しに出て、パンパン検挙につかまっちゃうあたり。この妹は見た目と違って案外カワイイヤツなのだ。
で、大事なことをいくつか落としている(爆)。義妹の久美子が家出してくるんである。もうこの時点で和子は出奔していて、夏子は彼女を受け止めきれず、久美子はそのまま出て行ってしまう。
その先でいかにもヤバそうな大学生に引っかかり、いかにもヤバそうな巣窟に連れてかれ、案の定酒を飲まされてレイプされ、有り金全部とられ、追いすがるところを取り巻きの少女たちが寄ってたかって衣服から何からはぎとり、スリップいっちょにして放り出しちゃう。
この場面は本当に衝撃だった。いわば、田中絹代の変貌より衝撃だった。このあまあまなお嬢ちゃんが、金欲と性欲バリバリな大学生に引っかかって、カモにされない訳はないとは思っていたが、それにしても予想以上のヒドさだった。
まあ時代と、一般映画というスタンス故、あからさまな描写は逃げているけれど、必死に抗う懇願の言葉が画面の外に見切れていくのは逆に、あからさまに見せられるよりもツラく、しかも女にされたことで彼をすがる形で振り切られるのは、吐き気がするほどつらい描写だった。
不良少女どもにむかれ、スリップいっちょの姿は、なんとまあ乳首が浮き出ている(!!)。そーゆーところに注目しちゃいけないんだろうか……でもこれ、かなり赤裸々な描写だよね……。
しかしこの久美子ちゃんはかなりほっておかれる。あの子どうなっちゃったんだろうと心配しながら見続けるハメになる。
まさか死んじゃったんじゃないでしょうね……と本気で心配になる。結構このあたりはおおらかにスルーするのねと思ったり。まあ1時間ちょいの中にこんな凝縮すること自体があり得ないもんなあ!昔の映画ってほんと、ムチャ……。
で、本題よ。田中絹代の変貌よ。妹に寝取られただけじゃない、男のうやむやにしたがりたい気マンマンの態度にこそ激怒したに違いない、もうすっぱりと“夜の女”に落ちちゃう。
そもそもこのタイトルでもある“夜の女”というのは、物語の冒頭に立て看板の形で示されていて、いわゆる立ちんぼは検挙しますよと、警告されている訳。
んで、着物を売ってかつかつの生活をしている時に、古着屋のおばちゃんから、いい儲け口ありまっせと声をかけられていた訳。この流れって、先述した「風の中の牝鶏」そのままで、あっせんするのが同じ道に堕ちてるハスッパ女か、元締めとなってるおばちゃんかの違いなだけで。
いや、だけ、じゃない。この違いこそが大事なのだ。同じハスッパ女の誘いだったからこそ、あの作品の中の彼女は後悔したが、それなりに和子のことを心配し、商売や稼ぎのこともあんじょうしてくれるプロフェッショナルな元締めおばちゃんによってこの世界に入った流れとは、やはり大きく違うのだ。
あの時代、女が確かにここで生きざるを得なかった世界を、それは弱い女だから、という視点ではなく、これまでの男社会をぶち壊していく、という視点での作劇なのだもの。
それはこの時点では確かに、マトモな闘いの姿勢ではないやね。こんなやけっぱちではまだまだこずるい男に負けてしまう。
その象徴は「姉妹二人、あんじょうしてやってるやないか。男がいなくて寂しかったところを、いい給料出して」ということを平気で思っているらしい、色魔社長に判り易く示されてる。マジで思ってるんだもんね、このバカ男(爆)。
お姉ちゃんを探しに行った夏子が、警察の一斉取り締まりで捕まってしまう。検査して病気がなければ解放される、と、この場で再会したお姉ちゃんは言う。しかし夏子は、あのバカ男から移された梅毒と、更に妊娠まで発覚してしまうのね。なんてこと……。
あのバカ男が子供を産むことなんて許さないことぐらい、女の弱い部分で囲われていた和子にも判ってたんだろう。
そんなくだりは何も言わずに、突然脱走を図る彼女に超絶驚く!高い壁に鉄柵を立てかけ、裸足でよじ登り、鉄条網をかき分けて、スカーフを命綱にして、壁の外へと逃げ出すんだもの!!
前半で散々、貞淑田中絹代のイメージを語っていたから、この彼女にどんなに驚いたか判ってもらえるでしょ!ワンカットだったんじゃない?確かそうだと思う……彼女自身のリアルアクションだったんじゃないの!?
案の定、色魔社長に捨てられた妹を、和子は婦人施設に連れていく。色魔社長は自業自得、アヘンの密輸で豚箱行き。もうこんな奴はどーでもいーんである。
でも、婦人施設で出産した赤ちゃんは、泣き声を上げることはなかった……。この施設での描写は、やたら優しく慈愛に満ちた院長とか、若干、というかかなり道徳的視線を感じなくもないが(爆)、救いのなさ過ぎたあの頃は、それは必要なことだったんだろう……。
死産と聞かされた夏子が、負けない、今度こそ元気な赤ちゃんを産むんだと、美しい涙を流して静かに決意する様には心打たれる。だってそれは、男に性病移しまくって復讐するんだという和子と正反対の、リベンジなんだもの。死産になったのは、色魔社長から梅毒移されたせいなのにさ……。
道徳的院長が説く、新しい女、一人で生きていける女、という言葉は確かに力強くジーンとするけれど、そんなことは言わずとも判るのだ。
夏子が、それを決意しているんだもの。和子はその自負があったのに、結局はそれは負けているだけだと知ったのは、夏子の美しい涙を見たからだろうな、やはり……。
で、その後に、不良少女に転落した義妹の久美子に会う訳さ。ここまで全然出てこなかったから、次に触れられる時にはマジに死んでると思っていたんで(爆)、ちょっとホッとしたりするんである。
ただ身体を売るんでもシマがあり、仁義が必要である。その中に飛び込んできた久美子を女たちはボッコボコにする。既に顔役になっていた和子がかき分けてみると、まさかの義妹であり……。
こっから先の、義妹をシャバに戻させるために和子自らが矢面に立つシークエンスは、若干浪花節の感あれど、まだまだ純な不良少女たちが、マトモになるのが何が悪いのかと決死の覚悟で間に入ってくれたりしちゃうのには素直に涙してしまう。
それにこのはすっぱ女たちの肉弾戦はガチやからさ!田中絹代、やべ肩までひんむかれて、それ以上いったらおっぱい出るよ、田中絹代がっ(しつこい……)。★★★★☆