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「い」


2016年鑑賞作品

怒り
2016年 142分 日本 カラー
監督:李相日 脚本:李相日
撮影:笠松則通 音楽:坂本龍一
出演:渡辺謙 森山未來 松山ケンイチ 綾野剛 広瀬すず ピエール瀧 三浦貴大 佐久本宝 高畑充希 原日出子 池脇千鶴 宮崎あおい 妻夫木聡


2016/9/28/水 劇場(TOHOシネマズ日本橋)
顔を変えて逃げ回り、今もどこかに身を潜めている連続殺人犯。その犯人に、少しずつ似ている謎の男三人。彼らを愛し、信じたいけれど自信が持てない周囲の人間たち……。
三人の男たちが身を置く場所、東京、千葉、沖縄。それぞれ綾野剛、松山ケンイチ、森山未來。それぞれに、独特の陰を持つ俳優を揃え、その周りもまさにオールスターキャスト。原作者自身が望んだというこの豪華な顔ぶれだし、舞台が三か所もあるし、そらまあ140分あまりという長尺も仕方なしか。しかし結構それに対して腰が引けつつ、である。

大切なのは、彼らの誰が犯人か、ではなく、いかに人間が人間を信じられるか、というところにあるのだと思う。
いつの時代にもの普遍的なテーマではあるけれど、インターネット、テレビの情報公開番組、といった目で触れる情報が滂沱とあふれ出る現代においては、それはさらに特別な意味を持つ。つまり人間が人間を信じるということは、言葉上ではとてもキレイなことだけれど、実は本当に、本当に、難しいのだということ。
この部分がキモであるなら、この三人のうち誰かが犯人じゃなくてもいいのかもしれない、と思った。三人のうち誰でもなくて、全く未知の人物がぽん、と現れてもいいのかもしれないと。それこそ疑心暗鬼というものの恐ろしさがもっとずっとあぶりだされるのかもしれないと。

原作が未読なら、当然やってしまう犯人予測。例えば番宣に出まくっているのは渡辺謙と宮アあおいと綾野剛と妻夫木聡。この中で謎の男に入っているのは綾野君一人。
ただ、松ケンがここに加わらなかったのは、ひょっとしたらその後すぐに公開が控えている主演映画で宣伝に回らなきゃいけないのかもしれないと思ったり。ならば森山未來か、この中では一番シブい選択肢だがとか。

番宣の時、「ここは純愛ですから」と綾野君とつまぶっきーを指して言ったケン・ワタナベの言葉が、つまり彼は犯人じゃないよと言っているような気もしたし、などといろいろ想像してみるのも楽しかったが、実は誰もが犯人じゃないんじゃないか、という気持ちは結構ぬぐえず、それは観ている間もずっと抱え続けていた。
実際は、この中に犯人はいて(まあ、オチバレは後にとっとくけど)、展開の中で思わせぶりに触れてゆく要素と最も遠いところにいた人物なので、まあそういう意味では犯人捜しのセオリー通りではあったのだけれど。

最初に出る手配写真は、まんま綾野君である。えぇ、まんまじゃん、と思う。綾野君扮する直人はゲイの集まり(これは、まんまヤる場所)でつまぶっきー扮する優馬と出会い、一緒に暮らし始める。
優馬が最初に参加しているゲイ・パーティーの、ビキニ水着でノリノリな感じに衝撃を受ける。美しい男がゲイをやると、罪深いほどに隠微である……。

しかし優馬はそんな風に、俺、ゲイだけど、何か?全然隠したりしてませんけど!という態度を押し出すけれども、一番大事なところ……母親の葬式には、パートナーを呼べない。なんて説明していいか……と口ごもる。
おいおいおい、ゲイだってバレるのが怖いなんて泣き寝入りするヤカラじゃないとか堂々と言い放っていたのに、どうした!!
つまり……実は虚勢を張っていたエリートサラリーマンである彼が、自分自身に自信が持てないのに、直人を信じきれないのはそりゃそうだったのだ。
連続殺人犯が直人によく似ていること、ホクロの位置も一緒なことを知って動揺する優馬。それは後に、彼をしこたま後悔させることになるのだが……。

整形手術をしている、と報道される。その病院のエレベーターに乗った男の動画、そしてこういう顔になったであろう、みたいな写真も公開される。そのことで激震が走るのが、千葉の小さな漁港である。ケン・ワタナベはそこで働いている。漁師というより、小さな水産会社という感じかな。
彼の登場シーンはまず、歌舞伎町。家出していた一人娘を迎えに来ている。「男の要望に全部答えてしまう。壊れてもいいオモチャのように」と、彼女を見つけてくれたと思しきNPOの職員が言う。

この娘、愛子を演じるのが宮アあおい。ちょっとオツムの弱そうな、言ってみれば愛に飢えた女の子。これまでの彼女にはない役柄と思うが、逆にこういった、ザ・賞獲り系役柄というのは、外からの観る目も厳しくなる。
彼女が「7キロ太って役作りした」という話も有名になったが、ええ?普通に痩せてますけど?痩せた女の子ですけど?これで7キロ太ったって、元はどうなの?……そう感じちゃうってことは、つまり、監督の意図する愛子像には近づけなかったんじゃないの……と思っちゃう。

監督から太ってほしい、と言われた、というエピソードと、この愛子というちょっとオツムの弱そうなキャラというのから頭に浮かんだのは「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」の安藤サクラ嬢であった。まさにあの時の彼女はその通りであった。
サクラ嬢は確かに賞獲り女優ではあるが、それに見合う憑依をする。デブでワキガでちょっとうっとうしい女の子、を彼女は見事に体現していた。あの彼女を思い出しちゃうと……あおい嬢、どこが太ったのと思っちゃうんだもん。

よく理由も判らず東京に家出し、男たちの慰み者になってボロボロになって故郷に帰り、舌ったらずなものいいと露出過多な無防備ファッションで、父親や叔母(ちーちゃん!!)のみならず、心配になっちゃう。
が、やはり少し弾けきれなかった気がする。いくら風俗に身を落とした展開があっても、いくらオツムが弱そうな女の子を演じても、あおい嬢からは堕ちた女の子の匂いがイマイチ感じられないのだ。壊れきれないというか……フツーにカワイイだけなんだもん。

愛子が恋するのが、ナゾの男、田代君。偽名を使って仕事を転々と、しかも日本全国転々としていたことが判り、愛子の父親、ケン・ワタナベは心配する。
そんな彼を、「二人は信頼し合っているよ」とたしなめるのが、妹であり、つまり愛子の叔母、最近こんなしっかりちゃっきり大人の女が似合うようになったちーちゃん。彼女の言葉を信じていればよかったのに、ねえ。

そして沖縄。もうめんどくさいからオチバレしちゃう。無人島にひっそり住み着いている田中(もちろん偽名)なる男、森山未來こそが、八王子市夫婦連続殺人事件の犯人である。
めっちゃオチバレで最初に言っちゃうと、彼は派遣で働いていて、その日、仕事にありつきはぐれ、炎天下の中、住宅街の一角にへたり込む。たまたま外出先から帰ってきた主婦に、冷たい飲み物をふるまわれた。
後に彼が犯人だと告発するかつての同僚が言う。「今まで他の奴らを見下すことで保っていたのに、憐れまれた」ことが引き金だったと。
それでも殺してしまった女性を生き返らせようと思って風呂場に連れ込み、蒸し風呂のような状態でにっちもさっちもいかないところに夫が帰ってきて、これまた殺害してしまったと。

つまり、この田中(じゃないけど)も、ちょっとオツムの弱そうな感じなんだよね。最終的に、理不尽に暴れまわったり、自分の衝動を詳細に書きつけたりする執拗さは、そういう“障害”を感じさせたりもする。
ただこれは、……特に現代社会においては、簡単にそう描写してしまうのはかなり、危ないとも思う。そう、それこそ“オツムの弱そうな”的な人間、“知的障害”やら“発達障害”を持った人間なら、そういう犯罪も起こすかもとか、そしてその人物を“許せない”と殺してしまう少年、という結末が、更に後味の悪さを感じさせてしまう。

いや、きっとそれは相変わらずの私のうがちすぎというものだろう。きっと(仮名)田中は単なる残虐犯人、制裁されるべき罪人であるのだろう。一見、そうは見えず、むしろ自由気ままな一人旅の鷹揚さや、人懐っこいキャラクターで油断させるのが更なる罪を加算させるというところなのだろう。
そうだと思っていたのに、てなギャップ、豹変が役者、森山未來たらしめるところではあるのだけれど……前述したように、誰も犯人じゃなくても良かったんじゃないか、むしろその方がこの物語の本質を突いたんじゃないかと思ったぐらいだったので、余計に気になってしまう部分ではあったのよね。

この沖縄でのシークエンス、今もっとも旬の若手女優、広瀬すず嬢が駐留米兵にレイプされるという、衝撃的場面がある。
痛ましくて見るに堪えないし、その後の彼女の、同級生男子、辰哉にぶつける怒りといい、彼女にとってとてもチャレンジングだったとは思うが、まあバックからでどこがあらわになる訳でもなく、かなりカットも割ってたからねえ、とか、ついスター女優にはいつも辛口になってしまう(爆)。
それにしてもすず嬢はこんな、石原さとみばりに唇女優だったかしらん。充分エロ女優になれる素質アリの唇だが、なるかな、なるかな?

(仮名)田中が実はこのレイプ場面をウキウキ見ていたとか、そんな彼らをみんな見下してしてたとか、発覚して、彼を信頼して相談していた辰哉は激昂、彼をぶっ殺してしまう。
なぜそれをわざわざ暴露したのか、突然キレて暴れ出したのはなぜか、それまでイイ人を充分に演じられていたのに、つまり、殺人犯として追い詰められていたことが彼を壊したのか。
そう考えるのが順当だが、なんか唐突感が否めず、まあこの人が犯人なの、それでいっか!みたいに感じちゃうのが少し惜しいというか。

直前までね、私は松ケンなのかなとドキドキしながら見ていたのだ。愛子と暮らし始めた田代に、愛子の父親の洋平は心配を隠せない。人間が人間を信じること、それをあのちーちゃんがちゃんと証明してくれたのに、当の本人の愛子さえも、不安に駆られて疑いをかけてしまう哀しさ。
で、情報公開番組で、これぞ松ケン、みたいなソックリ防犯カメラ映像が流される。それもそうだし、彼と一緒に働いていたと告発するかつての同僚が語るのに合わせる回想場面が、あれは松ケンだとしか思えず。

だって、回想とはいえ、誰も目撃している筈はない訳じゃない?あの後ろ姿の感じ、ほっぺしか映っていない角度だけど、絶対松ケンだと思い、彼が演じていたんじゃないかなあと思うんだけど、違ったらゴメン(爆)。単なるファンの妄想かも(爆爆)。
でもさでもさ、森山未來にはどうしても見えなかったんだもん。やっぱりさ、違うじゃん、ダンサーの体つきとは(爆)。もしかしてそうなら、なんかそういうの、ズルいじゃん!!

物語の冒頭、自分が父親に連れて帰ってこられたように、彼女は(仮名)田代を連れて帰る。それは彼女の成長と、そして二人の愛。とてもとても幸福そうである。
沖縄基地のデモとか、社会問題の提起されている部分もあるが、そういう部分は結局消化不良で、やんない方が良かった気もするなあ。★★★☆☆


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