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愚行録
2017年 120分 日本 カラー
監督:石川慶 脚本:向井康介
撮影:ピオトル・ニエミイスキ 音楽:大間々昂
出演:妻夫木聡 満島ひかり 小出恵介 臼田あさ美 市川由衣 松本若菜 中村倫也 眞島秀和 濱田マリ 平田満 松本まりか
こうしたサスペンスにありがちの惹句、最後の何分で驚くとか。本作に関しては三度の衝撃、とあった。三度、どれだろうと観終わってから考える。
こーゆータイプの作品だからネタバレオチバレしないと話が進まないので早々に言っちゃうと、@事件を追い続けていた記者の妹こそが殺人犯人、Aそれを隠匿するために兄が取材していた関係者を殺害、B妹が育児放棄した末に死んでしまった赤ちゃんの父親は兄、というところ、だよね?間違ってないよね……??
Aはちょっとビックリしたけど、他は中盤あたりから何となく想像がつき始めた感じはしていた。兄が刑務所に面会する妹とのエピソードと、自分の仕事として追っている未解決の一家惨殺事件が同列に語られるのが、不自然というか、なんでなんだろうと頭に疑問が浮かぶと……おのずと、この二つはいずれ結び付けられるんだろうな、という予測に至るから。
謎解き苦手であっさりビックリしちゃう私がそんなふーに思うなんて、珍しい!!でもそーゆーあたりが活字の表現と、ある程度尺の限度がある映画の表現の違い、そして難しさなのかもしれない、と思う。
妹の育児放棄には、過去の家庭環境の影響があるんではないかと、担当弁護士は考える。それは当事者自身も同じような経験をしていたんじゃないかという推測である。それはまさに当たっていて、それどころか妹は実の父から性的虐待を受けていた。
この言葉、どこか回りくどくてフェミニズム野郎の私はキライである。つまり、レイプされていたってことだろうと思う。この弁護士が「父親からのそういう行為によって妊娠に至った」と誤解していたぐらいなんだから。
でもその言葉を聞いて、娘を見捨てた母親は怪訝そうな顔をした。「……何か、誤解していらっしゃる??」一瞬、いまだに娘の言い分を否定し、あの頃と同じように「お前が誘惑したから」と思っているのかと身構えたが、それまでの、先述したようななんとなくの違和感が、ここで確信に変わった瞬間だった。
弁護士は赤ちゃんの父親のアタリを、この性的虐待の末だと思ってた。でも父親が出て行ってもうずいぶん経っている。妹が決して言えない相手とは誰なのか。
決して言えない、と兄にも言っていたというのは結局はウソだったのだ。「私、秘密って大好き」そう、まんま女の顔をして、刑務所の面会室のアクリル板の向こうで、妹は微笑んだのだ。
そんなエピソードと並行して語られるのが、この兄妹の話とはまるで関係ないように見える一家惨殺事件である。妹の事件があったから、没頭できるものが欲しいのだろうと、一年も経って世間の関心も薄れているこの事件の取材にこだわる彼を、上司は黙認する。
兄は、この夫婦の交友関係、手始めは夫の同僚、それぞれの大学時代の友人、元カレ元カノ、友人未満の人たち等々に取材を試みる。友人未満の人たち……まさにこれがキモであり、妹こそがその存在に甘んじていたことが、クライマックスで一気に明らかになるんである。
そもそも兄は、この事件に妹が関与していたことを知っていたのか知らなかったのか??見ている限りではどうとも言いきれない感じが残る。ただ、たまたまこだわっている事件が、実は妹が真犯人だったなんて偶然は、いくらなんでもないだろうという気はする。
違和感はそこにこそあって、最終的に不自然なまでに並列に語られたこの二つの要素がつながるのは、単なる偶然では済まされないってことだよねと思うんである。
でも、実際のところはどうだったんだろう??先述したAに確かにビックリしたけど、兄は妹が犯人ではないかという、どこかで確信があって、あんな風に取材を重ねてたどり着いたみたいに見せてたけど実はハナから知っていて、それに気づいている人間を最初から消すつもりで、行動していたのではないのか?
……そうでなければ、そのためのアリバイ……それに気づいた女性の元カレに話を聞いた時に携帯灰皿に“採取”した、吸殻を冷静においていくなんてできない。絶対にそうだ。
なんて、それはすべてが明かされれば誰もがそう思うことかな(汗)。でもきっと、本作の大きな魅力は、違う角度から見れば人間って全然違って見えるよね、ってことで。そんな風に言ってしまうと凄く平凡に聞こえるんだけれど、でもそれを赤裸々に見せていくのが、見事で。
殺された一家は、一年後取材に行った兄に近所のおばちゃんが「あんなに感じのいい人たちを殺すなんて。悪魔の仕業だと思ってるんですよ」と言うような面を見せていた。その台詞は、兄が後に子供の頃の親からの仕打ちを振り返って言う、「悪魔のような人間が、この世にはいるんですよ」という台詞にリンクする。
その台詞は、自らが父親に暴力を振るわれていたことにつながる言葉ではあったが、彼にとっては愛する妹が父親に凌辱されていたこと、そしてそれを母親が見逃していたことを指していただろう。そう“愛する妹”だったし、今もなお。
感じのいい人たち、と見えていた、絵に描いたような幸福そうな一家は、交友関係を洗い出すうちに次第にボロが見え始める。
夫の同僚に話を聞いた時には、まだあまり崩れていない感じがしたが、「あんないい奴が殺されるなんて」と言って泣いた友人が、兄が渡した名刺に無造作にジョッキを置いたあのワンショットで、あ、コイツ自分のことしか考えない、大したことないヤツで、類友ってヤツか、と予感めいたものはあった。
同僚時代の、合コンのその日にヤッた女子を「そういう軽い女、ヤだよ」と、別れたいためにこの友人を使ってひどく傷つけて振り切るエピソードは、彼らがまるでそれを、ゲームのように楽しげにこなしているのが、確かにイヤな予感を思わせた。
その標的になる“軽い女”が、可愛くてエロくて、妙に声がマンガチックな松本まりか嬢だというのが、観客側に油断させたのだ。こんな女、とついつい思わせる巧妙なワナ。
最も重要な証言者は、臼田あさ美嬢扮する妻側の、“友人未満”大学の同級生だった宮村である。今はカフェのオーナーとしてバリバリ働いている彼女は、専業主婦に収まったあの一家の妻、“夏原さん”とは対照的である。
彼女たちが通っていた大学は、付属からの持ち上がりである“内部”と、受験で入ってきた“外部”とが明確に分かれるところであり、つまりは母体はセレブ学校。
内部に入り込むために外部は必死の努力をする……特に女子は。その中で、夏原さんは外部だったにも関わらずその美貌と、美貌以外のイロイロで、見事勝ち組に昇格した存在だった。
宮村が吐き捨てるように語る夏原さんと、宮村の元カレ(後に夏原さんに乗り換える)が語る彼女は、まるで違う、というのは、女の目から見れば、男ってヤツは全く見る目がなくてダメよね、と思うばかりなのだが……。
確かにこういうグループ意識、内部格差というものが、男性側にだってあっただろうにこの元カレが気づいていないのは、そういう格差社会に女こそが敏感であるという証だろうと思われるんである。
そうでなければ、女は生きていけないのだ。哀しいことに、団体生活を強いられる小学校、中学、高校時代からバッチリと固められている。勝ち組のグループに入らなければ華やかな生活は送れないし、イジメの対象にもなる。一人なんてトンでもない話、みたいな。
私はそういうの、ばかばかしいと思うし、打破すべきだと思うし、高校までならまだしも(てゆーか、高校生にまでなってグループ合戦ってホント幼稚だよなと思う)、大学になってまでそうなのかと、ちょっとその事実自体にオドロキを隠せなかったんだけれど……。
でもそれは、高校までは(基本的には)なかった、家柄とかの格差社会が明確に反映されて、むしろそこから抜け出せるチャンスだということが、妹の人生を狂わせてしまったのか。
夏原さんは美人で、内部たちからいち早く認められて、それでも自分の“子分”が持ちたかったのか。そうやって目をつけられたのが宮原さんだったんだけど、彼女だけじゃなかったのだ。
「夏原さんに人生を変えられた人、思い出した」と取材を受けた後になって兄を呼び出す宮原さんが証言したのが妹であり、それはかなりえげつなく……ぼんやりと描写はしていたけれど、恐らくただヤラせてくれる相手として、内部の男たちの間で、マワされたとまでは言わないけど、まあその、いいように扱われたのだろう。
そのきっかけとなったのは、妹が夏原さんに誘われて参加した、内部学生たちのセレブ飲み会で、なんかいかにも高そうな別荘で、その時、いかにもな内部学生のお坊ちゃんと、まさに「あったその日に」彼女は寝てしまったのであった。これもまた、冒頭のエピソードとリンクしてくるのか。
すっかり恋人気取りで朝を迎えた妹に、その恋人は表面上は優しいが冷たく、「これから行くところは、君は来ない方がいいよ」と、ハッキリとその身分違いを言い渡すのだ。
夏原さんは、上昇志向だったのかなあ。ああ見えて、野心家だったのかなあ。エクボのカワイイ、本当に優しげな美人で、男女問わずトリコにするようなタイプだった。
でも、他の友人と話をしている妹に「一緒にランチ行こうよ」と、車つきイケメン男子をはべらせながら声をかけるシーンに、戦慄を感じたのだ。一緒にいる友人たちみんなを誘うなら判る。でも彼女一人だけを、この友人の輪から引き離そうとしている。
それはつまり、彼女の友人関係を壊すことであり、それを彼女自身が選択したという形にして自分に責任を発生させないことであり、誘ってあげて応じたという、上下関係をハッキリと刻印することであったのだ。
恋人をとられてぶん殴った宮原さんとは、そこが運命の分かれ道だったのか。でも宮原さんは兄に殺されてしまったしなあ。
最初から、妹が犯人である可能性を嗅ぎつけた相手を殺すつもりだったのかなと思っていたが、誰が見ているか判らないオープンカフェのガラス張りの店内で鈍器を振り下ろしちゃうから、いくらその後のアリバイ工作が上手くいっていても、衝動的だったのかなあという気もしたり。
そういやー、いかにも思わせぶりに「私、田向さん(夫の方)を殺した人、知ってます」と言って登場した女はなんだったのか。その台詞にこそ導かれて兄は彼女に会いに行ったのに、その田向さんの正体をあばく、っつーか、一見いい人そうに見える彼が、実はひどく利己的で打算的な、就職のために女を利用するような、そしてそれを微塵も悪意がないと思っているような男で。
そう思ってるから、そのお顔はひどく無邪気で魅力的で、まーこいでんが演じているぐらいだからさ。ほんっとタチが悪くて。
確かにそのエピソードは見ごたえがあったけど、市川由衣嬢に思わせぶりに演じさせたのがかなり肩透かしとゆーか。それともアレかな。「赤ちゃん、ソックリでしょ」「……誰にですか」「……フフ」とゆー、後から思い返しても彼女の問いも、兄の返しも奇妙だったあの会話を聞かせたかっただけかなあ。
本作の一番の衝撃は、兄と妹の関係ということなんだろうが、それを衝撃にするのは、私はあんまり納得がいかないのだ。だいぶ前だけど「オールド・ボーイ」で同じことを思った記憶がある。
こんなこと言っちゃいろいろと問題あるのだろーが、好き同士(勿論、そういう意味合いでの)ならきょうだいだろうが親子だろうが別にいいと思ってるので(爆)。
勿論それが、性的虐待とかそーゆー一方的な利己的なことになるのは話が別よ。でも親子だろーがきょうだいだろーが、イチ人間同士なんだからさ。
しかも凄く近い存在で、理解しあってて、だったらそういうことも生まれると思う……それを否定するってのは、まあそりゃ法律的に許されないってのはあるけど、それが明らかにタブーとゆーか、こんな風に衝撃!!みたいに言うのは、あんまり好きじゃないのよ。
当然、いると思うんだよね。そんな関係をひっそりと抱えている人たちって。こんな風に衝撃!!みたいにやられると、だからおめーたちは許されない関係なんだと、過去の家庭環境に問題があって、こんな風に赤ちゃん死なせちゃったりしちゃうんだと、そう言っているような気がして、なんかあまり好きじゃないんだ……。
冒頭、老人にバスの席を譲るように強要された兄が、足を引きずって転び、強要した乗客が気まずい顔をするシーン、でも次のシークエンスで兄は普通に歩いている。
最初からすべてが計算されていたのだ。信用しちゃいけない。一面的に見てそれがすべての人間なんていない。そういうことなのだと。★★★☆☆