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「む」


2017年鑑賞作品

武曲 MUKOKU
2017年 125分 日本 カラー
監督:熊切和嘉 脚本:高田亮
撮影:近藤龍人 音楽:池永正二
出演:綾野剛 村上虹郎 前田敦子 片岡礼子 神野三鈴 康すおん 風吹ジュン 小林薫 柄本明


2017/6/7/水 劇場(新宿武蔵野館)
ラップに夢中な高校生が剣道に目覚めるとか、父を廃人にしてしまった男がその高校生の中に父の幻影を見るとか、一歩間違えればかなりの確率でマンガチックになってしまうと思った。実際の原作がどういうテイストなのかは未読なので判らないけれど……熊切監督のすさまじい意気込みがナイフ、いや、まさに真剣で切り裂くように伝わってくる。
村上虹郎君を本作によって本物にしたいと語っていたのは綾野氏だったと思うが、監督もまた、そう考えていたんじゃないかと思われる。確かなオーラを見つけて役者にすくい上げたのが河瀬監督。彼女はオノマチちゃんの時もそうだがそういう役割。そしてそれが花開く時は、今この時。

ああ、柳楽君とかもちょっと思うなあ。最初からオーラは確かにある。でもまだ本物ではないのだ。今この時をつかむ時、虹郎君は、彼をその高みに引き上げたいと思う周囲の想いと合致するという、幸福な瞬間を得た。
決して器用なタイプの子ではないと思うし、デビューの時にはハラハラ感しか感じていなかったけれど、死に魅入られて、その死を与えてくれる相手に魅入られて、嬉しそうに笑う虹郎君に身震いした。ああ彼は、こんなにも早く本物になる時を手に入れたのだと。

これはダブル主演と言っていいのだろう。綾野剛と村上虹郎。キャリア的には大きな差のある二人を主演としたら、そりゃあ虹郎君に本物になってもらわなきゃならないということもあったろう。
無精ひげに伸ばし放題の髪、服を着ている状態ではガリガリに痩せているように見える綾野氏演じる矢田部研吾は、しかしその下には鋼の肉体を持っている。自分が犯してしまった罪(というべきなのだろうか……)に襲い掛かられるようなほどに怯え、酒浸りの毎日を送っていて稽古なぞしているようには見えない研吾が、こんな鋼の肉体を維持できるとはなかなかに想像つきがたいのだが……そこを突っ込んではいけないのか……。

虹郎君演じる羽田融の方は最初、いかにも今風な(という言い方自体がおばちゃんくさい(爆))ラップのバンドのボーカルとして、爆音とどろく中ハジけまくるシーンから始まるんである。
そしてそこでいきなり、彼のトラウマが提示される。口から吐き出される真っ黒な泥まみれの魚がピチピチと跳ね、満ちていく水の中に彼は溺れながら様々な幻影を見る。

後に語るところによると、台風の洪水で死にかけたのだという。……実はちょっと、ヒヤリとしていたりした。今の時代だとね、水に溺れて死にかける、死に魅入られる、それだけ大きな出来事ってゆーと……ツナミさんですよと。またしても震災を、原発をちらつかせられるのかなあとかなりかなーり、ヒヤリとしたから。
でもそうじゃなかった。なんか私、怯えすぎたな。ただ……言葉上だけっていう感覚はあった。本当に死に対して魅入られるとかいう感じは正直、感じられなかった。

研吾の御師匠さんでもある柄本明扮する坊さんにその才能を見出され、抵抗も薄くかなりあっさりと剣道の道に入ってしまう感じはちょっと違和感が、あったかなあ。
これぞ自分の生きる道なんだとか、ラップのリリックより魅力的な、禅的言葉に惹かれたとか、まあそんな具合な雰囲気は示してはいるけど、ちょっと薄いかな。でもそれはヤハリ、アツい演技をぶつけてくるもう一人、綾野氏の存在がデカかったせいかもしれないけど。

殺人剣の遣い手とまでは、劇中では言っていなかったと思う。あと、この超スパルタ父親の職業も、全然見えなかった。警察官??そんなこと言っていたっけ……。
防具もつけずに、しかも竹刀ではなく木刀で息子に厳しい稽古をつける父親は小林薫。まるで昭和の家庭よろしく、母親はおろおろしながらその様子を見守り、「辛かったらやめてもいいのよ」と優しく言う。
この父親に対して、そんなことを言いだせないことぐらい判ってるくせに。優しい母親の顔をして、実は子供一人をも守れないズルい女なのだ……なんて思ってしまう自分にビックリする。あれ、あれれ、私はフェミニズム野郎ではなかったの(爆)。

この母親は、現在の時間軸では既にこの世の人ではない。それもまた何とも言えぬ歯がゆさを感じさせる。しかも後に登場してくる料亭の女将が愛人だと判明した時、その歯がゆさは頂点に達するのだ。
しかもしかも、研吾が最後の最後に幸せな記憶として脳裏にきらめかせるのは、笑顔の若き父親と……その隣の笑顔の女性は母親ではなく、この女将の若き姿なのだ。なんてこと!!

……うーむ、物語の核心に行く前にかなりの脱線をしてしまった。でもこの部分って、結構大きいと思う。研吾は決して母親をおろそかにはしていなかった。それどころか大きな告白……「父さんを殺していい?」と決死の告白を母親にしていた。
ずっとずっと、母と息子ともども辛い思いをしてきた。あの時母親は明確な答えを出さなかったけど、いっぱいの涙がたまった瞳で息子を悲しげに見つめていたのだ。
風吹ジュンが愛人というのはねー、完璧すぎて、なんかハラが立つわけ(爆)。彼女はそりゃあ、家庭を壊すことはなかったろう。聡明な女性だもの。
でも……やっぱり外側にいたのだ。そして幼い息子から、こんなお母さんだったらいいなと思わせていた、あの“幸せな記憶”はそういうことでしょう!

……フェミニズム野郎大爆発。すみません。軌道修正。融の方に行く。彼の方は研吾のように、濃密な家庭環境が語られはしない。母子家庭というのはさらりと描かれるし、母親に頼まれたゴミ出しをすんなり引き受けるあたり、反抗期だのなんだのもなさそうな、お互いクールだけれど悪くない親子関係である。母親を演じる片岡礼子が、息子の柔らかな部分に立ち入らない感じが上手くて、素敵なんである。
でもそれだけ、融の側からはバックグラウンドというか、家族のなんたるかは見えてこないウラミはある。研吾の方から見えすぎるからそう思うのかもしれないし、それをねらっているのかもしれないとも思う。
ただ……ヤハリ綾野氏のキャリアとその濃さが勝っているからさ、ちょっと負けちゃう感じはしちゃう訳。なんたって自分が廃人にしちゃった父親を持っているんだもの、研吾は。そのことで苦悩しまくっているんだもの。

父親が挑発したのだし、稽古だったのだし、柄本明扮する光邑和尚が言うように、事故だった、の、だろう。
でも、まだ綾野氏にバトンタッチする前の、高校生の頃の彼が母親に、父親を殺していいかと切羽詰まった様子で問うた、それに対して母親は否と言わなかった、言えなかった、ぐらいの、状況があった。殺意があった、ときっと本人は自覚というか、思い込んでいただろう。
しかもこの時、父親はかつての厳しい姿勢を失い、自らの弱さを認めずに酒に溺れる毎日だった。とりなしてきた母親も亡き人だった。息子との悲劇の対決は、時間の問題だった。

最後の最後にね、息子との対決で、そういうことになるかもしれないと思った父親が、光邑和尚に手紙をしたためていたというくだりが披露されてね、そりゃないなとちょっと思っちゃったんだよね。それをやってしまったら、一気にメロドラマに堕ちてしまう。
もっと正直なことを言うと……矢田部父が息子に教えたのが殺人剣だったというのが、……私が汲み取れなかっただけかもしれないけど、そう明確には示されてなかったように思うから……。
あくまで矢田部親子はカリスマ剣道家であり、今はすっかり飲んだくれているけれど、矢田部研吾がひとたび高校剣道部の道場に顔を出せば、部員たちが色めきたつほどの存在なのだ。
でもこの時には研吾は荒れまくっていて、剣道よりも手や足の方が先に出るケンカ殺法で、イッてる目で部員全員をボッコボコにしちゃうんだけど。

光邑和尚のひとことだけのアドバイスで、融が研吾に一本とってしまったことから、二人の因縁はスタートするんだけれど、二人ともお互いに勝っているとは思えずに、だから運命のクライマックスを迎えるんである。
その間に、特に融側に光邑和尚が教え諭す形で、剣道の何たるかを、ほとんど仏教の悟りの境地を使って教え説く。それを融はラップのリリックよりも深く響く言葉としてすっかり夢中になる。多分そこには……彼が体験した死の世界が濃厚に漂っていたから。

予告編でもかなり大きく喧伝していた研吾と融の豪雨と強風の中の一騎打ちは、期待値が高かっただけに、思った以上にカットを割ってたし、思った以上に短かった(爆)。
6分はワンカットなら当然長くて凄いと思うが、割ってしまったら一気にそうでもなくなる(爆)。うーむ、予告であんなに期待値高めなきゃよかったのに。それをやらなきゃ素直に感激できたのになあ。

この一騎打ちで研吾は亡き父の幻影を融に見て、あの時と同じように強烈な突きをお見舞いしてしまう。その後、融が登場するまでは、彼が死んでしまったんじゃないかと思ってかなりハラハラする。
いつも酔っぱらった状態で父の病室に来ていた研吾が、この時は、……点滴を、外したよね。事態を察して駆けつけていた光邑和尚と若い僧たちが暴れる研吾を取り押さえるけれど、点滴を直すことはしなかった、よね……。

その後葬儀となり、本当に“殺して”しまったのかと思うが、それまでに再三、何度も何度も研吾は言っていた。父親を殺したのだと。
彼にとって動かない父親はもう死んでいた。でも生きている。だからずっと苦しんでいたのか。それを、若く、ぴちぴちと生を生き、なのに死にとりつかれている様をまるでイキイキと語る融の存在によって、見ないふりをできなくなったのか。

本当に最後の最後、更生?した研吾と怪我が癒えた融は、まっとうな剣道で対峙する。むしろこの場面こそが、正しく見どころであると思う。
まっとうと言いつつ、融はその独特の下からの突きの構え、研吾は得意のダイナミックな上段の構え。勝負はカットアウトでつかない。生けるサムライの一瞬のカットアウト。

研吾がアル中に陥っている時に、恋人っつーか、単なるセフレっぽい感じで前田敦子嬢が登場するんだけど、うーむ、正直、いらなかったかなあ。
成り行きでお泊りして、Tシャツにぱんつ姿で、綾野氏にぱんつ丸見えにされて、まあそのままヤッちゃうという雰囲気なんだけど、雰囲気、だから。
ぱんつ丸見えぐらいで赤裸々演技みたいにされちゃうのは、それじゃあアイドル上がりだと言われても仕方ないさ。彼女ならもっと度胸のある芝居ができると思うけどなあ。★★★☆☆


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