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「め」


2020年鑑賞作品

mellow
2020年 106分 日本 カラー
監督:今泉力哉 脚本:今泉力哉
撮影:水口智之 音楽:ゲイリー芦屋
出演:田中圭 山下健二郎 志田彩良 岡崎紗絵 SUMIRE ともさかりえ 白鳥玉季 小市慢太郎 松木エレナ


2020/1/26/日 劇場(新宿バルト9)
今泉監督久々のオリジナル脚本。嬉しい。勿論もはや監督としての力量は実証済みだが、その脚本力に驚かされたのが最初だったから。
ヤハリ群像劇が圧倒的に上手い。そしてそれはもちろん、演出においてでもある。だからこそ「愛がなんだ」「アイネクライネナハトムジーク」も、まるで彼自身の脚本のように思ったものである。自分自身で緻密な人間関係を書くことができるからこそ、他人の原作や脚本でも、見事な演出力でさばききることが出来るのだ。

そして久々の、オリジナル!うーん、嬉しいなあ。このほんの数日後、今度はまた他の人の筆にゆだねた新作を観ることになるのだが、群像劇の達人、が、今度な濃厚で骨太な作品を描いていて、新たな地平に行ったと思って、これもまた嬉しかった。
しかも本作と「ありがとう、でもごめんなさい」という台詞でつながっているのだ。なんと粋な!

オシャレな花屋を営む主人公、夏目誠一を演じるのは田中圭。まさに、今旬の人気者。そういう人を使っていわば小品とでも言いたい佳作を商業映画として発表できる、それもまたなかなか出来ないことだと思う。
今や恋愛映画の旗手という肩書がつけられる監督さんだが、片想いしか発生していない本作も、恋愛映画と言っていいのだろうか……。でも片思いほど、胸キュンなものはない。恋の濃度は片想いにかなうものはない。

本作に登場する中学生、20代、熟女な人妻といった各年代の美しい女性たちがこぞって誠一に片思いする。監督さんが「こんなにモテる予定じゃなかった」と語るのがうっそぉと思うほど、まるで「モテキ」のようなと思うが、その誰とも実を結ばないのだから、最強の片想い物語なのだ。
「ありがとう、でもごめんなさい」が何度となく繰り返される本作だが、しかして本当に誠一はその誰とも両想いではなかったのだろうか。今はもう亡きラーメン屋のおやじさんは、そのラーメン屋を引き継いだ娘、木帆に誠一はホレているんじゃないかと思っているし、誠一のおしゃまな姪っこ、さほは木帆の想いを敏感に察知して、おじさんと両想いなんじゃないかと探りを入れたりしていたが、果たしてどうだったんだろう。結果的には誠一は、また一人に戻るばかりなのだが……。

誠一にホレてる三人の女たち、その友人や夫や父親や、様々な枝葉が見事に張り巡らされている。観てる分にはめっちゃ楽しいが、今泉作品の感想を書くのはだから毎回めっちゃ大変(爆)。
でもまずメインは、ラーメン屋の木帆であろうと思う。こんな可愛い女の子がなんで一人でこんな古ぼけたラーメン屋を切り盛りしてるんだとツッコみたくなるような、佐野量子ちゃんをほうふつとさせるような、もー私好みの美少女。

ある意味、浮世離れしているこの空間。繁盛しているとは言い難いのはこの違和感にあるような気がするが、彼女曰く、ヤハリ亡き父親と同じ味が出せていないからだと言う。
誠一は仏壇に花を届ける、つまり彼女はお得意様なのだが、それ以上に家族のような近しい距離感である。結果的に彼女は、自らの夢を遅まきながら追いかけるために店を畳むことになるのだが、その時の誠一との問答が印象的である。

閉店を掲示して知らせないのかという誠一に、そういうのに抵抗があるんだという木帆。
閉まっちゃうから来るとか、そういうのって違う気がする、だってそれまで忘れていたのに、と閉館間際の映画館を例にとって言う彼女に、そうそうそう!私もそう思う!!閉館するっていう映画館に人が押し寄せて、それまでフツーに行っていたのになんか近寄れなくなるあの感じ!!とか思ってめっちゃ共感したのだが、しかし誠一の見解は違った。

普段忘れていたかもしれないけれど、知らない間に閉店しちゃったら、悲しく思うよ、と。閉店を知って来てくれることは悪いことじゃないと……。
木帆の考え方も、きっと作り手自身の本音があったんじゃないかと思う。死に際の人を見舞いに来る、という例さえもとって、それは木帆の父親のことも無論、あったのだが、ヤハリ映画館のことを例にとったから、監督さんのそういう想いはちょっと、感じたかなあと思う。
結果的に木帆は閉店の掲示をし、最終日には誠一に頼んで一輪のバラを100本用意し、お客さんたちにプレゼントするんである……。

誠一に恋している最年少は、中学生の宏美である。これも好きだったなあ。彼女のお母さんが営む美容室に花を届けているから、これまたお得意様。恐らく、幼い頃から気の置けない関係だったんだろう。それはこの小さな地域性の中で、木帆がこの美容室に久しぶりに訪れる、なんていうシーンが最後に用意されていたりして、暖かな閉塞性、みたいな気分を感じるんである。
この美容室がまた良くてね!!いかにもこの地域の人たちが日常的に訪れる町の美容院という感じ。ふるぼけた外観と、古いけれど清潔な店内は静謐と言いたいような空気感に支配されている。で、ここを訪れるお客さん、誠一に玄関先の花を定期的にお願いしているともさかりえ演じる麻里子もまた誠一に想いを寄せていて……はーもう、糸がつながってて大変大変。

まず、宏美から行こう。女子校、という訳ではないのか、しかしてこの年頃はカッコいい女の子の先輩に恋しちゃう後輩の女の子、という図式が、昔からある訳で。これが女子限定だというのは、ちょっと研究して論文でも書いてくれる人がいないかしらん(いるのかもしれない)と思うほどである。男子世界では、あまり見かけないような。
そもそもこの映画の始まりがまず、宏美に告白する時のプレゼントとして、ささやかな花束を作りに来るバスケ部の後輩、陽子の場面から始まるんである。後にこの店に登場するすべての人物が、誠一ともともとの関わりを持っていることを考えるとその手腕に感嘆することになる。
物語の開始に初めての顔合わせ、「町一番のオシャレな花屋」であるこのmellowに足を踏み入れる陽子、彼女の想い人である宏美の恋する相手が、いま花束を作ってもらっている誠一だとは当然この時には思いもよらず、という見事な構成に後から思い当たって舌を巻くことになるんである。

美容室を営んでいる宏美の母は唯野未歩子。嬉しいなあ。なんかどんどん、私の好きな役者さんが出てくる。木帆の亡くなった父親が小市さんだということも飛び上がってしまった。写真だけで終わるかと思っていたら、回想シーンが出てきて嬉しかったし……。
で、その美容室の客である麻里子。何かセレブ風な、恋愛感情に対して妙にシビアなのがちょっと可笑しみを感じさせるあたりが、実にぴったりのともさかりえ。

誠一に恋しちゃって、誠一に想いを伝える前にダンナと別れなければ誠実じゃないと思いこんじゃっての、まずこの美容院で相談を持ち掛ける段階から、え?なんでそうなるの……みたいな麻里子の、純真ゆえに浮世離れした感覚が、“修羅場”に至るまで続いて。
でこれが、修羅場に至る筈なのに終始なにか、可笑しくて、チャーミングで、この浮世離れした美しき人妻が、可愛くてさ。

宏美の母も麻里子の夫も、そして告白される誠一も、麻里子がまず夫と別れるのがおかしいという意見で一致しているんだけれど、でも、おかしくないよね??とても、誠実で、可愛らしいと思う。
奥さんを真摯に愛しているからこそ、彼女の意見を尊重し、“修羅場”に同席までしちゃう夫=斉藤陽一郎がこれまた愛しくてたまらん!!彼もまた大好きな役者さん。こーゆー、なんか困っちゃうけど頑張ってるよ!みたいな役柄の彼はもー、可愛くて可愛くて、頭ナデナデしたくなっちゃう!!
面食らうばかりの誠一とこの夫婦のシークエンスはさいっこうの喜劇シーンなのだが、でも、夫から妻への愛にあふれているんだよなあ……。

このシーンに如実に表れているんだけれど、つまりは誠一は、彼への想いをあまたの女たちから一心に受けつつも、実は狂言回し的立ち位置で、彼を軸として、様々な年代や立場の女たちの人生を綴っている、ということなんだよね。
いや、誠一の人生がどーでもいいという訳ではないが(爆)、しかしなんか慌てて埋め合わせをするように、宏美に「なぜ花屋になりたかったのか」と聞かせたりして、しかしてそのエピソードは、失恋を含んでいたけれど可愛らしいばかりだったりして。

今、ここを生きて、決死の思いで誠一に想いを告げている女たちとは違うんだよね……。田中圭がまごうことなき主人公だけれど、いわば“女たち”が主人公ということだったんじゃないかなあ、と思って……。
だって誠一の恋愛に対する想いは全然見えないんだもん。それは彼が、女たちの想いの触媒になっている立場だからだと思うから。花屋というのは、そのアイディアにおいてなかなかステキだ。花屋のステキ男子なんて、ね!!そこからステップアップしてくのだよね、彼女たちは。

田中圭が主人公だし、立派な商業映画としての成り立ちはしているけれど、これはかなり実験的というか、挑戦的な作品作りだったような気もしている。だって、田中圭は結局触媒であり、有名なだけではない女優陣が、「恋している」という芝居で、ワークショップのように挑戦しているというかさ。
正直、こんな、軽やかなオムニバスのような掌編のつながりのような作品が、大商業映画として全国展開するというのが、勿論、昨年ブレイクした監督だからこそなんだけど、田中圭を配置したからなんだけど。
それにしても、こういう雰囲気の作品を、全国配給というのが……凄いなあと思うし、これからの可能性を思うし、やっぱり今泉監督は、肩に力が入んないのにしっかりとした実力を身に着けてここまできた、本当に凄いなあと思うのだ。★★★★☆


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