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「り」


2021年鑑賞作品

リバーズ・エッジ
2018年 118分 日本 カラー
監督:行定勲 脚本:瀬戸山美咲
撮影: 槇憲治 音楽:世武裕子
出演: 二階堂ふみ 吉沢亮 上杉柊平 SUMIRE 土居志央梨 森川葵


2021/9/12/日 録画(チャンネルNECO)
「ばるぼら」で初めて二階堂ふみ嬢のおっぱいを見たと思ったが、本作でお目見えしていたのか、とどーゆー入り方をしているのだろう、私。
本作は原作漫画の舞台となった90年代初頭を描いているということなのか。当然まだ携帯もなく、SNSなんてものは夢のかなたである。90年代半ばになって、森田芳光監督が「(ハル)」でパソコン通信を描き、なんと未来な、と新鮮な驚きをもったことを考えると、しかしあれからたった20数年なのだ。なんと時代は変わってしまったことか。

いつの時代も若者は共通した焦りや愚かさを持っているものだし、いつの時代の青春映画を見てもそうした共通点に想いをはせるものだけれど、バーチャルの中に居場所や逃げ場所(それが虚構であったとしても)が見つけられる現代とはやはり全く違うように思う。本作の中の彼らのように、いわば肉弾戦にぶつかり合っている方がいいのか、それとも……。
吉沢亮君演じる山田が学校の暴君、観音崎にまるで意味もなくボコられる日常なのも、現代ならばSNSの中で精神的に追い詰める方法をまず取られるだろう。どちらが残酷なのか。判らなくなる。

見えているいじめだからこそ、二階堂ふみ嬢演じるハルナは彼を助け出すことができる。観音崎はハルナの彼氏で、ハルナは正義感を爆発させて観音崎を責め立てるのだが、そもそもこんな暴君を恋人にしているのが謎ではある。
ていうか……山田をマッパにして使われていない校舎のロッカーの中に閉じ込めている、という情報をもたらしたのは観音崎の手下となっている彼氏を持っているハルナの友人だという図式が、ますます理解不能に陥らせる。
この友人も、その彼氏も、ハルナのように義憤にかられるんじゃなく、まるで日常会話の一つのようにハルナに教え、助けに行ったというハルナにえー?そうなのー?ぐらいの軽い驚きを見せるんである。

彼らの通う高校は自由な校風らしく、制服はなくて私服、一年生にはモデルとして活躍しているこずえがいる。演じるSUMIRE嬢のクールな存在感が強い印象を残す。
本作はキャストすべてが強烈な存在感を放つ人たちばかりで、本当に困っちゃうぐらいなのだが、女子がホレる女子、ゲイ男子も信頼を寄せる女子、という諦念あふれるクールビューティ。

暴食しては吐く、ということを繰り返す描写が辛すぎるが、彼女はまるでそれが、モデルの仕事の一環として当然のようにとらえていて、つまりそれは……おいしいと思って食べていない、ただ欲求のままに食べ、義務のために吐く、そんな感じで……。
どこか感覚がズレている、のは他の登場人物たちも一様にあることなのだが、山田が安らぎを求める河原に捨て置かれた死体(というか、白骨化したガイコツ)の感覚を共有したり、ずたずたに殺された猫の死体を発見して面白がったり、ちょっと大丈夫だろうか……と感じさせる女の子なのだ。

でもだからこそ、というのもおかしいかもしれないけれど、ハルナがごくごく一般的な、というのもヘンな言い方だけど、拒否反応を示すと途端にハッとして、彼女を抱きしめる。そんなつもりはなかった。私はあなたが好きだよと言う。
本作の中には様々な愛情表現が散乱していて、こずえは相当こじれているけれど、意外に一番、真摯であるのかもしれないと思う。

なんか、全然メインにいかない。そもそも山田であり、ハルナである。山田はゲイであることを隠して、カモフラージュに告白してきた女子と付き合ったりしている。観音崎にボッコボコにいじめられているのを救い出したハルナと不思議に仲良くなる。
そしてそこに、先述したようにこずえが入ってくる。ハルナに袖にされて欲求不満の観音崎は、呼び出せばヤらせてくれるハルナの友人、ルミとセックスにふける。ルミは年上の彼氏に貢がしているようなことを言っているのに、観音崎の呼び出しにはホイホイ応じ、次第に自分から求めるようになる。

二階堂ふみ嬢は本作でおっぱいも見せるしそれなりのカラミもあるが、激しいセックスシーンは観音崎とルミの間に執拗に描写される。クスリさえ、吸引する。
ルミはクールぶっていたのに、なんだかあっという間に落ちていく感じがする、のは、彼女自身の家庭環境、というか、姉妹間の感情のゆがみもあったのかと思う。

本作は登場人物それぞれにインタビューをした映像を絶妙なところに挟み込んでいく形式がとられていて、そのインタビューがどの時点で撮られたのか、時間軸が後から判るようになっていて、してやられた!!という感じなんである。
まず冒頭、ハルナのインタビューから始まる。焼け焦げたクマのぬいぐるみを父親からのプレゼントだと説明するハルナ、焼け焦げているのはなぜなのか、今父親がいないのは焼け焦げているのと関係あるのか。何も判らないまま、突然火だるまになった何かがドン!!と空から落ちてくる。

何の説明もないまま、彼らの高校生活が始まる。山田を救い出すハルナ、山田の彼女のカンナ、山田が二股かけてると噂されるこずえ、暴君の観音崎、ハルナの目を盗んで彼とセックスするルミ、噂話ばかり仕入れてくる女子や、観音崎のイジメを仕方なしに手伝っているんだというスタンスで傍観するのんびりした男子二人組。
彼らに言わせれば、この高校生活はそれなりに平和なのだということなのかも知れない。凄惨なイジメを目の当たりにしているのに、である。自分に都合のいい、というか、自分の生活に影響のあること以外はさして関心を持たない、というのは、……いつの時代にも、あったのだろうか。このあたりの時代から、顕著になったような気もしないでもない。

そしてそれは、ツラいいじめにさらされて、つまり痛みを知っている筈の山田でさえ、そうなんである。彼が告白してきた美少女、カンナと付き合っているのはハルナに語る言葉通り、自身のズルさによるものなのだ。それを自覚しているのに、カンナを自身のカモフラージュする存在以上に扱わず、というか、まるで関心もなく、生きたお人形を連れて歩いているみたいな。
カンナを演じる森川葵嬢はさすが、もう彼女はね、残酷美少女と呼びたいぐらい(爆)、自覚のある美少女の恐ろしさを存分に発揮してくる役者さんだと判ってるから、もう登場からこれじゃすまないというのが判ってるからさ、ゾクゾクするのだ。

自分から告白して、付き合ってくれることになった。夢のような幸せ、の、筈。……どうやらそうじゃないらしいことがあからさまな山田の態度で判っちゃうけれど、彼女はそれから目をつぶり続ける。
いや、表面上は、である。親密そうな様子を誤解して、ハルナにウラミの手紙を送り付け、ついには放火……が失敗して自身が火だるまになって墜落死という壮絶な結末。

森川葵嬢の、自身の可愛さを自覚し、そのことで武装し、その武器が使えないと判って壊れる様が、ほんっとうに、森川葵、彼女にしか出来ない、と思って……。あざといぐらいのカワイイ女子を、しかし必死にアピールしていたんだなと、見てられないほどに山田が彼女に無関心なデート場面から突き刺さりまくり、そりゃさあ……ハルナを逆恨みもするわさ。
山田がぜえったいに悪いよ。彼女を人間扱いしていなかった。自分がズルいということは判っていたのに、そうハルナには告白していたのに、ズルい目的に使ったカンナには理不尽にイラついて、追い詰めた。
なのになのに、そのことに罪悪感を感じるどころか、彼女の壮絶な死にざまの現場に駆け付けた山田は、残酷な笑みをスクリーンいっぱいに浮かべるのだ!!

そこここに、10代だから仕方ないのかもしれない、と言い切れないほどの、残酷な自分だけで手いっぱい感覚がひしめく。確かに、自身の10代を思い返せば、他人のことなんかにかまってられなかった、100%自分をかわいそがってたことを改めて実感するし、それこそ、SNSも何も関係なく、それこそが、リアルないつの時代でもそうである、10代なのだろうと思う。
ボランティア教育が行き届いていない日本の教育現場とか、そういうこともあるのかもしれないけれど、でもやっぱり自分で手いっぱいだった。友情にしても恋愛にしても自分の手いっぱいから寛容な気持ちなんて、持てるのだろうかと思う。すっかりおばちゃんになった今の自分ですら危ういのに。

山田が河原に打ち捨てられた死体に安らぎを覚えるというスタンスは、判らないけど、判るような気がしないでもない。
「見つけた時にはまだ肉がついていた」という台詞の生々しさはなかなか受け入れるのは難しいものがあったけれど、誰にも知られず静かに死する、しかも見つけた時から次第に腐敗し、乾き、いわば神秘、神に近づくような、名も無き死体に安らぎを感じるっていうのが、判る気がする、と言っちゃうのは危険なんだろうか??

少なくともこずえは共感を示し、山田と盟友になった。二股なんてつまんない関係じゃ当然、なかった。ハルナはどうだったんだろう。彼女は本作の中で、なんつーか、中立というか、一般的感覚を持った女の子であり、言ってしまえばキャラクターというより、普遍的な一個の存在、という感じもある。おっぱいを出すのも(私、どうもこだわるが……)この時代の一人の女の子としてのそれを提示しているに過ぎない気もする。
ルミが激しくセックスし、カンナが陰にこもって焼け死んじゃうことを思うと、ふみ嬢の示す女の子としてのリアルは、それこそ全時代に共通するそれであり、見事に美しいおっぱいもまた、激しいセックスにさらされることなくただただ美しいおっぱいにとどまることが、アイコンにとどまっていることを示していると思うんである。

山田君がゲイであることに苦しんでいたり、こずえが食べ吐きしてまでモデルという仕事を全うしていたり、カンナが山田君への想いと自身のアイデンティティがぐちゃぐちゃになって焼死してしまったり、避妊してくれない観音崎とセックスを繰り返して妊娠、ケンアクの姉と殺し合いのケンカしちゃって赤ちゃんと共に自我さえ失ってしまったルミが最たるクライマックスだったと思うんだけれど、でもその時点に至ってさえ、ハルナは自身を顧みていたのだろうか。

そう思うと、凄く難しい役だったのだろうと思う。狂言回しであり、当事者としての痛さもある。すべてのキャラクターが痛さを抱えていて、ハルナもそうなのに、彼女の懐にみんな飛び込んでくる、みたいなさ。★★★☆☆


旅愁の都
1962年 93分 日本 カラー
監督:鈴木英夫 脚本:井手俊郎
撮影:逢沢譲 音楽:池野成
出演:宝田明 乙羽信子 星由里子 中北千枝子 淡路恵子 浜美枝 志村喬 藤木悠 黛ひかる 上原謙 堀川真智子 船戸順 江川宇礼雄 京まゆみ 内田朝雄

2021/1/27/水 録画(日本映画専門チャンネル)
古い東宝、宝塚製作の映画というのは意外と観る機会がなかった。宝田明主演というのも初かなあ。慣れてないせいだからかもしれんが、自信たっぷりのバタ美男が少々気色悪い(失礼を承知……)。
いやその、星由里子扮するヒロイン、弓子もまた彼、村川に惹かれている、というのが感じられればそんなことは思わないのだが、断っても、先に帰っても、しつこく誘い、先回りし、彼女の母親の前でドライブに誘って逃げ道をなくす彼に、うっわ、キショッ!ストーカーじゃねぇか!!と思っちゃう……。

それというのも弓子には深い深い事情があり、そう自由に恋愛できる立場になかったから、村川からの熱烈なアタックに、たとえ最初から彼に惹かれていても素直に応じることができなかった、それが消極的な態度に出ていた訳なんだけど。
私にはどうも生理的に受け付けないタイプなので、彼女がイヤがっているようにしか見えないんである……。

二人の出会いは、弓子が村川の叔母が経営するサンドイッチパーラーの求人に応募してきたことである。
この叔母を演じるのがだーいすきな乙羽信子でもう本当に本当に可愛い。村川からバアサンと失礼な呼び名をつけられているが、バアサンと言っている間は決して顔を出さない。おばさま、と声をかけると出てくるあたりがめっちゃ可愛い。

ちなみにこの舞台は大阪で、村川は就職のために東京から出てきたという設定、村川の両親の代わりに叔母がお目付け役を仰せつかっているということなのだが、あけっぴろげの大阪ことばをぽんぽんぶつけてくるこのおばちゃんは、村川を縛り付けるようなことはちっともしない。友達みたいな気さくさである。
あのえくぼが可愛いんだよな。オバサンといわれる年齢でこの可愛さは本当にもう理想。

面接に来ていた弓子に、村川は一目ぼれの状態である。しかし村川はほかに女二人にホレられている。まあ表面上は村川は弓子一筋、決して不実とゆーわけではないのだが、なんたって宝田明のあの見た目と、オレ様が誘うんだから断るわけないだろ、と思ってるんじゃないかと思うぐらいの弓子に対する臆することのないアタックに、……きっと今までもそんな感じだったんだろーなーとつい思っちゃう。
だってさ、弓子の病身の母親の見舞いに来て、その場でドライブデートを申し込んで、でもお母さんが病気なら無理だよな、と母親に聞こえる場所で言ったらそりゃあお母さんは、私は大したことないんだから、明日には起きられるんだから行っておいでと、そりゃあ言うじゃん!!

このシチュエイションは一度ではない。最初に弓子の家を訪れた時も、君を食事に誘おうと思って、あ、お母さんも一緒にどうですか、なんて言い方したらお母さんは、いえいえ私なんか……二人で行っておいで、となるにきまってるじゃん!!
卑怯極まりないこの手口を一度ならず二度までも使うことにアゼンとするが、どうやらこれが卑怯な手口だということを、本人含め弓子も弓子の母親も気づいていないらしいことにこそアゼンなんである。まさかと思うが作り手も気づいてない??ありうる……。

ちなみに言い忘れていたが、村川は建築士である。若いが腕がいいらしく、ここ大阪に建てた沖縄料理の店の他に、本場沖縄に建てる店の建築デザインも任されている。
その発注者がわが愛する志村喬扮する高田、その愛人が淡路恵子扮するテルで、彼女が大阪の店の女将を任されているんである。

村川にホレてる女の一人目がまずこのテル、そして二人目が高田の娘の朱実(浜美枝)。朱実は父親に頼んでテルを介して村川との縁談を進めてもらおうとするのだが、その途中でか、最初からなのか、彼女はまさに女の直感、しかも恋する若い女の直感で、テルもまた村川にホレていることをかぎつける。
最終的には彼女は割とあっさりと村川を諦めるのが、「ほかに男の子がいないでもないし」と言うあたり若い女の子の明るい強さなのだが、テルの方はそうはいかない。

テルを演じる淡路恵子の、頬骨の浮き出たくっきりと化粧の濃い、いかにも玄人女、いかに村川が自信満々のプレイボーイであっても、年齢も格もぐっと上の女が、こんな青二才のボーヤになぜそんなに本気になっちまったのか……。
青二才、と言い放ったのは、愛人が若い男にうつつを抜かしたことを知って逆上した高田が漏らしたせりふだが、あの志村喬がそんな子供っぽいヤキモチ焼くなんて、彼にそんなキャラは似合わないよーっ!と絶叫。うーむ、私は志村喬が好きすぎるもんで(爆)。

てか、いろいろすっ飛ばして、先に進みすぎた(爆)。そもそも弓子がなぜ、彼女もまた惹かれているのに村川に対して飛び込めなかったかというのは、いわゆる日陰者の女だったからなんである。有名企業のお偉いさんのお囲い者だった過去があった。彼女は今二十歳。つまり10代の頃に、彼女の言葉を借りれば、“汚れた身になった”ということだ。
こーゆーシステムは日本(に限らないだろうが)のお家芸だし、そこから足を洗えばなんてことはないとは思うが、それでも世間の目というのは確かにある。そして……玄人育ちだったというんじゃなく、ある事情でいきなり、10代の若さで身を売るようなことになったということは、確かにちょっと印象は違うのだが……。

過去回想が現れる。貧乏な長屋暮らし。そこに飛び込んできた、トラック運転手をしていた弓子の兄の事故死。そのショックか弓子の母親はそれから寝付いてしまい、稼ぎ頭の兄がいなくなったことで、弓子はそんな境遇にまで“堕落した”。
この表現は、当時の弓子の恋人で、“堕落した”ことにショックを受けて衝動的に弓子の友人の里枝と結婚した野上が言った言葉である。さらっと書いちゃったけど、これもあんまりな話である。“カッとなって里枝と結婚した”とまるで自分が被害者のように野上が語った時には、スクリーン、じゃないか、CSの録画で観ているんだから、画面の中に飛び込んで行って胸倉つかんでぶっ飛ばしてやりたいぐらい腹が立ったわ。

里枝は野上にホレ切っているに違いないのだ。兄の墓参りに来た弓子に再会した時、「弓ちゃんに会ったのに連れてこなかったと知ったら怒られるわ」と言った時から、ああこれは、そーゆーことかと察せられた。
もうね、野上はダメよ。彼の本音をずばりと言い当てた里枝に言い返せずに手をあげ、彼女が家出したことに「正直ホッとした」と白状する相手が村川よ。
つまり野上は、村川が弓子とそーゆーことになるんじゃないかとかぎつけて、自分こそが弓ちゃんを好きなんだと、でも女房がいるから弓ちゃんは自分を好きになってはくれないんだと、わざわざ村川に指摘させる形で勝手に苦悩のループに入って、なんなんだこいつ、と。

村川とは、弓子の母親の見舞いに鉢合わせた格好だったが、もう最初から野上は村川に嫉妬の嵐である。左ハンドルの派手な緑色の外車で乗りつけているのを見れば、野上じゃなくったってまー、カチンとくるわな。正直最初から、観客側の私もそう思っていたもん(爆)。
そしてこれはまー時代だとは思うのだが……車で乗りつけている野上を、おでんの屋台で待ち受けている野上。おいおいおい、相手は車で来ているのに、ここに呼ぶつもりかよと思ったらその通り、そして村川もいいですね、とあっさり応じるのにはあぜんとするが、ちょいと一杯で運転するぐらいは当時はきっと普通だったのか……ギャー!!そして野上はその村川の運転に送られていくのだから!
雑踏の中に家出をした奥さんを見たような気がしてさまよい出る野上は、村川が言うように、「本当はあなたは奥さんを愛しているんですよ」っつーのは、そうなのか……正直このシチュエイションでは、村川は野上をそっちに追いやるために言ったとしか思えないが……。

野上から弓子の過去を聞き、動揺する村川。最初、何の情報もないうちからテルは「あんな女」呼ばわりをしていたが、テルはまさか、弓子が自分と同じ辛酸をなめていたと知らなかったから。
ならばなぜ、「あんな女」とまで言ったのかは疑問だけど。貧乏な女だからというだけだったのか、自分は裕福な男の囲い者、立派な店の女将を任されているという自負が目くらましになったのか。

まあいかにも日本的な価値観だけれど。村川のような、新しい時代の、デキる男の、プレイボーイがそんなことに臆しちゃうことにガッカリしたりもしたけど。
でもそうなんだろう。弓子の友人の里枝は、その辺りはばっさりと、堕落したから、と、友人の気持ちをストレートに慮る気持ちと、夫がまだ弓子に寄せている想いへの嫉妬もまじえて、正直に言う。でも村川や野上といった、苦界に落ちた女の心境を批判も同情もうっかりできないヤツらは言葉を濁すしかない。

そしてテルは……同じ境遇だったことを知ったとたん、彼女に幸せになってほしいと思うんだよね。いわば自分の身代わりにだ。いや、テルだって、お妾さんではあるけれど高田に愛されていた。でもお妾さんとしてだった。
弓子には、若い彼女には、たった一人の男に愛されてほしいと思ったんじゃないのかな。それが自分が恋した男を引き渡すことで、自分のプライドを満たすことになって。

一度は高田に正直に村川への恋心を白状しちゃって、なーんもなかったのに、まるであったかのように思われても訂正しないで、打擲されて、出て行けと言われて、妾の身の女の身一つで放り出されて、どうするのかと思った。
しかし、ラストシークエンス、「間に人を入れて、ヨリを戻すように言ってきてるのよ」と親友同士の村川の叔母に相談しているんである。なんともいえないというか……。

女二人、お互いホッとして話しているのがさ、二人とも女一匹、誰にも邪魔されないで戦って生きていく!!みたいな雰囲気なのに、少なくとも村川の叔母はそのかわいらしい笑顔だけれど、実際女一人突き進んでいる感じなんだけど、テルは……。
あんなに玄人女の強さ、あでやかさ、したたかさを見せていたのに、それは妾として、愛人の金の力の下でしか生きていけなかったのかと思うと……。
でもそういう条件のもと、それなりに愛情を交わしているのが妾という存在であり、そのためには囲う側は寛容であるべきであり……ああもう!志村喬じゃなかったら、ただ糾弾してけつかさって、終わりだったのにー!!

あんなに自分の日陰者の立場におどおどしていたのに、テルに説得されて、飛行機のチケットまで用意されて、あっさり村川の元に行っちゃう弓子。
おーまーえー。ならなんであんな執拗に姿をくらましたんだよ。そもそも「海の中に落とした十円玉を拾うようなもん」と村川の叔母が言うぐらいに失踪した人を探すとゆーのは困難なのに、通りすがりにテルがあっさり見つけるわ、決死の覚悟で姿を消したはずの弓子が、恋敵に航空チケットおごられてきちゃうとか、どど、どうなの。人生の決断、決心はどこにいったの。なんかもういろいろ、ツッコミどころが多すぎるー!!★★☆☆☆


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