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「ち」


2021年鑑賞作品

チワワちゃん
2019年 104分 日本 カラー
監督:二宮健 脚本:二宮健
撮影:相馬大輔 音楽:
出演: 門脇麦 成田凌 寛一郎 玉城ティナ 吉田志織 村上虹郎 仲万美 古川琴音 篠原悠伸 上遠野太洸 松本妃代 松本穂香 成河 栗山千明 浅野忠信


2021/3/3/水 録画(日本映画専門チャンネル)
気になってたけど観逃していた一作。タイトルから想像していたのとはまるで違っていた。パリピだなんていう言い方もダッサと顔が赤くなっちゃうような、私には年代的にも気質的にもとても手が届かない。
若く無鉄砲で次々に”ナンパ”されて(必ずしも男女恋愛的でなく、同性のトモダチといった意味合いでも)群れて、つながり、離れて、また集まって、この楽しさが永遠に続くような、そんな彼らがまぶしくて目が明けていられないようだった。

そんな具合に、めちゃくちゃ現代的なキラキラに見えて、核はとてもシンプルなのだ。忘れた頃にやってくるラショーモナイズ映画。こんな、超現代的な色彩と映像で私たちを目くらます作品の根っこは、もはやジャンルの一つと言いたいラショーモナイズなのだ。
タイトルロールであるチワワちゃん、劇中ではちゃん付けはほとんどされず、チワワ、とかチワとか呼ばれる、彼らの中心人物にあっという間に躍り出た一人の女の子。

その子が一体どんな子だったのか、その正体は何なのか。いい子なのか、悪い子なのか、正直なのか、ずるがしこいのか、男にウソをついているのか、男からウソをつかれているのか……。
それを、彼女と遊んでいた仲間たちがそれぞれの視点で証言する。まさにこれこそ、ザ・ラショーモナイズ。古今東西問わず、映画としての魅惑的な描写方法。

そして、肝心のチワワちゃんが今や死んでしまっているというのも、本家の羅生門を思い返すと不思議に教科書通りである。しかし教科書の部分と違うのは……表面上はとても楽しそうに、会ったとたんにイエーイとばかりに盛り上がり、時にはあらゆる組み合わせでキスやセックスをする彼らが、チワワちゃんの本名も出自も何も知らなかったのが象徴的なように、深いところをお互い誰も、知らないのだ。
トモダチ、と片仮名で書いてしまったのはそういう感触を覚えたから。あるいは共通のトモダチという関係が組み合わさっている感じ。全員、共通のトモダチで、シンプルな友達同士がいない感じ。

チワワちゃんは何者かに殺され、バラバラ死体になって遺棄された。もう冒頭で、それが示されてからの、チワワちゃんの登場であった。究極の、時間軸のさかのぼりである。
語り部は門脇麦嬢扮するミキである。あの門脇麦を語り部にするなんて。だってチワワちゃんを演じる吉田志織嬢は当時無名の新進女優、ああなるほど、その後「窮鼠はチーズの夢を見る」に出てたあの子だったのか。でも本作の彼女はまさに誰も知らない彼女だ。

チワワちゃんには、誰も知らない女の子である必要が確かにあったのだろうと思う。ヨシダ君にナンパされてきたとミキたちに加わってきた彼女は、その瞬間からとんでもない可愛さ、底抜けの明るさ、誰にもキャンキャンなつく天真爛漫さで、男も女も魅了しまくってしまった。
ミキは……ヨシダ君と一度だけエッチして、彼のことが好きだったけどそのあとうまくいかなかったから、自分の時と同じ台詞「お前だけ、なんか違う」と言ってナンパされたんだというチワワちゃんを複雑な目で眺めていた。この時から、彼女は語り部だったのだ。

彼らの最高潮は、600万を強奪してその金を旅行で三日で使い切った、あの時だった。土建屋から政治家にワイロで渡される筈の金を奪い取る、そんな大胆なことを、臆する仲間たちをしり目にチワワちゃんはやってのけた。
その時、最後に共に逃げ抜けたのがミキで、チワワちゃんはなにかこう、その時から、ミキに対してはトモダチ以上のきずなのようなものを感じていたのだろうか。

チワワちゃんは華やかで、いつも周りに人がいるし、それまでやっていなかったSNSを始めるとあっという間に人気者になって、モデルとして華々しい成功を収める。
ミキは自分では趣味に過ぎないと言いながら、それなりに自負を持ってSNS活動をしていたのが、あっという間にチワワちゃんに抜かれてしまう。

のちにそれをミキは、チワワちゃんを取材している雑誌記者に、趣味で終わる人間とそうじゃない人間、という、チワワちゃんのカリスマ性を語るエピソードとして使う。
記者(栗山千明)は、失礼な質問だったらごめんね、と前置きして、嫉妬やあこがれはなかったの?と聞く。ミキは遠く視線をゆらして、チワワのこと、好きでしたよ。と言うにとどめた。
その言葉の真意はどこにあったのか。彼女にかなう訳がないというあきらめは、モデルという仕事、ヨシダ君の彼女の権利、トモダチの数、成功、生き方……。

ミキのチワワちゃんに対する割り切れない気持ちは、イケイケだった彼らの時代(時代だなんていうほど昔じゃないけれど、若い彼らにとってはそう言いたくなるんだろうなと思わせる)に、あの夢のような旅行中にも、再三現れる。チワワちゃん自体が無邪気に懐いてくるから、ミキはそれを振り払えないまま、なんである。
人気モデルにインスタをフォローされてからみるみるうちにチワワちゃんは有名になり、ミキたちの手の届かない存在、というか、よくわからない取り巻きが常に彼女の周りに出現するようになって、見かけてはいるけれど、最後に見たのはいつだったかなあ、という会話が多くなる。

この感じだ……どんなに楽しく仲良さそうに見えても、密に連絡を取る訳じゃない。遊びに行く場所にたまたまいればイエーイで、連絡先を知っていても、相手が応じなければ途端につながれなくなる。
なんと霞のような関係なんだろうと思う。だから、正体が見えなくなるのだ。触れ合う時は楽しい自分しか見せてないから。ことにチワワちゃんがそうだったのだ。

ただ……彼女は決して器用なタイプじゃなかったから、ところどころ出ちゃうほころびを、どうしても彼女をほっとけない仲間たちが発見しちゃう、ことになる。
傲慢な言葉で追い詰めるカメラマンにチワワちゃんが泣き出すものの、結局いい写真が撮れちゃって、そのカメラマンとデキちゃうのを歯噛みしながら眺めていたのは、最初っからチワワちゃんのことが好きだった、映画監督志望のナガイ(虹郎君)。
一時は時代の寵児だったチワワちゃんがあっという間に転落して、AV女優になっちゃったのを、彼氏が借りてきた、自分が借りちゃったことで知る仲間たちの悲哀……。

つまりこの時には、彼らはチワワちゃんと連絡が取れていない、てゆーか、トモダチの座を滑り落ちているということなのだ。
簡単に。実に簡単に。連絡先は知っているんだから、進言でもなんでもできるのに。あーあ、とばかりに眺めているだけ。

その後、チワワちゃんは経済的に困窮し、知り合いの家を転々とし、”晩年”は金を無心するまでに転落する。ミキが最後に知っているのは、その”放浪の時代”、ほんの数週間、泊めた時である。
無邪気さ、天真爛漫さは変わらず、そこから彼女の非業の最期など想像することは難しかった。けれども……逆に考えてみれば、行くところがなくて転々としているのに、人に気を使わせない天真爛漫さを振りまいているだなんて、異常だ。

そしてその後、旅行先で知り合ったハラダ君の家に居候した時には、チワワちゃん側から挑みかかって、その後の数週間はヤリまくり、どころか、乱交状態、ポップに早送りしたりスローモーションにしたり、引きの画面だけどボカシ入れた乱交っぷりはなかなかの衝撃。
衝撃なだけに……なんかさ、ここまでくると、もうね、チワワちゃんはさみしかったのか、ヤケだったのか、あっけらかんとセックスを楽しんでただけなのか、もう、判らんのよ。

ラショーモナイズ、だからさ、彼女に心酔する幾人かにとっては、チワワちゃんは不器用なだけの、愛すべき存在、なんだもの。かんっぜんに片思いのまま終わったカツオ(寛一郎)、大の仲良し、ちょっとレズっぽいシーンもあってドキドキしたユミ(玉城ティナ)あたりがそういう立場。でも、金を無心されたり、そういう話を又聞きした人たちにとっては、そりゃ、ビッチな女てなわけで。
ああ、ラショーモナイズ。だって実際、語り部のミキは、ずっと会ってなかった。突然、ニュースで彼女の非業の死を知った。雑誌記者の取材という名目はあっても、ミキはチワワちゃんの真実を知りたいと思ったのは、自分が目を背けていた何か、それは何だろう……プライドか、コンプレックスか、そのことに向き合おうと思ったからなのか。

なんたって、ヨシダ君、である。華やかにつかず離れずいた仲間たちの中で、ヨシダ君は確かに最も軽々しかったけれど、ある時から突然連絡が取れなくなる。ある時、それはチワワちゃんと別れた時だったか、それともチワワちゃんが死んでしまった時だったか……。
他のメンバーは、ちょこっと落ち着いた感じにはなっているけれど、そこまでの激変はなかったのが、ヨシダ君はザ・就活スタイル、痛々しいまでのムリクリ変貌を遂げている。

ミキがようやっと彼と連絡がとれて、チワワちゃんのことを聞こうとしても、チワワのこと、聞いて回ってんのか、聞けよ、と震え上がる冷たい応対。
たまりかねたミキが帰ろうとすると、こともあろうにコイツ、ミキをレイプする。しかも、勃たなくて、ぼーぜんと横たわる彼女を目の前にゴシゴシするも、彼女のアソコをいろいろするも、全然ダメ。サイアク。

セックスなんて、なんてことなかった筈なのに。まるでトランプでもするみたいに、気軽だったはずなのに。
ラストシークエンスはね、チワワちゃんをしのんで仲間が集まって、彼女の遺体が遺棄された海にみんなで向かうのよ。ヨシダ君は、さすがにいなかったな。

でもちょっと不思議な新メンバーがいる。大いに若手の、松本穂香嬢、クマちゃんである。チワワちゃんに関しては、先輩の友人、何度か顔を合わせた程度。知り合いの域にすら達していなかったと思っていたから、自身のバイト先である本屋に客として現れた彼女に、とっさに声をかけられなかったんだけれど、思いがけず、チワワちゃんの方から、声をかけてくれた。
こんな末端の自分を覚えていてくれたんだと、感激して……ああ、これこそが、チワワちゃんだったんだなあ、と思う。うっすい関係しか築かなったけど、彼女はかかわった誰もを、しっかり認識して、愛して、また会おうね、と言った。
いつも、いつでも、最後かもしれないと思っていたからこそだったのかもしれない。そんな運命を持っている人は、判っているものだもの。

万華鏡のようにキラキラな現代劇の裏には、胸締め付けられるラショーモナイズがあってさ。チワワちゃんを演じた吉田志織嬢が素晴らしく可愛くはかなく、何者!!と目を奪われた。ああ女の子大好き!!★★★☆☆


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