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「り」


2022年鑑賞作品

リボルバー
1988年 115分 日本 カラー
監督:藤田敏八 脚本:荒井晴彦
撮影:藤沢順一 音楽:原田末秋
出演:沢田研二 村上雅俊 佐倉しおり 柄本明 尾美としのり 手塚理美 南條玲子 小林克也 山田辰夫 倉吉朝子 吉田美希 我王銀次 長門裕之


2022/4/9/土 録画(日本映画専門チャンネル)
お酒を傾けながら鑑賞したら話が全然頭に入って来なくて、いやーやっぱり、映画を観る時ゃ酔っぱらってちゃいけないんだと知った(いや、普段はやらない、どうかなと思って初めてやったのよ!(弁解))。
翌日改めて頭から見ると、記憶にはあるカットや台詞がスポーンスポーンとパズルのピースが気持ちよくはまっていくようで、本作の構成の妙味こそではあるんだけれど、驚嘆した。

本作には何組ものカップル(カップルとはいっても、二人組というだけで、恋人だったり、競輪仲間だったり、初恋未満の同級生だったり、旅先での火遊びの男女だったりいろいろである)が描かれ、改めて考えてみれば彼らのほとんどは関係性はないのだ。2、3組は濃厚に絡み合うのと対照的で、通りすがりの人たちに過ぎないのだ。
そう、改めて考えれば、そうした通りすがりの人たちが、中規模都市で、通りすがり程度なのに顔を見知って、偶然再会して、すぐそれと気づいたりしたりするのはないないと思わなくもないのだが、そのあたりの絶妙な都合のよさが、本作をパズルのピースを当てはめていく気持ちよさにいざなってくれてる気がする。

今回は沢田研二特集。前回の清順監督といい、本作もまた伝説の監督、藤田敏八氏である。伝説過ぎて、私ちょっと避けて通ってきてる(爆)。
数多くの登場人物の中でも確かに彼は主人公、彼だけいわばピンというか、いや、違うな、二人の女性と三角関係、と言ったら野暮ったい、本作の構成から考えれば、どちらかの女性とその都度カップリングされて物語が進んでいくんである。

沢田氏演じる清水という警察官の拳銃が奪われ、その拳銃の行方とともにいくつものカップルの人生が変わってゆく。拳銃、でもなく、ピストル、でもなく、タイトルはリボルバーであるというあたりが、くるくると回る人間の運命、弾が出るか否かのイチかバチかの人生の賭けなのだ。
それは本作の語り部というか、そうね、ほんとそう、前座で物語を解説してくれる芸人コンビみたいな二人が、まさになのさ。競輪狂の二人。人生を賭けに賭けてる二人の男が、体現してくれている。

この二人、柄本明氏と尾美としのり氏というのが!スミマセン……こんな有名な作品を未見で、予想外の組み合わせに大いに驚いちゃったもんだから!! 大林作品以外で尾美氏に出会うことがなかなかないもんだからまずそれが新鮮だったし、その相手が柄本明氏とは!!
柄本氏はザ・演劇畑出身であり、尾美氏は古き良きフィルム時代を象徴する映像畑出身であり、ほぉんとに、水と油ほど体質が違うと思うんだけれど、何この化学反応、年齢も離れすぎてないけど絶妙に離れてる感じとか、なんともいいんだよね!!

競輪場の券売り場で最初はバチバチな感じで出会った二人、その時からツキ始めたと意気投合して、競輪場を回りながらの旅暮らし。競輪で当てるか、金がなければバイト暮らしというスタイルも似ている二人はまるで恋人同士のように日常を共にする。
つまり彼らの脇を通り過ぎる様々な人間たち、そしてその中に盗まれた拳銃が手に手を渡り、鹿児島から北海道へと舞台も大きく移すことになる。壮大なるロードムービーでもあるんである。

この二人、蜂矢(はちや)と新(あらた)(柄本氏の役柄は名字で呼ばれ、尾美氏のそれは名前で呼ばれてるあたりが萌える(照))の出会いのすぐあとに、沢田氏扮する清水のお見合いの場面が描かれる。
優秀な警察官である清水は、上司の肝いりでしかるべき筋のお嬢さんを紹介される。しかしその時から清水は、自分のどうしようもなさをちゃんと提示はしていた。警察官になったのはピストルが撃ちたかったからだと。日本でピストルが撃てるのは警察か自衛隊かヤクザだからと。
もうこの時に彼は自分をさらけ出していたのに、うっかり優秀な警官だったもんだから、公務員の安定に目がくらんだお嬢さん、亜代は清水と結婚することしか考えずに追い回す。

その清水がもう一人の女性、節子と出会ったのは海。実にこの場面では、ほぼすべての登場人物が出会い、すれ違い、この運命を共にすることを決定づける。
節子はスナックに勤める女性。演じるは手塚理美。海辺のワンピース水着が、スタイルの良さは当然のことながら、妙に腰関節あたりから強調してドアップにするもんだから、ドキドキしてしまう。

パラソルが似ていて、うつぶせに寝ていた清水に間違ってオイルを塗ってしまったという、オドロキの出会い。つまりこの時、恋敵になる亜代とも出会っており、同じ海辺に飲み屋の女の子を口説いても口説いても連戦連敗で意気消沈している蜂矢と新がおり、微妙な間柄の同級生、出水と直子が遊びに来ていて、直子が二人の写真を撮ってもらうよう頼むのが不倫カップル。
その男の方がなんとまあ、小林克也氏!彼が不倫恋人に「同僚と結婚するの」とフラれ、そもそもは自分が家庭を捨てきれずに彼女を引き留め続けたのが原因なのに逆恨みし、偶然公園のブランコでぼぉっとしていた清水を見かけて、靴下に石を詰め込んで殴って、拳銃を奪った。この拳銃が、北海道まで旅しちゃうんである。

結局、このおっちゃんは、何もできなかった。酔いつぶれて、新婚旅行に出かけた二人の新居に侵入して、荒らして、それだけだった。
宅配ピザのお兄ちゃんを脅し、動物園で強奪したピザをむさぼり、空き箱の間に拳銃を挟んで捨てた。

その様子を見ていて、拾ったのが高校生の進。彼はその直前、強烈な経験をしていた。レイプ現場に遭遇、そのヤクザな男からノゾキめとボッコボコにされた。
進がこの男を殺したいほど、てゆーか、まさに殺すために北海道に渡るまでするのは、同級生、友人というだけではないような関係に見える直子が見抜くように、優等生で、大学への進学を目指すために夏の遊びも自ら禁じて、無邪気に誘いに来る直子に苦々し気なぐらいの彼が、だからこそのプライドを傷つけられた、そのインパクトが大きったというのは確かに第一。
そして、これも直子がきっと気づいていただろう、オナニーの話題を振られただけで固まっちゃっていた彼が、レイプ現場に遭遇、何もできずに男からフルボッコにされた経験が、もう何が正義なのか、どうしたら自分は収まるのかも、判らずに、拳銃を手にしてしまって、みたいなことだったんだろうか。

その、レイプされた美希である。阿蘇山の降灰を知らせてくれるような仲のいいお隣さんとの会話から判るように、確かに彼女はちょっと奔放な、アバンチュールを楽しんじゃう女子だったのだろう。
でもきっと、まさに今、石森という危険な男からストーカーめいた来訪の末、レイプまでされて、打ちのめされた。そしてその現場を、出水君が目撃、美希は水商売ルートで節子ともつながり、さまよう拳銃のありかが、清水の元に明かされるんである。

拳銃が、主人公と言うべきなのかもしれないと思ってきた。まさに、タイトルロールだ……。面白いことに、前座芸人的柄本氏と尾美氏は、拳銃に全く関わってない。飲み屋の先で噂程度に聞くだけである。常に彼らの前を通り過ぎる、どこかで見知った顔だなと気づくぐらいの他人たちである。
でもその誰もが、二人にとっては見たことのある程度の他人が、すべてこの拳銃に関わっているという不思議さ面白さ!

ピザ配達人を脅しただけで、拳銃は見つからなかった。出水君の手に、拳銃は渡った。不思議な縁で、水商売の女から女の口伝えで、その行方が清水にもたらされる。
もうこの時、清水は節子の元に転がり込んでいて、てゆーか、警察官を辞めた清水は完全にヒモで、でもこの時点では……二人の間にそういう関係はなかったんだよね。清水が拳銃の行方を追って札幌に向かう決意をした夜、節子からけしかける形で至ったけれどもそれまではなかったし、当然、亜代ともなかった。清水自身は、ただ自分を偽悪的に見せていただけだったのか……判らない。

本作は、まずはキモとなるレイプシーンがあるし、不倫カップルの、拳銃を強奪する男と愛人である美里との、おっぱいバッチリのしっかりカラミも見せるし、清水と節子の、まぁその後を想像させるキス程度であったにしても、大人の展開は描かれていたんだよね。
でも、なぁんだろなあ……清水と節子の場面がほんのりで終わっていたことが結論のように思えたというか、レイプにしても不倫カップルのそれにしても、つまりは不毛、幸福な、実りあるそれじゃない。

清水は特に考えずに見合いしちゃった相手の亜代から迫られて、結婚はゴメン、ヤリたいだけだ、と突っぱねる。それは確かに彼の本音だっただろうけれど、その幼さも感じさせる。
亜代もまたそうなんだけれど……清水から指摘されるように、彼女は結婚がしたいだけ、結婚に恋する女子だったのだ。清水からそれこそレイプまがいのキスとまさぐりをされて、ショックを受けたけれど、その後今まで以上に彼を追い求めたのは、奇しくも幼い価値観の清水からの攻撃で、彼女の中のオトナが目覚めてしまったんじゃないの。

そういう化学変化というか、小さな炎があちこち、本作の中でぼぉっとともされるのを目撃する。出水君にオナニーのことなんか聞いて大人ぶっていた直子だって、彼がナマのセックスを目撃して、その興奮が怒りに変わって、九州から北海道まで行くだなんてこと、もうその時点で彼女は追いこされているのだ。バカね!とビンタしたって、もう、彼女は出水君を子ども扱いなんてできないのだ。
拳銃、弾、撃ち込む……セクシャルなさまざまを想起させる一丁のピストルが、のどかな音楽とともに、のどかなロードムービーの様相を呈している不思議な魅力。とにかく柄本氏と尾美氏ののんびりほんわかな魅力がたまらない。

クズ男の石森を追い詰め、もう殺す、殺す!!という段まで行ったけれど殺せない。殺してしまったら、この純粋な男子の将来は失われちゃう!!
ほんっとに、こんな偶然あらへんわ!!という、関係者すべてが集結する札幌大通公園。清水はなんとか出水君を抑えたけれども、蹴飛ばした拳銃が、清水を追ってきた亜代の手に!!
本気で殺す気で彼女が撃った銃弾は、なんでかまぁ、恋するママのためにラベンダーを採取しに来ていた蜂矢の太ももに的中!てか、何。この理由。札幌にいるための理由としてムリありすぎだろ(爆)。でもこのあたりが、本作の前座漫才師たる柄本氏と尾美氏のチャーミングな魅力なんだけどね!!

結局、清水は、どちらの女子を選ぶのだろう。選ぶだなんて、女子からしたら、チッ!だけどさ。安定の公務員、住居も保証され、結婚相手としては最良として清水との見合いにのぞみ、恐らくその容姿に一目ぼれして追いかけ続けた亜代だけれど、レイプまがいのひどい仕打ちを受けても、いや、むしろそれで目覚めたぐらいにして、彼女は清水を諦めなかった。
作劇上は、なんたって手塚理美氏の冴え冴えと洗練された美しさであり、まったきヒロインであるから、亜代のうざったさがむしろわざとらしいぐらいなんだけど、だからこそ、かなあ……。

結果的にはさ、節子が脱帽して「撃つぐらい、好きじゃないから」と言うぐらいさ。でもそれ、めっちゃ怖い愛情ではあるけど、でも、節子が脱帽するのは判るほどの愛情ではあって……。
判らないんだよね、結局清水がどちらを選ぶのか。節子は住まわせていた部屋のカギを返却させた時点でもう、答えを出していた気はするけれど。

あーもう!!とにかく関わる人物が多すぎて!!同僚の警官とか横柄な雑誌記者とか、蜂矢が恋するスナックのママとか、めっちゃめっちゃ、いるんだもん!!★★★☆☆


Ribbon
2021年 115分 日本 カラー
監督:のん 脚本:のん
撮影: 彦坂みさき 音楽:ひぐちけい
出演: のん 山下リオ 渡辺大知 小野花梨 春木みさよ 菅原大吉

2022/2/27/日 劇場(テアトル新宿)
コロナ禍の世の中を、その今を描かなければといち早く立ち上がった作り手たちは何人もいて、この2年間、そうしたいくつかの作品に接し、そのどれもが抑えきれない憤り、虚しさ、焦り、恐怖を充満させた力のある作品ばかりだったけれど、まるで真打のように登場した本作が、私には一番刺さった。

それまでのいくつかの作品は、いわば大人だったのだ。大人として怒らなければ、大人として残さなければ、大人として今起きていることを考えなければ。実は精神年齢なんか誰もが中学生ぐらいで止まってるのに、年を食うとついつい大人ぶってしまう、世の中を語りたくなる。
もちろん、それらの作品を観ている時にそんなことを感じた訳じゃないし、どれもが誠実で力のある作品だったけれど、本作に接してそう感じてしまったのだもの。

本作が描いているのは美大生。卒業制作展が中止になり、四年間打ち込んで作り続けてきた作品がゴミのように思えてしまった。
企画、脚本、監督、編集までも務めるのん嬢が新聞で知って衝撃を受けたというこの言葉、その衝撃が彼女自身が打ち込んできた表現ということに直結するからこその立ち上げであり、この言葉の衝撃が本作を最初から最後まで見事に貫いている。

絶対にそんなことない、そんなことないってことを、でもどうやって証明したらいいのか。不要不急と言われて、芸術とは生きていくうえで必要じゃないのかと断じられたような気がして、才能ある表現者から何人もの自殺者が出たのもきっとそれと無関係ではなくて。
のん嬢はあんなに可愛らしく天真爛漫に見えて、あらゆることを自ら企画して打って出るほどに、表現への渇望の高いクリエイター。そんな彼女がこの事態にこんなに落ち込んだのに、まだ世に出る前の学生がさらされた、青春の大事な大事な四年間の結晶がゴミ扱いされることに受けた大きな衝撃が、本当にストレートに、彼女自身も感じた衝撃とぶつかり合わせて、爆発させて、描いたことに、直球でこちらも衝撃を受けて。

なんか上手く言えてないけど、判ってもらえるだろうか。大人としてのクリエイターたちが、社会派としてこねくりまわした(言い方!)力作たちが、この、言ってしまえば青春物語に負けてしまうのは何故なのかということ、なのだ。
もう大人ならば、社会人ならば、不安はあってもそれなりに貯金とかもあって切り崩して生きていけるのならば。不要不急と言われたことに対して声をあげるだけのキャリアがあるのならば。

もちろんそんな単純なことじゃないことは判ってる。製作が止まり、経済的に困窮したクリエイターや演じ手、スタッフ、劇場等々が陥った苦難はもちろん、判ってる。でも、それを声をあげることができるのだ。
実績があるから。人を感動させてきたという自負があるから。不要不急なんかじゃない、芸術は、表現は、人生に必要なものなのだと、もちろん緊急事態下には逡巡しながらではあっても、言えるのだ。

でもまだもがいている、自分の表現で世に打って出る前の、世に打って出るために四年間頑張ってきた彼らに、これはなんて残酷な事態だろう。そのことに思い至らなかった。そしてのん監督は、気づいちゃったのだ。
それは彼女が彼らの年齢に近いということももちろんある。それはとても重要なこと。でも近いけれど、のん嬢はもはや押しも押されもせぬ表現者なのだ。そのはざまにある、二つを結びつける運命的感性が、彼女の持つ爆発力のある感応性に響きあって、もうすっかりおばちゃんの私の心を打ちぬくんである。

悩めるOLさんを好演したり、もうすっかり大人の女性であることは間違いないにしても、彼女はこのひどい事実を、自分で演じたかったんだろうと思う。可愛らしい童顔が、違和感なく美大四年生にハマっている。
中盤まではね、ちょっとのんびりしたキュートな展開なのだ。いやもちろん、冒頭、緊急事態になって、大学が閉鎖されて、卒業制作展目前だった学生たちが泣きながら作品を始末したり、怒りをぶちまけて作品を壊したり、そんな殺伐としたキャンパスが描かれて、まさにそのとおりだったんだろうと思って、背筋が寒くなる。

そんな中、のん嬢扮するヒロイン、いつかは自分の作品を重そうにずるずると引きずってキャンパスを後にする。途中、親友の平井に行き合う。平井は何も持っていない。「持ち出せるだけいいじゃん」その言葉にいつかは黙り込む。
実際、いつかが目にしたように、巨大なオブジェなどを作っていた学生たちは腹立ちまぎれに泣きながら作品を壊していたのだ。平井もまた巨大な絵画を制作中だった。持ち出せない。家に入らないから。後から思えば見事に、冒頭の投げかけが泣いちゃうラストにつながっていく。決して決して、芸術は必要じゃないことではないんだというラストに。

中盤までは割とのんびり、というのは、私らも経験した、何をやっていいのか判らない、やる気も出ない、あの緊急事態宣言下の、もう味わいたくない、異質の雰囲気が、四年間を打ち込んだ時間を否定された、奪われたイチ美大生のそれとして示される。
こう書いてみると、けっしてのんびりした、なんてことではないことが判るんだけれど、そのあたりが絶妙なんだよな。いつかを演じるのん嬢のキュートさ、かわるがわる家族が訪ねてくる時に見せるぶーたれた女の子の姿は、まだ世に出る前のワガママさを前提にしつつ、だからといって、許せないことの数々である。
いわゆる世間の、この場合はまず母親によって下される、世間的常識、いや良識というべきか、というものに対する反抗、拒否、自分のこの感覚こそを信じたいという、でもまだ子供だからという焦燥、不安、積み重ねていくエピソードでどんどん、見事に、表現されていく。

本当にね、まず母親、そして父親、妹、と訪ねてくるごとに積み重ねられるいつかのもどかしい感情が、絶妙なのよ。それぞれにのんびりと、オフビートとも言いたいエピソードの積み重ねで、のん嬢のキュートさ、両親を演じる春木みさよと菅原大吉もキュートだし、クールでしっかり者の妹、だけどもうやたらと消毒しまくりのまいを演じる小野花梨嬢のあやしさ満点のファッションと行動も面白かったし、父親が持ち込んだ、“ソーシャルディスタンスをとる”ための、さすまたの可笑しさときたら。

その後、いつか=のん嬢がそれを散歩に持ち歩いて、魔女のほうきよろしくもたれながら妹とスマホで電話していたりするのが可愛すぎて、この画いつまでも観ていたい!!と思っちゃう。
そう、このあたりまでは、なんだか可愛らしくて平穏なのよ。でも先述のように、見事にその間に、彼女の中にネガティブな感情が塵積もって行っている。

最初に訪ねてきた母親こそが、一番だった。部屋を片付け、製作途中のいつかの絵を捨ててしまった。つまり、ゴミだと思ったから、なのだ。なんということだ……。母親にとって、散らかっているものと一緒に見えたのだ。
「平井さんみたいに、ちゃんとした絵だったら判るもの。あれが絵なの?子供の工作みたい」捨ててしまった理由を、こんな残酷な追い打ちで言い募ることを、親という特権の下で当然だと思っていることに、劇中のいつかの気持ちを思うと、いや、一緒の想いで、耐えられない。

でも、いつかは、本当に怒るし、許せないと思うけれど、でも、自分の作品がゴミだと言われたも同然なことに対して、自信をもって立ち向かえないのだ。
こんな状況、泣きながら作品を壊していた同級生たち、親友は巨大な作品を持ち帰れず、かといって壊すことも出来ず、そのことでいつかと溝が出来ていて、連絡が途絶えたままだった。

親というのは、時折、無邪気に残酷なことを言うもんである。これが怖いから、私は親にはなれないと思うのかもしれない(ただ単に、出会いとカイショがないからだろうが……)。
親が子供にする、やってやったということが、部屋の片づけと、いつかが全身全霊をこめた作品をゴミだと思って捨てたことだとは、後から何度思い返しても、私だったらこの母親と、生涯もう二度と会わない、許せないと思っちゃう。
でもそれも、すっかりこじれた大人になったからなのかもしれないのだ。まだ世に出る前のいつかは、母親の仕打ちに怒りながらも、その母親のしりぬぐいをするように次々に現れる父親、妹についつい心を許してしまう。この柔軟な若い心が、最初からさんざん言いつくした、大人、あるいは大人ぶったワレラにはできない芸当なのだ。

いつかは、思いがけない出会い、というか、再会をする。中学時代のクラスメイト、田中君である。散歩に出かける公園で遭遇、なんかいつもいつも、こっちを見ている。こわっ!というのがいつかの印象。
でも妹が、なんか見たことある人な気がする……ということこそが、正解だった。田中君は、いつかが美術の道に進むきっかけを与えた男の子だったんであった。いつかの絵を、かっこいいと言ってくれたことから、彼女の美術人生は始まったのだ。
それをいつかが忘れていたことこそがちょっとびっくりだったけれど、クリエイターとして歩む覚悟と、あんな恥ずかしいことしてしまった!!という過去は、キッカケとはいえ、忘れたいそれだったのかもというのは、思い出しちゃったー!!と頭を抱えるいつか=のん嬢のキュートな描写で明らかなのだ。

この男の子、田中君が、渡辺大知君だってのが、イイよね。もうぴったり。それだけで涙が出ちゃうぐらい。バレンタインにチョコを男子に送るてな女子は多かろうが、自分が描いた絵を送る女子なんて、なかろう。
でもそれが恥ずかしい過去だと思ったからこそ封印していたいつかは、マスクをした田中君に気づけなかったのだ。妹が、なんか見たことある……と気づいちゃう当たりが面白く、このしっかりものの面白い妹ちゃんの存在が、いろいろ厳しいいつかを支えてくれた。

その合間に、というか、本作のキモであろう、親友の平井の絵を奪還するために、閉鎖された大学に忍び込む、という大きな展開が用意されている。
大学に通う学生ならば、その大学、キャンパスに入ることなど、当然のこと。卒業制作の時期ならば、深夜まで製作することだって普通にあっただろう。持ち帰れなかった巨大な卒業制作作品を、こっそり加筆し続けていた平井は見つかり、退学になるかも……と怯えて、いつかに連絡を取った。

その連絡も、本当に久しぶりだった。内定が決まっているいつかと、大学院進学を目指している平井、作品を持ち出せたいつかと、持ち出せなかった平井、……様々な立場の違いが溝を作っていた。
今まではきっと、中途のテレビ電話場面に示されていたように、暇だよー、何してる?外で食事したいね、話たまってるよ、会いたいよー、みたいな、そんな具合の軽いタッチの関係性だったのだろう。
親友同士だという気持ちを確かめ合えたのが、平井の、そして実はいつか自身も直面していた、ギリギリの、追い詰められた状態であったからだというのは、不幸中の幸いというのも違う気がするけれど、なんだろう……。

人生時々、こんなことが起こる時があったような気がするのだ。今の、このコロナ禍だなんて、そんなことは彼女たちの世代だった私の時にはそらまあなかったにしても、自分だけの、危機的状況の時代は、誰しもにあるだろうと思う。
でもそれが、世界的にリンクしているという経験が私にはなくって、今私は鈍感な大人になってしまって、まあもう、先行きも短いしね、ぐらいな愚鈍さでとらえられているのはいいのか悪いのか判らないけれど、そんな感じ。

そうじゃない人々、私みたいに見ないフリできる無責任さを持つ人じゃない、危機感をしっかりと持つファイターたちを、しかもリアルにこれからを作っていく新鮮な才能を目にすると、だめだだめだ。こんな老体に出来ることは何だろう、彼らを支えて、未来を支えて。できるだろうか、こんな老体に??と思って。

でもさ、なんていうのかな……とにかく、嬉しかった。のん嬢は、本当に強く、美しく、クリエイティビティがあって、エネルギーがある。ちょっと違うかも知れないけど、大竹しのぶ氏的な影響力を感じちゃう。オールマイティーで力強い繊細力を併せ持ってて、セルフプロデュース能力に長けてて、皆が好きになっちゃう可愛らしさがある。
でもその中にはメラメラと、表現への怒り、欲望、焦燥、使命が燃えているのだ。こんな女の子は、かつてなかった。見た目と雰囲気のギャップが凄すぎる(爆)。
そして何よりバランス感覚。見た目にはふんわりと客を呼ぶ作品として提示しておいて、噴火大爆発の芝居でぶっとばしちゃう。ホント、ズルい才女なんである。★★★★★


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