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「や」


2023年鑑賞作品

山女
2022年 100分 日本 カラー
監督:福永壮志 脚本:福永壮志 長田育恵
撮影:ダニエル・サティノフ 音楽:アレックス・チャン・ハンタイ
出演:山田杏奈 森山未來 二ノ宮隆太郎 三浦透子 山中崇 川瀬陽太 赤堀雅秋 白川和子 品川徹 でんでん 永瀬正敏


2022/7/24/月 劇場(渋谷ユーロスペース)
ヒロインの凜を演じるのが、「ひらいて」の愛を演じた女の子だということを後に知って大いに驚いてしまった。
確かにお名前に見覚えはあったけれど、実際にそうだと答え合わせをしても、「ひらいて」の愛と本作の凜は、役柄が違うという以上に同じ女の子にはまるで思えなかった。「ひらいて」の時に瞠目はしていたものの、思った以上に凄い女優さんかもしれない……。

本作で彼女が演じる凜は、18世紀後半の東北の貧しい寒村に暮らす、その中でもひときわ貧しい女の子。そもそも18世紀、なんていう感覚があったとは思えない、この解説の仕方が何か神話めいた、神からの目線を感じさせる。
そもそも確かに神話的だもの。凜は女神が住むというお山を信仰している。山への信仰というのは、霊山という言葉が存在するように、日本人に深く根差している。日本中ほとんど、どこからでも、山が見える。山岳国家。そんな国はなかなかないだろうと思う。

本作が遠野物語からインスピレーションを受けたというのも興味深い。読んでないけど(爆)。柳田邦男先生。でもこれをきっかけに読んでみたくなった。
東北は10代の頃いろいろと移り住んだけれど、お山信仰、自虐があるのにプライドが高い、根強い家父長感覚と男尊女卑がありながらも、だからこそ女性が、ある意味神がかり的な強さを持っている、そうしたことを、当時はそこまで明確に明文化して感じていた訳ではなかったけれど、そんな魅力に惹かれていた。
本作の世界観がまさしくそれだったので、なんていうか……アンビバレンツ的感覚に陥った。

貧しい父子家庭。後々明らかになるところによると、父親の祖父が盗みの咎を犯し、それ以来代々蔑まれ、迫害されて生きてきた家族なのである。田畑を取り上げられ、飢饉で村民へのほどこしも、この家族には、というかこの父親には不当なまでの少なさである。
父親を演じる永瀬正敏氏は、祖父からつながる理不尽な迫害に憤るのは当然ながら、彼自身、それに立ち向かえられない弱い父親、弱い男を、ああこういうの、ホント上手いんだよな。つまりは男は弱いということなのだよ。

まぁ女のキャラは少ないけれども、その少ないキャラのどれもが、それぞれの強さを持っている。ヒロインの凜はもちろん、凜を気遣う幼なじみの泰蔵(二ノ宮隆太郎)の嫁(三浦透子)といい、何より、この村の運命を決定づける神託を授かるおばば(白川和子)といい、である。
それぞれが、この村の男たちには到底できない、キツい選択を下し、受け入れ、おめーには出来ねぇだろ、と男たちを弾き飛ばし、突き進む。

凜の家庭は、そんな具合だから、汚れ仕事……イヤな仕事だ……産まれる赤ちゃんを、この状態だから育てられないからと、産まれたとたんに窒息死させて、その遺体を受け取り川に流す、そんなキツい仕事を請け負っていた。
冒頭でさっそく、そんなキッツイシークエンスが描かれた。産み落とした母親は夫の下した決断を恨めしく受け入れるしかなかった。本来なら夫を恨むべきところなのに、世に出ることを許されなかった赤ちゃんを処理する彼ら家族を、村の人々は穢れていると蔑んだ。
赤ちゃんだけではなく、遺体が出ると処理に回る。メインストーリーで鮮烈に描かれる山男の食料になっているのが、……あの埋められた遺体たち、なんだよね?なんか暗くてよく判らないんだけれど……。

暗いの、そう暗いのよ。画面がやたら暗くて、段々眠くなっちゃう(爆)。スミマセン、ババァは体力がないもんで……。この時代の、時間や場所でのリアルな自然光を再現していたんだろうけれど、なかなかにツラかった。何が映っているのが見えなくて、目を凝らしているうちに次のカットに移っちゃったりするもんだから、これがなかなかに……。

でもその見えない中に、山男が住んでいるのだから。タイトルは山女。タイトルロールであるのが凜、だけれど、その前提にいるのが山男。雪男とかは聞いたことがあるけれど、山男、というのは初めて聞いた。
死肉を喰らう、獣のような男、山男。森山未來氏だよね??クレジットで残っているビッグネームは彼だけだもの!と確信しながらも、うっそうとした白髪の中に顔を隠し、年齢の感じも判らないし、台詞が一切ないし。なのに凜はなぜ、彼に身も心も許せたんだろう。

そもそも凜が山に迷い込んだのは何故なのかっつーことである。父親がクソだったからである。……いや、この村、家父長感覚、すべてが、どうしようもなく作用したということだろうけれど。
窮地に追い込まれた父親が犯した盗みの罪を、見かねてウソを言ってかぶったのが凜であった。こともあろうに父親は、それを当然のこととして受け止め、村長以下皆の前で凜をボコボコにぶん殴った。

あまりにもボコボコだったので、あれ?ホントに凜がやったことで、父親が制裁を下したのかと錯覚するぐらいだったし、その後も父親は、あくまで娘がやったことだ、という姿勢を崩さず、もろもろ展開があって、山の神様に凜を人柱として差し出すという条件に、田畑を戻してもらうことを得て、満足したのだった。
満足した、というのは言い過ぎかもしれないけれど、凜が父親の罪をかぶって山に入っていったのを、彼は目撃していたのに止めず、神隠しにあったと言い張った。それを信じず、凜を探そうとした泰蔵を叱り飛ばした。

そしてもう一人の子供、盲目の息子に対しても冷たかった。女の子、盲目の男の子。この村、昔の日本、いや今の日本であったって、根本的には大して変わらないかもしれない。
下に見る目。蔑みの目。それが親であったとしたって、というのが……今であったとしたって、と感じてしまうところに、本作の凄まじさがある。18世紀などとわざわざ、神話的ニュアンスを前提にしながら、これは遠くて近い物語なのだ。

産まれた赤ちゃんを殺すしかなく、その遺体の処理を請け負う彼ら家族、盲目の息子ちゃんが引き取りに行くと、お前なんかが生きていて、とひどい八つ当たりをされる。
本当にひどい、そう思う一方で、自分の子供をこんな理不尽な理由で葬り去るしかなかったその罪を、ぶつける先が必要だったんだと思う。でもそのはけ口が同じ村に住む仲間、その中でゴミタメを決める醜悪な序列社会、このゆがんだ社会を今私たちは、正せているのだろうか??

凜は父親をかばったことで、父親からいいように見捨てられて、山へと入っていく。そもそもお山信仰の篤い彼女だった。盗人の女神様、自分たちの家族のルーツにつながるのだと言って。
それでもきっとそもそもは、死ぬつもりだったんだと思う。山に入るということは、生活の術を失うことだ。特に、食べ物。それを、もう、最初に、鮮烈に、示された。

山男との出会い。彼が喰らっていたのは、暗くてよく見えなかったけど(爆)、埋められた遺体、だよね??凜が、凜たち家族がなりわいとしていた、穢れた仕事、遺体を埋葬する、いや、埋葬するだなんてキレイな言葉じゃなく、もう急ぎで埋めて、その存在をなかったものにする、みたいな。
それは凜たち家族も、そして……その死肉を喰らう山男も、感じていた感覚だったんじゃないの。

物言わぬ山男に、凜はどうシンパシィを感じたのだろう。なんか突然服とか脱ぎ出すから、見てるこっちは焦っちゃう。彼に敵対心がないということを示すためだったのか、あるいは彼女の中の女が目覚めたのか……。
実際、山男と肉体関係を結んだのかまでは、判然としない。そんなヤボな描き方はしない。しないけれど……恐らく、というのは観客側は当然、100%、思っている筈。添い寝しただけのような一夜の後、凜は山男の髪を愛し気にすいたりして、そんな、まさしく恋人同士なスウィートな描き方をするんだもの。

何日も太陽が顔を出さず、これはもう、生娘を人柱にささげるしかないというご神託をおばばが得ちゃう。つーか、男たちがすがるばかりで、なにか最終手段を、って請うのに、おばばがしぶしぶ絞り出したようにも思えるが、それは現代ババァのうがった見方だろうか??
今の目から見れば、自然気象なんてどうしようもなく、誰かのせい、なにかのせいにしたい男どもをしょーがねーなと鎮めるために、神託を受け取る女たちの苦悩、なんて図式も思い描けちゃうのだ。
男たちは娘や孫娘を出したがらない。そりゃそうだ。村長もその下のおべっかつかいも、犠牲精神を持つものはいないのか、村長がこんなに頭を下げているんだぞ!とか、サイテーの圧をかけてくる。

そこに飛び込んでくる、行方不明になっていた凜の発見情報。泰蔵は、知らなかったのだ、この状況を。凜を探したしたい一心で、まさかの、死刑台に送り込んでしまった。
泰蔵、そして凜の弟、そして……言いたかないけど凜の父親が、贖罪の想いでとらわれた凜を見舞う。見舞うけれども……。

てかさ、そう、凜を探す目的、山男目撃の情報もあって、泰蔵は出会ったマタギたちと山に分け入った。そして山男は、マタギたちによって射殺されるんだけれど、山男は充分な恐怖とインパクトを残した。
数人が、彼の力技によって命を落とした。つまりはそれが、山男に対する恐怖を増幅させ、彼の命を落とすことになるのだけれど、ただ、山に暮らしているだけの山男を、何の理由もなく殺す理由は、一体なんだったのか??

そうか、そうだ、凜を捕獲するためだったのだった。山男と一緒にいる凜を。でも、おばばが言っていたのは、生娘の献上、だった。明確には示されていないけれど、凜は、この時点での凜は、山男と愛をかわしていたであろう。そんなヤボなことを示しはしないけれど……だから、そもそも、無駄な儀式、茶番だったのだ。

山の神様がお怒りになったのか。火あぶりになった凜を救うように、突然の豪雨。凜は縛り付けられたところから倒れ、恐れおののく村人たちを尻目に、ゆっくりと山へと向かう。
もう愛する山男は死んでしまっているのに、いや、でも判らない。神聖な、彼女の行く先へと、白装束がびしょぬれになりながら、それはなんだか、生娘とは真逆な赤裸々なエロティックと、それとも、真逆な誠心誠意、ストイックな信仰と。凜は今は亡き山男を思いながら、この山を、霊山を、守っていくのだろう。神として、女神として。★★★☆☆


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