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パーフェクト・キス 濡らしてプレイバック
2023年 69分 日本 カラー
監督:吉行由実 脚本:吉行由実
撮影:小山田勝治 音楽:
出演:花音うらら 小池絵美子 広瀬結香 市川洋 安藤ヒロキオ 野間清史 河野宗彦 吉行由実 森羅万象
その対照にいるのは、いとこの瑠美である。母方のいとこなんだろうな、小百合の母親の娘への束縛に同情し、私の親もまぁまぁそうだったけど、飛び出しちゃった、と語るということは、母親同士が姉妹なのかな。束縛系母親としての同志関係だが、この瑠美は判りやすくデカパイのカラミ要員。
小百合も婚約者の平川とのセックスシーンが早々に描かれるものの、好きでもない相手とのセックスはちっとも気持ちよくないし、マグロ状態の小百合のシークエンスは、ピンクの需要として、男子観客はどう思うのか、それでも興奮するのだろうか。
女としては、なんか辛いというか、こんな場面でも男子が興奮するのなら、キツいなぁと思うのだが。
小百合は教師になりたかった。教職もとっていた。だけど、家庭教師をしていた男の子にいきなりキスされ、それを彼の母親に目撃され、小百合の母親もそれを彼女のせいにし、父親の経営する塾の事務職に押し込める。
冒頭、実家を訪れていた小百合が、父親から授業のコマ数に講師が足りないことを聞いて、私も入れるよと申し出ているのだから、彼女は教職への欲求があるに違いない。でも、それが描かれるのがこの冒頭一発だけなのはもったいないけれど……。
母親は即座にそれを否定。父親は娘の小百合のことをちょっとは心配している風はあるんだけれど、結局は最後まで積極的には口出ししないんだよね。
まぁそれは、この夫婦が仮面夫婦であること、小百合の実の父親でないことがラストに明かされるにしても、でもちょっと、心を寄せたような言葉もあったから、消化不良というか、力になれないならそんな中途半端に口出しするなよとも思ったが。
母親は小百合の行動を束縛しまくる。ランチだの、買い物だのに付き合わせまくる。どうやらメディアにも積極的に出ている女性学権威の教授らしく、娘をその宣伝材料にもしようとする毒親である。
ただ……これだけの重要な役割を担うこの母親を演じる女優さんが、かなりお芝居がツラいものがあって、えーこんなんなら、吉行監督自身が演じてほしかった!!とか思うが、そうか……もう20代の娘を持つお年じゃないんだなぁ……時が流れるのは早い……。
前半のシークエンスで、メイン女子三人がそれぞれにカラミを披露するのだけれど、まさにこれが、それぞれのキャラクターを紹介しているんである。
前述のように小百合と平川のセックスはちっともエロじゃない。平川は小百合がこの場をやり過ごしていることすらわかってない。
瑠美は年の離れた夫と巨乳をゆらしてガンガンやっている。この夫を深く愛しているだけに、持続力が足りない夫では満足できなくてセフレを持っているのだが、それを探偵を使っての証拠を夫から突きつけられ、万事休すと思いきや、俺を捨てないでくれ!!と夫にすがりつかれるんである。
夫を演じるベテラン、森羅万象氏がさすがいい味出していて、愛し合っているのにセックスですれ違う瑠美と夫の物語を見たかったと思っちゃうのは、まぁ、この夫の方に年齢が近いからだろうなぁ。
そして小百合の母親は、この時は相手の顔が見えなくて、実は平川だったことが明らかになるのだが、SM女王様コスプレでぺ二バンまで装着して男をいたぶりまくっている。本当にキャラそれぞれの個性が良く出ているカラミシーンなのが面白い。
セフレがめちゃくちゃイイから、手放したくない、ラブホを使うと足がつくから、と瑠美が小百合に相談して、それなら、と小百合は一人暮らしの部屋を提供する。見返りに、つぶさにレポートをくれと。すげーな。思いつかない展開。自分のベッドで、片方はいとことはいえ、セックスしているだなんて絶対ヤだけどなぁ……。いやまぁ、いとこ同士の信頼の関係もあるのかもしれんが。
瑠美からのレポートで小百合は、かつての教え子君との妄想を高まらせる。キスしかしていないのに。それは何度も繰り返されるのだ。きっと真夏。夏休み。窓から降り注ぐ陽光、セミの声。唇を押し付け合うだけの、不器用なキス。それを小百合は何度も何度も思い返しては、まるでその時、セックスまで至ったかのように自らを慰めちゃう。
判る、と言っちまうのがハズいが、これぞ女子的妄想爆発である。まるで死んでしまった恋人を思い返すように小百合はこれをオカズにオナる訳だが、うっかり、その本人が現れちゃう。
母親と買い物に出かけた合間に。その本人、弘樹はあの事件の後、親に失望して進学をせず、働いて自分の店、バーを開いたのだという。
あのキスが忘れられずに、そして教師をしたい気持ちも持ちながらも、母親の束縛に抗えない小百合が、道を断たれた、ある意味犯人的存在である弘樹に再会し、彼はそれを断ち切って自立しているのを目の当たりにして、恋心再燃、性欲自認、独立心爆誕、となるという、なかなかの忙しさ。
あのエモエモのキスシーンが何度も繰り返され、それだけでオカズになるぐらいのもやもやおぼこ娘の女の子を主人公に仕立て上げると、周囲がこれだけ濃ゆい感じにならなければ成立しないのかと、結構アゼンとする展開が続く。
小百合が瑠美にセフレとの場所を提供した、そのセフレが、小百合が思い続けていた教え子の弘樹だったことが判った時は、はぁあ??とのけぞるほどビックリ。
まぁそりゃまぁ、ピンクはカラミが必須で、そのためにはあらゆる状況が用意されるとはいえ、小百合がそれを特にショックもなく受け入れるのは、それはさすがに……。
いやでもそれは、いとこの瑠美を信頼していることや、瑠美が夫を心底愛していて、あくまで弘樹とはセフレとしての間柄だと納得しているからだろうが、うーん、でも、気持ち良くないセックスしか経験のない小百合が、ずっと思い続けていた男の子がいとこのセフレだったことを、すんなり受け入れちゃうのか……うーむ。
瑠美はエステティシャンとかそういう感じなのか、小百合にあやしげなバストアップオイルとかプレゼントしたり、小百合の想い人が弘樹だと思い当たると、ほとんど3P状態で小百合を攻略にかかるんである。
このシークエンスはなかなかに凄い。これが、男性監督だったら、私、激おこだったかもしれない、なんて思っちゃうのは、それこそ昭和的女子の頭固い感じだろうか??
瑠美がまず、あやしげなアロマバスで小百合の性欲を高まらせて、小百合のおっぱいをモミモミするところから始まって、弘樹が足からマッサージし、瑠美は退場するに至る。一歩間違えれば犯罪の匂いがしちゃう流れである。
小百合を演じる花音うらら氏が桃色の身体を真白なバスローブに包んでモヤモヤもだえまくるところまで持っていくんだから、こ、これは、ちょっと犯罪かも……??
そしてようやく、想い人とのセックスが叶い、セックスって、こんなに気持ちいいものだったんだと、瑠美に吐露する小百合、という形に落ち着いて、そうか、良かったのか、でも良かったのか??とちょっと心配にもなるのだが。
小百合には、もっと大事な問題が待っている。母親との対決である。ずっと、思い通りにされ続けていた母親に、初めて反駁を試みると、思いがけない事実が母親から吐露される。
母親の不倫によって彼女は産まれた。その不倫相手の教授が、自分の教え子をあてがった。つまり小百合の両親は完全なる仮面夫婦、男女の関係がないから、父親は時折顔を出すのみなのだった。
ピンクの尺では父親との関係性を描くのは難しかったのだろうけれど、でも、この偽装結婚に同意したのだから、娘に対する懺悔は欲しかったと思う。
そりゃ愚かだったのは不倫して子を宿した母親だけれど、それを彼は受け入れたのだから、母親だけに娘への束縛という形をとらせて、母親だけの責任みたいにしてほしくなかった気はする。
小百合は、瑠美に応援される形もあって、まず母親との決別に勇気をもって向かう。まさかの、婚約者の平川がぱんついっちょで現れる。おいおい、親子どんぶりかよ。てか、イトコどんぶりからの親子どんぶりかよ。
冷静に考えれば、母親の恋人を娘の結婚相手にあてがうという、吐き気を催す衝撃展開なのに、おめーがうっかり出てきたからだろ、とでもいうように平川は母親にビンタされて、えー??てなコミカルリアクションで終わらせちゃうだなんて、ちょっと許せんのだが……まぁでも、このコバンザメ的男は、誰しもから大した存在意義を見出されてなかったから、まぁいいのかなぁ。
小百合が意を決して、ほぼ初恋の人である弘樹の経営するバーに向かい、確実にワザと酔いつぶれる。でも、紳士的な弘樹は何もしない。そしてあれこれあった後、小百合は再訪。
ちなみに……このバーの店内の様子が、布を貼ったり電飾を張り巡らせたりといった、ザ・急ピッチで作り上げたダサさで、なんか文化祭の出店みたいで、結構気がそがれてしまう。バーは雰囲気が大事なのよ、しかも好きな男の前で酔っぱらうんだからさぁ。
最初に訪れた時も、再訪時も、えげつないぐらいに、外で歩くのははばかれるぐらいの、塗り絵に出てくるシンデレラぐらいの非現実的なドレスとアクセサリー姿、なんである。
ちょっと、笑っちゃうんだよな。本作は一体、どういうスタンスでいるんだろう。女の子の、真の性欲、妄想を置いていながら、可愛い花音うらら氏を着せ替え人形のようにとっかえひっかえして、最後はピンク映画観客の需要を本当に満たしたのかと心配になるような、キャラメルのような甘い、まぁ言ってしまえばゆるいセックスシーンで終わるもんだから。★★★☆☆
しかし、それでも。佐藤二朗の不気味さには恐れ入ったというしかない。人を食った物言いで、のらりくらりとかわしまくり、なのにひどく饒舌。
でも、最初に聞き取りをした等々力(染谷将太)言うところによると、タゴサクは無邪気だと。それがシンプルな印象だったと。等々力のこのいわば直感というか、ファーストインプレッションは結局、当たっていたということなんだろう。だからタゴサクは等々力を気に入ってしまったんだろう。
オチバレ、というのも、本作の場合は難しい。そういうことだったのか、という一つの答えめいたものは示されるものの、表向きにはそれは否定されるし、スズキタゴサクという人物は、そのいかにもな偽名めいた名前から、記憶から、すべてが不明確なのだから。
そもそもの始まりは、スズキタゴサクが酔って酒屋の自販機を破壊し、そこの主人に暴力をふるったところから始まった。平凡な、市井の事件。なのにその男は、都内で起こる爆発を霊感で判るのだと言って、次々に予知する、いや、予告する。
明らかに爆弾魔の予告犯罪、しかもそれを警察官に朗々と語って聞かせるという異常さ。次にどこで爆発が起きるのか。絶対に犯人に違いない男に、その教えを請うしかない異常事態。
しかもタゴサクは、時には詩のような、おとぎ話のような、心理テストのようなものを操って、聞き取りをする刑事をかく乱する。ベテラン刑事はそれに苛立ち、話を中断させたことで、爆破場所の特定が揺らいでしまう。どんどん、人が死傷していく。
タゴサクの、謎解きのような、パズルのような爆破予告を、切れ者の類家が、その手の動作から、ちょっとしたロジックから推測していくという、なるほど、小説上ではいかにも面白い、スリリングな頭脳戦を読ませるんだろうなということが想像出来るんだけれど、それを映像化しようっていうのは、めちゃくちゃ難しいというか、想像が出来ないように思えたが、お見事、というしかない。
本作は、タゴサクが刑事に尋問される警察署内の閉鎖空間がほとんどの舞台となり、それはとても芝居的な空間で、一瞬、劇場に演劇を観に行っているような感覚にも陥る。佐藤氏のお芝居の感じも、これはハッキリ、板の上の演劇的、と思える。
タゴサクの取り調べに関わる刑事たち……染谷将太氏、山田裕貴氏、渡部篤郎氏、寛一郎氏、皆そうである。
時々、ちょっとだけ、取調室から出たりもする。ちょっとした息抜きのように見えながら、そこが重要な場面となる。
タゴサクに、いわば図られた形で、同僚の警察官を命の危機にさらしてしまうエリート警察官の寛一郎氏は、個性ある刑事たちの中でも、最も世俗的な、計算高さを見せる一方、それが仲間に被害が及ぶと知ると、途端にひよる弱さを持つ。
この不気味な怪物の“霊感”によって予告される爆破、その凄まじさ。劇中、素人でもネットで調べれば簡単に作れる程度の爆弾、と美人な技術者がしれりと解説し、それでも都会の人たちは自分がその無差別殺人に巻き込まれるなんて思ってなくて、頭のおかしい爆破予告男を、それこそ無邪気に拡散してしまう。
このあたりはいかにも現代的ではあるけれど、タゴサクからは遠く離れた価値観のように思うから、違和感があるのだ。そこで、ようやく気付き始めたように思う。タゴサクは、いわば傀儡なのだと。爆弾の知識も、そんな度胸もある訳ない。ひょっとしたら……恋心が作用してしまった可能性があるのだと。
という、道筋は一応は、つけられる。この爆弾事件にはその起因となる重要な過去の事件があり、それが明らかになると途端に、タゴサクは単なる手ごまに過ぎなかったことが明らかになってしまう。
それまではめちゃくちゃ不気味な、用意周到な、捜査をかく乱させる、爆弾魔だったのに。いやそれも、本当かどうか判らないのだが……。
その起因となる過去の事件。警察官の不祥事。私の解釈が正しければ(ちょっと自信ない……)現場でオナっちゃってたと。それを部下の等々力が目撃しちゃって、信頼している上司だったから彼は心配して、口外しないからその代わりカウンセリングを受けてくれと言った。
カウンセリングを担当した医者が“小金が欲しくて”リークしてしまったことで、警察官の不祥事として格好のスキャンダルとなった。
医者は患者の個人情報をリークしたら絶対ダメさ。それこそ、こっちこそが糾弾されるべきと思うが、その点がリアリティがないかと問われると……世間は警察官がオナっている方にそりゃ飛びつくだろうと思う。
結果、この上司は鉄道自殺、莫大な損害賠償が残された妻と子供たちに降り注ぎ、一家離散。その離散の際に、ホームレスとなってタゴサクと出会ったのが、この中の誰だったのか、ということがカギとなる。
ネタバレとなっちゃうが、息子がめっちゃ優秀な男の子で、彼がこの連続爆破事件の真の犯人であるのだが、物語中盤、彼は既に遺体となった状態で警察官たちに発見され、その死因が隠蔽される目的で爆破、警察官の一人が瀕死の重傷を負い、生死をさまよう。
本作のメインは警察署内の動かない、先述したようにとても演劇的なスタンスなのだけれど、爆弾を探したり、関係者の足取りを捜査したりといった外チームと、いわば二極化で、メリハリしまくっているんである。
爆破、それによる死傷の恐ろしいスリリングなリアリティに震えながら、それをその手に握っているのか、とずっと思わされ続ける、歯がきったないタゴサク劇場に翻弄され続ける。
歯はきったない、んだけど、その髪型はきれいに刈り込んでいた、ことに気付いたのは、ベテラン刑事、清宮(渡部篤郎)であった。切れ者。だから、ここに派遣された。
タゴサクに信頼されていた等々力はあっさり排除され……でもそれは、後々彼が、先述した過去のスキャンダルに関わっていたからということがあって。でも結局、等々力さん以外には話さないとか言っていたタゴサクなのに、アッサリ誰にでもべらべら喋るし、彼の真意が、なかなか見えてこない。なかなか、どころか、最後まで見えなかったのかもしれないけれど。
本当に、どうなんだろう……。所轄の等々力からバトンタッチされ、本部のエリート二人がタゴサクの取り調べに当たり、ここからが真骨頂。主演である山田裕貴氏演じる類家は、ロジックの解析に天才的な、もう見た目からそんな感じの、もじゃもじゃ頭、アナログな丸眼鏡、スーツの足元は汚れたスニーカー。
タゴサクから、人間性アンチなちょっかいをいくら出されても、シニカルに対応する。最後まで完璧ではある。でも……結局はそれも、タゴサクから引き出された、カッコつけたそれであったように思う。そんなことは、わざわざ言う必要はないことを、タゴサクの自分勝手さを否定するために、言わされたように見えちゃうんだもの。
結局は、真相は判らないながら、表面的には、等々力の上司、オナったことが明るみに出て糾弾され、自殺に追い込まれ、妻子が離散。頭がイイ息子が、この爆破計画を立てた。
引き入れた仲間を、……何がどうなったのか、毒殺した。母親が息子の暮らすシェアハウスに入り、その事実を知り、……もうどうしようもないと、息子を刺し殺した。ホームレス仲間のタゴサクに、助けを求めた。そして、こんなことになってしまった。
一応ここまでは、事実だよね、ということが、観客に提示されてはいるけれど、結果的には、タゴサクに助けを求めた彼女は、すべてをタゴサクの狂気の元になされたものだと言い切って終わったのだと示される。そして、タゴサクも、何も反論することはないと。
こういうのを見るとさ……世の中の事件って、こういう具合に、大抵、身内でおさめられているのかなぁと思うし、本作に際しては、スズキタゴサクという男が、まるで、全然、判らないのだ。本当に、存在しているのかと、思うぐらい。
それは……いわゆる文明国家が与える、あなたはこうして存在していますよという、身分証、免許なものがある訳だけど、それがないと、ほんの、プラスチックの一枚だけで、とたんに揺らいでしまうことに対して、本当に怖いと思っている。
車の免許を持っていないので、割と早めにその危機感は感じていて、すべての情報を国家に管理されることでしか、自分を証明できない時代になってしまったことに、恐怖を感じている。
宣伝で回っている佐藤氏が、自分はともかく、と言っていたことが、重層的に、なんか判るような気がしてきた。彼が言っていた主演の山田裕貴氏の熱演は勿論だが、タゴサクの身元不詳であること、めちゃくちゃ文明国家である日本が、身元が判らない人たちがいて、それをサポート出来ていない現実も、訴えているんじゃないかと思った。
それこそめちゃくちゃ最近、戸籍のない人たちの物語、「愚か者の身分」がこれまた衝撃作だったので、本作への流れはまるで、運命的とさえ思えた。★★★☆☆
でも、思いがけない物語に驚いてしまったというのがまず正直なところ。直木賞原作だというんだから知らない私が無知なだけなんだろうけれど、こんなちょっと、かつての角川ファンタジーみたいな設定で直木賞というのが、いや、ヘンケンだけど、驚きというか。
ちょっと試し読みが出来たんで覗いてみると、文字として読むと、この思い切った設定が映像として描かれよりずっとシリアスというか、クールというか、どこかぞわっとするような雰囲気さえも感じさせて読ませる。こういうところが小説世界と映画世界の違いなんだろうなぁと改めて思ったり。
それを十二分に判っているからこそ、映画となった本作では、それこそかなり思い切った、夢の中ファンタジックをナンセンスコメディのように描く尺が結構長かったりするのだろうか。
これは計算されていないと出来ないことだと思う。だって安っぽくなる危険性アリアリだもの。物語のキモのシリアスとこのコミカルナンセンスのバランスが奇跡的に素晴らしくて。
そのコミカルナンセンス、夢の中ファンタジックは、いきなり冒頭から展開する。幼い兄と妹、そこへ現れる、妹の結婚相手。これは実際に、大人になった妹、フミ子の結婚相手、太郎。
兄、俊樹はこの夢の中で、死んでしまったお父ちゃんとお母ちゃんからフミ子のことを頼むでぇ、と笑顔で託されている。そして物語のラスト、これが構成として見事に収斂されていて、大事なキーマンがお父ちゃんとお母ちゃんと共に俊樹の夢の中に現れ、いわば成仏する形で空へとキラキラ去っていく。
その描写は確信犯的可愛らしい安っぽさで、リアルな生霊としての彼らが俊樹と相対している、というんじゃないということを明確に示しているんだけれど、でもやっぱり、彼らの心の中では本当なんだと。それはまさに、本作の、その驚きの設定そのものにつながることだから、上手いなぁ、と思って。
驚きの設定、それは、幼いフミ子の中に、事件によって殺されてしまった若きバスガイドの女の子の記憶が、というか命が、入り込んでしまったということ。確かにこういう事例は、まことしやかに語られるところではある。判りやすく前世の記憶とか、こんな風に他人の記憶が入り混じっているとか。
まさしく都市伝説的な怪しさで、これを、先述したように文章でなら、力量のある書き手によって読ませることも出来るだろうけれど、映像って、やっぱりその点難しいと思ったから。
この感じ、ちょっと試し読みしただけでも、ホラー、というよりオカルト的な、宗教的洗脳的というか、そんな怖さがある。幼いフミ子が夜中突然吐いてから、大人びてしまったとか。
映画となった本作でも、そうした空恐ろしさは確かにあるんだけれど、その怖さをそこまで再現しようとしなかったんじゃないかと思う。
幼いフミ子を演じる小野美音嬢がとてもとても可愛くて、それはまさに、そんな、重たい秘密を一生懸命に守っているけなげな可愛さ。思いつめた黒目がちの瞳、への字、というより、富士山のようなぎゅっと閉じられた覚悟の唇、彼女に課せられた大きな重責に、抱きしめて頭をなでなでしてあげたい気持ちになる。
ノートに書き連ねられた繁田喜代美の文字といい、彼女の中に大人の女の子の記憶が入り込んでしまったことといい、ホントにホラーチックな怖さが確かにあるんだけれど、彼女のいたいけなかわゆさですべてが浄化してしまうんだよなぁ。そしてそこからつながる、大人のフミ子の物語なのだ。
妹のフミ子を守るために、高校も中退してあくせく働いてきた俊樹にとって、幼い頃知ってしまった妹の秘密は、忘れることなどなかったに違いないけれど、忘れたつもりでいたんだろうと思う。
大阪の下町、兄妹二人仲良く慎ましく暮らす狭いアパート。行きつけのお好み焼き屋は俊樹の同級生女子の実家で、この同級生女子、駒子を演じるファーストサマーウィカ氏がめちゃくちゃイイんだよね。彼女はこんな秘密を知る由もないんだけれど、知らないんだけれど、彼ら兄妹のことを誰よりも判っている。それは、俊樹のことをきっとずっと好きだからということもあるんだろうけれど。
彼女だけじゃなく、父親であるお好み焼き屋のおっちゃんも、そして結婚式に集ってきた誰もが、この兄妹のことを見守り続けてきたことが判るから、結婚式シーンは落涙必至なのだ。
でも、その、いわば判りやすい、地元のコミュニティから離れたところに、フミ子のもう一つの家族がある。これは予告編でも示されていて、なんだかサスペンスチックで、えーなんか、大丈夫かなぁと思っていた。でもこれが、これがね……。
もうオチバレで書いちゃってるから。つまり、凶悪な事件によって殺されてしまった繁田喜代美という女の子。その記憶が、命が、フミ子が産まれる時にちょうど喜代美が運び込まれてきたところにバッティングし、スイッチしてしまった、という展開。
あのぶつかりそうになったストレッチャーはそういうことだったのか、とこれまた後に回収されて腑に落ちる。喜代美の記憶を物心つくあたりに突然授かったように受け取ったフミ子は、兄やんに懇願して、繁田家族が暮らす彦根へと連れて行ってもらう。
喜代美の父を演じる酒向芳氏がもう……。彼には助演男優賞をあげたい。本作は勿論、鈴木亮平氏であり有村架純氏ではあるけれど、本作の酒向氏には心打たれまくって、泣きに泣いたのは彼の存在、彼の芝居こそにであった。
殺された二日後に結婚式を控えていた、というのは、激高する兄やんに叩きつける感じでフミ子が明かすことだけれど、それを明かさなくったって、この哀しき父親の姿には、もう……。
幼き兄妹が訪ねた時、ガリガリに痩せて、ガイコツみたいだと俊樹が思わず言ってしまうぐらいの、まぁ白メイクも作用していたのもあろうが、本当に生気を失っていて、スラリとした長身もあいまって、うっわ、ノスフェラトゥみたい!と思ったぐらい。その姿でホラー、オカルトを感じたぐらい。
その登場シーンから始まったから、彼が、フミ子の中の娘を感じとり、すまないと思いながら彼女と文通を続け、突然命が絶たれた娘、喜代美を、その成長を見守り続ける喜びをもってこれまで生きてきたのだと判ると、もうダメ。
そりゃ判る、俊樹の、兄やんの、ずっと隠してたのかと、騙し続けていたのかと激怒するのは。判るから、俊樹の激怒も判るから、でもその前でひたすら頭を下げ続けるこのお父ちゃん、そしてその娘と息子がたまらなくてさぁ……。
ところで、花まんまというのが何なのか。これまた感涙必至、泣かせやがって!!というアイテムなんである。花で作ったまんま。幼い兄妹が繁田さんを訪ねた時、フミ子が兄やんに必死に頼み込んで、食べ終わった弁当箱に詰めて届けさせたのが、お花でお弁当を模して作った花まんま、なのであった。
この時点で、繁田父も、その娘と息子も、これは喜代美が届けてくれたものだと確信し、この、信じがたい現象を受け入れてこっそりフミ子と交流を続ける訳なんだけれど、それを、うん、やっぱり、兄やんには、そして母親にも言えなかった、ということなんだろうなぁ。
これだけ信頼あるお兄ちゃんに……でもそりゃそうか、一生のお願いと言って連れて行ってもらった最初の旅の時、もう会わないと約束したのだから。
フミ子の結婚相手、大学院でカラスの研究をしている太郎がイイんである。カラスの言葉を解するんだという彼を、そりゃまぁ当然、兄の俊樹はほんまかいなといぶかるんだけれど、その才能を生かして彼らのピンチを切り抜けるし、その才能は繁田家息子の大学教授も認めるところで、その時交わした名刺(飛び出たカラスがデザインされている名刺、めっちゃ可愛い!)によって、クライマックス、フミ子の結婚式に繁田一家を間に合わせるのだから!!
結婚式、フミ子は繁田一家を呼びたいと思った。喜代美が結婚直前に凶刃に倒れたから。繁田父に、自分の中にいる喜代美のウェディングドレス姿を見せたいと思った。自分の中にいる喜代美。フミ子はこの時点で、そういう感覚でいたと思う。
薄れゆく喜代美の記憶と存在。きっともっと幼い頃、若い頃は、喜代美は一心同体でいたんだろうと思う。だからこそ、急に大人びたフミ子に周囲も戸惑ったのだから。
それを自身の内部でコントロールできるようになって、兄やんにも秘密にして、フミ子はもう一つの家族とつながり続けた。でも、兄やんとの約束を守って、会ってはいなかった。
でも、自分の中の喜代美が薄れていくことを実感し、結婚が決まって、最初の最後で会おうと決めた。兄やんには秘密にしたまま、の筈だったのに……。
それを察知してしまって、幼い頃以来数十年ぶりに彦根の繁田家に乗り込んで、ひたすら頭を下げる繁田一家に、やりきれない思いをぶつける俊樹。フミ子と合流して、彼女の訴えに耳を貸さない俊樹。仲のいいきょうだいだったのに、悲しすぎる決裂。
フミ子がこっそり、俊樹にナイショで繁田家と連絡をとり続けていたのは確かに良くなかったというか、そうせざるを得なかったから、なんだけど。でもフミ子は、自身の中の喜代美さんが薄れていく、失われていく、というのがなかったら、このまま秘密にし続けていたんだろうと思う。
これは、日本的、アジア的かな、成仏システムっつーか、ある一定期間過ぎたら、ありがとう、じゃぁ次のフェーズに行きます、みたいなさ、のがあるんだろうなぁ。
フミ子自身が、繁田のお父さん、お兄さん、お姉さんを結婚式に呼びたいと言っていたんだから。そしてそれに反発した俊樹だけれど、妹のことを思ってビッグサプライズで繁田一家を迎えに行く。
温泉旅行に行っていて留守だったり、式を行うホテルを間違えたり、もうさぁ、ベタなアクシデントの連発なのよ。でもそれを全部乗り越えて、ギリギリ、てか、遅刻したけど、あぁ、繁田のお父さんをフミ子のバージンロードのおともに歩かせることが出来たのよ!!
フミ子、いや、彼女の中にいる喜代美、彼の娘と腕を組んでのバージンロードだった。酒向芳氏の感極まった表情が胸に迫ったし、もうここで終わりでいいやと思うぐらいだった。
結婚式のスピーチ、兄やんである俊樹が用意していた原稿は今の自分とは違う気持ちだからと、思いのたけをぶつけ、フミ子、演じる有村架純氏が必死に耐えながら控えめな涙をハンカチで押さえ続けるの、最高だった。
最後の最後、退席する出席者たちのおみおくりの場面、繁田一家に対してフミ子が、どちらからいらしたんですか?彦根?そんな遠くから!!と、ザ・他人行儀に挨拶する場面に、うっわ、キツい、これはキツい!!と胸にナイフが刺されたような思いだった。
フミ子自身、喜代美さんの記憶が薄れゆくのを自覚していたからこそ、急ぎ繁田一家とコンタクトをとって、兄やんとも共有していたのだけれど、でもこれは……キツかった。この時の、繁田父を演じる酒向芳氏のお顔は忘れられないし、でもそれは一瞬で、丁寧に両手で握手を交わしたのが、フミ子は満面の笑み、繁田父は永久の別れの笑み、たまらなかった。
帰りの列車の中、引き出物を確認する繁田娘のドリさん、花まんま、なのであった。丁寧に詰められたお花でお弁当を表現している、花まんま。これはヤバい。めちゃくちゃ、泣いてしまう。
この時点でのフミ子は、この引き出物をなんでこれにしたのかも、忘れているということなのか。自分の中の人格を成仏によって失ってしまったというのは、なんだか哀しいけれど。
いやぁ……酒向氏が、本当に胸にきちゃって、主演の二人を食っちゃったなと思った。ファンタジー色が強かったからどうかなと思ったんだけれど、やっぱり役者の力って凄い。★★★★★
瞽女、という言葉を初めて知る。ごぜ、と読むのだということも。この瞽、という字がどう入力したら出て来るのかわからなくて、太鼓の鼓の下に目、と調べてようやく出てきた。
母子家庭だったおりんは、ある日、母親がいなくなった。娘を捨てたのか、日本海の波にさらわれたのか、判らない。生まれつき全盲である彼女をどうしたらいいのか、村の人たちは困り果てていた。
そこに、富山の薬売りの男が訪れる。目の見えない女たちは瞽女と呼ばれ、音曲の芸を身につけ、旅をしながら門口を回り、施しをもらう。行商のお得意先で知っていた彼は、おりんを連れて行ってくれるんである。
瞽女のこの生き方、まるで修行僧のようと思ったら、確かにそれは間違っていなかった。めくらには地獄が見えないように、阿弥陀様が目を潰してくださったのだと、そんな諭し方が描かれる。言ってみれば、神の使いだと。
だから、穢れは絶対に許されない。幼かったおりんが成長し、真冬の雪道を裸足にわらじで歩けるようになり、そんな旅の途中、雪にほとほとと赤い血を落とす。その時、親方さんが教えてくれるんである。赤子を産めるようになったのだと。
それを、彼女は宿業だという言い方をした。瞽女は決して男と寝てはならぬ。寝てしまったら、追い出される。つまり、タイトルとなっているはなれ瞽女になる。
おりんが幼い頃にも、腹ぼてとなって追い出された女がいたし、おりんが旅の途中行き合う瞽女(樹木希林!)も、はなれ瞽女だということは、皆、男に身をゆだねてしまった故なのであった。
おりんを演じる岩下志麻氏は、初潮が来る年齢、そして男に抱かれたいうずきを押さえられない経過を経るのだから、10代半ばから10年間ぐらいを演じていると思われるのだが、もう見た目で、ちっがーうと思っちゃうのは仕方なし。
調べてみると当時36歳。それでなくてもその端正な美貌は大人びて見えるのだから、さすがにそんなおぼこな女の子はムリがあるのだが、霧立ち込める川の中、行水をしているシーンの、ちいさめおっぱいのスレンダーでストイックなヌードがとても美しく、道行きを共にしている原田芳雄が仏さんだと見とれるのは納得。
岩下志麻様は確かにそんなセイクリッドさがある。エロも似合うけど、でもこの硬質な美貌は、男を、いや、女もかもしれない、寄せ付けない、聖なるオーラがある。
でもおりんは、男に抱かれたくて、うずうずしてて、そんな中で原田芳雄演じる仙蔵(これは偽名)に出会っちゃう。うわーうわーうわー。めっちゃ男盛り、女盛りの二人。実年齢は一つしか、違わないんだね、役柄的にはやっぱりおりんさんの方が結構下な感じがするが。
本当に、ほんの行きずりに出会った感じだった。おりんさんも仙蔵もその日暮らしの旅の空。仙蔵は偽名で、実は脱走兵として追われていることが知れ、それも事情があって、金持ち息子の身代わりとなったことが明かされる。
シベリア出兵に恐れおののいて、脱走兵が頻発しているのだと、軍の幹部が警察と密かに情報共有している場面が描かれる。招集されれば絶対に逃げられない、名誉なのだと飲み込んで出征する様子ばかりがドラマやなんかで描かれるから、そうか、そりゃ逃げる人もいるだろうだなんてことを、思い至ったりする。
そうしたことは、聞かなくはなかった。でも、絶対に捕らえられて、重罪に処されるから、そんなバカなことをするのが愚かだと思っていた自分に戦慄する。軍国日本に強制されて、死地に赴くのに抵抗するのが愚かだと思うだなんて……サイアクだ。
瞽女と脱走兵の哀しき道行きは、でも、幸せだった。仙蔵は下駄を売って稼ぐからと、おりんの瞽女稼業を辞めさせた。身体を売ってはいないけれど、女郎と同じように酒の場で芸を披露するし、若く美しいおりんさんにそういうカン違いで寄ってくる男は大勢いて、だからこそはなれ瞽女になる女たちも大勢いるんだろう。
二人は明らかに好き合っている、その想いをお互いに共有もしていたのに、仙蔵は、寝てしまったらその先が長くない。ずっとお前といたいから、寝ないんだと言った。判る、めちゃキュンとくる。でもさ、それは永続的なの?ずっと、お兄ちゃんと妹のままなら、幸せだというの??
この旅の途中、先述した、夕暮れの川での行水シーン。美しい裸体に仙蔵が仏様だと見とれた場面。仏様だから、余計に手を出せなかったのかなぁ……でも、おりんさんはずっとヤリたくてたまらなかったのにさ!!(言い方……)。
もちろん、愛する兄さんとしたかったに違いないけれど、それがかなえられないまま、仙蔵は地元のヤクザにショバ代をせびられたことからトラブルになって警察にしょっ引かれる事態になってしまう。
いくら待っても帰ってこない兄さん、優しくしてくれた行商の男、あぁ、危ない危ないと思っていたら、ヤラれちゃう。しかもサイアクなことには、それが、おりんさんのヤリたい、つまり性欲が高まっちゃったから、受け入れちゃった、そう、レイプじゃなかったってことなんだよね……。
仙蔵はそうは思わなかった、おりんさんが凌辱されたと思って激高して、ソイツを刺し殺しちゃう。でもそれは、どっちにしても関係なかったのか。おりんさんの気持ちがどうあれ、オレの女とヤリやがった、ということなのか。この点は、女にとっては重要な違いだけれど、男にとっては、どうでもいいことなのかなぁ。
脱走兵としても追われる立場となった仙蔵と、いつ再会できるかも判らず、おりんは旅を続ける。初めて出会う他のはなれ瞽女、目を閉じっきりのおりんとは違って、目は開いているけれど、どこを見ているのか判らないような視線、光は感じられる、と語るたまである。
若き日の樹木希林氏、そのまんま樹木希林なんだけど、めちゃくちゃチャーミング。おりんさんが愛する男と再会した時には、おりんさんがもう夢中になって、たまのことを全然顧みないのも気にせず、お幸せに、と笑顔で去っていくのも素敵。でも、当然、幸せになんかそんな簡単になれる訳もないのだった。
たまといっとき、道行きを共にする中で、かつてのおりんさんをほうふつとさせる、目の見えない幼い女の子を連れてくる彼女の祖母、というシークエンスがある。たまは、自分ははなれ瞽女だから、添え状を書くぐらいしか出来ない、と、決して断った訳じゃないんだけれど、その後バツンとカットアウトされ、この幼い女の子とおばあちゃん、抱き合って断崖絶壁から海へと身を投じてしまう。
断った訳じゃないのに。ハッキリとした行き先が確約できなければダメだったのか。たまとおりんは打ちのめされる。自分たちが殺してしまったんじゃないのかと。
これは、これは……。こういう時代、本当にあったんだろう。まず女というだけで、そしてハンディキャップがあると更に、身を預けられる確約がないと即、死につながるという時代が。生き延びられたとしても、人としての欲求、つまりアイデンティティが切り捨てられるという時代が。
仙蔵が、実は脱走兵であったということが、瞽女であるおりんの過酷な人生に負けないぐらい、この時代のリアルな残酷さを描いてくる。彼を追うエリート兵隊さんが、小林薫。若すぎて顔がまだ出来上がってない。そのスラリとしたスタイルで、あぁ確かに小林薫氏だと納得するけれど。
おりんに手を出した行商人をぶっ殺したことで、追われる身となった仙蔵は、同時に脱走兵であったことも合致されてしまう。いつか、必ず再会しようと約束したおりんと仙蔵だけれど、そら当然、その再会の時には、張られている訳でさ……。
それでも、それでも。たった一晩、再会したおりんと仙蔵が、やっと会えた、待っていた、見つけた、と、抱擁しあい、もういいでしょと。寝たらその先が短いからとかいいでしょと、ようやく成し遂げる。
追い詰められ仙蔵、それは偽名の、本当は貧乏で、金で兵役に売り飛ばされた名もなき男。でもとても美丈夫で、印象の強い男で、だから足がついてしまった男。
マジの吹雪すさぶロケーション、幼い女の子をその状況において裸足ぞうりで歩かせるリアリティ。改めて、篠田正浩監督の作品をしっかり勉強しなければ、と思う。この監督と奥さんである女優のコンビ、知っているつもりでいたけれど、知らなかった。やっぱりすごい。★★★★☆
ピンクのタイトルはいい加減そうに見えて、時に生真面目にきちんと内容を伝えていたりする。本作はまさにそう。
そして、寝ワザで一発ってのは、ぶーやんが恋する好青年、大矢さんと一緒に子供たちに柔道を教えているのだが、これまたトンデモない展開なんだけれど、彼と試合して勝ったら自分を抱いてほしいという懇願に至るという、まさに寝ワザで一発、なんである。
そのぶーやんが、警備員をしている見回りで出会ったのが、フランチャイズ塾経営が上手くいかず、冷たく突き放された親会社から金を奪おうと思い詰めて忍び込んだ和美とその息子、旭だったのだった。
本当に、佐野氏は切ない男が最高なんだよなぁ。しかも一緒に登場する幼い息子、小学校3年生ぐらいだろうか。ピンクで子役が登場するのは珍しい。特に近年はほぼお目にかからない。
ピンクは性愛であり、となると恋人であり、夫婦であり、愛人関係である、だから、そこにからむ子供は必須なのだが、やっぱり最近はそれが難しいのかなぁ。だから、この息子、旭君がめちゃくちゃ重要な役割を担って、本作を支えているのが嬉しくって。
で、そう、佐野氏。カラミがないんだよね。凄くそれが、重要なことのように思った。ぶーやんと和美が絶対くっついてほしい、絶対!!と祈るように思いながら見ていたけれど、結果的にはその明確な答えは出されない。
あぁ、もう、ぶーやんと和美のこれからを想像しちゃって、またまた先走ってしまった。本作はね、本当に、予想外、奇想天外、何度も驚かされるのよ。
その美樹は妻子ある男との関係を断ち切れずに悩んでいる。美樹を演じる水原香菜恵氏は本作のいわばエロ担当で、この不倫相手、そしてぶーやんが恋していた大矢さんとセックスを繰り広げるのだが、双方ともに彼女の勤務先のプールで、なんである。
和美と旭君が警備員のぶーやんと遭遇したあの夜、焦った和美が投げた書類か何かがぶーやんの額に当たってけがをさせてしまう。ぶーやんは彼らを逃がすのだけれど、その怪我が元で入院。和美と旭はお見舞いに訪れるんである。
このシークエンスはめちゃめちゃ大好き。和美と旭君の父子の絆は、ぶーやんと相対した登場シーンで、まさにぶーやんが彼らを逃がした理由がまさにそれだった訳だし、きっと和美と旭君親子は、それを判ってくれたぶーやんは、特別な理解者だと、出会った時も、お見舞いに訪れた時も、確信したに違いないのだ。
でも、ぶーやんは苦しんできた過去がある。両親が亡くなり、引き取る親戚もなかった。父親の工場で働いていたマリアとカルロスが親代わりになってくれた。だから、旭がぶーやんを訪ねると、ポルトガル語の両親が出迎えてくれるもんだから、旭は勿論、観客もビックリしちゃうんである。
この、お酒の入った陽気な状態で、美樹と和美によって掘り起こされたぶーやんの恋心。ぶーやんの処女喪失のために、余計なお世話のこの二人が計画を練るのだが、そりゃムリだろっつー、入れ替わり作戦。
この時、ソファの後ろに隠れながら、目だけ見え隠れするぶーやんがとっても可愛くて、ずっとぶーやんは愛しいなぁと思いながら見ていた。
まさかこんなムチャな計画が実行に移されるとは思ってなかった。で、そりゃぁさ、影武者となる美樹が大矢さんと恋に落ちる、そりゃそうなるさ、という展開であった。
これはね……キツいよ、切ないよ。美樹は確かに男運がない女子だとは思う。それはでも、ぶーやんから見れば、次々男が途切れない、魅力的な女の子であり、見た目問題で告白も出来ずに、この年まで処女でいるぶーやんは、それでもさ、ヒネずに、この友人と真摯な友情を続けてきているのが凄いなぁ、と思って……。
いや、言ってしまえば、美樹はカラミ要員、出てる尺はぶーやんや和美と同等だけれど、違うんだよなぁ。やっぱりこれは、ぶーやんと和美、そして旭君の物語なんだよ。
和美を演じる佐野氏の、もうなんだか人生上手くいく筈ないおっさん!を絵にかいたようなさ、でも、なんかほっとけなくて、それは、息子の旭君がまさに体現しているのもグッとくるんだよなぁ。
でも、その運命は、先述したように、判りやすい形で決着はされない。ぶーやんの失恋物語、そして和美の離婚と失職物語、もうこの展開がね……。
てゆーかさ、ぶーやんは一糸まとわぬ姿で挑んでるのに、大矢さんは一枚も脱がずなのだよ。誠意がない以上のヒドさ。で、トライして、ダメだ、ゴメン、だなんて、ヒドすぎる。
一見すれば、コミカル。3Pかよ、と一瞬思うけれど、こんな切ない3Pはなかろう……三人共に、切なさを抱える3Pだなんて。
しまいにはさ、なんたってぶーやんは処女だから、挿入が上手くいかなくって、和美は大矢さんのそれに手を添えてサポートするに至るのよ。
大矢さんはこの手助けもあって、ぶーやんと無事果てるし、その後の入浴シーンでもイイ感じになりかけるんだけれど、でもやっぱり、大矢さんはぶーやんに欲情できないのだった。
これを示されているから、大矢さんがぶーやんに欲情出来ずに終わることが、そーゆーことだと断定されそうにもなるけれど、そうじゃないんだと。
恋愛大作戦で盛り上がっていた美樹と和美が、性欲があればセックスも出来るし、その後好きになっちゃったりもする、と押し切って、ぶーやんを押し出し、それは間違ってはいないけれど、そういうこともあるけれど、でも本作は、すべてにおいて、純粋な、ピュアな恋や運命を優先してくれたのだった。
ラストは、美樹の結婚式にぶーやんは来ていないという辛さがあるけれど、そして、美樹が和美に預けたブーケも、ぶーやんは背後にすっ飛ばすという爽快さはあるけれど。
サンバで陽気、と思うけれど、劇中用意されるのは、ちょっとボサに近いようなメロウなサンバ。ぶーやんから音源をもらって、お父さんが思い悩んでいる時に静かにかける旭君。もうあれこれ、予想外に心に染みまくる。★★★★★
でも確かに、そこからはすぐなんだよなぁ。仙蔵の言うことは図らずも当たってしまうのだ。
運命の二人は引き裂かれ、小林薫演じる袴田の恩情によって最後ひとめだけ交わすことができるけれど、その後離れ離れ。おりんさんは、一度は元居た瞽女の親方さんを訪ねてみるけれど、もうそこには誰もいなくて、さまよって、ラストは、肉体労働の男たちが見上げる山の森にひっかけられた赤いぼろぎぬ、その下には哀しきしゃれこうべ。
ハレンチ・ファミリー 寝ワザで一発
2002年 66分 日本 カラー
監督:女池充 脚本:西田直子
撮影:伊藤寛 音楽:クラウジオ石川 みさ りえ
出演:佐野和宏 今野順貴 絹田良美 水原香菜恵 江端英久 佐々木基子 石川裕一 本多菊次朗 リンコーン・ヌーネス マリア・ホドリゲス 山本草介
2025/10/17/金 録画(日本映画専門チャンネル)
うわー、好きだなぁ、これ。なんて愛しい物語。まるまると太った女の子、ぶーやんの、人の良さ、恋心が報われぬ切なさ。職も上手くいかず妻には逃げられたシングルファザー、和美のやるせなさ。
この二人を軸に、あらゆる登場人物たちがみな個性的で、時に思いもつかない展開にえぇー!何これ!と驚かされたり。何か美しい、寓話のよう。
ハレンチファミリーというのは、ぶーやんとその両親のことを指しているのだろう。エロという意味じゃなくって、サンバの国のお人で、何があってもサンバで明るく踊りまくり、ラストには見事な露出のサンバダンサーコスチュームを見せてくれる。
つまり、このタイトルはまんまぶーやんこそを指し示しているんだよね。女優さんの入れ替わりの激しいピンクの中でも、ぶーやんを演じる絹田良美氏を見たことがなかった。どこから見つけてきたのだ、こんな逸材を。冒頭、友人の美樹がコーチをしているプールで、ざばーん!と水音高く飛び込む音の後、ぷっかりと浮かぶ大きなお尻に、すわ溺死体!?と思ってしまうと、ゆっくりと泳いでいく。ぱんぱんに膨らんだ玉ようかんみたいなフォルムがなんともチャーミング。それが本作のヒロイン、ぶーやん。
和美を演じるのは、大大大大だーい好きな佐野和宏。はげ散らかしたやさぐれおじさんを演じさせたら彼の右に出るものはいないんである(はげ散らかしたは言い過ぎた)。
2000年前後のこの当時は、確かに子供が出てきていた記憶がある。そしてやはり、子供が登場すると格段に物語の幅が広がるのだ。
ぶーやんが大矢さんとの勝負に勝って、なんとかかんとか処女を脱したにしても、それは愛あるセックスではない。ラスト、ぶーやんと和美、旭君を交えて三人のこれからを想像させるあたたかなものがあったけど、和美とぶーやんの間には、ただ信頼があって、それだけで、セックスなんて、これからはあるかもしれないけれど、ということを思わせて、良かったんだよなぁ。
先述した冒頭のプールシーンでまず、ぶーやんの強烈なキャラクターを見せつけられるも、友達の美樹との会話で、彼女がとても心優しい女の子であることが知れる。
更衣室、シャワールーム、果てはプールサイドで。女の子の水着姿と言えば、ビキニとかを想像するが、スポーティーなスイムスーツを突破するっつーのが男子のエロ的欲望なのかなぁ。
ぶーやんの名前が昌、音でおなじアキラだということ、ぶーやんと呼ばれていることを知った二人は思わず噴き出すけれど、でもこの愛称は、ぶーやんが誰しもに愛されているからこそ、なんである。
予想外の展開。本当の両親じゃないんだ、とわざわざぶーやんが明かさなくても、そりゃぁ判るわさ。そこには不倫問題を抱えて悩んでいる美樹も来ていて、どうやらご近所のサンバ仲間も加わって、大サンバパーティー。息子の旭君から呼び出された和美もまた、驚きながらも、次第に明るさを取り戻していく。
私、着やせするタイプだから、なんつって、美樹からぶーやんに入れ替わってヤッちゃう、大丈夫、性欲があればセックスは出来るし、そこから好きになることもあるから、と酔っ払い二人は強引に計画を推し進める。
まさに恋する乙女&処女であることへの葛藤と、妄想の中での性欲に心悩んでいる女の子が、大きな体を小さくしてソファの後ろに隠れているのがとてもとても可愛くって。
不倫相手のクズ男が乗り込んでくるというスパイスもあいまって、もはやぶーやんの付け入るスキはないのは、ぶーやん自身がハッキリ判っていたのに、それを友人の美樹が認めないのが許せないのは当然のことだった、と思う。
だって、最終的には、まさに最悪の結末、協力するよ、と関わってきて、取られちゃう訳でさ。美樹と大矢さんの結婚式に来ないのはそりゃ当然、そもそも呼ぶこと自体がデリカシーがないと思うが……。
ぶーやんの処女喪失大作戦に、酔っぱらってノリノリだったのは、美樹も和美も大差なかったけど、心底心配して、ぶーやんと大矢さんの試合を手に汗握って応援して、二人がラブホテルに入るまで見送って、外で缶コーヒーをすすりながら座り込んで待っていたのが和美だったのだった。
この年頃の男の子ならさ、フツーにママの方だと、思う。そらまぁ、若い男をくわえこんでいる、ダンナがいない間に家に忍び込んでよろしくヤッチャうような母親だからかもしれんが、でもそれだけじゃない。
この父と息子の運命共同体っぷりは、美樹から「おんなじ動き、さすが親子!」と爆笑されるようなコミカルなものを提示されなくとも、凄く感じるところがあって、それを、ぶーやんとの最初の出会いでお互い感じ取っているのが、まさしく運命。
ぶーやんは、大矢さんとの闘いに勝って、いよいよ処女喪失である。でもさ、もう、このシークエンスは見てられない。残酷。大矢さんは、男に二言はない、と言って、トライするものの、まず早々に離脱。
一人ホテルから出てきた大矢さんを捕まえた和美、首根っこ捕まえて部屋に戻し、あろうことか……あぁ、あろうことか、和美さんがサポートしながら、二人はセックスに至るんであった。
ぶーやんに対してどうしても勃たない大矢さんをむりやり彼女に押し付け、キスをさせ、手に手を重ねておっぱいを揉み、秘所を愛撫する。こ、これは……和美が大矢さんの手を、身体を借りて、ぶーやんを愛しているということじゃないか!!でもさ、でもでも……それは、明確にされんのだよ。絶対にそうなのに!!
うわー……、なんという献身的な愛。見た目は3Pに見えなくもないながら、ぶーやんの恋と処女の幸福な昇華をこんなにも手助けするはげ散らかしたおっさん!!
それをね、きちんと回収するのだ。しっかりと、布石を打っていた。ぶーやんは、登場シーンから太った見た目で印象を強く与えたし、彼女自身が、そのルッキズムでイジメに遭って、苦しんでいた。
この二人の女子の友情が、そりゃまぁさ、普通に見れば、ぶーやんが結婚式に出席しないのも、そもそも美樹が招待するのもおかしいとさえ、思うさ。でも、和美と旭君の親子が、いろいろ乗り越えて、つまり、奥さんに親権を奪われずにここにいるんだなぁとか、その後、ぶーやんが和美と旭君と手をつないで歩いていくスリーショットでエンドしてくれることを思うと、あぁ、良かった。きっとこの先の、幸せがある。だって、ぶーやんと和美さんは、ずっとずっと心を通わせていたもん、と思うんだもん!!
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