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花まんま
2025年 118分 日本 カラー
監督:前田哲 脚本:北敬太
撮影:山本英夫 音楽:いけよしひろ
出演:鈴木亮平 有村架純 鈴鹿央士 ファーストサマーウイカ 安藤玉恵 オール阪神 オール巨人 板橋駿谷 田村塁希 小野美音 南琴奈 馬場園梓 六角精児 キムラ緑子 酒向芳
でも、思いがけない物語に驚いてしまったというのがまず正直なところ。直木賞原作だというんだから知らない私が無知なだけなんだろうけれど、こんなちょっと、かつての角川ファンタジーみたいな設定で直木賞というのが、いや、ヘンケンだけど、驚きというか。
ちょっと試し読みが出来たんで覗いてみると、文字として読むと、この思い切った設定が映像として描かれよりずっとシリアスというか、クールというか、どこかぞわっとするような雰囲気さえも感じさせて読ませる。こういうところが小説世界と映画世界の違いなんだろうなぁと改めて思ったり。
それを十二分に判っているからこそ、映画となった本作では、それこそかなり思い切った、夢の中ファンタジックをナンセンスコメディのように描く尺が結構長かったりするのだろうか。
これは計算されていないと出来ないことだと思う。だって安っぽくなる危険性アリアリだもの。物語のキモのシリアスとこのコミカルナンセンスのバランスが奇跡的に素晴らしくて。
そのコミカルナンセンス、夢の中ファンタジックは、いきなり冒頭から展開する。幼い兄と妹、そこへ現れる、妹の結婚相手。これは実際に、大人になった妹、フミ子の結婚相手、太郎。
兄、俊樹はこの夢の中で、死んでしまったお父ちゃんとお母ちゃんからフミ子のことを頼むでぇ、と笑顔で託されている。そして物語のラスト、これが構成として見事に収斂されていて、大事なキーマンがお父ちゃんとお母ちゃんと共に俊樹の夢の中に現れ、いわば成仏する形で空へとキラキラ去っていく。
その描写は確信犯的可愛らしい安っぽさで、リアルな生霊としての彼らが俊樹と相対している、というんじゃないということを明確に示しているんだけれど、でもやっぱり、彼らの心の中では本当なんだと。それはまさに、本作の、その驚きの設定そのものにつながることだから、上手いなぁ、と思って。
驚きの設定、それは、幼いフミ子の中に、事件によって殺されてしまった若きバスガイドの女の子の記憶が、というか命が、入り込んでしまったということ。確かにこういう事例は、まことしやかに語られるところではある。判りやすく前世の記憶とか、こんな風に他人の記憶が入り混じっているとか。
まさしく都市伝説的な怪しさで、これを、先述したように文章でなら、力量のある書き手によって読ませることも出来るだろうけれど、映像って、やっぱりその点難しいと思ったから。
この感じ、ちょっと試し読みしただけでも、ホラー、というよりオカルト的な、宗教的洗脳的というか、そんな怖さがある。幼いフミ子が夜中突然吐いてから、大人びてしまったとか。
映画となった本作でも、そうした空恐ろしさは確かにあるんだけれど、その怖さをそこまで再現しようとしなかったんじゃないかと思う。
幼いフミ子を演じる小野美音嬢がとてもとても可愛くて、それはまさに、そんな、重たい秘密を一生懸命に守っているけなげな可愛さ。思いつめた黒目がちの瞳、への字、というより、富士山のようなぎゅっと閉じられた覚悟の唇、彼女に課せられた大きな重責に、抱きしめて頭をなでなでしてあげたい気持ちになる。
ノートに書き連ねられた繁田喜代美の文字といい、彼女の中に大人の女の子の記憶が入り込んでしまったことといい、ホントにホラーチックな怖さが確かにあるんだけれど、彼女のいたいけなかわゆさですべてが浄化してしまうんだよなぁ。そしてそこからつながる、大人のフミ子の物語なのだ。
妹のフミ子を守るために、高校も中退してあくせく働いてきた俊樹にとって、幼い頃知ってしまった妹の秘密は、忘れることなどなかったに違いないけれど、忘れたつもりでいたんだろうと思う。
大阪の下町、兄妹二人仲良く慎ましく暮らす狭いアパート。行きつけのお好み焼き屋は俊樹の同級生女子の実家で、この同級生女子、駒子を演じるファーストサマーウィカ氏がめちゃくちゃイイんだよね。彼女はこんな秘密を知る由もないんだけれど、知らないんだけれど、彼ら兄妹のことを誰よりも判っている。それは、俊樹のことをきっとずっと好きだからということもあるんだろうけれど。
彼女だけじゃなく、父親であるお好み焼き屋のおっちゃんも、そして結婚式に集ってきた誰もが、この兄妹のことを見守り続けてきたことが判るから、結婚式シーンは落涙必至なのだ。
でも、その、いわば判りやすい、地元のコミュニティから離れたところに、フミ子のもう一つの家族がある。これは予告編でも示されていて、なんだかサスペンスチックで、えーなんか、大丈夫かなぁと思っていた。でもこれが、これがね……。
もうオチバレで書いちゃってるから。つまり、凶悪な事件によって殺されてしまった繁田喜代美という女の子。その記憶が、命が、フミ子が産まれる時にちょうど喜代美が運び込まれてきたところにバッティングし、スイッチしてしまった、という展開。
あのぶつかりそうになったストレッチャーはそういうことだったのか、とこれまた後に回収されて腑に落ちる。喜代美の記憶を物心つくあたりに突然授かったように受け取ったフミ子は、兄やんに懇願して、繁田家族が暮らす彦根へと連れて行ってもらう。
喜代美の父を演じる酒向芳氏がもう……。彼には助演男優賞をあげたい。本作は勿論、鈴木亮平氏であり有村架純氏ではあるけれど、本作の酒向氏には心打たれまくって、泣きに泣いたのは彼の存在、彼の芝居こそにであった。
殺された二日後に結婚式を控えていた、というのは、激高する兄やんに叩きつける感じでフミ子が明かすことだけれど、それを明かさなくったって、この哀しき父親の姿には、もう……。
幼き兄妹が訪ねた時、ガリガリに痩せて、ガイコツみたいだと俊樹が思わず言ってしまうぐらいの、まぁ白メイクも作用していたのもあろうが、本当に生気を失っていて、スラリとした長身もあいまって、うっわ、ノスフェラトゥみたい!と思ったぐらい。その姿でホラー、オカルトを感じたぐらい。
その登場シーンから始まったから、彼が、フミ子の中の娘を感じとり、すまないと思いながら彼女と文通を続け、突然命が絶たれた娘、喜代美を、その成長を見守り続ける喜びをもってこれまで生きてきたのだと判ると、もうダメ。
そりゃ判る、俊樹の、兄やんの、ずっと隠してたのかと、騙し続けていたのかと激怒するのは。判るから、俊樹の激怒も判るから、でもその前でひたすら頭を下げ続けるこのお父ちゃん、そしてその娘と息子がたまらなくてさぁ……。
ところで、花まんまというのが何なのか。これまた感涙必至、泣かせやがって!!というアイテムなんである。花で作ったまんま。幼い兄妹が繁田さんを訪ねた時、フミ子が兄やんに必死に頼み込んで、食べ終わった弁当箱に詰めて届けさせたのが、お花でお弁当を模して作った花まんま、なのであった。
この時点で、繁田父も、その娘と息子も、これは喜代美が届けてくれたものだと確信し、この、信じがたい現象を受け入れてこっそりフミ子と交流を続ける訳なんだけれど、それを、うん、やっぱり、兄やんには、そして母親にも言えなかった、ということなんだろうなぁ。
これだけ信頼あるお兄ちゃんに……でもそりゃそうか、一生のお願いと言って連れて行ってもらった最初の旅の時、もう会わないと約束したのだから。
フミ子の結婚相手、大学院でカラスの研究をしている太郎がイイんである。カラスの言葉を解するんだという彼を、そりゃまぁ当然、兄の俊樹はほんまかいなといぶかるんだけれど、その才能を生かして彼らのピンチを切り抜けるし、その才能は繁田家息子の大学教授も認めるところで、その時交わした名刺(飛び出たカラスがデザインされている名刺、めっちゃ可愛い!)によって、クライマックス、フミ子の結婚式に繁田一家を間に合わせるのだから!!
結婚式、フミ子は繁田一家を呼びたいと思った。喜代美が結婚直前に凶刃に倒れたから。繁田父に、自分の中にいる喜代美のウェディングドレス姿を見せたいと思った。自分の中にいる喜代美。フミ子はこの時点で、そういう感覚でいたと思う。
薄れゆく喜代美の記憶と存在。きっともっと幼い頃、若い頃は、喜代美は一心同体でいたんだろうと思う。だからこそ、急に大人びたフミ子に周囲も戸惑ったのだから。
それを自身の内部でコントロールできるようになって、兄やんにも秘密にして、フミ子はもう一つの家族とつながり続けた。でも、兄やんとの約束を守って、会ってはいなかった。
でも、自分の中の喜代美が薄れていくことを実感し、結婚が決まって、最初の最後で会おうと決めた。兄やんには秘密にしたまま、の筈だったのに……。
それを察知してしまって、幼い頃以来数十年ぶりに彦根の繁田家に乗り込んで、ひたすら頭を下げる繁田一家に、やりきれない思いをぶつける俊樹。フミ子と合流して、彼女の訴えに耳を貸さない俊樹。仲のいいきょうだいだったのに、悲しすぎる決裂。
フミ子がこっそり、俊樹にナイショで繁田家と連絡をとり続けていたのは確かに良くなかったというか、そうせざるを得なかったから、なんだけど。でもフミ子は、自身の中の喜代美さんが薄れていく、失われていく、というのがなかったら、このまま秘密にし続けていたんだろうと思う。
これは、日本的、アジア的かな、成仏システムっつーか、ある一定期間過ぎたら、ありがとう、じゃぁ次のフェーズに行きます、みたいなさ、のがあるんだろうなぁ。
フミ子自身が、繁田のお父さん、お兄さん、お姉さんを結婚式に呼びたいと言っていたんだから。そしてそれに反発した俊樹だけれど、妹のことを思ってビッグサプライズで繁田一家を迎えに行く。
温泉旅行に行っていて留守だったり、式を行うホテルを間違えたり、もうさぁ、ベタなアクシデントの連発なのよ。でもそれを全部乗り越えて、ギリギリ、てか、遅刻したけど、あぁ、繁田のお父さんをフミ子のバージンロードのおともに歩かせることが出来たのよ!!
フミ子、いや、彼女の中にいる喜代美、彼の娘と腕を組んでのバージンロードだった。酒向芳氏の感極まった表情が胸に迫ったし、もうここで終わりでいいやと思うぐらいだった。
結婚式のスピーチ、兄やんである俊樹が用意していた原稿は今の自分とは違う気持ちだからと、思いのたけをぶつけ、フミ子、演じる有村架純氏が必死に耐えながら控えめな涙をハンカチで押さえ続けるの、最高だった。
最後の最後、退席する出席者たちのおみおくりの場面、繁田一家に対してフミ子が、どちらからいらしたんですか?彦根?そんな遠くから!!と、ザ・他人行儀に挨拶する場面に、うっわ、キツい、これはキツい!!と胸にナイフが刺されたような思いだった。
フミ子自身、喜代美さんの記憶が薄れゆくのを自覚していたからこそ、急ぎ繁田一家とコンタクトをとって、兄やんとも共有していたのだけれど、でもこれは……キツかった。この時の、繁田父を演じる酒向芳氏のお顔は忘れられないし、でもそれは一瞬で、丁寧に両手で握手を交わしたのが、フミ子は満面の笑み、繁田父は永久の別れの笑み、たまらなかった。
帰りの列車の中、引き出物を確認する繁田娘のドリさん、花まんま、なのであった。丁寧に詰められたお花でお弁当を表現している、花まんま。これはヤバい。めちゃくちゃ、泣いてしまう。
この時点でのフミ子は、この引き出物をなんでこれにしたのかも、忘れているということなのか。自分の中の人格を成仏によって失ってしまったというのは、なんだか哀しいけれど。
いやぁ……酒向氏が、本当に胸にきちゃって、主演の二人を食っちゃったなと思った。ファンタジー色が強かったからどうかなと思ったんだけれど、やっぱり役者の力って凄い。★★★★★