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「ね」


2025年鑑賞作品

ネムルバカ
2025年 106分 日本 カラー
監督:阪元裕吾 脚本:皐月彩 阪元裕吾
撮影:渡邊雅紀 音楽:立山秋航
出演:久保史緒里 平祐奈 綱啓永 樋口幸平 兎 儀間陽柄 高尾悠希 長谷川大 志田こはく 伊能昌幸 山下徳久 水澤紳吾 吉沢悠 かいばしら 稗田寧々 立花日菜(声) 岩田陽葵(声)


2025/3/26/水 劇場(TOHOシネマズ錦糸町オリナス)
今さらながら阪元監督は本当にお若いんだなぁ!ベビわるの世界観にすっかり魅了されたこちとらとしては、もうすっかり大御所なお方の気分。
そして、恥ずかしながら阪元監督の別作品を今まで観たことがなかったので……ベビわる自体が当初はちょっとインディーズの香りもあったから、それ以前の作品に触れる機会がなかったんだよなぁ。

そして今回は原作ありだという。人気コミックスだという。ベビわるしか見ていないこちとらとしては、あのワールドが阪元オリジナリティだという先入観がびっしりとこびりついている(やっかいな映画ファンだ……)だもんだから、ちょっと及び腰である。
しかし、女子二人のゆるゆる同居生活の様子は驚くほどに、ベビわるのちさととまひろみたいで、えっ、これってホントに原作コミックスあるの、どうなってるの、と鑑賞後、あれこれ探ってしまう(悪い癖だが……)。

コミックス原作となると、何巻も出ていて、長い物語で、その中からエピソードをつまんでつなぐとか、あるいは登場人物や展開をばっさり省略して、スタートとエンドはつながってるけれど、てなことも多くって、それは原作を未読であってもなんとなく感じることでもあったから、本作がそうしたことを感じさせなかったから、えっ、原作どうなってるの……と。
そしたら、全一巻、ウィキに載ってる物語がそのまんま映画作品に漏らすことなく引き継がれていることにちょっと驚いてしまった。全一巻のコミックスが語り継がれる人気作だということもなかなかないように思うし、若い女の子二人のゆるやかな同居生活は、まるで20年近く後、阪元監督に託されるのを待っていたかのような世界観なのだもの。

でも、当然、違う。ベビわるのちさととまひろは、この先もずっとずっと彼女たちは一緒なのだろうと思わせるのだけれど、本作の入巣柚実と鯨井ルカはそうじゃない。それどころか冒頭でもう、ルカの失踪が示されている。柚実はもう最初から一人きり、ルカに置き去りにされているのだ。

しかもラストには、柚実は後輩女子と同居をしている。先輩だったルカと同じ、雑な態度と同じ言動で、可愛い後輩にまとわりつかれている。この部屋は大学の女子寮で、ルカと柚実も先輩後輩としてルームメイトだった訳だが、かつては後輩として甘えていた柚実も、いつしか先輩の立場となり、後輩に甘えられている。

この場所はまるで、時空を超越したかのように、女の子たちが同じ役柄を、取り替え、引継ぎ、続いていく。それは萌えポイントではあるけれど、社会に出る前の女子大学生というあやふやな立場のアイデンティティが、明確に否定されているようなほろ苦さもある。

だからこそ柚実は、そこから明確に抜け出せているルカを、どこか神のように崇拝さえ、していたのだろうと思う。ルカはインディーズバンドで頑張っていて、そのカリスマ性のあるロックなパフォーマンスは、一定のファンと評価を獲得していたけれど、そこからもう一歩、抜け出せずにいる。
後にルカが、意外にも商業的なスカウトにあっさり乗ってしまうことから考えると、メンバーたちがいい意味では音楽が好き、そうじゃない意味では、それだけで満足していることへのモヤモヤがあったのかな、と思う。

思いっきり展開飛ばして言っちゃうと、バンドでのパフォーマンスがめちゃくちゃカッコ良かったルカが、ソロアーティストとしてスカウトされ、あっさりそれに乗っちゃって、しかもそれまでのワイルドなパフォーマンスを過去のものとして捨て去り、名前も捨て去り、アイドル的なファッションや楽曲のパフォーマンスで駆けあがっていくのが、えぇー……と思っちゃうのだ。

それは、めちゃくちゃ古い感覚、いつまでも煮え切らないインディーズでくすぶってる方がいいのか、ということだろうし、そうした葛藤の物語は古今東西、これまでめちゃくちゃ描かれてきた。大抵カリスマ性のあるボーカルが憎まれ役になる訳でさ。
でもそこを、あまりにもあっさりルカは乗り越えてしまった。ちょっとだけ、メンバーもいるんですけど……みたいな戸惑いはあったけど、そのメンバーたちがどうぞどうぞ、みたいにあっさり引き下がっちゃうもんだから、だからかなぁ。ルカはどこか、失恋したみたいな気分だったのだろうか。

判らない。それこそ、原作を確認したくなる。でも本作は、少なくとも映画作品となった本作の、問題はそこじゃない。私の大好きな、女の子二人のゆるゆるな物語である。
でも……比べるのもおかしいのは判っているんだけれど、ベビわるがゆるゆる生活とハードな仕事の対照がめちゃくちゃ明確だったのと、本作はやっぱり、違うからさ……。ゆるゆる女子二人生活はとてもかわいいけど、ベビわるがあまりにもその点に関しても完成されていたもんだから、ついつい比較しちゃう。

ダメダメ、そんなことは問題じゃないんだから、いけないなぁ。軌道修正。あ、でもそうか、その違いこそか。ベビわるは、二人の目的は一緒だった。本作のルカと柚実は、最初から違ったのだった。明確な夢があるルカと、漠然と大学生活を送っている柚実。
ルカに対する憧憬が柚実を苦しくさせる。それでもルカは柚実の存在を受け止めてくれたから、包み込んでくれたから、成り立っていたんだけれど、ラスト、ルカの立場となっている先輩となっている柚実は、あの頃とはちゃんと、違っていたんだろうか??

柚実はルカになついていながら、夢を追っているルカを尊敬していながら、でもどこかで、一種見下しているというか、女としては、みたいなところは、ちょこっと、あった。それは、自分の言うことを簡単に聞いてくれる男子がいたからで、それをルカもまた、あいつに頼めばいいだろ、とか共通認識で、柚実は、田口は私のこと好きですよね、というスタンスなのだった。
それが、田口はルカ先輩のことが好きで、ルカへの窓口として柚実を経由していたことを、言わなくてもいい正直すぎる暴露をするもんだから、これは……中盤の結構なクライマックスであった。
柚実の、平均点以上の可愛い女の子である柚実の、そのプライドをずたずたにする出来事だったに違いないのに、ルカが田口の非道さを糾弾することで、回避されてしまうのであった。これは、回避されない方が良かったのかもしれないと思った。

この展開の時、田口が、やりたいことが見つからない人間の辛さを判ってない、みたいなことを言いつのって、いらだったルカは彼を飛び蹴りするに至る。
ルカの気持ちはめちゃくちゃ判る。でも彼女もまた焦燥の中にいるし、柚実がガッカリするような商業世界に行く選択をするのだから、ルカだってそんな、他人を糾弾する資格などない筈なのだけれど。

なんかこう、時系列で真面目に書いちゃうと、違う物語みたい。本作の魅力はやっぱり、女子二人の穏やかな同居生活にあるのだから。
ドンキで売ってる6000円の炊飯器を買うか否か、割って3000円、自分のバンドのライブのチケット代。それに、ワリカンしちゃったら、出ていく時にどちらの物かもめることになる。

ルカはこの時点で、というより、常に、柚実との関係も、それ以外の関係も、永遠に続くものじゃない、って、判っていたのかな。
メンバーたちは恐らく大学生じゃなく、もう世間を判っているぐらいの大人な雰囲気だったから、ルカが単独でスカウトされた時点で、めちゃくちゃ切ないけど、事情は判った、という感じだった。正直それに対してルカが反発しなかったのはやっぱりやっぱり、哀しいとは思ったけれど。

柚実はしょぼい買い取り&レンタル屋さんで働いている。そこに、海外ドラマのVHSテープを持ち込んでくるおっさんがいる。めんどくさいオッサン来たぞ、というあからさまな態度をしめす柚実だけれど、デッキをなぜかゲットしちゃって、ルカと一緒に観てみたら、ハマってしまう。
ぼんやり漠然と生活していた柚実が、自分の知らない時代の文化や、バカにしていた店長とのディナーを一緒したことで知った、閉じられた世界の自己満足ループ、そして結局、そんな自己満足は上手くいかないことも学習していく。

こうして改めて思い起こしてみれば、ルカはそのすべてが見えていたんだよなぁ。自称アーティスト、自称クリエイターたちが、褒め合いのループの中で、まぁいわば需要と供給が完璧に完結していれば、成り立っちゃうことを。それが、悪だとか、いけないこととまでは思わない。その中で機能しちゃってるんなら、それはそれで、経済活動として完成しているのだから。
でもルカが目指しているのはそこじゃなかった。それを柚実は多分、判ってなかったし、……ルカも明確に自覚はしていなかったのかもしれんなぁ。

あぁ、ダメダメ。本作の魅力はダルダルゆるゆるな女子生活の萌え萌えなのに、大学生、その先、人生、とか見え隠れしちゃうもんだから、古臭い老婆心が出て来ちゃう。
だから、ベビわると違うんだよね。ベビわるはつまり、ファンタジーなのだもの。生活能力のないダルダルな若い女の子二人が、超腕利きの殺し屋。

本作は、柚実もルカも、リアルに感じられるキャラクター。柚実はまんま、よくいるタイプの女子大学生、ルカは特殊だとは思うけれど、スカウトされてがらっと変わったソロアーティストな感じは、あらゆるあれこれミュージシャンを思い起こさせるような、ザ、作られた商業コンテンツであったし。
怖い怖い!私たちが楽しく受け取っているエンタメが、こんな風にキツい濾過をくぐっているのかと……。

だからこそ、それをラスト、ライブのアンコールの場面で、作られた仮面ミュージシャン像をブチ破るルカが爽快だし、こんなことをやりたかったのかと半ば軽蔑しかけていた柚実、かつてのバンドメンバーも感動し、落涙し、ソロギターのルカに合わせて、エアバンドみたいに、映画の観客だけに届けられるフルバンドパフォーマンス。
観客の拍手はパラパラで、ルカは客席を突っ切って出ていく。そして、そのまま姿を消してしまったんだと、冒頭の説明を最後で回収する。

その時柚実は、ルカの立場の先輩に切り替わっていて、だらだらして、かつての自分の立場の後輩を従えている。切ない、切ない。結局この関係性がこの女子寮の一部屋でループされているだけで、運命の絆じゃなかったのかと思っちゃう。
でもそれでも、後輩が見つけ出した懐かしきCDを、柚実は大切に抱き締めて、決してこの後輩と共有はしない。自分の寝言を曲にしてくれたルカを思いながら、一曲フルを柚実が聴いている場面がラストクレジットとなる。

青春の最後、青春ということを最後の最後許される大学生時代、お酒も飲める成人であるのに、学生で、いわば子供で、一番楽しくて、でも目の前に本当に大人になる時の別れが待っている時代。
ファンタジーであったベビわると違うのは当然だったのだった。それに直面するのがきっと私、辛かったんだと思う。★★★☆☆


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