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「よ」


2025年鑑賞作品

代々木ジョニーの憂鬱な放課後
2025年 109分 日本 カラー
監督:木村聡志 脚本:木村聡志
撮影:中村元彦 音楽:入江陽
出演:日穏(KANON) 今森茉耶 松田実桜 西尾希美 一ノ瀬瑠菜 加藤綾乃 吉井しえる 高橋璃央 瑚々 根矢涼香 平井亜門 綱啓永 中島歩 前田旺志郎 安藤聖 マキタスポーツ


2025/3/29/土 劇場(新宿武蔵野館)
この監督さんの過去2作が、その年の鑑賞作品のベストに入ってきてて、物覚えの悪い私もさすがにこのお名前で飛びついて足を運んだのだった。
てか、この企画、KCU……木村監督のシネマティックユニバース、なのだという。えーっ、何それ。なんでも過去作品と同じ世界線でつながっている……つまり、過去作品に出演していた役者さんたちが、同じ役柄で登場しているのだと!
なんと!!全然気づかなかった……。確かにデータのキャストクレジットを見ると、中島歩氏=ベンジー、ベンジーだ!「違う惑星の変な恋人」のあのクズ男!!えっ、どこに出てた、彼?スカッシュ大会の審判だったかなぁ……。あぁそうと判っていたら気をつけて見ているんだった、悔しい。

女優さんたちの肩書にやたらミスマガジンがついているなぁと思ったら、ミスマガジン映画企画プロジェクト、なのだという。確かにかなり演技は初々しい感じだが、この監督さんのオンリーワンな世界観が、そのフラットな台詞回しに良く似合っていて、会話を聞いているだけでなんだかふふふと笑ってしまうのだ。

でも主人公は男の子である。タイトルともなっている代々木ジョニーである。なんつー名前。しかも本名はジョナサン代々木だということが劇中、同じ部員のバタコさんによって明かされるんである。
バタコさんて。アンパンマンにいたような。こんな具合に彼らは奇妙なニックネームで呼び交わされる。バタコさん、神父さん、ボタン君、とそれなりの理由はついた呼び名ながらも、つまり彼らは、ことこのスカッシュ部の中、部員同士は、本名を知らない、という程度の距離感をもって接している。

そこに飛び込んでくる熱血新入部員、デコは、最初こそそのデコと呼ばれるのを拒否していたのに、いつのまにやら受け入れている。けれどやっぱり彼女が飛び込んできたことによって、このゆるやかな居心地のいい部室の世界はいい意味で壊されたんであった。

そもそもスカッシュ部はちっとも機能していない。違う部室だった名札の上に手書きで斜めに貼られたスカッシュ部、その中ではのんびり麻雀やったり、思い思いに過ごしているんである。
しかもこのスカッシュ部を立ち上げたボタン君は休学しており、物語の後半になるまで登場しないのだ。めっちゃ大物ゲストとして、前田旺志郎君が登場した時には、あぁ、確かにボタンめっちゃついてる!!と笑っちまうのだった。

休学だなんて。何か精神的な問題を抱えているのかと思った。だってジョニー君が、引きこもっている幼なじみの女の子、神楽の家に遊びに行くシークエンスが何度も示されるから。
それもことさらに深刻な訳じゃなく、本当に友達の家に遊びに行く、という雰囲気で、くだらないシチュエーションコントみたいなことしたり、この二人の間だけでは神楽は何の問題もないように見えるんだけれど、でも実際は、外に出ることさえできない時期もあったのだと、じわりじわりと判ってくる。

この描出の仕方が上手くて、決して深刻にならずに、彼女はゆっくり療養してて、自ら生き直すチャンスをうかがっていたことが後半になって知れることになり、ふんわり笑っちゃう会話劇なんだけど、なかなか意味ある投げかけがあるんだなぁ。

だから、そんなことがあるから、休学していてちっとも姿を見せないボタン君も、何かそんな問題を抱えているのかと思いきや、クライマックス、スカッシュの関東大会に突然現れたボタン君は、修行に行っていたからね、とあっけらかん。この学校は神父君といい、気軽に留年できる校風らしい……いいかも。
てか、そもそもの物語の始まりは、ジョニー君が熱子に別れ話を切り出すところからなんであった。好きだけど、その好きという気持ちは、例えて言うなら日本史が好きだというような感じだ、というジョニー君に、そりゃぁ熱子ははぁ??となるんだけれど……。

そう考えると、熱子とは名前で呼び合っていたんだよなぁ。でも彼女もまたスカッシュにハマり、大学ではサークルに入ります!!!なんてなるんだから、そっから先の関係性は判らないけど……。
でもここまでである。ジョニー君が関わり合う、いい距離感の、ニックネームで呼び合う距離感の仲間たちは。日本史が好きなように熱子が好きだと言ったジョニー君が恋をする。それは、行きつけの喫茶店でバイトしている女の子、出雲さん。

でも、引きこもりの幼なじみの女の子、神楽さんのことも神楽さんだったのだから、そして日本史が好きなように好きだと言った熱子のことも名前で呼んでいたのだから、ジョニー君にとって少なくともこの三人はスカッシュ部員とは距離感が違ったのだけれど、それぞれに距離感の違い方、というか、距離の程度、というのが違ったのかもしれない。
恋したことに自覚したことを吐露する場面で、え?どっち??と思ったのだった。熱子はもう、彼女自身がジョニー君への未練を断ち切って、友達になることに努力していたから(いい子!)違うにしても、神楽さんなのか出雲さんなのか、ジョニー君の波のない、熱のない感じ……いやそれは、ジョニー君がじゃなくて、この世界観そのものなんだけど、からは、なかなかくみ取れなかった。

出雲さんは、故郷の宮崎で上手くいかなくて、東京のおじいちゃんの元に来ている。それがマキタスポーツ氏であり、このおじいちゃんが切り盛りする喫茶店なんである。
ジョニー君自身は古本屋でアルバイトしていて、この喫茶店でコーヒーをマイボトルにテイクアウトしていく日課である。誰も知らないところに行きたかったという出雲さんに、普通は都会から田舎に行くんじゃないんですかマジメに問い返すジョニー君であり、こういう思いもよらない疑問の発露と、それを沸点の低いラリーでつないでく静かな会話劇が、ほんっとに唯一無二で。

だからこそ、ジョニー君がどっちに恋心を抱いているのか判らなかったのだ。彼の熱が上がらない見た目があまりにも変わらないから。そうか、出雲さんだったかと。

そう思うと、神楽さんと彼との関係はどうだったんだろう。幼なじみだったというのは、私が後にデータベースから得た知識であって、展開中はそんなヤボなことをわざわざ言ったりはしていなかった。
ただ、二人の間には何も言わなくても判る信頼関係、というか、そんな堅苦しいものじゃなくて、そばにいて何も気を遣わないというか、安心できる雰囲気があった。

神楽さんは自分自身で決断して、自立支援施設へ行く。そのことを知ったジョニー君は彼女に会いに行くのだけれど、会えることはない。彼女がここに来た決意を女性スタッフがジョニー君にやんわり伝えることで、ジョニー君はこの日会うことを断念するのだけれど、結構これって、重いことだったのかもしれないと思う。
ジョニー君はまぁ本作のカラーがそうなんだけど、クール、というよりぼんやり、とは違うな、何か超越していて、常識的な価値観とか、普通はどうかとか、そういうことを通ってきていない感じがして。

だから彼自身には全く悪気なく、日本史が好きなように熱子が好きだと思ったとか言っちゃうし、でもそれが本当に本心だったのだ。
そう思うと神楽さんとの関係、神楽さん側がどう思っていたかと下衆の勘繰りをしたくなるし、やっぱりここんところが、特にティーンエイジャーの、男女の大人になり具合の差なのかなぁと思ったり。

故郷で学校や友達、人間関係が上手くいかなくって、おじいちゃんのいる東京に出てきた出雲さん。物理的なふれあいが出来なくて、ETみたいに人差し指をつけあうことさえ、まるで静電気を恐れるみたいに、出来ない。
なのに、ジョニー君とは、それを克服したいと思って、手伝ってほしいと言って、手を握ったり、フランスみたいな挨拶をしてみたいと、頬を寄せ合ったりする。

こ、これは……恋愛初心者男子のジョニー君にとってはかなり刺激的なのでは!!うーむ、手練手管女子に見えなくもないけれど、ほんっとうに、出雲さんは克服したいと思って、ジョニー君相手なら出来ると思って、なのだとしたら、なんと罪な女よ!!

こんな風に書いてみると、熱烈な恋愛事情みたいだけど、そこはやっぱりジョニー君というか、この監督の作風というか。でも、こんな具合なのかもしれないなぁと思ったりする。古今東西、去り行く愛する人に、全速力で走って走って想いを伝えに行く、訳じゃないだろと。
送り出すスカッシュ部の部員たちは、何やってんだ、行けよ!!と送り出すんだけれど(それで彼の代わりに選手詐称して試合に出たりしちゃうんだけど(笑))、結局ジョニー君は走りもしないし、空港に向かう彼女に余裕で間にあっちゃうと、散歩みたいに和やかに会話をし、空港で見送るまで、思いを伝えることもせず、それこそ幼なじみの友達を見送るようなゆるやかさで終わってしまう。

あぁ、でも。本作の大きなテーマは、友達とはなんぞや、ということだったのかもしれない。出雲さんが自分には友達がいないと、それが彼女の気持ちを追い詰めた一つの理由だったと思うんだけれど、ジョニー君の言葉にハッとするのだ。
彼は、出雲さんの言い様が不思議でならないとでも言うように、言ったのだった。友達は、自分が相手を友達だと思ったら友達なのだと。出雲さんのことを自分が友達だと思っているから友達だと。その言葉が後に、彼女に恋してしまったジョニー君を苦しめることにもなるのだけれど、出雲さんを救う言葉になったのは間違いなく。

ラストが不思議なんだよなぁ。あれはなんだったんだろう……。大学に進学したジョニー君が、友人からの誘いを断り、スーパーで桃を吟味し、1人暮らしの部屋で剥いて切り分け、賞味する。三回くらいそれが繰り返され、呼び鈴が鳴り、ドアに向かうジョニー君でカットアウト。
何、何何何、どーゆーこと!桃って何か、意味合いあったかなぁ。何か言ってたっけ……うーむ、いろいろと不思議会話感覚で充満していたから、聞き落としていたかなぁ。

企画がいろいろ介在して、それなのに作家性というか超オリジナリティというか、ドラマチックでなくてもいいという勇気が力みなく感じられて、それが凄いと思った。
シリアスな社会問題をはらんでいるのに、それをことさらに表ざたにしない。当事者である彼らは、自分自身の温度と世界で、それに対峙しているという感覚、それが可愛らしい可笑しみになっているのが、この監督さんの唯一無二の世界観だと思う。とても良かった。★★★★★


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