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「ろ」


2001年鑑賞作品

ローサのぬくもりSOLAS
1999年 98分 スペイン カラー
監督:ベニト・サンブラノ 脚本:ベニト・サンブラノ
撮影:トテ・トレナス 音楽:アントニオ・メリベオ
出演:アナ・フェルナンデス/マリア・ガリアナ/カルロス・アルバレス=ノボア/パコ・デ・オスカ/アントニオ・ペレス=デシェント/フアン・フェルナンデス/ミゲル・アルチバル


2001/2/8/木 試写会(銀座ガスホール)
原題にローサの名前はない。東京国際映画祭で上映された時は「アローン〜ひとり〜」というタイトルだったという。監督の意図はこの中の登場人物誰もが、皆一人であると、一人で生きていかなければならないのだということだったのかもしれないなと思っていたのだけれど、見終わって、それもまたちょっと違うかなという気がした。その前提はもちろんあるのだけど、だからこそ他人とかかわって生きていける、というような。一個の人間としてだけ存在することが出来れば、他人と肉親以上の愛情と信頼を得ることも出来る。もしかしてその始まりが恋愛であり、結婚であるのだけれど、そこから始まる血のつながりに人はいつしか縛られてしまう。それを前向きに否定しているような気がしたのだ。

邦題としてローサの名前が使われているのは、一見彼女の、娘マリアに対する母性のようにも感じるのだけれど、それだけではない。それこそローサという一個の人間としての名前なのだ。ローサは中盤から姿を消す。ここまでの展開は伏線というか、マリアの身ごもった子供をどうするか、というそれ以降の展開に対する、物語の底固めのような感じである。ローサが看病していた、入院していた夫が退院することになり、マリアの暮らす街を出て行く。残されたのは、マリアとローサに最後の恋をしていたアパートの隣人である一人の老人。二人は全くの他人であり、二人をつなぐ絆は、ローサ、マリアにとっては母親でも、老人にとっては違う。まさしくローサという一個の人間なのだ。

昔たった一人の息子を亡くし、当然孫を持つことも出来なかったこの老人は、マリアの身ごもった、父親のいない(父親の判らない、ではなく)子供の祖父になることを提案する。もちろん、恋したローサの孫であるという点も大きいとは思うけれど、この老人の、たとえ擬似関係でもいいから血のつながりを切望する気持ちが切ない。この赤ちゃんの父親といい、マリアの父親といい、本作では父親と子供の関係がちょっと悲観的に描かれている。確実に自分の血を残せる女と、その確証を得ることの出来ない男の違いである。それは前者においてはもちろん親子関係、血のつながりは素晴らしいと言う事が出来るし、後者においてはそんなものがなくったって、それ以上の関係は築けるのだという希望に思える。そしてそれをより確かなものにするために、固い絆は実際の父親と子供の関係においてではなく、他人であるこの老人に託されている。

子供を生みたいという気持ちは、生理的に当然のごとく女だけの欲求なのだけれど、なんだかその気持ちが、ようやくちょっぴり判るような気がした。多分男性においては子供が欲しいという気持ちは、愛する女性という相手がいてこそ成り立っている。子供に対する愛情はその地平からスタートして育まれる。でも、女は多分、違う。たとえ一人でも生みたいと思う。身ごもってしまって、相手の男がどうしようもない男だったとしても。それは身ごもってしまったから仕方なく、ではなく、もっとずっと本能的なもの。ああ、だからやっぱり女と男は違うのかな。女は肉親を愛するもの、男は他人を愛するもの。それが母性であり、それが父性である、だなんて、思ってしまう。でもそう考えても不思議と絶望的な思いはしない。本作はそれがさまざまにクロスオーバーし、不思議な愛情の化学反応を起こして、宝石のように結晶していくのだから。

ローサが去る中盤まで、だからかなり淡々としている。ある意味状況の説明的な展開であるけれど、それを感じさせないために、静かに物語を運んでいく。だから正直、話が動かないなあ、なんて思ったりもする。でも、彼女が去りマリアとこの老人が残されると、二人飲み明かす夜明けまでの、なんとたった一晩がオソロシク面白いのである。それまでの展開がぎゅうっと要約されている。この時間の緩急には本当に感嘆する。老人が生まれてくるマリアの子供の祖父となることに決まり、しかし次の場面では、ローサと彼女の夫(つまりマリアの父親)がともに死んでしまったことが描かれる。この展開も実に唐突で、それだけにマリアとこの老人が墓参りをして帰っていく時に見せる後姿が、感動的なのだ。

それにしても、この老人!(名前、与えられてなかったかな?)ローサを見つめる恋する少年の目がたまらない!彼につき従う侍従のような、あるいは逆に父親か監督のようなワンころが最高!あああ、もう、私このおじいちゃんと結婚したいよー。「ナビィの恋」のおじぃもそうだったけど、私ってどうしておじいちゃんと結婚したくなるのかしらん、別に先に死んで欲しいとか、財産残して欲しいとか思ってるわけじゃないのよ(……笑)。そうじゃなくて、なんなのかなあ、このおじいちゃんも、ナビィの夫のおじぃも、すっごく、ローサでありナビィのことを恋してて、愛してて、それは本当に無償の愛で、彼女たちが幸せになることを願ってて、もうそれが、たまらないんだもん。そういやあ、キンキキッズは「愛されるより愛したい」。でも、女はやっぱり愛するより愛されたい、なのかしらん、なんて。結局男と女の違いって、究極的にそこだったりして!?

でも、それを言ったらローサの夫も盲目的に彼女のことを愛してたというより、恋してたんだよなあ。あの愛しい老人とのささやかな時間を過ごしていたローサに「同じ男の匂いがする」なんて言っちゃって。暴力的な夫だったということが語られるのだけど、病院のベッドに力なく横たわるただの老人であるこの男には、いまや哀れな影しかなくて、やはり理不尽な暴力をふるわれたマリアに冷たくされるのも(あっさり食事を下げちゃう(笑))、仕方ないなと思いつつもなんだか可哀想で。ローサが、マリアに聞かれて「生まれ変わったら一つだけ変えたいと思うことがある」という、その一つだけが、まあ、そりゃこの男以外の男と結婚したいということだと予想がつかないこともないけど、でも、この男が相手だったからこそマリアをはじめとするかけがえのない子供たちを得たのだし、そうじゃないのかもしれない、というより、そうじゃないことを望んでしまう。……甘いかな。

それにしても、呑むほどに目がすわってくるマリアの、三十路もとうに過ぎた女の有無を言わせぬネガティブな力強さ(矛盾してるけど、ほんとそんな感じ)はスゴかった。なんか、ひとごととは思えない。妊娠していると聞いて、タバコは止めるものの酒はすすめる彼もどうかと思うが……(笑)。呑みたい気分を判ってると言うことかな。実際、こんなにネガティブな酒なのに、それがポジティブな結果に押し出されることに気分が良くなったのか、観た後は当然のように呑み屋に突入。ちゃんぽん酒と寝不足のおかげで、翌日はお仕事タイヘンでしたわ。★★★★☆


ロック・スターROCK STAR
2001年 分 アメリカ カラー
監督:スティーブン・ヘレク 脚本:ジョン・ストックウェル
撮影:ウエリ・スタイガー 音楽:トレヴァー・ラビン
出演:マーク・ウォールバーグ/ジェニファー・アニストン/ジェイソン・フレミング/ティモシー・オリファント/ティモシー・スポール/ドミニク・ウェスト/ダグマーラ・ドミンスク/ジェイソン・ボーナム/ジェフ・ピルソン/ザック・ワイルド

2001/10/17/水 劇場(東劇)
ほんとにもう、こういうのはきちんと丁寧に宣伝してもらわなきゃ困るわあ!某ライター(どなただったか失念)が「観なきゃ大損!」と書いているのを読まなきゃ、観になんて来なかった。それも、へー、そうなんだ、というぐらいの気持ちと、職場のすぐ近くの劇場でちょうどいい時間にやってたからだけで、そうでなければ予告編も、記事の露出もチラシやなんかの宣伝もぜーんぜん見た記憶なし。見逃しただけかもしれないけど、それにしたって、「期間限定公開」と銘打って、“ライブは生ものですのでお早めに”なんて、確かに文句としちゃ上手いが、ずいぶんとじゃないのお。まるでビデオ発売の方がメインのVシネ作品のような扱いだけど、この熱いステージ!シャウト!劇場で観なきゃ意味ないじゃんッ!それこそ“ライブは生もの”なんだから!

私はロックファンではないけど、音楽映画にはコロリと弱い。ついでにそれに青春がからめられちゃったりすると、コロコロリと弱いんである。まあ、つまりは「青春デンデケデケデケ」ジャンルのものが大好きなんだもん。本作はそれよりはちょいとトウが立っているが、それだけに身近に感じて、いとおしい。いい年をしても、ロックへの夢が捨てきれない主人公のクリス。アコガレのヘビメタ(?ハードロックと言うべき?)バンド、スティール・ドラゴンに心酔し、カッンペキなコピーバンド(本人はトリビュートバンドと言っているところがカワイイ)を結成している。メイクも衣装も完璧に似せて、その高くて声量のある声は本家のボーカルのボビーをしのぐほど。普段はロングヘアを後ろで一つにまとめて、きちんとネクタイを締め、コピー機のメンテナンスに回っているサラリーマンで、このギャップで既に可笑しいのだが、実家が託児所をやっているから子供の扱いにも手慣れており、両親もそんな“イカシた”息子を心から自慢にして応援しており(何たってライブにも駆けつけて、自分たちの息子だー、と叫んじゃうぐらいだもんね)、教会の聖歌隊でそのノドを磨き、ライブではこの両親や、会場の設営をしてくれたスタッフにシャウトで感謝しちゃうめちゃめちゃイイ奴。もう、ほほえましくって、涙が出ちゃうよ!およそこんな音楽をやるキャラクターじゃないんだよなあ。というのもヘンケンだけど、ま、そのあたりは、本編とも関係しているので……。

あまりにもスティール・ドラゴンの音に忠実になるばかりにメンバーとはしょっちゅう対立、オリジナルを目指し始める他メンバーとついに決裂して、クリスは一人バンドを脱退してしまう。と、そんなところに一本の電話が。何と、かのスティール・ドラゴンのギタリストから、バンドを辞めるボビーの代わりにボーカルに来ないかというお誘い!まるで夢を見ているかのように信じられない展開がどんどん進み、クリスはあっという間にスター、いや、カリスマとなってゆく。“イジー”という名前で“世界中の女がファックしたがる”セックス・シンボルへ。しかしそのかりそめのキャラクターはクリス本人のものからはどんどん離れてゆく。

恋人でマネージャーでもあるエミリーはそんな彼を心配するものの、あまりに急激でクレイジーな世界に彼女もまた巻き込まれていく。グルーピー、酒、ドラッグ……。恋人ではあるけれども、クリスの才能に惚れこんでマネージャーをかって出ていた彼女。ほかのメンバーの女房連中とともにツアーバスで追って行く生活に耐えられなくなる。別れるんじゃない。自分で自分の仕事がしたいのだと、クリスのもとを離れて行く。シアトルに住むから、ツアーで来た時は必ず会いましょうと。しかし、次に会った時、クリスはドラッグで目の焦点が定まらず、彼と寝たい女が順番待ちしている状態。彼女と会う約束すら忘れていた。たまらずその場を辞する彼女。クリスはこのまま堕ちきってしまうのか……?

しかーし!これは青春映画なのだからして、そんなシリアスな結末は用意されているわけもなし。こういう描写も最低限、だからね。確かにクリスはこの時期、グルーピーたちとは根こそぎ!?寝てたんだろうけど、そういう描写もないし。瞬く間にスターとなっていく様子を目もさめるカッティングで追い、アコガレだったメンバーとステージに立っている喜びを爆発させ、何千、何万という熱狂的ファンの渦の中で脳みそ昇天しそうなライブシーンは、まさに圧巻中の圧巻!

でも。様々なところに絶妙な伏線と、その伏線を丁寧になぞる繰り返しで、本当に大切なものはなんなのかという、これぞまさしき青春映画のテーマぞ!というのが、うまーく配置されているのが心憎い。クリスがカークに呼ばれてオーディションに向かった時、そこには辞めていくボーカルのボビーがいて、その辞めさせられる様子は、クリスがつい先日仲間たちから放り出された時とソックリ。ボビーは自分はゲイだったのだと、クリスの目の前でカツラだったロングヘアーを脱いで、目に涙をためて立ち去って行く。80年代というあの時、ゲイだということがどれほど重い意味を持つかを思い出してしまう。このボビーのくだりも、ラスト、本来の自分を取り戻すクリスをしっかり暗示しているんだよね。ボビーは自分を偽ることがどうしても出来なくなったんだから……それを描写するのにゲイだというのは、これ以上ないくらい、説得力のある設定。

そしてクリスが客席にいた時、ボビーが振り返るほど素晴らしい声量で一緒に歌っていたあの時と同じく、今度はクリスが当時の自分と同じようなファンを見つける。自分の声や声量より素晴らしい天分を持った青年を。そしてあの頃の自分と同じく、スティール・ドラゴンを、そしてそのボーカルをあがめてやまない熱狂的ファンを。クリスは彼をステージに上げ、一緒にシャウトする。この場面もファン心理をくすぐりまくる、鳥肌もんの素晴らしさなのだが、クリスが何を考えているかが予想出来ちゃうからドキドキしてしまう。

このステージの前、新しいアルバムを作る時に、クリスは自分の書いた曲やアイデアを全く受け付けられず、自分がただの雇われシンガーだということを思い知らされて失望する。自分は一体なんなのか……悩むクリスは、マネージャーのマッツと酒を飲みつつ、彼が女房と別れた時の話を聞く。ある日突然、退屈な先の未来が見えてしまって「ちょっと小便してくる」と言ったまま、女房の前から姿を消してしまったというマッツ。そしてクリスはこのエピソードをそっくり借りて、ステージに上げたファンのあんちゃんに後を任せたまま、マッツに「ちょっと小便してくる」と言って、その場を立ち去るのだ。光に向かって立ち去るその後姿!クリス、カッコよすぎるッ!もう涙が出ちゃうよお!

途方もない回り道をしてようやく、クリスは自分の音楽を、素直にやるやり方、そして生き方を見つけた。仲たがいをしたまま別れてしまったメンバーと再会し、また一緒にやろうということになる。でもその音楽は、あの頃と全く違う。クリスは髪を切り、セーターにジーンズというラフな格好、まさしく彼自身の姿で、小さなライブハウスのステージで、優しく、穏やかに歌う。メンバーにチェロ(あのサイズはそうだよね、ベースじゃないよな)が入ってたりするのもラシい感じで嬉しくなる。シャウトするステージもカッコよかったけど、この悟りを開いたがごとき、飾り気のない、でもとてつもなく優しいステージのクリスはもっともっと、ずーっと素敵!そこへ、あの時別れたままだった彼女がやってくる。クリスは彼女を目に止めて、ステージを降りていく。万感の思いがこみ上げて、瞳に一杯の涙をためる彼女。ずっと会いたかった、話がしたかったと、ようやくこの二人もよりを戻して、最高のハッピーエンド。ああー、良かったー、もう。

実際のロックミュージシャンが出ているとか、80年代のロックの名曲がふんだんに使われてるとか、そういうのは門外漢の私にはサッパリ判んないんだけど、そんなのわかんなくったって、ぜーんぜん問題なく楽しめる、ってあたりは「デトロイト・ロック・シティ」みたい?ほんとに、観なきゃ大損するところだった。という言い方が矛盾だというのも判ってるけど。でもほんとにほんとに、観に来て良かったと久々に思えたなあー。それもまた「デトロイト……」の時に感じたのと似てる!★★★★★


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